ストライクウィッチーズ-真夜中の魔女- 作:バイオレンスチビ
正直なところどうやって降りたか覚えていない。景色がスローになって、それから何回か回転したようなしていないような。
「…し、死ぬかと思った」
そのまま雪の上に仰向けに倒れる。減速のための滑走が辛うじて雪掻きの終わっている部分に収まったからこそ生きているのだ。つまりこれは99式が艦載を前提としたユニットであり、短距離での離着陸を可能にした設計であったから起こった奇跡だろう。…ただ、精神的な何かが削られたような気がする。
「大丈夫ですか?」
レイヴォネン中尉が文字通りに飛んできた。初日から酷い目に遭った。墜落など一度すれば十分だというのに足どころか全身がバラバラになるかと思った。
「なんとか。たぶん、生きています。」
ストライカーユニットも見たところ破損はなさそう。良かった。初日からストライカーユニットを修理に出すなんてことになったら恥ずかしいからね。
「あなたたち、全然ダメだわ!このままじゃあ、ネウロイに撃墜されるより前に墜落しかねない。はっきり言ってダメダメよ!」
反省会。しかし、面と向かって言われると堪えるものがありますね。私はハルカに続いて二番目に撃墜されているので状況がわかりませんが…。あの、とりあえず反省会はせめて室内で行いませんこと?
「だいたい、あん「おほほほ、ほほほほほっ!」
穴吹少尉の台詞を遮るような高笑いと共に金髪の少女が降り立った。垂直離着陸はウィッチの中でも高い技能と潤沢な魔法力を持つウィッチが行う高等テクニックだ。
「アホネン大尉!」
レイヴォネン中尉が叫ぶ。なるほど、大尉。上官だ。寒さと疲れでボンヤリしていた頭を現実世界に引き戻す。粗相があると不味い。同格である少尉とは違い、大尉はエリートだ。正直、少尉なんて階級は学校を卒業すれば上からもらえるものだが、大尉は違う。そこから一歩も二歩も先に進んだものに与えられる階級なのだ。
「あ、あほねん…?」「うち、めっちゃアホやねん。」「ハルカ、あんた変なセンスがあるわねぇ。」
笑うな。笑うな扶桑組。どこがそんなに面白かったのさ。もしかして、名前か。名前なのか。“アホ”ネンだからか!
「そこっ、何で私の名前で笑うのよ!」
扶桑語でやり取りしても自分の名前で笑っていることくらいは見当がつく。
「いや、外国の名字だからね。そう思ってるんだけど…」
ダメだ。この人。笑いが止まらなくなってる。
「上官に向かってどういうことよ!この不良外国人どもがっ…!」
寒空の下で鋭い平手打ちの音が響き渡る。
「誰が不良外国人よ!」
叩かれたことと大尉の言葉に穴吹少尉の目がつり上がる。
「わざわざ他人の国を守るために遠くから来た私たちに対して随分な評価じゃない!」
滑走路の片隅で言い争う声を聞いたのかスオムス空軍のウィッチたちが集まってくる。10人くらいか。
「貴女たちの他にいないでしょうが!スオムスは腕利きを寄越すように頼んだわ。それで寄せ集められたのが貴女たちって訳。わかってる?」
あのウィッチたちはアホネン大尉の僚機なのだろうか。アホネン大尉の後ろに並び始めた。
「だから来てやったんじゃないのよ。こんな田舎の雪国まで地球の裏側から。」
あぁ、帰りたいなぁ。お腹すいたなぁ。とりあえず座りたい。ストライカーユニットをつけてると座るに座れない。いや、今この状況じゃ動くに動けない。
「どこが腕利きよ。集められた装備も二線級で人員も問題児ばかり。とんでもない話よ。それに先程の訓練だってそう。遠くからだったけど面白いものを見せてもらったわ!」
…うん、叫びながら落ちた私。肉声までは聞こえなかっただろうが。無様であったことに間違いない。ただ、そんなに大声で言われるとさすがに傷つくし気分が落ち込んでくる。
「そんなことないね!私たちは腕利きね!」
「お黙りなさい。
クラッシャーってそっちの意味なんですね。菅野デストロイヤー的な方向なんですね。まぁ、西暦世界における菅野さんはエースだから。キャサリン少尉も今後に期待と言うことで…。
「そこのカールスラントのお嬢さんは“実験”で倉庫を爆破して一個飛行中隊を壊滅させたらしいじゃない。ここでは大人しくしていてもらいたいものだわ。」
この子こんなに大人しそうな顔をして、そんなことしてたの!?
「…必要な犠牲でした。」
「そこのワンちゃん。貴女、とんでもない有名人らしいじゃない。軍規違反が82、営倉入りが54回、書いた始末書は200枚以上。軍法会議が8回に銃殺刑になりかけること三回。とんだ反抗児ね。スオムスはブリタニアの流刑地じゃないのよ?」
「…営倉入りは55回、始末書は232枚だ。」
「自慢になってないわよ!?」
よく数えましたね。
「それで、オストマルク軍のおチビちゃんは怪我人でしょう?」
あぁ、やっぱり飛び火してきた。
「…はい、いいえ。厳密には怪我ではありません。治癒魔法の副作用で少しばかりの麻痺が残っているだけなので2週間程度で解消されるかと。」
報告は迅速かつ正確に。
「言い方を変えましょう。ここは託児所や療養所じゃないの。おわかり?さっきの着陸だってずいぶんと危なかったわ。気を付けて飛びなさい。」
ほら、やっぱり見られてますよね。そりゃあ、あの勢いで叫びながら滑走路に突入して使える部分を全部使って大騒ぎ…。恥ずかしい。顔が赤くなるのがわかった。
「それで、あなたは…」
「はいっ、扶桑海軍所属の迫水ハルカです!実技は壊滅的で“味方撃ちの迫水”とまで呼ばれました。本当にすみません!」
先手を打っていくスタイル。なるほど恥の文化を持つ扶桑軍人ならではの戦術的自爆…!
「うふふ、素直な子は好きよ。よかったら、第一飛行中隊にいらっしゃい。新しい妹として歓迎して上げるわ。」
アホネン大尉、いい笑顔してるなぁ。そして、大尉はそのままハルカの頬に手を添えて唇を落とした。
「「…っ!?」」
思わず二度見した。何故にキス!?キスする要素ありましたか。なに、どういうこと!?
「ななな、何してるのよ!?」
顔を真っ赤にしながら穴吹少尉が叫ぶ。
「酷いですわ、お姉さま。」「これ以上、妹を増やしてどうするんですか!」「そうです、あんまりですわ!」
後ろにいるスオムスのウィッチが抗議する。私のいた部隊も先生を姉と呼んでいましたが、何だかそれとは方向が違うような…。
「あら、ただの挨拶じゃない。二人して顔を真っ赤にして…。もしかして扶桑の子は初なのかしら。」
「へ、変態っ…!」
完全に不審者を見る目付きに変わった穴吹少尉を無視して大尉は続ける。
「それで、中隊長が第一中隊の中でも一番の落ちこぼれだったエルマ・レイヴォネン中尉。いかにも余り物って感じね。」
「…すみません。ごめんなさい、ダメダメでごめんなさい。」
レイヴォネン中尉がペコペコ頭を下げる。何だかここまでのやり取りだけで二人の力関係がわかるような気がする。
「いいかしら?貴女たちが寄せ集められた“いらん子中隊”だってことはわかってる。訓練のための飛行場も時間も与えてあげる。ただ、私たち正規軍の邪魔だけはしないで。足手まといなんて害悪そのものよ。」
「…誰が、いらん子中隊ですって?」
穴吹少尉は今にも掴みかからんばかりの様子だ。もう頭の中では三回くらい殺していそうな勢い。相手が大尉であるからこそ我慢しているが、相手が同格であったなら容赦なく噛みついているだろう。
「貴女たちに決まってるじゃない。貴女もよ。扶桑海事変では随分と活躍したそうね。でも、あいにくと欧州のネウロイは質も数もずっと上。個人主義に拘っていたら見るも無惨な袋叩き。貴女の腕はきっと通用しないでしょうね。綺麗な顔に傷がつかないように引っ込んでいるべきだわ。…あら、もう時間?それじゃあ、私たちはこれくらいで基地に戻らせてもらうわ。身体が冷えきってしまうもの。」
そう言うと、スオムス空軍の正規部隊の皆様は楽しそうに笑いながら滑走路をあとにした。
後に残ったのは冷えきった空気と“いらん子中隊”だけだった。