ストライクウィッチーズ-真夜中の魔女- 作:バイオレンスチビ
立て付けの悪いドアを蹴破って部屋に突入し、眼前に彼女の姿を捉えた。そんな私を気にも止めず、優雅に紫煙を燻らせながらモーニングコーヒーを味わう彼女は正に自由人であった。
「あんた、他の娘が外で待ってるのよ!?」
彼女は部屋を煙臭くしながら上品にカップを口に運ぶ。灰皿にはリベリオン産の紙巻きタバコが山積みになっていて、こんな部屋にいて彼女は本当にコーヒーの持つ繊細な味や香りを楽しめているのかと疑問にすら思う。
「どうした、そんなに慌てて。朝練か?だとしたら参加しないといったぞ、私は。」
そして、彼女は如何にも無関心そうな顔をしながら不参加を告げるのだ。
「あんた、それが通るわけがないでしょ!昨日やってわかったけど、あんたは実力がある。あいつらに空戦を教えられるのは私とあんただけなのよ!?それに腕だって刀と同じ。磨かなければ腐る。手を抜いてたりしたらすぐにダメになってしまうわ。」
そうだ。スピットファイアが主流となり、旧式となったブリタニア空軍にあってハリケーンを使い続ける彼女。彼女は旧式だと指摘した私に『扱い慣れている上に射撃時の安定性が勝るハリケーンを選んだ』といっていた。つまり、彼女は私のように使いなれた脚に愛着を持ち、履きなれた靴にこだわるタイプの実力者なのだ。
「…そうか、わかったわかった。もう少ししたら」
そう言いながら胸ポケットを漁り、空になったタバコの箱を灰皿の上に放る。ようやく立ち上がると思いきや今度は軍服の裏ポケットから葉巻を取り出した。
「あんた、いい加減にしなさい!」
声と共に抜刀。軍刀は彼女の鼻先を掠めるように振り抜かれ、狙い違わず葉巻の先端を切り落とす。何だってコイツは無気力なのか。私を嘗め腐っているのだろうか。ストライカーユニットを選ぶだけのこだわりがあり、実力がある癖にそれを活かそうとしないなんて、理解できない。徐々に腹が立ってきた。
「…吸い口が綺麗に揃った。ありがとう。」
彼女は一瞬目を丸くしたものの、特に慌てる様子もなく口に含み、そのまま携帯用のライターを取り出す。
「あんた、いつか死ぬわよ。」
訓練など自分には不要だと言わんばかりの態度だが、隊列を組んで相互援護を前提に展開する陸戦ウィッチと違い、空戦ウィッチはエンジンに火を入れ、空に一歩でも踏み出した時点で頼れるのは自分の腕だけになる。
故に少しでも長く多く空を飛び、経験を蓄積することが生存に繋がるのだ。そんなこと新米ウィッチだって知っている。
彼女は世間話をするように滑らかに言葉をこぼした。
「…私は、ここに死にに来たんだ。」
わざわざ海に守られたブリタニア本土から死にに来たといったのかコイツは。私の軍刀をじっと見ている。まるで息をするように日が東から上るように言葉を溢した。
「死にたいなら、勝手に死になさいっ…!」
理解できない。ただ1つわかったのは今の私に彼女を理解することができないということだけだった。
結局ビューイングは参加しなかった。
ビューイング少尉も参加しない。遅れてハルカに連れてこられたキャサリン少尉もパジャマの上から上着を着ている。エルマ中尉は会議だし、私を訓練に誘ったマルグレーテ少尉に関しては使えるストライカーユニットがないという理由で見学。これなら部屋でおとなしく本を読んでいればよかった。好きなだけ本が読める場所と聞いていたのに早朝からこんなことをさせられるなんて…。
「とりあえず、基本からやっていきましょう。まず、ループとロールはわかる?」
ループは縦回転(宙返り)でロールは身体を軸にした横回転だ。そのくらいはわかる。そして、できる。
「じゃあ、お手本として飛ぶからよく見ておくのよ。」
トモコ少尉は綺麗な円を描いて飛んだ。こんな掃き溜めにいるものの、彼女は私の姉様と同じ人種。つまるところエースなのだ。そのくらいは目を瞑ってでもできるのだろう。
「はい、よくできました。強いて言うならキャサリンは引き起こしをもう少しスムーズにできるように。ウルスラは変に力が入っちゃってるから、もう少し力を抜いて柔らかく動くの。本番は武器をもって飛ぶわけだし、そう堅くなっていたら疲れるわ。」
姉様が飛ぶのを見たことがある。姉様は本当に楽しそうに飛ぶのだ。私だって魔法力の発現がわかったときは嬉しかった。双子でいつも一緒だったから。私も同じように空を飛べると思った。みんなもそう思ってた。
そんなのは幻想だった。
私はみんなの期待を裏切った。だけど、諦めきれなかった。姉様のように飛べなくても一芸があると知らしめたくて、たくさんの実験をした。下手な慰めも同情も痛くて辛くて、それらは私を酷く傷つけた。そして私は焦った。倉庫で試作していたウィッチ用新型航空爆弾の実験を強行した。結果は一個中隊壊滅。それは防げたかもしれない事故だった。軍という狭い世界で生じた事故。それは瞬く間に拡散された。私から実験と白衣は取り上げられ、手元には本しか残らなかった。本はいい。本は嘘をつかない。世辞も同情もない。そして、一人にしてくれる。
あの日。スオムスへの派遣が決まったとき、これで楽になれると思ってしまった。スオムスではウルスラ・ハルトマンは普通のウルスラでいられると思った。
このまま腐っていけたならどれだけ楽だろう。
そう、思ってしまう弱い自分も嫌いだ。
「つまるところ、後ろに着かれたときに振り切る手段の一つとしても使えるわけ。ついでに上手くやればループで戻ってきて相手の背中を狙うチャンスがあるかもしれない。基本は大事にしておくべきね。」
得意気に話すトモコ少尉の姿を見ていると、劣等感に晒される。もう姉様と比較されることはないのに私は勝手に無意識に姉様の影と背比べをしようとするのだ。
「じゃあ、最後に着陸しておわりにします。基地に戻るまでが出撃なので事故などを起こさないように。まず私が降りるわ。ハルカ、ウルスラ、キャサリンの順で降りてきて。…ええと、それで着陸できたら後続の邪魔にならないように隅に逃げる。ダメだと思ったら無理に着陸しないで何度かやり直していいから。」
ハルカは筋がいいのだろうか。あるいは艦載を前提としたストライカーユニットだからか余裕をもって着陸した。私のHe112はBf109に開発競争で敗北した余り物だけど、性能そのものは決して悪いものじゃない。同じように飛べばできるはずだ。
「はい、ウルスラ。お疲れ様。そのままこっちに避けて。」
滑走、減速、停止。どの動作も悪くないできだったと思う。
「キャサリン、降りてきていいわよ。」
キャサリンのストライカーユニットはバッファロー。リベリオン海軍の空母艦載機だ。かなり古い設計だが、頑丈さには定評があるらしい。
「そうそう、一度やり直したら…ってそのままは無理よ!」
キャサリンはふらつきながら私たちの頭上をすり抜けて派手に胴体着陸を決めた。恐らくは地面に向けてシールドを展開し、滑走したのだ。そのまま雪を撒き散らしながら減速して停止。
「あんた、殺すつもりっ…?!」
トモコ少尉は顔を真っ赤にして怒った。