運命に噛みついたウマ娘。 作:うまだっちシステム。
観客席の最前列、更に内側で腰を下ろすのは俺様、サンデーサイレンス。
誰にも見えない事を良い事に、後から悠々と人畜生の群をすり抜けて、観客席の柵を飛び越えた。外埒よりは外、誰にも真似できない絶好の観戦ポイントである。しかし、その隣に俺様と似た体躯をしたウマ娘が一人、妹分のマンハッタンカフェと瓜二つの見目ではあるが、その目付きは血に飢えた猟犬のように見開かれていた。
危険な臭いがするソイツは、妹分よりも俺様に似ている気がする。
無口で何も語らず、しかし、ずっと妹分の周りを遠巻きに彷徨いている。
最初は妹分だけが目的なんだと思った。
だが、コイツは妹分が認識できる距離には近寄らず、俺様の隣に居ることが多い。顔を見せるのは三日に一度程度、妹分が俺様の傍にいない時を見計らって、妹分を遠巻きに観察しながらも俺様の傍を離れない。
コイツの興味が俺様よりも妹分に向けられている事は確かだ。これが他の誰かならば、蹴りのひとつでも入れてやっているところだ。
ただコイツに付き纏われることは煩わしくなかった。
「気になる奴はいるか?」
なんとなしに問い掛ければ、コイツは両手で指を十本立てた。
「ああ、そうか。それじゃあ、ソイツは勝てると思うか?」
即答で首を横に振る。よく分かってる。
「誰が勝つと思っている?」
コイツは少しだけ悩んだ後、指を二本立てた。
あのマッドなウマ娘が1着になると予想しているようだ。
俺様は、ふむ、と頷いた後、もうひとつ問い掛ける。
「お前は、あいつらに勝てるか? というかお前、強いの?」
ちょっとした悪戯心。するとこの妹分に瓜二つのウマ娘は黙り込み、何も言わずに立ち上がった。
俺様を見下ろす体勢になった。
それだけでも気に食わないってのに、コイツはゲートの方を指で差す。
「……俺様とレースをしようってか?」
この競走馬は何も言わず、ただジッと俺様の事を見つめた。
よっこらせ、と重い腰を上げる。遊んでやろう、とそんな寛容な気分になれるのはどうしてか。
でもまあ、生意気な態度を取る糞餓鬼に、ちょっと分からせてやるつもりもあった。
俺達の姿は周りからは見えない。
見えるのは限られたウマ娘だけであり、それも黒い靄のようなものとして視認されるだけだ。
だから、堂々とコースを横切って、ゲートの横に付いた。
その時、妹分と目が合った。
何をしているんですか。とでも言いたげな彼女を俺様が鼻で笑ってやれば、妹分の目付きが変わる。
やる気にさせたところで悪いが、今日の俺様の遊び相手はお前じゃない。
お前如き、眼中にない。
◆
ゲート前を横切る黒いモヤを見た。
彼女、アグネスタキオンが知る中で、最もウマ娘の限界に近いと呼べる存在が居た。
その瞬間、彼女はレースの高揚感を忘れた。程良い緊張感、昂る闘争心、そんなものは綺麗さっぱりと消え去ってしまった。
アグネスタキオンは生来、闘争心の高い方ではなかった。史実、どうだったかは知らない。彼女はウマ並程度の闘争心を持ち合わせていたが、彼女の興味と関心は優劣を決める事にはなかった。
ファンファーレが終わって、アグネスタキオンは姿勢を落とす。ゲートが開け放たれた瞬間、ハナを切って飛び出したのは黒いモヤ。それを追いかけて、彼女は初っ端から全力疾走する。その瞳に狂気を宿して、己が探求心に実直なマッドサイエンティスト。彼女が求めるのは、超高速の更に果て。ウマ娘の限界、その到達点にあった。
彼女にとってはレースの勝敗なんて最早、どうでもよかった。
『ハナを切ったのはアグネスタキオン!?』
実況のトウショウペガサスには分からない。
彼女の目には黒いモヤすらも映らず、ただアグネスタキオンが大逃げを打って出たことしか分からない。元より逃げ戦法のスターリーロマンスが続いて、1番人気のクロフネも追走する。アグネスタキオンとクロフネの有力ウマ娘の二人が先頭争いに打って出たことにより、引きずられるようにジャングルポケットが、スターリーロマンスを含めた三人に追い縋った。
これで上位5番人気までの有力ウマ娘の内、3名が先頭争いに加わった事になる。後続のウマ娘達は、どう行動すべきか迷った。まだ実戦経験の少ないウマ娘達、レース直前、お友だちに煽られたマンハッタンカフェが躊躇せずに先頭を追い始めた事で、箍が外れたように全てのウマ娘が加速する。
赤信号、皆で渡れば怖くない。最後方を走る二人を除いた全てのウマ娘が、掛かってしまったのだ。
超が付く程のハイスピード、その破滅的な速度に舌打ちを零しながらもゴールドシップとモミジが集団の最後方に付ける。付いて行かざる得なかった。こんなペース、最後まで持つ訳がないと分かっていても攻めずにはいられなかった。
何故なら、集団で走った方が速い事を二人は理解していた為だ。
世界記録に匹敵するタイムで中盤に差し掛かる。
これはデスマッチ、一度、置いて行かれたら二度と戻れないスタミナと根性が試される勝負。
最早、誰が速いかなんてどうでも良い。
勝ちたいなら潰す。たった一人の気まぐれな乱入により、自分以外の全員を潰した者が勝者という野蛮なレースに変貌してしまった。
◆
バ群を率いるアグネスタキオンの更に先、二人の黒い影をマンハッタンカフェは捉えていた。
お友だち、サンデーサイレンス。理想の体現者。そして、もう一人は……誰だ? あの少し癪に障るウマ娘は誰だ。お友だちと同じで私と瓜二つの姿をしたウマ娘は誰だ。マンハッタンカフェは歯噛みする。自分と同じ姿、同じ顔をしており、お友だちよりも自分に似ている無名のウマ娘に睨み付ける。お友だちの半バ身後ろを走る彼女の姿を見て、歯切りしを立てた。
あの位置なら、お友だちの顔が見える。何時も楽しそうに走る、彼女の姿がよく見える。
どんな顔をして走っているのだろうか。
それはマンハッタンカフェにとって、走る目標のひとつであった。
お友だちの姿は自分しか見えない。私だけに与えられた特権のはずだった。
だから嫉妬する。彼女と並走する彼女の姿を憎んだ。
ほぼ全力、破滅するのも構わず速度を上げる。
レース展開はワールドレコード。このまま最後まで走り切ることは不可能だ。
それでも、構わずに踏み込んだ。一歩、更に一歩、加速する。
怒りに任せた激走は、少しずつ前との距離を詰めていた。
◆
後方から追い上げるのは不可能だ。現在2番手のクロフネは、そう結論付ける。
前に、前に。と行きたがりの性格が功を奏した。この超ハイペースでは、全員が潰れる。その中で後方から追い抜かすことはできない。
どれだけ前に残れるか。それだけが勝負を行く末を分ける。
勝負は体力が尽きてから、最後の登り坂が駆け上がる。そこで勝負が決まる。
だから、それまで我慢だ。
我慢、我慢、我慢。競り掛けたい気持ちを抑え込み、あくまでも冷静に、クレバーにレースに臨んでいる。
まだだ、まだ、まだ、まだ……まだまだまだまだ……まだ、まだ…………。
ピクピクと目元を震わせて、闘争心を抑え込んだ。
爆発させるのは最後、それまで我慢だ。
◆
ジャングルポケットは、ゲートアウトと同時にスイッチが切りかわっていた。
バカみたいに大逃げを打ったアグネスタキオン、それに続いたクロフネ。その二人を見て、カチリ、と心のスイッチが入ったのだ。
だから追いかけた。それは直感にも近いものがあるかも知れない。
今、追いかけないと終わる。そんな直感があったのかも知れない。
バカみたいな話だ。でも、実際、そうしなければ終わっていた。
このハイペース、先行以上のウマ娘しか生き残れない。後方はもう切り捨てられている。
後ろはもう、気にする必要はない。追い抜くことも難しい。
だから、前が垂れて落ちるのを待つ必要がある。
息を入れる暇もない、どうしてこんなレースになったのか。
全ては、あの、先頭を走るマッドな駄バ娘のせいだった。
◆
ペースは落さず第1コーナー、第2コーナーと超えて、小高い丘を降りながら向直線に入った。
そこで徐々にバ群が広がり始める。顎が上がり、息を切らし始める。第3コーナーに突入した時点で後ろに垂れるウマ娘が出始める。
アグネスタキオン、クロフネ、マンハッタンカフェは先頭集団に居た為、その影響を受けなかった。
しかし先頭集団を追いかけるジャングルポケットは肩で呼吸する中、最低限、左右に身体を振って回避する。
酸欠で頭痛がし始めて、乳酸で足をパンパンにする中、デッドレースは本番を迎える。誰も彼もが顔色を悪くする中でガクンとペースが落ちる。しかし、そんな中で目をキラキラと輝かせるウマ娘が居た。その瞳は狂気で濁っていた。笑顔を浮かべていた。酸欠で頭痛があった、乳酸で脚は鉛のように重たかった。だからどうした、と。その程度で私は止められないぞ、と。彼女は笑顔を浮かべながらかけ続ける。
意識が朦朧としていた、視界が白に染まってきた。薄っすらと見え始めた、その走り。黒いモヤとしか捉えなかった、その姿。極限状態にある為か、今は四肢の動きが見て取ることができた。
しかし、彼女は楽しくて仕方なかった。
好奇心が彼女の脚を動かした。
次の一歩は探求心、更なる一歩で研究魂。彼女は心の躍動を燃料として燃やしている。前を走る理想を目にして、ああでもない、こうでもない、と走りながら試行錯誤する。体力は限界を迎えていた、しかし尽きることがない精神力があった。ランナーズハイ。彼女は最早、限界を超越している。理想への一歩を踏み出す。その為ならば、限界のひとつやふたつ、簡単に超えて見せる。トライアンドエラー。その走りは効率化される、最適化されている。彼女の動きを模倣し、応用し、自分に適合し、自分だけの走りを生み出し、修正する。
アグネスタキオンは理解していた、唯一の答えはない。唯一抜きん出て、並ぶものなし。その走りの体現者であるエクリプスを参照する程度にとどめて居るのには理由がある。自分に最も適した走りがある、その為に膨大なデータを欲した。
膨大なピースの一つ、一つが組み重なる。大小様々の歯車が合致する。
既に、彼女の走りは史実、皐月賞を超えてしまっていた。
アグネスタキオン、超高速のプリンセス。
またの名を、米国の偉大な栗毛になぞらえて、こう呼んだ。
マッド・レッド。
始まりの赤。
中山レース場に吹いた赤き旋風、これが初めてのお披露目だ。
赤き伝説が、今、産声を上げる。
末恐ろしいのは、彼女はまだ赤子である点だ。
アグネスタキオンの探求心が尽きることは、ありえない。
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