運命に噛みついたウマ娘。 作:うまだっちシステム。
基本的にウマ娘の肉体は早熟だ。
中等部の時には、もう体格と骨格は完成しており、高等部の頃には成熟し切ってしまうのだ。
それが本格化と呼ばれる現象である。
そこから先、能力に劇的な変化が訪れる事はない。
能力のピークを維持し続ける期間はヒトよりも随分と長いが高等部でウマ娘としての能力が確定する。
だからウマ娘は小学校の頃の過ごし方が大事だと言われ続けていた。
中央トレセン学園を目指す者は、小学校の時期から走り込んでいる。
それはマンハッタンカフェも同様で、来年、中央トレセン学園の入学試験を受けるつもりなのだから気合の入りようが違っていた。
彼女はウマ娘の中でも速い方だ。少なくとも地元では敵なしの部類に入る。
周りのウマ娘が記念で中央トレセン学園の入学試験を受ける中で、マンハッタンカフェだけは本気で目指していた。
彼女には向上心があった。
地元で優勝するだけは飽き足らず、スピードの向こう側を追い求めている。
その為に必要なのは、中央トレセン学園。
更なる高みを目指す為には、最先端のトレーニング設備。そして切磋琢磨できる好敵手の存在を彼女は欲した。
中央トレセン学園には、きっと自分を満足させてくれるウマ娘が居る。
自分では、手も届かないようなウマ娘も居るに違いない。
そう、信じていた。
ウマ娘が全力で走る為の育成施設、そこにあるトラックコースでマンハッタンカフェは全力で駆けていた。
同期のウマ娘を置き去りに、ただひたすらに前を目指す。懸命に腕を振り、地面を蹴る。
しかし、追いつけない。届かない。仲間内では、誰にも負けた事がない。教員からは重賞、GⅠだって夢じゃないと言われてきた。
託される期待の大きさが、重圧に転じるか否かの瀬戸際で、それが自惚れだったと気付かされる。
遥か先を、同じ姿のウマ娘が走っている。自分以外、誰にも見えないお友だち。
……どうして、コーナーであんな風に加速できるのか?
どうして、柳のように柔らかな走りができるのか?
その走りの全てが参考になった、その悉くが私を上回っている。
「どうだ、見たか! これが俺様の走りだ!」
同じ顔、同じ姿で、どや顔を見せる彼女は、自分とは余りにも違い過ぎていた。
本当に、貴女は凄い。ぐうの音も出ないとは、この事だ。
何度やっても追い付けない。置いてかれないようにするだけで精一杯だった。
「しっかし、この国は芝がメインだなんて変わってるよな。普通は土だろ、土。俺様、土だったらもっと速いんだぜ?」
汗ひとつかかないのは、彼女が幽体である為か。速いのは肉体を持っていない為か。
いや、そのどちらも間違っている。彼女の走りに嘘偽りはない。彼女の存在はオカルトであっても、彼女の走りは本物だ。
それが直感でわかる。ウマ娘としての本能が、受け入れている。
「はあ……はあっ……でも私も、必ず追いつくから……」
息を切らしながら意地を口にすれば、彼女はキョトンとした顔を見せた。
くつくつ、と楽しそうに肩を揺らす。
凶悪な笑みを浮かべて、獰猛類のような瞳でマンハッタンカフェを捉える。
「それだけ強がりが言えるなら、もう一周くらいは行けるよなあ? ほら、次行くぜ?」
うん、走りましょう。何度でも、繰り返し、繰り返して。
そこには理想の走りがあった。
今すぐには、届かない。でも、走る度に近付いてみせる。今日よりも近い明日を目指して、明日よりも近い明後日を目指して、走る、走る、走る。芝の匂い、大地を蹴る感覚が気持ち良かった。風のように疾くて、柳のように柔らかい。雷のように鮮烈で、抜き身の刀のように鋭く狂暴だ。しかし、その走りは地に脚が付いている。揺るぎない絶対の自信があった。裏打ちされた理論があり、彼女なりの理屈がある。誰も彼もが投げ捨ててしまいそうな理想の彼方、それを体現した走りができるウマ娘が居た。
なにより、彼女は、とても楽しそうに走るのだ。
羨ましかった、同じ景色が見たいと思った。
彼女は、どんな顔をして走っているのだろうな。きっと笑っているのだと思う。獰猛に笑って、軽快に走るのだ。でも、それを確かめる術はない。彼女の走りはビデオカメラには残らなかった。カメラで撮ろうにも、ぼんやりと霞むだけで表情を見ることは叶わない。
今はまだ、想像する事しかない。彼女の隣を走りたい、そう願って、彼女の背中を追いかける。
今日もまた追いつけない。明日も追いつけない。明後日も無理だ。一ヶ月が過ぎて、速くなっているはずなのに彼女との差を突き付けられる。
物理的な距離は縮まった。体感する差は、もっと広がったように感じられた。走り方を知れば知るほどに、彼女の事を知れば知る程に、前まで感じられなかった差を思い知る事になる。彼女の走りは異次元だ。四則演算が数学の基礎であるように、AND・OR・NOTで回路の仕組みを知った気になるかのように、知れば知る程に彼女の走りの奥深さに溺れそうになる。
どれだけ走れば、この領域に辿り着けるのだろうか。此処に辿り着くまでに並々ならぬ努力があったに違いないのに、彼女は、
「まあ俺様だからな! 他とパンピーと一緒にして貰っては困るぜ? なんたって俺様の走りは世界最強だからな!」
と高笑いをしてのける。全てが才能だと言ってしまうのだ。
実際、そうなのかも知れない。ウマ娘は、才能の世界だ。才能が9割で、努力が1割の世界だ。でも全てを才能のせいにしてしまって、諦めてしまえるほど自分は、成熟もしていなければ賢くなかった。
それでも、いつか追いついてみせる。と強がりを言えば、彼女は嬉しそうに高笑いする。
そうしている内に、私の周りには誰も居なくなっていた。
そんなものはいない。
気味が悪い。
ただの幻覚。
妄想。
思い込み。
その言葉の数々なんて、どうでも良かった。
だって、目の前に彼女は居る。追いかけるべきは前に居る。
狂気染みている、と誰かが言った。
その通りだと思った。彼女の走りは、目が眩みそうになるほど輝いて見える。
これを見てしまったなら、追いかけない方が嘘だ。
一年が過ぎて、更にもう一年。
中央トレセン学園への入学が決まった私は、今日も今日とて彼女の背中を追いかける。
速くなればなるほどに、彼女は遠のいていった。
◆
中央トレセン学園。その入学式の最中の話だ。
扇子を持った、ちんちくりんな理事長を始めとした先公共によるクソ退屈な話が続く予感があったので俺様は、妹分のマンハッタンカフェを体育館に捨ておいて学園内を散策する。
途中、何人ものウマ娘とすれ違ったが、俺様の目に適うウマ娘は居なかった。
どいつもこいつも、あのエリート然としたスカシ野郎の足元にも及ばねえ。
まあアイツも結構やる方ではあった。四度戦って、この俺様の遥か前を走った事が一度だけある。たった一度だけだ。アイツは一度しか俺様に勝てなかったが、俺様は三度も勝っている。つまり俺様の方が凄い。アイツは人間にちやほやされるのが得意だったが、レースでは俺様の方が強かった。
レースは強い奴が偉い、強いとは勝つ奴の事だ。
屋内に居るのも億劫になって、なんとなしに中庭まで脚を運んでやると何処かで見たことあるような彫刻が置いてあった。
三人のウマ娘を模しているようだ。こんな御利益もなさそうな彫刻を置くなら俺様を讃えた彫刻を置いておいた方が絶対に良い、そっちの方が絶対にイカしてる。
蹴ったら倒れないかな? そんなことを考えると「やめなさい」と横から声を掛けられた。
「あれから何処に行ったのかと思えば……長い種牡馬生活で落ち着いたという話は嘘だったのですか?」
振り返ると、何処かで見た事のあるウマ娘が居た。
荘厳そうな着物を羽織っている。なんかひらひらしてるものを見ると噛みつきたくなるな、噛みついて破いても良いかな?
ちょっとしたシャツを破くみたいな感覚で。
「やめてください。あと貴女の姿が確認できる者なんて誰も居なかったでしょう? 私達と一緒に信仰を集めることに尽くしてください。私達の残った力では全てのウマソウルを正しく導くことができないのです。一緒に仕事を頑張りましょう、そうしましょう。独りぼっちは寂しいですよ? 貴女の担当はサンデーサイレンスに関わる産駒の全てです、人手が足りないのです! 神格持ちの競走馬なんて、日本にはほとんどいない! もっと血統を保護しましょうよ! ノーザンテーストすら神格を持てないとか嘘でしょう!? というか私の担当が多過ぎ問題! 見てくださいよ、あのゴドルフィンアラビアンの分霊の退屈そうな姿を! いずれあそこにはバイアリータークも加わるのです!」
そういって彼女が指を差した先には、噴水の前にあるベンチで日向ぼっこを興じるウマ娘の姿があった。妙な気配を感じるので、アイツも神に分類される馬のようだ。
「嫌だよ」
「どうしてです!?」
最近の神様は癇癪持ちなのか、途中から言っていることは分からなかった。
けども、俺様から言えることは何も変わらない。
「俺様は俺様の好きなようにやる。あと仕事とか面倒だし嫌だ、なんで死んでまで働かなきゃいけないんだよ」
それに、と一言をひとつ付け加える。
「もう俺様の姿が見える奴は見つけている」
神の一人は、ポカンと間抜け面を晒した後で「ええっ!?」と声を荒げた。
「やはり俺様は格が違うからな、分かる奴には分かる。前世でもそうだった。分からない奴には一生、俺様の凄さは分からん。センスがねえ奴はスカシ野郎に媚を売ってる。それじゃあ俺様は妹分の面倒を見なくちゃいけないのでな、行かせて貰うよ。というか勝手に行く」
「いや、待ってください! 誰ですか、それ!?」
「……あぁん?」
「まだサンデーサイレンス産駒は産まれていないはずです! ウイニングチケットやエアグルーヴだってまだレースに出ていないってのに!」
「そいつらが誰の事を言っているのか、さっぱり分からんが……名前だけは教えておいてやるよ」
マンハッタンカフェって奴だ。と言ってやれば、自称女神は「アッラー!」と頭を抱えてしまった。神が神の名を叫ぶっておもしれーな。
「時空が歪んでる……どうして、どうして? 最近、仕事が忙しいから信仰を集める為に別世界から供給を受けようとしたら想定以上に仕事が増えて、余計に苦しくなるのおかしい……おかしくない? 退屈を持て余したバイアリータークが新しく世界を管理してるから乗っかっただけなのに……効率を上げれば上げる程に仕事が増える……お金持ちになろうとすると扱う金額の数字が増え続けるだけで、ずっと瀬戸際の自転車操業してるみたいな感覚って、こんな感じなのかな……収支の合計は、終始ずっと0ですってね! アッハッハッ!」
ぶつぶつと呟き始める自称女神のウマ娘、やはり仕事の行き過ぎは人も馬も駄目にする。ああはなりたくないものだ。
さておき、中庭から離れようとした時、ベンチで日向ぼっこをしていたウマ娘が上半身を起こす。
「前にも説明した事だと思うけど、君がサンデーサイレンスに関連するウマソウルを持ったウマ娘が成績を上げると結果的に信仰が増える。そういう仕組みだ。そして、それを続けると自分と関係するウマ娘の前に姿を現すこともできるようになるかも知れない」
「……それはまたビッグ・レッドと戦えるって事か?」
「ビッグ・レッド? ああ、三代目のことか。それは難しいかも知れないね。この世界には、神格化した君とは別のサンデーサイレンスが居る。でもまあ彼、今は彼女とは競えないけど、レースくらいは出来るかも知れないね。シラオキっていう奴が、自分の子孫とお話したりとかで楽しくやってるよ」
まあ精々頑張り給え、と彼女はひらひらと手を振りながら再びベンチで横になった。
そこに他のウマ娘が来て、彼女の上に座る。俺様と同じように透き通っているようで、彼女は不満げにボリボリと頭を掻きながら、また別の場所を移動する。とりあえず、俺様は散策を続ける事にした。ここがトレーニングをする為の施設であれば、トラックコースやプールなんかがあるはずだ。
俺様に指図する偉そうなウマ娘は、未だに呆然自失の状態から抜け出せていないようだ。
こんなのが神とは、世も末である。
◆
お友だちが居なくなった。彼女は時々、私の前から姿を消す事がある。
それ自体は別に珍しい事ではなかったが、あの俺様系ウマ娘が、今も何処かで迷惑を掛けているかも知れないと思うとハラハラして仕方なかった。
入学式を終えた後、とりあえず、彼女を探し回っていると校庭のトラックコースに彼女は居た。
ダートコースの中心からの光景を、ただ黙して眺めている。
青鹿毛の真っ黒な髪は、太陽の光を吸い込んで、黒色のダイヤモンドのように煌めいている。
その堂々とした立ち姿は、様になっている。という他になく、輝いて見えた。
芝のないコースこそが、彼女の居場所だと無条件に納得させられる。
「よお、遅かったじゃないか。カフェ。どうだ? 一周、走ってみないか?」
挑発的に笑ってみせる彼女は、同じ顔、同じ姿をしているはずなのに、まるで別人のように思えた。
実際、別人だという事は分かっている。でも、なんというか、自分と彼女は全く別なのだ。存在そのものが惹かれる事はあるけど、やっぱり別人だ。きっと偉大な何者かだ、彼女の走りは世界を超えている。時を超えても人々を魅せる走りができるウマ娘なんだ。
そんな貴女の走りに魅せられている。そんな貴女の隣を走りたくて、今日もまた走り出す。
「……一周で終わった試しがありますか?」
「ねぇな! まあ一周も走れば、何周か増えても一緒のようなもんだろ! 今日は久々の芝のないコースで俺様の機嫌が良い!」
だから、と彼女はウマ娘の身体に収まる強大な存在感を解放する。
「ちょっと乾き過ぎで走りにくいが、まあ良い! 土での俺様の本気を見せてやるよ! 光栄に思え!」
文字通り、手も足も出なかった。
影すらも踏ませてくれず、第3コーナーを回った時点で大差以上の差が付いてしまっていた。
エクリプスを避ける当時のウマ娘の気持ちが少し分かった気がする。
感想、評価、お気に入りなどをありがとうございます。
まだ1話目なのに、色が付くとは思っていませんでした。
桐生院葵が温泉でうまぴょい伝説したみたいで、ハッピーミークもほくほくしてました。
また感想、評価、お気に入りなどをお願いします。
それでは良い年を