運命に噛みついたウマ娘。 作:うまだっちシステム。
夜な夜なトレーニングコースを走るウマ娘の幽霊が居る。
その話を耳にした私、アグネスタキオンは知的好奇心の赴くまま、というよりも研究の気晴らしとして月夜の散歩に出た際、ことのついでにと校庭のトラックコースに足を運んでみたのだ。
どうせ、怪談の類だと思っていたが──予想は、良い意味で裏切られた。
(あの黒髪は確か、マンハッタンカフェ君だったかな?)
既にマンハッタンカフェとは面識がある、あれは入学前のオープンキャンパスでの事だ。
その時に出会った彼女は、なんというか雰囲気があった。走るウマ娘というのは、走る姿を見なくともある程度は見ただけで分かるものだ。中にはギャロップダイナのような強者の気配を感じさせない例外も居るが、この直感が外れる事はほぼほぼないと言っても良い。
今、彼女を見て確信に至る。
彼女の瞳には、超高速の果てが見えていた。彼女の走りには、超高速の果てに至る為の片鱗があった。
そして、彼女が走る遥か先を往く黒い影。薄らと朧げにだが、ソレは確かにソコに居た。耳を澄ませると足音が二つ、軽快な足取りでコースの遥か先を走っている。距離だけの話ではない、音を聞いているだけでも分かる。その影を見れば、直感は確信に至る。あのウマ娘は今、日本に現存する全てのウマ娘の先にある場所を走っている。
悔しいのは、その走りが自分には見えないこと。妬ましいのは、彼女には超高速の果てが見えていること。
不思議なことに、胸の奥底から込み上がる想いに怒りの感情はなかった。
知的好奇心が擽られる。
考え込む仕草、口元を隠すように手を添える。
自分の口が弧を画いていることを知る。
レースに集中している彼女が私の気配に気づく事はない。
遠くから盗み見る。その姿を目に焼き付ける。アレがカメラに写るのかは分からないが、資料収集用のハンディカメラを持参して来なかった事を悔やんだ。胸が高鳴る、心が躍る。あの走りを見ていると今直ぐにでもコースに飛び出したくなる。
今はまだ、その時ではない。衝動を発散せずに分析する、心の奥底に溜め込んだ。
発散すべきは、本番だけで良い。ぐつぐつと煮え滾る想いを胸に秘める。
彼女がトレーニングに区切りを入れるのを契機に、その場から静かに離れた。
その日、寝付けなかった私は夜中、延々と彼女の走りを考えていた。
◆
中央トレセン学園っていう所に妹分のマンハッタンカフェが入学して数ヶ月が過ぎる。
此処は全寮制を採用している為、特別な事情でもない限り、中央トレセン学園が運営する二つある学寮の内一つに詰め込まれる。マンハッタンカフェもまた寮暮らしを強制させられていた。妹分が押し込まれたのは美浦寮、部屋は個室じゃなくてルームメイトが居たりと面倒なことこの上ない。
マンハッタンカフェは満更でもないようで、珈琲を淹れるとクッキーを焼いてくれる。とか、そんな事を口にしたりする。
ルームメイトの機嫌を損ねたくないのか、嫌われたくないのか。
コイツがいる時、マンハッタンカフェは俺様を無視するようになった。ムシャクシャしたのでルームメイトを軽く小突いてやれば、無言で塩を撒いてきた上に口すらも利かなくなりやがった。俺様よりもルームメイトとの仲の方が大事らしい。なんともつまらない話だ!
そんな訳で暫く校内を歩き回ったり、適当にコースを走ったりと時間を潰す機会が増えた。
それで気付いた事がある。
あ、なんか、こいつ。感じるものがあんな、と。通りすがった何人かのウマ娘に思うところがあった。なんとなしに惹きつけられるものがある。その大半は走りが凡庸だったので、スルーした。ビリーヴっていう名のウマ娘が走る、その程度しか認知していない。
そして、そのどいつもが俺様の存在を視認できなかった。
勘が鋭いウマ娘が、気配を感じ取り、その中でもひと握りが真っ黒なモヤとして俺様を認識する、らしい。ビリーヴが、その一人だった。見込みがある。俺様の存在すらも認識できない輩は全員、スカシ野郎の信者に違いねえ。何故なら、センスがねえからだ。センスがねえやつは皆、スカシ野郎が好きだって相場で決まっている。
俺様を少しでも感じ取れる奴はセンスがある。ただまあ、センスは足りてねえけどな!
そして、マンハッタンカフェ。あいつは俺様に対するリスペクトが足りてねえ!
ふざけんな! 走り方を教えてやってるのに! トレーニングだって付き合ってやってるのに!
暇潰しの退屈凌ぎだけどな! 妹分の癖に! 俺様に構ってくれないんだ!
ココは屋外、校舎裏。ガルルルル、と周りを威嚇すれば、それが伝わるのか自然と周りからは人が消えて行った。
そんな中、目を輝かせて近付いてくるウマ娘が一人。ソイツは何故か白衣を着ていた。
ダボダボな袖をグルグルと回しながらルンルン気分で近付いてくる。
察した。コイツ、きっとヤバい奴だ。そして分かる。コイツ、俺様を認識できるイカした奴だ。
その上でイカれた奴だ。
そいつは手頃な木の枝を手に持つと俺様を囲うように円を画き、六芒星の魔法陣を作る。その線の交差点になんか得体の知れないものを置いていくと奇妙な舞いを踊り始めた。
「理屈じゃない、道理ではない。科学的ではない現象に対して、科学を追求するのは実に愚かなことだ。ウマソウルだって、科学という観点からかけ離れている。脚を早くなる為には、力学的な観点から必要な筋肉量を算出し、ありとあらゆる計算を駆使した上でのトライアンドエラーが必要になるが、元がオカルト相手なら科学で追求するのは御門違いだ。目には目を、歯には歯を、オカルトにはオカルトを。実際、これで姿が見えるかは分からないが……この降霊術が成功すれば、なにかしらの意思を読み取る事もできるだろう。……まあ、眉唾だがね」
地面から頭上に噴き上がる風、なにコイツ怖い。なんだか嫌な予感がしたのでピョンと魔法陣の上から離れる。あっ、という声が聞こえたが気にせず、彼女から距離を取って、その場を後にした。
それ以後、コイツは俺様を見掛ける度に理解し難いなにかを仕掛けてくるようになった。
時に冒涜的に、時に度し難く、妹分がいない時に限って、儀式的な何かを仕掛けてくる。あんまりにもしつこかったので、彼女の寝室にああった大事そうにしている書類を燃やした。泣いた。楽しくなって、ドンドン燃やしてやろうかと思ったけど、泣いて謝ってきたので許してやった。
虐めるのは楽しいが、悔い改めている奴を虐めるのはなんか違うのだ。
それからマンハッタンカフェが俺様を蔑ろにする間、アグネスタキオンの側にいる事が増えた。
会話なんかは出来ないが、俺様が居る時は居る事を前提に動いたり、話しかけたりするので、有象無象と比べると幾分かマシではある。
俺様の事を認識できるなんてセンスが良い奴である、趣味は悪いが。
ある日、アグネスタキオンが個室が欲しいと言ってきた。
俺様も丁度、自分用に寛げる部屋が欲しかったので、適当に怪談騒ぎを起こして事故物件化させた部屋をアグネスタキオンが引き取る事になった。研究道具を持ち込むアグネスタキオン、俺様にはソファーがひとつ与えられた。ふかふかのソファー、これだけでもあるとないとじゃ大違いだ。夜中は妹分の側から離れて、時折、遊び半分で校舎に入ってくるウマ娘を脅かし、ぐうたらとした日々を送っている。あの部屋には長居しないようにしている。この前、妹分とルームメイトが、ちょっと良い雰囲気になってたので「抱け! 抱け!」って茶化したら、じっくりコトコトと清めた盛り塩を浴びせられた。別に良いじゃん、年に200頭の種付けするとか普通じゃん。地味にピリピリして痛かった。お前も男として一皮剥けたになった暁には、平然と100頭は種付けしているよ。いや、この世界のウマ娘は雌しか居ないから出来ないのか。
勿論、レースができる相手は妹分だけなので、トレーニングには付き合ってやっている。
更に月日が過ぎて、激おこな妹分がこの部屋に上がり込んできた。ぐうたらとふかふかソファーに寝そべっていた俺様は「よく此処がわかったな」と片手を上げて挨拶してやると、無言で盛り塩を投げ付けてきやがった。
「イテテテテテッ! なにすんだテメー! やんのかコラァ! 日頃、誰にトレーニングを付けて貰ってると思ってんだ!!」
「……貴女の走りは尊敬できても、人間が出来ていなさ過ぎます」
「人間じゃないから良いだろうが! あとルームメイト相手にウマ並に盛っている奴が云うことか!?」
「盛っていません、その下品な物言いをやめてくれませんか? あと前々から言おうと思っていましたが貴女には品位が足りません、ろくでなしです」
「ああッ!? 誰がバラのレイが似合うのは墓場の中に入った後だゴラァ!?」
なんで貴女にあのような走りが、と妹分は溜息を零した時、ピンと耳を立て、警戒するように左右に動かした。どうやら部屋にいるもう一人の存在に気付いたようだ。
「やあマンハッタンカフェくん、やはり君の目にはハッキリと見えているようだね? それも会話できる程に!」
「……貴女は、何処かで見た記憶があります。……今のは、夢を見てました。ちょっと錯乱していたようです」
「ああ、そいつ。夜中にトレーニングする時、ずっと俺様達の事を見ていたぞ。ついでに云うと俺様の存在を感じ取れる良いセンスを持っている。まあ、おまえみたいに俺様の姿を見たり、会話とかはできないみたいだけどな」
「…………」
「ふむっ、今、耳が動いたね? 彼か、彼女か、そこに居るんだろう? 私も存在を感じる程度のことはできる。聞きたいことは山ほどにあるけど──丁度、紅茶も煎れたところだ。そこのソファーにでも座ってくれたまえ」
言われたマンハッタンカフェが圧を掛けるように俺様を睨み付けてきやがった。
しかし俺様は退かねえ。ガンくれた相手には睨み返すのが流儀、気に入らない奴は噛みつくのが俺様だ。
ソファーを死守せんと大きく身を伸ばして、妹分が座れる場所をなくしてやる。
「おや? 座らないのかい? ……まあ、それが正しいだろうね。彼女が居るのに間違えて座ったら調合中の薬品が入った試験管を割られて泣いた」
アグネスタキオンはビーカーに入った紅色の液体を妹分に手渡してきた。とりあえず受け取った妹分を見て、アグネスタキオンは自分の分を口に付ける。
「……これは?」
「さっき紅茶と言っただろう?」
「せめてコップとか、ないのですか?」
妹分は溜息を零し、そのまま俺様が寝転がっているソファーに座りやがった。
すき抜けるから実害はないが、なんか他の存在が同じ場所に重なるのは気持ち悪いのだ。
不服ながらも妹分の隣に座り直して、横並びになる。
というか、なんでこいつ。こんなに怒ってるんだよ。
出会い頭で盛り塩を浴びせるとか普通じゃねえ。
「……私に似た姿の幽霊と出会った、とユキノビジンさんが言われてました。随分と噂になっているようですし、私のことを避ける者も増えました」
あー、なるほど。それはそれは……
「そこのサイコ野郎が個室を手に入れたいからやれって言ったんだよ」
「……貴女が元凶ですか」
「ん? んん? これはどういう事かな? 私はまだ君に嫌われるような事はなにもしていないはずなんだけどな!?」
それから先、アグネスタキオンの必死の弁解は見ていて楽しかった。
二人が和解した後、また盛り塩を投げられた。解せぬ。
◆
アグネスタキオンの勝ち取った部屋の半分は、マンハッタンカフェに譲られる事になった。
適当な調度品が運び込まれるようになり、半分はマッドなサイエンティスト的に、もう半分は貴族の書斎みたいな雰囲気に収まる。
そのソファーは俺様のお気に入りで、何もない時は四六時中、ここでぐうたらするようになった。
大抵の場合、アグネスタキオンが部屋に居るが時折、席を外している時もある。
そんな時、ふらりとマンハッタンカフェが部屋に来た。
何処となしに虚ろな目をしており、話しかけても反応が弱い。目覚ましの為に珈琲を淹れ始めたかと思えば、その途中でうつらうつらと舟を漕ぎ始める。コップに注がれた珈琲に、口を付ける前にソファーの上で横になってしまった。彼女にしては珍しくも無防備な姿を晒す。真っ黒な液体がコップに揺れる。
それから少しして、ゆるり、ゆらり、と黒いモヤのようなものが部屋の中に上がり込んでくる。
見た感じ、悪霊の類か。
「其処に座れ。そして、この珈琲を飲んだら帰るんだな」
俺様が恵んでやると、ソイツは対面に座って珈琲を啜り、名残惜しげに妹分を見る。
「コイツに手を出したら許さねぇからな。あぁん? 手を出したらどうなるかだって? 噛む、とりあえず噛む。それから後の事を考える。……なぁに、笑ってんだてめぇ? 噛むぞ?」
シャーッ! とギザギザ歯を見せてやれば、悪霊は臆するように、少し和やかな雰囲気で机を離れる。
「……お前の相手は俺様が直々にしてやる。光栄に思うんだな」
そう言い聞かせてやれば、奴は上機嫌になって部屋を離れていった。
……ったく、なにをやってんだか。呑気に眠る妹分の顔を見て、少しだけ苛立って、その額にデコピンしてやった。
ガキのお守りは面倒だから好きじゃねぇんだよ。
余談だが、勝手に珈琲を飲まれてマンハッタンカフェは不機嫌になった。アグネスタキオンが犯人だと思われて、後日、別の機会に親切心から濃いめの珈琲が振る舞われた。
アグネスタキオンは泣いた。
感想、評価、お気に入りなどをありがとうございます。
順調に色が付いており、もうちょっとペースを遅らせるつもりが次話を書いていました。
新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお付き合いください。
桐生院葵も新しいウマ娘をスカウトする為に奮起しています。ハッピーミークが若干、曇り気味です。
なんか良いな、と思った方は、感想、評価、お気に入り等を入れてくれると助かります。