運命に噛みついたウマ娘。   作:うまだっちシステム。

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第4話:トレーナー予備軍

 ウマ娘のチームで使用するプレハブ小屋、そのひとつで二人のウマ娘が話し合っていた。

 一人は綺麗な栗毛色の髪をしており、もう一人は野暮ったいウマ娘。そう、私の事だ。出来た頭を持つ親友に泣き縋り、半年に一度、開催される試験に向けた勉強を行なっている。ちなみに出来た親友は既に試験に受かっており、サブトレーナーとして私を始めとした複数のウマ娘を担当している。ちなみに互いに今年でシニア3年目、今年の12月末に卒業予定だ。

 机の上に置かれた牛乳ましましの珈琲を啜り、カリカリと親友が用意してくれた参考書を読み解く。ちなみに親友はタブレットを操作してウマ娘の体調を管理したり、動画から担当ウマ娘の走りを見て、トレーニングスケジュールの調整を行なっている。

 同じ歳である、同じ歳でこの差である。

 比べてしまうと挫けそうになってしまうが、しかし、これは彼女がおかしいだけなのだ。私では彼女に追いつけない。しかし彼女と離れ離れになるのも嫌で、ならば彼女のサブトレーナーとして手伝いをすれば良いじゃん。と軽い気持ちでトレーナー試験を受ける事にした。

 おかげで春から夏に掛けてはレースには出ず、秋から本格的にトレーニングを再開する予定だ。

 

 こう云うとアスリートを舐め腐っているように思えるかも知れないが、シニア3年目ともなれば、大半のウマ娘がトレセン学園を卒業した後の事を考える時期だ。大学を目指す者はいち早く受験勉強を始めているし、就職を目指す者は就職活動に勤しんでいる。余裕があるのは目の前にある親友ぐらいなものであり、私も次回のトレーナー試験に受からなければ秋レースの出走も取り止めにするつもりだ。

 

 そもそも私が秋路線に出走するのは、私のファンの為でもある。

 今は試験勉強に苦しむ私だが、これでもGⅠウマ娘なのだ。とはいえドリームトロフィー・リーグには挑戦する気は起きない程度の実力、卒業後の人生について悩む御年頃である。とはいえだ、それでも私には少なからずのファンが居た。長く走っているだけで、もっとキラキラ輝いて強い子もいっぱい居るのに、私を推してくれるファンが居るのだ!

 人並み程度にはトレーニングを続けている。今のところは順調、親友も八割方は大丈夫と言ってくれている!

 

「できたー!」

 

 カリカリと解いた問題用紙を親友に手渡す。疲れたー、と机に突っ伏せば、また間違えているよ。と問題用紙を見せられる。彼女が指で差した位置は名前欄、そこには私のウマ娘としての名前が書き込まれていた。

 

「あう……またやっちゃった……」

「意識しないと、ついウッカリが出ちゃうからね。気を付けなよ」

 

 そう言って、問題用紙を返されたので粛々と名前を書き換える。

 鈴鳴(すずなり)采佳(さいか)、それが私の親から貰った名前だ。

 

 ウマ娘には、名前が2つある。三女神の導きによるウマソウルのソウルネームと、親から与えられた名前である。

 ソウルネームを与えられたウマ娘は高等部に入るまでは前者の名前を使っている場合が多く、後者の名前は高等部を出た後、進路によって使い続けるかどうかを決める。トレーナー志望の二人のウマ娘も同様であり、今年、中央トレセン学園を卒業すると同時にトレーナーとして活動する事が決まっている親友は既に本名を名乗っている。

 前の名前も好きなんだけどなあ。あ、でも、昔の呼び名で呼び合った仲って、ちょっと特別感あって良いかもしんない!

 

 問題用紙を書き直し、ちょっとした休憩時間を入れる。

 その後、今日の分のトレーニング。頭の運動と体の運動でバランス良く。試験勉強って結局、体力勝負に行く着くとは親友の言だ。ピピピという目覚まし音が鳴り響いたので「走るぞー!」とトラックコースに全力疾走。走れば、勉強のストレスなんて消し飛ぶのだ。

 

 これは何時もの日常、特に何かあった訳ではない。ただこの時、私は何時もよりも急いでトラックコースを目指していた。

 

 中庭を通り抜ける時、なにやら騒がしかった。

 二人のウマ娘が言い争いをしており、教室を黒焦げにしたとか、なんとか、ちょっと物騒な話をしている。

 片方は、サクラを冠するウマ娘、確か学級委員を務めている子だったか。

 まあ、気にしなくても良いか。と目を逸らした時の事だ。

 

「そこのウマ娘! タキオンを止めてくださいッ!!」

 

 ん? と振り返れば、白衣と着たウマ娘が横から突っ込んで来ているところだった。

 強い衝撃、視界が縦に回転する。それが出会い。少し時間が前後するだけでも、この出会いは生まれなかった。プレハブ小屋を出た時の、ほんの少しの気の昂りが、私の人生の今後を左右することになるなんて思いもしなかった。

 受け身も取れず、地面に頭を打ち付けた私は、そのまま気絶してしまったのだ。

 

 

 怪我の功名とは、この事か。

 衝突し、不慮の事故によって気絶させてしまったウマ娘は、気弱で大人しいGⅠウマ娘だった。他の我が強いGⅠウマ娘とは違って、押せば押し倒せてしまえる。そんな気性なモルモット君である。

 この機を逃す訳にはいかない。と私、アグネスタキオンは彼女を口実に使って、学級委員長から言い逃れた後、彼女を保健室まで連れ込んだ。もとい、運搬した。気絶した人一人、ヒトなら難しいかも知れないがウマ娘なら簡単だ。保健室のベッドに寝転がしたモルモット君。もとい、GⅠウマ娘様は「むにゃむにゃ……もう食べられないよ……」と、ありきたりな寝言を零していた。

 あまりに定番過ぎて、起きているか疑ったくらいだ。

 

 彼女が眠っている間、その脚に手を添えて触診する。

 直に揉んでみると彼女が如何に鍛えてきたのか手に取るように分かる。太腿から尻、腰にかけてまで偏りなく、バランス良く付けた筋肉は芸術の域にある。流石はGⅠウマ娘様、巷ではパッとしない戦績と云われる彼女だが、今まで触ってきた事のある凡百のウマ娘とは一線を画している。

 そもそもだ、中央トレセン学園は入学するだけで選りすぐりのエリート集団だ。それがオープン戦ともなれば、エリートの中のエリートであり、重賞に出場するウマ娘は上澄みを掬い取った超一流の集まりだ。GⅠレースは、その最上位。出走するだけで世代を代表するウマ娘の一人として認識される。

 彼女のGⅠ勝利には運もあったかも知れない。しかし、運だけでは届かないのがGⅠという大舞台だ。

 

「……んみゅ? あ〜、ん〜? えっと? 此処は……」

 

 自分の4つも上になる先輩のウマ娘が、ゆっくりと上半身を起こす。

 その予兆を感じ取っていた私は、彼女の尻を揉んでいた手を離して距離を取った。

 如何にも、今の今まで大人しく看病していましたよ。といった感じに装って。

 

「保健室? どうして? ……また故障しちゃった?」

 

 先輩は、故障歴があるのか神妙な顔で、ゆっくりと自らの足首に手を触れる。

 

「……軽く脚の具合いを確かめさせて貰ったが、特にこれといった怪我は見つからなかったよ」

 

 そう声を掛けると先輩は、ホッと安堵の息を零す。

 

「君が、此処まで運んでくれたのかな? ありがとう」

「いやいや、この程度の事はお安い御用だよ。後で、ちょっとした実験に付き合ってくれるだけで良い」

「実験? まあ私に手伝える事なら付き合うけど……」

「本当かい!? それなら、是非、この薬を一本……いや、三本はいけるかな!? 飲み下してくれるだけで良い!」

「薬? どんな功能があるの?」

「これは大腿四頭筋の収縮を観測する為の試薬だよ。副作用に関しても大丈夫。最悪の結果になったとしても精々数時間程度、両脚の皮膚が黄緑色に発光する程度で済むぐらいだ。私が自分の身体で試したのだから間違いない」

 

 試験管を三本、受け取った先輩は訝しげに青白く発光する液体を見つめる。

 

「……薬物検査で引っかかったりしない?」

「失敬だな、君は!」

 

 聞き捨てならない言葉に、思わず荒げた声を出してしまった。

 

「ドーピングほど白けるものはない! 私が求めるのは永続的な速さ、薬は可能性を探る為の手段のひとつに過ぎない!」

「それで皮膚が黄緑色に光るのは、明らかに何か悪さをしているように思えるんだけど……」

 

 ああ、と彼女は何か思い出したように口を開いた。

 

「君がアグネスタキオン。よく教室を黒焦げにしているというあの……」

「んん~? 黒焦げにしている訳ではないよ。ほんのちょっと焦がしたくらいだよ」

「教室中が黒煙でもうもうとしてパニックになったという話を聞いたけど?」

「パニックになったのは顔も知らない生徒たちだ。私をよく知る子が粛々と消火器を取って来てくれたよ、まだ研究道具を片付けてないのにぶっかけられた」

 

 おかげで昼間からシャワーを浴びる羽目になった、と飄々と語ってみせる。

 

「……それはタキオンさんが小火騒ぎを起こしたお仕置きです」

 

 ガラリ、と保健室の外から別のウマ娘が入ってきた。

 綺麗な黒くて長い髪をしたウマ娘、私の親友。今は最も厄介な難敵が割り込んでしまった。

 とりあえず軽快な挨拶で場を濁すとしてみようか。

 

「おや、カフェじゃないか! どうしたんだい、もしや実験に協力を────」

「しません。貴女がGⅠウマ娘を保健室に連れ込んだと聞いて、様子を見に来ただけです。流石に今、現役で走っているウマ娘を薬の実験対象にするのはやり過ぎですよ」

「これは試薬の効能検査ではないよ。なんせ薬の効果は、既に私の身体で試してある。あとはデータを収集するだけ……」

「そういうことを言っているんじゃありません。それにタキオンさんは、こんなことよりも先にやるべきことがあるのではありませんか?」

「選抜レースのことかい? あれは私が必要ないと判断したんだ」

 

 何時もよりも頑なな態度を取る親友の姿に、やれやれ、と肩を竦めてみせる。

 

「あれは私の意図と選抜レースの目的は、残念ながら合致していないんだよ。それに、以前参加した折には散々な目に逢ったからね。キャベツに群がるモルモットのようにトレーナーがわらわらと……」

「それだけ貴女の走りが魅力的だったという事ではありませんか? 光栄なことですよ」

「カフェだって結構な人だかりができていたじゃないか。でも断ったんだろう?」

「それは、まあ……そうですが……」

 

 言い淀む親友に「それに」と言葉を畳みかける。

 

「去年、アオハル杯が制定されて以後、トレーナーはチームの結成を強制されるようになり、チームはアオハル杯への参加が義務付けられた。あれは本当に厄介だよ、個人の自主性を奪うに等しい愚かな制度だ。御上やトレーナーは私達を走る道具かなにかと勘違いしてるんじゃないかい? 走るレースが増えるということは、それだけ脚に負担がかかるってことなんだよ?」

「……それならそうとトレーナーと相談しても良いだけのではありませんか」

「トレーナーの多くがアオハル杯に参加する最低人数の3人を想定している。大チームのトレーナーは、担当するウマ娘に持論を押し付けがちだ。念のため、彼らの提示するスケジュールを確認してみたが無駄が多くてねぇ……貴重な研究時間をドブに捨てるというのは、流石にいただけない。トレーナーがウマ娘を彼らの価値基準に当てはめ判断するように、我々ウマ娘にも選別の権利がある」

 

 そうだろう? と彼女に問い返した。

 

「でも、そろそろ貴女の学園での立場が……せめて、選抜レースに出るだけでも……」

「そのことも含めて、それに見合うだけの見返りがないと言っているんだよ。今、無理をして余計な負担を脚に掛けたくはない。私の脚では積めるトレーニング量に制限がある、トレーニングは最大効率で行うべきだ。その為にも実験している時間を彼らの無駄なスカウトをする時間に取られたくないのだよ」

 

 実際、煩わしいとしか感じていない。

 そもそもの話だ。トレーナーはウマ娘をレースに勝たせる事が目的であるが、私が追い求めるのは“ウマ娘の可能性”であって勝利ではない。

 ウマ娘は、存在自体が未だ深淵の中にある。人類に酷似した外見でありながら高性能かつ高機能な耳と尾を持ち、その筋力は資料に反して異様に甚大。特に走力は動物界においても突出しており、全種族中でも上位に値するスピードを有している。私の衝動は、そこに集約される。ウマ娘はどこまで速くなれるのか。ウマ娘という生物に眠る肉体の可能性、最高速度。最高のその先。限界速度を追い求めることが私の目的にある。

 そして、あらゆる可能性は、実験によって発掘されて検討されるべきだ。

 研究には、時間と労力が付き物だ。いくらあっても足りやしない。

 

「……今、教員会議で。貴女の退学が検討されているようです」

 

 マンハッタンカフェの冷たい声色に、少し前まで浮かれていた気持ちが急激に冷めるのがわかった。

 言葉こそ突き放すものだが、その氷漬けにされた言葉の中、苦味と優しさを感じ取る。

 

「……そうかい」

 

 と言葉を絞り出すことしかできなかった。

 親友の気遣いに気付いていても、自分を変えることはできない。

 自分は、誰かの為に妥協できる人種ではないことは、自分自身が最もよく理解していた。

 

 

 素っ気ない返事だった。

 その目を見れば、参加する意思がないことは分かる。

 ここまで黙って話を聞いていたが、どうやら危うい立場にあるようだ。

 

 意地になっているのは分かる。しかし意固地ではない、彼女には彼女なりの意地というものがあるのだと思った。

 研究。それが彼女の自尊心の根幹だ。それを奪い取ることは彼女の存在意義を奪い取ることになる。

 故に私は自分自身に問い掛ける。そこまでする価値はあるのか、と。

 手元に握り締められる三本の試験管、言い訳を考える。

 

「少し良いかな? そこの、えっと……」

「マンハッタンカフェです、カフェと呼んでください」

「えっと、カフェちゃん。このアグネスタキオンの脚は速いのかな?」

 

 マンハッタンカフェは私の横槍に、少し間を置いてから「はい」と自信たっぷりに頷いてみせた。

 

「なら、アグネスタキオンちゃん」

「タキオンで構わないよ」

「……タキオンちゃん、この薬は本当に薬物検査に引っかからないの?」

「それはもちろん、ちゃんと禁止物質に関しての知識は頭の中に入っている。合法ドラッグなんて言葉で濁す必要もない。そもそも私が調合する薬の大半は検査する為のものであり、直接的に脚を速くする為のものじゃないんだよ。全て自らの手で製薬している分、含有成分の明らかになっていないサプリメントなんかよりもよっぽど安心安全だよ。精々、ちょこっと皮膚が発光したりするぐらいだ」

「……それで、どうやって人体が発光するなんて事態になっちゃうの?」

「ちゃんと効果が出ているのか分かりやすくて良いだろう?」

「……そうですね」

 

 ちょっと不安要素は残るけど、これで懸念はふたつともクリア。

 まあ、後で親友に検査して貰って、何か問題があればトレーナーに専念すれば良いかな。

 そんな軽い気持ちで試験管の蓋を取って、口に付ける。

 

「……ほおう?」

「せ、先輩! 何をしているんですか!?」

「ああそうだ、カフェちゃん。タキオンちゃんの実験に付き合ったことあるの?」

「あり、ますけど……」

「その後、薬物検査とかは大丈夫だったの?」

「そこは、まあ、信用できると思います。いや、でも、やめた方が……」

 

 その言葉で、本格的に飲まない理由がなくなってしまった。

 

「ああ、そうだ。実験に付き合ったら選抜レースに出るんだよ?」

「……そう来たか」

「出てくれなかったら私の親友に言い付ける」

「ん? それってどういう脅しなのかな?」

 

 返事は聞かずに飲み干す。

 無事に脚は黄緑色に発光し、今日のトレーニングついでに簡単な検査に付き合った。

 そして当然のように親友には、発光する脚の変化に気付かれた。

 

 即日、アグネスタキオンは私の言葉の意味を知ることになる。

 

 

「くらぁっ!!」

 

 その日の夕暮れ時、個室の部屋の扉が蹴破られる。

 急な出来事に私、マンハッタンカフェはソファーの上から身動きが取れなかった。

 アグネスタキオンもビクリと身を強張らせた後、「やれやれ、一体、何事かな?」と飄々とした態度で取り繕おうとして────

 

「ぴえっ……」

 

 ──怯えて、ウマ耳をキュッと絞った。

 蹴破った扉の先には、鬼が居た。レースの時には闘争心を漲らせて、他者を殺す勢いで距離を詰める者もいる。

 しかし、彼女の殺意は、そういうのとは一線を画す。

 レースは、あくまでもレースだ。殺すことを目的としておらず、相手よりも先にゴールすることを目指している。

 その為、成分としては殺意というよりも、闘争心の方が高いと居える。

 

 だが、今、廊下から部屋の中に入ってくるウマ娘には。抜き身の殺意があった。

 死神が大鎌を携えて、ひたり、ひたり、と歩み寄るように距離を詰めてくる。

 空気がヒリ付いた。怒っているのが分かる。彼女から発せられる臭いが、怒りで満たされていた。

 

「私んとこのウマ娘に意味不明な薬を飲ませたバカが此処に居ると聞いたんだけど……どっちかな? それとも、どっちも?」

 

 ぶんぶん、と首を横に振る。

 アグネスタキオンが私を見る、裏切り者と咎める視線を私は無視する。

 知ったことか。むしろ、迷惑を掛けられている側なのだ。

 むしろ、少しくらい痛い目を見た方が良い。

 

 先輩らしきウマ娘は、張り付けた笑顔でアグネスタキオンを見る。

 

「……何か言いたい事は?」

「ま、待ってくれ! 確かに彼女には私の実験に付き合って貰った! だが、それは合意を得ての事だ! 彼女と私の間には契約があって……」

「ふうん? で、遺言は?」

「…………な、なあ? もうちょっと穏やかに行こうじゃないか。もっと建設的にお互いを知るべきだ……人は何故、言語を得た? そう、分かり合う為だよ。だから、もっと私達はお互いを知る為に……そ、そうだ! 此処には最高級の茶葉がある、リラックス効果にも優れているんだよ! カフェが全然、飲んでくれないから少し余っているんだよ!」

「そう。そこの君、これが彼女の最後の言葉らしいよ? ちゃんと覚えておいてあげてね」

「こ、紅茶はお気に召さなかったかな!? そこのカフェは珈琲を淹れるのが凄く上手なんだ! 暴力で訴えるのは野蛮だ! 私達はテーブルで話し合いを……」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」

 

 先輩らしきウマ娘によって、研究機材の置かれた机が蹴り飛ばされる。

 試験管などがバラバラと落ちて、一撃で半壊した机が壁に激突して大きな音を立てた。

 アグネスタキオンは、その場から身動きを取れずにいる。

 

「私が何故、ぶち切れてるのか理解してねぇのか?」

 

 ガクガクと身を震わせるアグネスタキオン、助けを求めるように涙目で私に訴えかけてくる。

 流石にこれは止めないとまずいかも知れない。

 

 ちなみに私の傍にいるお友だちは、ゲラゲラと笑っている。

 普段、実験で大きな音を立てるアグネスタキオンに迷惑を掛けられているので、良いざまだ。と心から思っているのかも知れない。

 そんなお友だちを窘めるのも私の役目だ。

 時折、アグネスタキオンが変なちょっかいをかけて不機嫌になるお友だちを宥めるのも私だ。

 

 ……やっぱり止めなくても良いかも知れない。

 

「待って、シキ! 待ってよ!」

 

 蹴破れられた扉から、また別のウマ娘が駆け込んできた。

 

「私から研究に付き合ったんだからさー! 今、なんともないし! ほら! 保健室で受けた薬物検査だって大丈夫だったし!」

「どけ! とりあえず、一発殴らせろ! 話はそれからだ!」

「だーかーらー! もう良いって、充分だって! ほら、怯えてるじゃん! 可哀想じゃん!」

「関係ない! 蹴るんじゃなくて殴るだけ冷静だよ、私は!」

「全然、冷静じゃないよー! もっと落ち着こうよ!」

 

 今にもアグネスタキオンに飛び掛からんとするウマ娘に、がっしりと腰にしがみついたのは少し前に研究に付き合ってくれた先輩のウマ娘だった。

 外の方が騒がしくなり、更に別のウマ娘が部屋に駆け込んできた。

 

「おい、何事だ!? って、ニシキ!? お前、何をやっているんだ!?」

「ルドルフ! 止めて! シキが殺人を犯しちゃう!」

「殺すつもりはないって! 一発、ぶん殴るだけだよ!」

「おい、パレード! さっさとニシキをチームのプレハブ小屋まで連れて行くぞ!」

「頭で理解できない奴は痛みで教えてやるしかないんだよ! 獣の躾と一緒だ!」

「冷静さに欠けている今のお前がいう事ではないな!」

 

 二人の先輩方は、先輩一人を抑え込んで、そのまま部屋の外まで引き摺って行った。

 

 部屋は静かになり、ペタン、と腰を下とすアグネスタキオン。

 不幸中の幸いか、床に落ちた実験機材のほとんどは割れたり、壊れたりはしていないようだ。

 はっ、はっ、と過呼吸状態にあるアグネスタキオンに、そっとコップを手渡した。

 

「それを飲んで、落ち着いてください」

「……ははっ、カフェ。ありがとう」

「見境なく実験ばかりしているからですよ。もうちょっと周りの迷惑も考えてください」

「そうだね、うん。もうちょっと見境というものを覚えた方が良いかな。それじゃあ頂くよ……んっ!?」

 

 コップに口を付けた途端、アグネスタキオンは咽る。

 

「げほっ! ごほっ! なんだい、これは!? 珈琲じゃないか!」

「珈琲を淹れるのが凄く上手なウマ娘が淹れたみたいですよ? タキオンさんは全然、飲んでくれませんけど。リラックス効果もあります」

「その仕返しは今、することかなあ!?」

 

 咳の止まらない友達の背中を、優しく撫でてあげる。

 アグネスタキオンは今日も泣いた。

 

「それはそれとして、今度の選抜レース。ちゃんと出た方が良いですよ」

 

 そうだね、と友達は力なく答える。

 

「……もう担当の居るウマ娘には手を出さないよ」

 

 この駄バ娘。全然、凝りていないようだ。

 あの先輩のウマ娘の代わりに、ポカリと叩いておいた。




感想、評価、お気に入り、誤字報告などありがとうございます。
気付けば、一気に伸びていて驚きました。日間も10位近くまで来ていたようでありがとうございます。
ハッピーミークも水族館に行った時くらいの感情表現で喜んでいます。桐生院葵もにっこりです。
なんか良いな、と思った方は、感想、評価、お気に入り等を入れてくれると助かります。
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