運命に噛みついたウマ娘。   作:うまだっちシステム。

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第5話:選抜レース

 選抜レースの一覧に、アグネスタキオンの名前があった。

 彼女が人前で走るのはジュニアB組に進級した直後に開催された同レースの一度きり、その一度だけで彼女は多くのトレーナーを魅了し、スカウトしようと彼女の周りに人だかりを作る程である。

 そして、誘いの全てを袖に振った。

 

 以後、彼女が人前で走ったことは一度もない。

 それが半年以上の月日を経て今、再びコース上に立っている。

 

 前回、彼女の走りを見逃したトレーナーが駆け付ける。

 彼女に袖を振られた数人のトレーナーが、今度こそは、と意気込んだ。

 視察だけでも、と観戦しに来るトレーナーも混ざっている。

 

 この世代は、三強になる。と言われていた。

 

 直線に入ってからの伸びる末脚が特徴的なジャングルポケット。

 海外から日本に渡って来た帰国子女、クロフネ

 それなりの名家であるアグネス一族の一人、アグネスゴールド。

 

 現在の勢力図は、上記三名のウマ娘によって形成されており、今後のウマ娘界を担っていくとトレーナーの間では噂されていた。

 

 しかし、それは違うよ。と指を突き立てる者も当然、存在していた。

 三強じゃなくて四天王だ。四天王なら勿論、五人居る。いや、これからの時代は一強だ。

 アグネスタキオンの走りを知る者は皆、口を揃えて同じことを告げる。

 

 アレはモノが違う、と。

 

 先ずスピードが他とは桁違いだった。

 誰が呼んだか、超高速のプリンセス。彼女と対等のスピードを持つのはクロフネだけだと云われる程だ。

 そして、現時点における走行フォームの完成度の高さが次に上げられる。

 

 出走する前までは、半信半疑だった者達も彼女の走りを一目見て食いついた。

 

 レースが終わるや否や、彼女をスカウトする為に観客席から駆け出してコース上へと向かっていった。

 残る少数の者達が、彼らの様子を遠くから眺める。その中に私、鈴鳴(すずなり)采佳(さいか)は居た。

 

「まあ……よく走ることは認めるよ」

 

 親友の錦子(かねこ)(しき)が隣に座っており、少し苦々しく呟いた。

 

「でしょでしょ! シキならきっと気に入ると思ったんだよ!」

「……どうしてそうなるの?」

 

 胡乱げに尋ねる親友に私は胸を張って答える。

 

「だって、二人って似てるじゃん」

「………………どこで、そう思ったのさ?」

 

 心底嫌そうな顔をされてしまった。

 

 いや、でも、似てると思うんだよ。

 自分一人でなんでもやっちゃうところとか、情報至上主義なところとか。走りの求道者みたいなところとか。

 だから、独りにしておくのは少し心配。

 

 独りだと幾らでも無理ができる人種がいることを私は知っている。

 その果てを私は知っている。

 

 にまにまと横目に親友を見てやれば、彼女は心底不機嫌に口を開いた。

 

「私は他のウマ娘に迷惑を掛けた覚えはないし、自分から進んで周りを巻き込んだこともない」

 

 アレは私の担当として相応しくない、と親友は断じて席を立った。

 

「えー? でも、シキとお似合いだと思うんだけどなあ」

「そもそも私はアレのことが嫌いだよ。たぶんだけど私よりも君の方が目があるだろうね」

 

 それに、と溜息混じりに告げる。

 

「自分で自分のやるべき事がわかっているウマ娘なんて、トレーナーのしがいがないじゃないか」

「でも、アオハル杯に向けて担当を増やさなきゃいけないんでしょ? それはどうするの?」

「今年はパレードも居るし、焦る必要はないかな。チーム戦なら未勝利クラスでも全然、構わないし」

 

 数だけなら幾らでも揃えられるよ、と親友はコースに背を向ける。

 

「ああ、そうそう……私、ウマ娘スズパレードの世話をしても、トレーナー鈴鳴采佳の面倒まで見る気はないよ」

「えっ?」

「自分一人でなんでもできるのにサブトレーナーとか必要ないでしょ? それじゃあね」

 

 親友は背中越しに片手をひらひらと振って、今度こそ観客席から出て行ってしまった。

 

 残されたのは私一人、観客席からコース上の様子を窺ってみた。

 相変わらず、アグネスタキオンの周りには人集りができてしまっている。

 選抜レースへの参加を促したのは私、助け舟を出した方が良いかな?

 

 そんなことを考えていると、アグネスタキオンが私の方を向いて手を振ってきた。

 

「トレーナー君、見てくれたかい!?」

 

 その言葉で彼女に群がっていたトレーナー達が、一斉に私の方へと振り向いた。

 まだ観客席に残る周りからの視線も痛い。どうやら体よくダシに使われてしまったようだ。

 私は苦笑しながら手を振り返すと、彼女の周りを取り囲んでいた者達が四散していった。

 

 

「あいつ、意外とやるんだな」

 

 俺様、サンデーサイレンスは観客席から先程のレースを観察していた。

 マッド娘の完成度の高い走行フォームによる小回りの利いたコーナリングより繰り出される直線の切れ味、ちょっとしたパワー不足が見受けられるが補って余りあるスピードが彼女にはある。

 キレて伸びる。自動車のアクセルをじっくりと踏み込んだ時のように、ぐんぐんと加速していく彼女に後続は離されていくばかりだ。

 

 まあ、この結果は仕方ない。素質というよりも完成度が違い過ぎていた。

 もうちょっとまともな走りをしていれば、此処まで突き放される事もなかったはずだが、しかしアグネスタキオンはまだ本格化していない。

 才能と理屈だけで今の走りを実現しているのだ。

 トレーニングを積めば、更に伸びることは目に見えている。

 

 とはいえ俺様には届かないけどな。俺様はもっと凄かった。

 

 腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らしてやれば「はい、タキオンさんはやるんですよ」と妹分が薄っすらと笑みを浮かべる。

 その姿は、なんとなしに誇らしげだったのは気のせいか。

 

 レースが終わるや否や、労いもなくウマ娘に群がるトレーナー達を見て、なんとなしにスカシ野郎の事を思い出す。

 ちやほやされるのは、さぞかし気分が良いんだろうな。と、あの時は思っていた。しかし、こうやって引いた場所から見ると、あれはあれで煩わしそうにも思えた。目立つってのは、良い事ばかりじゃないな。と思いもしたが、注目度で言ったら俺様にも普通に取材はあったし、その上で扱いが悪かったのだから条件は一緒だ。むしろ俺様の方が境遇は悪かった。ので、その状態でスカシ野郎に勝てた俺様はやっぱり凄い。論破完了、これ結論ね。幾らザコ相手に勝利を重ねても本物には勝てないんだよなあ!

 俺様の最強っぷりを再認識して、上機嫌になっているとマッド娘が「トレーナー君、見てくれたかい!?」と観客席に向かって手を振った。

 

 ああ、あれはミーハー共の相手が面倒になったんだな、と直ぐに分かった。

 そのことを見抜けない間抜けな人畜生共が、すごすごと引き下がっている姿はなんとも滑稽で笑えた。

 

 ちなみに彼女がトレーナーと呼んだのは、俺の姿は勿論、気配すら感じ取れないセンスがないウマ娘だ。

 綺麗な走りはするけども、それ以上に見るべき点がないザコであった。

 

 

 選抜レースが終わって、実験室兼休憩室。

 私、アグネスタキオンは白衣を着込んで研究に勤しみ、友達のマンハッタンカフェはソファーで書籍を片手に珈琲を啜る。

 そして拉致ってきた鈴鳴采佳はそのどちらでもない中間に置かれた丸椅子にポツンと一人。居心地悪く座っている。

 

「話をするにしても無駄を省きたくてね。新薬の調合をしながら話をさせて貰うとするよ」

 

 青白く発光する液体を混ぜ合わせる。

 コポコポと加熱させて、その反応をじっくりと観察する。

 部屋には数匹のモルモットを飼っている。

 

 先ずはモルモットで反応を確かめて、自身で試飲し、良い反応を得られた薬品だけを他のウマ娘に飲ませている。

 その際に人体が発光したりと面白おかしい反応は出てしまうが、これで薬物検査に引っかからないことは自身の身体で確かめて知っているし、発光する以外に人体に悪い影響を与えない事も分かっていた。研究費を稼ぐ為に、縁日で黄緑に光るモルモットを売り出そうとしたらマンハッタンカフェに全力で止められた。

 せめてヒヨコにしてください、と言われた。それもどうかと思う。

 

 さておき、肩身が狭い思いをしているモルモット君。もとい、トレーナー君に部屋に連れ込んだ訳を口にする。

 

「私は君を私の担当にすることに決めたよ」

 

 彼女、鈴鳴采佳はキュッと不安げに絞っていた耳をピンと立てた。

 ウマ娘の耳は他者に感情を伝えやすい。高等部くらいまではウマ耳を晒す者も多いが、成人した辺りでウマ耳を隠す者が多くなる。そこから更に時が過ぎると感情を隠すのが上手くなり、再び帽子を取る者が増えたりする。これは単純に隠し事の多い社会に順応する為だと思われる。

 でもまあ、分かりやすいのは良いことだ。相手からすれば、だけど。

 

「君が私のトレーナーになってくれれば、私はもうモルモットの中に放り込まれたキャベツのように煩わしい想いをすることもない。御上からうだうだと文句を言われる事も少なくなる。メイクデビューをする時期まで、私は悠々と研究に勤しむことが出来るという訳だ。君は私のような素晴らしい素質を持ったウマ娘を担当に持てる。最低でも重賞のひとつくらいは取ることを約束しよう。それだけでも君の今後のトレーナー人生は随分と変わってくるはずだよ」

 

 チラリと彼女のウマ耳を見る。

 思ったよりも感触は悪くないようだ。少なくとも私の話を真剣に聞いていることは伝わってくる。

 ただまあ心を掴むまではいっていないようだ。

 

 その瞳には迷いがあった。何を迷っているのか、少しだけ待ってみる。

 

「……私、まだトレーナーの資格……持ってないし、トレーナーとして動けるのは来年からなんだけど…………」

「君の恐ろしい親友はトレーナーのはずでは?」

「シキはサブトレーナーだよ。トレーナーの試験には受かってるけど、トレーナーとして正式に働けるのは高卒からだからトレーナーのお手伝いっていう立ち位置なんだ」

 

 ……これは想定外。いや、それならば彼女にもサブトレーナーとして働いてもらえれば良いだけだ。

 

「あと私はまだトゥインクル・シリーズに籍を置いているから、流石に兼任できないんじゃないかなあ?」

 

 先回りされた言葉に、トントンと指先で側頭部を叩いた。

 

「……故あって、私は来年に卒業する鈴鳴采佳の担当ウマ娘になる。周りには、そう言っておくことにするよ」

 

 考えを切り替える。GⅠウマ娘という極上の被検体は手放したくない。

 それにまだトゥインクル・シリーズに籍を置いているのだとすれば、より困難なレースで、より強大な相手と競い合うことによって走力を充実させるデータ収集にも役に立つはずだ。

 なによりも此処でトレーナー契約を内定させておけば、あの怖い親友にカチコミされる恐れもなくなるのだ。

 

「来年早々にチームを結成した方が良い」

「新人トレーナーは三年の猶予期間があるけど?」

「チームがあるとないとじゃ取れる行動の自由度が違うからね。ああそうだ」

 

 とソファーで寛いでいるマンハッタンカフェを見やる。

 

「カフェもまだトレーナーを見つけていないのなら、私と同じチームに入ったら良いよ。いや、むしろ入るべきだ。優秀なウマ娘のデータは多ければ多い方が良いからね」

 

 そう誘うとマンハッタンカフェは溜息と共に、大きく肩を落とした。ふむ、反応が悪いな?

 

「……私は、タキオンさんのモルモットではありません」

 

 静かに、しかし、はっきりと口にした。

 

「ふむ、なるほど。しかし私はカフェを実験台として扱うつもりはないよ。私の研究成果はカフェとも共有しようではないか。これからはGⅠウマ娘の優良なデータが手に入るんだ。私がカフェに施すのは実践、有用だと結論が出たものだけをカフェに与えることを約束しよう」

 

 ジトッとした目。その金色の瞳が、微かに揺れた。

 

「……私とタキオンさんは、同期の好敵手です。敵に塩を送る真似をして良い事はないのではありませんか?」

「いや、これがあるんだよ。君はもう知っているが、私の脚は脆いんだ。何時、道半ばで倒れてしまうか分からない……勿論、私は私の身体で限界速度に到達したいと思っているよ。しかし、私がソレを目指すのに危険が伴う以上、万が一の保険は必要だ。私が自分の脚で目指すのがプランAだとするならば、他の者に限界速度に到達して貰うのはプランB。これは私の夢なんだ」

 

 だから、と友達に懇願する。

 

「頼むよ、カフェ」

 

 と自分が思っていた以上に弱々しい声色が出てしまった。

 

「…………」

 

 マンハッタンカフェは瞼を閉じる。

 部屋に立てかけた時計の針が、カッ、カッ、と音を立てた。

 数十秒、一分にも届きそうな熟考の果てにマンハッタンカフェが問い返す。

 

「私が貴女のチームに入ることで、貴女は全力で走れますか?」

「ああ、もちろんだとも。後顧の憂いがなくなるようなものだからね」

 

 そうですか、とマンハッタンカフェの目元が少し和らいだ。

 するっと出してしまった承諾の返事は、もしかすると契約だったのかも知れない。

 不愛想なマンハッタンカフェの顔は、何時もより優しく感じられた

 

「私には、私の追い求める理想があります」

「君が求める理想と私が求める果ては、そう相違ある訳でもないだろう。カフェが目指す果てに辿り着く為の協力をしよう」

「……わかりました。来年、えっと、鈴鳴さんが結成するチームに入ります」

 

 カフェの承諾も得られた。

 有能な新人二人の参戦に歓喜しているであろうモルモット君は、ポカンとした顔を浮かべていた。

 ……どうやら彼女は頭の回転は、あまり早い方ではないようだ。

 

「モルモット君! いや、違った、トレーナー君! 君だよ、君!」

「あ、ひゃい! よろしくお願いしまひゅ!?」

「よし言ったね。もう前言の撤回は許されないよ」

「え? あっ! ええっ!?」

「先ずは、そうだね。チーム結成のお祝いとして、この新薬を飲んで貰うかな?」

「なんでー!?」

 

 あたふたとするモルモット君の姿は、見ていて嗜虐心を擽るものであった。

 

 

「なあ、良かったのか? あんなあっさりと決めて」

 

 同じ顔、同じ身体。鏡のように同じ姿をしたお友だちが問い掛けてくる。

 

「良いんです。ええ、タキオンさんが、走ると言ってくれたんです」

「お前って気に入った相手には結構、入れ込む質だろ?」

「……そう、でしょうか?」

 

 首を傾げると、そうだよ。とお友だちは素っ気なく返した。

 

「俺様のマブダチは引退した後にできたからな。そういう関係は俺様にはなかったもんだ」

 

 うんうん、と頷くお友だちに、そうですか。とちょっと声色を弾ませる。

 

「貴女の友達はきっと苦労したでしょうね」

「いいや、俺様が面倒を見てやってたんだよ。あいつは寂しがりだったからな! だからずっと俺様が傍に居てやったのさ!」

「……そうですね、寂しくはなかったと思います」

 

 上機嫌なお友だちの気分を害する必要もないと思って、適当にお茶を濁しておいた。

 そういえば、私のトレーナーさん。珈琲と紅茶、どっちが好きなんだろうか?

 

 数秒後、戦争が起きた。




名優「へっくしょん!」

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