運命に噛みついたウマ娘。   作:うまだっちシステム。

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第6話:今後の方針

 ある日、プレハブ小屋に行った時、ドンと書類の束を目の前に置かれた。

 1センチメートルは優に超える量の紙束、親友はソレをポンポンと手で叩きながら不敵な笑みを浮かべる。

 この時から、ちょっと嫌な予感はしていたんだ。

 

「君もトレーナーとして、身を立てるなら自分の事くらいは自分で世話をする必要があるよね?」

 

 彼女、錦子(かねこ)(しき)が告げる。

 ……いや、ちょっと待って、展開が早過ぎて追い付けない。

 困惑する私に遠慮もせず、親友は畳み掛けてくる。

 

「これは私が君向けに考えていたトレーニングスケジュール。非公式とはいえ、君は私の担当ウマ娘だからね。これまでと、復帰するまでの大まかなスケジュールが、そこには書いてある」

 

 あと、これも。と書類の束の上に四つ折りにした紙が添えられる。

 

「この資料を見て、もし私に会いたい駄バ娘が居たら、これを渡すと良い。そこには私からの答えが書いてある」

「……駄バ娘?」

「ほら、さっさと出て行くんだ。私は他のウマ娘の面倒を見るので忙しいからね」

 

 強引に書類の束を持たされて、プレハブ小屋から追い出される。

 今はまだ桜が散る季節、ウマ娘界隈が皐月賞で盛り上がる中、私は一人、ポツンと外に残された。

 あれ、これって……もしかして、捨てられた?

 

 四月、それは独り立ちの季節である。

 

 

「あ〜……ぅあ〜…………」

 

 内定トレーナー様が、丸椅子に座ったまま無気力になって動かない。

 とりあえず自分の分を淹れるついでに用意した珈琲を手渡すと「ありがと〜、カフェ〜」とクソ情けない声を出して、真っ黒な液体をズズッと啜る。彼女はミルクや砂糖を抜きにしても珈琲を飲める。味を堪能するっていうよりも珈琲を飲むという行為、そのものを楽しむ質だ。細かな珈琲の味や香りは分かっていないようだが、美味い、不味いの違いくらいは分かるようで、会心の出来だった時なんかは「何時も美味しいけども、今日は特に美味しいね」と言ってくれたりする。ルームメイトのユキノビジンは、珈琲と同量の牛乳を混ぜてカフェラテにするのが好みで、砂糖もたっぷりと入れる。でも、それだと珈琲の香りが死んじゃう。珈琲なんて本人の好みで飲むのが一番だが、それだと珈琲を振る舞う側として、ちょっと物足りないと言いますか、なんと言いますか。トレーナーは、珈琲の香りを嗅ぐ事も好きだし、真っ黒な水面に、つぅっと牛乳を垂らすのも好きだ。黒と白が混ざり合って、濃い目の茶色に変わる瞬間も好きなようで、ウマ耳をピクピクと動かしてる。珈琲を、最初の一口、飲んだ後は「あ゛〜……」とウマ娘らしかぬ野太い嘆息を零す。

 感性は庶民的だけど、彼女の珈琲に対する姿勢は、珈琲を淹れる側として嬉しくもあり、少し羨ましくもある。

 初めて飲んだ珈琲の苦味を覚えている。牛乳と砂糖をましましに入れて貰ったカフェオレの優しい甘さを覚えている。あの時は珈琲の銘柄も、挽き方も、何もかも知らず、飲むだけで満足していた。味に違いがあると知った時には、満足感があった。彼女の感動は無知だからこそ得られるものだ。今の方が珈琲を楽しんでいる自負はあるし、彼女のようになりたいとも思っていない。

 でも、あの時の感動を、もう一度。と羨むことはあった。

 

 ちなみに研究好きの友達は、珈琲の良さを理解できるセンスを持たないウマ娘なので、施しを与えるだけ無駄だ。

 

 つい先程まで、無気力だったトレーナーがほっこりと感情を取り戻す。

 カフェの淹れる珈琲は一日の活力だよ。と告げる彼女に、横からぐいっと割り込んでくるお邪魔虫。アグネスタキオンが受け皿にティーカップを添えて、トレーナーに彼女が淹れた紅茶を勧める。彼女は紅茶も好んでいるようで、特に嫌がる様子もなく啜っていた。よくもまあ、あんな渋みのある飲み物を楽しむ事ができるなあ。尖らせた口先をティーカップの縁につけて、ズズッと啜る姿は、あんまりにも似合っておらず、一口、二口、飲み込んだ後で砂糖と少量のミルクを入れている事が多い。「砂糖を入れると紅茶の渋味が緩和されるよ」とトレーナーから助言を受けたが、やっぱり渋いものは渋いし、入れ過ぎると甘ったるい。やっぱり珈琲が至高の飲料水である。

 どちらも飲めるトレーナーを巡り、私と友達の間で水面下で戦争が起きていた。

 珈琲党と紅茶党による謂わば、冷戦。嘗て、民主主義と共産主義がキューバ危機を引き起こしたように、トレーナーをどっち側の陣営に落とすのかという戦争なのだ。

 負けられない戦いが、此処にはあった。

 

「ところでモルモット君、何時まで君はその情けない面を晒しているつもりなんだい?」

 

 その言葉にトレーナーは「シキに見捨てられた〜!」と泣きながら友達の白衣を握り締めた。

 

「トレーニングスケジュールだけ渡されて、自分の事は全て、自分でしろってシキが〜!」

「シキというのは、あの恐ろしい先輩の事だね? とりあえずスケジュールを見せてみろ。私が今ある知識で最高のトレーニングスケジュールを組んでみせようじゃないか」

「あ~う~、ありがと~。たきお~ん……」

 

 これ、どっちがトレーナーなんだろう? というやり取りを傍らに少し温くなった珈琲を啜る。

 

「あれだけ偉そうにしていたモルモット君の親友とやらが、如何程のものかお手並み拝け……ん? んんっ!?」

 

 手渡された書類の束を手に取った友達の手が、それを見た瞬間に止まった。

 ワナワナと身を震わせた後、食い入るようにページを捲る。一枚、二枚、三枚と勢いよく最後まで目を通した後、再び最初からじっくりと書類の中身を見直す。

 そのアグネスタキオンの様子に「どったの?」とトレーナーが首を傾げる。

 

「……何もいう事はない」

「ふえっ?」

「何も手を加える必要はないと言っていたんだ!」

 

 友達は書類の束をトレーナーに返そうとして、苦悶の表情で悩んだ末に手元の机に置き直した。

 

「というか、なんだこれは! 個人情報のオンパレードではないか! こんなものが流出したら君の情報は全て丸裸だ! それに覚書が多過ぎて、全てを読み解くことは不可能だ! 此処のトレーニングスケジュールとか、どうして変更したのか分からん! ええい、どうせ書き残すなら他人にも分かるように書き記せ! 文字も走り書き、まるで他人に読ませる気が……ああ、そうか。元より他人に読ませる気がないのか!」

 

 クソッ! とアグネスタキオンは悪態を吐いた後、部屋から出て行こうとした。

 

「ちょ、ちょっと待って! 何処に行くつもりなの!?」

「勿論、君の親友とやらにだよ。こんなものを与えておいて……私は疑問を残したまま済ませるつもりはないよ!」

「あー! それならシキからちゃんと手紙を貰ってるから待って待って!」

「なんだい? それを早く言ってくれたまえよ」

 

 くるんと踵を返して、友達はトレーナーがポケットから出した四つ折りの紙を奪い取るようにして受け取った。

 

「ふむ、なになに……ぷはっ……あっはっはっはっはっ!」

 

 開いて読み始めると、今度は急に笑い始めた。私の友達が情緒不安定過ぎて怖い、私の傍にいるお友だちも「なんだこいつ?」と引く程だ。

 

「ええっと、タキオン? どうしたの?」

「いや、なに。君は随分と親友とやらに可愛がられているようだね」

「……そうかな? そうでもないような?」

 

 不可解に首を傾げるトレーナーにアグネスタキオンが四つ折りにした紙に書かれた内容を見せつける。

 

「話を聞く前にGⅠタイトルの一つでも取ってきたらどうだい? だとさ!」

「……それがどうして、シキが私を可愛がっているって話になるの?」

「モルモット君、君は本当にバカだな」

 

 アグネスタキオンは、心底から呆れ果てたようにジトッと目を細める。

 

「暫定ながら君の担当ウマ娘である私が、GⅠ勝利という結果を残す事には大きな意味がある。GⅠウマ娘を育て上げたという実績は、君が考えている以上に大きなものだ。その肩書があるだけでウマ娘であれば、誰であっても一度は話を聞こうと耳を傾ける。有力なウマ娘をスカウトするのに有利となるのは間違いないだろう……今後のトレーナー人生は安泰が約束されたようなものだよ」

「……実力以上の肩書を貰っても重荷になるだけのような? 今だってGⅠウマ娘って肩書があるけど、私、たぶん世界で最もGⅠタイトルが似合わないウマ娘だと思うよ?」

「実績は実力に付随するもんじゃない、結果に付随するものなのさ。GⅠウマ娘を育成した、その事実が実力よりも大切な時もある」

 

「そういうもんかなあ?」と、いまいち納得のいかない様子のトレーナーに「そういうものだ」とアグネスタキオンは返す。

 

「……ところで君の親友は、GⅠ勝利をした経験は?」

 

 その問いにトレーナーは、あるよ。と端的に答える。

 

「NHKマイルカップ、皐月賞では2着だったね」

「ほう、なかなかやるではないか。その後はどうだったんだい?」

「日本ダービーで故障しちゃって、それが最後。今はもうレースを引退しているよ」

 

 ふむ、と彼女は自らの顎を撫でる。

 

「つまりは私がクラシック3冠レースの内一つでも取ればもう君の親友に、でかい面をされることもないって事だね?」

「……それは、うん。どうだろう?」

「それなら2勝以上すれば良い、文句なしに私の方が格が上だ」

 

 うんうん、とアグネスタキオンが満足げに頷いてみせる。

 GⅠタイトルを取るだけでも、相当難しいことを言っていると思うのだけど。

 まあ、下手な横槍で冷や水を浴びせる必要もないと思って、珈琲を啜る。

 

「となると、出走するレースの方針は決まったようなものだね」

 

 アグネスタキオンは書類の束に手を置き、そして告げる。

 

「ホープフルステークス。中山レース場、芝2000メートル。皐月賞への前哨戦としても丁度良い」

 

 そう告げる彼女の瞳は、さっさと話を聞きに行きたい。という好奇心に満ちていた。

 

 

 深夜、何時ものように学寮を抜け出して、コースに出る。

 今日も今日とて、目の前を走る黒い影の背中を追いかけて、その走りを目に焼き付ける。

 走りの極致がそこにあった。速度の果てが、彼女の走りに込められている。

 

 一本、二本、三本と繰り返して、立っていることもままならず、仰向けになって倒れ込んだ。

 

 誰も居ないコース、その真ん中で夜空を見上げた。

 その日は晴天だった。星々が綺麗で、今にも振り落ちて来そうなほどに近く、くっきりと浮かんだ月は手を伸ばせば届いてしまいそうだった。

 でも、遠い。そこにあるはずの月は掴めるはずもない。

 

 まるで、私のお友だちのように近いようで、果てしなく遠い距離があった。

 

「タキオンが言っていた通りだったね」

 

 誰も居ないはずの芝のトラックコースに、知った声が響いた。

 外側にある柵の脇で家庭用のビデオカメラを片手に持つトレーナーの姿があり、隠れる様子もなしに手を振っている。

 茫然と、切らした息を整えていると「こっち来てよー!」とピョンピョンと跳ね始めた。

 まるで子供のような人だ、とても自分よりも年上には思えない。

 

「それで、なんでしょう?」

「これはシキがやっていた事なんだけどね、よくビデオカメラで自分の走りを撮影していたんだよ。踊りと一緒でさ、自分で動いてみるのと外から見てみるのでは全然、イメージが違ったりするんだよね」

 

 ふふん、と彼女は自慢げに答えてみせる。隠し撮りは頂けないけど、悪意がないのは分かった。

 今から再生するね。と彼女がビデオカメラを操作して、先程の私の走りを画面に映す。すると、そこには自分の情けない走りがあった。お友だちとは似ても似つかない不細工な走りだ。姿勢も違えば、腕の振り方も足運びもまるで違っていた。それはコーナーになると顕著であり、最終コーナーをインべタで速度を落とすどころか加速して走るお友だちとは違って、私はインべタを意識するが故に速度を落とすか、速度を意識しすぎて大きく外に膨れるかのどっちかだ。

 しかし、彼女と自分では何が違うのか。走り方は、ある程度、模倣できているはずだけど、決定的に何かが違っていた。

 

「……今度は、私と一緒に走ってみる?」

 

 その申し出に、私はものは試しにと受けてみることにした。

 

 ──彼女の走りは洗練されていた。

 

 GⅠウマ娘の名に廃らず、スタートからの加速がスムーズだ。

 コーナーに入る時は内埒のスレスレを狙って切り込んで行くし、外に膨らむ寸前で上手く力を抜いた。その走りは最高速で突っ走るお友だちとは、また違った技術だ。コーナーの終わり際になれば、更に内側へと重心を傾ける。右回りのコース、踏み込んだのは右脚。腰を捻って、直線の入り際、インベタのベタに踏み入れる。

 ゴールへの景色が開けると同時に、力強く芝を踏んだ。

 

 ズン、という音がなった気がした。

 一瞬の間、刹那にも満たない力の溜め。そこから発揮される爆発力、風を切るように走る。彼女の走りは洗練されていた。後ろから追い掛ける。私なんか置き去りにして、加速し、加速して更に加速して行った。

 これがGⅠウマ娘。普段は、あんな呑気にしてるのに、コースで走ると別人だ。

 

 それでも、お友だちには敵わない。だけど────

 

「ザコはザコでも、ちっとはマシなザコだったな」

 

 ──と、お友だちが腕を組んで、強気の笑みを浮かべる。

 

「流石にジュニア相手には負けられないね。こんなでもタマに勝ててた時期もあるんだよ?」

 

 去年の夏までだけどね、と自慢げに、少し照れまじりで告げる。

 片手を腰に手を当てた彼女は、自分の胸に手を当て、そして自信たっぷりに口を開いた。

 

「先ずは私に勝ちましょう」

 

 にんまりと笑みを深める彼女に「えっ?」という少し間抜けな言葉が漏れる。

 

「自慢じゃないけど私には恵まれた才能がある訳でもなければ、何か突出した武器があった訳でもない。私はね、努力だけを積み上げてきたウマ娘なんだよ。だから本物には勝てない。共同通信杯、弥生賞、皐月賞、東京優駿で4着だし、そこから更に二年も掛かっちゃってる。今だってシキやルドルフに勝てるとは思ってないよ。皐月賞は今でもルドルフよりもシキの方が上だったと思ってるけどね!」

 

 まあ、と仕切り直す。

 

「正直、手頃だと思うんだよね」

 

 と、彼女は苦笑した。

 

「……ルドルフ、シキ? そういえば、シキって……ビゼンニシキの事ですか? ……ルドルフは、あの?」

「そうだけど?」

 

 二人には最後まで手も足も出なかったなあ、と過去を懐かしむように頷いてみせる。

 目の前の人が思っていた以上に偉大な人物だった事実に一瞬、頭が空っぽになってしまった。

 そんな、私に彼女は肩を叩いた。

 

「貴女が私なんかよりも更に先を目指している事は見てれば分かる。でも、あんまり遠くを見過ぎるのもいけないよ。それで駄目になったウマ娘を知ってるからね、間近で見てきた。もっと段階は踏むべきなんだよ」

 

 というよりも、と彼女は付け加える。

 

「私如きも越えられないような奴が、あんまり頂点ばっかり見てんじゃねえってもんよ」

 

 そうして笑う彼女は、自分なんかよりも遥かに大人なように感じられた。




感想、評価、お気に入り、誤字報告などありがとうございます。
助かっております。気分よく創作をさせて貰っています。
なんか良いな、と思った方は、感想、評価、お気に入り等を入れてくれると助かります。

史実と戦績が少し、異なっています。
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