運命に噛みついたウマ娘。   作:うまだっちシステム。

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第7話:ユメノカナタ

 妹分であるマンハッタンカフェにトレーナーが付いた。

 そいつは見るからにザコで間違いないが、昨夜の一件から妙に懐いてしまった。おかげで学寮の部屋では、ビゼンニシキとかいう小娘に現を抜かし、この個室では鈴なんたらに珈琲を勧めたりと俺様の肩身がドンドン狭くなっている気がする。

 真夜中、トラックコースで稽古を付けてやる時だけは俺様と面と向かって話すが、他に誰かがいる時は人目を気にして、俺様をむししたりしやがる! なんて奴だ、妹分の癖に生意気だ! かといって、一人で部屋に居るとアイツの相方がマッドな目で実験しようとしてきやがる!

 なんだよ、エジソンの電話って! 死人と会話ができるって、こえぇよ! 冥界に通じてるじゃねーか!!

 

「ふむ……雑音混じりだが、微かに声のようなものが聞こえるな? やっぱり竹を使ったのが良かったかな?」

 

 なんか捉えてるし、本当に何なんだよ。それ、本当に俺様かよ。

 確認してみたい気持ちもあるが、実際に通じてしまったなら、それはそれで恐ろしい。霊感を高める試薬の調合とかしてるけど、時折、「ヤモリは流石に抵抗があるな、マムシの粉末でどうにかならないだろうか?」とか言ってたりするの怖過ぎるんだよ。

 こんな所に居られるか、俺様は独りで居られる場所に行く! と昼間は校内を歩き回る時間が増えた。

 

 人混みを避けるように屋上に赴いて、日向ぼっこに勤しんだ。

 この肉体、腹は空かないし、眠る必要もないが、気分で食事も取れるし、睡眠もできる。

 瞼を閉じる。ゆっくりとしていれば、自然と意識は闇の中へと溶け込んで……

 

「あー! こんなとこに居ました! サンデーサイレンス、今日こそ私と一緒にウマ娘達を導くのです!」

 

 また厄介なウマ娘が割り込んできた。

 気持ちよくポカポカとしていたところを邪魔したのはダーレーアラビアン、もう何度も付け回されているので覚えてしまった。

 というか、毎度、毎度、俺様のことを追いかけて……実は暇なんじゃないか?

 

「暇じゃありません! 私は分霊! 今も本体は、この世界に生まれる九割以上のウマソウルを導いているんです! その本体もまた分霊なんですけども!」

「なんだそれ? 俺様は俺様だ、俺様一人で十分だ」

「そんなことじゃ仕事を処理し切れません! 分霊くらいマスターしてください! 伝説の名馬なのに、そんなこともできないんですかー!? やーいやーい! というか仕事と休暇の両立も可能です! レッツ24時間勤務体制、総勢一人! ニッポーテイオーとタケシバオーの世代は業務が間に合わず、本当に残念でした!」

「門外漢の事が出来なくても恥じゃねーよ。仕事する気もねぇしな。っていうか、俺様の現役時代よりも酷い環境じゃねえか、報酬はどうなってんだよ」

「やりがいです!」

「……お前、本当に大丈夫か?」

「あと信仰心!」

 

 どうやらウマ娘の神はワーカーホリックを患っているようだ。世も末である。

 俺様にとって仕事は苦痛なので、やりたい事をやるだけの話。幸いにもコイツの脚は云う程、速くない。

 煩わしく思ったタイミングでヒョイッと彼女の横を通り抜けて、屋上から逃げ出した。

 

 階段を駆け下りる。擦れ違うウマ娘の長い袖、夏服から冬服に変わる頃合い。

 廊下にある窓から見る外の木々は、燃えるような赤色に染め上げられている。

 9月。元居た場所では、そろそろレースも締めに入る頃合い。

 

 この国では、今からが本番であった。

 

 

 中山レース場、9月第3週。オールカマー(GⅡ)、芝2200メートル。

 来るべき秋のシニア王道路線の開幕を告げる本レース。虎視眈々とGⅠ勝利を目指すウマ娘が出走する毎日王冠や京都大賞典と比べて、些か見劣りする面子である事も多々あるが、それでも春から夏に掛けて、重賞戦を盛り上げてきたウマ娘が集うのが本戦だ。

 頂点を競うウマ娘が、無意識に避ける本レース。

 だからこそ出走するウマ娘達の本レースに懸ける想いは決して、GⅠを駆け抜けるウマ娘に劣らない。

 

「秋の天皇賞まで丁度1ヶ月、マイルチャンピオンシップやジャパンカップの前哨戦にするには期間が開き過ぎている。その中途半端に長い次レースまでの準備期間が、怪我等の理由により、長期離脱したウマ娘が自身の具合を確かめるのに丁度良かった。もし此処で結果を出せなければ、マイル路線に変更することもできる。GⅠ勝利を諦めて、重賞レースに方針を切り替える事もできる。通用すれば、秋の天皇賞。準備期間を大きく取って、ジャパンカップ。有馬記念と切り替えることも容易だ」

 

 よく考えられているよ、とアグネスタキオンが零す。

 私、マンハッタンカフェは観客席に居た。レースは中盤に差し掛かっている。暫定トレーナーである鈴鳴(すずなり)采佳(さいか)、スズパレードは序盤から3番手と好位に付けている。1枠1番という最内枠が良かった、上手くスタートを切れたのも良かった。

 最終コーナーでは2番手のウマ娘を躱し、終始、先頭を走っていたウマ娘を直線で悠々と追い抜かす。

 

「頂点を競う器ではない。しかし、やはりモルモット君は優れた部類に入るよ。24戦11勝、GⅠ1勝を含んだ重賞7勝の戦績は、もっと誇っても良いと思うけどね」

 

 2着とは2バ身、3着とは計4バ身の差を付けて、他のウマ娘に実力の差を見せつけた。

 スズパレードの顔色には、まだ余裕がある。ウイニングランでは、笑顔で観客席のファン達に手を振っていた。

 走った重賞は19戦、GⅠは8戦。常に最前列で戦い続けた古豪の風格を彼女は持ち合わせている。

 

「重賞を楽に勝てる彼女でも、GⅠレースでは掲示板に入ることも難しい……か」

 

 アグネスタキオンが呟いてみせる。

 

「GⅠレースに出走するウマ娘というのは、きっと彼女に勝てるウマ娘が揃う場所なのだろう」

 

 そういう彼女は、もう次の事に思考を切り替えている。

 

 私はまだ、彼女のようには割り切れない。

 お友だちは退屈そうにしている。こんな程度の低いレースに勝っても何の足しにもならねえ。と吐き捨てた。

 しかし、それでも、この熱量を前に、私の身体はコポコポと音を立てる珈琲のように熱くなっている。

 

 実際にレース場に足を運んで、レースを観たのはこれが初めてだ。

 

 最後の直線に差し掛かった時、大歓声が上がった。

 大気を震わせ、あわや、地面をも揺るがそうという熱狂が中山レース場を包み込んだ。

 ゴールの瞬間では、喝采と落胆が入り混じる。

 

「……凄い、盛り上がりです。」

 

 テレビで観たウマ娘の走りは、大したことがなかった。

 何故なら、私の傍にはお友だちが居た。海を越えた先で走るウマ娘よりも、更に高みを走るウマ娘が傍にいた事から現場まで足を運ぶ必要はないと断じていた。スピードだけを求めていた、走りの理想がそこにはあった。実際、彼女の目から見れば、去年の有マ記念ですらも物足りないと口にする。彼女に追いつく事、超える事、それが目的のひとつだった。

 でも、此処には、理想とは別に、何か、魅力的な何かが存在していた。

 

「……GⅠでは、もっと盛り上がるのでしょうか?」

 

 その問いに、比にならないよ。とアグネスタキオンは答える。

 

「…………この海の……向こう側は……更なる熱狂が、待っているのでしょうか?」

 

 アグネスタキオンにも気付かれないように零した言葉、今度はお友だちが答える。

 

「当然だろ。俺様が居た場所は何もかものスケールが違うんだよ」

 

 その言葉に想いを馳せる。

 海外と口にして思い浮かべるのは、ウマ娘レースの本場。欧州、その最高峰。凱旋門賞。

 風が、呼んでいる気がした。熱に浮かされた想いが、海を越える。

 

 お友だちには悪いけど、米国よりも、欧州の方が私には魅力的だった。

 

 

 11月第1週、京都レース場。メイクデビュー戦、芝2000メートル。

 私、アグネスタキオンは、トントンと軽く跳躍する。本日3番人気、周りは大した事はない面子。目に付くのは二人のウマ娘。アルビノのように真っ白な髪をした情緒が薄いウマ娘、8枠11番ハッピーミーク。過去、誰よりも小柄な体躯をしたウマ娘、8枠12番モミジ。共に10番人気以下であり、能力的には目に見はるものはない。

 ほんのちょっぴり好奇心が刺激された、それだけの事だ。今、気にすべき事ではない。

 

 ゆったりとゲートに入る。

 気負いはない。観客席の最前列にはモルモット君と珈琲色の友達が仲良く横に並んで観戦に来ている。

 ……さあ、此処からだ。

 

 今日まで積み上げてきた全てに対して、検証を開始しよう。

 

 

「おいっすー! おチビちゃん、今日の調子はどうかな?」

 

 ゲートイン前、馬場状態を確かめる準備運動の際にモミジと登録されたウマ娘に話しかけるウマ娘が居た。

 親譲りの綺麗な白色の長髪。身内からは黙っていれば、美人と評される彼女は今年、7月にメイクデビューを果たした後、コスモス賞と札幌ジュニアSを勝利した今を駆け抜けるウマ娘。

 名をゴールドシップと云った。

 前情報では、ジュニア3強の1人と言われていたジャングルポケットを最内から追い抜いし、アタマ差の勝利でジュニアクラス最強の地位を確立している。

 そんな彼女が今日、出走する誰よりも小柄なウマ娘を気に掛けている。

 

「莫迦()。貴女の目論見は、私が全て挫いてやります」

「お~う、やれるものならやってみな。ま、お前がゴルシちゃんに勝てるとは思えないけどな」

「その余裕も今だけです」

 

 今よりも遠い未来、暴君と呼ばれたウマ娘がウマ娘界を蹂躙する。

 メイクデビュー当時、気性が荒過ぎてレースに出走する事すらも危ぶまれた経緯を持っているが、その実力は本物。彼女達が生きた遥か未来においても皇帝や世紀末覇王、英雄に並んで、最強のウマ娘の一人として今も語られ続けている。特に三角捲りからの大外から、ぐいーっと先頭に立って、後続を突き放す姿は正に暴君。文句があるなら言ってみろ。リードを2バ身、3バ身取って、抜いた抜いた抜いた抜いた。強い、あっという間にリードを広げて遠くなる背中は、他ウマ娘へ絶望を押し付ける。

 彼女の強さに誰もが震えた。頂点に立つ一人のウマ娘が実力を出し切った、その瞬間。他のウマ娘が積み上げてきた栄光を全て、過去へと置き去りにした。

 

「さあ、おチビちゃん。この会場、誰もお前の勝利なんて信じてねえみたいだぜ?」

 

 挑発的な物言いにモミジという偽名で登録するウマ娘は、葦毛のウマ娘をジッと睨み返し、静かに、端的に告げる。

 

「ド肝を抜いてやる」

 

 暴君の魂を受け継ぐウマ娘がいる。

 URAの記録に残る小柄な身体、体格的な不利を撥ね退けての大外一気の末脚、その爆発力。

 マイナーな距離でありながらもレコードを記録する、その潜在能力。

 彼女は確かに暴君の魂を受け継いでいる。

 

 椿の名を持つウマ娘が今、時代を超えてレース場に立っている。




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