運命に噛みついたウマ娘。   作:うまだっちシステム。

8 / 11
前回、モミジとゴールドシップの会話を修正しています。


第8話:U=ma2

「私は、トレーナー失格です」

 

 レース前日、プレハブ小屋での出来事だ。私、ハッピーミークの専属トレーナーである桐生院葵が告げる。

 彼女は私が入学した1年目から専属のトレーナーとして付き添い、メイクデビューをする今日まで二人三脚でやって来た。新人トレーナーである彼女は、お世辞にも優秀とは言い切れなかった。夜遅くまで書類を整理し、目に隈を作って、新しいトレーニングを立案する。私の適性を確かめる為、あれやこれやと試していたが、結局、最後の方は坂路トレーニングに終始することが多かった。

 それでも体調管理やトレーニング設備の予約、スケジュールの調整と事細かに、大いに役に立っている。

 

「一年以上も付き添って、貴女の適性を見極められませんでした。何が得意で、何が苦手なのか、分からず、無難なトレーニングに収束してしまいました」

 

 彼女は確かに秀でた能力を持っていなかったかも知れない。

 でも彼女の几帳面な性格は、ウマ娘のトレーナーに合っていた、と思える。

 私がトレーニングに集中できたのは彼女の協力があってこそだ。

 

「……私は、最初に言いました」

 

 抑揚の付けられない言葉遣い、あまり感情を出すのは得意な方ではない。だから、きちんと言葉にする。

 

「距離は自在、脚質は自在。芝砂問わず、不良、重馬場ドンと来い。取り柄は頑丈くらいなものです」

 

 私の言葉に表情を曇らせる。

 此処では初めてのレース、新馬戦がなんだ。

 私には、もっと大きな競馬を熟してきた経験がある。

 

 前よりも貧弱な身体を一から徹底的に鍛え直した。 

 馬場が悪いとか、重量に殺されたとか、展開が向かなかったとか言っている内は本当に強い馬とは言えない。どんな距離、どんな状況、どんな馬場であっても、勝ってみせるのが真に強い競走馬である。

 そういう意味では、私は、過去から未来に掛けて、未だ日本で最も強い競走馬だった。

 

「……見ていてください、貴女はなにも間違えていません」

 

 私を担当してくれたトレーナーを負けた理由には絶対にしない。

 貴女のおかげで勝てましたよ。と報告する為にも私は明日、勝ちに行く。

 私は究極のオールラウンダー。器用貧乏、バランス型とは訳が違う。

 

「正しかった、と私が証明してきます」

 

 期待を背負って走るのは、慣れている。

 だから、勿論、それが強さに繋がる事も知っている。

 背負える夢の限界が強さの器、背負った夢の数が強さの証だ。

 

 

 過去、初めて怪物と称された競走馬が居た。

 現在、超高速のプリンセスと呼ばれるウマ娘が居る。

 未来、暴君と呼ばれるウマ娘の妹分がやって来た。

 

 時代を超えて相対する三者三様のウマ娘、時空が歪んだ世界だからこそ実現し得たドリームマッチ。

 

 同年、ジャングルポケットが出たメイクデビュー戦は、出走した全ウマ娘が上がりウマ娘という稀有な例がある。

 では今日のレースは、後年。なんと語られる事になるのか。

 月並みだが、次のような言葉で飾るのが最適だ。

 

 伝説の始まり。

 

 翌年、トゥインクル・シリーズは彼女()()を中心に回り始める。

 

 さあ夢の続きを始めよう。

 

 

『美しい青空が広がる、京都レース場。ターフも絶好の良バ場になりました』

 

 全てのウマ娘がゲートに収まり、場内放送が響き渡る。

 ファンファーレが鳴り響いて、ジリジリと緊張感が高まりつつあった。

 全員がスタートダッシュの姿勢を取る。

 皆が一様に息を飲んだ、唾を飲み込んだ。

 今日、この日まで辛いトレーニングを重ねてきた結果が、たったの2分強で出てしまうのだ。

 ましてや、メイクデビュー戦。気負いしない方が、無理という話である。

 

 ゲートが開くまでの少しの間、会場が静まり返る。

 それがまた空気をヒリ付かせる。一秒、十秒が、やけに長く感じられる瞬間、金属が軋む音が鳴る。

 その一瞬後、一斉にゲートが開け放たれた。

 

『ややバラけたスタート、ハナを切ったのは5枠6番リブロードキャスト。此処からどうレースを作っていくのか』

 

 アグネスタキオンは僅かに出遅れた。

 ついでにハッピーミーク、モミジもスタートに失敗して後方からのレースを展開する。

 正面直線から第一コーナー、第二コーナーと大きな変化は見られない。

 

 向かい正面、その半ば辺りからアグネスタキオンがバ群を掻き分けて、内側から先頭との距離を詰める。

 ハッピーミークもまたアグネスタキオンの背中にピッタリと付けた。坂を駆け上がる。第3コーナーに入って、小高い丘の頂点でアグネスタキオンは速度を緩めた。ゆっくりと登り、ゆっくりと降るのが鉄則。自分の能力に慢心して、速度を付けるとあわや外埒にさようなら。

 脚に爆弾を抱える身の上、その負担も考慮し、ぶっつけ本番で試す度量がアグネスタキオンにはなかった。

 

『淀の坂は降りが怖い、勢いを付けると止まれない! ゆっくりと登って、確実に降りたい。しかし、此処で仕掛けるか!? 内からハッピーミーク、大外捲ってモミジ!』

 

 ブレーキを掛けるアグネスタキオンの内からハッピーミーク、バ群の大外からモミジが抜き去る。

 

 ハッピーミークは知っていた。

 淀の坂の降り方、京都に棲みつく魔物の倒し方を規格外の怪物、ミスターシービーの走りを見て学んでいた。

 だからといって、それを本番で試すのは勇気というよりも自殺志願に近い。しかしハッピーミークは自らの身体が前世ほど、パワフルでない事を強く自覚している。パワーにモノを言わせるだけの走りでは、本物には通用しない事を知っていた。命を削るのは今、魂を賭けるのは今、貪欲に勝利だけを目指した決死の直滑降。

 そうして、ようやく他のウマ娘と対等になれる事をハッピーミークは強く自覚している。

 

 対して、モミジは自らの理想を誰よりも尊敬する姉様と照らし合わせる。

 三角捲りで内側へと切り込みながらバ群の先頭に立つ姿を目に焼き付けていた。大きく外から回り、外に向いた力を御する。コーナリングの上手さは弧線のプロフェッサー、サンデーサイレンスが持つ魂の血脈が為せる技だ。

 内へ内へと切り込んでの最後の直線、その先頭で、奇しくもハッピーミークとモミジは出会った。

 過去、レースを走った経験を持つ二人だからこそ飛び出せた。

 

 ハッピーミークは競り合いになった事を悔やんだ。

 モミジは叩き潰してやると意気込んだ。

 

 互いの視線が交錯し、互いを意識した瞬間。ヨーイドン、と示し合わせたようにスパートを仕掛ける。 

 

『内から来たぞ、外から来たぞ! さあ勝負は此処からだ!!』

 

 観客席に居るゴールドシップは妹分の必勝パターンに入った事に「よっしゃあ!」と咆哮し、拳を握り締めた。

 桐生院葵は愛バの勝利を願って祈りを捧げる。

 アグネスタキオンはまだバ群から抜け出した頃合いだ、既に2バ身の差。

 

『モミジとハッピーミークが抜け出す! 勝負は二人の手に委ねられたか!? 後続は苦しいか!?』

 

 坂の降りで付けた勢いのまま、加速する2名の姿に誰もが勝負の行方が二人に委ねられた事を確信する。

 

 アグネスタキオンは今、此処が死地にある事を認識した。

 勝利する為には、これが死闘だと認識する必要があると冷静に分析する。

 つまり楽な勝利はない。

 方針転換、彼女は全身全霊で勝利を狙いに行く事に決めた。

 今一時、脚の負担は頭から切り離す!

 

 これは伝説の始まりを告げるレース、赤き風が吹いている。

 最大風速で迫る。外をモミジ、内をハッピーミーク。更に内をアグネスタキオン。我武者羅に最短距離を狙った、形振り構わず最大効率を追い求めた。内埒に身を擦り付けて、内の内を直走る。アグネスタキオンは検証する。ミックスアップ。トゥインクル・シリーズに出走し、強豪達とのレースにより飛躍する潜在能力の解放の可能性を模索する。勝利への執念、理論の構築、日々の鍛錬。心技体の三つの要素が混じって爆ぜる。プルスウルトラ。この危機が自身を更なる高みへと誘うことを彼女は期待した。U=ma2。扉は開かれる、ウマ娘の可能性の果てを垣間見よ!

 史実アグネスタキオン、完勝した皐月賞後のインタビュー。鞍上の騎手が云うには、この馬本来の走りではない。

 

『内の内! 最内の更に内を通って、アグネスタキオン! これはやや強引が過ぎるか!?』

 

 赤き風が吹き荒れる。夢が現実に、浪漫は実在する。

 最内を走るハッピーミーク、内埒との隙間は半人分。その身を捻り込んで、内から外へと弾き飛ばした。

 ハッピーミークにとっての不幸は、外側のモミジと競っていた事だ。モミジが居なければ、内側をしっかりとブロックする狡猾さが彼女にはあった。モミジにとっての不幸は、内側のハッピーミークと競っていた事だ。ハッピーミークが壁となり、内から抜け出すアグネスタキオンの影に気付くのが遅れた。

 残り25メートル、一歩でアタマ一つ分、抜け出した。二歩目で予期せぬ内側からの衝撃により、垂れるハッピーミークから四半バ身の差が付いた。急に体勢を崩したハッピーミークにモミジの反応が一瞬遅れる。その隙をアグネスタキオンは見逃さない。

 更に一歩、もう一歩で半バ身、逆転は不可能。残り10メートル、アグネスタキオンは勝利を確信した。

 瞬間、外側から追い抜かされる。

 

 土壇場で再加速したのは、モミジ。

 踏み締めた地面に、くっきりと蹄鉄の痕を残して、ゴールラインに大きく飛び込んだ。

 魂の一歩、暴君の執念。その血脈が、あと一歩を後押しした。

 彼女の意地が、勝負に紛れを引き起こした。

 

『3着ハッピーミーク! 1着は分かりません! 写真判定です! 体勢が有利なのはモミジか!?』

 

 地面に両膝を突いて、モミジが崩れ落ちる。

 ハッピーミークは、掲示板を見上げた後、黙ってコースを去った。

 抜かれた、最後の最後で抜き返された。とアグネスタキオンは悔やむ想いに歯噛みする。

 気付いた時には、モミジが自分の前を走っていた。

 勝てたレース。最後の粘り、最後の加速を想定できなかったのは自分に慢心があった為だ。

 アグネスタキオンが敗北を噛み締める、その横でモミジはゆっくりと身体を起こした。

 そして、掲示板を見上げた後、なにも言わずにコースを出る。

 

『確定! 4番、アグネスタキオン! 最後に差し返すも届かず! 勝者はアグネスタキオンです! 3着と4着の差は6バ身ッ!!』

 

 勝てた、気が、しなかった。

 

 

「強くなるぞ、アイツ」

 

 共にレースを観戦していたお友だちが、アグネスタキオンを指で差す。

 

「最後は慢心が出ました。今日の経験で隙が……」

「違う、そこじゃない」

 

 お友だちの初めて見せる真剣な顔付き、その目はまるで敵を見つけたかのように獰猛だった。

 

「最後の直線だ。アイツ、土壇場で自分の走りを見つけやがった。栗毛は嫌いだ、アイツを思い出す。日和った時には終わったと思った。もう覆せない差だったんだ。追いつく事は不可能だったんだ。だが、アイツが最後に見せた走り、アレは本物だ。アレが全てを覆した」

 

 そこまで口にした後、笑みを深める。攻撃的な笑みでアグネスタキオンを睨み付けていた。

 何時もザコだと切り捨てる彼女が、自分以外の誰かに興味を持つのは新鮮で、モヤッとしたものが心の奥底に残る。

 サンデーサイレンスは私の方を振り返り、「お前、勝てねぇぞ」と告げられた。

 

「次、レースで走る時、アイツの力は別次元になっていると思った方が良いだろうな。今のままだと、お前、アイツを誰かに取られちまうぜ」

 

 ニマニマと癪に触る笑い方をするお友だちに今日、初めて私はグーパンチをお見舞いした。

 そんなんじゃありません。と、捨て台詞を吐き捨て、観客席を後にする。

 勿論、ウイニングライブは見に行った。




評価、感想、お気に入り、ここすき、誤字報告などありがとうございます。
助かっております。気分よく創作をさせて貰っています。
なんか良いな、と思った方は、感想、評価、お気に入り、ここすき等を入れてくれると助かります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。