運命に噛みついたウマ娘。   作:うまだっちシステム。

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第9話:スタート

 12月第1週、阪神レース場。私、マンハッタンカフェはメイクデビュー戦を見事、勝利で飾った。

 しかし観客席に集まる観衆の反応は薄い。劇的な勝利ではなかった。順当に抜け出して、順当に勝利する。その勝利では観客を沸かす事はできなかった。そもそも観客達が見に来ているのは同日開催のチャレンジCであり、私達が走るメイクデビュー戦なんて事のついでだ。

 勿論、私を褒め称える声はある。拍手もあった。

 だけど、これでは足りない。これだけでは、足りなかった。

 

 何時もの部屋、アグネスタキオンがティーカップに入った紅茶を啜る。

 先週、ジャパンカップに出走したばかりの内定トレーナーは、私が淹れた珈琲をほっこりと啜っていた。

 確か今度、有マ記念にも出る予定だ。見目は冴えない感じなのに意外と根強い人気がある。

 

「シキとルドルフのファンが未だに入れてくれているだけだけどね。同期のルドルフのライバルって言ったらロッキーになるんだけど、クラシック時代から対抗になり得たのはシキだけだったんだ。だからシキには未だに根強いファンが居るし、ルドルフは大勢に愛されてる。特にミスターシービーの世代を見てた層からの票が多くって、ミホシンザンやタマ、オグリと云った世代が噛み合わないファンが、ルドルフ時代から、ひっそりと出走表の端に記載されることが多かった私に票を集めちゃってるんだと思う」

 

 あ゛~、とトレーナーが温かい珈琲に野太い息を零す。とても最前線で活躍しているウマ娘には見えない。

 

 ちなみに彼女のトレーニングスケジュールが書かれた紙はアグネスタキオンに奪い取られており、アグネスタキオンが決めたメニューに従って動いている。

 あれ、この人達ってどっちがトレーナーだっけ? ちなみに私の友達が申すには、トレーナーの親友が作ったスケジュールは大変、為になるもののようだ。まるで教科書だとも言っていた。自分が奪い取って読むことまで想定されていて腹立たしいとも。

 アグネスタキオンが出来上がったばかりの薬品の入った試験管をトレーナーに手渡せば、「今回はどうすれば良いの?」とトレーナーは試験管の縁を口元に寄せながら問い返す。

 今日は新しいトレーニングの開発をするようで、今日の薬は肉体への負荷の掛かり方を確かめるものだった。

 

「……それで味は?」

「モルモット君、科学の発展には犠牲は付きものなのだよ」

「だったらやだ! 飲まない!」

「何を言っているんだ、君は! さっさと飲むんだ! その珈琲に混ぜるなり、流し込むなりすればいいだろう!」

「この前、すっごく苦かったからやだ!」

「ブラックを飲める奴のいう事じゃないかなあ!?」

「苦さにも種類があるんだよー!」

 

 また騒がしくなってきた。

 こうなってくると私のお友だちの機嫌が悪くなる。

 余所でやれ、とでも言いたげに。

 

 まあ二人の事はさておき、私は自分自身の今後について考える。

 他の重賞を見たことはある。ちゃんとレース場にも足を運んで観戦した。しかし同じGⅢだったのにトレーナーが走ったような熱量はない。

 ウマ娘新聞を手に取る。スズパレードの得票数は20万を超えている、順位は5位だ。

 やっぱり、私は彼女のファンが居るんだと思う。その人にとっての一番ではないかも知れない。でもタマモクロスやオグリキャップといったウマ娘が居るにも関わらず、彼女には、それだけの票が入っている。好きだと思ってくれているファンが居る、有マ記念に走って欲しいと願ってくれるファンが居る。その想いの重さに差はあれど、応援したいって思えるくらいのファンが、それだけ居るのだ。彼女がなんと言おうとも、彼女が戦ってきた歴史が潜在的なファンを生み出し続けていた。

 トレーナーには自覚が薄いかも知れないが、彼女を待っていたファンが、あの熱量を生んだ。

 

 ねえ、とお友だちに問い掛ける。

 

「……私、人気者になってみようかと思います」

「ほう? それはどういう風の吹き回しだ?」

「貴女って確か、人気者……でしたよね?」

「そうでもなかったと思うけどな」

 

 でもまあ、と自分と同じ姿をした彼女が告げる。

 

「観客共の歓声は凄かったな。特にあのスカシ野郎と戦った時は、勝っても負けても大盛り上がりだ!」

 

 そういって高笑いをするお友だちを他所に私は思考に耽る。

 やはり、レースに出るしかない。レースに出続けて、私の事を知って貰うしかない。

 出来るだけ劇的な、白熱するような勝負ができれば、あの熱狂の中に至れるのかも知れない。

 そして知って貰うなら……

 

「ん、どうした?」

 

 私の視線に気づいて、怪訝な顔を浮かべる彼女を見て、微笑み返す。

 知って貰うなら、私のお友だちの事も、その影だけでも知って貰えると嬉しかった。

 

 12月に開催される重賞以上のレースで私が出走できるのは2つだけ、

 

 朝日杯FS。ホープフルS。

 

 共にジュニアクラス限定のGⅠ戦である。

 まだメイクデビュー戦を勝ち上がったばかりの私では、実質的なジュニアクラスの最強決定戦となる朝日杯FSへの出走は難しい。

 だから狙うのは必然的に、ホープフルSになる。

 

 

 マンハッタンカフェがメイクデビュー戦を勝利した裏で、同日開催の未勝利戦にモミジは勝利していた。

 先週、京都レース場で開催された未勝利戦ではハッピーミークが無事に勝ち上がり、自分の実力に自信を持っていた彼女は、アグネスタキオンへのリベンジの意も込めてホープフルSに出走登録する。ゴールドシップは朝日杯FSよりもホープフルSを選択、その事を知ったモミジもまた同レースに出走登録した。ジャングルポケットは札幌ジュニアSの敗北から朝日杯FSを断念し、より出走できる可能性の高いホープフルSの出走を決断した。ここにはゴールドシップへのリベンジも含まれている。クロフネは12月第1週にエリカ賞(1勝クラス)に出走していた事から、出来るだけ長く出走間隔を取る為、ホープフルSに切り替えた。

 アグネスゴールド、ダンツフレームは無理して出走せず、翌年に備える。

 

 まだオープンクラスでもない、格上挑戦ばかりの面子。唯一、実績らしい実績を持つのはゴールドシップのみであった。

 

 その為、ウマ娘ファンからの注目度は薄かった。

 ホープフルSの開催は12月第4週、同週開催の有マ記念に意識が向いている。

 タマモクロス対オグリキャップ。

 その世紀の大決戦を前に、ジュニアクラスのGⅠ戦に興味を抱けるものは少なかった。

 

 

 

 12月4週、中山レース場。芝2000メートル。

 

『誰もを魅了し、心を奪う希望の星が誕生する。ホープフルステークス。実況は私、トウショウペガサス』

『解説は私、ヤマノシラギクでお送りします』

 

 場内放送が鳴り響き、観客席のボルテージがにわかに上がる。

 解説も程々に、各ウマ娘がゲートに収まってファンファーレが鳴り響いた。

 観客席が徐々に静かになる、少々の雑踏。

 

 1枠2番アグネスタキオン、1戦1勝。1勝クラス。

 萌え袖の白衣を着込んだ勝負服、顎に手を添えて思案顔を浮かべている。

 

 2枠3番ゴールドシップ、3戦3勝。優勝歴、札幌ジュニアS(GⅢ)、コスモス賞(OP)。

 出走前であるにも関わらず、大きく欠伸をしてスタートを待っている。

 

 3枠5番ジャングルポケット、2戦1勝。1勝クラス。

 ゲート内。自然体で、朗らかに構えながら鉄扉の先にあるコースを見据える。

 

 3枠6番クロフネ、3戦2勝。優勝歴、エリカ賞(OP)

 海外から来た葦毛のウマ娘は1番人気、スタートを今か今かと待ちわびる。

 

 5枠9番マンハッタンカフェ、1戦1勝。1勝クラス。

 全身、黒一色の勝負服。胸に手を添えて、深呼吸。そして、しっかりと前を見据える。

 

 5枠10番ハッピーミーク、2戦1勝。1勝クラス。

 隣と対極にある純白の勝負服。黙して、これから始まるレースに意識を集中させている。

 

 7枠14番モミジ、2戦1勝。1勝クラス。

 タッタカとゲート内で足を動かして、昂った気持ちを抑え込んでいる。

 

 その年を締め括るジュニアクラス、最後のレース。

 有マ記念の後に開催された、クラシック前哨戦。出走するウマ娘は全18頭、ファンファーレも鳴り止んで後はゲートを解放されるのを待つだけである。

 後の事を思えば、これが最初の激戦だった。

 

 ダンツフレームとアグネスゴールドもまた、観客席で、この一戦を見届ける。

 

 1年間、彼女達の戦いは此処から始まった。

 それは1戦の勝ち負けの話ではない。そう1年間なのだ。その年はGⅠレース1勝よりも、遥かに高い価値のあるものがあった。

 これは1年間を通しての戦いだ。

 

 彼女達の意地と執念を賭けた長い、短いようで途方もなく長い1年間を告げる音が今、

 

 ガシャン、と鳴り響いた。




評価、お気に入り、ここすき、誤字報告などありがとうございます。
助かっております。気分よく創作をさせて貰っています。
なんか良いな、と思った方は、感想、評価、お気に入り、ここすき等を入れてくれると助かります。

余談ですがアンケートで順位は変わらないので、その辺りは安心して投票してください。

連対のみ(2着以内)

  • 1枠2番2人アグネスタキオン
  • 2枠3番3人ゴールドシップ
  • 3枠5番4人ジャングルポケット
  • 3枠6番1人クロフネ
  • 5枠9番10人マンハッタンカフェ
  • 5枠10番7人ハッピーミーク
  • 7枠14番5人モミジ
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