僕は、所謂
見えるだけで、祓ったりとかはできないんですけどね。それができたら良かったんですけど。見えるだけじゃ役に立ちませんし、嫌なものばかり見えてしまって損ですよ。ああいうのは見られていることに気がつくと、寄ってくることがありますから。
……ああ、はい。本題に戻ります。
去年ね、ちょっと歌舞伎を見に行ったんですよ。上京してからやっと仕事が落ち着いてきて、お金も溜まってきたから、ちょっとぐらい贅沢をしようと思って。その帰りに寄った蕎麦屋で、見たんです。
今まで見た中で、あれは一番凄かったですね。
こう、通路を挟んで隣の席だったんですよ。その人のね、全身がもうぼやけて見えるほどに真っ黒くなってて。何体もの霊が全身に泥のようにまとわりついてて、なんで平然としてるのか、僕からすれば不思議なくらいでした。顔なんて黒く塗りつぶされたみたいになってて、前見えてるのかな、ってなるほど。
しかも、声まで聞こえるんですよ。ぶつぶつぶつぶつ、何人もの声が。ちょっと怖いもの見たさ、いや「聞きたさ」かな、で、聞き耳立ててみると、「お前のせいで死んだ」「なんでお前だけ生きている」「よくも殺したな」って。あそこまではっきり霊の声が聞こえたのは初めてですよ。多分、あれが殺したのかな。すごく怨まれてましたね。その時は軍人か殺人鬼か、どっちか悩みました。人を殺してそうなのって、それぐらいしかないでしょう。
あまりにも凄かったので、まじまじと見てしまってたみたいで。……それが悪かったんですね。それに気づかれてしまったみたいで、そいつがこっちを振り向いたんです。それで僕を見て、「何かご用ですか」って。その時、やっとその人の目が見えたんですけど、……いやあ、たまげましたね。目がね、こう、猫みたいに縦に裂けてたんですよ。こう、ざっくりとした切れ込みみたいな瞳孔が、縦に。
あれは絶対に人間じゃない、ってわかりました。色だって、血みたいな赤でした。その上、髪は老人のように白くて。
僕はもう、びくびくしながら、「いいえ、すみませんでした」って謝ってね。食べかけだったのに、お代だけ席に置いて逃げるように出ちゃいました。蕎麦屋を出てから、全力で走って。幸い、それが追ってくることはなかったんですけど。
後にも先にも、あれほど怖い思いをしたことはありませんでした。あの時に一生分の運を使い切っちゃったかもしれません。
多分あれは、人食いの妖か何かだったんだと思います。じゃなきゃ、あんな大量の死霊に怨まれるはずがないでしょうから。