綾小路......誰さんですか? 作:せーちゃん
局所的な氷河期に見舞われていた俺は、クラスの奴らが入学式を終え、一通り敷地内の説明を受けている所にサラッと合流した。
その後、説明の終わりと共に一人で敷地内の探索を開始。なるべく生徒会他、面倒な教師連中に目を付けられないように観光気分丸出しでキョロキョロしながら練り歩く。
探検する事、数時間。
大凡、今日のノルマを達成し終えたと考えた俺は、脳内マッピングを停止し、コンビニの前へと足を運んでいた。
そう、原作では主人公である綾小路が最初に訪れたあのコンビニ前だ。
「何か聖地巡礼ツアーみたいだな」
そんな事を思いながら入店。
生まれて初めて入るコンビニに、思いの外店内が煩い事にビクリと肩を小さくする。コンビニってのは思った以上に機械音だらけの場所らしい。
見たところ中に他の客は居ないらしく、都合の良い事に入店者は俺一人のようだ。
俺はその物珍しさから、先程以上にキョロキョロしながらお目当ての物を探し始める。
────あった!
すぐさま駆け寄ってしゃがみ込み、その特徴的なフォルムを確認する。
錐台形の両手に収まる大きさ。
思いの外軽く感じる発泡スチロールの外殻と、ラッピングに使われているビニールの手触り。
間違いないコレこそがあの....!
「カップラーメ「何をしているのかしら?」」
................................誰だよクソが。
人が人生初カップ麺に感動してるって時に....。
俺は空気を読まないクソ野郎を確認すべく、首だけで後ろを向いた。
「で、誰? アンタ」
既の所で飛び出しかけた相手の名前を意図的に伏せる。
俺と彼女はこれが初対面であり、今の俺は相手の名前を知らないのだ。....いや、俺だけではないか。原作と違ってコッチの清隆が名前を尋ねていないのであれば、彼女の名前を知るのは現段階では同中の櫛田くらいのものだろう。
「人に名前を尋ねるのであれば、まず自分から名乗るべきじゃないかしら?」
「あ、じゃあいっす」
「....」
俺は心底どうでも良い背後の少女────堀北鈴音を無視して、手の中のブツに目を輝かせる。
「────素晴らしい。ゴテゴテと書かれた『ソレ一体誰がいちいち読むんだよ』と言わんばかりの無駄過ぎるコラム。そして元の重量を記載してないのにパーセント表示であたかもお得感があるように演出するデカデカとした『大増量』の押し売り。全てにおいてチープだ。コレがカップ麺!! ....早速買おう」
「それ、褒めているのかしら?」
俺は手前に置かれたオススメ商品を一つカゴへとブチ込んだ。どうやら納豆マンゴー味のようだ。一応、当たり外れも考えてスタンダードな醤油味と塩味も追加しておく。最初だし、こんな物だろう。
「....ん?」
振り返ると、不機嫌そうな顔の黒髪美人が居た。
「なに? まだ居たの? なんか用?」
「いいえ。入学式には居なかったのに、何時の間にか施設説明を聞いていた不良生徒が万引きでもしていないかと見張っていたところよ」
「へー、ごくろうさん。金も出ないのにボランティアだなんて社会貢献性が高いんだな、黒髪ちゃんは。じゃ、俺は用事があるからもう行くわ」
「待ちなさい」
しかし、去り際に買い物カゴを掴まれてしまった。
「ちょ、掴むな。折角のカップ麺が冷めちまうだろうが」
「お湯も入れていないのに冷めるわけがないでしょう? 巫山戯た事を言ってないで、いいから話を聞きなさい」
「何だコイツ」
頭おかしいとちゃいますか?
いや────
「あー、アレか。昔、漫画で読んだ逆ナンってヤツか」
なるほど。俺はイケメンだからな。
これもカップ麺同様、初めての体験だ。
「引っ叩くわよ」
「何だコイツ」
ホント、一体、何なんだお前は。
孤高少女じゃねぇのかよ。
◇◆◇
────で。
「じゃあ、何? どーぞ、喋ってくださいな。渋々聞いてあげるから」
「そう、なら聞くけど」
「あ、ちょっと待った条件がある」
「..........何かしら?」
「コレの作り方、教えて」
そう言って堀北に対し、籠の中のカップ麺を突きだす。奇妙なモノを見る目で俺を観察する堀北。
しゃーないだろ? 病院じゃあ、カップ麺なんか食わしてもらえないし、今世の坂柳邸ではお手伝いさんに止められるんだもんよ。
『坊っちゃん! 御夕食が食べられなくなるのでいけません!』って。いや、誰が坊っちゃんやねん。
坂柳邸の人達は皆が皆優しいが、どうにも俺を子供扱いしてくる奴らが多くて困る。
そんなわけで俺は、カップ麺というモノを前世でも今世でも食した事がないわけなのである。
「で? コレどうやって食うんだ?」
「はぁ....貸しなさい」
言うよりも早く、俺の買い物籠と携帯端末を奪い取った堀北は、そのまま勝手に会計を済ませ、レジで店員とニ、三言話し始めた。
暫くするとそのままコンビニを一人で出て行ったので、慌てて追いかけてみる。
「それじゃあ、話を聞きなさい」
そう言って此方にレジ袋と携帯端末、そしてお湯の入ったカップ麺を突き付けて来る堀北。
「おお! 凄いな、お前! カップ麺作れるとはさては天才だな!? あんがとな、黒髪ちゃん!」
「その黒髪ちゃんというのを今すぐやめなさい」
「いや、俺アンタの名前、知らんのやけど」
「....堀北」
「あい?」
「堀北鈴音よ。二度は名乗らないから覚えておきなさい」
「へー、黒髪ちゃんは堀北って言うのか、よろしくー」
「で?」
でってなに?
でってう?
「貴方の名前を聞いていないのだけれど」
「あー、はいはい名前が聞きたかったのね。遠回りな事しますなツンデレ北ちゃんは」
「そろそろ引っ叩いても良いかしら」
そんな事を宣うコミュ症北ちゃんに、俺は素直に答える。
「どーも菊白蓮夜です。よろしく」
「そう....それじゃあ、菊白くん、話を聞いていいかしら」
「良いよ。カップ麺出来るまでの三分間ね」
「........そのカップ麺は五分のやつだから五分は付き合いなさい」
「え?」
あ、マジじゃん。カップ麺って全部三分じゃないのか。....知らんかった。
「おkおk、五分ね。はいどーぞ」
「それじゃあ聞くけれど、貴方。入学式には出ていなかったみたいだけれど、どうして?」
「ん。偶々知り合いが同じクラスだったからな。久し振りだったし話す時間も欲しかったからそのままサボった」
「....クレイジーね。貴方も相手も」
草。
俺もそう思う。
「二つ目。入学式にでていなかったのに、施設説明の時は居たけれど、アレは何?」
「え? 何って、寮の場所とか分かんないし、説明だけは聞いておいた方が良かったかなって」
「....そう。なら、次。さっきのカップ麺がなんたらって言うのは何?」
「ん? ああ、アレね。いやぁ、俺の実家が金持ちでさ。ああいうの食わせてくんないんだよね。それが嫌でこんな全寮制の学校まで来たってわけ。ま、殆ど裏口入学だったけど」
「裏口入学?」
「そ、俺理事長センセと仲良いのよ。だから親の金でちょちょいとね?」
「....呆れた。....どうやら本当に期待ハズレだったみたいね」
うん。本人前にしてその言葉が出てくる時点で君も相当ヤバいけどね?
「最後。一応聞いておくわ。....この学校について、貴方はどう思う?」
「あん? 質問が漠然とし過ぎてて、イミフなんだけど....あ、カップ麺出来たわ」
「おかしいと思わないの? 高校生に対して、月十万円の支給だなんて」
「んー? 十万円って、大金なのか?」
「は?」
「いや、俺、カードしか使った事ねぇし」
なんて勿論コレは嘘である。俺は十万円がどれだけの経済価値を持っているかをしっかりと知っている。
....知ってはいる。いるのだが....俺の買い物は脱ホワイトルームからの二年間、何故か全て有栖サマ管轄の下で行われていた為、ぶっちゃけ俺が自分で金を使わせて貰えるような機会は一度も無かったりする。そう、俺の買い物履歴に残るのは、彼女の事前検閲を通過したものだけなのだ。カップ麺などのジャンクフードや巨乳モノの写真集などは、一つたりとも入り込む隙間は無かった。
なぁ────分かるか? 俺の気持ちが!!
欲しい物が有ったらいちいち同い年の女の子に確認しなければならなかった俺の気持ちが!!
思春期男子の欲しい物リストを見ながらニヤニヤと一つずつ説明を要求してくる同居人の悪辣さが!!
ソレから目を逸らして尤もらしい理由を口に出す男の気持ちが!! 本棚裏が全部ロリ系で埋め尽くされてて、尚且ソレを女子に知られている俺の気持ちが!! お前らに分かるのか!!?
なんて、俺が涙を堪えている間にも、堀北は勝手に話を進めていく。いや、もういいじゃないか。今の俺は完全な自由の身。好きにカップ麺を食す事だって、巨乳モノの写真集を買う事だって許された自由の使徒だ。
「はぁ、そうだったわね。お金持ちのボンボンにこんな事を聞いたのが間違いだったわ。もういいわ....私の目も何時の間にか随分と曇っていたようね」
まったくでござる。
俺の株価を内面外面含めて著しく下げまくるだけの会話がようやく終わったらしく、それと同時に、俺は付属の割り箸を割った。今こそ人生初カップラーメンを食す時である。
────いざ!
「それじゃあ、私はもう行くわ。時間を取らせて悪かっ「ぶっふぅぅぅぅぅぅぅ!!! マッッッズ!!! 納豆マンゴー味マッズゥゥゥゥゥ!!!!」........。」
汁をたっぷりと吸った麺を口に含むと同時に理解不能な感覚に陥る。呼吸が出来ないのだ。
そして、舞い散る毒々しいオレンジ色の液体。
生まれて初めて食べたカップ麺であったが、俺には早すぎたのか、その独創的過ぎる先進的な味わいに、思わず口の中の物を全て吹き出してしまう。
おまけに無駄に鋭い味覚がバグったせいで、他の五感にも影響が出たのか、思いっきり握っていた容器を前方へと投げ出してしまった。
『....ぴちゃ....ぴちゃ....ぴちゃ....』
「........。」
......わぉ、水も滴る良い女。
じゃなくて、納豆の香る蛍光オレンジの塗料を全身に塗りたくられた妖怪黒髪女が、俺の前には姿を表していたのだった。
あぅ....。
「あっと、あのえっとマンゴー北さん?」
「............何かしら?」
「........ハンカチとか使いますか?」
「コレがハンカチでどうにかなると思っているのなら、本当に御目出度いわね」
「そうっすよね。ははははははははは」
「ねぇ、菊白くん、三度目よ────」
「はいっす。なんすか、姉御」
「─────引っ叩いても良いかしら」
うんまぁ、そうだよね。
流石に今回は俺が悪かった。
「─────どうぞ、お殴り下さい」
その言葉と共に、俺の視界は満点の星空へと変わり、頬には鋭い刺痛が走った。
あぁ、ちょー痛ってぇ。
痛ぇが....まぁ、俺の評価は下げられたみたいだし結果オーライだろ。監視カメラにも俺が馬鹿やってたのは映ってるだろうし。晴れて俺もDクラスの不良品ってわけだ。Dクラスの皆、コレから三年間よろしくね! まぁ、三年後Dクラスがまともに機能してるかは知らんけどな!