ポケモン世界に転生したからゲーム知識で無双しようと思ったのに全然役に立たない上になんかヒロインがおかしいんですが? 作:名無しのナナシ
フエンを出発し、キンセツで一泊した次の日の朝。軽く荷物確認をしてから簡単に朝食を済ませて118番道路へと向かう。
ゲームであればここには道を分断する海峡があるので“なみのり"が無いと先に進めないのだが、ここは現実世界。最低限交通ができる程度の道くらいは整備されている。まあ無いなら無いで飛行可能なポケモンで飛び越えるなり、なんなら自力で泳ぐなりで横断は可能なのだが。
さておき、用意されている道をありがたく利用して自転車で渡っていく。
一応ここはラティオスかラティアスに遭遇するイベントもあるので少し期待していたのだが、残念ながらそれらしい出来事は起こらなかった。
まあこれに関しては仕方ない。あるいはジムを一つ飛ばしてるから時期が合わなかった、というのもあるかもしれない。
とはいえ、元々あればラッキーくらいの期待値だったのであまり気にせず先に進んでいく。
そうしてペダルを漕ぐ事約三十分。件の119番道路が見えてくるわけだが、この道路が強く印象に残っている人──特にRSEをプレイした人──も少なくないのではないだろうか。
「おおぉ……」
思わず声が漏れる。
まず視界に映ったのは、自分の胸に届きそうなくらい背の高い草むらであった。
これぞ119番道路の大きな特徴である。ここ以外にもあるが初出はここのはず。
脳裏に浮かぶのはRSE初見プレイ時の記憶。ホウエンの
加えて言うなら、ここにはトロピウスという首の辺りからバナナに似た果実を生やした草の恐竜のようなポケモンがおり、これも初めて見た時は『うおお強そう! 絶対レアポケだ!』等とはしゃいだものである。
更に少し廃人向けの要素ではあるが、ここに流れる川にはヒンバスというポケモンが生息している事でも有名だ。
ヒンバスは体表が薄茶色かつ、目の周りがクマのような黒縁で覆われており、更に頬も痩けているといういかにもみすぼらしい姿で、図鑑でも大抵醜さが強調されているポケモンなのだが、進化させると世界一美しいとされるあのミロカロスになるという大出世ポケモンでもあるのだ。
立場としてはコイキングとギャラドスのそれに近く、公式にも対の存在として扱われる事が多い。つまりはそういうポケモンなのだが、特筆すべきはその入手難度の高さと特殊な進化方法である。
コイキングは『ボロのつりざお』さえあればほぼどこでも釣れるのに対し、このヒンバスというポケモンはゲーム内における119番道路の水上マス四百に対し、なんとたったの六マスでしか釣れないのだ。
しかも釣れる確率は五十パーセントと高めではあるが確定ではないため、仮に釣れるポイントに釣り糸を垂らしたとしても運が悪ければ気付かずにスルーしてしまう場合がある。
その上特定の周期でポイントがランダムに変化するので、時間をかけすぎると最初から探し直しという地獄を見る羽目になり、とにかく入手が面倒なポケモンだったのだ。
そして進化の方法も他に類を見ないタイプであり、その方法とはポケモンコンテストにおけるコンディションの『うつくしさ』を上げる事で進化が可能になるというもの。
まあこの進化方法は後に“きれいなウロコ"を持たせて通信交換するというものが追加されたし*1、ORASでは確定で釣れるポイントが設置されたので当時と比べれば随分緩和されているのだが、それでもこのポケモンが与えたインパクトはそれまでに出ていたポケモンとは一線を画すだろう。
と、このように119番道路は何かと記憶に残りやすい要素が多い。そんな場所に実際に足を踏み入れられたものだから、じんわりと胸に来るものがあった。
しかし感動に浸ってばかりいても仕方ない。目的地はこの先にあるヒワマキシティなのだから。
さて、ではこのまま進もうかといったところだが、そうはせずに自転車から降りる事にした。
その気になればこのまま自転車で進む事もできなくはなさそうだけど、誤って草に隠れている人やポケモンにぶつかってしまったら大変だ。それに草がちょっと濡れてるから突っ込みたくないというのもある。なので大人しく草むらを避けて歩く事にする。
そうして歩いているともちろんお約束の如く野良トレーナーに勝負を仕掛けられるが、戦績としては全戦全勝。
というか、なんか
ジュカインは密林やジャングルでは無敵と言われるほどにその環境との相性がいいが、119番道路もそれに近い環境下だからカインの調子も良くなっているのかもしれない。
──ということは、バトル中でもこの環境を作り出せれば常時強化状態のカインが暴れ回れるか?
ふと頭に浮かんだ思いつき。それができれば確かにジュカインというポケモンの最大値を発揮できるだろうけど……。
「“グラスフィールド"を応用すれば……いや、でもあれ原っぱ程度だしそこから密林までいけるか……? いけたとして何ターン維持できる……?」
ぶつぶつ悶々。
「それに他のポケモンとのシナジーもあるし……カインはともかく他の奴には邪魔になる可能性すらあるか……」
悶々ムシムシ。
「ならカインがいる時だけ展開を……いや、それだと効率が悪いな。手持ち全員に密林での戦い方を覚えさせるのも手だけどそれは流石に……」
ムシムシムシムシ──。
「──あーもう! あっつい! 蒸し暑い!」
「あっ、よかったー。急にブツブツ言い始めるから暑さでやられちゃったのかと思ったよ」
隣で失礼な事を言うハルカを無視してバッグを開き、『おいしいみず』を取り出して一気に
そうして内容量の半分ほどを飲み干してから一呼吸。
「──ぷはっ。生き返る……」
「ちゃんと水分補給してね。この辺は結構体力使うから」
「だな。しかしこんなに暑いとは思ってなかった……」
歩き始めはそこまででもなかったのに、先に進むにつれて明らかに湿度と気温が上がっていくのを感じた。
ホウエンは比較的温暖な地方ではあるが、ここはそういうレベルじゃない。いわゆる熱帯地域というやつだ。おかげで考え事に集中もできない。
まあ明らかに南国が生息地であろうトロピウスがいる時点でそりゃそういう気候だろうというのはわかるんだけど……それにしたってこれはキツい。単に暑いだけならともかく、まとわりつくような湿気が非常に不快だ。
帽子を取ってガシガシと乱暴に髪を掻き上げながら、マルチナビを起動してタウンマップを表示して現在地を確認する。
今は……うーん、二時間くらい歩いて五分の一くらいか。結構歩いたつもりだったけど、まあバトルとか挟んでるしなぁ。この感じだと野宿も視野に入れないといけなさそうだ。
「うーん、旅の難所だなここは。空を飛べたらまた違うんだろうけど」
「まあまあ、これも経験だよ。せっかくだし苦労も楽しまなきゃ」
マップと睨めっこして頭を悩ませている俺にハルカが言う。
確かに飛行手段を持ってたらまず間違いなくこの辺スキップしてるだろうしなぁ。そうなるとさっきの感動は味わえなかっただろう。
苦労や不便もまた醍醐味の一つ。自分で歩いたからこそ見える景色もあるのだ。
……まあ、楽できるところは楽したいというのが本音ではあるけども。
「でも懐かしいな。あたしも初めて来た時は大変だったよ」
「お? やっぱりハルカも苦労したのか?」
「そりゃそうだよ。あたしも旅慣れしてなかったし」
なるほど、今でこそハルカはホウエン中を回った経験があるものの、最初は誰だって初心者だ。当然と言えば当然である。
しかしハルカの苦労話か。興味あるな。
「その時の話って聞いてもいいか?」
「ん、いいよ。えっとね──あたしも今のユウキくんみたいにあつーいって思いながら歩いてたんだけど、おっきな影がいくつもあたしの上を通り抜けていってね。見上げてみたらトロピウスの群れが見えたの。それでもうあたしすっかり興奮しちゃって。珍しいポケモンの群れだ! って思って夢中で追いかけたんだ」
話を聞いてハルカらしいと思いながら、うんうんと相槌を打って続きを促す。
「だけどあまりの暑さでバテちゃってね。結局見失っちゃったから仕方なく休憩しようとしたんだけど、急に空が曇り出してね。急いで雨宿りできそうな場所を探したんだけど、その後すぐにすっごい勢いで雨が降り出しちゃって。あっという間にずぶ濡れになっちゃったよ」
「あー、スコールってやつだな。それはまあ、大変だったな」
「ホントにね。傘を差す暇も無かったよ」
こういう熱帯地域では局所的に大雨が降る事もあるというが、ハルカはそれに巻き込まれてしまったわけだ。今でこそ笑い話として話しているが当時は大変だっただろう。
「よし、だったら今のうちに傘の準備しとくか。話聞いてる感じだと本当に急に降り出すみたいだしな」
先人の話を聞いて対策を練らないのは愚か者のする事だ。ハルカの失敗を無駄にしない為、俺はバッグから折り畳み傘を引っ張り出した。これでいつ雨が降ってきても素早く傘を差せる。
「ほら、ハルカも準備しとけよ。また濡れるのも嫌だろ」
「いや、あたしは──」
と、何かを言いかけながら腰に伸ばした手を止めて。
「……実は、ちょっと前に傘壊したっきり買ってないんだよね。だから悪いんだけどそっちに入れてもらえないかな?」
「え、そうなのか?」
これは意外だ。てっきりハルカも持ってるものかと。
いや、でも確かに傘って壊れた後に意外と買い直さないよな。あんまり普段使いしないものだから思い出す機会も少ないし。
でもまあ、そういう事なら仕方ない。仕方ない、が。
「うーん、これに二人も入るかな……」
折り畳み傘の利点はそのコンパクトさだ。故に傘の下には一人分入るのがやっとという程度である。これに二人が入ろうと思ったらかなり詰めないといけないし、そうしたとしても多少はみ出てしまうだろう。
……それに、相合傘という形になる気恥ずかしさもあるし。
「……ま、いいか。思いっきり濡れるよりマシだろ」
そもそもの話、雨の中で女の子を放置して男一人だけ傘を使うという選択肢を選ぶ事はできない。それを選ぶのは最低の男だけである。多少の気恥ずかしさは呑み込むべきだ。
この世界なら探せば傘代わりになる草とかありそうだけども。
「──あ、雲行きが……」
「うーわ、マジだ。突然過ぎだろ」
とかなんとか話していると、さっきまでは晴れていたのにいつの間にか空模様が怪しくなっていた。この調子だと数分、あるいは数秒後には降り出してきてもおかしくない。今のうちに傘を開いておくとする。
「ほら、こっち来い」
「うん、ありがと」
準備を終えてハルカを呼ぶと、全く遠慮無しに身体を寄せてきた。いやまあ、確かにこれくらいしないと入らないけども……まあいいか。
果たして、頭上からぽつ、ぽつと音がし始める。
予想通り降り始めたと思った、次の瞬間。
──ドザアアアアアアア!!
「……うわぁ……」
雨……いや、最早滝である。
地上全てを洗い流すかのような大雨。まさかカイオーガが目覚めてしまったのだろうか。そう思ってしまうほどの凄まじさだった。
所詮は雨だろうと舐めていたが、これに襲われたのかと思うと流石に気の毒だ。ハルカの話を聞いてなければ俺も今頃同じ目に遭っていたかもしれない。ナイスだ、数分前の俺。
「早めに準備しててよかったわ。サンキュー、ハル──」
ビュゴウ!! バギィ!!
『あー! ボクの網がー!』
『アメモースー! 戻ってこーい!』
『ドガース! ちょっ、待つでござる〜!』
「…………」
「……うん、まあ、こうなるよね」
打ち付ける雨水。吹き抜ける風。そして手には半ばから折れた傘だったもの。
ここが地獄か。
「ここ、風も凄いんだよ*2。だから傘もあんまり意味無くて……」
なるほど、さっきハルカが手を止めたのはそれが理由か。
「ご、ごめんね? でも同じ目に遭わせようとかそんなんじゃなくて──」
申し訳なさそうなハルカの声が聞こえる。
ああ、でも今はそんな謝罪とかどうでもいいな。
「……ふ……ふふふ……」
「ゆ、ユウキくん?」
「あはははははは!!」
「ええっ!? なんで!? ご、ごめんなさい! ホントに悪気は無くて……いや、ちょっとはあったけど……でも違くて──!」
珍しく慌てた様子で必死に弁明するハルカ。それを聞き流しながら、ひとしきり笑ったところでハルカの方へと向き直ると、ハルカがびくりと身を強ばらせた。
雨に濡れていつものリボンバンダナが下を向いている。それが今のハルカの心情を表しているかのようで少し面白かった。
「あう……ご、ごめんなさい……」
「いやいや、怒ってないって。それよりハルカはさっきので怪我とかしてないか? 折れた傘がぶつかったりとか破片が飛んだりとか」
「う、うん。それは大丈夫だけど」
無惨な姿になった傘だったものを見る。
見事な折れ具合だ。これではもう現役復帰はできまい。彼は自らの役目を全うする前にその命を散らせてしまった。残念。
「あ、あの……ホントに怒ってないの? なんで?」
「んー? いや、こんな凄え雨降ってきたら逆に笑えるし、なんならテンション上がるだろ。むしろ水浴びしたかったところだし丁度いいくらいだ」
尚も申し訳なさそうなハルカにそう告げる。強いて言うなら、もう少し早く言ってくれれば傘が壊れなくて済んだかもというくらいで、そこに怒りは無い。
実際、大雨が降ってきたらなんだか楽しくなってくるって人もそれなりにいるはずだ。特に子ども世代には多いのではないだろうか。
別に雨が好きなわけじゃないけど、非日常感というか、そういったものを感じるからかもしれない。それに一度濡れたらもう同じだしな。
「まあ、だから気にすんな。おれは全然気にしてないからさ」
「──うん。ありがとう、ユウキくん」
さっきハルカは苦労を楽しめと言った。だったらこの程度のハプニングは受け入れて楽しむべきだろう。
それより……。
「というか、ハルカこそ大丈夫なのか? さっきから震えてるように見えるけど」
「え……あ、ちょ、ちょっと冷えちゃったのかも。えへへ」
よく見ればハルカが小刻みに震えているのがわかった。
それほど冷たい雨というわけじゃないけど、さっきまでの気温との差に身体がついていけてないのだろう。このままだと風邪を引いてしまうかもしれない。
「よし、だったら早くどこかで雨宿りを──」
「ぽわわ〜!!」
「ぶっ!?」
べちゃっ! と、顔面に何かがぶつかってきた。
同時、衝突した箇所からは水のような感覚。息ができない。危険を察知し、咄嗟に両手で引っ掴んで顔面から引き剥がし投げ捨てる。
「わわっ!? ゆ、ユウキくん大丈夫!?」
「──ぶはっ! げほっ、は、鼻に水が……! なんだよ今の、雑巾かなんかか……?」
咳き込みながら投げ捨てたそれを見る。
ブヨブヨしたボールのような感触だったそれは、水滴だった。
いや、正確には水滴を模した何かと言うべきか。青い頭部が正にそれの形状をしており、その下にある身体は雷雲を思わせるような灰色。
まるで雨の化身のようにも見える、そいつの名は。
「あいつ……ポワルンか!?」
「ぽわわー!!」
てんきポケモンのポワルンだった。