今は、今は、浦島は。   作:エリザベートベーカリー

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プロローグ

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 昔、昔、あるところに鬼がいづるところあり、森に、山に、海に鬼がおったそうな。

 今もいるが昔ほど数はいない、桃太郎という英雄が全て刈り取ってしまったらしい。

 その桃太郎も今や老い、既に寿命という病でおっちんじまいそうな老齢となってしもうた。

 また鬼の時代が来てしまうのか、だがそうはならないだろう、桃太郎は弟子をとった。

 鬼退治やその治世を賄う為の知識をつけられた七人の弟子たちがいた。

 

 血と火薬で紅色に染まる森に住まう者達、狼の病の国の城主、赤ずきん

 死の灰と白磁色の肌を持つ者と暮らす静かな女王、灰被り、シンデレラ

 七人のドワーフを弟子に取った田舎者の騎士団長、白と赤と黒の国、白雪姫

 二対の武器を取る兵士達、双子しか生まれない奇妙な国、ヘンゼルとグレーテル

 陽に起きず陰に起きる者達、神話の血を引く最後の者達、眠りのいばら姫

 この不毛な大地に根差す野菜をひたすら育て続ける農家、ラプンツェル

 海という魔境に住まう者達をまとめ上げる戦乙女姫、人魚姫

 

 そんな中一人生まれた者がいた、貧乏な家系に生まれ、そして両親からも見捨てられた奇才がいた

 その名は。

 

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「亀組と鶴組の抗争だァーッ!!!!!」

 

 怒号と爆音が響く修羅場と化した都にて行われるは戦火の音が鳴る

 平和な都なぞなんのその、気にせずに爆薬と矢が飛び交う戦場へと時代は後戻りしていた

 鬼退治の英雄がいなくなった弊害か? 否、ここでは数年来の抗争が行われている

 人が二人いれば争いが起こるのは知っているだろう、そういう事である、それが同性別なら尚の事

 

「逃げろ! クソどけ! 俺は生き残ッ」

 

 そう発言した者は頭に流れの矢が突き刺さり瞬時に絶命した、貫通して壁へと突き刺さった矢はピンク色の肉の塊を一緒に黄泉の国にご招待である、中々にエグい絵面だがこの辺りでは日常だ。

 そこの壁を見れば理由は分かる、一面の黒ずんだ色は火薬で吹き飛んだ人体がヒリついた結果であったり、更に鍔迫り合いで吹き飛んだ刃が貧民の背中に突き刺さり、息絶えた証拠である手形がその辺の床には散乱している。

 日夜行われる争いによる死傷者はおおく、それは大概が貧民と罪なき者達である、少ないが双方による被害者もいるが、鬼退治を生き残った者達によって鍛えられた鶴組と亀組の生存能力は高く、それが抗争を激化させている要因にもなっている。

 

 さて、この場合最も長く生き残れるのは誰なのか? 家の中に隠れる者? 否、裏路地に逃げ込み場所取り合戦に勝ち申した者? 否、そこの床に気絶して寝そべっている貧民の孤児たちである、プライドを抜きにすれば一番の生存能力が高いポーズはそれであろう。

 イラついて貧民を爆撃したりその辺の家に隠れ込む双方を電磁式加圧クロスボウを撃ち込む双方はいるが、今この場にいる二組は死体撃ちする程落ちぶれてはいなかった、紅の森の国では死体撃ちが基本と戦の教官から教えられるがここにいるのは人対人である、この二組は主観では人でなしではなかった。

 

「お嬢様! こちらに!」

 

 なんとビックリ、人助けが行われようとしていた、この戦乱の国にそんなことを行える器量の持ち主がいたとは、馬鹿なのだろうか? 否、それもまた愛であろう。

 じいやと呼ばれるこの人種はお嬢様と呼ばれる者達の為ならば命をとして守るのだ。

 

「はぁ、はぁ」

 

 声をかけられたお嬢様とやらは若く、そしてこの国では戦う者でない弱者に位置する女であった。

 金になりそうな赤美丈夫な着物の背中には実に見事な亀が描かれており、正に銘に美しい術と書くに値する物があった、だがその着物には火薬の煙に濡れ、端の方は爆発に巻き込まれたのか黒ずんでいた。

 元から体力はないのだろう、線の細いその身には少々の距離を走る事ですら毒成り得る、そしてそれが必殺の構えにて宿主を殺さんとした

 

「うっ」

 

 どさりと胸を押さえてギリギリ、都でも亀組がショバを切り盛りしている指折りの美味さを誇る蕎麦屋へと逃げ込んだお嬢様は息を荒げながらも避難所に逃げ込んだことで生存を手にした

 

 かに思えたがそうはならなかった。

 

 瞬時、投げ込まれるグレネード、真ん中分けの髪形をした落ち武者、月代のマークが描かれている、鶴組の所有物としてのエンブレムが掘られたソレであった。

 

「お嬢様!」

 

 爆発と同時に庇われるお嬢様が見たのは、爆発するグレネードとじいやの死を覚悟した顔、そして何故かこの状況で蕎麦を啜っている青い浪人の様な侍であった。

 

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「死んだにごすか」

 

「わからんでにごす、この爆薬ば鬼狩りにて使われる由緒ありにごす」

 

 話し合う月代の髪をした者が二人いた、どこぞの貧民であろうか? 否、鎧甲冑に腰に刺した長刀、鶴組の戦闘部隊である、しかしそんな者が何故ここに? 

 

「亀ン組のお嬢とやらぶっ殺せンば命令、完遂せねば鬼ン餌にされるでにごす」

 

「首が残っちょるか心配でにごすが、あの見ン事な着物うばっちょえれば問ン題ナシでにごす」

 

 無慈悲である、だが無慈悲でなくては鬼は狩れぬ、彼らは鬼に敗れた者達が祖としてもなお、鬼狩りの術は持っていた、多大なる迷惑としか言いようがないがソレでしか生きられる者というのは存在しうるのだ。

 

 二人は壁に立てかけていた槍を盗もうとした者の切り取られた両の手ごと握りしめると、くだんの蕎麦屋へと向かった、その目的を達成するためならば命はいらぬとすら考えながら向かう。

 

 そしてその妄言は真実へと映される。

 

 爆薬の煙が晴れる所に長身の男の影が写された、同時に音速の壁を突き破り突き出される二つの槍

 

 ズッといってグサり、それだけで終わる筈の手番は何故かこちらに回ることなく、繰り出さるカウンターにて行われた槍の石頭が腹を突き破る、臓物が噴き出る事で二人の落ち武者は意識を瞬時に切り替えた。

 一体何が起こったのか、説明すれば簡単な事である、それは二人同時にて行われた槍による刺突の速度エネルギーをそのままに相手が掴み、引かれる事で手放してしまった槍が二人に反応できない速度で振るわれただけだ。

 

 そして自分は勝てない存在がここにいる事を理解した二人が行った行動は早かった、同時攻撃である

 

 必殺の一撃、落ち武者は持っているのは精鋭しか持つことを許されぬ熱伝導式熱波刀、二人が持っていた全鋼鉄槍を寸分違わず両断する事が出来る逸品である、これであれば一度耐えられようとも二度目はない、そう思っていた。

 事実そうであったのだろう、一度目にて両断した槍は最早身を守る事能わず、二度目の斬りにて命を血去られる筈であった。

 

 轟音が響き渡る、相手の居合にて振るわれた二本の尾っぽのような大太刀が熱波刀を両断し、双方の落ち武者の首をさらけ出させた。

 

 三枚おろしにされた体がゾルリと地へと陥る様は正に伝承に聞くジャパニーズ介錯であろうか、否、これは事実行われたただの一度で行われたただの抵抗である。

 

「お、鬼、武、者……」

 

 片方の落ちた首が語った、珍しい事ではない、落ち武者は脳でなく身体と魂で動く。

 

「あー、そいつは母の名だ」

 

 青備えの武者が一人ごちる、蕎麦を食った終わりの掃除を殺し合いの直後、爪楊枝で行える器量は正に鬼と言って過言ではないだろう。

 

「貴、殿、の、名、は」

 

 もう片方の首が語り掛ける、もうすぐ死ぬのだからあの世で友と共に自らを殺した者の名を広めようと思ったのだ。

 

「浦島太郎」

 

 浦島太郎、それが桃太郎の最後の弟子であり、そして最愛の息子の名である。


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