ぷろろーぐ
「はあ……」
とある日の夕方。
冷峰学園生徒会副会長の長谷部和美は定例会議が終わると、深々と息を吐きだした。
疲労が溜まっているのだろう。眉間を指で摘まみながら、ぐいぐいと揉みほぐす。
と、
「ふふ、随分とお疲れのようだね。長谷部くん」
隣りの席にいた生徒会長である藤堂護が親しげに声をかけてきた。不良を憎むあまりくにおたちに数々の陰謀を企ててきたことから彼のことがあまり好きではない長谷部は、たちまち眉をしかめる。
「ええ、誰かさんが次から次へと大規模な大会を開くおかげでね。皆に余計な負担をかけるばかりだなんて、企画した奴はさぞ無能なやつに違いないでしょうね」
「はは、何とも手厳しいね。けれど安心したまえ。今後はもう冷峰主催で何かを行うことは考えていないよ」
「え? そうなの?」
ぱっと顔を明るくする長谷部。最後に開かれたあの野球大会以降、どこかしら彼の周囲に対する雰囲気が変わったような気はしていたのだが……もしかして心を入れ替えたのだろうか。
だとしたら喜ばしいことだった。未だ苦手意識は強いものの、それでも以前よりは仲良くなれそうな気がする。
だが――
「だから今後は藤堂グループが完全に主体となって大会を行うとしよう。なあに、ちゃんと専門のスタッフを雇うから安全面については心配いらないよ。今回は女子の力が必須になるから長谷部くんも思う存分に暴れてくるといい。はっはっは」
「あほかーー!」
長谷部の繰り出した渾身の鉄山靠が、生徒会室の壁にきれいな人型の穴を開ける。
たまたま生徒会に用があった元生徒会長の鬼塚崇は、その一部始終を目撃したうえでぽつりと呟いた。
「やっぱり……はせべさんが最強(恐)」
〜 ダウンタウン 熱血テニス物語 〜
ニア 1P
2P きょうりょく
2P たいせん
すた〜とぼたんをおしてね♡
――数日後
「各高交流テニス大会だあ?」
昼休みの熱血高校。いつものように仲間と屋上で昼食を食べ終えたくにおは、たったいま2年の女子生徒、桃園里美が告げた言葉を繰り返した。
内容が記されたプリントを手にした彼女が、「はい!」と元気よく頷く。
「なんでも近隣の高校との交流を更に緊密にすることによって、より実りある学校生活を過ごせるようにしたいそうです。試合形式は珍しいミックスダブルスですね」
「なんか運動会の時も同じような文面じゃなかったか? 怪しげな匂いがぷんぷんするな」
「あ、よく見れば今回は主催が冷峰学園じゃなく藤堂グループになってますね」
「真っ黒じゃねーか」
呆れた様子で毒づくくにお。あの冷峰の生徒会長が何を考えているのかわからないが、どうせまた碌でもないことに違いない。
「悪いがテニスは興味ねえなあ。他をあたってくれ」
「えー? 今回もくにお先輩が活躍するところが見たいのにー」
と、桃園が不服そうに口を尖らせる。運動会からこっち、ずっと応援ガールを担当しているせいか、彼女はこの手のイベントにやたら積極的だ。
堪りかねてか、桃園の同級生である姿三十朗が声を上げる。
「それくらいにしとけって。くにお先輩だってヒマじゃないんだぞ。そもそもウチはテニス部があるんだからそっちに言うのが筋だろ?」
「テニス部ならこの間廃部になっちゃったよ。弱すぎるうえに部員たちのやる気が全然ないからって」
「まじかよ、情けねーなあ」
攻めどころを失い、たちまちトーンダウンする姿。話を聞いていたくにおもテニス部の根性の無さや、それにより熱血高校が周囲からなめられてるであろうことに少しだけイラッとする。
と、それまで黙って聞いていた姿の親友、七瀬遥が突然声を上げた。
「ごめん。そもそもミックスダブルスってなんだっけ?」
「今更かよ。ミックスっていやソフトクリームのことだろ? バニラとチョコレートが半々のやつ。それが2つだよ」
「なるほど、さすがくにおさん。けどソフトクリームとテニスに何の関係が……?」
「さあなあ……」
腕を組み、一斉に疑問符を浮かべるくにおたち。その姿が何だか可愛らしく思えた桃園が、くすりと笑いながら説明する。
「ミックスっていうのは男女のことですよ。今回は男女でペアを組んで2対2で試合をするんです」
「え! 女の子と一緒に参加できるのか?」
「うん。だから"対抗"じゃなくて"交流"ってついてるんじゃないかな。他校の生徒とのペアもOKみたいだし」
何とも衝撃の内容だった。くにおを除いた周囲がにわかに色めきだつ。
「お、俺……やってみようかな。桃園さん、俺とペアを組んでくれませんか?」
おずおずと立ち上がるも、しかしはっきりと切り出したのは、普段は気弱な1年生の一条勇人だった。ある種愛の告白にも似た光景に、桃園を含む全員が思わず目を見開く。
うーんと呟く桃園。その瞳が一瞬だけ姿の方へと向けられるも、彼は気付かない。
少しだけ寂しげな表情を見せたあとに、彼女は答えた。
「誘ってくれてありがとう。でもごめんね。私はやっぱり皆の応援に徹したいから」
「そ、そうですか……わかりました」
がっくりと項垂れる一条。落胆した様子で座るやいなや、周りからパンやジュースなどの品々が送られる。勇敢に散った仲間へのせめてもの餞別だった。
なんにせよ、一条の捨て身の行動によって場の空気は一変した。「俺も誰かを誘ってみようかな」といった声がぽつぽつと上がりだし、同時にくにおをちらちらと見てくる。
「な、なんだよお前ら」
「いえ……ちょっと気になったんす。くにおさんが参加するならどんな娘をペアにするのかなあって」
「確かに。運動会のとき不良なら女の一人や二人にモテて当然って言ってたくらいだしな。きっとマブい美人が来るに違いないぜ」
「そ、それは……」
桃園を含め、きらきらと期待の眼差しで見つめる後輩たちにたじろぐくにお。以前の自身の発言のこともあり、こうなれば流石に退くわけにもいかない。
後輩たちの想像と違ってペアの女性に特に当てがあるわけではなかったが……まあ何とかなるだろう。ついでにテニス部が貶めてくれた熱血高校のカンバンも復活させられれば御の字だ。
「仕方ねーな。やるか」
ぱしっと拳を打ちつけると、くにおは力強く呟いた。
――放課後
授業が終わったばかりの教室はにわかに活気を見せていた。そんななか鞄を引っ掛けたくにおは、今日はどこそこで遊ぼうと沸き立つ女子生徒たちを横切って教室を出ていく。
「さて、どうすっかな……」
廊下を歩きながら思いに耽るくにお。参加すると宣言したあと、桃園に大会の詳しいルールを確認してもらったのだが……やはりというか、とりあえずボールを打ち返しさえすれば何でも許されるような内容だった。あまりに予想通り過ぎて笑いが漏れる始末だ。
なので流石にそこらの一般生徒を誘うわけにはいかなかった。参加するからには優勝も狙いたい。勝ち進むためには確かな実力とタフネスを持った者と組む必要があるだろう。
検索条件を設定し終えたくにおが、頭の中に自身の交友関係をずらり浮かべる。その中ですぐに声をかけられそうな女性は――
パートナーにするおんなのこをえらんでね♡
ニア はせべ
みさこ
くにこ
みほ
みすず
はせべ にする?
ニア はい
いいえ
「まあ……アイツしかいねえだろうな」
くにおの頭の中にふと懐かしい記憶が蘇る。紫の髪をなびかせながら、見惚れるほどに鮮やかな技を繰り出す一人の女子生徒の姿。中学時代はかつての親友だった山田大樹と共に3人で暴れ回ったものだ。彼女は自分たちほど好戦的ではなかったものの、いざ戦うとなった時には凄まじい戦闘力を見せつけていた。
アイツと組めば間違いなく優勝できる。そう確信したくにおは、一路冷峰学園へと足を向けるのだった。
――冷峰学園、校門前
「――というわけで、僕とダブルスを組んでもらえないかな? 長谷部さん」
「……」
きらりと白い歯を光らせながら申し出る男子生徒に、長谷部はまたかとうんざりしていた。
例のテニス大会の告知が出たあと、学園の一部の男子生徒たちが女子性徒にペアを申し込むべく暴走する事態が発生していた。それを迷惑がった一部の女子性徒たちが長谷部の下に駆け込み、彼女が直々に注意をしたものの……ならば代わりに副会長が、となってしまったのが今の状況だ。
はあ、と小さくため息を漏らした長谷部が、この数日で何度となく口にした断り文句を告げる。
「悪いけど、テニスなんて今までやったことがないし、足を引っ張るだけよ。それに生徒会の仕事が忙しいから――」
「テニスなら中学で全国大会に出たこともあるし、長谷部さんのこともばっちりサポートできるよ。それに今回のイベントは藤堂会長の会社が主催でしょ。副会長が特段忙しくする理由はないのでは?」
「……」
機先を制されて長谷部が黙り込む。正直にいえば彼の言葉は正しかった。冷峰とは直接関わりのない大会である以上、表でも裏でも自分が動く理由は無い。むしろ藤堂の過剰な暴走を抑止するという意味では選手として飛び込むほうが遥かに都合は良いだろう。
だったら何故――
「もしかして、他に組みたい相手でもいるのかな?」
「!」
完全に不意打ちだった。彼にとっては単なる冗談だったのだろうが、長谷部にとってそれはすとんと腑に落ちるものだった。
男女でペアを組んで試合をする――ならば彼女が隣にいてほしい男は、後にも先にも一人だけだ。
「くにお……」
「えっ?」
男子生徒の驚く声に、はっと長谷部が我に返る。どうやら無意識のうちに口にしてしまっていたらしい。
かーっと頬が熱くなる彼女と対象的に、彼の顔色がみるみる青くなっていく。
「く……くにおってあの恐ろしい熱血硬派の? 長谷部さんはアレと知り合いなの?」
「え、ええ。まあ」
「そ、そうなんだ。はは……あ、そういえば急用があったんだっけ。では僕はこれで」
言うが早いか、男子生徒が脱兎の如く逃げ去っていく。ようやく肩の力が抜けた長谷部は、ほっと息を吐き出した。
「……最初からくにおと組むって言っておけば良かったのかな? でもそれだと嘘をつくことになっちゃうし」
「だったら本当にすればいいんじゃねーか?」
「それができればね。私だって本当は――って! く、くにお!?」
不意に割り込んできた声に気付いた長谷部が思わず声を上げる。いつの間にか当の本人が自分の隣に立っていた。
「よお、野球大会以来だな」
「う、うん……」
掌を立て、気軽げにくにおが挨拶をしてくる。中学で出会ったときからずっと変わらない笑みに、長谷部は自分の心臓がどきりとするのを感じた。
「め、珍しいわね、ここに来るなんて。もしかしてウチの生徒会長に抗議しに来たの? 別にいいけど投げ捨てるなら3階からまでにしておいてね」
「い、いや流石にそれはしねーよ。ほら、さっき言っただろ?」
「え?」
「俺と組んでくれねーかって。今度の大会はお前の力が必要なんだ、長谷部」
そう言って、くにおがすっと手を差し出す。しばらく沈黙を続けていた長谷部だったが、やがて深々と息を吐いた。
「まったく……怪我するのはわかりきっているのにわざわざ参加するなんて、本当にバカなんだから」
「まあな。けど――」
くにおがその先を口にしようとした瞬間、差し出した手が柔らかく包まれる。
「だから、今回は怪我しないように私が守ってあげる。よろしくね、くにお」
「あ、ああ」
いつもとは違う、女の子らしい柔らかな笑みを浮かべる長谷部にどきりとするくにお。話がまとまって手が離れたことに、少しだけ名残惜しさを感じた。
「……っと、じゃあそろそろ帰るか。途中まで一緒の道だったろ? お礼ついでにソフトクリームでも奢ってやるよ」
「そう? なら私はチョコにしようかな。くにおはいつものようにミックス?」
「まあな。あ、そういやミックスってテニスじゃ男女のことだったんだな。勘違いしてたせいで昼間に恥かいちまった」
「ふーん。その話聞いてもいい?」
「ああ、後輩の七瀬の奴がよ――」
中学の時のように、和やかな雰囲気で帰り道を歩いていく二人。最強と最恐のタッグはこうして産声を上げた。
参加者の様々な思惑が渦巻きつつ、刻々と日は過ぎていく――そして、ついに大会当日を迎えた。