ダウンタウン熱血テニス物語   作:愉快な笛吹きさん

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チュートリアルな2回戦(VS末城・芦野)

「お二人ともお疲れ様でした。一位で通過なんてやっぱ凄いっす」

 

「わはは、そうだろそうだろ?」

 

 予選を突破し、ついでにトビオカへの制裁も済ませたくにおたちは、外に出るなり姿たちに出迎えられていた。

 すっかり調子に乗っているくにおをたしなめるように長谷部が呟く。

 

「もう……あんなポンコツ相手じゃ話にもならないわよ。これからが本番なんだから気を引き締めていかないと」

 

「わかってるって」

 

 軽く流すくにおに長谷部が頬を膨らませる。建物から去り際に見えた顔ぶれを見るに、今回もまたハイレベルな戦いが待ち受けているのは間違いない。

 くにおの強さにおいては信頼してはいるものの、油断して余計なケガを負うよう事態はあってほしくなかった。

 と、

 

「やれやれ……まさか一位を出し抜かれるなんて。不覚もいいところですわね」

 

 不服そうな口調と共に、建物から一人の女性が現れた。華やかなテニスウェアを着こなして、颯爽とこちらに歩いてくる。冷峰学園の誇る有名お騒がせお嬢様、五条院麗華だ。

 テニスの腕前は世界レベルとのことから、今回の結果は大いに不満なのだろう。手入れの行き届いた金色の髪をかきあげると、くにおたちへ好戦的な笑みを浮かべる。

 

「ですが、本戦ではこうはいきませんわよ。わたくしと豪田さん♡ペアで貴方がたを叩き潰してあげますわ」

 

「豪田?」

 

 麗華の言葉には取り合わず、馴染みのある名前に反応するくにお。それはそれで良かったのだろう。彼女の笑みがたちまち恋する乙女のそれに変化する。

 

「ええ、私のペアは豪田剛さんですわ。今回の大会への参加に快く応じて下さったの♡」

 

「……快くというか、何故か既に出場登録がされてあったんだ。今更断るのはかえって彼女に迷惑が掛かると思ってな」

 

 麗華の言葉を訂正しつつ、彼女の背後より豪田剛その人が現れた。宝陵高校のカリスマ的存在で、実力はあるうえ誰にでも優しく、実直な男だ。ただ人が良過ぎて登録は麗華の仕業であろうことには全く気付いていない様子だが。

 諸々の手続きが済んだことを麗華に告げた彼が、あらためてくにおたちと顔を合わせる。

 

「久しぶりだなくにお。調子は良さそうで何よりだ」

 

「お前もな。あれだけの出場者の中で2位通過なんて、相変わらずやるじゃねえか」

 

「まあな。とはいえこれ以上テニスで彼女の名を貶めたくはない。今回は全力で優勝させてもらうぞ」

 

「受けてたつぜ。今度も勝つのは俺たちだけどな!」

 

 互いに口上を垂れながら、ばちばちと火花を散らす。恨みも何もない、純粋な戦いの始まりに、二人の心は否が応にも昂ぶった。

 そんな均衡を破ったのはやはり麗華だった。何やら感極まった様子で豪田の腕にしなだれかかる。

 

「私のために全力で戦って下さるおつもりなんて……ありがとうございます豪田さん。私、すっごく嬉しいですわ!」

 

「ええっ? いや、ちょっ――」

 

「そうと決まればこんな所に用はありませんわね。この二人を倒すためにしっかり英気を養わないと。二人っきりで……ね♡」

 

「た、助けて……」

 

 有無を言わさぬ勢いでどこかに連れ去ろうとする麗華に、豪田が救いを求めるように手を伸ばす。勿論彼が本気になれば振りほどくことは容易いが、それができないのがこの男だ。

 傍から見れば単にイチャついてるとしか思えない光景に、くにおたち一同は生温かい眼差しで見送った。

 

「うーん、ほんの1分前まではカッコよかったんだけどなあ。豪田さん」

 

「とはいえ流石の迫力だったよ。くにおさんのライバルだけのことはあるぜ」

 

「あんな美人でお嬢様な女の子に迫られるとか……うらやましいっす」

 

 二人が去ると、後輩たちが口々に豪田の印象を口にする。一条だけは相変わらず通常運転だったものの、彼の強さや器の大きさを感じる一幕だった。

 すっかり顔が引き締まったくにおに、長谷部が微笑みながら話しかける。

 

「少しは気合いが入ったみたいね」

 

「ああ、アイツのおかげでばっちりな。お前もそうだろ?」

 

「ん……まあね。こうやって正面から立ち回るなんて随分久しぶりだから」

 

 苦笑しつつ、長谷部が正直に告白する。日頃は不良たちの素行に頭を悩ませている立場であるものの、こうして血が滾ってくる辺り、やはり根はこっち側の人間なのだろう。

 

 ――長谷部くんも思う存分に暴れてくるといい

 

 そう自覚すると、あのとき藤堂の言った言葉の意味も少しだけ違って見えた。皮肉や嘲りの類ではなく、もしかすると純粋に楽しむことを勧めていたのかもしれない。

 

「……やっぱり、少しだけ変わったのかも」

 

「何がだ?」

 

「ううん、こっちの話。とりあえずそろそろ離れない? 入口の露店でいちご大福が売ってたのよね」

 

「遠回しに買えって言ってねえか? それ」

 

「当たり。正解したから私に大福を与える権利をゲットできたわよ」

 

「結局買わせるんじゃねえか……ったく、とっとと行こうぜ」

 

「ふふ、ありがと」

 

 呆れた様子で踵を返すくにおに、長谷部がぴったり並んで付いて行く。

 空気を読んだ後輩たちは静かに二人を見送ることにした。先の豪田のあれといい、正義の不良たちはどうにも女性には弱いらしい。

 

「くにおさんも尻にしかれそうですね」

 

 一条の発した呟きに、この場の全員が心で"いいね"を押した。

 

 

 

 

「それではこれより2回戦を行います。第1試合に出場する選手はテニスコートへ移動して下さい」

 

「うっし、やるか!」

 

 西野のアナウンスが聞こえた瞬間、くにおは待ってましとばかりに勢いよく席を立った。予選トップだったために1回戦はシードとなり、すっかり身体を持て余していたのだ。

 更衣室と控室を兼ねた部屋を意気揚々と出ていくと、先に待っていた長谷部と通路で鉢合わせる。

 

「いよいよね。緊張とかしてない……ってくにおには必要ないか」

 

「当たり前だろ。何せ俺だからな、相手が誰でも関係ねーよ」

 

「頼もしいわね。あ、ちなみに対戦相手は同じ熱血高校のペアみたいよ」

 

「へえ。俺の知ってるやつか?」

 

「二人とも面識あるわよ。もちろん私もね」

 

「そりゃあ楽しみだな」

 

 母校に自分と対決しようとする気骨のある奴がまだいることが純粋に嬉しかった。

 にい、と獰猛な笑みを見せたくにおが通路を抜け、コート中央へと歩いていく。

 

「ようやく来たね。今日はよろしく、くにおくん」

 

「おう。っていうかまさかお前とはなあ、末城」

 

 顔を合わすなり礼儀正しく挨拶してきたのは、くにおと同じ3年の末城涼司だった。他校からの転校生で、見た目は優男だがかなりの実力者だと後輩たちからは聞かされている。

 そして女子の方は――

 

「このときが来るのを待ちわびてました。悪いけど今日は勝たせてもらいますよー。長谷部ねえさん!」

 

「き……気合い十分ね? 久仁子」

 

 長谷部と対面したのは彼女が妹分として可愛がっている熱血高校の1年生、芦野久仁子だった。八重歯をむき出しにして妙にやる気、もとい殺る気なオーラを放っている久仁子に長谷部は気圧される。

 

「そりゃあもう! くにお先輩は私が誘うつもりだったんですよ。いくらねえさんでも今回は勘弁できません!」

 

「で、でもあれはくにおから誘ってきたから。私は別に……」

 

「だったら今からでも交代して下さいよー」

 

「それは……」

 

 ちら、と横目でくにおを見る。末城との会話を既に切り上げた彼は腕を組んで静観の構えを見せていた。「好きにしろ」とでも言いたげなその様子に長谷部の意思は固まる。

 

「ううん、やっぱり譲れない。くにおの信頼を裏切るのは嫌だもの。どうしてもっていうなら、私を倒して奪うことね!」

 

「上等! それでこそねえさんです!」

 

 にかっと久仁子が笑みを見せて、舌戦は終わった。審判がコイントスを行い、当たったくにおたちがサーブを選択する。

 長谷部が前衛のポジションにつき、いよいよゲーム開始となった。

 

「よっと!」

 

 まずは準備運動とばかりにくにおがサーブを放つ。必殺ショットではなく、スピードを重視した普通のフラットサーブだ。

 バウンドしたボールを綺麗にミートする末城。しかしコースがやや甘い。ややセンターよりに返ってきたボールをすかさず長谷部がボレーし、ファーストポイントをゲットした。

 

「やるじゃねえか」

 

「そっちもね」

 

 互いに褒め合いながらコートサイドをチェンジする。次のレシーバーは芦野だった。女性相手ということで若干のやりにくさを感じてのサーブはやや甘めのコースだった。

 

「チャンス!」

 

 そう言いつつ、ボールの軌道に合わせて半身を引いた久仁子が、ラケットを振り抜いた。

 女子とは思えない速度で打ち返されたボールは、先のサーブ以上の速度でコート隅に突き刺さった。

 

「15―15」

 

 審判がスコアをコールして、再び試合が再開する。先の2球で感触を確かめたくにおは、いよいよ本領を発揮することにした。

 天高くトスを上げると自らもジャンプして追いつき、鋭くラケットを振り抜く。まるでナッツのように変化した球が、レシーブに挑んだ末城のラケットを弾き飛ばした。

 

「くっそ! ミスった。だけど!」

 

 末城が叫んだ通り、まだボールは生きていた。ふんわりと返った球を長谷部が叩き込んだものの、超反応で久仁子がラケットを届かせる。

 先程より更に高く舞い上がったボールをくにおに任せることにした長谷部は、ショットに巻き込まれないよう素早く退避した。

 そして――

 

「おらあっ!」

 

 既に溜めを終えて待ち構えていたくにおが全力でボールを引っ叩いた。前衛の久仁子がジャンプしても取れない高さまで上がったボールが次の瞬間、火を吹きながら隕石のように急降下していく。急激な弾道の変化に流石の末城も全く反応できず、ポイントとなった。

 

「くそ……やっぱ強いなあ。さすがはくにおくん」

 

「長谷部ねえさんも上手いことくにお先輩をアシストしてますね……このままじゃジリ貧です」

 

「だったら」

 

「はい。普通のテニスで挑むのは諦めましょう」

 

 互いに頷きあった後、配置につく末城と芦野。二人から漂う雰囲気の変化を感じとったくにおたちは、やや警戒を強めながらプレーを開始した。リターンは芦野。彼女の背の低さを計算に入れたくにおはバウンド後に高く跳ねるスピンサーブを選択した。

 が、

 

「本気でいきますよ!」

 

 ボールの軌道に合わせて半身を引いた芦野が、次の瞬間ラケットではなく自身の右足を振り抜いた。一瞬で3連打、通称マッハキックと呼ばれる高速の蹴りがバウンド直後のボールに炸裂する。

 

「まずっ――」

 

 咄嗟に反応する長谷部だったが、ボールの勢いを殺しきれない。ラケットを握りしめたままもんどり打って倒れる。

 勢いそのままに直進したボールは、サイドラインぎりぎりをタッチし、通り過ぎていった。

 

「おい! 大丈夫か?」

 

「平気。このくらい何ともないわ」

 

 すぐさま起き上がった長谷部に、くにおは胸を撫で下ろす。これで30―30。普通のテニスとは異なり、今大会は一試合につき各人が1ゲームずつサーブしたらそこで終わるルールだ。合計で4ゲームしか行われないため、このゲームを取って勢いをつけたい。

 相手もそれを理解しているのだろう。スコアを離されまいと早くも一般的なテニスの枠を越えてきた。

 が、

 

「ふふ……よーく理解できたわ。久仁子の気持ち。なら私も本気でやらせてもらおうかなあ」

 

 にこりと笑みを浮かべて圧力を増す長谷部に、くにおを含めた3人がぞっとする。最恐乙女がその牙を向けた瞬間だった。

 

(久々に見たぜ。相変わらずおっかねえな)

 

 冷や汗を感じながらサーブを放つくにお。彼女に任せるべく、今度は必殺ショットは使わなかった。三度目の正直とばかりに末城がタイミングを合わせ、フルスイングする。

 

「よし!」

 

 ぶよぶよショットと名付けた力あるボールが真っ直ぐくにおの方に飛んでいく。長谷部のプレッシャーがいかに怖かろうと、ボールにさえ触わらせなければ問題はない。

 だが――

 

「甘いわね!」

 

 そう叫んだ長谷部が全力でラケットを投げつけ、ボールに衝突させた。弾かれたボールは芦野の手前に落ちたものの、予想外の返球に反応が遅れる。

 それでもどうにか拾い上げはしたものの、弾丸のように飛び込んできた長谷部の旋風脚によってあっさり蹴り返された。

 

「ぶほっ!」

 

 顔はやばいよ。ボディやんな、ボディを、の格言に従い、ボールは芦野の腹に命中した。およそ女子らしからぬうめき声を上げて吹っ飛ぶ彼女。

 慌てて駆けつけた末城に介抱されて起き上がるものの、がくがくと膝が笑っている。

 

「ふ、ふふふ。まだまだこれからですよー! ねえさん」

 

 ラケットを杖代わりにして配置につく芦野。しかし既に限界だったのだろう。くにおの打ったサーブにもはや一歩も動けなかった。

 それでも、

 

「根性見せてんじゃねえか。芦野」

 

 憧れの人から褒め言葉と笑顔を頂戴することはできた。

 満足した芦野は、審判がポイントをコールすると同時に意識を手放した。

 

 

「……ここは?」

 

 ぼやけた視界が徐々にはっきりしてくる。見覚えのない天井に少しの間ぼーっとしていた芦野が、次の瞬間跳ね起きた。

 

「そ、そうだ試合。試合は?」

 

「負けたよ。俺たちの棄権負け」

 

 隣のベンチイスに座っていた末城が気遣うような口調で芦野に告げた。

 そっか、と呟いた彼女が再び枕に頭を預ける。

 

「結構頑張ったんだけどなあ……やっぱりねえさんには敵わないか」

 

「俺の方こそごめん。結局あまり戦力になれなかった」

 

「そんな事ないですよー。それに先輩はスロースターターですから。今回のルールじゃ仕方ないですって」

 

 そう言ってにっこりと笑う芦野に、若干気落ち気味だった末城の心が軽くなる。

 と、

 

「おー、目ぇ覚ましたのかよ」

 

 医務室のドアが開かれ、ずかずかとくにおたちが入ってきた。寝たまま声をかけられた芦野は恥ずかしさに声を上ずらせる。

 

「は、はいっ! と言ってもついさっきですけど」

 

 そう言って身体を起こそうとしたところで、くにおの隣にいた長谷部に抱きとめられた。試合の時とは全く違う優しい手付きで再び寝かされる。

 

「ねえさん……」

 

「まだダメージが抜けきってないでしょ。そのままでいいわよ」

 

(まあダメージ与えたのは長谷部なんだけどな)

 

(確かに)

 

「そこ、聞こえてるわよ」

 

 長谷部の釘を刺す一言に、冗談を言ったくにおと末城の背筋が瞬時に伸びる。

 はあ、とため息を吐く彼女。

 

「まあ事実だから仕方ないけど……ごめんね、久仁子」

 

「なーに言ってるんですか。勝負なんだし、ねえさんが謝る必要なんてどこにもないですよ。むしろ全力で相手してくれて嬉しかったです!」

 

「ありがとう。私も久仁子が随分腕を上げたのを見て嬉しかったわよ」

 

「ほんとに? いやー光栄です。まだまだねえさんには及ばないですけどねー」

 

 へへ、と笑う芦野。全てを出しきった者ならではの爽やかな笑顔だった。

 それを見たくにおが末城の方を向く。

 

「で……お前の方はどうなんだよ。正直不完全燃焼なんじゃねえか?」

 

「どうかな。でも多分あのまま続けても勝ち目は薄かったと思う。だから不満なんかは無いよ」

 

「食えねえ奴だな。だったらまた今度勝負といこうぜ。次はドッジボールなんかどうだ?」

 

「それ、くにおくん世界チャンピオンだったよね?」

 

 すかさずつっこみを入れる末城。くにおの方も冗談のつもりだったのだろう。笑みを浮かべて「まあな」と呟いた。

 和んだ空気が流れる中、末城がきっぱりと告げる。

 

「うん、いいよ。次はドッジボールで勝負しよう」

 

「本当かよ。俺の18番だぞ?」

 

「わかってる。けど相手の土俵で叩き潰してこそ倒したって言えるんじゃないかな。それこそくにおくんが今までやってきたみたいにね」

 

 末城の言葉に一瞬呆気にとられたくにおが、次の瞬間笑い声を上げる。

 ほんとこいつらは……といった表情で微笑む長谷部を横目に、くにおと末城は互いの拳を軽く打ちつけた。

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