ダウンタウン熱血テニス物語   作:愉快な笛吹きさん

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乱闘上等の4回戦(VSさぶ・みすず)

 それはいつものように、唐突だった。

 

「なんでも近々テニス大会が開かれるそうじゃないか」

 

 太陽学園の女番長――みすずが突如発した呟きに、取り巻きの"みゆき"と"くみこ"はぶるりと身を震わせた。

 

「そうみたいですね」

 

「それがどうかしたんですか? ねぇさん」 

 

 恐る恐る二人がみすずに訊ねる。できれば予想が間違っていてくれと思うものの、現実は非情だった。

 にい、とみすずの口角が釣り上がる。

 

「もちろん参加するんだよ! ちゃっちゃと準備を進めないとねぇ」

 

「い、いやでも……」

 

「格闘大会とかじゃなく単なるスポーツの大会ですよ? ねぇさんがわざわざ出場する意味は無いような……」

 

「何言ってんだい。大会はくにおやそのお仲間たちも参加するって聞いたよ。あいつらのいる大会がマトモなわけないだろ?」

 

 まさしく正論だった。うっ、と二人が黙り込むのを見て、みすずが気を良くする。

 

「話は決まりだね。今回は男のペアが必要みたいだけど……まあ時間も無いし適当に見繕ってくれりゃ構わないよ」

 

「「えっ?」」

 

 二人の声が完全にハモる。まさかこの人ペアの男を自分たちに探させるつもりなのか?

 そんなことを一瞬でも思ってしまったのが後の祭りだった。気がつけば当の本人は既に原付きの椅子にまたがっており、

 

「頼んだよー!」

 

 甲高い音を立てながら原付きが走り去っていく。

 敬愛する女番長からの豪快な無茶振りに、二人は呆然と立ち尽くすのだった。

 

 

「ねぇあんたら。みすずねぇさんと組んでテニス大会に出てよ」

 

 数日後、太陽学園近くの路地裏でどこぞの魔法少女のような勧誘をするくみこたちの姿があった。

 話を持ちかけられたヤンキーの二人組がギャハハと笑う。

 

「何言うとんじゃボケが。誰があんな怪物と一緒に球遊びなんかするかい!」

 

「ああそうかい。断るのは仕方ないけど、ねぇさんを侮辱した罪はきっちり償ってもらうよ!」

 

 そう言うやいなや二人がヤンキーに踊りかかった。得意とするチェーンと鞄を振り回してあっという間に彼らを退散させると、徒労感を滲ませた顔で座り込む。

 

「やっぱりこんな方法じゃ見つかりっこないのかねえ」

 

「期日……明日までだよね。見つからなかったらどうしよう」

 

「うーん、どうにかしてあたしらをペアにしてもらうとか? ほら、ねぇさんを男役で登録するとかして……」

 

「その案、ねぇさんに言える?」

 

「言えるわけないよ……」

 

 すっかり煮詰まった様子の二人が大きなため息を吐く。その後もぼそぼそと話し合い、とりあえず期日までは頑張ろうと結論づけた直後――誰かの足音が聞こえた。

 

「誰だい!」

 

 誰何の声を上げた二人が立ち上がり、臨戦態勢をとる。現れたのは茶色のスーツを身に着けた壮年の男だった。

 

「ちょいと小耳に挟んだんじゃ。みすずの奴が男を探してるってのお」

 

「ちっ……耳が無いのかい? あんたは誰だって訊いてんだよ」

 

 緊張感を募らせる二人。その佇まいも眼光も、そこらの一般人が出すものとは明らかに違う。おそらくはヤクザ――それも相当な武闘派の――だろう。

 くみこの言葉に不快げに眉をしかめた男だったが、「まあええわ」と呟く。

 

「ワシは"さぶ"や。元三和会の……って言えばわかるか? 嬢ちゃん」

 

「三和会って……確か熱血高校のくにおが壊滅させたってヤクザの組の?」

 

「そうや。当時ワシはそこの組長でな。暴走族や街の不良たちとも割と交流を持っていた。だからみすずとも面識がある」

 

「そうかい。で、その組長さんがねぇさんに何の用だい? まさか一緒にテニスをやろうなんて話じゃないだろ?」

 

「そのまさかよ。ワシがあいつとペアを組んでやる」

 

「「は?」」

 

 今度こそ訳がわからない様子で、再び二人の声がハモった。ヤクザの元組長がスケバンと一緒にテニスの試合に出る。荒唐無稽が過ぎる話だった。

 自覚はしているのだろう。ふん、とさぶが鼻を鳴らす。

 

「勘違いするなよ。ワシはガキの球遊びなんざどうでもいい。ただ公の場でくにおを始末できればそれでいいんじゃ」

 

「くにおだって?」

 

「ああそうや。三和会を潰したあのガキを倒さん限りわしはずっとナメられっ放しや。以前あった運動会や格闘大会でも機会を狙っとったが結局ぶつかることはなかった。大方主催者の奴らが操作してたんやろうな」

 

「確かに……ありえそうな話だね」

 

「だから今回はやり方を変えることにした。組の者を引き連れてじゃなく、わし単独で動く。みすずとなら勝ち進んでくにおと当たる可能性も高いだろうしな。理解できたか? 嬢ちゃん」

 

「まあ、ね。けど……」

 

 と、言い淀むくみこ。みすずと顔見知りなうえ、メンツを取り戻すためという参加理由には不良である自分たちにも共感できる。正直言って悪い話ではない。

 だが目の前の男は自分たちのような半端な存在ではない本物のアウトローだ。みすずと組むことで今後ねぇさんや自分たちにどんな影響が及ぶか全くわからないのが不安の種だった。そもそも――

 

「てゆーか、アンタそもそも高校生じゃねえだろ? ねぇさんと組む以前の問題じゃないか」

 

 みゆきの発した一言にくみこがうんうんと頷く。今までくにおとぶつからなかったのも、単に外部からの賑やかし程度に思われてたせいかもしれないのだ。

 大前提をつっこまれたさぶが、何故か小馬鹿にするように笑う。

 

「ワシをナメてんじゃねえぞ。そんなモンとっくの昔に解決しとるわい。ほれ、学生証じゃ」

 

 そう言って、ぽいとよこしてきた手帳を確認するくみこたち。中を開けば人相の悪い顔写真と共に通信制の学校名が記されている。

 くにおを倒すためとはいえ、ここまでするのかと感心すると共に、こんな強面のヤクザが高校生になりすましたことをドヤ顔で告げてくる光景に、二人の腹筋は一気に崩壊寸前となった。

 

(く、くみこ……)

 

(だ、駄目だ。まだ笑うなって…こらえるんだよ…)

 

(で、でもさあこれ。○○高校1年・さぶって)

 

「ぶふぅっ!」

 

 笑ってはいけない学生証対決はくみこの惨敗だった。我慢の限界を迎えて何度も咳き込む彼女をさぶが訝しむ。

 

「なんじゃい風邪か? 悪くならんうちにさっさと家に帰っとけ……で? 返事の方はどうや」

 

「あ、ああ……アタイたちは異論ないよ。ね、くみこ?」

 

「げふっ、ごふっ、そ……そうだね。とりあえずねぇさんに話は通しておくよ」

 

 こんなお茶目をやる男なら危険も少ないのでは? そう思い直した二人はさぶの提案を了承するのだった。

 

 

 ――4回戦、試合会場

 

 くにおたちが会場に姿を現すと、出迎えたのは野次とブーイングの大合唱だった。

 客席を見てみればどう見てもカタギではない連中とスケバンが徒党を組んでいる。何となく今回の相手の想像がついたくにおは、スタンドの隅で所在無げにしている熱血高校応援団に手を振るとコート中央へ歩を進ませた。

 

「ようやく会えたねえくにお。こうしてぶつかっちまったからには容赦はしないよ。叩きのめしてやるから覚悟しな」

 

「はっ、誰にもの言ってやがる。てめえの方こそ、返り討ちにされてぴーぴー泣くんじゃねえぞ」

 

 出会って早々、みすずから口上とメンチのハッピーセットが飛んで来た。即座に対抗したくにおが歌舞伎の芝居の如く顔を斜めにして睨み返す。

 一方の長谷部といえば今までとは年齢も雰囲気も全く違う対戦相手に不気味さを覚えていた。

 

「嬢ちゃんはくにおの女か?」

 

「えっ?」

 

 と、いきなりとんでもない質問を投げかけてきたさぶに長谷部が固まる。何と返すべきか迷っていると「まあええわ」と続けられた。

 

「初めに言っておく。ワシの狙いはくにおだけや。黙って見ているのなら嬢ちゃんに手出しはせん」

 

「ふうん……じゃあ、もし手出しをしたら?」

 

「言われんでもわかるやろボケが。その時はくにおもろとも病院行きじゃ」

 

「ああそう……どうやら加減は一切無用みたいね」

 

 そう告げると長谷部の目つきが変わった。伝説のスケバンと呼ばれるに相応しい眼光に、くにおと睨み合っていたみすずが反応する。

 

「あんた……長谷部って言ったかい。何でもその筋じゃ有名なスケバンらしいじゃないか」

 

「周りが勝手に言ってるだけよ。それが?」

 

「なあに、今のでちょいと知りたくなっちまってさ。アンタとあたい、果たしてどっちが強い女なのかってね」

 

 そう言って長谷部の前に立つみすず。それは人と言うには、あまりに大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それは正に女番長だった。

 とはいえそんな彼女にも一歩も退かないのが長谷部という女だ。みすずの挑発に反応することもなく、ただただ真っ直ぐに相手を見据える。

 と、ようやく話すタイミングを得たさぶが、くにおを静かに睨みつけながら告げた。

 

「ようやく会えて嬉しいぞくにお。今日がお前の最後の日や」

 

「ったくしつこいオッサンだぜ。そろそろ引退できるよう俺が手伝ってやるよ」

 

 みすずの時とは違う、どこか冷たさを感じる睨み合いを早々に切り上げた二人が踵を返す。今回は長谷部に任せたコイントスは見事に当たり、くにおからのサーブとなった。

 レシーバーはさぶ。ラケットを構えるヤクザという中々シュールな光景に苦笑しつつ、くにおがサーブを放つ。

 

「なめてんじゃねえぞっ!」

 

 年の割には俊敏な動きでバウンドしたボールをヤクザキックするさぶ。返ってきたボールをくにおが打ち込もうとした瞬間、動物的カンとも言える動きでその場を離れた。

 刹那の差で通過した銃弾がバックフェンスに命中する。

 

「ちっ、外したか……まあええ。次は当てる」

 

「てめえ……」

 

 早速の妨害――と言うよりは普通に殺人まがいの行為に怒りを覚えるくにお。一応審判の方にも目を向けてみるものの、全く気付いていない様子だ。

 さぶがにやりと笑う。

 

「無駄じゃ。審判の目線くらいちゃんと計算に入れとるわ。音の方も、こいつらがキレイに消してくれるしの」

 

 と、顎をしゃくるさぶ。試合だというのに観客席は相変わらず怒号を上げ続けている。確かにいいカムフラージュだった。

 

「まあタレこむんならそれでもええ。ワシにビビって試合放棄したって事実があればそれで良しにしといてやるぞ」

 

「はっ、誰がてめえなんかにビビるかよ。なめんじゃねえぞ」

 

 さぶの申し出に、くにおが威勢よくタンカを切る。とはいえ些か不利なのは否めない。案の定サイドチェンジで顔を合わせた長谷部が心配そうに声をかけてくる。

 

(くにお……本当に大丈夫なの?)

 

(ああ、この距離だしな。足を完全に止めなきゃ当たる心配はねえよ)

 

 確かに狙いは正確なものの、審判にバレないように撃つ必要があることから連続発砲の可能性は少ないだろう。

 そう説明しても未だ不安が拭えない様子の長谷部にくにおがおどける。

 

(そんな心配すんなって。まあ万一撃たれて入院したときは看病してくれたら嬉しいけどな)

 

(はいはい……くれぐれも気を付けてね)

 

 いつもの応酬に、長谷部も少しは気が紛れた様子だった。そのまま会話を打ち切ってくにおがポジションにつく。0-15、レシーバーはみすず。

 集中力を高める女型の巨人に向け、くにおはジャンプすると全力のナッツショットを見舞った。

 

「来たね。ほーら飛んでっちまいな!」

 

 コースを読まれていたのだろう。バウンドした時には既にみすずは準備を終えていた。腰だめに構えていたラケットを、彼女の得意技であるメガトンビンタのように斜め上に振り上げる。

 そして、

 

「今だよ組長さん!」

 

 ロケットを思わせる軌道でボールが空高く飛んでいった瞬間、みすずが前方へ走りだした。呼びかけられたさぶの方は既にネットを飛び越え、くにおに向かって蹴りかかっている。

 

「てめえまたかよ!」

 

「当たり前や! ヤクザもん舐めてんじゃねえぞ!」

 

 互いの足をぶつけ合いながら毒づく二人。そのまま力比べに移行か、と踏ん張るくにおだったが、突如さぶが蹴り足を引っこめて真横へ飛んだ。

 その直後――

 

「ぐはっ!」

 

 さぶのすぐ後ろまで迫っていたみすずにボディプレスを食らい、くにおが地面を激しく転がる。対応が遅れた長谷部が急いでみすずたちを迎撃しようとするも、二人とも既に背を見せて自陣に戻ってしまっていた。

 ならばくにおの具合を――と思った直後、折り悪くボールが降ってきた。返しはしたものの、2対1ではあっさりと打ち返され、無人のスペースに放り込まれる。

 

「ちっ……やられたぜ」

 

 立ち上がりながら毒づくくにお。長谷部がまたも心配そうに駆け寄ってくる。

 

「くにお……怪我はない?」

 

「大したことねえよ……にしても、何でもありかよあいつら」

 

「そうね……けど次は対処するわ。任せて」

 

 胸に手を当てて宣言した長谷部がポジションに戻る。彼女に一任することにしたくにおは、不敵な笑みを浮かべているさぶに、迷いなくサーブを打った。

 

「ちっ」

 

 コーナーぎりぎりの、よく切れるスライスサーブだった。流石に足を動かさざるを得なくなったさぶが忌々しげに移動し、銃を撃つためだろう。ラケットを左手に持ち替えて振り抜く。

 と、

 

「やらせないわよ」

 

 ちなつの時同様、再びニトロアタックを繰り出した長谷部が銃を取り出そうとしたさぶの前に現れた。慌ててガードするさぶに構わず攻撃を繰り出す。

 

「この小娘があ!」 

 

 ブロックした腕の下から睨みつけてくるさぶ。はれて敵認定された長谷部はダメ押しにもう一撃加えると、自陣へと引き返す。五代・ちなつ戦と同じパターンだ。

 既にラケットを構えていたくにおがボールのバウンドに合わせて振り抜こうとした、そのときだった。

 

「がっ!?」

 

「くにお!?」

 

 どこからともなく飛んできた鉄パイプがくにおの後頭部にクリーンヒットした。崩れ落ちながらもどうにか返球はしたものの、飛んでいった先は前衛のみすずの正面だ。

 にやり、と口角を上げた女番長は残る長谷部の方に向けて全力でボールを引っ叩いた。

 

「かはっ!!」

 

 もはやテニスボールとは思えない威力の衝撃が長谷部の右頬を襲った。今度ばかりは流石にダメージを逃しきれない。再び吹っ飛ばされた彼女が何度も地面を転がる。

 呆然とする熱血高校応援団。一方、地面に倒れた2人を見たさぶ・みすずの応援団は大いに盛り上がる。

 

「どんなもんじゃコラぁ! 三和会舐めんなよ!」

 

「さっすがねぇさん! 一撃必殺ですね!」

 

「しっかしあの鉄パイプはナイスアシストやったのお。お前がやったんか?」

 

「はい、さぶの兄貴の指示でさあ。ばっちりハマりましたね」

 

 会場の喧騒に紛れ、作戦が上手くいったとほくそ笑む声があった。どうせ聞こえまいと高を括るその話を、しかし鉄パイプが飛んできた方角を確かめていたくにおはしっかりと耳にする。

 

「よお……無事か?」

 

 視線を傾け、仰向けに転がった長谷部に声をかける。カンのいい彼女のことだ。当然さっきの声は聞こえていただろう。深く息を吐き出す音が聞こえた。

 

「流石に無事じゃないわね。けど……気力だけは充実してる」

 

「俺もだ……久しぶりにキレちまったからな。止めんじゃねえぞ」

 

「誰が止めるなんて言ったの? さっさとやらないんだったら私がもらい受けるわよ」

 

「だったら――」

 

「そうね――」

 

 気持ちを一つにした二人が膝に喝を入れて起き上がる。会場がどよめくなか、口に溜まった血をべっ、と吐き捨てたくにおは力強く宣言した。

 

「待たせたな。てめえら全員、徹底的に叩き潰してやるよ!」

 

 

「ざけんなよボケェ! そんなできもしねえ脅しが効くわきゃねえだろ!」

 

「そんな見た目だけが取り柄の女なんざ早くやっちゃって下さい! ねぇさん!」

 

 くにおが啖呵を切るや、観客席は一気に嘲笑と罵声の坩堝と化した。怪我人二人に今更何ができる。そんな空気が今や会場のほとんどを占めていた。

 が、

 

「ヤバいよ……こりゃあ」

 

「そうだね……」

 

 くにおをよく知る者ほど、あれが単なるハッタリではないことを理解していた。その内の二人、くみことみゆきがとばっちりを受けぬようにそそくさと離れる。

 一方の熱血応援団の面々も、くにおたちの変化に気付いていた。二人から立ち昇る怒りのオーラに全員冷や汗が流れる。

 

「いくぜ」

 

「ええ」

 

 互いに声をかけ、ゲームが再開する。0-40、レシーバーはみすず。

 ボールを地面に突きながら、くにおは自らのスイッチを切り換える。健全なスポーツマンからルール無用の喧嘩不良へ。

 ルーティンを終えたくにおは、ゆったりとした動作でサーブを放った。

 

「なんだい、大口叩いた割には温いじゃないか」

 

 みすずの予想に反し、やってきたのは少し早めのフラットサーブだった。失望した様子で彼女がボールを空に打ち上げる。

 だが、

 

「は?」

 

 前に出ようとしたみすずの目に映ったのは、さっきの鉄パイプを客席に放り込むくにおの姿だった。

 ぽかんとしたみすずの声と、客席からのぎゃあ! という悲鳴が重なる。ついでにボールを打つ前までいたはずのさぶの姿も無い。

 一体どこに――というみすずの疑問はすぐに解決した。

 

「ぐはっ!」

 

 いつの間にか上空に吹き飛ばされていたさぶが、背中から地面に叩きつけられた。何が起きたと思った直後、ものすごい衝撃と共に彼女の巨体も宙を舞う。

 

「借りは返したわよ」

 

 ぶっ飛んでいくみすずに向けて鉄山靠の構えを解いた長谷部が呟いた。ボールが降ってくるまで残り数秒。さっと自陣に戻った彼女はボールの落下地点に入ると高く飛び上がり、旋風脚を放つ。

 客席の方に弾き返されたボールは残る密談相手の一人の顔面を変形させると、跳ね返って相手コートの枠内に落ちた。

 

「15−40」

 

 この場で唯一平静を保っている審判が淡々とスコアを読み上げる。ポイントはさぶたちのリード。しかしこの試合だけはそんなものは関係ない。

 少しダメージが入った様子のさぶに向けて、くにおが全力の火の玉スパイクを放つ。

 

「クソがあっ!」

 

 よろめきながらも渾身の蹴りでボールを返すさぶ。瞬時に懐から銃を抜き放つも、予想よりも早く返ってきたボールに腕を弾かれる。サーブ&ボレーでくにおが前に詰めてきていたのだった。

 ふわりと浮いたボールにポイントを覚悟したみすずたちだったが、ボールを受けた長谷部はアッパーカットの要領でボールを天上に跳ね上げた。

 

「いいねえ! 直接対決ってわけかい!」

 

 くにおたちの意図を察したみすずが好戦的な笑みを浮かべ、バックステップで後退する。ネットを飛び越え、そのまま旋風脚で襲い掛かってきた長谷部へ怒涛のタックルを見舞った。

 

「くっ……!」

 

 大きな打撃音の後、力負けしたのは長谷部の方だった。いかに技が切れようとも、やはり元々の体格の違いは大きい。そのまま空中で体勢を崩した彼女の足首を掴もうとするみすずだったが、そこはくにおの乱入によって阻まれた。

 

「邪魔するんじゃないよ!」

 

 まるで虫でも追い払うかのような仕草で腕を振り回すみすず。巻き起こる風圧がぎりぎりでかわしたくにおのアイパーの形を乱す。ひやりとしつつ、ひとまず自陣に戻った二人にさぶの銃が火を吹いた。

 

「ちっ!」

 

 今度も手応えは感じられなかった。未だ痺れの残る腕に苛ついたさぶが落ちてきたボールを再び空に蹴り上げる。こうなれば至近距離からぶっ放そうと、くにおに向かって走り出そうとした。が、

 

「いないだと? 一体どこ――」

 

 コートには何故かくにおの姿が無い。行方を探したさぶが、次の瞬間、上から降ってきた何かに押し潰された。

 

「油断大敵だぜ、おっさん」

 

 蹴りを放った体勢で、くにおが怯えた審判の隣に立っていた。自身を押しつぶしたものが審判台だと知ったたさぶは、悔しげに舌打ちをすると、そのまま気を失った。

 決着がついたのを見届けたくにおは残るみすずを目で追いかける。既に自陣内にまで侵入していた女番長は、またも長谷部を吹き飛ばすべく全力のタックルを仕掛けていた。まるで暴走トラックのような勢いに熱血高校の応援席からは「よけろ」の悲鳴が上がる。

 だが――

 

「ふうっ!」

 

 ここで逃げることは冷峰と、何よりくにおの名にも傷がついてしまう。そうはさせないとラケットを手放した長谷部は震脚で重心を落とすと真っ向から迎え撃つ。

 遠心力を効かせた旋風脚ではまるっきり歯が立たなかった。よってこれから放つのは彼女の持つ最も重い技。自重と理想的な体重移動が織り成す八極拳の真髄だ。

 気を高め、集中の極地に達した長谷部は地面を滑るように移動しながら肘打ちを繰り出した。

 そして、

 

「ぐうっ……!」

 

 再びの激突音。その勝者となったのは長谷部の方だった。あの暴走車のような圧力に見事打ち勝ち、肘を鳩尾にめり込ませる。

 動きを止め、だらりと力の抜けたみすずに彼女は更なる追撃を行う。厚く、重い双掌打を放って女番長の巨体を後方によろけさせると、最後は渾身の鉄山靠で相手コートへとぶっ飛ばした。

 

「クソがあああ!」

 

 打ち上げられながら雄叫びを上げるみすず。あまりのタフさに舌を巻く長谷部だったが焦りは無い。飛んでいく先には彼女が誰より信頼する男の姿が既にあった。

 

「おらあっ!!」

 

 ようやく気付いたみすずの右頬に、待ち構えていたくにおが全力でラケットを打ち込む。巨大な火の玉と化したみすずはそのまま抉るように地面へとめり込んだ。

 

「お、女の顔を殴るんじゃないよ……」

 

 そんなことを最後に呟き、みすずがばたりと倒れ込む。二人とも試合続行不可能。そう判断した審判が高らかにゲームの終了と、くにおたちの勝利をコールした。

 

「お、おい……これって」

 

 まさかの逆転劇に、さっきの勢いはどこへいったのかと思うほど静まりかえる観客席。ぐるりと周囲をねめつけたくにおと長谷部は、にこやかに告げた。

 

「さあて、宣言した通り、約束を果たさねえとな♡」

 

「顔だけの女じゃないって、ちゃんと理解してもらわないとね」

 

 指を鳴らし、或いは足の爪先をこつこつと地面に打ち付けながら近付いてくる二人に、ようやく檻に入れられていたのは自分たちだと気付いたらしい。悲鳴を上げながら2箇所ある出入口に殺到するものの、次の瞬間には全員が吹き飛ばされた。

 

「かかってきな。悪い奴は全員成敗してやるからよ」

 

「まあ付き合うけどさ。ほどほどに頼むぞ、姿」

 

「できれば女の子にかかってきてほしい……」

 

 思い思いに呟く後輩たちを見てにやりとするくにお。自分に上手く連動してくれる辺り、あいつらもかなり成長したらしい。

 反対の出口を見てみれば、そちらは芦野と末城の二人が担当していた。蹴り足と拳を突き出したまま声をかけてくる。

 

「こっちの出口はがっちり固めてますから。存分にやっちゃって下さい、ねえさん!」

 

「乗りかかった船だしね。こうなったら最後まで付き合うよ。くにおくん」

 

「おう、よろしく頼むわ。さあて、派手に暴れてやろうじゃねえか!」

 

 そう宣言したくにおが嬉々とした表情で観客席に突撃していく。逃げ場を失ったヤクザとスケバンたちも開き直ったのか、それぞれの得物を手にした。

 雄叫びと共に大乱闘会場へと変貌したテニスコート。一部始終を見ていた審判はもはや収拾がつかないことを悟ったのだろう。気の抜けたような笑い声を溢すと、そのまま意識を失った。

 

 

「う……く」

 

 不意に差し込んだ光が徐々に意識を覚醒させる。むくりと上体を起こしたさぶは、遅れてやってきた全身の痛みに顔をしかめた。

 

「ここは……どこや、テニスコートか」

 

「当たりだよ。まあついさっきまでコロシアムになってたみたいだけどね」

 

 呟きに反応したのはみすずだった。腫れた右頬を見せつけるようにしてぼんやり観客席の方を向いている。

 何とはなしに目を向けたさぶは、次の瞬間ぎょっと目を瞬かせた。

 

「なんやこれ……くにおのヤツがやったんか?」

 

 辺り一面に広がる惨状にわなわなと慄く。それはまさに戦場のようだった。コートのあちこちでは大の字に転がった男女が呻き声を上げ、あれだけ盛り上がっていた観客席は、今や気絶した人間を吊るす巨大な物干し竿と化している。

 

「流石に一人だけじゃないよ。アイツの仲間たちや、ペアを組んでた長谷部って女も一緒だった。まったく……強いヤツばかりでイヤになっちまうね」

 

「その割には嬉しそうに見えるが?」

 

 半眼で睨んで、さぶ。図星を突かれたみすずはにやりと口角を上げた。

 

「ま、あたいは強いヤツと戦うのが目的だったからね。満足はしてるよ。組長さんの方はそうでも無いみたいだけど」

 

「ふん……ああそうや。公の場でくにおを倒すつもりだったが目論見が外れた。"半分"はな」

 

「半分?」

 

 不思議そうに首を向けたみすずに、さぶが「ああ」と笑みを浮かべる。

 

「ガキじゃねえんだ。後先考えずにやり合うなんて頭の悪いことはせん。負けたときのこともちゃんと考えとる」

 

「へえ、どんな内容だい?」

 

「今日ここに集めた奴らの中には他の組の連中も混ざっとる。上手いこと因縁も生まれたようやからな。今後はこいつらを巻き込んでやっていくつもりや」

 

 ひゅう、と口笛を吹くみすず。つまり今後くにおはヤクザ連合を相手どることになる。

 更なる闘争の予感に彼女の心が再び昂ぶった。

 

「いいねえ。その時には是非あたいにも一枚噛ませてくれるかい?」

 

「ふん、物好きな奴め……いいだろう。準備ができたら用心棒として雇ってやる」

 

「感謝するよ。乙女の顔を殴った罪はきっちり償わせてやらないとね」

 

 契約が成立したみすずが証とばかりに手を差し出した――が、

 

「どうしたんだい?」

 

 一向に手を取らず、何故か顔をしかめているさぶにみすずが疑問の声を上げた。

 ふん、と鼻を鳴らすと、

 

「流石に乙女はないやろ」

 

「余計なお世話だよ!!」

 

 差し出した手を思いきり振りかぶるみすず。間違いなく今日一番の威力のビンタを食らったさぶは、弾丸のように天井を突き破っていった。

 

 

「あー暴れた暴れた。ようやくすっきりしたぜ」

 

 西に傾いた太陽が辺りを朱に染め上げる。

 ようやく今日の日程を終え、ぞろぞろと帰路につく熱血高校の一団と他一名。

 ポケットに手を突っ込んで歩いていたくにおは満足した様子で呟いた。

 

「そうっすね。しっかしヤクザの連中は口ほどにも無かったな。まだ太陽学園のスケバンたちの方が手強かったんじゃないか?」

 

「まあ、あのみすずの部下だしな。日頃から鍛えられてるんじゃねえか?」

 

「とはいえそんなみすずさんも一撃KOっすからね。いつも以上に容赦ない攻撃に痺れたっす」

 

 後輩たちからの称賛に「まあな」とクールに返すくにお。彼らの後ろを歩いていた長谷部はおや、と思う。いつもならもう少し自信たっぷりな回答をしそうなものだが。

 

「そういえば珍しいかも」

 

「何がっすか? ねえさん」

 

 独り言のつもりだったが、隣を歩く芦野が素早く反応してきた。せっかくなので彼女にも聞いてもらうことにする。

 

「くにおが最後みすずさんの顔面を狙って攻撃したことよ。女性相手だとあんまりそういうことはしないから不思議に思ってね」

 

「なーんだ。そんなの理由は一つしかないじゃないですかー」

 

 と、何でもないことのように芦野が返してきた。「えっ?」と驚く長谷部に呆れた顔をする。

 

「前から思ってましたけど、ねえさんも大概鈍いですよねー。というわけで末城先輩、答えちゃって下さい」

 

 そう告げると、芦野が自分の隣にいる末城に話を振った。「いきなりかよ」とぼやいた彼が少しだけ思案をし、口を開く。

 

「多分だけど、借りを返そうとしたんじゃないかな。ほら、長谷部さんの頬、まだ少し腫れてるでしょ?」

 

(あっ……)

 

 気付いた長谷部がひたり、と自身の右頬に触れてみる。未だ熱を持ったそれは、あの時くにおがみすずを殴りつけた箇所とぴったり一致していた。

 

「くにお……」

 

 後輩たちと楽しげに話しているくにおの背中を見つめる。もちろん単なる思い込みの可能性もある――が、後輩たちから言及されたときのそっけない態度は、彼が本来の信条を曲げてまで仇を討ってくれたということではないだろうか。

 立ち止まる長谷部。先程とは違う種類の熱が、彼女の頬を僅かに熱くする。

 そして――

 

「ほんと、いつもカッコつけてばかりなんだから」

 

 呆れたように呟いて、長谷部は僅かに足を早めた。言葉とはあべこべなその行動に、見送る芦野と末城の口元から笑みが溢れる。

 

「まあな。それでひろしの奴が――っ痛」

 

 突然呻き声を上げたくにおにぎょっとする後輩たち。頭に手を当てながら振り返った彼の眼前には、強くておっかないパートナーが立っていた。

 こちらを一瞥して、ため息を吐く。

 

「やっぱり、ケガしてたのね」

 

「お、おう。けどこのくらい全然問題ねえっ て。今はもうぴんぴんしてるしよ」

 

「いま痛がってたじゃない。もういいからじっとしてて」

 

 言うが早いか、鞄から応急セットを取り出した長谷部が手際よく治療を開始する。交わされる言葉も行動も、中学時代から何も変わってはいない。

 されるがままのくにおの頭に包帯を結び終えると、そっと耳打ちした。

 

「……ありがと」

 

「さあ、何のことだかな」

 

 そう言ってぷいとそっぽを向くくにお。中学の頃から変わらない、何かをごまかすときの癖だった。

 くすりと長谷部が笑う。

 

「そうね。私もさっぱり。ね、お腹空かない? 夢見町に最近いいラーメン屋さんができたの。冷峰のOBがやってるから私がいれば皆割引になるわよ」

 

「マジっすか? 丁度腹が減ってたとこなんすよ。俺行きたいっす」

 

 真っ先に手を上げた一条を皮切りに、次々と賛成の声が上がる。やがて皆の目がくにおの方に向けられると、にかっと笑みを浮かべる。

 

「仕方ねーな、行くか。道案内は頼んだぜ、長谷部」

 

「ええ」

 

 皆を誘導すべく、くにおと並んだ長谷部。二人を結ぶその距離は朝見たときよりも僅かに。だけども確かに縮んでいた。

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