しとしとと降り続く雨はいつだって止むことはない。この国は泣いてばかりいる。
私は雨が嫌いだ。戦争が嫌いだ。この国が――大嫌いだ。
止まない雨が土地を乏しくし、必死に守り抜いたかと思えば、大国に蹂躙されては死と再生を繰り返している。
誰もが見えない明日に怯えていた。……私自身でさえも。
「近いうちにまた大きな戦争が起きる。その前に大国に避難しよう」
逃げ続ける生活に疲弊していた私たちの前にそれ以外の選択は残されていなかった。
父の提案に、母は私を抱きしめて涙を流しながら頷く。
そうして私たち家族は迫りくる戦禍を逃れて大国――火の国にある木ノ葉隠れの里へと亡命することとなった。
アカデミー入学前に両親を病気で亡くした。
長い間劣悪な逃亡生活に置かれたことが原因だろうと医者に残念そうに言われたが、私にはもう流す涙も残っていない。
忍でもない、心を隠す術すら持たない医者の心を読むことなど赤子の手を捻るよりも簡単なことだった。
貴方が本当に残念に思っているのは、貴重な血を受け継ぐ者が私だけになってしまったからでしょう?
私は木ノ葉による保護を拒否して、たった一人で生きていくことを心に決めた。
一人で生きていくためには相応の力が必要になる。その日から私はありとあらゆる書物を読み漁り、独学で忍術を学んでいった。
今になって思えば、周りの人間全てが敵に見えていたんだと思う。
私だって好きで他人の心を見ているわけではないのに。私が彼らの畏れを理解できないように、彼らも私の苦悩を理解しようとはしなかった。
念願の忍者学校への入学式。純粋な子どもの心は、読もうとしなくても私の元に届いてしまうことが多い。その日もそうだった。
“あ〜あ、三代目の話長いなあ”
“父ちゃんと母ちゃん、ちゃんと見にきてるかな?”
小さな心の塊が僅かなチャクラとなって私に還元されていく。
ほとんどの子が入学式を退屈に思っていたり、参列している父兄の存在に気を取られている中、私の隣に立っている男の子だけは違っていた。
“俺が悪かったんだろうか”
ぷつんっとそれ以外の“声”が遮断される。隣の男の子の心の声があまりに強すぎるせいだ。
“イタチに嫌われたくない”
聞いているこっちが神妙な顔になってしまうくらい切実な声だった。
こっそりと男の子を横目で見てみると、心の声とは似ても似つかない、落ち着いた雰囲気を纏っている。その整った顔立ちにすぐに彼がうちは一族だと分かった。
どうやら彼はイタチという人と喧嘩をしてしまったらしい。ここまで強い心の声は初めてとはいえ、その全てが聴こえているわけではない。
“イタチに嫌われるくらいなら、いっそ”
男の子の心がより一層深く沈んでいく。随分と両極端な性格をしているようだ。
三代目の話が終わって、他の生徒たちがぞろぞろと校舎に戻っていく。男の子は完全に自分の世界にいるようで、まったく気づいた様子がない。
いつもなら気にもせずにさっさとその場を去っていただろう。けれど、私は男の子から生じたチャクラの甘さに惹かれるように声を掛けてしまっていた。
「あの…………」
男の子は気づかない。痺れを切らした私が目の前で手のひらを上下させて、やっと温度のない黒い目がこちらを向く。
男の子にしては少し長めの黒髪が揺れて、一瞬で目を奪われた。
“だれだ”
冷たい声だった。イタチという人に向けていた柔らかな心とは比べ物にならない、容赦のない拒絶に怯みそうになる。
目が合ったことで先ほどより読みやすくなった心が、膨大な情報として私の中に流れ込んできた。
「もう入学式終わっちゃったよ。大丈夫?」
うちはスバル。彼のことは以前から知っていた。エリート一族の元に生まれながら、これまで一度も声を出すことができず、当然一族からの当たりは日々厳しいものになっているらしい。
“どうせ俺が話せないことも知らないくせに”
ちょうど思考が彼の言葉と重なって、小さく笑ってしまった。まるで警戒心の強い猫のよう。
きっとそうすることでしか自分を守ってこられなかったのだろう。そんな姿が自分と重なって、胸のどこかが鈍い痛みを放つ。
「知ってるよ」
私が名を明かすと、やはり知っていたようで彼の中にあった不信感が薄らいでいく。
私が覚方一族の人間だと知った人たちの反応はいつも決まったものだった。自分の心を読まれることを恐れるか、この力を私利私欲に利用しようと画策するか。
しかし、男の子――スバルの反応はそのどちらでもなかった。
“いいな”
たった一言。シンプルな感想に驚く。
“俺が話せなくても、思いを汲み取ってくれるのか”
「…………」
これまで、たったの一度もそんな風に捉えてくれた人はいない。例えこれが彼の思考のほんの一部だったとしても。
ぱちりと目を瞬かせる。どうしてだろう。不思議な心地がする。
「……君って、見た目と違って随分素直なんだね?」
決して皮肉ではない。スバルには悪い意味として取られてしまったようで、拗ねたような反応が返ってきた。
それが可笑しくて、くすくすと笑ってしまう。変だなあ。こんなに穏やかな気持ちになれたのも、随分と久しぶりな気がする。
スバルは私にとって良きライバルであり、良き理解者だった。
筆記試験の成績はほぼ拮抗していたし、忍術幻術で私がリードしたかと思えば、彼はずば抜けた体術のセンスでさらに追い上げてきた。
正直、彼が同じ人間である限りあんな風に動けないはずだ。同い年とはとてもじゃないが思えない。
組み手の授業は地獄だった。私はいつも彼と向き合って開始の合図があった直後の記憶がない。正確には記憶がないんじゃなくて、気がついたら地面に転がっていて、青々とした空を眺めている。背中は痛いし、スバルは涼しい顔をしているし、とにかく最悪だった。彼は手加減というものを知らない。
「セキさんって、どうしてくノ一クラスの授業にも参加してるの?」
「え? 女の子でしょ?」
短く切った髪と、僕という一人称のせいでこのような話をされるのも慣れっこだ。あのスバルだって気づいていないのだから仕方ない。
それに、覚方一族のたった一人の生き残りが
木ノ葉の人間に性別を聞かれた時には素直に女だと伝えるようにしているが、アカデミーを卒業するまで表向きは男として生きる。それは三代目からの助言でもあった。
「スバル!」
くノ一の授業で集めた野の花たちを握りしめながら、私よりも大きな背中に飛びついた。
“セキ”
不意をついたつもりなのに、スバルは動揺すらせずに心の中で私の名前を呼ぶ。そこに咎めるような色が混じっていたので、私は誤魔化すように手に持っていた花を一つ、彼の髪に挿した。
そっと花に触れるスバルの手つきに、私はにこりと笑った。
「似合ってるね」
男の子であるスバルには嬉しくないかもしれない。それでも、彼は気のせいかと思うくらい薄らとした笑みを浮かべる。
“コスモスか”
彼の心を満たした優しさの正体はすぐに分かった。
どうやら、以前弟であるイタチにも同じ花を貰ったことがあるらしい。彼は……弟のことをとても大切に思っている。いっそ妬けるくらいに。
体術で卓越した成績を収めているスバルが、常に人手が足りていない戦争に送られることになったのは必然だったと思う。
それを知った日から、私は何度も三代目に嘆願した。どうか、私も彼と同じように戦争に行かせてほしいと。しかし、色良い返事が返ってくることはなかった。
覚方一族の血をここで絶やすわけにいかない。そう言われてしまっては、結局は里に守られるばかりの私にできることは無くなってしまう。
悔しかった。やるせなかった。私が本当に男だったら。もっと力があれば。
こんな思いはせずに済んだかもしれないのに。
スバルが戦争に参加する日は雨が降っていた。やっぱり雨は嫌いだ。
何事もなかったかのようにアカデミーでの授業は行われ、何も知らない子ども達が無邪気に校舎を走り回っている。
「スバルくん、どうなったかな」
「戦争ってたくさん人が死ぬんだよね……」
何かとスバルのことを気にかけているクラスメイトの女の子たちだけは違ったようだが。私はそんな彼女たちの存在に少し救われながら、ただスバルの無事だけを祈った。
もしも私が占い師だったら、スバルの顔を見た瞬間に「あなた、呪われてますよ」と言っていたかもしれない。
スバルが戦争から無事に帰ってきたと思えば、アカデミーに登校してきたその日に卒業が決まってしまった。
しかも、下忍になると同時に暗部に所属するなんて。異例中の異例である。
教師が口を滑らせた根という組織は、私にとっては馴染みのあるものだった。つい先日、根の創設者であるダンゾウ本人からある仕事を請け負っていたからだ。
私のありったけのチャクラを凝縮した欠片を搭載した暗部のお面。装着した人の心の声を吸い出して、表に吐き出すことができる。
違うかもしれない。でも、違わないかもしれない。
どうやらスバルも根がどのような組織かぼんやりと知っているようだったが、彼の心に大した動きは見られない。動揺はしているものの、他の人が抱くであろうそれと比べれば極々小さなもの。
まさか、ダンゾウはあのお面をスバルに使わせるために私に依頼を……?
一度浮かんだ疑念はそう簡単に拭い去れそうにない。もしもそうだとしたら私は……。
“アカデミーも、あと少しで終わりか”
誰に向けたわけでもないスバルの心の声が私に突き刺さる。
“少し寂しくなるな”
寂しくなる理由に私の存在があればいいのに。聞き流すこともできなくて、まだ授業の途中だったけれど小声でスバルに話しかけた。
「僕に会えなくなるから寂しいってこと?」
スバルは手のひらに顎を乗せたまま、視線はしっかりと教壇にいる先生に向けながら答えた。
“何を当たり前なことを”
***
ついにこの日が来てしまった。中忍選抜試験である。
受付会場であるアカデミーに集まった俺以外の下忍達が三人ずつのグループに分かれてお互いに牽制し合っている。そう、俺だけぼっち。
すっかり忘れてたけどさ、俺って一般的な下忍のように担当上忍込みでのフォーマンセルで表の任務に参加したことないんだよ。
だから、通常任務と同じスリーマンセルで参加すべき中忍試験もこの通りである。
ははっ、まさか一人で参加しろってこと? 正気?
今すぐ回れ右で帰らせていただきたいところだが、俺は自分の命よりもイタチの入学式参列を選ぶことにした。
なにもこの数年間暗部で遊んでいたわけじゃない。ここまで来たら意地でも合格してやる。
教室の前にいる受付の女性に志願書を提出しようとしたら、誰かに腕を掴まれた。
「キミ……中忍試験には班員全員の志願書が必要なはずだが?」
俺の隣にはメガネをかけた長身の男が立っていた。彼は神経質そうにメガネのズレを整えると、フンッと鼻を鳴らしながらこちらを見下ろしている。
「聞いているのかい?」
「…………」
こいつ、ムカつくくらい背が高いな。そこそこ年上に見えるけど。このまま見上げていたら首がやられそうだ。
しかも、身長を抜きにしても俺より足が長い。大嫌いだ。
「まったく、いくら人手不足だからと言ってキミのような子どもを中忍にだなんて」
長身メガネくんの言葉は右から左へスルーアウェイである。俺は掴まれている方とは逆の手に志願書を握り直して、受付の人に手渡した。
「ああっ! 本当に私の話を聞いていなかったのか!?」
「うちはスバルさんですね。ありがとうございます」
受付の人が志願書の名前を確認して「大丈夫です。問題ありませんよ」にこにこ笑ってくれる。天使だ。
「う、うちは……だって?」
長身メガネくんのメガネがずり落ちた。ぱちぱちと何度も瞬きをしている。
彼は暫く呆気に取られていたようだが、さっさと待機場所である教室に入ろうとした俺の肩を鷲掴みにした。
ちょっ、何だこいつの馬鹿力……!!
「キミがあのエリート一族の!!」
俺の肩がミシミシ鳴った。いや、痛い痛い! 嬉しそうに目を煌かせながら俺の肩を粉砕する気か!?
俺は根性で教室の扉を開けて、長身メガネくんを振り払うようにして中に入った。
「エリートはやはり……孤高を生きる存在……! 私の目に狂いはなかった!」
こわっ、なんかどっかの宗教家みたいなこと言ってる。長身メガネくんは俺の後をついてこようとしていたが、そんなのは絶対にお断りキーック!
「ぐはっ!!」
興奮のあまり判断力が著しく低下していたらしい。ちょっとは避けるかと思ったらモロに入ってしまった。
俺の蹴りを受けた長身メガネくんが痛みで悶絶している間に、俺は受験生達がひしめく教室内に姿を隠した。ごめん。でもほら、俺の安心安全な中忍試験の方が大事だからさ……?
俺の身長が小さ……いや、それほど高くないおかげで長身メガネくんに見つかることなく、無事に試験開始を迎えることができた。
仕方ないよ、だってまだ九歳だもん。すぐに大きくなるし!
「お待たせしました。中忍選抜試験、第一の試験を担当させていただきます。試験官の尾仲スイタです」
いやすごい名前だなそれ。そう思ったのは俺だけだったようで、他の受験生達はみんな真面目な表情で試験官の言葉に耳を傾けている。
「第一の試練を始める前に……本戦を除く一から二の試練で協力し合うことになる班を予めこちらで決めてあります」
スイタさんの名前にはノータッチだった受験生達がざわめいた。
「そうです。貴方たちが下忍となってからこれまで組んでいたであろうスリーマンセルを崩し、中忍試験専用のチームを組んでもらいます」
「そ、それでは、これまで一度も組んだことも、ましてや話したこともない人間とこの大事な試験に臨めということでしょうか!?」
「班決めは完全にランダムで行っています。そうと言えるし、そうとは言えないかもしれない――組み直した結果、メンバーが変わらない可能性もありますからね」
受験生達のさらなる不満を一蹴するように、スイタさんが元から細い目をさらに細めた。
「中忍にもなれば、即席のチームメイトと難しい任務に駆り出されることもあります。そんな状況に陥った場合、いつものメンバーがいないから、なんて理由で任務を放棄するのでしょうか?」
騒いでいた受験生達がしんと静まり返る。恒例の正論パンチの破壊力はそれなりにあったようだ。
元々ぼっちだった俺にはありがたいシステムに感謝しかない。ありがとうスイタさん! 仲間がいるだけで俺の生存率がぐんぐんと伸びるはず。
「それでは、まず第一班から発表します――うちはスバル」
まさか一番最初に呼ばれるとは思わなかった。スイタさんに手招きをされたので、彼のいる教壇に並んで立つ。
さて、俺のチームメイトは誰なんだろう。
「覚方セキ」
びっくりしたなんてもんじゃない。口から大蛇丸が出てくるかと思った。……想像でも嫌だな。
受験生達の中から出てきたのは、肩のあたりまで伸びた癖のない黒髪を揺らしている少女。
彼……いや、彼女は俺より驚いた顔をしながらも同じように教壇の横に並んだ。
「…………スバル」
小さく名前を呼ばれる。これ、本当にセキだよな……? なんか髪は長くなってるし普通に女の格好をしてるし、落ち着かないんだけど。
アカデミーを卒業してから初めて会った友人の変化に心がついていかない。
「スバルは、格好良くなったね」
「…………」
セキがにこりと笑う。以前からストレートな物言いだったけど、こんなだったか……?
「うちはに、覚方に、そしてこの私! エリートしかいない第一班の未来はとても明るい!!」
俺の意識がお空に飛びそうになっている間に、三人目としてやってきた長身メガネくんがガッツポーズをしていた。
第一の試験開始までの数十分間ではあったが、新しい班員の能力や性格をある程度把握する為の時間が設けられた。
「スバルはとっくに中忍になってると思ってた」
セキが眩しい笑みを浮かべながら俺の頬に触れる。優しく撫でていく指にそわそわしながら、これ以上は直視できなくて目を逸らす。
なんか調子が狂うんだよ。どうしちゃったんだ俺は。
「そっか、忙しくてそれどころじゃなかったんだね」
俺の失礼な態度を気にもしてないのか、セキは昔と変わらず嬉しそうに話しかけてくる。
たった数年前のことなのに、懐かしいな、こういうの。
「ずっと君に会いたかったんだよ」
「…………」
だから、そんなことを言うのはやめてほしい。さっきからやけに距離も近いしそろそろ俺の頭がバグる。
「男だって嘘をついてたのは悪いと思ってる。私のことはこれからも男だと思ってくれていいから。……ううん、その方が嬉しい」
無理難題を押し付けられてる気がする。そんな簡単に切り替えられたら俺も楽だけどさ。
「だって、私は……」
「二人だけの世界を構築されているところに大変申し訳ありませんが」
完全に存在を忘れていた長身メガネくんがセキの言葉を遮った。こほんと咳払いして、指でメガネを押し上げる。
「まずはお互いの能力を把握するのが先ではないでしょうか?」
嫌味ったらしい、取ってつけたような敬語に素早くセキが返した。
「私はセキ。忍術幻術が得意。体術や体力には自信がない。よろしく」
「…………ふむ、分かりました。そこのうちは一族の方は?」
紙でも貰ってきて書こうかと思っていたら、またしてもセキが口を開いていた。
「彼はスバル。得意なのは体術で、写輪眼による幻術や見切りも可能。あとは暗部での経験から暗殺も得意。そうだよね?」
「…………」
暗殺が得意ってだいぶ嫌なんだけど。いや、間違ってない……間違ってはないけど!
「暗殺…………それは、頼もしい、です、ね」
長身メガネくん、明らかにドン引きしてる。俺の歳で暗部にいること自体珍しいもんな。養成機関でもある根では珍しくもなんともないが。
「私はエビス。体術忍術幻術を満遍なくこなすことができます。アカデミーや木ノ葉の図書館の本はほぼ全て読破してしまったので、知識量には自信がありますよ」
それはすごい。素直に感嘆していると、長身メガネもといエビスが誇らしげに胸をそらした。
その後も得意なフォーメーションなどを確認していると、カランカランと小さな鐘が鳴る音がした。
再び教壇に立ったスイタさんが手をあげる。
「それでは、第一の試験を開始します」
「スバル! またあったよ、お宝が!」
第一の試験は宝探しだった。わざと残された僅かな痕跡を頼りに、アカデミー内のあらゆる場所に隠された“宝”を見つける。
制限時間内に多くの宝を見つけた上位チームのみが第二の試験の参加資格を得るらしい。
この試験、思ったより奥が深い。当然その辺に宝がぽろっと落ちているわけではないが、カーテンの裏に隠されてるとかそんなレベルじゃない。
巧妙に幻術で空間が歪められていたり、不用意に触れると爆発する仕掛けが施されていて宝が消し炭になってしまったり、仕掛けたやつの性格の悪さが滲み出てる。
ちなみに俺はすでに二回も宝を消し炭にしている。
セキには「スバルはもう触らない方がいいね」と言われたし、エビスには「本当にエリートなのか、キミは?」と初対面の時と同じ不遜な態度を取られた。遺憾の意である。
現在俺たちの班が手に入れている宝は五つ。スイタさんはアカデミー内にいくつ宝が隠されているのか明らかにしなかった。どこまで集めれば上位に食い込めるのか分からなくする為だろう。
さらにこの試験、他の受験生への強奪も認められている。おいおい、試験終了間際にアカデミーが血の海になるぞ。
「私の力じゃ、びくともしないみたい」
セキが見つけた宝は頑丈な箱の中に入っていた。箱ごと持って行っても数のうちに入らないという説明はすでに受けている。
どうにか破壊したいところだが、どうしたものか。俺の体術は加減が難しくて中の宝まで壊しかねない。
「フッ、ここは三人目のエリートである私に任せてくれ」
エビスのメガネがきらりと光を反射する。彼はセキから箱を受け取ると、指で何度かなぞった。
「何をしてるの?」
「ここ、いくつか傷が入っているだろう。これはただの傷じゃなくて――ほら」
カチリと音がした。箱はまるでパズルのように、切り込み同士が一点の線になっていく。
線は鍵の役割を果たしていたようで、何度か同じ動作を繰り返すと……呆気なく開いた。
なるほど、無理やりこじ開けるんじゃなくて、こっちが正規の手段だったのか。
「これで六つだ」
箱の中には宝――三代目火影の直筆サイン入りのメモが入っていた。
……まさかこれ、不要になった書類の三代目のサイン部分だけを千切ってきたわけじゃないよな?
まあ、火影のサインってそう簡単に捏造できるものでもないから不正防止にはなりそうだけど。燃えたら燃えたで処分の手間が省けてラッキーみたいな? いいのかそれで。
《さすがだな》
指文字でエビスを讃えると、彼はあんぐりと口を開けた。失礼な反応だな。
「キミ……セキさん以外と意思疎通が可能だったのか……?」
「…………」
一体俺を何だと思ってたの? それにしても指文字まで理解してるなんて、図書館の本読破男の名は伊達じゃないな。
「あれ、エビスってスバルが声を出せないことも知らなかったの?」
「勝手に心を読まないでもらえるかい? ……耳にしてはいたが、私は他人の噂は簡単には信じないタチなんだ」
「その様子だと本当のようだが」とエビスが続けた言葉に、いかにも真面目な彼らしいと思った。さらに続いた「エリート一族の子どもが口も利けないなんて、にわかには信じ難いだろう?」という発言で、僅かに俺の中で持ち上がりかけていたエビスの株は急暴落した。
そうそう、短い付き合いだけどお前はそういうヤツだよ。
「ねえ、そろそろ隣の教室に移動し――」
移動しようと言いかけたセキの口を手のひらで塞ぐ。真っ赤になって声にならない叫びを上げていたセキだったが、俺の様子に気づいて大人しくなった。
手を離すと、セキがぷはっと大きく息を吸った。
《うんが いい》
「運って?」
その直後、俺たちのいる教室の扉が開いた。のそのそと入ってきたのは、待機場で見かけた覚えのある三人組。いかにもゲスい顔つきをしている。
「あ〜ら、“エリート”が集まってる第一班の皆さんこんにちは!」
「突然ですが、突撃隣のお宝争奪戦を開催したいと思いまして!」
「……まして!」
なんか一人乗り気じゃなさそうなヤツが混じってるけど大丈夫?
「なるほどね」
顔を見合わせた俺たちは、同時にニヤリと悪い笑みを浮かべた。
結果的に俺以外の二人が三人組を瞬殺していた。あまりにも手際が良すぎて、俺の出る幕がなかった。
二人とも、俺より暗殺の才能あるんじゃね……? いや、一応殺してはいないんだけど。
「スバル! これでお宝が倍以上になったね」
セキ、俺はお前が一番怖いよ。
相手を幻術にはめた後、彼らの体に触れて心を読み「へえ? すごいね、君って毎晩寝る前に◯◯で◯◯◯なことをして――」「やっ、やめてくれぇっ!?」一瞬で戦意を喪失させていた。
あの手際の良さは常習犯と見た。怖すぎる。
すでにメンタルが満身創痍な彼らに物理的な引導を渡したのがエビスで、あの状況でトドメを刺せる非情さは暗部に欲しいくらいだった。
この班決め、本当にランダムなんだろうか。ちょっと偏りすぎてるような……。
「第一の試験に合格した皆さん、おめでとうございます」
俺たちが宝である三代目のサインを渡すと、スイタさんは満面の笑みでそれを焼却炉にぶち込んでいた。結局燃やすのかよ。
「ちょうど半分にまで減りましたね。今期の受験生は大人しいなあ、強奪者がたったの一班しかいなかったなんて」
「…………」
マジで言ってる? アカデミーを血の海にしたの、俺たちの班だけ?
他の受験生たちがヒソヒソ声で「本当にやるヤツがいたのか……?」なんて話している。せっ、正当防衛だからっ! 「どうせ第一班の三人だろ」勘のいいガキは嫌いだよ。
「それでは第二の試験を担当する試験官にバトンタッチしたいと思います」
スイタさんの後ろから、まったく同じ顔が出てきた。あえて違いを挙げるとすれば、その顔色が滅茶苦茶悪いってことくらい?
「第二の試験を担当します……尾仲イタイです。よろしくお願いいたします」
「…………」
イタイさんが苦悶の表情でお腹をさする。悪いことは言わないから今すぐトイレに行くことをお勧めする。
「スイタとは双子で……こんな話はどうでもいいですよね。早速試験を始めたいと思います」
スイタさんとイタイさんのお腹が同時に鳴った。
スイタさんは笑顔で「私としたことが六回目の食事を失念していました。それでは失礼致します」と言って去っていったし、イタイさんはひたすらにお腹を抱えて耐えている。
この二人、内面は全然似てないな。
「まずは組んでいるチームで、どのような方法でもいいので“一人”を選んでください。ジャンケンでもいいですよ」
チームを組み直すと言われた時と同じくらい受験生たちがざわついた。
「現時点で詳細をお知らせすることはできません。それでは、よろしくお願いします」
与えられた時間内でサクッと決めなくてはいけないようだ。
「どうする? 選ばれた一人が幸運か不運かも分からないんだよね」
「セキさんの能力で試験官の心を読めないのか?」
「中忍以上となると、せめて触れないと難しいかな。向こうが動揺でもしていたら別だけど……精神状態によっては、触れてもあまり読めない人もいるしね」
スバルとエビスは結構読みやすいよ、と付け足すセキ。それはあまり聞きたくなかったかな。エビスも複雑そうな顔をしている。俺の精神は常に不安定ってことなの?
「じゃあ……ジャンケンにしようか」
「……セキさんは心を読めるし、スバルくんの写輪眼による動体視力では、相手が出す手に被せることもできるのでは?」
「…………」
もしもジャンケンの勝敗で合否が決まるとしたらエビスが圧倒的に不利なのは間違いない。今回は選ばれたからと言って有利とは限らないんだけど。
「そうだね。公平にいこう」
セキが残念そうにため息をついた。心を読んで勝つ気満々だったらしい。危ない危ない。俺は写輪眼のことすら頭になかったってのに。
「阿弥陀くじはどう? 線を付け足すのは、試験官のイタイさんにして貰うってことで」
「それなら」
エビスが納得したように頷く。俺たちは早速それぞれの名前を書いた紙をイタイさんに渡して、適当に線を書いてもらった。気になる結果は……。
「スバルに決まったみたいだね」
俺の名前から伸びた赤い線は、一番下の丸印に届いていた。
「さて、皆さん決まったようですね」
イタイさんがパンパンと何度か手を鳴らす。彼は相変わらず顔色が悪いままだ。
「選ばれた一人には、お姫様になってもらいます」
ごめん、なんて言った?
【補足】セキよりもお面の方が主人公の心の声をより鮮明に取得しているのは、お面は実際に主人公に触れている且つ主人公のチャクラを媒体にしているからです
セキが主人公に抱きついている間はそこそこの精度で心の声が聞こえますが、そんな時はまず主人公が驚いて頭真っ白状態なので碌な情報が得られなかったりします