じんせいみてい!   作:湯切

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誤字報告ニキには足向けて寝れない(いつもありがとうございます)


第十一話 生け簀の鯉

 いっそ殺してくれ。頼むから。

 

 俺の切実な願いは届かず、両手を後ろで縛られて目隠しをされた。

 

 俺の知ってるお姫様ってやつはこんな仕打ちは受けないはずなんだが。そもそも俺はお姫様じゃなくて中忍になりたいんだよ!

 

「それではお姫様にはここで退場してもらいますね。この先は、」

 

 イタイさんの言葉を最後まで聞くことも叶わず、目の粗い布袋に無理やり入れられたかと思ったら、手押し車のような物に乗せられて連れ去られてしまった。

 お姫様ってそういう……ピー◯姫?

 

 俺をどこかへ運んでいるらしい、恐らく試験の補佐官が安心させるように言った。

 

「心配しなくていいからね〜。君の仲間が先に見つけてくれたら無事にお家に帰れるから」

「…………」

 

 俺の仲間以外に先に見つけられたら無事にお家に帰れないって聞こえたんだけど。気のせいでしょうか。

 

 目隠しされた上に袋に入れられてるせいで、自分が大体どの辺りにいるのかすらまったく分からない。

 

 順調にドナドナされていった先、ゴトンッとある地点で補佐官が立ち止まった。やけに緑と土の匂いが濃い気がする。ここってもしかして。

 

「気づいたかな? 死の森だよ」

 

 わあ、演習場のくせに半端な覚悟で足を踏み入れた人間が続々と死んでるって噂の。自然の状態を維持するために普段はゲートは固く閉じられていて、立ち入るには事前に里の許可を取らなければならないらしい。

 俺とは一生ご縁がない場所だとばかり。根の任務中に足を踏み入れたことはあるが、それも入り口付近の話だ。

 

 ここで何をするんだと思っていたら、乱暴に手押し車から降ろされた。布袋の中で受け身を取れるはずもなく、俺はゴツゴツとした地面の上を面白いくらいに転がった。

 ちょっ、滅茶苦茶痛いんだけど!?

 

「姫役の人はその状態のまま仲間の救出を待たなくちゃいけない。ああ、布袋からは出てもいいよ。出られたら、だけど。目隠しも外していいし」

「…………」

「でも両手を拘束している縄には特殊な札をつけていてね。まず自力では解除できない。外すことができるのは、仲間が持っているソレと対になる札だけだ」

 

 想像以上に鬼畜仕様だった。まともな人間が下忍向けの試験にこんな内容を選ぶか? あの双子、やっぱり内面もそっくりだよ。

 

「ちなみに他の班が持っている札を当てられた場合……人生アウトだから。どうなるかは想像に任せるけど」

 

 こわ……爆発でもすんの?

 

「さらに、この試験の合格基準は“姫の拘束が解除された状態”かつ“三人全員揃って死の森の中央塔に辿り着く”かつ“先に塔に到着した上位十チームのみ”だよ」

 

 俺はイタイさんの腹が永遠に痛くなりますようにと願った。

 

「十チームとなると三分の一にまで減るのかな。タイムアタックになるから、道中で敵の姫を見つけたら積極的に札で殺して蹴落としていくのが効率的だよね」

 

 今、殺してって言った。やっぱ札当てられたら死ぬんじゃないか!

 

「じゃ、姫役以外の人たちは一時間後に死の森にやって来るから。それまで猛獣に食われたりしないように気をつけて! アハハ!」

「…………」

 

 楽しげな笑い声を上げながら補佐官の気配が離れていくのが分かった。

 

 何がお姫様になってもらいます、だ。ふざけやがって。九年間生きてきてこんな惨めな気持ちになったことないよ。

 俺はただ、中忍になりたかっただけなのに……。しくしく。

 

 

 

 もぞもぞと芋虫のように布袋ごと身体を地面に押しつけること三十分。ようやく破けた箇所を歯で噛んで穴を広げていくことに成功した。無事に布袋から脱出。

 マジで長かった……。目が粗い割に頑丈すぎるんだよ。

 

 時間感覚が狂っていなければ、三十分後にセキ達が森に投入されるはずだ。それまでにこの目隠しもなんとかしたい。

 

 身につけていたクナイや手裏剣類は全部回収されちゃったのが痛いな。しっかり歯と歯の間に仕込んでいた麻酔針まで取られちゃったし。

 

 そりゃあ、武装してる姫なんていないだろうけどさ? 布袋に入れられて物騒な森に放置プレイされる姫もいないと思うんだ。

 

 俺はとりあえず両足の裏にチャクラを集中させて木に登った。そこそこ高い位置まで辿り着くと、ホッと息をついて立ち止まる。

 

 目元を覆い隠していた布の端を適当な枝に引っ掛けて取れば、目の前には何度か遠目にも見かけたことがある死の森が広がっていた。

 

 いい眺めだな〜両手さえ縛られてなければなっ!

 

 ガッツリ結ばれてるせいで印すら結べそうにない。両足が拘束されていないだけマシだと思うべきだろうか。

 

 この森にいると言われている猛獣の相手は足だけで何とかなりそうだし、もしもの場合は写輪眼を使えばいい。

 

 ただ、気の休まる場所もない上に食料の確保すら厳しい状況……出来れば写輪眼は使わずに温存しておきたい。

 

「おい、あそこ!!」

 

 木から木へと移動している途中、聞こえてきた声に全身に緊張が走った。

 やべっ、見つかった。セキでもエビスの声でもないってことは……!

 

「なんでアイツ袋から出られてるんだよ!? 目隠しもないし!」

「でも両手は縛られたままだから、姫ってことだろ!」

 

 二人ってことは、自分たちの姫はまだ見つけられてないってことか。

 

「こっちは二人なんだ、お前は先回りして、挟み討ちにするぞ!」

 

 両手が使えない相手になんて卑怯な! ええい、温存とか言ってる場合じゃない!

 

 どくどくと全身の血が巡る感覚と共に、それらが全て両目に集まっていく。

 

「あ……あっ」

 

 目が合わさった一人の身体がぐらっと傾いて倒れる。

 

「お、おい!?」

 

 残った一人が倒れた仲間に駆け寄って、すぐに状況を把握したのか、俺の目を見ないように俯きがちに叫んだ。

 

「第一班のうちはかよ……! チッ、ついてねーな」

 

 彼は気を失っている仲間の体を抱えて、すぐに去っていった。

 後先考えずに突っ込んでくるタイプじゃなくてよかったぁ……。おかげでこれ以上チャクラを消耗せずに済みそうだ。

 

 

 死の森でのサバイバル生活二日目。未だにぼっちです。何とか足だけで近くの川で魚をとって食べてはいるけど、やっぱりとっても惨めです。早くお家に帰りたい。

 

「うー、うー! うううー!!」

 

 ああ、ごめんごめん。ぼっちじゃなかったね。

 

 もぐもぐと味付けもされてない魚を咀嚼している俺の隣で、布袋に入ったままの人間が陸に上がった魚のように身体をバタつかせている。

 袋の上から口の辺りを丈夫な蔓で縛っているせいで、彼は満足に叫び声を上げることもままならない。可哀想に。

 

「ううー!!」

 

 やっぱ焼き魚には塩が必須だよなあ。君もそう思うよね?

 

 なぜ俺がわざわざ他国の姫を手元に置いているのかというと、別に深い理由はない。ただ目の前に落ちていたから、だ。

 例えば帰り道の途中でイタチやサスケが落ちていたらとりあえず家に連れて帰るだろう? そう、そんな感じ。

 

 俺は魚の皮などがこびりついてしまった両足を川で綺麗に洗って、ピカピカの太陽で乾かしてから靴を履き直した。

 

 足で魚をとって食べるとか初体験だったけど、何とかなるもんだね。二度とやりたくないけど。

 

「ううう…………」

 

 ぺろっと口端についていた食べ残しを舐めとる。うん、ご馳走様でした。

 

「…………」

 

 さあて、どうするかな。ここで殺しとく? それか、せめて両足でも折っておこうか。

 

 俺はとりあえず口元を縛っていた蔓を外してやった。よし、大声で助けを呼ぶようなら殺そう!

 

「……お前、どうしてオレに札を当てないんだ」

「…………」

 

 叫ばなかったので殺すのはとりあえず保留となった。まだ布袋の中にいるってことは目隠しも外せてないんだろうし……俺が同じ姫役だとは思ってもいないらしい。

 

「くっ、オレを仲間への人質にでもするつもりか…………?」

 

 あっ、いいねそれ。採用! まあ、ここに辿り着いたのが俺やコイツの仲間じゃなかったとしても、囮くらいにはなるかもしれない。

 

「碌でもねえ人間だよテメーはよ! この袋から出られたら覚えてやがれ!!」

「…………」

 

 やっぱり殺しといた方が良かったかな?

 

 俺は挨拶代わりに、他国の姫に優しめの痛天脚を振り下ろしておくことにした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「健闘を祈る。お・ひ・め・さ・まっ」

「ふっざけんじゃねぇぞ! このクソ試験補佐官がよおおお!!」

 

 こんなふざけた試験内容があるか!? ジャンケンで勝ったオレがなんでこんな目に遭うんだよ!

 

 高笑いしながら去っていった補佐官に舌打ちして、実は鋼の一部でも入ってんのかと思うくらい頑丈な布袋の中でもがく。

 

 クソッ、袋の口を縛る紐にも例の札がつけられてんのか? 動くたびに両腕以外に頭上からもカサカサと紙のようなものが揺れる音がする。

 

 補佐官の言葉を信じるなら、仲間以外の人間が持っている札を当てられるとアウトらしい。

 どうアウトなのかはどれだけ聞いても教えてくれなかったが、こんな試験を思いつくようなやつだ。どうせ碌なことにはならないだろう。

 

 布袋に入っていれば札を当てられずに済むのかと思ったら。むしろこんな身動きが取れない状態で布袋の札に敵のものを当てられでもしたら……どうなるんだ……?

 

 ぞくりと背筋が冷えた。そして、想像してしまった未来の自分の姿にふるふると首を振って、もう一度ジタバタともがいた。

 両足にチャクラを集中させて蹴り破ろうにも、オレの身体のサイズに合わせた袋に入れられているせいで両足もほぼ動かせない。ぴっちりすぎる。もはや全身が縛られてるようなものだ。

 

「あの試験官、ぜってーぶっ殺してやる……!」

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 オレの人生こんなものか。しょーもなかったわ。

 

 未だに布袋から出られずにいたオレの前に、一つの気配が立ちはだかった。気配だけで分かる――オレは、この拘束がなかったとしてもこいつには敵わない。

 例の第一班の奴らか? それにしては気配は一つしかないように思えるが……。

 

「……おい」

 

 黙ってないで何か言えよと話しかけようとしたら、袋の口を縛る紐部分を持って(見えないけど多分)、そのままズルズルとどこかへと引き摺られていった。

 

 おい! 一体オレをどこに連れ去るつもりなんだ!?

 

 

 

 水の流れる音がする。ここは確か森全体を二分割するように中央に川が流れていた筈だから……仲間と合流するにはここより分かりやすい場所はないかもしれない。食糧や飲み水の確保もできるし。

 

 その分敵とかち合うリスクは跳ね上がるが、最終的な目的地である中央塔周辺よりはマシだろう。あそこは未だに姫と合流できていない出待ち目的の輩がありとあらゆる罠を張り巡らせているはずだ。

 

 それに、誰かは分からないが只者ではないオーラを垂れ流しているコイツなら、その辺の受験生に負けることもないだろう。その自信がなければ、必然的に人が集まる水辺に呑気に滞在しているわけがない。

 オレはとんでもない奴に捕まってしまったらしい。

 

「うー!! う、ううー!」

 

 すぐに殺すつもりはないようだが、一体何が目的なんだ……?

 

 紐状のもので口元を縛り付けられているせいで喋ることもできない。そろそろ日も暮れる。オレはずっとこのままなのか? 

 

 不安感から一層大きな呻き声を上げると、頭に強い衝撃を受けて意識を手放した。

 

 

 

 目を覚ますと朝もしくは昼になっていた。袋と目隠し越しにでも伝わってくる陽の光がぽかぽかと温かい。

 

 動こうとしたら後頭部がズキッと痛んだ。昨日やられたところだ。おそらく殴られたんだろう。それにしては当たった時の感触が拳っぽくなかったが……。

 

 大人しく耳を澄ましていると、水が跳ねるような音が連続して聞こえてきた。川に入っているのか? 

 

 暫くすると、ゴリゴリと何かを擦る音やパチパチと火の粉が爆ぜるような音、そして何かが焼けるような匂いが漂ってくる。

 

 こいつ、魚を焼いてやがる。こっちはアレから何も食べてないどころか水すら口にしてないのに!!

 

 当てつけかと思うくらい穏やかな食事時間を耐え抜いていたら、ふいに口元を縛っていた紐を解かれた。な、なんだ……?

 

「……お前、どうしてオレに札を当てないんだ」

 

 誘拐犯は何も答えない。こんなことをせずに、オレに札を当ててしまえばいいものを。

 人質にするつもりかと追及を重ねてみたが、やはり答えはなかった。ついでに暴言も浴びせれば強烈な踵落としが降ってくる。痛すぎて死ぬかと思った。

 

 それにしてもここまで徹底して喋らないとは、オレに正体がバレちゃマズい理由でもあんのか?

 

 中忍試験専用にと組み直されたチームは明らかに実力が偏っていた。とくに真っ先に呼ばれた第一班。

 異例のアカデミー卒業と同時に暗部に配属されたうちはスバルの名は有名だ。覚方一族の末裔である覚方セキは言うまでもない。

 もう一人のエビスという男は聞いたことがない名前だったが、同じ班になった仲間に聞いたところアカデミーをそれなりに優秀な成績で卒業しているらしい。

 

 あの三人の中で一番“やばい”のは間違いなくうちはスバルだ。

 人を寄せ付けない独特の雰囲気に、人を殺すことに何の感情も抱いていなさそうな冷たい目。そして、誰も聞いたことがないという――声。……まさか。

 

「うちは……スバル、なのか?」

 

 姫に選ばれた人間は把握している。彼もその一人だったはずだ。そんな……あの短時間でこの要塞のような布袋から抜け出して、オレをここに連れてきたっていうのか?

 

 まさか、すでに腕の拘束すらも外れて……? いや、彼がずっと一人で行動していることを考えるとそれはないはずだ。

 

 無言を肯定と見做して、オレはごくりと唾を飲む。こりゃあ、本格的に腹を括る必要があるな。でもオレだって、ただでやられてやるわけにはいかないんだ!

 

「お、オレの仲間には優秀な感知タイプがいる! この場所だってすぐにバレ……いっでぇ!!」

 

 最後まで言わせてもらえずに殴られた。いや、腕は使えないはずだから蹴られた……のか? 痛すぎる。

 

 ちなみに班員に感知タイプがいるというのは大嘘である。オレ達はまさかの幻術タイプしかいないハズレチームだ。

 幻術タイプって、写輪眼持ちの前ではまったく意味を成さないんだよな……。

 

 

 

 それからどれだけの時間が過ぎただろうか。

 

 うちはスバルは相変わらず一言も喋らずに、ただじっとオレの隣に座っているだけだった。助けを呼ばれるリスクもあるのに、オレの口は再度縛られることもなく放置されている。

 そのわりには罵倒と脅迫には必ず制裁を課してくるし。

 

 何を考えてんのかまったく分かんねー! 人が恋しいとか? ははっ、それだけはないか!

 

「退屈してるなら面白い話でもしてやろうか? つい先日もオレの弟が――まっ、この布袋から出してくれたら、だけど」

「…………」

 

 今度はどこに蹴りが飛んでくるかな。身構えていたのに、予想した痛みはいつまで経ってもやってこない。その代わりに、ゴソゴソと物音がしていた。

 

「何をやって……あ?」

 

 ビリッと布が破れる音がした。それから、目隠しの内側に細い棒のようなものが差し込まれ、ぐいっと上に押し上げられる。

 

「…………マジ?」

 

 たっぷりと降り注ぐ太陽の光を背にしたうちはスバルが、真っ黒な瞳でこちらを見下ろしていた。

 

 

 

 無事に布袋から抜け出して、スバルが口に咥えた木の枝によって目隠しを押し上げて貰ったオレは、およそ二十四時間ぶりに外の世界に触れることができた。

 

 うちはスバルはすっかり冷めている焼き魚をオレの口に無理やり突っ込んで食べさせた。

 あまりにも乱暴だったので戻しそうになったが、念願の食事に必死に食らいつく。味はないけれど、腹が満たされていく感覚に涙が出そうになった。

 

「…………」

 

 そんなオレを、スバルは立てた膝に頬を押し付けながら眺めている。

 

 彼はオレより三年も後にアカデミーに入学したのに、たった一年で卒業してしまった。在学中に話すことはなかったが、覚方セキとよく一緒にいるのを見かけたことがある。

 

 くノ一クラスの女たちが毎日のように騒いでいて、当時は悔しさもあって認めたくなかったけど……うちはの奴らってどいつもこいつも顔が整ってるよな。

 これで忍としての才能にも恵まれてるとか、神様、不公平すぎるだろーが。

 

 魚を食べ終わって、顔を上げるとスバルはまだオレのことを見ていた。無機質な黒い瞳が、何となくキラキラと輝いているように見える。……まさかとは思うが、こいつ。

 

「ほんとに聞きたいわけ? ……さっきの、弟の面白い話」

 

 半分冗談だったのに、スバルが首を振る。横ではなく、縦に。

 

 にわかには信じ難い話だが……そういえば、こいつにもいたんだっけ。弟が。

 こんな無表情で何考えてるか分からない兄貴とか弟も苦労しそうだな。それとも弟もこんななのか?

 

「悪いけど、あんなの助かりたい一心での方便で、」

 

 スバルの目がじわじわと赤くなって……って、写輪眼か!!

 

「でっ、でも、弟に関する話ならいくらでもできるぜ! 面白いかは別として……」

 

 蹴りは飛んでこない。恐々と閉じていた目を開くと、スバルの片足は少しだけ地面から浮いていた。あっぶねー!

 

 ただ、弟に関する話でもいいのか……? 後でやっぱ気に入らねぇって蹴りが飛んでこないよな? はぁ……腹を括るか。

 

「……オレ、母ちゃんが弟を産んですぐに死んじまったから、母ちゃんの分まで弟のこと誰よりも可愛がってきたんだよ」

 

 クソッ、なんだってオレは誰にもしたことがない話をうちはスバルにしてるんだ? でも、これも生き残るための時間稼ぎだ。仕方ないんだ。

 

「弟もオレのこと慕ってくれて、今回の中忍試験に参加することが決まった時も、自分のように喜んでくれてさ」

 

 どうだ? お前にも人の心が残っているならこんな話を聞いた後にオレを殺そうとは思えまい。

 

「…………」

「…………」

 

 一ミリも表情変わんないのかよ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 俺は猛烈に感動していた。

 

 亡くなった母親の分まで生まれてきた弟を愛する兄。なんて美しい兄弟愛なんだろう! 俺も見習わないと。

 

「……お前には理解できない感情だろうけど」

 

 なんとも複雑な表情で最後に付け加えられた言葉に、ぶんぶんと首を横に振る。

 なんでそんなこと言うの? 俺と君は誰よりも弟を愛している同志じゃないか。どこまでも分かり合えるさ!

 

「…………ッ」

 

 ぐっと両足に力を入れて、大胆にもここから逃げ出そうとする他国の姫。その足を引っ掛けて転ばせた。他国の姫がズシャーッと勢いよく顔から地面に突っ込む。あらやだ、ごめんあそばせ!

 

「いてっ!」

 

 なんで急に逃げようとするんだよ。俺から離れたらすぐに他の受験生に見つかっちゃうって。

 

「ひっ、ヒィッ!!」

 

 これは落ち着いてって言ってもダメそうだな。とりあえず大人しく眠っといてくださいキーック!!

 

 

 

 気絶させた他国の姫を太い木の幹に寄り掛からせて放置し、俺は同じ木に登って辺りを警戒していた。

 

 こうしてるとモズとの初任務を思い出すなあ。あの時はこうやってたら……。

 

「――敵に見つかった?」

「…………」

 

 トンッと小さな音を立てて木から降りて地面に足を着く。違ったらどうしようかと思った。

 

「スバル!」

「スバルくん!」

 

 木の真下にセキとエビスが立っていた。

 

「無事……どころか無傷だとは」

 

 エビスが若干引き気味に言う。なんだか彼には引かれてばっかりな気がする。

 

 敵意の感じられない微かな気配が確信をもってこちらに近付いてくるから、一応警戒してたんだけど。よく俺のいる場所が分かったもんだ。

 

「まさかスバルがこんな奥の方にいるとは思わなくて。見つけるのが遅くなっちゃった」

 

 ごめんね、と謝るセキに首を振る。

 

 ああ、それは少しでも中央塔に近い場所にいようとしたらここがベストかと思って。

 この演習場って出入り口がたくさんあるから、セキたちがどこから入ってくるかも分からなかったしな。合流できて本当に良かった。

 

 セキが懐から見覚えのある札を取り出す。俺の腕と布袋の口部分についてる札とデザインが似ているが、微妙に違っている。

 

 後ろで縛られてるせいで腕についてる札は詳しく見られてないけど、他国の姫についてるのと一緒だと思う。

 

「スバルの心の声が大きい方で良かった。おかげでこの場所が分かったよ」

「…………」

 

 セキってある意味感知タイプなんじゃないだろうか。一体どれくらいの距離まで俺の声が届いてるのかは非常に気になるところではある。

 

 セキが俺を後ろに向かせて、持っていた札を俺の腕にぴたりと当てる。バチッという音と共にきつく縛っていた縄が解けてはらりと地面に落ちた。

 

 いててて、これ絶対痣になってる。解放された両手を見てみると、やっぱり縛られた痕が濃く残っていた。

 

 まあ、これでやっと何をするにも足を使う生活とさよならバイバイ! ほんと惨めだったよ。

 

「姫役の人ってどの人も精神状態がひどくって、ちょっと酔ったけどね」

 

 そりゃあ、あんな仕打ちを受けていれば誰だってそうなる。俺も袋から出るまでは涙目だったし。

 

「おや、敵の姫役も捕まえていたのか」

 

 エビスが気絶している他国の姫に気づいて、自然な流れでセキと同じ札を取り出した。エッ、ちょっ、何する気!?

 

「これで対処済みの敵の姫役は六人目」

 

 もう六人も殺したの!?

 

 慌ててエビスの腕を掴むと、彼は「なっ、何をするんだ!?」と怒ったような顔をする。何をするんだはこっちのセリフだよ!

 

 そこで気絶してる他国の姫は俺と志を同じくした弟愛同盟の会員なんだぞ! そんな人を殺すなんて、断固阻止!

 

 もういっそ火遁で札を燃やしてやろうと思っていると、すぐ隣でぶはっとセキが吹き出していた。

 

「ふっ……あははは! スバルも補佐官にそんな風に脅されてたんだ」

「…………」

 

 楽しそうに笑っているセキにぽかんとする俺とエビス。……待って、話が見えない。

 

「補佐官は敵の札を当てられるとどうなるって言ってたの?」

 

 それは……具体的には教えてくれなかったけど。その後「札で殺して」とか言ってたし、やっぱり爆発するんじゃないの? 第一の試験官もやけに爆発させるの好きだったし。

 

「まあ……ある意味殺すことになるのかな。中忍試験的に?」

「?」

 

 セキは俺とエビスを軽く押しのけて、未だに呑気に気絶している他国の姫の前に立つ。そして、あっさり札と札をぺたりとくっつけた。

 

「…………」

 

 なんだ、何も起きないじゃないか。安堵のような落胆のようなどっちつかずな気持ちになっていたら、他国の姫の札に変化が起きた。

 

 札に描かれた模様がジリジリと音を立てて書き換えられていく。セキの札に描かれたものが反映されて……まったく新しい術式が組まれている。こんなの初めて見た。

 

 札の変化に合わせて、姫役を縛り付けている縄がドス黒い色に変わっている。……気のせいだと思いたいけど、より頑丈に縛られてるような……。

 

「これで姫役の札は暗号が書き換えられて、仲間の札でも解除できない。つまり、合格条件である“姫役の拘束が解除された状態”をこの時点でクリアできないんだよ。つまり、失格(ころした)ってこと」

「…………」

 

 どちらにせよ、えげつない仕様だなそれ。ただでさえ姫役は敵と会ったら逃げるのすらギリギリなのに、向こうの札が当たっただけで失格?

 

「うん。だから、姫役以外のほとんどの人は、どこにいるか分からない仲間の姫と合流するよりも、偶然見つけた敵の姫役に札を当てることに躍起になっちゃって。合格できるのは十チーム以内だし、まずは相手を蹴落とした方が後々有利だろうしね」

 

 つまりこれって、超理不尽な人数逆転鬼ごっこってところだろうか。やっぱりイタイさんは燃やす。絶対に。

 

「我々はセキさんの心を読む能力のおかげでサクサクと姫役を見つけて、スバルくんの元に辿り着いたというわけで……」

 

 丸一日スバルくんを見つけられなかった時には、正直もう札を当てられていると思っていたよ、とエビスが続ける。

 

「……のんびり話してる時間もなさそうだね。姫役の“声”もあまり聞こえなくなっちゃったし、早く中央塔に向かおう。精神が落ち着いたってことは失格になって諦めたか、味方と合流できたってことだろうから」

 

 セキ、お前やっぱり感知タイプだろ?

 

 

 

「その人、連れて行くの?」

 

 他国の姫を俵のように抱きかかえた俺に、セキがちょっと嫌そうな顔をする。

 そ、そんなこと言わずに! こんなところに捨てたら猛獣に食べられちゃうから!

 

「……拾ったものは最後まで面倒見ないといけないからね」

 

 うんうん、ちゃんと責任持って中央塔まで一緒に連れて行くよ、ママ!

 

 俺の心を読んだらしいセキがさらに嫌そうな顔をする。ごめんて。

 

 俺たちはエビス、セキ、俺の順になるように事前に打ち合わせしていたフォーメーションを保ちながら、中央塔を目指して走っていた。

 

 “声”を聞くのに集中するために隙が出来やすいセキを俺とエビスでフォローしつつ、前方の警戒をエビス、後方の警戒を俺がする。

 

 俺とエビス、どちらが前と後ろに回るか意見は分かれたが、セキの「スバルなら後方から敵が攻めてきた時に振り向いて写輪眼を向けるだけで対処できそうじゃない?」という言葉を受けてこうなった。

 

 みんな写輪眼を過信しすぎだと思う。間違ってはないけど……対写輪眼戦に慣れてる人って、そもそも目すら合わせてくれないんだよ。

 話しかけてくる時も俺の腰あたりを見ながらとかさ! 露骨に目を逸らされる方の身にもなってくれ。なかなかに切ないんだぞ。

 

 そんな時どうするかって? 瞬時にしゃがんで無理矢理視線を合わせてこんにちは〜するに限る。目を閉じられたら、至近距離で反撃されるリスクを覚悟で、指で瞼をこじ開けに行くし。……ちなみに成功したことはない。

 

「セキさん、スバルくん、ここから先は私が踏んだ場所をなぞるように移動してくれ」

「うん、分かった」

 

 このフォーメーション、正解だったかも。

 

 エビスはその優れた観察眼ですぐに敵の仕掛けたトラップを見抜き、さらにその対処に至るまで一切無駄がなく最短でやってのけた。

 

 俺はトラップ系見つけるの苦手だからなあ。任務中に何度も敵の罠を発動させてモズに叱られた苦い記憶しかない。

 おかげでトラップの発動を防ぐことよりも、発動済みのトラップの回避方法ばかり身についてしまった。

 

 これほど優秀な人が俺やセキと同時期に中忍試験を受けているのが不思議なくらいだ。

 一般的には担当上忍の推薦が必須らしいし、上忍がやけに慎重なタイプだったとか? もしくはエビス本人が最近になってメキメキと頭角を現してきた大器晩成型だったり……アカデミー卒業時点で優秀だったって聞いてるし、後者はどうだろ。

 

 エビスのおかげで順調に進んでいき、ついに中央塔が見えてきた。

 

「……スバルくん!!」

 

 常に気を張っていたエビスの鋭い声に、俺はすでに印を結び終わっていた。

 腕に抱えていた他国の姫を背中に移動させていて良かった。落ちないように縄で固定してあるから自由に動ける。

 

 やっぱりこのまま何事もなく突破できるわけないよな!

 

 火遁・豪火球の術!

 

 巨大な炎の塊が、前方にいるエビスを通り越して気配が揺れた茂みに直撃する。素早く茂みから飛び出してきた二つの気配が、同時に印を結んだのが見えた。

 

「「水牢の術!!」」

 

 茂みから出てきたのは、男女二人組だった。

 

 彼らが発動した術の片方をエビスが避けて――もう一つが逃げ遅れたセキに降りかかる。

 

 写輪眼の前では一連の出来事が全てスローモーションで、ただただ両眼の動体視力に追いつきようのない身体の鈍重な動きには舌打ちしたい気分だった。

 

 写輪眼持ちはこれだから! 頭では理解してるのに身体がついていかないとか新種の爺さんかよ!

 

「セキさん!!」

 

 エビスが己の失態を恥じるように顔を歪ませる。いや、あんなの誰でも反射的に避けちゃうって。彼は悪くない。

 

 水牢の術。まさか二人一緒に同じ術を掛けてくるとは。しかも、ご丁寧に予め俺たちが通る道に水溜りまで用意してくれてるなんてな。

 水溜りを拙い幻術で見えなくしていたようだが、目眩しにはなったらしい。

 

 ごめん、エビス。やっぱり写輪眼持ちの俺が先導すべきだったかも。

 

 とぷんっと薄らとした水の膜がセキの全身を包んでいる。その隣に発動者と思われる男が立つ。

 

 下忍には発動すら難しいとされる水牢の術を二人とも息ぴったりで使えるなんて――さてはこいつら、試験用に班を組み直した結果元々のチームメイトが集まっちゃったパターンだな? 額当ても雨隠れのだし!

 

「あともう少し発動を遅らせていれば写輪眼持ちを閉じ込められた」

「それは無理。一番最初に幻術を見破ったのもアイツよ」

「お前の放った水牢をあのメガネに避けられたのがダメなんだろ」

「アンタこそ、そこの雨隠れの裏切り者にもうちょっとで避けられそうだったくせに」

 

 ……こいつら本当に元々のチームメイトか? すっげー仲悪そうなんだけど。

 

「裏切り者とは……セキさんのことか?」

 

 エビスが若干キレ気味に呟く。こっちも不穏だ。

 

「彼女は大事な木ノ葉の忍です。裏切り者だなんて人聞きの悪い」

「煩いわね。木ノ葉の平和ボケしたバカの言葉なんて聞かせないでちょうだい!」

 

 大戦の傷も癒えないうちに九尾襲撃事件を経験した木ノ葉を平和ボケ呼ばわりとは。

 雨隠れってそれ以上の過酷な生活を強いられてるってこと? セキの一族が亡命してくるくらいだもんな。

 

「まあいいわ。アンタたちはこの女が窒息死するのを眺めていれば……」

 

 俺の放った蹴りが女の額当てを掠める。残念、避けられたか。

 

「ちょっと……! 人の話は最後まで聞きなさいよ!」

《ひつようない》

「えっ!? な、何よそのヘンテコな印は!?」

 

 ヘンテコな印って……指文字だよ! 失礼だな!

 

 エビスが小馬鹿にするように鼻で笑う。

 

「フンッ、指文字も知らないとは雨隠れのバカはこれだから」

 

 こらこら、そこも低レベルなところで張り合わない! ……エビスって意外と煽られ耐性ないのね。

 

「スバルくん。フォーメーションSでいきますよ。この哀れな雨隠れのお二人に木ノ葉のエリートの恐ろしさを見せつけてやりましょう」

「…………」

 

 ごめん、俺、そんなフォーメーション聞いてない。スバルのSとか言わないよね? あと気取った態度になるとき敬語になるのもやめろ。

 

 エビスが印を結ぶ。

 

「金縛りの術!」

「ウッ……」

 

 女の動きがぴたりと止まった。基本忍術とはいえ、その効力は術者の練度に大きく左右される。

 やっぱ、エビスってすげー。俺の金縛りの術、その辺の猛獣にも効かない自信あるよ。

 

「おい、何やってんだ!」

 

 水牢でセキを捕まえている男が叫ぶ。水牢の術って捉えた人間の動きを封じて有利に立てる術ではあるけど、三対二で一人一人の戦力差もそれほどない時にはデメリットが大きいんだよ。

 発動者は水牢から手を離せないし、下忍である彼らの実力に不相応な術だからチャクラ消費も激しい。

 ほら、分身で俺からの攻撃を妨害する余裕もないだろ?

 

 そんなわけで――木ノ葉旋風!

 

「ぐううっ……!」

 

 エビスが女の方を金縛りの術で止めている僅かな時間、セキを閉じ込めている水牢ごと男を蹴り上げる。男の手が触れていた水牢が離れて……小さな水の塊がぶわりと崩壊した。

 

「…………ごほっ」

 

 息を吸おうとして口内に残っていた水を詰まらせそうになったのか、びしょ濡れのセキが何度も咳き込む。その背中をさすっていると、エビスの高笑いが聞こえてきた。

 

「これぞエリートの勝利! セキさん救出用フォーメーションS、大成功!」

 

 セキのSだったか…………。もし俺とセキの両方が水牢に捕まってたらフォーメーションSSにでもなってたわけ?

 

 フォーメーションもクソもないエビスによるソロ救出だけどな!

 

「なるほどね。君たち、雨隠れの…………」

 

 ぐいっと濡れた頬を手の甲で拭ったセキが、俺の手も借りずに立ち上がる。木ノ葉マークの額当てからポタポタと水滴が落ちていく。

 

 ついにエビスの金縛りが解けた女が、セキに向かって素早くクナイを投げる。

 

「……避けられたのに」

 

 セキが隣に立っている俺に不満げに言った。俺の手には女の放ったクナイが収まっている。そんな顔色悪いやつに言われても説得力ないって。

 

「ごめん、ヘマした。もう大丈夫」

 

 セキがにっこり笑う。それはもう怖いくらい一点の翳りもない完璧な笑みだった。

 

「木ノ葉の平和ボケした……なんだっけ。水を吸い込まないのに必死で大事なところを聞き逃したから、もう一度言ってくれない?」

 

 ピキッと雨隠れの二人の額に浮き出るものがあったが、こちら側の二人も負けてなかった。

 

「地面に這いつくばりながらでも、まったく同じセリフが言えるかな」

「…………」

 

 俺は背中からずり落ちそうになった他国の姫を背負い直して、深い深いため息をつく。今回も俺の出番はなさそうだ。

 

 

 

「おめでとう! 君たちは三組目の合格者です」

 

 辿り着いた中央塔はお通夜状態だった。主に、他国の姫が醸し出している負のオーラのせいで。

 

 すでに合格した九人プラス、不合格だけど俺が連れてきちゃったから肩身の狭い思いをする羽目になった他国の姫が一人。

 

 悪かったよ。でも、あのまま猛獣の餌になるよりは良かっただろ?

 

「こんな思いをするくらいなら、猛獣に食われた方がマシだった……!」

 

 姫がわっと泣き出す。そっちの方が良かったらしい。マゾかよ。

 

「猛獣に布袋ごと噛ませて袋から脱出した人もいたみたいだし、いいんじゃない?」

 

 セキが突き放すように言う。俺もその脱出方法はちょっと。腕の一つや二つくらい持ってかれそう。

 

「猛獣の牙が布袋を貫いて肉体に到達する前に変わり身の術を使えばいけるかと」

 

 エビスが冷静に分析している。それは変わり身の術を印なしで発動できる優秀なやつにしか使えない反則技では?

 

 俺には理解できない領域だが、アカデミーレベルの術なら印なしで発動できる人もいるらしい。印を結んだ方が精度が上がるそうで、省略しない人がほとんどだけど。

 変わり身の術のようなスピード勝負だったり、とりあえず場所が入れ替わったらいいやって時には省略することもあるとか。

 

「……なんで、オレを助けたんだよ」

 

 恨めしげに睨んでくる他国の姫に、指文字を綴る。

 

《いっしょ だったから》

 

 エビスに指文字の意味を伝えられた他国の姫が、怪訝そうに顔を顰める。

 

「一緒だって? オレと、お前が?」

 

 こくりと頷く。俺の気を逸らす目論みがあったにしろ、彼が弟の話をしている時の目はどこまでも優しかった。

 

《まもりたいもの》

 

 他国の姫が息をのむ。そんなに変なこと言ったかな。

 

 ああやって全身で誰かへの愛を伝えられるのは羨ましい。俺にとっては難しいことだから。

 

 

 

「あー……ええっとですね。第二の試験ですが、合格者はここにいる四チームのみでした」

「…………」

 

 中央塔から出て一箇所に集められたと思ったら。十チームまで合格できるはずじゃなかったの? 残りの六チームはどこにいったんだよ。

 

()()()予選は必要なさそうですね。……そんなに難しかったでしょうか」

 

 腹痛のせいか顔色は悪いのに、どこかのほほんとした雰囲気を感じるイタイさんに、受験生全員の殺意が集中する。

 

 その時、俺は思い出していた。スイタさんが仕掛けた箱が爆発して全身煤まみれになったことを……イタイさんの指示によって鋼鉄のような強度を誇る布袋に囚われてしまった屈辱を――! 

 

 俺の激しい怒りを感じ取ったのか、隣に立っているセキが微かに震えた。ごめん、思い出し笑い……じゃなくて、思い出し憎しみっていうの?

 

「本来ならここに三代目がいらっしゃるはずなのですが……残念ながら予定より随分早く第二の試験が終わってしまったので不在です。代わりに私の方から、皆さんに第三の試験についてお知らせしようと思います」

 

 イタイさんの言葉に合わせて、補佐官が受験生たちに一枚の紙を配り始めた。

 

「無事で良かったな、お姫様?」

「…………」

 

 俺に紙を手渡してきたのは、第二の試験で目隠しをされる前に見た顔だった。受け取った紙をぐしゃりと握りつぶす。

 今度はエビスがそんな俺を見てギョッとしていた。これは思い出し殺意。

 

「第三の試験は一週間後に行われます。全員に一対一で闘ってもらい……その実力を審査員に認められた人のみが中忍になることができる」

「……審査員に認められるということは、勝敗は関係がないということですか?」

「その通りです。しかし、わざと手を抜いたり楽をしようとした者が中忍に選ばれるはずもありませんから……勝敗への拘りも大切だと思っています」

 

 イタイさんと質問をした受験生の短いやり取りに、ホッと肩を撫で下ろす。

 

 なんだ、第三の試験はわりとまともそうだな。中忍のみで構成されてる補佐官達のスリーマンセルVS俺たちみたいな地獄の対決が用意されてるかと思ってた。

 

 一対一なら複数の敵の動きに気を取られることもないし、楽勝じゃね?

 

「皆さんに配った紙に少しでもいいので、チャクラを流してみてください。ランダムで選定された対戦相手の名前が浮かび上がるはずです」

 

 第二の試験の札といい、イタイさんは紙を媒体とした術を組み込むのが得意なんだろうか。

 

 言われた通りに、クシャクシャになってしまった紙にチャクラを流し込む。俺のチャクラに反応して、じわりじわりと紙が熱を持ちはじめる。

 

「…………」

 

 誰だよ楽勝とか言ったヤツ。

 

「…………スバル」

 

 絶望顔をしている俺とセキの紙には、お互いの名前がくっきりと刻まれていた。

 

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