じんせいみてい!   作:湯切

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第十二話 血継限界

「そうか、最終試験まで残ったか……さすがオレの子だ」

 

 何かあるとすぐにオレの遺伝子が優秀なんだアピールをしてくる父さん。忍術幻術が上手くいってない時は()()才能がないなんて言ってたくせに。調子がいいんだから。

 

 一週間後の第三の試験に備えて、久しぶりに父さんに修行を見てもらうことになった。

 

 豪火球の術を披露したら「このサイズを出せるようになったのか!」と大喜びして、うちは流影分身の術を披露したら「数は……増えたな」とゴミを見るような目でスライムを見下ろしていた。大変失礼である。

 

 この術は岩隠れの暗部に、伝説の三忍の術!? と言わしめた伝説級の秘術なんだぞ!

 

「金縛りの術の印を結んだように見えたが……発動しているのか?」

「…………」

 

 第二の試験でエビスがやっていたのを思い出して、父さんに向けてやってみたものの。やっぱり効果はないようだ。

 相手に発動したことすら悟られないほどの隠密性を持った俺の金縛りの術、最強!

 

「どうだ? 新しい演習場は。ここに来るのは初めてだろう」

 

 父さんの言葉に改めて演習場を見渡す。九尾襲撃事件後にうちは一族を里の隅っこに追いやる代わりにと、里から充てがわれたものである。

 

 火遁の練習をするにはうってつけの場所で、日々修行に励んでいる子ども達には丁度いいんじゃないだろうか。俺も結構好きだな、ここ。

 

「スバル」

 

 じっと演習場中央の湖を見ていた俺を、父さんが呼ぶ。

 

「お前、オレに……いいや、父さんや母さんに言わなくてはならないことがあるんじゃないのか」

「…………」

 

 父さんに言わなきゃいけないことなら心当たりはいっぱいある。

 今朝サスケを抱っこして庭を散歩していたら、父さんの盆栽をサスケが根っこから引き抜いてたとか、証拠隠滅しようと俺がその盆栽ごと納屋にこっそり移動させたこととか。

 

 でも、父さんと母さんの両方となると……思いつかないなあ。晩飯のリクエストならあるけど。猛烈に焼きおにぎりが食べたいです!

 

「お前が暗部……根であのような扱いを受けていたとは知らなかった」

 

 想像の斜め上だった。いや、俺の今夜の献立が脳天気すぎたのか。それにしても今更感のある話じゃない?

 

《いわなかったから》

 

 手紙を出せる状況じゃなかったし、実家に帰ってきてから無理やり聞き出されることもなかったから、興味もないのかと思ってた。聞かれることがなければ、言う必要もない。

 

「そうだ。お前は言わなかった……何も……定例会でのことがなければ、恐らくこの先もオレが知ることはなかっただろう」

 

 父さんは俺にほうれん草……間違えた、報連相を求めてるってこと? そりゃあ、折角息子が木ノ葉の上層部に近い場所に潜り込めたんだから、もっと情報よこせって考えるものかもしれない。

 

「親が子の身を案ずるのは当然だ」

「…………」

 

 かつて移転前の演習場で父さんからの優しさが信じられずに写輪眼になったことを思い出した。俺が人間不信すぎるの?

 

「お前もイタチも一人で抱え込みすぎる。もっと親を頼りなさい」

 

 ここでイタチの名前を出してくるのはずるい。

 ふう、と息を吐く。確かにイタチはもっと周りの人間に頼るべきだろう。あの年頃にしてはあまりにも大人びている。

 

「……お前が辛いのなら、暗部は辞めたっていい」

 

 聞き間違いかと思った。もしくは、根の誰かが父さんの姿に変化しているのかと。

 

 俺の知るうちはフガクは、決して家族への情がないわけではないが、うちは一族を背負う人間として“弁えている”人だ。

 家族と一族、どちらが大切か、優先すべきかをよく分かっている――俺が一族と弟を天秤にかけて、選び取ったように。

 

 だから、父さんが一族の益になることを選ばないはずがない。俺の暗部入りを利用しないはずがない。俺が父さんなら、やっと手元に帰ってきた息子から可能な限りの情報を搾り取ってる。呪印のせいでそれができないだけで。

 

 ……こんなのは気の迷いだ。これが父さんの本音だとしても、うちはを束ねる人間としての顔はそれを許さない。

 

《おれは》

 

 俺は父さんのことを忍として尊敬しているし、イタチやサスケに向ける表情から、愛情を感じることもある。

 けど、ダメなんだ。父さんを信じることも、受け入れることも出来ない。この先ずっと。

 

《じぶんのために あのばしょにいる》

 

 ――イタチとサスケを守れるのは俺しかいないじゃないか。

 

 うちは一族はこれからもダンゾウ達によってどんどん里の中枢から追いやられていく。父さんが耐えられたとしても、他のうちは一族は? 彼らの怒りや焦燥を、父さんは無視できない。

 

《しんぱいしないで》

 

 いつか父さんはイタチやサスケを一族のために利用する。俺だけが、父さんの一時的な気の迷いなんかでその場所から抜け出すことなんて許されない。

 

「…………そうか」

 

 父さんは肩の荷を下ろしたような、いや、どこかに置き忘れてしまったような顔をしていた。自分でも感情の着地地点が分からないような……そんな表情。

 

 閑散とした演習場に吹く風はどこまでも冷たかった。

 

 大きな手のひらがあの時と同じように俺の顔に影を落とす。不器用な手つきで頭を撫でてきた父さんが、どこか寂しげに笑った。

 

「そろそろ帰るか」

 

 

 

 ついに明日が第三の試験だというのに、俺は新術の一つも覚えなかった。

 

 一週間で何ができるっていうの? 第二の試験で負った心の傷すら癒えなかったんだけど。

 

 準備期間最終日、自分の部屋で大の字になっていた俺の腹の上を、サスケがよじよじと登っている。

 てっぺんにたどり着いては滑り台のように転がって、床に落ちるたびにキャッキャッと笑う。

 俺の腹がサスケに楽しさを提供しているなら何よりです。ちょっと余分な肉ついちゃったかなあ。後で腹筋しよ。

 

「サスケ、スバル兄さんが困ってるだろ」

 

 再び俺の腹に登ろうとしていたサスケが、この状況を見守っていたイタチに抱き上げられる。

 サスケは楽しみを奪われてうるっと目を潤ませてしまったが、自分を抱っこしているのがイタチだと気づいて、あっという間にご機嫌になった。

 

 サスケは家族の中でイタチのことが一番好きらしい。寂しい気持ちがないと言ったら嘘になるけど、俺もイタチのことが大好きなので問題はない。

 

 サスケ、お前がもうちょっとおっきくなったら二人でイタチの可愛さを語り合おうな! その前にイタチと二人でサスケの可愛さを語り合ってると思うけど!

 

 でも、サスケが「お兄ちゃんたちよりお父さんが一番好き!」なんて言い出した日には闇堕ちしちゃう。俺は父さんにだけは負けたくない。絶対に。

 

「スバル兄さん、今日はずっと家にいるの?」

 

 イタチがサスケを高い高ーいしながら聞いてくる。

 

 穏やかな昼下がり、障子の隙間から入り込んできた太陽の光をたっぷりと浴びている可愛い弟たち。

 ああ、神様。アンタ最高だよ。これが人生における最高の瞬間ってやつですか?

 

「兄さん?」

 

 何も答えない俺を不審に思ったのか、イタチがサスケを降ろして首を傾げる。ごめん、人生の喜びを噛みしめるのに必死だった。

 

《そのつもり》

 

 一応昨日までは真面目に鍛錬してたし、前日くらい身体を休めてもいいんじゃないかなーって。

 

 本当はセキ相手にどう立ち回ろうとか、考えなきゃいけないことは山ほどある。

 忍術幻術有りってなると……相手が相手だし。セキの幻術を確実に回避するには写輪眼は必須だ。ただ、常に写輪眼でいると消耗戦に持ち込まれた場合にすぐにバテてしまう。どうすっかなー。

 

「母さんとサスケはそろそろ出かけるんだって」

 

 ああ、なんかそんなこと言ってたっけ。サスケの新しい服と靴を見に行くらしい。

 

「それで、ね……」

 

 足元で抱っこのおねだりをしているサスケの頭を撫でながら、イタチが言いにくそうにモジモジしている。

 

 俺は知ってる。こういう時のイタチは結果的に俺に喜びをもたらすってことを……!

 

「折角のお休みだから、兄さんは家でゆっくりしたいかもしれないんだけど……」

《どこだ?》

 

 もう待ちきれなくて、寝そべっていた状態から起き上がった。びっくりしているイタチに笑いかける。実際に笑えているかどうかは以下略。

 

《いきたいところが あるんだろ》

「……うん」

 

 仕事内容はブラックではあるが、給与面ではホワイトな暗部に所属しているだけあって、貯金はそこそこある。俺の歳を考えるとありすぎるくらいだろう。

 

 サスケが服を買いに行くなら、俺たちも買いに行っちゃう? ちょっと早いけど入学祝いにアカデミーで必要そうなものをプレゼントするのもいい。

 

 さあ、イタチよ! お兄ちゃんの金でいくらでも欲しいものを買ってやる!

 

 イタチがはにかんだような笑みを浮かべた。

 

「だんごやの新作が美味しかったから、兄さんにも食べてほしくて」

「…………」

 

 急に胸を押さえてしゃがみ込む俺。「兄さん!?」と心配してくれるイタチ。戯れあってると勘違いしたのか、構ってほしくて俺とイタチの間でごろごろし始めるサスケ。これがカオス。幸福なカオス!

 

 俺の弟がこんなに可愛いはずがあるッ!!

 

 

 

 木ノ葉隠れの里は一種のお祭り騒ぎだった。

 

 同盟国の大名や重役たちがぞろぞろと最終試験会場へ続く門をくぐっていく。

 

 試験会場はこれまでのようなアカデミーや演習場ではなく円形の闘技場で、俺たち受験生はまさに見せ物状態だった。

 中央のアリーナを観客席がぐるりと囲っていて、あまり派手な忍術を使うと客席にまで被害が及びそうだ。

 

 自国の力を他国に見せつける目的があるとはいえ、これはちょっとなあ。大名にとってはこれも一種の娯楽なんだろうけど。

 

 三代目による開会の挨拶も終わり、会場内も一番の盛り上がりを見せている。さて、いよいよだ。俺とセキの試合は一番最初に組まれているから、心の準備をする余裕もない。緊張してきた。

 

「スバル」

 

 戦うことが決まってから一度もまともに話せていなかったセキが俺の名を呼ぶ。

 

 今日のセキは少し長めの髪を後ろで結んでいるからか、少し雰囲気が違っている。前髪の隙間からちらりと見える真っ直ぐこちらを見つめる瞳に胸が鳴った。

 

「今日は楽しもう」

 

 緊張で硬くなっていた身体から少し力が抜ける。この状況で楽しもうなんて言葉が出てくるのがセキらしい。

 

《ああ》

 

 目の前の扉が開かれて、さらに大きくなった歓声に背中を押されるように俺たちも会場に足を踏み入れる。

 すごい人の数だ。ただの下忍の試合を見るためにこんなにたくさんの人が集まるものなのか。

 

 何となく観客席を見渡すと、そこには他国の姫の姿もあった。彼の両隣りにはさらに見知った顔が並んで座っている。俺が布袋から出て最初にエンカウントした敵役の二人だ。同じチームだったのか。いや、組み直す前のチームメイトかもしれない。

 

 あっ、姫役と目が合った。ひらりと手を振るとぎょっとした顔をされた。

 

「ファンサービス?」

「…………」

 

 観客全員に手を振ってると思われたのか? セキがジト目でこちらを見てくる。

 

「一気に黄色い声援になったね」

 

 勘弁して。本当に。俺は他国の姫にフラれて傷心中なんだよ。

 

「それでは、両者向かい合って――」

 

 アリーナの中心に立つ。俺とセキの間にいる進行役の中忍が小さな声で「頑張れよ」と言ってくれた。

 

「どちらかが負けを認めるか、こちらが試合続行不可能と判断するまで戦ってもらいます。……うちはスバル。君は、負けを認める場合は指でバツ印を作りなさい」

 

 こくりと頷く。俺は「まいった」って言えないもんね。

 

「覚方セキ、うちはスバル! はじめ!!」

 

 進行役が素早く後ろに下がったのを確認して、俺とセキは同時に印を結んだ。

 

 火遁・豪火球の術!

 

 指文字で鍛えられている俺の印を結ぶスピードは、そこそこのものだと自負している。

 セキよりワンテンポ早く放たれた炎の塊が、彼女に当た……えっ、避けなかった!?

 

 バシャッと辺りに水滴が飛び散った。

 

 すぐ近くで動いた気配に反射的に右腕を振り上げる。

 

「……チッ」

 

 俺が振り上げたクナイと、セキのクナイがぶつかり合って火花が散る。

 

 俺の豪火球を受けたのは水分身の方だったか。本物はすでに俺の背後を取っていて、もうちょっとで首後ろを掻き切られるところだ。危ない危ない。

 

 お互いに距離を取り、ジリッといつでもその場から動けるように両足に力を込める。じんわりとクナイを握る手に汗が滲んだ。やっぱりそう簡単に勝たせてくれそうにない。

 

「結構練習したんだけどな、水分身の術」

 

 セキが残念そうに言う。あれって少なくとも下忍が扱える術じゃないだろ……?

 チャクラのみで作り上げる影分身と違って、一部に水を使っているだけあってチャクラ消費が少ないと聞いたことはあるが。

 

「……せっかちだね」

 

 両眼にチャクラを集中させた俺に、セキがため息と共に肩を竦めた。彼女はゆっくりと目を閉じる。

 写輪眼を見ないようにする為かと思ったが――それだけじゃない。明らかにセキのチャクラの流れが変化した。

 

「水遁・花心拿捕の術!」

 

 セキの背中から羽のように生えた無数の水の“手”が、彼女は目を閉じたままだというのに、正確に俺めがけて向かってくる。

 なっ、なんだこの術!?

 

 俺の真上にまで迫ってきた水の手が、頭上で一つに合わさって巨大な“グー”の形になる。つまり握り拳。おい、嘘だろ!

 

 ヒュンッと振り下ろされた水の拳を必死に避ける。さっきまで俺が立っていた地面には拳サイズの穴が空いていた。全身からサーッと血の気が引く。

 

 どっ、どういうことだってばさ。あんな術見たことないぞ!

 

「私のチャクラを練り込んだ水の掌たちは、貪欲に心のエネルギーを追い求める――射程圏内に心が存在する限り逃げられないよ」

「!?」

 

 心がある限りって生きてる限りと同義なのでは……? そんなの反則だろ!?

 

 思わず進行役に目を向けてしまったが、彼は怪訝そうにこちらを見ているだけだった。

 そりゃそうだ。反則的に強いだけじゃイエローカードすら出ない。バカか俺は。

 

 そうしている間に再び複数に分かれた水の手が、今度はまるで槍のような鋭利な形へと変化し、降り注いでくる。

 

 わあ、とっても痛そう。ここから入れる保険はないんですか?

 

 水の槍を二転も三転も後ろに飛び退いて躱す。セキは相変わらず目を閉じたままだ。

 地面に突き刺さった槍がパシャッとただの水に戻ったかと思えば、また人の手の形になって俺を追いかけてくる。

 今度は“パー”だ。しかも“グー”の時と違って腕らしきものは二本生えている。

 

 俺が重心を右にずらせば向こうの左手が動く。その逆も然り。挟み討ちにする気なんだろうか。

 

 ここで悲しいお知らせしていい? 俺、基本的に火遁しかまともに使えないから、水とは相性最悪。接近戦は体術、遠距離は写輪眼でこれまで何とかやってきたから、こういう時にどう対処したらいいのかさっぱりだ。

 

 まずはセキに近づかないとどうにもならない。あの術、それなりにチャクラの消耗が激しいはずなのに涼しい顔をしてるってことは……やっぱり心をチャクラに還元してるのか。

 

 俺の前後に立ちはだかった水の手が、バチンッと手と手を合わせる。俺はハエか?

 

 ギリギリのところで飛び上がってなかったら今頃ミンチになってたし、木ノ葉精肉店に並んでた。それをイタチが食べてくれれば、俺は愛する弟の血となり肉となる……。ミンチも悪くないかもしれない。

 

 この水の塊、さすがに発動者の意識がなくなるか気が逸れたらどうにかなるよな……? そうでなくては困る。

 

 俺は水の手からの攻撃を避けながら、とりあえずセキめがけて手裏剣をいくつか放り投げてみることにした。

 

 手裏剣は彼女の背中から飛び出してきた新たな水の手に全て弾かれて地面に落ちる。

 ……そっかあ。それ、いくらでも新しいのが生えてくるのね。ピーッ! レッドカード! 即退場です。

 

 火遁は不利属性だからすぐに無効化されるし、手裏剣術は見ての通りだ。写輪眼はセキが目を開けてくれない限り役に立たない。

 

 だとすると、負担はデカいけどアレをやるしかないか。写輪眼を温存できたからチャクラは十分に残ってる。

 水とはいえ、チャクラを帯びているから()()()()()()はずだ。

 

 俺は両手に持っていたクナイや手裏剣、何もかもをバラバラと地面に落として、その場で飛び跳ねる。地面スレスレを水の腕が通過して行った。

 

 よし、これまでので準備運動も大丈夫だろう。

 

 そして、足と腕につけていたリストバンドをごっそり落とす。先ほど水の拳が地面を揺らした時には及ばないが、リストバンドはすっかり地面にめり込んで見えなくなってしまった。

 

 世界で一番尊敬しているガイ大先輩の修行方法を俺がリスペクトしていないはずがない。

 木ノ葉新聞に小さく載っていた「木ノ葉の期待の新人、マイト・ガイさんのおすすめ修行法!」の欄を、何度舐め回すように読み返したことか。

 

 貴方が推奨する内容なら「志村ダンゾウの頭の上で片足立ちして体幹を鍛える」とか「志村ダンゾウの屋敷の周りをぐるぐると回り続けて闇の魔術を完成させる」でも何でも喜んでやりますとも!

 

 このリストバンドはダンゾウに『とにかく重いやつが欲しい』と大雑把すぎるおねだりをして手に入れたものだ。

 最初は付けて歩くことすらままならなかったが、今では両手首と両足首につけていても普通に動けるようになった。

 

 見ていてください、ガイ大先輩! 貴方の「毎日リストウェイトつけて腹筋背筋マラソン手裏剣投げ何でもやってます!(超絶スマイル)」という言葉を胸に修行に励んできた成果、今ここで見せます!!

 

 会場内にどよめきが走った。俺は逃げるのを止めて、その場に立ち止まる。

 

 ちょうどいい。他国のお偉いさんがいるこの場で、体術がいかに高等“忍術”かを知らしめてやる。

 

「なっ……!」

 

 目を閉じたままでもこの状況を理解しているのか、セキが声を上げる。

 

 俺の身体を貫こうとしていた水の手はすでのただの水へと成り下がっている。

 

 セキはもう目を閉じてはいなかった。しっかりと両目を開けて、けれど俺と直接目が合わないよう俯きがちに、足元の水溜まりを見ている。

 

「私の水の掌を……」

 

 バシャッ!

 

 もう一つの水の手を、自分の拳に纏ったチャクラを流し込むようにして殴り飛ばす。チャクラというエネルギー源を失った水の手が、再びただの水に戻る。

 

「やっぱり、スバル相手にこれだけで潰せないか」

 

 日向一族が得意とする、己のチャクラを流し込んで敵の経絡系を破壊する柔拳に似ているかもしれない。

 

 俺の場合は自分のチャクラを流すところまでは一緒だが、破壊するものが違う。

 

「あくまで外面的損傷を与える剛拳らしく、“纏ったチャクラのみ”を破壊する拳」

「…………」

 

 分析が早すぎるんだよ。もうちょっと混乱してくれてた方がやりやすいのに。

 

 そう、俺のこの技は剛拳の延長線上にある。

 

 人間の身体の内側に流れているチャクラには関与できないが、そのチャクラを外側に放出している時や、武器などに纏わせている時には多大な効果を発揮する。

 

 物理的なダメージをほぼゼロにする代わりに、纏ったチャクラのみを破壊するのに特化してるってわけだ。

 

 セキの背中から新たに出てこようとしていた水の手たちが、花が萎れるようにだらりと垂れ下がる。

 

「あーあ、折角たくさんチャクラを貯めてたのに」

 

 セキが困ったように笑う。

 

 既に彼女の後ろを取ってその首元にチャクラを帯びた指先を突き立てている俺には、その表情は見えない。

 

「君と遠距離戦ができないなら、体術で敵わない、幻術も写輪眼で突破されてしまうこの状況じゃ勝ち目はないね」

 

 セキがゆっくり両手を上げる。その声は悔しそうなのに、どこか晴れやかだった。

 

「参りました」

 

 

 

 ***

 

 

 

「チャクラのみを破壊する、剛拳とも柔拳とも呼べないあの体術……お前は知っていたのか?」

 

 中忍選抜試験、最終日。他国の大名や重役達が一堂に集まるという政治的側面からも重要なイベントである。

 

 そのような場に主催である火影様とその側近であるダンゾウ様の席が設けられないはずがない。しかし、実際にダンゾウ様が席を埋めたのは俺の記憶にある限りでは初めてのことだ。

 

「いいえ、私にも知らされていなかったことです」

 

 ダンゾウ様はただ眉を寄せて「そうか」とだけ返す。

 

 誰よりも敬愛しているこの人への嘘がどんどん増えていく。

 オレは以前もスバルのあの技を目にしたことがある。アイツの根での初任務――岩隠れの暗部の土流壁を拳一つで破壊した時のことだ。

 

 たった今行われたうちはスバルと覚方セキの戦いは、卓越した戦闘センスを披露した二人の下忍離れした活躍のせいで、未だに会場内の興奮は冷めない。

 素質のみを重視するのであれば中忍どころか、上忍レベルに片足を突っ込んでいる。足を引っ張っているのは実戦経験不足くらいだろう。

 

 水遁に己の血継限界を組み合わせたオリジナルの術を披露したセキはあれだけでも上忍クラスに値する。

 よほどチャクラ消費が激しいのか持続性は無いようだったが、消費よりも吸収と還元が追いつくようになれば、これ以上なく使い勝手の良い術になるはずだ。

 

「そろそろ休暇も不要だろう。……モズ、後でお前の方から知らせを出しなさい」

「はい」

 

 間違いなくダンゾウ様の手元で燻っている高難易度の任務を振り分けられるな。

 

 オレは脳内で可哀想な部下に手を合わせた。

 

 うちはスバルは、忍術も幻術の才能もない落ちこぼれだ。否、落ちこぼれであるべきだった。

 

 彼には間違いなくうちは一族の血が流れている。まるで才能を体術に全振りしたかのような男の使い道をダンゾウ様は模索しているようだったが……とっくにぴたりとはまってしまっている。

 

 写輪眼に、優れた体術――さらには、あらゆる攻撃の基本となるチャクラを破壊することまで可能になったとは。体内を流れるチャクラには影響を与えられないとはいえ、十分な脅威となりえる。

 

 スバルのあの攻撃スピードで通常の剛拳と今回のチャクラ破壊の攻撃を混ぜられてしまえば、両方を警戒するのは難しい。遠距離戦に持ち込もうとすれば、あの厄介な写輪眼に捕われてしまう。

 

 それこそ、セキのように視界をゼロにした状態でも発動する能力がなければ勝ち目はない。

 今回の試験、彼女以外の受験生がスバルの相手だったならば、まともに戦うことすらできなかっただろう。

 

「……ダンゾウ様。クロの休暇延長申請は承認されないのですか?」

 

 最近、オレはスバルが恐ろしくてしょうがない。アイツは何を考えてるのか分からないような男だが、()()()()()()()()のだ。実際に。

 

 常に目先の感情を最優先にし、そのくせ弟達に関することは一歩どころか百歩先まで考えている。

 

 もしかすると()()()()()()()()のかもしれないが、感情を優先した結果全てを無駄にしても良いと思っている。そんな男だ。

 

「うちは一族の懐に潜り込むには、クロのみではなくこちらからの寛容な姿勢も必要かと」

 

 オレは怖い。弟の入学式に参列できなかった、たったそれだけのことであの男が何を仕出かすか分からない。

 

 ああ、理解できない。何なんだ、あの生き物は。理解したくもない。

 

「お前がいうのなら、もう暫く猶予を与えてもいい。任せよう」

「ありがとうございます」

 

 ダンゾウ様は良くも悪くもスバルのことを理解していない。アイツの行動を先読みしてトラブルを未然に防ぐのもオレの仕事だ。

 

「…………割に合わない」

 

 ダンゾウ様に聞こえないようにぼそっと呟く。切実に転職したい。

 

 

 

 インクを零したような闇が空の青にすっかり溶け込んでいる。

 

「中忍おめでとう」

 

 最終試験も無事に終わり、帰宅途中のスバルの背中に向かって言葉を投げかける。まだ結果は出ていないが、確定しているようなものだった。

 

「…………」

 

 間違いなく聞こえたはずなのに何事もなかったかのように歩き続けるスバル。この野郎。

 

 その肩を掴んでぐっと力を込めると、諦めたのか渋々とこちらを振り返った。感情の読めない目が真っ直ぐこちらを見ている。

 

《つれもどしに?》

 

 こいつにとってオレは死神か何かなんだろうか。あながち間違っていない。

 

「安心しろ、休暇延長申請はちゃんと通ってる」

 

 ぱちり。スバルの目が緩慢に瞬いた。よほど驚いたんだろう。人が疎な時間帯とはいえ、誰かに聞かれては厄介だ。路地裏に足を向けると、スバルも大人しく着いてくる。

 

 大通りを彩る街灯の小さな明かりもここには届かない。壁に背中を預けて、腕を組む。

 

「数週間後のアカデミーの入学式が終わり次第、すぐに任務だ」

「…………」

 

 それなりに長い付き合いだ。人の出入りが激しい根だからこそ、スバルもキノエも“もっている”方だと思う。

 

 幼い頃から他人の顔色を窺って生きてきたオレには、目の前の男が無表情の中に僅かな不満を滲ませているのが分かった。

 

 気は進まなかったが、懐に入れていた猫のお面をスバルに投げ渡す。

 

『……どうしてモズ隊長がこれを?』

「キノエがお前の部屋から持ってきてくれたのを受け取っただけだ」

 

 スバルが『そうなんスね』と軽く頷く。相変わらず違和感を煮詰めたような口調だ。

 

『入学式後すぐってことは、弟と仲良く手を繋いで帰宅するっていう俺のささやかな願いすら叶わないってことですか?』

「お前のささやかな願いは弟の入学式に参列するところまでだろ。オレが無理に申請を通してやったんだから感謝しろよ』

『モズ隊長ったら素敵! 抱いてっ!』

 

 マジで何なんだよこいつ。気色悪い。

 

「……休暇は楽しかったか」

 

 これを聞くためだけに自分がここにいるのだと思うと、すっかり絆されてしまったなと思う。本当は紙にでもしたためて送りつけてしまえば良かったのに。

 

 スバルの纏う雰囲気がゆっくりと柔らかくなっていく。今日までの出来事を思い出しているのかもしれない。お面にあいた二つの穴から見える瞳は優しげだった。

 

『弟が二人もいるなんて、幸せも二倍ですね』

「…………」

 

 当然のことをしみじみと言われたような気がする。オレには家族のありがたみなんて理解の範疇外だが……。

 

『モズ隊長、イタチには会ったことありましたよね! 家に勧誘に来た時と、九尾の時と……』

「オレはお前の監視全般を任されているからな。お前よりも早く一番下の弟の顔も把握していた」

『そうでした……俺がずっと会いたくて会いたくて震えそうなくらい恋焦がれていたサスケに、あっさり会ってたんですよね』

「……監視していただけだ」

 

 ここで会っていたことを認めると絶対に面倒なことになる。

 

『俺も認知されなくていいから毎日サスケを眺める生活したかったなあ……』

 

 オレが毎日幼子の監視しかすることがないみたいな言い方はやめろ。そこまで暇じゃない。

 

「とにかく、任務のことは知らせたからな。……お前、中忍試験でもう少し上手く立ち回れなかったのか? 次の任務、それなりに重いやつになったぞ」

『げ』

「弱いフリをしろと言ってるわけじゃないが、晒すべきじゃない力もあるだろ」

『……そうでもしないと勝てないと思ったから。それに、あれは俺の望んだ結果じゃない』

 

 一体何を言い出すのやら。この辺で話を切り上げようとしたオレを引き止めるように、スバルが続ける。

 まるで小さな子どもが駄々をこねているみたいだった。

 

『セキは本気じゃなかった』

「…………まさか」

 

 スバルの言葉が真実だとすると、セキがわざと勝ちを譲ったことになる。……もしくは。

 

『あっ』

 

 スバルがしまったという顔……いや、声を出した。

 

『今のは忘れてください。はい、オブリビエイト』

「…………」

 

 奇妙な文字の羅列と共に記憶消去を求められた。消えるわけないだろ。

 

『モズ隊長は何も聞かなかったので、ダンゾウ様にチクることもないわけだ。いや〜、危なかった!』

 

 記憶消去どころか事実を捏造し始めた。なかったことになるわけないだろ。

 

 ああ、頭が痛い。こいつがこれでも根では五本の指に入る将来有望な新人であるという事実がさらにオレを苦しめる。

 

 淡々と任務をこなしてきたキノエでさえも、スバルの影響を受けたのかその他に理由があるのか、任務に身が入っていないことが増えた。

 優秀さと従順さはイコールで結ばれないのかもしれない。

 

「……ただの仮説をダンゾウ様に報告するわけにはいかない」

 

 スバルの目がキラキラと輝いた……気がした。

 

 こうやって話していると、こいつもまだ子どもなんだと実感する。オレに弟がいたら、こんな気持ちになっていたんだろうか。

 

 何かと手を焼くし、厄介な存在だが……見捨てようとは思えない。

 

「残りの休暇を楽しめよ」

『モズ隊長はこれから任務ですか?』

「そう、お前の監視」

『うわ…………』

 

 スバルが『隊長に見張られてる時って他の人と違って気配まったくしないから油断しちゃうんだよなあ』と愚痴をこぼす。

 ……他のやつの監視には気づいてたってことか?

 

 スバルがお面を外して、こちらに投げてよこしてくる。それを受け取って顔を上げれば、空に広がった闇と同じ色を纏った瞳が無感情にこちらを見つめていた。

 

《もどしておいてください》

 

 お面のことだろう。オレは肩をすくめるだけに留めて、任務に戻るためにその場から離脱する。

 

 スバルの監視とは言ったが、正確には彼の父親であるうちはフガクの監視がメインだ。

 今はまだ表立った行動は集会以外には見られないが、時間の問題だろう。彼らはいずれ動き始める。その時、ダンゾウ様がどのような決断を下すかは想像に難くない。

 

「…………ただ、アイツの行動だけは読めないな」

 

 これ以上は任務に支障をきたす。オレは思考を切り替えて、手に持ったままだったお面を懐に仕舞い込む。

 

 長い夜になりそうだ。

 




チャクラ破壊する拳は初任務でも使ったやつです
君の心にダイレクトアタック
反則ヤケクソパンチ!
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