じんせいみてい!   作:湯切

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第十四話 正しい居場所

 熱で朦朧とする意識の中、バタンと重い扉が閉じる音を聞いた。

 なんとか毒が充満する部屋からは脱出できたようだ。

 

 扉を背にしてズルズルと座り込んでしまったキノエさんの息が荒い。

 彼は何度か深呼吸をしてから、俺の腰に巻きついていた木遁を解除する。

 伸びてきた手のひらが俺のお面を攫っていったかと思えば、額に冷たいものが触れた。

 

「毒が回るのが早い……」

 

 やっぱり? もうね、指文字すら億劫でやりたくない。

 そうは言ってられないので、仕方なく腕を動かした。完全に解毒されるまでの辛抱だ。

 

《あのひとは》

 

 ネコのお面を付け直してくれたキノエさんが、扉の横に寝かせているカカシに目を向ける。

 

「処置は済んでるから、大丈夫」

 

 それなら良かった。胸を撫で下ろしていると、キノエさんが懐から手のひらサイズのガラスケースを取り出す。

 中に入っているのは――人間の眼球だ。

 

 カカシの目は抉られていない。それは確かだ。

 つまり、キノエさんが持っているのは他のうちは一族のものか、レプリカということになる。彼の性格上、間違いなく後者だろう。

 

「僕にはカカシさんは殺せない」

『…………』

「キミには失望されてしまうだろうけど……どこかでこうなることが分かっていたんだと思う」

 

 キノエさんには、俺とカカシの会話は聞かれていなかったらしい。こうなってしまえば、聞いていてくれたら良かったのに。

 

 キノエさんの懺悔のような言葉は止まらない。

 

「以前話したカカシさんに助けられた任務で……僕は、僕を“テンゾウ”と呼んでくれる女の子に出会ったんだ」

 

 テンゾウ。そこだけがやけに柔らかい響きだった。

 

「それは女の子にとって大切な人の名前で、勿論人違いだったけれど……きっとその時、僕は……」

 

 自分の心の輪郭をなぞってる途中のような言葉たちが不器用に紡がれていく。

 

「己が何者であるのかを知った」

『…………』

 

 体内の毒が上手く中和されていっているのか、少しずつ呼吸が楽になってきた。

 チャクラも戻ってきているようで、少量ではあるが練られそうだ。

 

「僕はもう、ダンゾウ様の望む“根のキノエ”には戻れない。あの時からずっと“木ノ葉のテンゾウ”になりたかったから」

『テンゾウ、ですか』

 

 お面で話せるほどに回復したことに驚いたのか、キノエさんが目を見開く。

 

『ダンゾウ様からのお叱りは一緒に受けましょう』

「でも……!」

『俺も、キノエさんの命を優先してカカシとの共闘を選びましたから』

 

 ただ、と目を伏せる。入り口で待機しているキノトさんが問題だ。

 急に「カカシを殺したくないので任務は放棄します!」なんて言っても受け入れて貰えないんだろう。

 それどころか「お前たちに出来ないならオレがやっとこうか?」なんて親切心たっぷりの申し出を受けてしまう可能性もある。余計なお世話である。

 

 意識もないカカシを暗部の手練れから守り抜くなんて、無謀すぎてやりたくない。

 だからこその“レプリカ”なんだろうが。……まてよ。

 

『……もし、ここで俺が任務遂行を要求していたら』

「スバルには悪いけど気絶してもらうつもりだったよ」

『…………』

 

 外にいるキノトさんにはレプリカで誤魔化せるかもしれないが、写輪眼持ちである俺やダンゾウにはすぐに見抜かれてしまう。正しい判断だ。

 

『レプリカを用意したことをキノトさんやダンゾウ様に知られてしまっては、ダンゾウ様に見抜かれた時に任務失敗の言い訳ができなくなります』

 

 これが、カカシに返り討ちにされた、もしくは大蛇丸の実験体に手も足も出ず逃げ帰ったという話であれば大事になることはなかった。

 

 あのダンゾウにも己の采配ミスかもしれないと認識を改めるくらいの懐の広さはある。

 俺たちは多少のお叱りは受けるかもしれないが、カカシの写輪眼については保留となるだろう。

 

 しかし、外で待つキノトさんが「失敗したならオレが代わりに以下略!」などと言い出さないようにする為には、レプリカを彼に見せる必要がある。

 そうすると任務失敗で済むわけもなく、ダンゾウを謀ろうとした罪にも問われてしまう。

 

 あのダンゾウだよ? 子どもがしたことだからとあっさり許してくれるはずがないし、流石に殺されることはないだろうが、相当痛い目に遭わされるのは間違いない。

 

「僕はそれでも構わない。でも、スバルは」

 

 キノエさんの意志は固いらしい。それなら俺の覚悟も決まった。

 

『俺たち、痛いのには慣れてるじゃないですか』

 

 それに、これまでダンゾウから受けてきた“痛み”は絶対に忘れないし、いつか必ず返すと決めている。俺は根に持つタイプなんだよ。絶対倍返しするマン。

 

 キノエさんはふっと小さく笑った。

 

「嫌なことに慣れちゃったなあ」

 

 

 

「写輪眼は手に入ったのか」

 

 研究施設から出てきた俺たちに、キノトさんが早速声をかけてくる。

 彼は入口から出てきたのが俺とキノエさんだけだと分かると、僅かに警戒を緩めた。

 

「はい。ここに」

 

 キノエさんが素早く写輪眼のレプリカが入ったケースを見せる。

 

「死体は大蛇丸のトラップにやられたように見せかけてあります。後で火影直属の暗部が見つけるでしょう」

 

「よし、もうここに用はない。ダンゾウ様の元へ急ぐぞ」

 

 キノトさんが写輪眼持ちじゃなくて本当によかった!

 そうでなければ任務失敗+ダンゾウを謀った罪+キノトさんに危害を加えた罪という罪に罪を重ねることになっていたはずだ。

 

「……お前たち、やけに傷だらけだな。そんなにキツかったのか?」

「…………」

『…………』

 

 ダンゾウといい、キノトさんといい、カカシを見縊りすぎなんじゃないだろうか。もしくは、大蛇丸の実験体を軽視しすぎ。

 こっちはもうちょっとで死ぬところだったんだぞ。

 俺に睨みつけられたキノトさんがたじろぐ。

 

「おい……クロのやつ、なんか怒ってないか?」

「気のせいだと思いますよ」

 

 フォローに入ってくれたキノエさんが白々しく言う。

 キノトさんは釈然としない様子だったが、触らぬ神に祟りなしと思ったのか、それ以上追及してくることはなかった。

 

 

 

「これは一体……どういうつもりだ」

 

 俺たちが持ち帰ったレプリカを見たダンゾウの顔がみるみる険しくなっていくのは、非常に良くなかった。俺のメンタルに。

 

 ダンゾウは手に持っていたケースを勢いよく床に投げつけた。

 ガラスの破片が飛び散って、写輪眼のレプリカがころころと転がって、コツンと俺の足先に当たる。

 

「キノエ!」

 

 ダンゾウの怒気を帯びた声にわりと本気で泣きそうになった。

 剣士の背中の傷並みの恥になるから絶対に泣かない、泣かないけど!

 

「お前もだ、クロ。写輪眼を持つお前であれば、これが偽物だということくらいすぐに気づいただろう!」

『…………』

 

 スバル国に代々伝わる秘技・だんまりを行使する俺にダンゾウが苦々しい顔をする。

 これは絶対不可侵の最強心閉ざし術である。奴と会話するくらいなら鎖国した方がマシ。

 

 ダンゾウは額を押さえて疲れたようなため息を吐いた。あのダンゾウにダメージが入っただけでも快挙といえる。

 

「クロは悪くありません。彼にはこれが本物かどうかを判別するだけのチャクラは残っていませんでした」

「……なに?」

「チャクラが足りなければ写輪眼も使えない。そうですよね? クロは大蛇丸の実験体と戦った直後、お面の機能すら停止するくらい体内のチャクラが不足していました」

 

 キノエさんの発言に驚いたのはダンゾウやキノトさんだけじゃない。俺もだ。それは事実ではあるが、真実でもない。

 

 ダンゾウが自身の右眼の包帯を解いた。写輪眼で俺のチャクラを確認するつもりなんだろう。

 今の俺は同じ写輪眼で対抗することもできないので、目を伏せて時が過ぎるのを待つ。

 ついでで幻術にかけられたくないからな。

 

「……そのようだな」

 

 ダンゾウが渋々ながら認める。我ながらチャクラがあまりにも枯れ果てていて、ダンゾウにすら同情されそうな状態だ。

 くっ! その憐れむような目はやめろ! 敵からの情けは受けぬ……!

 

「僕は、クロがチャクラ不足と実験体から受けた毒のせいで意識を手放している間に、はたけカカシの写輪眼を手に入れたことにしたんです」

『…………』

 

 ちょっと待て。このままじゃキノエさんだけがお咎めを受けることになってしまう。

 一緒にダンゾウに叱られようぜって約束したのに!

 

「――僕は、木ノ葉の仲間を殺したくありませんでした」

 

 キノトさんがギョッとした顔でキノエさんを見ている。

 まさか、ここまで直接的にダンゾウに反抗心を示すとは思ってなかった。やりすぎだ。ちょっと痛めつけられる程度じゃ済まなくなるぞ。

 

「どういう意味だ。キノエ、お前はワシの任務を放棄した挙句、根の掟にすら逆らうつもりなのか?」

 

 ダンゾウからの圧が強くなる。表向きは三代目の側近または右腕と呼ばれているだけあって、そのプレッシャーの前では冷や汗が止まらない。

 

 キノエさんはぎゅっと唇を噛んで、叫んだ。

 

「僕は根の……根だけの忍じゃない。木ノ葉の忍だ。仲間は殺さない!」

「何を言っている……キノエ」

「僕はキノエじゃない!」

 

 ダンゾウがいよいよ理解が追いつかないといった様子で顔をそむけた。

 

「何を馬鹿げたことを……お前にキノエ以外の名があるわけがない」

「僕は木ノ葉の忍です。地上も地下も関係ない、みんなが仲間なんです」

 

 俺は自然と顔を上げて、キノエさん、いや、ダンゾウを真っ直ぐ見ていた。

 あの、じんわりとこちらの首を絞めあげてくるような、チャクラによるプレッシャーが消えたわけでもないのに。

 

「お前は間違いなく根のキノエだ。任務以外に大切なものなど存在しない」

 

 ダンゾウがせせら笑うように言った。キノエさんの心からの叫びを一蹴して、何の躊躇いもなく踏みつける。

 

「クロ、根とは何かを言ってみなさい」

『…………』

「…………」

 

 俺にガン無視されたダンゾウと目が合ってしまったキノトさんが、慌てて口を開いた。

 

「根は、名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。あるのは任務のみ」

「その通りだ。お前にあるのはキノエという“番号”と、任務だけ。根を束ねるワシの命令は絶対なのだ」

 

 俺にスルーされた過去などなかったかのように、ダンゾウが続ける。

 そのメンタルの強さだけは認めてやってもいいのだ。

 

「僕は二度と、カカシさんや木ノ葉の仲間を傷つけない!」

「貴様……!」

 

 ダンゾウが写輪眼をキノエさんに向けた。

 膝をついていた俺は咄嗟に立ち上がって、崩れ落ちたキノエさんの身体を受け止める。

 ……まさか、ここまでするとは。キノエさんにそれを向けるなんて。

 

「キノエを拘束しておけ! さらなる呪印で縛る」

「はい」

 

 抑えきれない苛立ちを俺とキノトさんにぶつけていったダンゾウが部屋から出ていく。

 

 ダンゾウは木ノ葉の忍を仲間だと主張するキノエさんに、お前の仲間はここにいる根の人間だけだと言った。

 その舌の根が乾く前に写輪眼を“仲間”に向けて使った彼に、そんなことを言う資格があるのか?

 

 じんわりと脇腹の辺りが熱を持ち始める。この状況で呪印が発動するのは不味い。

 俺は思考を切り替えて、キノエさんを抱え直した。

 

 このままキノエさんが俺と同じかそれ以上の呪印の縛りを受けるのを黙って見ているだけなんて嫌だ。

 

 でも、どうしたらいい? 俺は無力だ。ダンゾウからキノエさん一人逃すことすらできない。力も、立場も、何もかもが弱い。

 

「クロ、お前までバカなことを考えているわけじゃないよな」

『…………』

「……お前にはそんな感情すらないか。まったく、キノエには驚かされたよ」

 

 キノトさんがやれやれと肩をすくめる。俺より長くキノエさんと組んできた人がこれでは。

 別にキノトさんが悪いというわけではない。彼は根の忍として当然のことを言っているだけだ。

 

 だけど、これでは……あまりにもキノエさんが報われないじゃないか。

 

「おい、早く移動するぞ」

 

 ひどく足が重い。キノトさんの催促に力なく頷く。

 一度だけ床に散乱したガラスの破片に目を向けて、部屋を後にした。

 

 

 

 俺にできたことといえば、キノトさんの手によって拘束器具を付けられていくキノエさんを見下ろしていることだけだった。

 

 後にこの部屋にダンゾウがやってきて、キノエさんへの呪印による縛りを強くする。

 ……でも、それだけで済むだろうか。いくらダンゾウでもキノエさんの思考を縛ることはできない。

 

 キノエさんの反発心はそう簡単に宥められるものではないということは、ダンゾウにも分かったはずだ。

 キノエさんは貴重な木遁使いではあるが、自分の思い通りにならない力をそのままにしておくような男ではない。

 

 俺たちのやるべきことが全て終わり、キノトさんが顔を上げる。

 

「オレはこれからダンゾウ様に“処置”が終わったことを知らせにいく。お前はここで見張っておけ」

 

 そのまま部屋を出て行こうとするキノトさんの肩を掴む。怪訝そうにこちらを振り返った彼の目と目をしっかりと()()()()

 

『ははっ、まさかここから無事に出られると思ってるわけじゃないスよね?』

「は?」

 

 ぐるんっと回る。俺ではなく、キノトさんの目が。キノエさんの時とは違って、俺はその身体を支えることはしなかった。

 

『いてて、俺を殺す気かよ。まーた写輪眼使わせやがって』

 

 あー寿命縮んだ。兵糧丸を口にしたおかげでちょこっと回復してるけど、実際は数日間は寝込みたいレベルの疲労感だ。

 

 不意打ちで俺の写輪眼を食らって気絶しているキノトさんの足を掴んで、ずるずると引きずりながら部屋の隅に移動させる。

 後のことは後輩に任せて、先輩はそこで大人しくおねんねしててくださいね。 俺ってばなんて先輩想いのいい奴なんだろう!

 

『さあて、どうすっかな』

 

 とりあえずダンゾウを呼びに行こうとしていたキノトさんを止めることには成功した。けど、いつまでも呼び人が来ないことを訝ったダンゾウも遅かれ早かれこの部屋には足を向けるはずだ。

 

『キノエさーん、朝ですよ!』

 

 捨て身タックルでダンゾウに立ち向かうにしろ、ここから尻尾巻いて逃げるにしろ、まずはキノエさんには起きていてもらわないと困る。

 

 ぶっちゃけ今の俺は足手纏いにしかならないから、理想はキノエさん一人に逃げてもらうことだけど……。

 それに、俺にはまだ根でやるべきことがある。弟達を巻き込まないよう、ダンゾウを牽制するという大事な役目が。

 

 あーあ、今すぐ根の本拠地に隕石でも降ってこないかな。

 

『…………』

 

 キノエさんはまったく起きる気配がない。軽く揺すってみても無反応。

 心配になって顔を近づけると、ちゃんと呼吸はしているようでホッとした。

 

 とりあえず拘束器具は全部外しておいたからいつでも逃げられるはずだ。

 ここまで起きないってことは、よほど写輪眼によるダメージが深いんだろうか。

 

 もう一度揺り起こそうとしていると、部屋の外から数人の足音が聞こえてきた。

 その足音は真っ直ぐこちらに向かってきていて、俺は素早く扉に手をかけて部屋を出る。

 

「クロ! ちょうどお前を呼びに行こうと思っていたところなんだ」

『外が騒がしいようですが』

「侵入者だ。たった一人で乗り込んできたらしい」

『ナイスタイミング!』

「え?」

『いえ、分かりました』

 

 俺を呼びにきてくれた先輩たちは俺の不審な発言には目を瞑ることにしてくれたようで「お前は先にダンゾウ様にこのことを伝えに行け」とだけ言い残して去ってしまった。

 

 やっぱり、俺ってついてる! この状況だとついてるのはキノエさんの方だろうか? どちらにせよ、いい風向きだ。

 

 まずは気絶してるキノトさんを別室に移動させて、ダンゾウへの報告途中に侵入者にやられたようにみせかける。

 そして、俺はダンゾウを呼びに行き、侵入者のことを伝えて、いい感じにキノエさんへのヘイトを減らしつつ侵入者の始末を優先するように促す。

 完璧だ! パーフェクト! あとは、ダンゾウが呑気に侵入者と対峙している間にキノエさんが逃亡できれば言うことなし!

 

『ちょっと失礼しますよ〜』

 

 部屋の隅で伸びているキノトさんの頬をバチーンッと打つ。思ったよりいい音がした。

 

『…………』

 

 よし、起きない。これなら暫く動かしても大丈夫だろう。

 打つ時の力に私情が入っていただなんてそんな。

 

 俺はキノトさんを俵のように抱き上げて、適当な部屋に放り投げておいた。

 ふう、第一関門クリア。さて、後はダンゾウを呼びに行けば――

 

「クロ」

 

 ビクッと肩が震えた。俺は先ほど閉めたばかりの部屋の扉を背にして何事もなかったかのように取り繕った。

 

『ダンゾウ様』

「キノエを見ているはずのお前が何故ここにいる。キノトはどうした」

 

 せっかちなダンゾウが我慢できずにこちらに向かっていたらしい。

 あともう少し早ければ、俺がキノトさんをこの部屋に押し込んでいたのを見られていたかもしれない。まさに危機一髪である。

 

『侵入者が現れたようですので、こちらからもお迎えにあがろうと思っていました。……先に出たキノトがダンゾウ様の元に辿り着いていないとしたら、侵入者と対峙している可能性も……』

 

 我ながら名演技なんじゃないだろうか。内心ほくそ笑んでいると、ダンゾウが「侵入者……」と呟いて目を細める。

 

「キノエの処置は終わっているのだろうな」

『……はい』

 

 待て待て、なんで真っ先にキノエさんのことを聞くんだよ。

 

「侵入者の目的はキノエだろう。すぐに向かうぞ」

『…………』

 

 悲しいかな、ダンゾウは有能だった。

 迷いなくキノエさんのいる部屋に足を向けるその後ろ姿に絶望を隠せない。

 どうしてなんだよおおおお! 全部上手くいくはずだったのに!!

 

「フン……はたけカカシ。キノエをどうするつもりだ?」

 

 どうやらダンゾウの脳内では侵入者はカカシで決定しているらしい。

 俺も、もしかしたらとは思ってたけどさ! 判断が早い!

 

 こうなってしまえば、ダンゾウの後頭部をぶん殴って捨て身で阻止するしかないのか……? もう写輪眼も発動できない俺に勝ち目があるとは思えないが、やるしかない!

 

 そろそろキノエさんを拘束してる部屋が見えてくる。勝負はダンゾウが扉に手をかけた瞬間。

 手を出す直前に呪印が発動しそうではあるが、できるだけ殺意を抑えてやればあるいは……。ああ、出来る気がしない。だって殺意だらけなんだもの!

 

「キノエ!!」

 

 拘束部屋の扉が勝手に開き、中から二つの人影が飛び出してくる。キノエさんと……カカシだ。

 

 タイミングがいいのか悪いのか、しかし、おかげでキノエさんの拘束具が外れていた言い訳をしなくて済む。

 あれは本人には解除できない仕組みになっているから。

 

「……クロ!」

『はい』

 

 ダンゾウに名前を叫ばれてしまっては、傍観しているわけにはいかない。

 戦うフリくらいはしなきゃと思って踏み出した足に、ぐるぐると細い木の枝がいくつも巻き付いてきた。

 

『!?』

 

 キノエさんの木遁術か! 

 

 片足のみに巻き付いたそれを、キノエさんが容赦なく引っ張る。当然のようにバランスを崩して思いっきり床に尻を強打する俺。

 これは恥ずかしい! 新手の精神攻撃なのか?

 

「キノエ! どこにいくつもりだ」

 

 俺もどこかに連れ去られようとしてます、ダンゾウ様! 助けて!

 

 キノエさんはダンゾウを木遁で作った格子に閉じ込めて、俺をさらなる木遁術で全身を縛り付けてからカカシと共に駆け出してしまった。

 ええっ、ちょっ、俺のことも置いてってくれないか!?

 

 狭くて長い通路を抜けて、出口に近づいてきた頃、先回りしていたダンゾウと根の忍たちとかち合った。

 この野郎、俺たちも知らない近道を使ってきたな。

 

 キノエさんが木でぐるぐる巻きにした俺を雑に床に下ろした。緊急事態とはいえこの扱いは悲しい。

 

 待ち構えていたダンゾウが短い印を結んで、スゥーッと大きく息を吸い込む。

 あの印はまさか……!

 

「風遁・真空大玉!!」

 

 術名の通り、風が巨大な球体となってキノエさんとカカシに襲いかかる。……つまり、彼らの足元に転がっている俺にも。

 

 嘘だろ、貴重な木遁使いと写輪眼持ち二人を殺すつもり!?

 

「木遁・木錠壁!!」

 

 キノエさんが間髪入れずに木遁を発動する。

 彼を中心に半円を描くようにドーム状の壁が出来上がり、ダンゾウの風遁を全て防いだ――が、すぐに壁ごと吹き飛ばされてしまう。

 

 爆風と飛び散った木片のせいで閉じていた目を開く。

 険しい顔でこちらを睨みつけているダンゾウと目が合った。俺の寿命は十年くらい縮んだ。

 

『…………』

 

 やっぱりキノエさんは強い。あのダンゾウの風遁を受けて、一瞬とはいえ持ちこたえるなんて。

 

「お前の方からわざわざ来てくれるとはな」

 

 ダンゾウがキノエさんたちを追い詰めるように足を踏み出す。

 

「根の領域に許しなく立ち入り、根の忍を連れ出そうとした……ただで済むとは思っておるまい」

 

 火影直属の暗部から無断で眼球を拝借しようとしていた男の台詞とは思えない。

 

「ダンゾウ様! カカシさんは……」

「黙れ!!」

 

 ダンゾウに一喝されたキノエさんが口を噤む。あんまりな言い方にこっちがキレそうになった。

 

 頼む、誰でもいいからあの独裁ジジイをぶん殴ってくれないか?

 

「キノエ、お前もただで済むとは思わないことだ……」

「お前もな」

 

 俺の祈りが通じたのか、天から神の声が降ってきた。

 一瞬俺の心の声が漏れたのかと思ったよ。

 

 頭上――つまり、外と根の本拠地を繋ぐ場所から降り立ったその人の外套が揺らめいている。三代目火影だ。

 

「ヒルゼン……」

「お前がカカシを恨んでいることは知っている」

 

 火影直属の暗部を引き連れた三代目が、ダンゾウの隣に並んだ。これ以上にない助っ人だ。

 まさか、三代目がここに現れるなんて。

 ダンゾウによる火影暗殺事件があった時でさえ、彼は根の領域に足を踏み入れることすらしなかったのに。

 

「だが、そんなことで里の優秀な忍を手にかけるのはやめてもらいたい」

『…………』

 

 三代目って、なんというか、ストレートだな。

 そんな正面からの直球勝負に怯むダンゾウではなく、白々しく「何のことだ?」と返している。

 こんな状況に置かれてもシラを通せると思ってるところが流石である。勿論褒めてるわけじゃない。

 

「カカシのことなどどうでもよい。だが、根の施設に勝手に侵入したことは問題だ」

「いいや、カカシはワシの呼び出しに対して居留守を使ったお前を探しに来たのだよ。ワシの命令でな」

「…………」

 

 見事に論破されてしまったダンゾウが黙る。

 俺はキノエさんの木遁に縛られたまま、その夢のような光景を目に焼き付けようと必死だった。

 あのダンゾウが手足どころか口も出せないなんて!

 

「どうやら伝達ミスがあったようだ。そのような話は聞いていない」

「そうか、ならばカカシの件はこれで不問だな」

 

 ほんとに……三代目がこんなに強気で来るなんて誰が予想できただろうか。

 ダンゾウの反応を見ていると、彼にとっても不測の事態のようだ。

 これまで徹底してダンゾウの暴挙に目を瞑ってきた人とは思えない。

 

「次の件を話すために、お前を召喚しようと思っていたのだ」

「次の件だと?」

 

 三代目がキノエさんの前に立ち、優しげに目元を緩ませる。

 

「カカシだけではない。里の優秀な忍についてだ」

 

 三代目はダンゾウと正面から向き直った。

 

「木遁使いの存在が、里にとって宿願であったことは知っているだろう。しかし、お前はその木遁使いの存在を隠匿するどころか、呪印を施して非人道的な扱いをしていた――間違いないな?」

「隠すなど……その者はワシが見つけて保護をし、育てていただけだ。報告の必要はないと判断したまで。呪印に関してもそうだ。根の秘密が外部に漏れないように……」

「うちはスバルの呪印についても同じことが言えるのか?」

 

 ダンゾウがぎくりと肩を震わせた。……俺?

 

「以前、うちはフガクから相談を受けておってな。お前がうちはスバルに施している呪印、あれは一歩間違えれば本人の命すらも奪いかねない危険なものであると」

『…………』

 

 それは大袈裟なんじゃないかと思ったが、そうではないとも言い切れないので黙った。

 

 今回の件ではっきりしたことがある。

 ダンゾウにとっては写輪眼を持つ人間というのはさほど重要ではなく、その写輪眼の持ち主がいずれ自分になるかどうか……それだけが大事なんじゃないだろうか。

 つまり、いずれ俺が呪印の影響で命を落とそうとも、写輪眼さえ回収できれば彼にとってはどうでもいいということだ。むしろストック扱いされてる?

 まあ、俺は表向きはダンゾウに従順だったから、カカシのように無理やり奪われることもなかった、それだけだろう。

 

「そこで、だ」

 

 すっかり俺の存在を忘れていたに違いないキノエさんが、漸く木遁による拘束を解いてくれた。

 差し出された手を掴んで立ち上がる。

 

「木遁使いと、うちはスバルはワシが預かろう。火影直属の暗部に入れる」

「それは……」

 

 なんだって?

 

「里のためだ。九尾の人柱力も四歳になった……恐らくワシよりも里のことを考えてくれているお前なら、きっと理解してくれると信じている」

「…………」

 

 三代目からストレートパンチを食らったダンゾウはすっかり黙りこくってしまった。

 おいおい、まさかこのまま俺まで根を脱退することになるのか?

 

「根の情報を話せぬよう、呪印は解かぬぞ」

「いいだろう」

「だが、木遁使いが木ノ葉のため、または九尾のコントロールのために火影直属の暗部に必要なのは分かるが、うちはスバルについては当てはまらない。必要であれば、他のうちは一族から引き抜けば良い」

 

 反抗的でもう自分には従わないであろうキノエさんはともかく、一応命令には忠実な俺のことは手放したくないらしい。

 

 信じてたよ、ダンゾウ。俺も、監視目的であんたのそばに居なくちゃいけないからな!

 

「彼ほど写輪眼と体術を上手く組み合わせた戦いができる忍は他にいない。その力は必ず木ノ葉の役に立つ。そうであろう?」

「…………」

 

 一ミリくらいは好きになれるかと思ったのに。結局三代目に言い負かされてしまったダンゾウは、俺を差し出すことを決めたらしい。ふざけやがって。

 

 ずっとこちらに背を向けていた三代目が振り返る。

 

「お主たちは、これよりワシ直属の暗部だ。木ノ葉のために、力を貸してほしい」

『…………』

 

 ブラックからホワイトな職場に転属になったってのに、こんなに素直に喜べない日が来るとはな。

 

 カカシに背を押されながらその場を後にしようとするキノエさん。

 俺は自分のボロボロな身体を見下ろしてため息をついた。

 キノエさんが無事に根から離れられることになったのは嬉しい。嬉しいけど、計画は狂ってしまった。こうなると、根の外側から何とかしてダンゾウの動向を継続して探る手段が必要になってくる。

 根に所属していたからこそ分かる。そんな隙は絶対にないことを。どうする、俺!

 

 最後にダンゾウに「お世話になりました」と声をかけたキノエさんはすごい。むしろ慰謝料請求してもいいくらいだろ。

 

「クロ……いや、スバル」

『ダンゾウ様』

 

 今更何の用だよという気持ちをおくびにも出さずに対応する。

 

 ダンゾウは三代目やカカシ達と距離があることを確認してから、俺に耳打ちするように顔を近づけてきた。

 頼む、ソーシャルディスタンスを厳守してくれ。

 

「お前はどこに所属していようと、根のうちはスバルだ。決して忘れるでないぞ」

『…………』

 

 火影直属の暗部に所属しながら外側から根を監視する方法、みーっけ!!

 

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