じんせいみてい!   作:湯切

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第十五話 背負ったものより

「本日よりこちらに配属されることになりました。よろしくお願いします」

 

 主に火影直属の暗部が利用する更衣室。

 俺とキノエさんは完全にアウェイだったので、お互いに寄り添って場所を取らないようにと肩身の狭い思いをしていた。

 

 ここは根での任務初日に利用したことがある。あの時の土下座お兄さんの姿は見当たらなくてホッとした。

 

『……よろしくお願いします』

 

 痛い痛い。視線が痛い。キノエさんに続いて、軽く頭を下げる。これってもう顔上げていいの?

 三つ数えるうちに誰も何も言ってくれなかったら、俺は顔を上げる。いーち!

 

 ぽんっと左肩に何かが触れた。

 

「ようこそ。火影直属の暗部へ」

 

 顔を上げる。長い髪が揺れて、ふわりとほのかに花の香りがした。

 

「卯月夕顔です。あなたが、あのうちはスバルね」

『……はい』

 

 とんでもない美人が隣に立っていた。それはそうと、“あの”ってどういう……? いい意味だとは思えないんだけど。

 

「スバル、テンゾウ! ようやく来たな」

 

 更衣室の一番奥にいたカカシが手を上げてこちらに近づいてくる。

 

「カカシさん……テンゾウって」

「キノエは根でのコードネームだろ? これからはそう名乗るといい」

 

 キノエさん、いやテンゾウさんが少し照れたような表情で頬をかく。なんだかこっちまで嬉しくなっちゃうな。

 

「それから、スバル。お前もこれから任務中は“ツミ”と名乗れ」

『…………』

 

 ツミ……罪!?

 

 漢字変換によっては地味にお断りしたい名前だなと思っていたら、カカシがこちらに何かを差し出してくる――お面だ。

 

雀鷹(つみ)だ。……ああ、このお面も覚方セキが作ったものだそうだから、“声”についても問題はないはずだ」

 

 ああ、木ノ葉でも時々見かける鳥のことか。

 カカシから受け取ったお面を持ち上げて眺める。

 ツミという鳥がどのような姿形をしていたかハッキリとは覚えていないが、お面のデザインがそれをモチーフにしているということは分かった。

 暗部の人間のコードネームって鳥関係多くない? モズもそうだし。

 

 それにしても、セキはそろそろ開発部に転属になるべきじゃないだろうか。

 

『ありがとうございます』

 

 早速猫のお面を外して鳥のお面を被る。いつも通り静電気のような軽い痛みが額に走る。性能面でも問題なさそうだ。

 

「ロッカーはそこよ」

 

 夕顔さんが指差した先には弍捨六と書かれたロッカーがある。

 根にいた時は住んでいるアパートで全部済ませていたから、誰かと同じ空間で身支度をするのは新鮮だ。

 

「正式な任務は明後日からだ。足りない装備があれば早めに申請しておけよ」

「はい。これからお世話になります」

 

 深々と頭を下げるキ……じゃない、テンゾウさん。俺もこの名前に慣れるのに時間がかかりそうだ。

 

「テンゾウは暗部の担当者が住む家を確保してくれているから、後で詳細を聞きに行くといい。スバルは実家に戻るんだろう?」

〔……そうなりますね〕

 

 こっちのお面、以前のより声が大人びている気がする。俺の成長に合わせてくれたのかもしれない。

 

 実家に帰るのは一年ぶりだ。それも、一週間以内の滞在ではなく住むとなると、それこそ根に所属してからは一度もなかったことだ。

 

「そうか、やっとゆっくり弟たちと過ごせるんだね」

 

 テンゾウさんの言葉にこくこくと頷く。相変わらず根の監視がついているだろうが、問題ない。

 

 うちは一族と良好な関係を築いておけというダンゾウの指示通りに、ひたすら俺が弟たちを愛でている姿を見せるだけだ。いくらでも見ていけ。

 

〔……早く会いたいな〕

 

 ぽろっと本音がこぼれる。テンゾウさんはうんうんとにこやかに笑ってくれたが、カカシや夕顔さん達はぎょっとしていた。

 もう慣れたよその反応。

 

「えっと、イタチくんは下忍で……サスケくんはもう四歳になったのかな。九尾の子と同じ歳だったよね」

〔はい〕

「詳しいな、テンゾウ」

「スバル、口を開いたと思ったらいつも弟のことばかりなんです」

〔…………〕

 

 そんなにイタチたちのことを話してたか? まったく覚えがない。

 

「……お前がそこまで入れ込む二人にオレも会いたくなったよ」

 

 カカシがにやりと笑う。同じ木ノ葉の忍だし、まだ幼いサスケはともかく、イタチはすでに下忍として日々任務をこなしているようだから、すぐにその機会は訪れるだろう。

 

 そのうち同じ暗部で一緒に任務につくことになったりして。イタチは優秀だからきっとすぐに追いつかれる。弟の成長は嬉しいけどちょっと複雑だ。

 俺ももっと精進しよう。ガイ大先輩のように!

 

「テンゾウもツミも同じろ班の仲間だ。これからよろしくな」

〔こちらこそ……カカシ先輩〕

 

 こちらから手を差し出すと、カカシは驚いて目を丸くしていた。

 それはすぐに困ったような笑みに変わり、俺の手を握り返してくれた。

 

「お前以上に先輩呼びが似合わないヤツ、いないだろ」

 

 

 

 うちは一族の敷地内目指して、木ノ葉の大通りを歩いていた。

 

 今日家に帰ることは両親にも伝えていないし、急遽決まった転属のせいで引っ越しの準備すら出来てない。

 

 あのアパートに置いてた荷物、全部処分してもいいかなあ。

 どうせ根の機密ガー! 根からの支給品ガー! とか言われて没収されるだけだろうし。仕方ないから俺のパンツもくれてやるよ。

 

 ……やっぱり、今のナシ。下着類だけは何としても持ち出そう。

 ダンゾウによる厳重なチェックが行われないとも限らないし、そんなところに俺のパンツが並ぶところは想像すらしたくない。

 

「安いよ、安いよー! 木ノ葉名物、木ノ葉饅頭もあるよ!」

 

 相変わらずここは繁盛してるな。

 

 何かイタチやサスケへの手土産でも買って帰ろうかと思っていたら、ぐうっと腹の音が鳴った。念のため言っておくが俺のものではない。

 

「…………」

「…………」

 

 小さな子どもが涎を垂らしながら木ノ葉饅頭を見つめている。子どもの周りに保護者らしき人の姿は見えない。まさか、迷子か?

 

 にこやかに人当たりのいい笑みを浮かべながら木ノ葉饅頭を宣伝していた店主が、子どもの存在に気がついた瞬間に険しい顔つきになった。

 

 それは、ただの勘だったのかもしれないし、昔の出来事を思い出したせいかもしれない。

 

 気がつけば俺は子どもの腕を引いて、自分の背中に隠していた。その直後に店主が振り上げた拳が俺に当たる寸前で止まる。

 商店街の喧騒が遠のいて、お互いの意識が目の前にのみ集中する。店主の表情に焦りが浮かんだ。

 

「おっ、お客さん! すまねぇ、もう少しで」

「…………」

 

 もう少しで、何だって言うんだ。俺を打つのはダメで、小さな子どもはいいって言うのか?

 

 俺が険しい表情をしているせいか、店主が驚いたように口を開いた。

 

「……あんた、知らないのかい? そいつは……」

 

 ――九尾の化け狐なんだよ。

 

 その先は音にはならなかったが、店主の唇は確かにそう動いた。俺の背後でびくりと気配が震える。

 

「…………」

 

 俺が話すことができれば、もしくは暗部の面をここで使うことができたならば、小さく震えているこの子に「大丈夫だ」と伝えることができたのに。

 

 俺は無言で店主を睨みつけて、くるりと振り返って膝を曲げた。目線の高さが同じになった子どもの両目は少し潤んでいた。

 

 特徴的な金髪に、懐かしい色を受け継いだ瞳。外見だけでいえば、四代目に生き写しだった。彼と違って快活そうな雰囲気はお母さんに似たのかもしれない。

 

「な、なんだってばよ……」

「…………」

 

 てばよ、かぁ。癖のある口癖も母親似ってこと。不思議なもんだな。

 

 ふっと口元が緩んだ。

 

 確か、ナルトという名前だったはずだ。サスケと同い年で、四代目火影の大切な忘れ形見。赤子の時に九尾を封印されることになってしまった――この里の英雄。

 

 この子が自分の意思ではないにしろ、九尾の器になってくれていなければ、俺も弟たちも、この里の人間ほとんどが死んでいたに違いない。

 それほどまでに九尾の力は強大で恐ろしいものだから。

 

 あの夜を知る大人たちは彼のことを九尾の器ではなく、九尾そのものとして見ているんだろう。

 脳死で憎しみの対象を作ってしまえば、自身では消化できない悲しみや苦しみの矛先を向けることができる。

 それが、たった四歳の子どもだったとしても、だ。

 

 ぽんっと小さな頭を撫でる。きょとりと子ども――ナルトの目が瞬いた。

 

「わっ、なっ、なにするんだってばよ!?」

 

 とりあえずナルトを抱き上げてみれば、この歳の子どもとは思えない力で抵抗された。

 おい、髪を引っ張るなって。

 

 まだ何か叫び出しそうな口が開かれる前に抱え直して、真っ直ぐ本来の目的地への足を進める。うちはの自治区だ。

 

「はなせ! なにか言えよっ!」

「…………」

 

 もしかしてこれ、側から見たら誘拐犯とその子どもってことになるのか……?

 

 攫われているのがナルトだからか、すれ違う人たちは煩わしそうに顔を顰めるものの、何も言ってこない。

 

 おいおい、もし俺が悪いヤツでナルトの中の九尾を利用しようとか企んでたらどうするんだよ。

 俺の容姿は明らかにうちはの人間だし、うちはということは写輪眼を持っている可能性が高いということだ。

 九尾事件でうちは一族に冤罪(じゃないかもしれないけど)がかかってるのは周知の事実である。

 

 こういう陰湿なのって、うちはだけかと思ってたんだけどなあ。今までこんな連中のために暗部で命張ってたのかと思うと……腹が立つ。

 

 知らなかったんだ。

 

 九尾のことやナルトの両親については、本人に伝わらないようにしなければならないとはいえ、もう少し大切に扱われていると思っていた。

 

 ――これから生まれてくる子たちが平和に暮らせるようになるのに

 

 四代目の言葉が浮かんで、消えていく。

 彼が命懸けで守った里と子どもがこんな状態にあるだなんて、誰が胸を張ってあの人の墓石の前で報告できるって言うんだ。

 

「……にいちゃん?」

 

 よほど険しい表情をしていたのか、いつの間にかナルトは抵抗をやめて、むしろ心配そうにこちらを見上げていた。

 

 自分が攫われそうになっているかもしれないのに俺の心配をするなんて。この子は、四代目の優しい心もしっかりと受け継いだらしい。

 

「変なにいちゃん、どこいくんだってばよ?」

「…………」

 

 変な兄ちゃん……。

 

 確かに本人の了承も得ずに連れ回していては、誘拐犯の烙印を押されても文句は言えない。でもこの子に指文字を使っても理解できないだろうし、それは周りの大人たちもそうだ。

 だから、とりあえず指文字が読める人がいるであろう実家に先に帰ろうかと思ってたんだけど――

 

「スバル兄さん?」

 

 俺の全身の細胞が全力で止まれと言っていた。

 

 ぴたりと足を止めて、腕にナルトを抱えたまま振り返る。俺の中の弟レーダーに反応が二つ。やはりこれは!

 

「あー! スバルにいさんだ!」

 

 任務帰りなのか、額当てをつけたままのイタチと、そんなイタチと仲良く手を繋いでいるサスケがいた。

 なにこれ。幸福のサンドイッチ?

 

 二人は同じタイミングでパァッと顔を綻ばせたが、イタチだけは俺が抱っこしてるナルトに気づいて首を傾げる。

 

「兄さん、その子は?」

「このにいちゃんが、オレのこと勝手につれていこうとしてるんだってばよ!」

「…………」

「…………」

 

 うちはスバル、ショタ誘拐未遂容疑で投獄決定。

 

 

「兄さんは、君が迷子だと思ったみたいだよ」

 

 俺の指文字に目を通してくれたイタチが、ほっとしたように言う。

 もしかしなくても俺のこと疑ってたんですねイタチさん?

 

「スバルにいさん! オレも、だっこ!」

 

 足元でぴょんぴょん跳ねているサスケに空いている右腕を差し出せば、嬉しそうに飛びついてくる。

 左腕にショタ、右腕にもショタ。これはお持ち帰りしたくなってもおかしくないのでは? 少なくとも右腕のショタは持ち帰る予定だがな!

 

 抱っこに慣れていないようで、もぞもぞして落ち着きのないナルトと、好奇心旺盛でキラキラとした目で通りすぎる人や並べられた商品を見て騒いでいるサスケ。

 う〜ん、癒される。

 

「休暇が貰えたの?」

 

 俺は両腕の二人を落とさないように気をつけながら指文字を綴った。

 

《すむことになった》

 

 ぽかんとしているイタチに、さらに続ける。

 

《またいっしょに くらせる》

 

「ねえねえ、スバルにいさんなんて言ったの?」

「……一緒に暮らせるって」

「ほんとう!?」

 

 すでに指文字は完璧に理解しているサスケだが、今のは早すぎて目が追いつかなかったらしい。

 

 しまった、もう少しゆっくりやるべきだった。

 普段から印を早く結ぶ修行のつもりで指文字使っちゃってるからなあ。…………印が必要になる忍術、ほぼ習得できてないけど、な!

 

「……変なにいちゃん、しゃべらねーの?」

 

 喜色に染まっていたイタチとサスケの顔がナルトの言葉で曇った。……本人が目の前にいるのにイタチ達が「そうだよ」なんて肯定しにくいか。

 

《つたえて くれるか?》

「……うん」

《うまれつきだってことと かってにつれてきて もうしわけないと》

 

 イタチがしっかりと最後まで指文字に目を通して、ゆっくりと口を開く。

 

「兄さんは生まれつき話せないんだ。それで、君に何も伝えることができずに連れ去ってしまって申し訳ないって言ってる」

「はなせない……」

「スバルにいさんは、話せなくてもつよいんだ! もう、あんぶで働いてるんだぞ! バカにするなよな!」

 

 あっ、こら! 俺の所属をこんな大通りで叫ぶんじゃない!

 

 ふんっと鼻息荒くサスケが胸を張る。恐らく父さんか母さんの会話を盗み聞きでもしたんだろう。

 

 まあ、俺に関しては木ノ葉の忍ほぼ全員に所属がバレてる状態だからいいんだけど……。

 別の意味でカカシも有名すぎて所属を知らない人はいないレベルだ。人気者はつらいよ。

 

「ち、ちがう! オレってば……」

《きにすることは ない》

「兄さんが、気にしなくていいと」

 

 また何かを言いかけたナルトのお腹が鳴った。そういえばさっきも木ノ葉饅頭を食べたそうに見つめてたっけ。

 

《そこで たべてかえろう》

 

 団子屋を指差す俺に、三人の目が今日一番の煌めきを見せた。

 

 

「…………」

 

 某吸引力が自慢な掃除機並みに皿の上の団子を平らげていくナルト。見ているだけでお腹いっぱいになってきた。

 そんなに腹が減ってたならすぐに連れてきてやれば良かったな。

 

 糖分に目がない俺とイタチは迷わず三色団子とおしるこ、何を頼めば分からない様子のナルトはとりあえず同じもの、サスケはおむすびセットを注文していた。

 

 団子屋でおむすびかよと思うかもしれないが、これが結構美味いんだよ。ちなみに俺はおむすびの具は明太子派である。ここ、テストに出るから。

 

《いえで だれか まってるのか?》

「家で誰か待っている人がいるのかって、兄さんが」

「……そんなのいない」

 

 ズズッとおしるこの残った汁まで飲み干したナルトが、しゅんと垂れた耳が見えるような表情を見せた。

 ……そんなことある? まだ四歳で、しかも九尾の人柱力であるナルトが住んでる家に誰もいないだって?

 

「朝、オレがねてる時にご飯をおいていく人ならいるけど……」

「…………」

 

 それ絶対暗部じゃん。俺には分かる。暗部のやつって気が利かないからマジで言われた仕事しかしないんだよ。

 一緒に食えとは言わないからせめて起きるまで待っててやれば……いや無理か、こういう時って姿見せちゃダメだもんな、ごめんね!

 

 脳内の自分に即否定されたので全部無かったことにした。そりゃそうだ。

 

 俺がナルトだったら、起きた時に暗部のお面つけた不気味なやつが台所に立ってたら泣く。例えそいつがエプロンつけて卵焼きを箸でくるくるしてても泣く。一生のトラウマになる。

 

 それにしても、流石に身の回りの世話をするような人間の一人や二人くらい常にそばにいるのかと思ってたんだが……。

 ザッと周りの気配を探った感じ、この場に暗部が張り付いてるようには見えないし。

 

 散々言っているが、勿論火影直属の暗部にモズ並みに気配を消せるやつがいたら以下略。

 オレが思うに、あの人は気配を消すことに関しては規格外なんだよ。そりゃダンゾウも重宝するさ。

 いつの間にか敵の背後をとっていて、いつの間にか影真似を成功させているような人だ。

 

《いえまで おくる》

「……家まで送る、と」

「い、いいってばよ……どうせ、あの家にかえっても、だれもいないし」

《それなら きょうは とまるといい》

「…………」

 

 イタチの口が中途半端な形で止まった。……まずかったか? そもそも、うちは地区に九尾の器であるナルトが足を踏み入れることを父さんや一族の人たちが許してくれるだろうか。いや、その前に三代目か。

 そうだった、俺たちってただでさえ九尾襲撃の犯人扱いされてるんだから、ナルトを悪用するつもりだと思われるかもしれない。とくにダンゾウは疑り深いから。

 

「兄さん、それは」

 

 イタチの眉が下がっている。そうだよなあ、やっぱり無理だよな。

 でもこんな話聞かされて「そうなんだ〜じゃあ、またね!」って別れられるか? この子はまだサスケと同い年なんだぞ?

 それに、あの四代目の大切な一人息子だ。

 

《やっぱり おくる》

 

 ガタンと席を立つ。そして、イタチとサスケの頭に手のひらを乗せた。ひとしきり撫でてから引っ込める。

 

《おれは なるとを おくっていくから》

「わっ!」

 

 ナルトの両脇に手を差し入れて、そのまま肩車する。

 驚いて俺の頭をぎゅうっと掴んだナルトだったが、すぐに「たかいってばよ!」とはしゃぐ声が聞こえてきた。素直な反応でよろしい。

 

《おまえたちは さきにかえって とうさんにこれを》

 

 懐から取り出した手紙をイタチに手渡す。中には俺が転属になったことを知らせる紙が入ってる。

 これを見れば父さんならすぐに分かってくれるだろう。ついでに引っ越しの手続き諸々やってくれたら最高なんだけど。

 

「スバルにいさん、一緒にかえらないの!?」

「サスケ、これからはスバル兄さんと一緒に暮らせるんだ。すぐに帰ってくるよ」

「やだ! 一緒にかえる!」

 

 俺の足に縋り付いてきたサスケがイヤイヤと首を振る。可愛い。このまま一緒に帰りたい。

 

「ほら、サスケ。今日は特別におんぶしてやるから」

「ほんとう!?」

「…………」

 

 俺との帰宅はあっさりイタチのおんぶに敗北した。そっかあ。べ、別に泣いてないから!

 

 いつかスバル兄さんの洗濯物と一緒に洗わないで! なんて言われるかもしれない。今のうちにメンタルを鍛えておくべきだ。

 

「…………」

 

 ううっ。想像だけでこんなに辛いなんて本当に大丈夫なのか!? 

 

 無事にイタチにおんぶしてもらったサスケが、ご機嫌でイタチの肩に顔をうずめている。かわいいなあ。

 

 俺の弟たちが天使すぎる件。累計発行部数は軽く十億を超える、超人気ブラコン漫画である。

 

「オレとサスケは先に帰ってるから」

《ああ》

「ナルトも、またな」

「……うん!」

 

 満面の笑みを浮かべるナルトに、イタチもつられて笑う。サスケはちょっとだけ頬をぷっくりとさせていた。

 

「んん! なにするのスバルにいさん!」

「…………」

 

 あまりにも良いふっくら具合だったから、つい……。

 

 軽率に頬ぷにした俺を不服そうに睨んでくるサスケと、どこか生温い目で見つめているイタチ。

 

 肩車しているナルトの表情だけは分からなかったが、まあ、いいだろ。せっかく表向きだけはダンゾウの魔の手から逃れられたんだ。ちょっとくらいハメを外しても許されたい。

 

 

 頭上で指をさして自分の家の方向を教えてくれるナルトに従いながら、のんびりと足を進めていた。

 

 最初の警戒心をどこに置いてきてしまったのか、ナルトのお喋りは止まりそうにない。

 

 今日の朝ごはんは苦手な野菜が出てきたとか、早くアカデミーに通いたいとか、弾むような声を聞いているとこちらまで楽しくなってくる。

 まるで、生まれてはじめて自分の話を聞いてくれる相手を見つけたかのようだ。

 

「あんぶってどんなところ? たいへん?」

 

 だんだんと俺がどういう質問なら答えやすいのかが分かってきたらしい。最終的に首の動きだけで反応できるのはありがたい。

 

 小さく頷くと「オレも入れる?」と続いた。ちょっと答えに迷ったが、もう一度頷く。

 

 忍としてある程度の優秀さがあれば誰でも入れる……はずだ。向き不向きはあるだろうけど。

 

「ふーん……あ、ここだってばよ」

 

 肩を叩かれたので、ゆっくりと屈む。

 

 俺の肩から降りたナルトが、あっという間に目の前のアパートの階段を駆け上がっていき、扉の前に立った。

 ナルトは家に入らずに、階段の下にいる俺を見る。

 

「…………」

 

 トントン、と俺も階段を上る。なんとなく、ここで別れるのは良くない気がした。

 

「……へへっ」

 

 隣に並ぶと、やっとナルトはドアノブを捻って扉を開けた。

 

 真っ先に目に入ったのはテーブルの上に置きっぱなしになっているカップラーメンの容器の数々……は? カップラーメン?

 

「いつもは、もうちょいキレーだから!」

 

 俺が散らかってる部屋に唖然としているのだと思ったらしい。

 ナルトは急いでベッドの上のパジャマや、ゴミ箱に投げ入れようとして失敗したような紙クズたちを拾い集めていた。

 

 ……思っていた以上に、ナルトの待遇は悪いのかもしれない。

 いくらなんでも四歳の子どもにカップラーメンばかり食べさせるのは……この状態を見るに、部屋の掃除などの管理も全部一人でやらせているみたいだ。嘘だと言ってくれ。

 

 俺渾身のジェスチャーにより、なんとかナルトに紙と筆を用意してもらい、そこに平仮名で文字を書く。

 この歳なら平仮名も読めるはずだ。

 

《ねてるあいだに きているひとは なにをしている》

「え? うーんと、カップラーメンと、時々サラダとかを置いていったり……あとは、数日おきに洗濯してくれてる!」

「…………」

 

 洗濯……洗濯かあ。確かにこの子の身長では洗濯物を干すのも大変だろうから、そこは最低限やってるんだろうが……。

 

 嫌な予感しかしない。これ、絶対三代目把握してないだろ。あの人は良くも悪くも他者への配慮も一番に考える人だから、ナルトへのこの様な扱いを許していないはずだ。

 

「か、カップラーメンも、おいしいってばよ!」

 

 俺がテーブルのカップラーメンを睨みつけていたせいで、ナルトに不要な弁解をさせてしまった。

 

 カップラーメンは美味しいけど、少なくとも四歳の子どもが毎日食うもんじゃないんだよ。

 そういう不摂生は、自分の健康に対する責任を負える大人がやるもんだ。

 

 むくむくと膨らんでくる怒りをそのままに、俺は冷蔵庫の扉を開けた。

 

「ヒッ」

 

 小さく聞こえてきたナルトの悲鳴に被せるように扉を閉める。

 

 千切りにしたキャベツと、フレンチドレッシングしか入ってなかった。

 正気? フレンチなど邪道、せめてごまドレッシングだろうが! 

 

 あと何なんだあの一週間分はありそうなキャベツの山は? キャベツで全ての栄養が摂れると思ってるの? イタチの好物とはいえそんな万能じゃないから! ちなみに俺はキュウリが好き!

 

「スバルにいちゃん、お……おこってる?」

「…………」

 

 ああ、怒っているとも。ナルトの世話を担当しているであろうどこぞの暗部に。フレンチ派との間に和睦の道はない。

 

 今日はとりあえずキャベツで我慢してもらうしかないが、これは流石に三代目に報告せざるを得ないだろう。

 ひどい、あまりにもひどすぎる。

 そもそも四歳の子どもに一人暮らしをさせないでくれ。

 

 俺はナルトに、夕飯はキャベツを多めに摂取して、カップラーメンの汁はくれぐれも飲み干さないように言い聞かせて、家を出た。

 

 そのまま火影室へと足を向ける。この時間ならまだ三代目も自宅ではなくそこにいるはずだ。

 

「うちはスバル」

 

 人通りの少ない裏道を経由しながら順調に火影室に向かっていた途中、頭上から声が降ってきた。

 

 ナルトの家を出てからずっと俺のことをつけてきていた気配だ。

 三代目かダンゾウの命令で俺を監視している人物かと思っていたが、声をかけてきたということは違うらしい。

 

 目の前に降り立った影は、特徴的な暗部のお面を被っていた。

 俺が見たことのないお面のデザインということは、三代目直属の暗部の可能性が高い。

 

「火影様がお呼びだ」

「…………」

 

 なんだろう……向こうから呼ばれちゃうと回れ右したくなるの俺だけ?

 

 

「急に呼び出してすまぬな」

〔……いえ〕

 

 いつも持ち歩いているお面を被り、服だけは普段着だから不釣り合いではあるが、火影室の入り口の側で跪く。

 俺を呼びに来た暗部の姿はすでに消えていた。

 

「ちょうど水晶を覗いていたら、お前とうずまきナルトの姿が見えたのでな」

〔…………〕

 

 ばっちり見られてた。ああ……護衛の一人もついてないのは、三代目が水晶で逐一動向を確認しているからなのか。

 それでも何かあった時に迅速に対処できるよう、近くに誰かいた方がいいとは思うけどなあ。

 

「子どもが好きなのか?」

〔えっ〕

 

 質問が予想の斜め上すぎて素の声が出ちゃった。三代目が怪訝な顔をする。

 こういう時みんな同じ反応するよね。

 

 落ち着け、俺! ここで返答を間違えるとショタコン疑惑をかけられてしまう。

 

〔……とくに、好きではないかと〕

「随分と親しくなっているように見えたのだが」

 

 迷子だと思ったり、里の大人たちに冷遇されていたり、お腹をすかせていたり……必要だと判断したから少し世話を焼いていただけだ。

 子どもだからと言って全員にあそこまでしているわけじゃない。

 

「ナルトにかつての自分の姿を重ねたか」

〔……そうかもしれません〕

「ふっ、素直で良い」

〔…………〕

 

 なんだか、孫でも見るような優しい目で見つめられてる気がする。

 

「ナルトはお前の目にどう映る?」

 

 三代目の問いかけに答えるのは難しかった。少なくともその意図は読み取れない。

 

〔分かりません〕

 

 だから――飾りなく正直に答えるしかなかった。

 

 世界がイタチとサスケを中心に回っている俺は、いつだって二人以外の人間を振り分けてきた。

 両親、セキ、ガイ大先輩、モズ、テンゾウさん、うちは一族、そして、うちは一族以外の里に住む人たち。

 

 俺の中にある世界地図に名前があるのとないのとでは、大きな違いがある。

 好きか嫌いかではない。心を占めるか、占めないか。もはや、存在するかしないかの違いですらある。

 

 そこにナルトの名はまだない。

 

〔でも、理解したいと思っています〕

 

 予感はしている。いつか必ず、この大きくもない心のどこかにその名前を刻むことになると。

 

「そうか」

 

 三代目はどこか嬉しそうに微笑んでいた。目元の皺が柔らかく歪んで、これまでの人生が滲み出ている――その優しさが、俺は少し苦手だった。

 

〔……水晶で、ナルトがどのような暮らしをしていたのかご存知ですよね〕

「うむ……ナルトの世話を担当する暗部はこれまでに何度も変更してきた。しかし、誰もあの子を人扱いしようとはしなかったのじゃ」

〔…………〕

 

 彼らは任務を放棄しているわけではない。だから罰することもできずに、ただ担当者だけを代えて様子を見てきたということだろうか。

 

 俺は三代目の平和主義的な考えを好ましく思う一方で、ダンゾウのいう“優柔不断で常に後手に回っている”ところを許せない気持ちもあった。

 

 かわるべきは担当者ではなく、彼らの偏見に満ちた心そのものだろう。

 火影であるこの人ならばそれができたはずだった。

 そうやって策を弄したところで、事態はまったく好転していないのに。

 

「ワシは、今度はお主に担当してもらいたいと思っておる」

〔…………〕

「ろ班としての任務がない日に、時々で良いからナルトの身の回りの世話と、護衛も兼ねて話し相手になってやってほしい。あの子には、同じ孤独を分かち合える人間が必要なのだ」

 

 俺は三代目が苦手だ。苦手だが、まだこの人を推し量れていない。

 

 俺に分かることは、この人もダンゾウや四代目とは違う形でこの里を守ろうとしているということだけだ。

 

「やってくれるか、ツミ」

〔はい〕

 

 ならば、俺もまずはこの人を見極めよう。三代目の暗部として側で支えながら、彼の見据える未来を同じようにこの目で見るために。

 

 なーんてかっこよく任務を引き受けたはいいものの、どう考えてもキャパオーバーである。

 

 ろ班での任務に加えて、ナルトの世話係兼護衛、うちは一族の監視に、さらにはダンゾウの動きも見張っておかなくてはならない。

 こんなの体がいくつあっても足りないよ。

 

 ろ班としての任務は明後日ということで、とりあえず明日はナルトと過ごすことになった。

 食材と服や靴、その他消耗品などなど、とにかく足りないものが多すぎるから一緒に買いに行くつもりだ。

 

 ろ班の任務のことを考えるとナルトに割ける時間はそれほど多くはないだろうから、下準備は明日で終わらせておきたい。

 

 そんなことをつらつらと考えながら火影室から実家へと向かっている俺の肩に、ぽんっと誰かの手が触れた。

 

〔きゃああああああっ!?〕

「!?」

 

 あまりにびっくりして痴漢に遭った女の人みたいな声出ちゃった。

 気配を消しながら近づいてくるなとあれほど……!

 

「お前なんでお面つけてるんだよ……」

 

 俺の肩に触れた手の持ち主、モズが耳を塞ぎながら言う。失礼な、もう叫ばないよ。

 

〔火影室に寄った帰りなので〕

「ああ……」

 

 自分がお面被ってたのすっかり忘れてた。うちは地区に着くまでに外しておかないと。

 

〔モズ隊長が来たということは……ダンゾウ様から何か?〕

 

 話しながら、さらに人通りの少ない道に入る。モズは自分のお面を外して、疲れたように一息ついていた。任務帰りらしい。

 そういえば、モズの素顔みたのって今の合わせて片手で足りる程度だったような……。

 影を操れることから奈良一族の血が入ってるのは確かなんだろうが、俺、この人のこと全然知らないんだよな。奈良一族の人たちと違って、髪や瞳の色も黒じゃないし。全体的に色素が薄い。

 

「お前がオレを隊長呼びするってことは、残ることに決めたんだな」

〔当然です〕

 

 モズは呆れたようにオレを見て、軽く肩をすくめた。

 

「ダンゾウ様にお前の意思を再確認してこいと言われて来たんだが」

〔意外でしたか?〕

「いや、お前ならそうすると思ってたよ」

 

 そう言って、モズがぐりぐりと俺の頭を撫で回した。何かと頭を撫でられることが多い気がする……いい位置に俺の頭があるってことか? 

 つまり、俺の身長がひ……この先はうちはスバルの精神衛生上カットさせていただきました。ご了承ください。

 

「お前も表の任務で忙しくなるだろうけど、ダンゾウ様からの呼び出しには出てこられるようにしておけよ」

〔モズ隊長のラブコール付きですか?〕

「黙れ」

〔…………〕

 

 間髪入れずに暴言吐くのやめてくんない? 俺だって一応傷つくんだよ。まったく、ジョークの通じないヤツはこれだから。

 それにしても、火影直属の暗部の仕事を“表の任務”なんていうのも、根の人間くらいじゃない?

 

「それじゃあ、オレはダンゾウ様に報告しにいくから」

〔はい〕

 

 あっという間に消えてしまったモズ。俺もお面を外して懐に仕舞い込む。……ほんとに、長い一日だった。

 

 

「根から転属になったとは、どういうことだ?」

「…………」

 

 実家に帰ったらたっぷり弟たちを摂取し、美味しいご飯を食べてぐっすり眠れると思っていた時期が俺にもありました。

 

 実際は父さんと母さんの目の前で正座しながら項垂れている俺。帰ってきた途端にこの扱いは聞いてない。

 

 構って欲しそうに近づいてきたサスケは部屋から追い出されてしまったし、イタチも然り。このままでは脳への栄養不足で死ぬ。この人殺し!

 

 人殺しの自覚などまったくない様子で、父さんが腕を組む。その隣で母さんが心配そうに眉を下げていた。

 

「先にオレに知らせることはできなかったのか」

《きまったばかりの ことだから》

「三代目がお前を急遽転属させる必要があると判断するほどの扱いを受けていた、ということでいいんだな」

「…………」

 

 まったくもってその通りなんだけど、相手が父さんとなるとこれ以上ダンゾウへのヘイトを高めてしまうのも問題だ。

 ただ、残念なことにダンゾウの所業が酷すぎてどう庇えばいいのか分からない。

 

「私たちはあなたのことを心配しているのよ」

「三代目の側近とはいえ、うちは一族の者を不当に扱うなどあってはならないことだ」

 

 ほら、そうやってすぐに主語を大きくするだろ。ダンゾウの俺への扱いに一族はまったく関係ないのに。

 

「……スバル、オレには、お前が何を考えているのかが分からない」

「あなた!」

「本当のことだ。お前は痛みも苦しみも何もかもを胸の内に隠して、決して表に出そうとはしない」

 

 随分とミステリアスな人間だと思われているらしいが、それは表情筋が仕事しなかったり、両親の前ではお面を使って喋ることができないからだ。

 

 家族の前でお面の使用が認められたら「イタチやサスケというこの世の宝を産んでくれてどうもありがとう!」って二人と握手してるんだけどなあ。

 指文字だと、どうしても会話のテンポが遅くてそんな気分にはなれない。

 

 それにさあ……俺、今すっげー疲れてるんだよ。

 

 やる気のカケラもない動きで指文字を綴る。

 

《はなしは それだけ?》

 

 父さんの眉が一気に吊り上がった。

 

「お前、親に対してその態度はなんだ」

 

 部屋の前で小さな気配が揺れたが、頭が怒りで満ちている父さんも、疲れ果てている俺も、そんな俺たちの仲裁に忙しい母さんも、誰もそれに気づかなかった。

 

 その場で立ち上がろうとした父さんを母さんが必死に止めている。

 遅い反抗期がきたような気分。ちょっとスッキリした。

 

《まさか》

 

 今更父さんたちにそんな態度をとり続けるほど子どもじゃないって。

 薄らと笑った俺に、父さんが動きを止めて信じられないものを見たかのように固まった。

 

《つかれてるから もういい?》

「……そうだな。お前も根で苦労してきたんだろう。今日はゆっくりするといい」

《うん》

 

 部屋を出ようとした俺の背中を父さんが呼び止める。

 

「スバル……明日どこかで時間を取れるか」

《あさ すこしなら》

 

 父さんは神妙な面持ちで続けた。

 

「南賀ノ神社の石碑……あの石碑に記された本当の意味をお前に教えてやる」

 

 

 翌朝、南賀ノ神社の地下へと続く階段を下りながら、俺は父さんの言葉に耳を傾けていた。

 

「お前が九尾の人柱力と接触したことは、一族の者が数人目撃している。その場にイタチやサスケもいたそうだな」

 

 どこにいても気が休まる場所がない。自分も誰かの監視対象だということを時々忘れそうになる。

 

「一族の中には、九尾の人柱力を利用しようと画策する者もいる」

《とうさんは ちがうと?》

「……一族の意思は俺の意思でもある」

 

 誰も彼も、上に立つひとは孤独だ。孤独であるがゆえに、踏み出した一歩の間違いに気づかない。心を押し殺し続け、麻痺して摩耗したそれを大義として掲げてしまう。

 

 ちなみにダンゾウはこれに当てはまらない。アイツの心は摩耗するどころか破裂してる。絶対に。

 

 目の前には石碑がある。ここに一族の秘密が眠っているのだと父さんは言った。

 

「この石碑は写輪眼を持たぬ者はその意味を知ることすら出来ない」

 

 隣に立つ父さんの瞳は見慣れた赤色に染まっていたが、その模様は見たことがないものだった。

 禍々しいチャクラが地下に漂い、足元から冷えていくような感覚がする。指先が震えた。

 

「お前は写輪眼のその先を持っていないから、この先は読めないだろう」

 

 “ふたつ目の瞳では世界さえも閉ざされていくだろう”

 

 写輪眼の先。それは、随分昔に見た指南書に載っていたあの瞳のことだろうか。

 

「我々が持つ九尾を支配しコントロールする力……お前は、なぜこのような力をうちはが持っていると考える?」

「…………」

 

 力の存在理由なんて、考えたことはない。力は存在するだけのものではなく、奮うものだ。俺の力はイタチとサスケを守るためだけにあればいい。

 

「木ノ葉上層部との確執はこれからも深まる一方だろう」

 

 父さんはすでに“二つ目の瞳”ではなくなっていた。

 

「うちはが彼らと手を取り合う未来などない。我々は、修羅の道を歩まねばならん」

《そうかな》

 

 ダンゾウの命令に忠実であるならば、ここで肯定すべきだった。

 でも、一族が勝手に決めた修羅の道なんかにイタチやサスケを巻き込むなんて、どうしても納得できない。

 

《さんだいめは うちはのことを かんがえている》

「保守的な三代目をアテにすることはできない。お前も志村ダンゾウの元にいたのなら分かるだろう。あの男は暗い噂が絶えないからな」

 

 よーく知ってるとも。知った上で、俺は親切にも、父さんたちにできることなど一つもないと遠回しに教えてるんだよ。

 ダンゾウは遅かれ早かれ、必ず不穏の芽を摘む男だ。

 

《ならば どうして》

 

 俺の脇腹に今も残っている忌まわしき証。服の上から触れて、目を細める。

 

《じゅいんのことを さんだいめに?》

 

 父さんが呪印について三代目に苦言を呈していなければ、俺は今も変わらず根に属していただろう。

 

 父さんは決して無駄なことはしない人だから、三代目なら動いてくれると判断して()()()。それは揺るぎようのない真実。

 

《いちぞくのことは いい》

 

 今大切なのはそんなことじゃない。

 

《とうさんは さんだいめを しんじてる》

「……何をバカなことを」

《あゆみよらなくては》

「無駄だ。そんなことをしたところで……」

「…………」

 

 そう、無駄だ。俺の言葉も何もかも全部。

 

 両腕から力を抜いて、だらりと腰の横に下ろす。もう話すことはない。

 

 父さんがいつものように俺の肩に手を置いてから、去っていく。

 いつもそうだった。

 いつだって、俺は父さんの期待に応えることができないでいる。

 

「…………」

 

 手のひらに乗せられた淡い期待すら見て見ぬふりをして。

 

 

 ナルトの住むアパートに足を運んだのはちょうどお昼時だった。

 扉をノックすると、半分寝ているのか目がほぼ開いてないナルトが出てくる。しかもパジャマ姿のままだ。

 

「……スバルにいちゃん、どうしてここに?」

《ほかげさまに たのまれたんだ》

 

 予め紙に書いていた文字を見せると、ナルトの目がまんまるになった。

 俺は紙を捲って、次の文字を見せる。

 

《ときどき いっしょに かいものしたり ごはんをたべる》

「……ほんとう!?」

 

 俺は紙をポケットに仕舞って、こくりと頷いた。手に持っていたエコバッグを揺らして、商店街の方角を指差す。

 

「すぐ着替えてくるってばよ!」

 

 よかった、ちゃんと伝わったみたいだ。

 宣言通りすぐに家から飛び出してきたナルトだったが、寝癖だけはそのままだったので指で軽く押さえつけてやった。

 ナルトがびくっと震える。

 

「あ……あのさ、オレってばこういうの、慣れてないから」

「…………」

 

 どうやらそうらしい。自分の手のひらを見つめて、ポケットに隠した。

 いかんいかん、ついイタチやサスケと同じように接してしまう。人とあまり関わってこなかったナルトはびっくりするよな。

 

 自制のためにもう片方の手もズボンのポケットに入れて、アパートの階段を下りる。

 顔を上げて待っていると、ぼんやりしていたらしいナルトが慌てて駆け降りてくるのが見えた。

 

 

「お客さん、悪いがこれは売れ……まぁす! いくらでも売りまぁすっ!!」

 

 俺がナルトの付き添いだと分かった途端に門前払いしようとしていた店主が、俺が拳に纏ったチャクラに気づいて引き攣った笑みを浮かべた。

 初めからそう言えばいいんだよ。

 

 持っていた紙にさらさらと文字を書いていく。

 

《右の棚の、この子に合ったサイズの服を二着。靴も試し履きしたい》

「勿論です! すぐにご用意させていただきます!」

 

 あっという間に裏に引っ込んだ店主がメジャー片手に戻ってくる。

 

 最初は険しい表情で耐え難い屈辱を受けているかのような様子の店主だったが、服を試着したナルトの「これ、すっげーかっこいいってばよ!」という満面の笑み付きの言葉にすっかり頬の筋肉を緩ませていた。

 ちょろいなこいつ。

 

「いやぁ、この服の良さが分かるなんて、見る目があるじゃねぇかボウズ……アッ、いや、坊ちゃん……」

「…………」

 

 それくらいの呼び方で怒ったりしないのに。

 

「お買い上げありがとうございました! またのお越しをお待ちしておりますっ!!」

 

 結局ナルトが「かっこいい」と言った服と靴を全部買ってしまった。……一応、三代目からそこそこのお金は受け取ってるけど、後で怒られないかな。

 服は少しサイズに余裕のあるものを買ったから、わりと長く着られるはずだ。もし怒られたら自腹を切ろう。

 

 その後は適当な店に入ってお昼ご飯を食べ、ナルトの家に戻って簡単な料理をしてそれを冷凍して、数日は食べるものに困らないようにした。

 

 うーん、この歳の子どもに必要な栄養ってなんだ?

 キャベツとカップラーメンばっかりな生活をしてたから肉とか魚とか、足りないものばっかりなんだろうけど。後で母さんに聞いておこう。

 

 そもそも、人柱力って栄養の一部を九尾に持ってかれたりしないのかな。……ないか。

 ナルトの摂取してる栄養が偏ってるせいで不健康になってる九尾とか想像するだけでおもし……失礼な気がする。けしからんぞ。

 

「……あのさ、あのさ! スバルにいちゃん、次はいつ来てくれるの?」

《すうじつごには》

 

 紙に書いた文字を向ける。ナルトは、家に帰ってから俺が料理をしている間もずっと熱心に読んでいた本をぎゅうっと抱きしめている。

 帰る前に寄った本屋でナルトが欲しがったものだ。

 

「それまでに、これ読んで指文字おぼえる! そしたらさ、オレもスバルにいちゃんと話せるようになるってばよ!」

「…………」

 

 俺はこんな体質で生まれてきちゃったし、それを恨んだこともあったけど……こうやって歩み寄ろうとしてくれる人がいる。恵まれてるなあ。

 

 俺が生きていく上で指文字はなくてはならない存在だが、家族やキノエさん達、ナルトは違う。必要のないものを、わざわざ俺のために身につけてくれた。

 ああ、勿論これもダンゾウは以下略。てめーはダメだ。

 

 ナルトは“すぐにわかる指文字入門!”というタイトルの本の表紙を撫でて、へへっと笑った。

 

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