イタチとは会話はするものの以前のような触れ合いは皆無になったり、サスケの入学式には参列すらできなかったり、俺は実に散々な毎日を過ごしていた。
あの野郎、絶対に許さない。
“急遽入ってきた任務”の中に小日向ムカイの後処理が入っていたのは正直ありがたかったが、その後に写輪眼必須な胸糞悪い任務を立て続けに二件も処理させられた。
プラマイゼロどころかむしろマイナスである。
イタチとシスイには悪いが、ムカイの妻子はダンゾウに“処理対象”とされてしまった為、結局俺の手で始末した。
写輪眼で幻術にかけて二人がムカイの裏切り行為を把握していたかどうかを確認し、どちらにせよ命は奪えという命令だった。
結果としては、二人は本当に何も知らなかった。夫と父親が木ノ葉を裏切っていたことも、すでに処理されてしまったことも、何もかも。
忍ですらないひ弱な女性を殺し、木ノ葉病院で長い間入院生活を送っていた子どもにすら手をかけた。
……これまでたくさんの命を奪ってきた俺でも、サスケと同じ年頃の子どもを殺すことに抵抗がないわけじゃない。
ムカイの一人息子は難病を患っていて、現時点で明確な治療法は無く、まずはその治療法を探すだけでも莫大なお金が必要だったらしい。
彼が木ノ葉を裏切って霧のスパイとして動かなくてはならなくなったのはそのせいかもしれないし、元々スパイだった彼が木ノ葉で家族という足枷を作ってしまっただけかもしれない。
……真相はすでに闇に葬り去られてしまったけれど。
もしもこの任務がダンゾウではなく三代目預かりであれば、このような結末を迎えることはなかった。だからといって、ダンゾウの判断が間違っているとも思えない。
いずれ何らかの手段で夫もしくは父親が木ノ葉に処理されたことを知った二人が憎しみに駆られて復讐を始めないとも限らないからだ。
不穏の芽は予め摘む。三代目と形は違えど、いつだってダンゾウはそうやってこの里を守ってきた。
「暗部に入れてください!」
〔…………〕
これは夢かな? 夢に違いない。
この日はちょうど午前中で終わった任務の報告を三代目にしているところだった。
そろそろ離席しようかと思っていた俺の隣に、見知った影が土下座状態のままスライディングしてきたわけだが、ある程度冷静になってきた今でも状況が飲み込めない。
どういうこと?
「カカシの為にもそれが一番です!」
〔が、が……が、〕
ガイ大先輩が俺の隣で土下座してる!?
そんなガイ大先輩に、三代目は眉をハの字にして口を開いた。
「ガイよ……お前がカカシを心配しているのはよく分かった。しかし、こういったものには適材適所というものがあってだな……」
「お、オレには向かないということですか!?」
「そうじゃ」
バッサリと容赦なく言葉の刃に斬り捨てられたガイ大先輩が項垂れる。ああ……そんな……。
「ここ最近のカカシは変なんです。親友であるオレが隣で支えてやらなければならないんです……!」
「ふむ……カカシがのう。お主の目にもそう見えるか? ツミ」
〔いえ、俺には……〕
急に話を振られてしまった俺の体は面白いくらい固まった。
隣のガイ大先輩がバッと勢いよく顔を上げて、その鼻息が届く距離で俺を凝視している。
ち、近い近い! ありがとうございます!
「この者は暗部の……?」
「僅か七歳で暗部入りし、既に隊を率いる隊長として働いている優秀な忍じゃ」
「この者にあって、オレに足りないものとは一体何なのですか!?」
ガイ大先輩に足りないものなんてあるわけないじゃないか! 貴方はいつだって完璧な人です!
「ええい、煩いぞガイ! 話はそれだけならワシはもう行く」
「火影様ぁ……」
〔…………〕
三代目は本当に火影室を出て行ってしまった。がくりと肩を落としながら、ガイ大先輩も部屋を出て行こうとする。
俺は少しタイミングをずらすつもりでいたら、ガイ大先輩が恨めしそうにこちらを振り返っていた。
「ツミと言ったな」
〔……はい〕
な、名前を呼んでもらえた……ガイ大先輩に……本名じゃないけど……。
「足りぬもの……お前は何か分かるか?」
〔ありません。ガイさんは立派な人です〕
言った!! 俺はついにガイ大先輩とまともな会話を果たした!
ああ……初対面の時はお面もなく、指文字で会話もできなくて、差し出した手のひらに団子を乗せられてしまった俺。
あの時の自分に「いつかこういう日が来るから大丈夫だよ」と肩ぽんしてやりたい。結局あの団子は何だったんだろう。
「……オレには分かるぞ、適当に褒めてこの場から逃れようとしているな? カカシもよく使う手だ」
〔…………〕
カカシ、後でぶん殴っていい? お前のせいでガイ大先輩に褒め言葉すら受け取ってもらえなかったじゃないか!
「まだだ。まだオレは諦めない」
ガイ大先輩はぶつぶつと独り言のように呟いて部屋を出る。その後ろ姿を追いかけて、三代目の執務室の扉を閉めた。
……なんだろ、邪悪なオーラが近づいてきてる気がする。
〔ガイさん〕
「なんだ?」
〔この先は危険です。引き返して一旦執務室に避難しましょう〕
「危険? そんなわけ――ダンゾウ様!」
ああああ! やっぱりこの不穏な気配はお前かダンゾウ!
根の人間を数人引き連れたダンゾウが向かい側から歩いてきている。
呼び出されて心の準備を済ませている時ならまだしも、こういう不意打ちエンカウントはメンタルへのダメージがでかい。
存在してるだけで俺を曇らせるとは……相変わらず恐ろしい男だ。
「ダンゾウ様の暗部にオレを入れてください!」
〔!?〕
「なんだと?」
根の存在を知ってるのは、家族が所属している場合や本人が火影直属または根の暗部に所属している場合を除いて、ほぼ限られる。
まさかガイ大先輩が知っていたとは思わず、ダンゾウから引き離そうとしていた腕を止める。
カカシから聞いたとは思えないが……どこで知ったんだろう。
俺みたいに所属を大っぴらにされるような事故が他でも起きていたのかもしれない。木ノ葉ってその辺適当だし! 魔法の言葉である。
「……お前には足りぬな、闇が」
「や……やみ……」
〔…………〕
今回ばかりはダンゾウに盛大な拍手を送りたい。
火影直属の暗部ならまだしも、ガイ大先輩がダンゾウの元で働くなんて……悪夢だ。考えたくもない。
ダンゾウの闇の前ではいくらガイ大先輩でも闇堕ちしてしまう。
打ちひしがれているガイ大先輩には非常に申し訳ないが、俺は背中に隠した拳でガッツポーズをした。
〔ダンゾウ様、火影様は先ほど出て行かれたので不在です〕
「……そうか」
多分外で煙草休憩でもしてるんだろう。去っていったダンゾウ達に、お面の裏でにんまりと笑う。
さあて、これで邪魔者は消えた。
〔ガイさん、もしよろしければこの後ご飯でも……〕
振り返るとそこには誰もいなかった。は?
〔…………〕
まさかと思って開きっぱなしの窓から顔を出すと、特徴的なジャージがどこかを目指して走り去っていくのが見えた。
〔……やべ〕
あの距離で俺に気配を悟られることなく、この窓から抜け出した……ってコト!? さすがガイ大先輩! そこに痺れ以下略ゥ!
「お前、最近のイタチをどう思う」
《どうって》
「……うちはを裏切る可能性があるのか、そういった話だ」
「…………」
今日は、イタチが暗部に入隊してから初めて行われた会合だった。すでに会合は終わり、帰宅途中である。
暗部で気づいたことはないかと問うた父さんに対して、イタチは里の人間のうちはへの偏見や警戒心について言及しながらも、こちらへの嫌悪や危害を与えようという悪意は感じられなかったと報告した。
前半は父さんや一族の望む模範解答だったが、後半がよろしくなかった。
すでに思考停止している父さん達に必要なのはクーデターへの着火剤となる情報のみ。
里の肩を持つようなイタチの発言には反感しか生まれず、そこそこに不穏な空気を纏った状態で会合は終わってしまった。
《おれにも わからない》
「……暗部でのイタチはどうだ?」
《しょぞくが ちがう》
「それでも同僚から何か聞いているだろう」
父さんは少しでも情報を聞き出そうと必死だ。そんなことをしても無駄なのに。
隣に並んで歩いてる俺が一番の裏切り者だと知ったらどんな顔をするかな。
俺も、とっくに後戻りのできない場所に立ってるわけだ。戻る気もないけど。
《うまくやってる》
「そうか……」
父さんの表情は暗い。一族との板挟みによる心労のせいだろう。
やめてしまえばいいのに。そうしたら、俺たちも昔のように……。
「オレは……イタチがオレ達と違う考えを持っていてもいいと思ってる」
「…………」
言いたいことはたくさんある。どうしてそれを俺の前で言うのかとか、イタチに言ってやらないのかとか――もっと早くにその考えに至らなかったのか、とも。
もしくはずっと自分の中に秘めていたんだろうか? 一族を束ねる者として私情を挟まないために。
「…………」
唇が少し震えたが、いつものように動揺は表に現れなかった。
《ゆるされない》
「ああ……分かっている。オレ達はもう進むだけだ。お前や、お前達の子ども世代の為にも」
「…………」
いや、そっか、そういう目的なんだ? でも……うん、次の世代の為っていうより単純にムカつく木ノ葉の連中を潰そうぜ! みたいな自分達の感情優先なのかと思ってた。
実際に会合に参加してる連中の大半はそうなんだろうけど……少なくとも父さんの掲げているものは違うということか。
口先だけでも俺たちのことを想ってくれているなら、尚更イタチの願いを受け入れて里との共存を考えてくれたら良かったのに。
――だって、イタチはあれほど父さん達が望んだ跡取りだろう?
そんな話をしているうちに家に着いてしまった。
「父さんっ、スバルにいさんっ! おかえりなさい!」
玄関の扉を開けた瞬間に飛びついてきたサスケを抱きとめる。
会合のある日はどうしても一人でお留守番になるから、寂しい思いをさせてしまう。
《ただいま》
「イタチにいさんは?」
「イタチはシスイに話があると呼ばれたきりだ」
「……そっかあ」
――オレ達は止めてみせます、必ず!
あの日の言葉通り、二人は何度も一族の目を掻い潜ってクーデター阻止のために動いているようだった。
俺がそれを把握しているのは、二人の監視をダンゾウに任されているから。報告は勿論していない。
俺以外に二人を監視する根の忍がいれば幻術をかけて別の映像を見せ、なにかと誤魔化している。
シスイが三代目に直談判して一人で自由に動き回る権限を得たことも知っている。
あの言葉が上っ面だけでないことは分かっていたけど、その行動力には驚いた。そもそも保守的な三代目が了承すると思ってなかったんだよ。
だからこそ、一緒に見張っていた根の仲間にギリギリまで幻術をかけることを躊躇した。
結果として、仲間はダンゾウへ報告してしまったし、ダンゾウも焦って何かやらかしそうな雰囲気を出してきてる。
……完全に俺の落ち度だ。根の包囲網にいる限りどこかでダンゾウの耳に入るのは避けられないだろうが、時期を早めてしまった可能性はある。
「にいさん?」
深く思考に沈んでいたせいで、サスケの言葉を聞き逃していたらしい。俺は目を細めてサスケの頭を撫でた。
……幸せだ。俺はいつまで、この穏やかな場所にいられるんだろうなあ。
俺の所属している班の任務は無事に終わり、いつものように更衣室で着替えを済ませていた。
部屋の扉をノックする音がして、暫くしてからゆっくりと開く。
〔イタチ〕
「……スバル兄さん」
今でも俺のことを兄さんと呼んでくれる弟が愛おしい。それと同時に辛い。
イタチから向けられる感情の全てを義理に感じてしまうからだ。
カカシやテンゾウさんの姿は見えず、イタチだけが先に戻ってきたらしい。更衣室には俺とイタチしかいない。
無言で俺の隣のロッカーを開けて着替え始めるイタチ。その横顔には疲労がくっきりと滲んでいる。
すでに着替えを済ませていた俺はお面を外して懐に仕舞った。パタンとロッカーを閉じる。
あの日から兄弟としての会話は皆無に等しく、流石に俺も何度か闇堕ちしそうになったが何とか耐えている状態だ。
これまでイタチとの無言が気まずいなんて思ったことなかったのにな。今はいっそ、一緒にいる時間を減らした方が気が楽だった。
「スバル兄さんは知っていたのか?」
部屋を出ようとした俺の背中にイタチの言葉が刺さる。何のことかと問う前に、イタチが続ける。
「集落の監視を」
「…………」
俺は先ほど盗み見たイタチの顔に疲労が滲んでいた理由を察した。うちは一族の監視はそれぞれの班が交代で行うことになっている。
今日はろ班が担当だったか……。
あれいいよね。任務中に合法で弟たちを摂取できるんだもの。スバを。
《しっている》
イタチの表情に僅かに焦りが見えた。俺がこのことを父さん達に知らせていないか心配なんだろう。
念のため、周囲の気配を探って聞き耳を立てている人間がいないか確認する――大丈夫そうだ。
《しらせる つもりない》
「何故……? 兄さんは、一族の……」
イタチも周囲の警戒はすでに済ませていて、この話をしても問題ないと判断したようだが、最後は濁してしまった。
《あせりは やっかいな かんじょうだ》
例を出すとダンゾウとかダンゾウとか。アイツが焦って何かをしようとした時は必ず碌なことにならない。
うちは地区が暗部によって二十四時間監視されていることを父さんたちに知らせれば、必ず焦りや怒りが生じ、感情の赴くままにクーデター決行を早める可能性だってある。
俺の立場がうちは側であろうと木ノ葉側であろうと、クーデターの早期実行は都合が悪いわけだ。
お互いに準備不足の状態で衝突が起きるとどんな結果を齎すか分かったもんじゃない。
このクーデターに痛み分けはあり得ない。どちらかを完全に潰すまで止まらない――止めるべきではない。
どちらに天秤が傾くかは、すでに明らかだ。
《かならず せいこうさせなければ ならない》
「どうして兄さんはそこまで……」
《おれの ほんしつの ため》
「……本質?」
弟愛だよ。分かるだろ?
険しい表情をしているイタチを置いて、俺は更衣室を後にした。
その後、いつものように呼び出されたダンゾウの屋敷にて、俺の脳内では木魚のぽくぽくという音が永遠に響き渡っていた。
アレって実は眠気覚まし目的で叩いてるらしいね。今の俺は眠気というよりも、口から飛び出していこうとする魂を引き留めるためといいますか、逃避しようとする自分を現実に押し戻そうとするためといいますか。
……ああ、今日もダンゾウは元気だなあ。
「暗部はどうだ」
ダンゾウがそう問いかけた相手は俺じゃない。
ダンゾウの隣に並んで立っている俺は、目の前で頭を垂れている影を見下ろしながら必死に羊の数を数えていた。羊が二千五百二十イーチッ!
「まだ解りません」
短く答えたイタチが顔を上げる。その目は真っ直ぐにダンゾウを見つめている。
なーんでここにイタチがいるかな。さっき会ったばかりだというのに。……いや、分かってるけど受け入れたくないんだよ、この現実を。
「うちはイタチ。お前には今後の会合の内容をこちらに流してもらいたいのだ」
隣に俺がいるのに堂々と浮気か? この野郎。
「一族を裏切れと?」
イタチの目に僅かな苛立ちが見える。上手く隠しているが、ダンゾウには見透かされているだろう。羊が二千五百二十ヨーンッ!
「このまま策も見つけられず、一族と共に滅ぶつもりではあるまい。お前がワシに情報を提供すれば、一族の暴走を事前に止めることができるのではないか?」
「……解りました」
裏にいくつものパイプを持っているダンゾウならと考えたのかもしれない。
そんなイタチにダンゾウは優しげな笑みを向けた。かつて、カカシを根に取り込もうと画策していた時に浮かべていたものと同じだ。
イタチがダンゾウの居室を去った後、俺は慎重に思考を巡らせる。
『ダンゾウ様。うちは一族の情報なら、すでに手は足りています。……わざわざ彼の力を借りる必要はないのでは』
俺も根に所属してから知ったことだが、一族にはすでにスパイが二人紛れ込んでいる。ダンゾウの為なら死ぬことも恐れぬ根の忍たちだ。
このスパイたちは会合にも毎回参加している為、尚更イタチの情報が必要とは思えない。
「……お前はまだワシを推し量れていないようだな」
『…………』
「それとも弟が心配になったか?」
『そのようなことはありません』
「そうだろうな。お前はワシの手で育ててきた。誰よりもワシがお前のことを
分かってんだよおじさんはやめろ。鳥肌立っちゃったじゃないか。羊が二千五百三十サーンッ!
「うちはイタチは根に必要不可欠。会合の件はその足がかりにすぎぬ」
そうでしょうね。俺は、お前がイタチがアカデミーに入学した時からずっと気にかけてたのも知ってるんだからな。
「……近いうちにお前に会わせたい者がいる」
『俺に……ですか』
「その者にも指文字を叩き込んでおけ」
『承知致しました』
指文字を教えなきゃいけないってことは、俺がお面をつけていないときに関わる可能性が高いってことか?
モズもキノエさんも自主的に覚えてくれたから、こうやってダンゾウに指示されるのは初めてだ。
「クロ。お前はこれまで通りうちはイタチとシスイの監視を続けろ。動きがあればすぐに報せるように」
『羊が二千五百三十ロー……あ……』
「…………」
『…………』
分かってる、死んだ。
アレは確実に死んだなと思ったけど見逃してもらえた。「そのお面……」まで言われてしまったものの、必死に何事もなかった風を装っていたら「……もう下がってよい」と部屋を追い出された。
いや〜、シャバの空気は美味しいなあ!
そんな俺は今、お面を外してアカデミーの入り口の塀に背中を預けて目を閉じている。
せっかちな性格だと自覚もある俺だが、この時間はまったく苦にならない。永遠に待てる。
「スバルにいさーん!」
ほら、天使の歌声が俺の魂を迎えにきたっ!
瞬時に目を開けてこちらに駆け寄ってくる
アカデミー用のカバンを肩から下げて、こちらにぶんぶんと手を振っているサスケは……可愛かった。こんなの成仏しちゃう。
「どうして? もう任務終わったの?」
《ああ》
「スバルにいさんと一緒に帰るの初めてだね!」
嬉しくて堪らないといった様子で、サスケが俺に引っ付いて「えへへ」と笑う。
イタチといい、サスケといい、どうしてこうも存在が眩しいんだろう。この世で最も可愛い自信しかない。
可愛さレベルでギネスブックに載ったりしないかな?
でもな、サスケ。本当は入学式の日に一緒に帰れるはずだったんだ。全部あの男が悪いんだよ。
「スバル兄ちゃん!」
サスケと手を繋いで帰ろうとしたら、校舎から飛び出してきた影が俺の背中にタックルした。
――ナルトだ。
「うずまきナルト……!」
今にも噛みつきそうな表情と声色で、サスケがナルトを睨みつける。こんなサスケは見たことがなくて反応が遅れた。
えっ、いつもほわほわご機嫌で俺とイタチに抱っこされてるサスケが? 何かあるとすぐに両頬をぷっくりさせて怒ってますアピールしてくる可愛いサスケがっ!?
「へーんだ! サスケだけスバル兄ちゃんを独り占めなんて、ずるいってばよ!」
「スバルにいさんは、オレのにいさんだ! お前にはかんけーないだろ、ナルト!」
「…………」
可愛いショタ二人に取り合って貰えるなんていいご身分だな? でもどうしてか、あまり嬉しくない。
背中に張り付いているナルトは俺の左足を容赦なく踏んでるし、そんなナルトに噛み付いているサスケは俺と繋いでる手に力を入れすぎて爪が食い込んでいる。
地味に痛い……。なんだか切なくなってきた。
「オレやイタチにいさんより、こいつのことが好きなの?」
まさか、そんなわけないだろ? お前たちは世界一だよ。
「……兄ちゃん、アカデミーに入学してから一度も会いに来てくれないのは、本当の弟じゃないから?」
……いや、そんな……そもそも、他人に対して優劣を付けるのがおかしかったね! 何様なんだって話だよね、ごめんね!
《どちらも たいせつだ》
「…………」
「…………」
優柔不断なクソ野郎で申し訳ありませんでした。
今夜は満月だった。
この場を照らすのは月明かりのみだったが、隣に立っている少女の顔が鮮明に見えるくらいには明るかった。
「今ので最後、だね」
少女――セキが眉を寄せながら言う。
〔怪我は?〕
「ないよ」
〔それならいい〕
丁度ナルトの世話係兼護衛担当を外れてから、三代目は俺に新たな任務を授けた。
「今日は岩隠れの暗部…………」
忌々しそうにセキが睨んでいる先には、ついさっき二人がかりで始末した敵国の忍の死体が転がっている。
覚方であるセキを狙った、所謂誘拐犯である。未遂で終わったけど。
「スバルがいなければ殺されていたかもしれない」
〔…………〕
セキの言葉がいっそ大袈裟であれば良かったのに。
残念なことに、俺が三代目からセキの護衛を任されるようになってからというもの、彼女は何度も危険な目に遭っている。
敵国はセキを誘拐して覚方の能力を自分達のものにしようと目論んでいた。もしくは彼女の力が手に入らないのなら……暗殺。
みすみす木ノ葉に置いておくような真似はしないというわけだ。
〔どうして、今更セキが狙われる?〕
「……それは」
〔……言いたくなければいい〕
中忍試験以降、こうして彼女と二人で話をするのは二度目だった。
一度目は、イタチやシスイと正面から対立した日の夜。うちはの集落を抜けて、行く当てもなく里の東部にある森でぼんやりしていたらセキと再会した。
しかも偶然ではなく、丁度近くまで来ていたらしく、あまりにも俺の心の声が強すぎた為に、すぐに居場所が分かったのだという。
……恥ずかしすぎない?
あの日の俺はとにかく落ち込んでいた。いくら目の前に友人であるセキがいて、久しぶりの再会だったとしても、それを素直に喜べる状態ではなかった。
俺の心なんていつもお見通しなセキには、とんでもない醜態を晒してしまったと思う。
その日、セキはほとんど何も話さず、ただ黙って俺の隣にいてくれた。
それから数日後、三代目からセキの護衛任務を言い渡されたのは、きっと偶然じゃない。
任務開始から暫くは暗部らしく彼女に悟られないようにこっそり敵国の忍達を始末していたが、それがついにバレてしまった。
というより、あまりにも敵の数が多すぎて俺一人では捌ききれず、敵の手がセキ本人に届いてしまった。これは姿を見せないわけにはいかない。
俺は堂々と姿を現して、セキを連れ出そうとした岩隠れの忍を殺し……現在に至る。
「言いたくないわけじゃない。私は、スバルに隠し事なんてしない」
〔…………〕
別に隠し事の一つや二つくらいしていいと思うけどな。
セキは僅かに頬を赤らめて、深呼吸を繰り返した。まって、そんな無理して話さなくても……!
「月のやつが来たんだ」
〔…………つき、〕
それって女性に毎月くるっていう……あの……? それと最近の誘拐犯ホイホイと一体何の関係が……って、まさか!
「私が子どもを産めるようになったから――そういうことだよ」
かつての大蛇丸の言葉が蘇って、お面の裏側でサーッと顔を青くさせる。
他里の忍が一人の女性のそういった状況を把握してるだけで十分気持ち悪いってのに。
つまり、セキを誘拐して、その、あの……俺の純潔は今も守られてるわけでこの先を言葉にするのは憚られるわけだが……おい、まだ童貞なのかよって言ったの誰だ。
俺は妖精目指してるからいいんだよッ!
「火影様に優秀な忍をつけるって言われた日から、スバルかもしれないって思ってた……ありがとう」
〔……俺がいない時は、別の暗部がお前を守る。何も心配しなくていい〕
すごく心配だ。俺がいない時って誰が担当してるんだろう?
三代目に聞いたら教えてくれるかな……ダメだって言われたらこっそり火影室に忍び込んででも……。
セキがくすりと笑った。
「やっぱりスバルは優しいね」
「…………」
セキは何かとそう言ってくれるが、そこそこ自己評価が高い俺でも自分のことを優しいと思ったことはない。
「優しいから、そういう道しか選べなかったんだよね?」
〔…………〕
セキの言葉はぼかされていたが、俺には何についての話題かすぐに分かった。
空を流れる雲に一時的に光を遮られていた月が、再び顔を出す。照らされたセキの顔は――少し泣きそうに見えた。
「森で再会した時、スバルの心が全部見えた。……もう決めたんだね」
〔…………セキ〕
「私にはあなたを止められないよ」
もしかしたら俺はずっと誰かにこう言ってもらいたかったのかもしれない。
俺は後戻りしたいわけでも、逃げ道を求めているわけでもない。
ただ……知っていて欲しかった。俺はもう、どこにも行けないのだと。
〔俺は後悔しない。もう決めたことだから〕
「うん…………」
セキの手のひらが俺の被っている鳥面を掻っ攫っていく。
お面を無断で外してくる不届き者は過去にもいたが……今この瞬間、不快のふの字すら浮かばなかったのは何故か。
「お面がちゃんと機能してて良かったけど……私の前では必要ないでしょ?」
「…………」
なんか、ちょっと、あのさ。妙な雰囲気じゃない? ど……純潔を守ってきた俺でも分かる。
微笑んだセキから目を離せない。彼女の指先が俺の頬に触れて、引き寄せられる。
――だめだ。この引力には抗えない。
「…………スバルのえっち」
「!?」
薄らと閉じかけていた目を見開いた瞬間、頬に柔らかい感触があった。ああっ!?
「隙あり」
離れていったそれに名残惜しさを感じつつ、俺は未だに感触の残っている左頬を手で押さえたまま、唖然とした。
待ってくれ、情報量が多すぎる。
「怒らないでよ」
「…………」
怒るどころか混乱してるんだけど。一体どんな感情が伝わってるんだ。
まさか、想定していた場所にしてもらえなくて無自覚で怒ってたのか? …………とんだ変態野郎だな俺は!
セキはヒロインじゃないかもって言ってたけどこれはヒロインだ。ごめん、よろしくお願いします