じんせいみてい!   作:湯切

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第二話 きみに伝えたいこと

「入学おめでとう」

 

 三代目火影のありがたいお言葉を受けとった子供達は、すっかり緊張の糸が解けてしまったようだ。今では隣同士で内緒話に夢中になっている。

 

 忍者学校(アカデミー)の小さな運動場内で行われた入学式には、俺たち当事者を囲むようにして親兄弟や親戚が立ち並び、火影の言葉に耳を傾けていた。

 

「今日というめでたい日を無事に迎えられたこと、火影として嬉しく思っておる」

 

 晴れやかな顔でそう告げた火影と違って、俺の顔色は今にも近くの川にでも飛び込みそうなくらい悪かった。

 

 風呂でアカデミーに関するやり取りがあってから、なぜかイタチとの関係はぎくしゃくしている。

 表面上は以前と変わらないように見えるが、不自然なほどイタチと目が合わなくなったり、俺の訓練についてこようとしなくなったり。

 挙げていくとキリがない。エンドレス鬱。

 

 もし、もしもだ。イタチに本当に嫌われてたらどうしよう?

 去る者を追う勇気なんてないし、追うことでさらに嫌われる勇気もない。そうなれば、俺に残された道は一つ。

 

「あの…………」

 

 その時は潔く腹切って死のう。そうしよう。

 

 やっぱり全部俺が悪いんだ。というか俺の顔が良くない。

 毎日のようにやってる顔トレは未だに成果を得られてない。そりゃあ、常時ムスッとしてる無愛想は兄とは距離を置きたくなるに決まってる。

 

「うちは……スバルくん?」

 

 目の前で誰かの手のひらが上下している。俺はハッと意識を現実世界に戻す。

 その手の持ち主は困ったような顔をして俺の顔を覗き込んでいた。

 

 知らない顔だ。少なくとも、うちは一族の人間じゃない。

 

「もう入学式終わっちゃったよ。大丈夫?」

 

 見覚えのない顔だと思ったら、思い出した。入学式の間、ずっと俺の隣に立っていた子だ。他の子とは違って誰かとお喋りすることもなく、時々なぜか俺の方を気にする素振りをしていたっけ。

 

 俺は俯いて地面に目を落とした。ポカポカと照りつけてくる陽気とは対照的に、風呂事件からずっと俺の心は沈んでいる。

 

 わざわざ指文字やその他手段を使ってまで他人と意思疎通する気になんてなれない。うちはの人間じゃないなら、俺が声を出せないことすら知らないだろう。

 

「……知ってるよ。僕は覚方(おぼかた)一族のセキ。心を食べる化け物の末裔のことは、きみも聞いたことがあるだろ?」

 

 俺と違ってクセのない黒髪が目の前で揺れる。

 

 父さんから聞いたことがある。

 覚方とは透視能力に優れた一族で、読み取った他人の心をチャクラに変換して己に還元することができるという。

 元々は雨隠れの非戦闘民族だったが、希少な能力を持つが故にあらゆる戦争に巻き込まれ、殺され、たった数人の生き残りが木ノ葉隠れに亡命してきたんだそうだ。

 

 木ノ葉上層部の一部には、彼らの力を再び戦争に利用しようという動きもあるようだが、今のところ三代目火影が上手く躱しているらしい。

 平和主義者な俺は、そんな三代目の姿勢をひっそりと尊敬してたりする。

 

 って、待てよ。さくっと目の前の彼の経歴をなぞってみたものの、これってすごく俺に都合がいいんじゃないか?

 だって、声が出せなくても俺の心を理解してくれるってことだろ?

 

「…………きみって、見た目と違って随分素直なんだね?」

 

 ぽかんと頭が真っ白になって固まった俺に、セキと名乗った彼はくすくすと笑う。

 

 うわ、なんだこれ。これまで何度も自分の心が相手に伝わればいいと思ってたのに。いざとなると凄く……こそばゆい。

 

「僕もここまではっきりと読み取れたのは、きみが始めて……相性がいいみたいだ」

 

 セキはにこやかに笑って「ほら、もう校舎に入らないと。最初の授業に遅れちゃうよ」と俺の腕を引っ張った。

 

 

 

 記念すべき忍者学校の初日は可もなく不可もなく終わった。

 いや、嘘。不可しかない。すっげー疲れた。

 

 心も体も疲弊した状態で、力なく玄関へと続く扉に手をかける。

 こんなのが毎日続くなんて正気? アカデミーから自宅まで距離があるのも最悪だ。こんな重い体を引きずってちんたら帰ってたら、そのうち遭難しちゃうよ。

 

 ガラッと扉を開き、踏み出そうとした一歩が止まる。扉のすぐ向こうに人がいた。

 

「あ…………」

 

 癖のある黒髪が俺の肩辺りで跳ねている。

 

 扉の内側にいたイタチは肩を震わせ、ゆっくりとこちらを見上げてきた。

 

「…………」

 

 聞いてください。もう半年以上こんな反応なんです。やっぱり俺ってイタチにだいぶ嫌われちゃってるんですかね……?

 

 いつもなら俺を目の前にすると逃げるように去っていくイタチだったが、今日は何かを言いたそうに指をモジモジさせている。

 

 何度でも言うが、今日の俺は何もかもが限界だった。

 イタチは俺を避け続けるし、知らない人間に囲まれて勉強するアカデミーはぼっち属性の俺には向いてないし、そもそも拘束時間が長すぎて、以前のように遠くからイタチを眺める時間すらない。こんなの拷問じゃないか!

 

「えっ。に、兄さん……?」

 

 俺はぐったりとイタチの肩に顔をうずめた。

 

 もう無理なんだよ俺は。お前にまで嫌われちゃったら、どうやって生きていけばいいのかも分からない。

 

「どうしたの? アカデミーで楽しんできたんじゃ……」

 

 ぐりぐりとイタチに頭を押し付けて癒しチャージに夢中だった俺でも、どこか棘のあるその言葉だけは聞き捨てならなかった。

 

 イタチのいないアカデミーが楽しいわけないじゃんか! 

 

 俺はぶんぶんと頭を横に振った。

 

 ああもう、面倒だとか気が進まないとか、そんなこと言ってる場合じゃない。俺は声が出せない分、もっと伝える努力をしなくちゃいけなかったんだ。

 

 ――変わらなきゃ。このままイタチに嫌われたままなんて絶対に嫌だ!

 

「兄さん……。その眼……な、に?」

 

 イタチが真っ黒な目を大きくしてこちらを見ている。その瞳に映る自分の姿を見て、思わずイタチの肩を掴んだ。

 

 それは、以前父さんに見せてもらったのと同じ色をしていた。

 

 真っ赤な血の海を泳ぐ数匹のオタマジャクシ。それが、今は俺の両眼の中にある。

 

 これってまさか、写輪眼?

 

 何でこのタイミングで? 写輪眼の開眼条件って愛の喪失によるものだったような…………まさか、ついにイタチからの愛を完全に喪失しちゃったってこと!?

 

 写輪眼は奮起する心に反応して開眼することもあるが、この時の俺はそんなことはすっかり忘れていた。

 

 開眼に伴う激痛と体力の消耗で視界が揺れた。イタチが何かを叫んでる。

 

「スバル!?」

 

 慌ただしく二つの足音がこちらに近づいてくる――父さんと母さんだ。立っているのもやっとだった俺の体を支えてくれた父さんが、額に汗を流しながら呟く。

 

「写輪眼……」

 

 あれだけ俺に早く写輪眼を開眼しろって言ってたくせに。父さんの顔はまったく嬉しそうじゃなくて、なんだか拍子抜けしてしまった。

 

「父さん! 兄さんは大丈夫なの?」

 

「……ああ、問題ない。少し疲れただけだろう」

 

 そう言って、父さんが俺を抱き上げる。これには俺のぼんやりしていた意識も飛び起きて目を見開く。

 この歳で父親に抱っこされるなんて恥ずかしすぎる。今すぐ下ろしてくれ!

 

「スバル……いいから大人しく……フガッ」

 

 暴れるついでに父さんの顔面を勢いよくビンタしてしまった。

 

 

 

 真夜中だ。

 

 鈴のような音色が遠くから聞こえてくる。随分と長く眠っていたらしい。

 

「……っ、」

 

 って、痛い痛い! なんだこれ!

 

 まるで全身が筋肉痛になっちゃったみたいだ。足なんか、爪一個分動かしただけで攣りそうになってる。あまりの激痛に涙まで出てきた。

 

 写輪眼を使うどころか開眼しただけでこんな状態じゃ先が思いやられる。もっと体力つけないとなあ。

 

 出来るだけ負荷がかからないよう、細心の注意を払いながら体を起こそうとして、

 

「…………」

 

 ちょうど俺の足を枕代わりにしてスヤスヤと眠っている存在に気づく。……筋肉痛でよかった。いつものように動いていたら、間違いなく起こしていただろう。

 

 伸ばした手の甲で優しく頬に触れる。柔らかい。こうしてイタチに触れるのも久しぶりだった。起きる気配がないのをいいことに、心ゆくまでイタチの頭を撫でたり頬をプニプニすることにした。

 

 これまで我慢してきたんだ。今くらい許されたっていいだろ?

 

 それにしても、まさかこんな時間まで俺の看病をしてくれていたなんて。

 

 俺の内なる欲望たちが一斉に「弟、俺のことが嫌いじゃない!」と書かれた旗を振り上げた。満場一致で俺はイタチに嫌われてないことになりました。ありがとう!

 

 そんな虚しい一人遊びは思考の片隅に追いやり、イタチを慎重に抱き上げる。頼むから起きないでくれよ。俺の願いが通じたのか、小さな寝息は絶えず聞こえてくる。

 

 何とか俺の隣にイタチを移動させ、すっかり冷えてしまっている体に布団を被せてやった。それでもまだ寒いのか、イタチがぶるりと震えている。こうなってしまえば俺に出来ることはただ一つ……そう! 湯たんぽになろう大作戦である!

 

 イタチの隣に寝転び、同じ布団を深々と被る。イタチを腕の中に閉じ込めてゆっくりと目を閉じる。うん、あったかい。

 

 イタチがまだ一歳くらいの時にはこうやってよく一緒に眠ったなあ。

 

 布団をかけてくれるのはいつも母さんで、俺たちは起きるまでずっとお互いの手を握りしめて離さなかった。

 あの頃は良かった。今でもこうやってイタチのそばにいられて十分幸せだけどね。

 

 

 

 翌朝、起きたらイタチの姿はどこにも見当たらなかった。まさかの夢オチ?

 

 相変わらず全身痛いものの、何とか普通に起き上がって歩くことができた。

 部屋の姿見鏡に映る俺の顔は相変わらずの『無』だ。もっと表情豊かになりたい。

 

 そんなんだからイタチにも色々と誤解されるんだぞ!

 

「もう起きて大丈夫なの?」

 

 憂鬱な気分のまま居間に顔を出す。

 任務で使う忍具の整理をしていた母さんが、心配そうに声をかけてきた。

 

 それにしてもイタチはどこにいるんだろう。まだ訓練の時間じゃないはずなのに。さりげなく周りをキョロキョロと見渡していると、母さんが「ふふっ」と笑った。

 

「ほらね、言ったでしょう? 分かりにくいだけで、スバルはいつもアナタのことを気にしてる。ね、イタチ」

 

 すると、母さんの背中に隠れていたイタチがこっそりと顔を出した。俺の中に衝撃が走る。ええっ。なんでそんなところに!

 

「…………本当?」

 

 躊躇いがちにこちらを見上げてくるイタチ。

 俺はいつものように首を縦に振ろうとして――やめた。

 

 そうだよな。こうやって首を縦に振るか横に振るかでしか反応しないのがダメなんだって。せめて自分が大事だと思った時だけでも、きちんと態度で示さなくちゃ。またイタチに悲しい思いをさせてしまう。

 

 その場に膝をつき、ゆっくり腕を広げる。それが今の俺にできる精一杯だった。

 

 イタチの目がみるみる丸くなって、くしゃっと顔が歪む。

 いい意味でも悪い意味でも、弱みを顔に出さない子だと思っていたのに。

 

 イタチが勢いよく俺に抱きついてくる。ハイハイで俺の体をよじ登ってきた時とは全然違う。久しぶりの感触に胸がいっぱいになった。

 

 おっきくなったなあ……。

 

 そっと抱きしめ返して、ぽんぽんと頭を撫でる。

 

「ごめんね、兄さん……。大好きだよ」

「…………」

 

 大好き。イタチが俺を……大好き?

 

 今日が俺の命日かもしれない。どうしよう。嬉しい。嬉しすぎて、このままサクッと墓にインしちゃいそう。この感情が風化する前に息を引き取りたい。

 

 ズズッと鼻をすする。もう嫌だ、喜びが限界突破して涙まで出てきちゃった。

 

「まあ、あのスバルが泣くなんて。よっぽどイタチに避けられて寂しかったのね」

「えっ?」

 

 ちょっと母さん、お願いだから空気を読んで! 

 

「兄さん泣いてるの!? オレも見たい!」

 

 鬼畜か? なんでそんなにオレの泣き顔が見たいんだよ!

 

 頭を上げて俺の顔を確認しようとしてくるイタチを必死に阻止する。

 絶対にこの情けない顔は見せない。見せないったら見せないんだからな!

 

 

 

 イタチとの仲直りイベントを経て、俺は過去最高にご機嫌モードでアカデミーに登校した。死んだ表情筋が仕事しちゃってるのか、常にニヤニヤしてる俺を遠巻きに眺めてくるクラスメイトの視線が痛い。

 

 世間体なんてもうどうでもいいや。俺が幸せならそれでオッケーです!

 

「これはまた……どうしちゃったわけ?」

 

 幸せ絶好調な変質者にも平気で話しかけてくる変人が一人いたのを忘れてた。

 覚方セキ。何かと俺と行動を共にしてくる謎の人物である。

 

「氷結の貴公子が微笑みの貴公子にジョブチェンジしてるよ。恋でもした?」

「…………」

 

 ごめん、今なんて言った? ……貴公子?

 

「きみは周りの評価なんて気にしないから初耳だったみたいだね。ほら、うちはってみんな顔がいいし。スバルの氷のような冷たい雰囲気がいいって女子も多いんだよ」

 

 絶句した。二つ名がダサすぎる……。おそるおそる教室の隅で固まっている女子グループに顔を向ける。バッチリ目が合ってしまった。

 

 彼女たちは顔を真っ赤にさせて「キャーッ!!」と叫び、恥ずかしそうにこちらに背を向けてしまった。

 

 待って。今のはどちらかというと痴漢に遭った時の悲鳴じゃなかった?

 

「そんなことより、忍の心得第五十項まで覚えた?」

 

 俺の痴漢疑惑をそんなこと呼ばわりしたセキは、当たり前のように俺の隣の席に座った。……あれ? おかしいな。ついさっきまでそこには別の誰かが座ってたのに。

 

「善意で代わってくれたんだ。みんな優しいよね」

 

 まさかそんなわけないだろとは指摘できなかった。笑顔が怖すぎる。

 

 そんなことをしている間に、一つ目の授業が開始する時間になっていたらしい。

 教室に担当教師が入ってきた瞬間、全員がお喋りをピタッと止めてそれぞれの席に着く。相変わらず切り替えが早いことで。

 

 先生は教壇の上に持っていた紙の束を置き、ニカッと笑った。

 

「みんな揃ってるなー! 宣言通り、忍の心得第五十項までのテストを開始する」

 

 教室内がブーイングで溢れたが、俺は素早く筆記具を机の上に並べて、真剣な顔でテスト用紙が配られてくるのを待った。

 

 忍術と幻術の成績が絶望的な今、俺に残されたのは体術と筆記試験で点を稼ぐことだけだ。これだけは気を抜けない。アカデミーを卒業できなかったらイタチに幻滅されてしまう。

 

「よし、全員に行き渡ったな……はじめ!」

 

 教師の合図と同時に、裏返しにしていた紙をひっくり返した。

 

 

 

「さあ、やってみろスバル!」

 

 むしろ本人よりもやる気マシマシな父さんが叫ぶ。

 

 俺はそんな父さんの期待に応えるべく、何度も練習してきた印を結ぶ。

 うちは一族専用の訓練場は閑散としていて、今は俺と父さんの二人だけだ。

 

 さあ、今こそ修行の成果を見せる時! いでよ俺の暗黒龍、いや、影分身!!

 

 どろんと辺りが煙に包まれて、隣に何かの存在を感じた。もはや手応えしか感じない。徐々に霧のような煙が晴れていく。

 

「これは……!」

 

 父さんが感極まったような声を上げ……萎んだ。二人してそこに存在するものを見つめて思考を停止させる。

 

「……スバル。これが何なのか説明しなさい」

 

 俺が説明するのを……諦めろ! だって俺に分かるはずがない。

 なんで影分身を作ろうとした結果、スライムみたいな物体が出てくるわけ?

 

 俺の隣に存在しているスライムもどきが、もぞもぞと体を震わせている。一体何をしてるんだと覗き込むと、スライムもどきは二体に増えていた。……なんで?

 

「……細胞分裂」

 

 父さんが唖然と呟く。さすがに頭が痛くなってきた。

 

 何も出てこなかった時と比べたら進歩してるけど、よりによってスライムって。これ絶対攻撃力皆無だろ。すでに子孫繁栄しか考えてなさそう。あ、また分裂した。

 

「今日はここまでとする。片付けてから帰ってきなさい」

 

 力なく頷いた俺の肩に父さんがぽんっと手を置いて去っていく。時々くれるその優しさが余計に辛い。俺はもう一度印を結び、目の前で蠢いているスライムの実体を解除した。消費したチャクラの一部が体に戻ってくる感覚がする。

 

 せっかく写輪眼を手に入れたってのに、影分身がスライムになるなんて……。いっそコイツを敵の足元に出現させて転ばせちゃおうか? ぬめり具合だけは一人前だし。量産して底無し沼にしてもいいかもしれない。……あれ? 意外と使える?

 

 未来が明るくなったような気がしてきた俺は、スキップしながら帰宅した。

 

 

 

「スバルにいさん! 今日はどうだったの? うちはの誰にも習得できなかった、すごい禁術の修行してるんだよね!」

 

 家族四人で一つのテーブルを囲みながら穏やかな夕食タイムを満喫していた俺は、イタチの言葉を受けて思わず父さんを見た。

 後ろめたそうに逸らされた目を、そのまま睨みつける。

 

「……ハハ。そうだったな、スバル。修行の成果をイタチにも見せてやりなさい」

 

 しれっと裏切った父さんの足をテーブルの下で蹴り飛ばす。

 

「どうしたの父さん?」

「……とても難しい術だからな。スバルもまだ未完成なんだ」

 

 慌ててフォローする父さん。そうそう、いいところまでいったんだよ。俺はあの術を底なし沼の術って名付けることにしたから!

 

「スバル兄さん……すごい!」

 

 うんうん、スライムってすごいよな。敵が空でも飛ばない限り回避不可能な高等忍術になったりして!

 

 キラキラな目でこちらを見上げてくるイタチの頭を撫でる。ついでにイタチの頬についているご飯粒をとってやった。まったく、俺の弟はいつまでたっても可愛いな。

 

「ごほん……。それよりも、今日はスバルとイタチ……二人に大事な話がある」

 

 指についたご飯粒を口にして、すでに真剣な表情に切り替わっている父さんの言葉を待つ。そこには父さんの忍としての姿勢が表れていて、ちょっと緊張する。イタチも持っていた箸をテーブルに置いてピンッと背筋を伸ばしていた。

 

「木ノ葉が第三次忍界大戦中だということは知ってるな?」

 

 イタチの表情が暗くなった。

 

「……うん」

 

 沈んだ声に、俺の心まで落ち込んでしまう。心優しいイタチは、時々流れてくる戦争の状況を耳にしては胸を痛めているようだった。

 

 まだ戦争が本格的に始まったばかりなこともあって、三代目火影は幼い子供やその両親を戦争の人員として数えないよう取り計らってくれていた。

 

 すべては、忍術も身につけていないような子供が戦争の犠牲となるのを避ける為。また、親の愛情も知らずに戦争孤児となるのを防ぐ為だった。

 

「ちょうど一週間後、お前たちも戦争に参加することになった」

 

 パリンッとガラスの割れるような大きな音がした。立ち上がった俺の手のひらがコップに当たってしまったらしい。イタチを驚かせてしまったのは申し訳なく思いながらも、父さんからは目を離さない。

 

「……そう怒るな。これは最終決定だ。もう覆らない」

 

 なんでそうなる? 

 

 怒りで心が震えた。俺はまだしも、まだアカデミーに入学すらしていないイタチまで戦争に参加させるなんて!

 

 俺は父さんに向けて指文字を綴った。

 

《いたちには まだはやい》

「イタチにはすでに簡単な忍術と体術を身につけさせている。里が勝つか負けるかの大事な戦争に出さない理由はない」

《むだじにさせる つもりなのか?》

「忍として名誉ある死を無駄とするかは、お前の決めることではない」

 

 ついに父さんも椅子から立ち上がり、テーブルを隔てて本格的に俺との睨み合いが始まる。イタチはオロオロと父さんと俺を見比べていたが、母さんは黙々とご飯を食べ進めていた。……一人だけ違う世界線で生きていらっしゃる?

 

「お前たちはオレの率いる隊に配属される。子が親より先に死ぬのは何よりも不幸なことだ。……絶対に死なせはしない」

 

 ふっと力が抜けた。ガタンと椅子に背中を預けて、項垂れる。……ずるいなあ。そうやって覚悟を決めた目で言われちゃったら、これ以上反対しようがないじゃんか。

 

「兄さん、オレもがんばるよ! だから……!」

 

 イタチのどこまでも健気な言葉にも心が痛む。確かにイタチは優秀な子だ。猫の手でも借りたい状態の木ノ葉にとって大きな戦力になるだろう。

 

 だからって、どうしてこんな小さな子が戦争に行かなくちゃいけないんだ。里を守るため? 利益のため?

 

 俺にとっては、里よりも利益よりも、イタチの命の方が何倍も大切なのに?

 

「私も、貴方たちを戦争に連れて行くのはとても辛い」

 

 ずっと沈黙を保っていた母さんの手のひらが、俺とイタチの頬に触れた。

 

「だけどね、スバル。私たちは木ノ葉の忍なの。時には大切なものを捨ててでも、里を守らなければならない時がある」

 

 俺にはそんな立派な考えは持てない。だって、里よりも大事なものがここにあるのに。それを捨てるだなんて。俺は力なく指文字を続けた。これ以上問答を続けることは無意味だと分かっていたから。

 

《わかったよ》

「分かってくれたなら嬉しいわ」

 

 父さんと母さんがホッとしたように頷いて、椅子に座り直す。

 

 納得なんてしてないけど今は俺が折れるしかない。だって、忍として正しいのは二人の方だ。それは理解してる。

 

 何よりも任務遂行を優先に、里のためなら個が犠牲になることも厭わない。それが忍のあるべき姿だと、アカデミーでも嫌というほど言い聞かされているから。

 

 かつて任務よりも仲間の命を優先した忍がいたらしいが、最後は助けた仲間にすら責められ、孤立し、自殺したと聞く。任務において人としての心を強く持つことは、この里の人間にとって、よほど罪深いことなんだろう。

 

 この里に生まれた者として最低限の義務は果たさなきゃいけない。でも、俺にだって譲れないものがあるんだ。弟は――イタチだけは、絶対に守ってみせる。

 

《あしたも しゅぎょうするから》

「……ああ。そのつもりだ」

「オレも一緒に修行する!」

《いたちは かあさんにみてもらえ》

「えー」

 

 ぷくっと膨らんだイタチの頬を指で潰す。

 

 はあ、なんだか疲れちゃったな。指文字とはいえ、普段ここまで誰かと会話することって滅多にないし。気が抜けたら欠伸まで出てきた。

 

「兄さん、眠いの?」

 

 本日の指文字はもう閉店。俺はイタチの言葉に頷き、床に落ちたガラスの破片を一つ残らず回収した。食べ終わった後の食器も片付けて、腰に手を当てる。

 よし、本日のやらなきゃいけないことも終了だ。部屋で軽く明日の支度を済ませて、ゴロゴロしながら寝ちゃおう。こっそり隣に寄ってきていたイタチが、甘えるように俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。

 

「……今日はオレも一緒に寝ていい?」

 

 ダメなわけがない。むしろ俺は毎日イタチと一緒に寝たいです!

 

 俺は返事の代わりにイタチをいつものように肩車すると、真っ直ぐ自分の自室へと早歩きで向かった。

 

 

 

 戦争に参加することを聞かされた翌日、アカデミーに登校した俺を待っていたのは、息をつく暇もない質問攻めだった。

 

「スバルくん。弟くんと一緒に戦争に参加するって本当?」

「アカデミーの成績優秀者と、事前に訓練を受けている子供が選ばれたんだって?」

「明日から戦争が終わるまでアカデミーに来れないんでしょ? がんばってね!」

 

 これまで俺のことを遠巻きに眺めていたクラスメイト達の怒涛の手のひら返しには驚いた。どう反応したらいいのか分からない。ついには親しげに肩に腕を回してくる人まで現れて、身の置き場がなくなってしまった。

 

 生まれてからこれまで家族以外とほぼ交流を持ってこなかった俺だ。これだけ他人に囲まれるのも初めてだし、その関心がこちらに向いてるのも、勿論初めてだ。

 

 そわそわしちゃって落ち着かない。むしろ居心地が悪すぎる。相手の友好的な態度とは対照的に肩身の狭い気分を味わっていた俺に、救世主の声が届いた。

 

「スバル。今日は外で演習だよ、早く行こう?」

 

 セキだ。人に囲まれてすっかり教室の隅に追いやられていた俺は、目を煌めかせる。セキの登場によって勢いが削がれてしまった人混みを掻き分け、教室の入り口まで誰にも捕まらずに辿り着くことができた。彼は俺の顔を見て、にこっと笑う。

 

「人気者だね、スバル」

「…………」

 

 コイツ絶対分かってて言ってる。他人事だと思って!

 

 セキは手に持っていた俺の教科書を胸に押し付けてきた。いつの間に。

 

「でも、僕のおかげで無事に抜け出せただろ?」

 

 心を読む能力を持っているせいか、彼の周りには俺以上に人が寄り付かない。

 

 訓練で心を閉ざす術を身につけた忍の心を読むのは至難の業らしいが、忍としてまだまだ未熟な子供の心を読むのは、赤子の手を捻るより簡単らしい。

 

 その中でも、俺の心は他の人より強く感じ取れるって言ってたっけ。

 

 クラスメイトのほとんどがセキに心を読まれないよう関わりを持たないようにしているが、俺はむしろ彼の存在がありがたかった。

 

 だって、目に見える形にしなくても俺の意思を汲み取ってくれるなんて嬉しいじゃないか。ほら、俺って声出ない上に表情筋まで死んでるせいで実の弟にまで誤解されてた哀れな男だし。自分で言ってて悲しくなってくるな。

 

 俺は教科書をありがたく受け取って、学校の裏にある演習場へと向かった。

 隣を歩いていたセキが思い出したようにぽつりと呟く。

 

「戦争に行くんだってね」

 

 その口振りで思い出したが、彼の名前は戦争に参加するアカデミー生の名簿には載っていなかった。セキは俺とは真逆のタイプで、体力はないものの、幻術や忍術の中でもとくに繊細なチャクラコントロールが求められるものに関してはとびきり優秀だった。てっきり、彼も参加するものだと思っていたのに。

 

「貴重な血継限界を失うわけにいかないらしい。覚方一族はもう僕だけだから」

 

 だから、ここでスバルの無事を祈るよ。

 

 そう言ってこちらを振り返ったセキに、俺は心を読まれる前にと指文字を綴る。

 なんとなく直接伝えておきたくなったからだ。

 

《かならず もどる》

 

 セキは目を丸くさせて、ぶはっと我慢できなかったように笑った。

 

「ごめん、指文字は分からないんだ……でも言いたいことは伝わったよ」

 

 俺の影響で指文字を理解できるうちの家族が特殊だってこと、すっかり忘れてた。うわー、恥ずかしい。セキが嬉しそうに微笑む。

 

「待ってる」

 

 正しく伝わっているようで何より。

 

 

 

 アカデミーの後、父さんと共にうちは一族の訓練場にやってきていた。

 

 今日は影分身の術はお休みして、火遁だけを披露する予定だ。みてろよみてろよ。

 

 指文字効果なのか、印を結ぶスピードだけは誰よりも早くなった気がする。パパッと結び終わり、チャクラで練り上げ……勢いよく吐き出す!

 

 目の前で火の粉が爆ぜた。それは次第に渦巻き状の炎に包まれて見えなくなり、視界が轟々と燃え盛る巨大な火の球で埋め尽くされていく。

 

「……ついに成功したな」

 

 父さんが感慨深そうに呟く。悪かったな、成功するのが遅くて。

 

 炎は口内のチャクラが切れるのとほぼ同時に萎んで消えていった。やっと火遁のコツを掴めた気がする。

 

「これで火遁はクリアだ。うちは一族といえば、豪火球の術。これが使えてやっと一人前として認められる」

 

 フッと父さんが笑みを浮かべる。俺はびっくりして、つい、使う当てもないのに口内に再度チャクラを集めてしまった。

 

「さすがオレの子だ。……よくやった、スバル」

 

 骨張った大きな手でわしわしと頭を撫でられる。まさかあの父さんがそんな顔で俺を見て、そんな優しい手つきで俺に触れる日が来るなんて。

 

 やっぱりありえない。……幻術か?

 

 俺は父さんの手から逃れるように距離をとって、目を閉じる。

 

 もう一度目を開き――写輪眼になった。

 

「…………」

「…………」

 

 おかしい。そっちが幻術で惑わせてくるならこっちも写輪眼で幻術返ししてやろうと思ったのに。これが現実……だと?

 

「……お前はことごとく、オレの息子扱いが気に入らないようだな」

 

 えっ、なんでそうなるの?

 

 父さんはそれはもう深いため息をついて、肩を落とした。その背中からは哀愁が漂っている。

 

「何にせよ、これで一つはクリアだ。明日からは影分身の術に集中する。アカデミーとは別で戦争の準備期間に入るが、気を抜かないように」

 

 父さんはさっきまでの明るい表情が嘘のように、どんよりとした空気を醸し出したまま。気のせいか、周りの温度まで下がってる気がした。

 

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