じんせいみてい!   作:湯切

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第二十三話 守られていた

 うちは一族によるクーデター決行の前日――彼らを抹殺しなければならない日。

 

 自分に出来ることを全てやってきたかというと、未だに後悔ばかりが残っている。後悔……兄さんのこと、サスケのこと。

 まだやれることがあって、その為の努力を怠ってしまったのではないかという考えが消えない。

 

 もっとサスケの修行に付き合ってやれば良かった。

 

 もっとスバル兄さんと話をすれば良かった。

 

 過去を振り返り、懐かしんでもあの頃には戻れない。火影と同じ……もう二度と叶わない夢だ。

 

 九尾襲撃事件で集落の場所が変わってから、ずっと一日の始まりを迎えた自分の部屋を見渡す。

 物欲がなかったのと、両親が厳しかったのもあり、忍に不必要なものは一切置かれていない。

 そういえば、以前住んでいた家には子どもが遊ぶようなおもちゃがいくつかあったような覚えがある。あれは母さんが用意したんだろうか。

 

「…………」

 

 これ以上感傷に浸るわけにはいかない。自室から真っ直ぐ玄関へと向かう。

 

 いつもより丁寧に靴を履く。家を出れば、もう二度とここに帰ってくることはない。

 

「イタチにいさん」

 

 立ち上がろうとしたオレを引き止める声があった。

 

「もう任務に行くの? スバルにいさんも日が昇る前に出かけちゃったのに……」

「…………」

 

 スバル兄さんの任務は夕方までに終わる。決して長引くことがない簡単な任務を割り当てたのはダンゾウだ。

 仕事熱心な兄さんが三代目から別の任務を受けないよう根回しも済んでいる。

 

 ……これで最後だ。最後に少しだけサスケと過ごすことができる時間に留まろうと、浮かせていた腰を下ろした。

 

「あのね、スバルにいさんが昨日言ってたんだ。今日はイタチにいさんにとって大事な日だって」

「……スバル兄さんが?」

 

 サスケの顔には心から嬉しそうな笑みが浮かんでいる。こんな笑みを見るのは久しぶりだ。

 オレや兄さん、両親の変化を敏感に感じ取っていたサスケの表情は暗いものばかりだったから。

 

「だから、こうしてやれって!」

 

 背中に軽い衝撃があった。……どうして。

 

 オレの背中に力一杯抱きついてきたサスケの温もりに、冷え切っていた感情が痺れるような感覚。

 触れている部分が温かい。……動けなかった。

 

 これからすることを考えれば許されるはずがない。

 オレはサスケに憎まれて当然のことをする。いや、憎まれなければならない。全ては、幼い弟がこれからも続く未来を無事に生きていく為に。

 それがオレの勝手なエゴだとしても。

 

「スバルにいさん、昨日はいつもと違ったんだ。昔のにいさんに戻ったみたいに」

「…………」

 

 オレの肩に頬を乗せたサスケの声は弾んでいた。サスケの小さくて細い腕がオレの腹の辺りでもぞもぞと動いている。

 

「にいさんたちが仲直りしてくれたら、もっと嬉しいのに」

 

 サスケはあの日からずっとオレがスバル兄さんや父さんとケンカをしているのだと思ってる。

 これが後でいくらでも歩み寄ることができる些細なケンカであればどれだけ良かっただろう……。

 

「今日こそはイタチにいさんに手裏剣術の修行見てほしかったけど、明日にする! ねっ、約束だよ」

 

 サスケの温もりが離れていく。オレをこの場に縫い止めようとする平穏が終わる。

 

「ああ……約束だ」

 

 震えそうになる声を必死に抑える。

 

 もしもオレに明日があるのならば、お前はいつものように頬を膨らませて「嘘つき」と怒っただろうか。

 

 

 

 うちは一族の集落には、根による念入りな手回しのおかげで一族以外の人間が近づくことはない。

 サスケはアカデミーが終わった後、学校の先生から個別で手裏剣術の修行を見てもらうことになっている。この“先生”も根の人間であり、個別指導自体も今日のために仕組んだものだった。

 これで弟がすぐに集落に帰ってくることはない。

 

「…………」

 

 そろそろ日が落ちる――全てを終わらせる時間だ。

 

 最初に手にかけるのは彼女だと予め決めていた。

 

 腕の中で眠るように息を引き取ったうちはイズミの身体を床に横たわらせる。

 

 万華鏡写輪眼による“月読”を受けたイズミは幻術の中で幸福に包まれたままその生涯を閉じた。

 先に通常の写輪眼で気絶させておいたイズミの母親の背中に忍刀を突き立てる……イズミは母親と二人暮らし。

 この家で生きている人間はオレ一人だけとなった。

 

「順調なようだな」

 

 イズミの家から出たオレの背後に仮面の男、うちはマダラが現れる。この男の気配は独特だ。振り返らずとも分かる。

 

「うちはイタチ、お前はまだ幼い。好きな女だけでなく家族を手にかけるのはその身には重すぎるだろう。オレが代わりに殺してやる」

 

 マダラの言葉にひどく苛立っている自分がいた。

 

「言ったはずだ。両親と兄、うちはイズミは己の手で殺す。それ以外は集落を西と東に分けて分担すると」

「無理をすると壊れるぞ」

「これは任務だ。無理などしていない」

「素直になった方がいい」

 

 オレはマダラに背を向けたまま、外していた暗部の面を被り直した。これ以上の問答は不要。

 その場から立ち去ったオレに、残されたマダラは肩をすくめて、同じように姿を消した。

 

 

 

 すでに集落にいる大半の命を奪った。忍刀についた血が乾く前に払い、ついでに頬に付着していたものも手の甲で拭う。

 忍として、任務で返り血を浴びることはほとんどなかった。

 今夜は数が多すぎる……そんなことに頓着している余裕など皆無だった。

 

 ――自宅。斬って、斬って、斬り続けてここまできた。

 夜の闇に覆われた我が家は、朝方に出てきた時と何も変わっていない。変わったのは、自分だけ。

 

 玄関の扉の前にひとつの影が立っていた。

 

 腰まで伸びた黒髪を後ろで束ね、その瞳はただ静かにこちらを見つめている。

 

「……スバル兄さん」

 

 暗部の忍装束に身を包んだ兄さんが、ゆっくりと腰のホルスターに手を伸ばす。クナイを握った。

 ――動く。

 

 兄さんの右手が小さくブレたのを確認した瞬間、その場から飛び上がる。オレの左足があった位置にクナイが突き刺さった。

 間髪入れずに飛んできた蹴りを余裕を持って躱す。

 

「…………」

 

 俺の動きをじっと追いかけていた兄さんの目が一旦地面に落ちて、やがて小さなため息が聞こえてきた。

 殺気が完全に消えている。

 

「……どういうつもりだ」

 

 暗部の任務で何度か一緒になったが、兄さんの実力はこんなものではない。体術だけを極めてきた兄さんの動きは写輪眼であっても追いきれず、実に軽やかだった。

 勝機がないわけではないが、万華鏡写輪眼を持つ父さんと同じくらい苦戦する可能性があると踏んでいた。……なのに。

 

 すでに持っていたクナイを地面に落としてしまった兄さんの両手が持ち上がり、指文字を綴った。

 

《ころせ》

「…………なぜ、」

 

 手を抜いているようには見えなかった。けれど、本気でオレを殺そうとしているようにも見えない。

 

《やくめを はたすときが きた》

 

 兄さんの表情は穏やかだった。

 

《これで おわる》

「……初めからここで死ぬつもりだったというのか?」

《そうだ》

 

 兄さんの腕が垂れ下がり、もうこれ以上話を続ける気はないのだと悟る。

 

「…………」

 

 手に持った忍刀を持ち上げることはしなかった。

 

 うちはイズミにそうしたように、オレはスバル兄さんにも“月読”を使うと決めていた。

 

 瞳に熱が集中し、模様が変わる。

 

 視線が交錯した兄さんの身体がびくりと震えた。

 

 イズミに見せたものは偽りの人生だったが、兄さんに見せるものは――嘘偽りのない真実のみ。意識を集中させる。

 

 オレの記憶の始まり。

 

 こちらを見つめる無機質な瞳が大きくなって、腕を掴まれる。

 

 自室で本を読んでいた大きな背中に飛びついたせいで、兄さんがバランスを崩していた。

 飛びついたオレごと床に転がりそうになったところを、ギリギリ踏ん張った兄さんに腕を掴まれて難を逃れる。

 

 無邪気に笑っているオレを、兄さんが優しく抱きしめてくれた。

 

 躊躇いがちに広げられた腕。

 

 アカデミーに通い始めた兄さん。オレばかりが寂しくて、兄さんはなにも感じていないのだと思っていた。

 勝手に怒って、拗ねて、避けていたくせに、兄さんがアカデミーから帰ってくる時間には必ず玄関で待つようになっていた。

 

 写輪眼を開眼した兄さんが倒れた翌日、母さんの背に隠れたオレが見たのは、真っ先にオレの姿を探すように彷徨う視線。

 

 母さんに背中を押される。じっとオレの挙動を見つめる兄さんの瞳は……揺れていた。

 素直になれなくて歩み寄れずにいたオレに、広げてくれた腕。胸がいっぱいになる。

 正面から抱きついたオレを抱きしめて頭を撫でてくれた兄さんの手のひらは、とても温かかった。

 

 それから――

 

 

 月読によって凝縮された過去の映像を見せていた途中。

 

「はは…………」

 

 幻術の中で兄さんが笑った――()()()()()

 

「なんだよこれ……他人に興味なんてなさそうな顔して…………」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 

 思わず月読を解除する。精神と肉体の体感時間の差異が大きすぎたのか、兄さんが苦しそうに咳き込んだ。

 ……いや、目の前の男は兄ではない。

 

「……お前は」

「…………」

 

 兄さんと同じ顔をした男を前に、すでに答えは出ていた。

 

 顔を作り替えていたゴズとメズのように、この男もずっとスバル兄さんに成りすましていたというのか? 一体いつから……?

 

「万華鏡写輪眼……普通の幻術と違うわけだ。一本取られたよ」

 

 男がけらけらと笑う。無邪気さの残る笑い方に、漸く男の正体が分かった。

 

「お前は、スバル兄さんの部下の……?」

「もう言い逃れはできそうにないな……隊長の弟ならオレの弟でもあるって言っただろ?」

 

 兄さんと共に任務に参加した時、部下であるこの男もいた。男の名は、ユノ。

 

「オレは根の忍だ。与えられた役割は、ここであの人の代わりに死ぬこと」

「…………」

「“うちはカゲン”を殺してきたんだろう? もう時間がない。ほら、さっさと終わらせてくれ」

 

 男が目を閉じる。

 

「……なぜ兄に成り代わる必要があったのか、兄はどこにいるのか、話すつもりはないんだな」

「根の忍は拷問されても任務内容を漏らさない」

 

 根の忍が任務のために躊躇いなく命を投げ捨てることは嫌というほど知っている。火影直属の暗部よりもその覚悟は強い。

 ユノが満足げに目を細める。

 

「オレには理解できない感情だけど……ちょっとだけあの人のことが分かった気がして楽しかったよ」

 

 握りしめた忍刀を突き立てた。

 

 

 

 動かなくなったユノを見下ろし、彼の背中の忍刀を手に持つ。一度も使われておらず、新品同然だった。

 シスイが死んだ翌日、兄さんはすでにあの男と入れ替わっていた………?

 

 “すぐに崩せる”

 

 あの日、兄さんの唇は確かにそう動いた。

 どうして気づかなかったんだろう。口から言葉を発することのない兄さんが、無意識にそんなことをするはずがない。

 あれは普段から口で話している人間がすることだ。

 

「…………」

 

 思考を占めようとする存在に首を振る。今はこんなことを考えている場合じゃない。

 

 玄関の扉を開く。不自然なほど人の気配を感じられない。だが、両親が帰宅してから一度も外に出ていないことは確認済みだ。自室か、台所か……。

 玄関の壁に立て掛けられた時計の針を確認する。そろそろサスケが帰ってくる時間だった。

 

 外の異変に気づいて気配を絶っているのか。

 

 どこで奇襲を仕掛けられても対応できるよう、忍刀を強く握りしめた。

 

 台所……いない。

 

 応接間……いない。

 

 両親の自室……いない。

 

 まさか、外に出たのか? いや、そんなはずはない。見張っている根の忍から連絡がきているはずだ。

 

 サスケの自室にもいない。残るはスバル兄さんの自室だ。

 スバル兄さんの部屋の障子を開ける。

 

「……父さん? 母さん?」

 

 オレの足元でうつ伏せ状態で倒れている二人の身体は血で赤く染まっていた。

 

 膝から力が抜ける。その場に倒れ込むと、手にべったりと血がついた。

 ……まだ乾いていない。殺されてから時間が経っていない証拠だ。

 

 震える手で両親に手を伸ばす。首に触れると、まだ僅かに熱が残っていた。脈はない。

 部屋を見渡せば、争った形跡は見当たらない。

 

 真っ先に疑ったのは、忍装束に身を包んで玄関の前に立っていたあの男。

 

 兄さんの姿で油断させて、後ろから両親を……?

 

 二人の背中には暗部の忍刀によるものと思われる深い刺し傷がある。しかし、ユノの持っていた刀は血液が付着していないどころか刃こぼれひとつしていなかった。

 武器を持ち替えたのか、別の人間がやったのか。

 もう一人思い当たる人物がいる――うちはマダラ。あの男はオレの代わりに両親を殺すなどと口にしていた。

 本当に実行に移すとは思っていなかったが……。

 

 玄関の方角から、絶叫のようなものが聞こえてきた。

 

 オレの自室よりも物がない兄さんの部屋を急いで見渡す。小テーブルの上に置き時計があった。……もうサスケが戻ってくる時間。

 

 兄さんの部屋を出て、玄関へ走る。

 

 小さな影が何かを抱きしめて震えていた。

 

「あ……ああ…………どうして、スバルにいさんが、こんな……!」

 

 音もなく、その小さな子どもの背後に立つ。

 

 子ども――サスケは、兄さんの姿をしたユノの亡骸を抱きながら泣き叫んでいた。

 家の中に移しておくべきだったと後悔しても遅い。

 

 わざと足音を立てるとサスケが顔だけで振り向いた。

 

「い、イタチ、にいさん……」

 

 サスケの瞳にたっぷりと溜まった涙に胸が押し潰されそうになる。

 

「イタチにいさん! スバルにいさんが……!」

 

 サスケの言葉が途切れる。その瞳はオレの持つ忍刀を映して、ゆっくりと顔を上げる。

 オレの服は血を吸いすぎて重くなり、変色もしている。頬には血を拭った跡が残り、髪には酸化した血液がこびりついていた。

 

「――なんで?」

 

 本当に、純粋に心の奥底からの疑問だったんだろう。

 どうしてオレが返り血だらけで立っているのか、刀を手にしているのか、冷たい目で自分を見下ろしているのか。幼い弟には何一つ理解できない。

 

「愚かなる弟よ」

 

 自分でも驚くくらい冷え切った声が出た。

 

 ああ……これが最後の仕事。

 

 兄として弟に残すことができる唯一の“傷痕”として、今からすることをその小さな胸に刻みつけなければならない。

 

 すうっと閉じたばかりの瞳を開く。

 

 ――月読

 

 スバル兄さんに刀を突き立てる。

 

 サスケが叫んだ。

 

 両親の背後に降り立って、容赦なく命を奪う。

 

 サスケの叫び声が徐々に細くなって、大きな震えと共にその場に崩れ落ちる。

 

 ゆらりゆらりと揺れる真っ赤な視界の中。

 

 サスケは月読を解いたオレを地面に這いつくばりながら見上げている。……その瞳に憎しみの色は見えない。

 

 足りない。これでは、足りていない。オレへの憎しみ……お前がこれからも生きていく為の力が!

 

「どうして、イタチにいさんが……スバルにいさんや父さんたちを……」

「己の器を量るためだ」

 

 任務だった。一族すべての命を奪ってでも止めなければならない理由があった。

 

「器……? そんなことのために、スバルにいさん達を殺したっていうの……?」

「…………」

 

 言葉がつっかえて出てこない。クーデターがきっかけで起こるであろう戦争を防ぐために、一族全員を殺すという選択が正解だったとは思っていない。

 三代目の言うように、他にいくらでも道はあっただろう。……もう後戻りのできない状況ではなかったならば。

 

 ――シスイ。

 

 あれから何度もお前に問いかけた。オレはどうすれば良かったのかと。

 友に託された夢を、一族を、こんな形でしか終わらせることができなかったオレを、きっとお前は恨んでいるだろうな。

 ふっと自嘲気味な笑みがこぼれた。

 

 オレに殴りかかろうとしたのか、拳を握りしめたサスケが立ち上がる。だが、幼いサスケが月読によって受けたダメージは大きい。

 ふらつく身体を上手く支え切れずに前のめりになって倒れる。

 ……手を差し出して背中を支えてやることすら、もう二度と出来ない。

 

「にい、さん」

 

 サスケの倒れた先には二度と目を開けることのない兄さん……ユノの顔があった。

 

 小さな悲鳴を上げて、サスケが後ずさる。自分もこうなるのだと本能で察したのだろう。

 

 ――生きてくれ。

 

 自分勝手な兄を許さなくていい。兄だと思わなくていい。一族を虐殺した犯罪者として力の限り憎んでほしい。

 愛する弟に憎まれるのはこの身が引きちぎられるように痛い。けれど、お前の方が痛い。一族の無念を背負って生きるしかないお前の方が……きっと、もっと辛い。

 

 いつかお前の手で殺されることになるとしても、お前が、生きて、生きて、生き延びて、オレの前に現れるその日を待つ。

 

 それだけでオレは……この絶望だらけの世界を生きていける。

 

 ――大きくなったら、オレも警務部隊に入るからさ!

 

 屈託のない笑顔と共に、あの日のことを思い出す。

 

 ――スバルにいさんと、イタチにいさんと、オレでこの里の治安を守るんだ!

 

 夢は夢でしかない。それでも……救われていた。

 いつだってお前はオレにとっての“希望(ひかり)”だった。

 

 

 

「そろそろ姿を現したらどうだ」

 

 一族抹殺後に三代目といくつか話をして、オレは木ノ葉隠れから砂隠れの里へと続く街道の外れにある森の中にいた。仮面の男と話をした場所でもある。

 

 虚空に投げかけた問いかけが小さな波紋を呼び、風と共に三人の姿が現れる。

 

 あれからずっとオレの後をつけていた監視の目…………根の忍達だ。

 

「分隊長……」

 

 三人はダンゾウによって与えられた部下だった。彼らにゴズとメズを足せば五人。……ゴズとメズに関してはすでに殺している。

 残った三人の中には、シスイの死の間接的な原因となった油女一族の男もいた。

 

 三人のうちの一人が手に持っていたクナイを鋭く投げつけてくる。

 

「こちらとしては、Sランク犯罪者である隊長を一応は捕らえようとした。そういう体裁が必要なんですよ」

 

 クナイの軌道から最小限の動きで逸れて、彼らの次の動きを止めるべく忍刀を抜いた。

 

「体裁を整える……動きではないな」

 

 抜け忍となったオレがいずれ里に不利益を及ぼすことを危惧したダンゾウによる差金だろう。サスケに手を出せば里の重要機密を全て敵国に流すと脅した結果でもある。

 尚更こんなところでやられるわけにはいかない。三代目にはサスケを守るよう約束させたものの、オレはあの人を完全に信用したわけではなかった。

 

「この力を“仲間”に使うのは初めてだが…………」

 

 ――天照(あまてらす)

 

 オレの目が真っ先に捉えたのは、油女一族の男。アカデミーへ入学した時からオレの行動の全てをダンゾウに報告していた忍だった。

 テンマが死に、シンコが忍を辞めた後、二人の穴を埋めるようにオレと同じ班に入ってきた新入りのうちの一人がこの男――油女ヨウジ。

 今はまた別の名前を名乗っているが、オレにとってはこちらの方が馴染みがある。

 

「シスイの仇だ」

 

 漆黒の焔が一瞬で油女ヨウジの身体を覆い尽くし、獣が肉を貪るように蹂躙していく。

 悲鳴を上げることなく息絶えたのを見た残りの二人の動きが止まる。

 

「万華鏡写輪眼……」

 

 それが彼らの最期の言葉となった。

 

 天照による炎が三人の肉体を焼き尽くしてついに消えようとしたその時、草むらから数人のお面をつけた男女が飛び出してきた。

 

 根の追手か――しかし、どうも様子がおかしい。彼らはオレに襲いかかるどころか、何かから()()()()()ようだ。

 

「う、裏切るつもりか、ダンゾウ様を!!」

『……裏切る? バカなことを言うな。元々俺はお前達の仲間じゃない』 

 

 遅れて草むらから姿を現した青年の、血に濡れたお面が月明かりに照らされる。

 

 白い猫のお面は酸化した返り血のせいで黒に染まり、彼のコードネームを脳裏に浮かび上がらせた。

 青年の持つ忍刀も夥しい量の血を吸っている。あれでは斬りにくいだろうに、刀に纏わせたチャクラで補っているようだった。

 

「クロネコッ!! このようなことをして許されると思うな!」

「必ず我らの仲間がお前を見つけ出して殺す!」

『死人に口無し。この場にいる根がすでにお前達だけだとなぜ分からない』

 

 根の暗部達の顔色が悪くなったのが分かる。お面をつけていようと、動揺のせいで感情が剥き出しだ。

 

『そもそも俺は許されたいなどと思っていない。……ずっとこの日のために生きてきた。これもまだ“一歩”に過ぎないが』

 

 追い詰められた根の忍達が後退りする。

 まるで駄々をこねる小さな子どもに言い聞かせるような口調で青年は続けた。

 

『そう心配するな。お前達の分まで、俺がこれからもダンゾウの元で務めを果たしていく――最後の瞬間まで』

「だ、ダンゾウ様……」

 

 青年が緩慢に首を傾げる。

 

『現世に遺す言葉がそれでいいんですか? ……キノト先輩』

「貴様…………ッ!」

『うん、そっちの方がいいですよ。それでは、先に向こうで待っていてください』

 

 青年の手が目で追うのもやっとな速度で動く。

 瞬き一つする間にその場にいた根の暗部全員の首が地面に転がっていた。

 

「貴方は…………」

 

 色のない瞳がこちらを見返してくる。お面の内側で、青年がへらりと力なく笑ったような気がした。

 

『これを見た人間は全員殺さなきゃいけないんだけど……お前のことは殺せないなあ……』

 

 独り言のように呟く。青年の纏う雰囲気はがらりと変わっていた。

 

「……根の貴方がどうして、こんなことを」

『俺は根の人間でも、木ノ葉の人間でもない。俺の本質はもっと別のところにあるからだ。目的のためなら何だってやる……それだけのこと』

 

 ――おれの ほんしつの ため

 

 かつて、たった一人の兄も同じようなことを言っていた。…………本質。その正体を、結局オレは知ることができなかった。

 

「オレを殺せないと言ったのは、その目的に関係があるからか?」

『鋭いな、その通りだよ』

 

 今度こそ、ハッキリと青年が笑った。

 

『お前には生きていてもらわないと困る』

「…………」

『俺は嬉しいんだ。この気持ちは……そうだ。そうでなくては困る』

「何の話だ」

『お前が一生知る必要のない感情の話だよ、イタチ』

 

 闇の中で二つの瞳が揺らめいている。それは血色に染め上げられていて、こちらの心を全て見透かすように細められている。

 ……まさか、そんなはずはない。

 

「どこでその眼を」

 

 喉の奥が妙にひりついている。……そうだ、オレはずっとその可能性に気づいていた。

 

 青年の瞳に浮かぶ六つの小さな星が四芒星の中を泳ぐように煌めいている。

 

 ――万華鏡写輪眼。確かに、その輝きだった。

 

 オレは、この人のことを何も知らなかった。

 

 頬を温かい涙が伝う。心だけが過去に置き去りにされたまま帰ってこない。

 

 どうして気づかなかった。ずっと、ずっと、そうだったじゃないか。

 

 オレの涙に気づいた青年が大きく目を見開いた。その腕を逃さないように強く握りしめる。

 青年の肩がぎこちなく揺れただけで、胸が張り裂けそうだ。

 

 溢れ出した心の柔らかな部分は、鋭く研磨してきた言葉遣いでさえもかつての形に戻そうとする。

 抑え切れなかった嗚咽が漏れた。

 

「…………兄さんは、ずっとそうやってオレ達を守ってくれていたの?」

 

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