久しぶりに見た大蛇丸は以前会った時と全く変わっていなかった。
ダンゾウのように不穏をその身に纏ったチャクラは遠目からでも分かる。俺の嫌いなヤツ感知レーダーもなかなかのものだ。
――だからだろうか。不意に背筋にぞくりと悪寒が走ったのは。
「木ノ葉のお客さんなんて、珍しいじゃない」
真後ろからねっとりとした独特の声が聞こえた。
合流地点にいた大蛇丸の姿は小さな煙に包まれて見えなくなっている。あそこにいたのは分身だったのだと頭で理解するより前に、俺たちは木の上から飛び降りていた。
翻した背中越しにクナイを放つ。大蛇丸に避けられたクナイが木の幹に突き刺さり、揺れた枝からいくつもの葉が舞い落ちていく。
その一つが地面に降り立った俺の肩の上に落ちた。
最悪だなこりゃ。例の木ノ葉から逃げ出した大蛇丸の部下とやらが変化してるのかと思ったら、明らかに本物じゃないか!
肩の葉っぱを手のひらで払い落とす。
〔……クロ〕
『はいはい。後は俺に任せてさっさと逃げてくれる?』
他にも何か言いかけた本体だったが、僅かな沈黙の後にイロの腕を引っ張って、来た道を引き返していく。
この場に残されたのは俺と大蛇丸の二人だけ。
もしかしたら例の部下が近くに潜んでいるかもしれないので、周囲への警戒も怠らない。
「そのお面……コードネーム……うちはスバルは死んだと聞いていたけれど、違ったのかしら」
『うちはスバルは死んだよ。うちは一族虐殺の夜……実の弟の手にかかってね』
「ええ、そうね、彼とアナタは随分と“オーラ”が違うもの……それに、あのイタチくんが仕留め損ねるとは思えないしね」
そうだろう、そうだろう。イタチは優秀だもんね。
まあ俺もあの時死んでたら良かったんだけど。生きてる人間にしか出来ないことがあるんだから仕方ない。
「だとするとアナタの正体は一体誰なのかしら。秘密主義な根の人間は素直に教えてくれないでしょう?」
『今すぐ俺の周りを百周してワン! って言えたら考えなくもないよ』
「…………」
どちらかと言うと平和主義な俺が提供した妥協案はどうやら気に入らなかったらしい。大蛇丸は無言で腕から蛇を生やしてこちらに迫ってくる。
まったく、話が通じないやつだな!
「
『おっと……そんな気持ち悪いもんを伸ばしてくるなって!』
全国の蛇好きには申し訳ないが、俺は蛇が大嫌いだ。大蛇丸のせいで。大蛇丸が悪い。大事なことなので二回言うし、このトラウマは一生払拭できないと思う。
大蛇丸の腕から伸びてきた蛇の牙から逃れて、三歩以上後ろに下がる。
大蛇丸の蛇イコール毒持ちなのは確実だ。迂闊に近づけない。
手持ちの解毒剤で対処できるか分からないし、スライム体とはいえ毒にかかれば動きは鈍くなる。
「……本当に別人のようね」
しつこく疑っていたらしい大蛇丸がつまらなさそうに言った。
……なんでそんなにうちはスバルに拘るんだよ。身の危険を感じたせいか、少しだけ尻に力が入った。
『逃げた二人を追いかけなくていいのか?』
「いくら私でも三対一は不利だもの、アナタだけをじっくりいただくとするわ」
『拷問で情報を聞き出すのは一人で充分ってことね』
ゆったりと笑みを浮かべる。
大蛇丸に限って三対一が不利なわけないだろ。人間よりも厄介な蛇たちを数に入れるのを忘れてもらっちゃ困る。
よし、ここはプランFだ。
『ダンゾウ様と大蛇丸様は以前協力関係にあったでしょう。俺がここに来たのも何か貴方のサポートができないかと思ったからで……』
「フフ……口が達者なようね。木ノ葉に紛れ込んだスパイの正体が私だったと聞いてもその調子が続くかしら」
『…………』
フレンドリー作戦は呆気なく失敗に終わった。
なるほどね、俺たちが追っていた大蛇丸の部下がご本人だったわけだ。優秀な根の忍が二人がかりでも瞬殺された理由が分かった。
『……なぜわざわざそのような真似を?』
「様子を見に来たのよ……うちは一族のたった一人の生き残り……あのうちはイタチですら“殺さなかった”子どもが気になってね。姿を見る前に里中をコソコソと監視している根に見つかってしまったけれど」
ゴウッと風が鳴る。
俺が手にしていたクナイが大蛇丸の頬に浅い傷を作り、傷口からゆっくりと血が垂れていく。
大蛇丸が珍しく驚いたように目を見張った。
「…………地雷を踏んだかしら」
大蛇丸はすぐに飄々とした態度に戻っていた。その首元にクナイを突きつけたまま、睨みつける。
『うちはサスケは、木ノ葉隠れにとって貴重な血継限界である写輪眼を持つ唯一の存在。抜け忍に渡すわけにはいかない』
「早とちりね。彼には手を出さない…………今は、ね」
『いずれ“木ノ葉の宝”に手を出す輩をみすみす見逃せると思うか?』
大蛇丸がくすくす笑う。
「まさか、この私に敵うと思っているの? あの二人がアナタを置いて逃げたのは、アナタが私を倒せるからじゃない。良くて足止め……ただの弾除けにされたのよ」
『俺が望んだことだ』
「自殺願望者ってところかしら」
見下すような目をしている大蛇丸に、俺の心はどこまでも穏やかだった。
『――死にたいさ。たったそれだけでこの地獄が終わってくれるなら』
オリジナルの精神的ダメージを引き継がないように、オリジナルの苦しみの記憶は
記憶が無くなったわけじゃない。ただ、一時的に薄れているだけだ。
思い出したところで、記憶と感情は上手く切り取られて繋がらないようになっている。
だから、あの夜の感情を今の俺が語るならば、それはただ過去の自分をなぞっているだけにすぎない。
死にたがっているのは
それでも“彼”の感情を正しく理解できるのは、俺が間違いなく“彼”であるからだ。
『俺が貴方を足止めできるか……試してみますか?』
「やけに自信があるのね」
お面の内側で口端が吊り上がる。
『一瞬で沈みますよ』
「ちょっと待ちなさい…………正気なの?」
あの大蛇丸がめちゃくちゃ狼狽してる。
なんかもうそれだけで俺の勝ちじゃね? という気持ちになった。いやこれ実質俺のターンだろ。
「沈むってアナタのことだったの!?」
『…………』
「だんまりはやめなさい」
首から下がドロドロに溶けてしまってる俺が無言で見上げると、大蛇丸がこの状況に何をどうしたらいいのか分からないようで、ファイティングポーズを取ったまま固まっている。
大蛇丸からしたら沼の上に生首が浮いてるみたいになってるだろう。
あれから大蛇丸と戦闘を開始したわけだが、うちはスバル最大の特徴である体術をそこそこに抑えなくてはいけない以上、俺に勝ち目があるはずもなかった。
元々チャクラも半分しかなかったし、書類整理やここにくるまでにそれなりに消費しちゃってる。
攻撃を受けた箇所は勝手にスライム状になり、チャクラを消費することによって自動的に元に戻るが、俺はそうしなかった。
見事に首から下だけに受けたダメージをそのままにしていたら、沼に生首がぷかぷかしているこの状況を作ってしまったわけだ。
「
研究者としての知識欲が刺激されたのか、大蛇丸がぶつぶつと独り言を言っている。その目が“ガチ”の類いでちょっと怖い。
「その状態からどのような反撃を見せてくれるのかしら?」
『あ、もうここから動かないです』
「…………」
心なしかわくわくしてる素振りを見せていた大蛇丸の目が一気に冷たくなった。酷いや。
「何がしたかったの……?」
『そんなガチトーンで言われるとちょっと』
どいつもこいつも、まったく失礼だ。
俺はやれやれと肩をすくめながら(肩部分はスライムなのでバシャバシャと液体が跳ねただけだ)、ゆっくりと両目を閉じる。
瞳に熱が集中したのを自覚した途端、左眼のみを開いた。
『――
沼から勢いよく飛び出した液体が凄まじいスピードでチャクラを帯びて、腕の形になっていく。
腕が油断していた大蛇丸の足首を掴む。
「なっ……!」
『これで、貴方と俺に“ご縁”ができましたね?』
俺と大蛇丸はほぼ同時に口から血を吐いた。
前者は菊理媛発動による反動で、後者は菊理媛の能力によって。
立っていられなくなった大蛇丸が地面に手をついて何度も咳き込んでいる。
「私に…………何をした」
『人間って不平等じゃないですか』
「なに…………?」
『等しく過ぎたお互いの時間の中で、同じように負うべき痛みすらも分け合えず……俺は、それがどうしても許せないんです』
沼から這い上がるように、片腕に力を込める。肩、胸、腹…………チャクラを消費して一つずつスライム状から人の形へと戻っていく。
大蛇丸が口元の血を拭い、ふらつきながら立ち上がっていた。その正面に立つ。
「まさか……あのダンゾウが写輪眼を使って実験をしていたとでもいうのかしら」
『そのまさかかもしれませんね。ご想像にお任せしますが』
大蛇丸が憎々しげに呟いた。
カカシのようにうちは一族でもないのに写輪眼が適応した人間だと思ったらしい。確かにあのダンゾウならやりかねない。
カカシの写輪眼を強奪しようとしていたくせに、もう一度カカシを根に勧誘していたくらいには写輪眼への執着も強い。
あり得ない話でもないだろう。
「でもアナタも死にかけじゃない……随分とピーキーな術みたいね」
『そうでもないですよ。大蛇丸様の方こそ思ったより辛そうですが……木ノ葉で根の忍と交戦した時に結構チャクラを消費してたんですか〜?』
俺のとってつけたような敬語に大蛇丸がイライラしているのが分かる。
いいぞ、もっとやるから覚悟しとけ!
実際、沼の上で頭だけがぷかぷか浮かんでいた時よりも元気だ。
能力を発動したせいでチャクラは残り僅かになってしまったが、“奥の手”を数分間発動するくらいの余裕はある。
左眼で対象を見て、対象に直接触れることによって発動することができる。
左眼で見て触れた相手と自分で“痛み分け”をすることができ、それまでに受けた自分の痛みが大きいほど相手にダメージを与え、相手が健康体であればあるほど自分のダメージが癒える能力だ。
ほら、俺だけ痛くて相手だけ無傷とか許せないじゃんか。
目には目を、歯には歯を。痛みには痛みを分け合っていきたい所存。まあ、つまりは対強者の場合のみ輝く嫌がらせみたいな能力だ。
…………右眼の
千千姫はうちは流多重影分身がないと詰んでるし、菊理媛は使う対象が自分より強いが瞬殺はされない相手に限られる上、ダメージを受けることが前提な時点で本体ではなく千千姫で作った分身体でないと使う気になれない。
結局は左眼の能力もうちは流多重影分身がなければ活躍の機会は限られるわけだ。
「フフフ……いいわ、とってもいいわね、アナタ…………私のコレクションに加えたいッ!」
加えたいッのところで大蛇丸の首が勢いよく伸びてきた。思わず叫びそうになる。ろくろ首かよ!!
「――口寄せの術!!」
伸びた首は俺の反応を鈍らせるためのものだったらしい。
器用にも首を伸ばしたまま印を結んだ大蛇丸の足元に巨大な大蛇が現れた。
その大きさは見上げる際に首が痛くなるレベルで、その鋭い目つきと牙を前に足がすくみそうになる。トラウマ持ちにはきつい……。
かつて、カカシやテンゾウさんと大蛇丸の研究所で遭遇した実験体とは比べ物にならない。
「大蛇丸よォ…………久しぶりに呼び出したと思ったらこんなガキの相手をしろってか?」
大きな瞳がぎょろりと動いて、大蛇の上に乗っている大蛇丸の姿をとらえる。
「なんでこのオレ様がテメー如きの為に動かなきゃなんねェーんだ!?」
「…………」
足元でいかにも凶暴そうな大蛇が叫んでいるというのに、大蛇丸は完全に無視を決め込んでいる。強い。
「…………まあいい。さっさと終わらせるぜ」
大蛇がその大きな身体を思いっきり“捻った”。
それだけで周囲を取り囲んでいた木々は根元から薙ぎ倒され、視界がクリアになる。
俺も限界まで身を縮こまらせていなければ胴体が真っ二つになっていただろう。
『おいおいおい……化け物かよ』
「マンダもアナタにだけは言われたくないでしょうね」
無駄に大蛇の名前を知ってしまった。まったく嬉しくない。
「その再生能力がどれほどのものか分からないけれど……体内に毒を持つマンダに丸呑みにされたらどうなるのかしらね?」
『…………』
俺は考えることを拒否した。
「死ね!」
見た目より素早い動きでマンダが距離を詰めてくる。
蛇はその細かく分かれた背骨や、鱗と鱗の境目を地面に引っ掛けることによって体を前に進めることができるという。
マンダの場合もそうだったが、そのあまりの速さに胴体から足どころか羽が生えてるんじゃないかと思うくらいだった。
走って逃げている俺の頭上に影が差した。
呑気に見上げる余裕もなく、勢いよく地面を蹴って頭を腕で庇いながら地面を転がる。
地震が起きたような衝撃と共に、砕けた岩の欠片が腕や足に当たって痛みに呻いた。
『…………マジかよ』
尻尾の一振りで地面が割れている。
あの素早さに加えて力まであるなんて反則すぎるんじゃない?
俺はいくらでも替えのきく影分身だし、残ったチャクラでは木ノ葉に帰還することも難しい。
ならば、俺がすべきことはただ一つ。彼らに傷を与えて、撤退を選択させることだ。少なくとも本体やイロを追いかけないように。
地面に座り込んだまま動かない俺に、マンダが再び尻尾を振り上げた。
その尻尾が俺ごと地面を押し潰そうとした寸前に、“奥の手”が発動する。
「これは…………」
マンダの尻尾を黒いオーラのようなものが受け止めていた。
それは俺の全身を軽く包み込み、剥き出しになっていた骨は徐々に肉付けされて人の形に近づいていく。
最終的にどこぞの国の王様のような風貌になった“それ”が、右手に持っていた神々しい剣を真っ直ぐに振り下ろした。
尻尾の先を切り落とされたマンダの絶叫に混じって、大蛇丸が唖然と呟いた。
「まさかそれは……須佐――」
全身を包む黒いオーラに守られながら、俺はかつて初めてスライムを他国の忍に披露した時と同じような勢いで叫んだ。
『――暗黒剣士だ』
***
指が痺れるような感覚があった。
立ち止まって、空を見上げる。後ろからついてきていたイロが足を止めて声をかけてくる。
「何かあったんですか」
〔影分身がやられたようだ〕
お面越しに額に手を当てて目を閉じる。一気に押し寄せてきた“記憶”に足元がふらついた。
〔…………悪い〕
「いえ」
背中を支えてくれたイロにもう大丈夫だと伝えて、しっかりと自分の力だけで立つ。
すでに消耗していたとはいえ、“奥の手”まで見せることになるとは。
おかげで後に脅威になりそうな大蛇の動きは暫く封じられたとはいえ、肝心の大蛇丸は生きている。
彼が撤退を選択したかどうかさえ分からない。その前にチャクラ不足で分身体が消えてしまったからだ。
ピィと控えめな鳴き声が頭上で響く。小さな影が俺の肩に素早く降りてきて、その鋭い爪が思いっきり食い込んだ。……痛い。
〔いい子だ〕
肩でのんびり羽づくろいをしている、俺のお面のモチーフにもなっている
白猫のお面、影分身が持っていたものだ。
俺は白猫のお面を懐に仕舞い、何かを考え込んでいるイロに声をかけた。
〔予定通り、このまま木ノ葉まで〕
どうやら大蛇丸は大人しく自分のアジトへと帰っていったようで、俺とイロは無事に木ノ葉に帰還していた。
「では、里に侵入していたのが大蛇丸本人だったというのか?」
〔根の中でも手練れである二人がやられたことを考えると、嘘偽りではないでしょう〕
イロには自分の部屋で休むよう指示し、俺はダンゾウに書き上げた報告書を提出していた。報告書には分身体が手に入れた大蛇丸の情報を記している。
「あの男は利用価値があったが、今では里にとって危険な思想を持っている」
〔…………〕
かつて大蛇丸の里抜けの手伝いをテンゾウさんに指示した人間のセリフとは思えない。
ダンゾウはこんなのばっかりだ。すっかり慣れちゃったよ。
「お前の影分身でも大蛇丸にかすり傷ひとつ負わせられなかったとはな」
〔…………〕
呆れ果ててさっきから沈黙でしか返せない俺に、ダンゾウは額に手のひらを当ててため息をついた。
……なんで俺が悪いみたいな雰囲気になってるの? 俺の影分身に一体何を求めてるの?
「大蛇丸が木ノ葉に侵入したのは、うちはサスケが目的だというのは本当か?」
〔はい。時期は不明ですが、木ノ葉に侵入する前にうちはイタチと交戦したようでした。結果的にうちはイタチは手に入らないと判断し、まだ忍としては未熟なうちはサスケに標的を変えたようです〕
一体どんな理由でイタチやサスケを求めているかは知らないが、あの大蛇丸のことだ。ただの興味本位ではないに決まってる。
俺の分身体があの大蛇丸とそこそこに戦えたのは、彼がイタチにボコられた後だったせいだろう。わざわざ口寄せに頼ったのも、まだ本調子ではなかったから。
もしもフルパワーな大蛇丸と分身体がぶつかっていたらと思うとゾッとする。足止めも出来ずに俺もイロも死んでいたかもしれない。
「万華鏡写輪眼の能力はどこまで見せた」
〔影分身に万華鏡が使われていることは知られていないと思いますが、左眼の
「――お呼びでしょうか、ダンゾウ様」
奥の手も使っちゃいましたと暴露するところだった俺の言葉は、部屋に入ってきたモズに遮られた。
モズはやけに物言いたげな目で俺を見た後、ダンゾウの前でお面を外して膝をつく。
「モズ。お前にはうちはサスケの監視を任せていたな」
「はい」
「今日、お前を別の任務に向かわせている間に、大蛇丸がうちはサスケに接近しようと木ノ葉に侵入したのだ」
「…………それは」
モズの表情が険しいものになった。
「また、大蛇丸に気づいた根の忍は“今日”いつもと違う配置についた二人だった」
「…………根に裏切り者がいるということでしょうか」
「内部と決めつけるのは早い。だが、里内にいるのは確かだろう」
モズは自分の役目を察したようだった。ダンゾウの視線を受けてしっかりと頷いている。
「裏切り者を見つけるまで、うちはサスケの監視は誰に?」
「クロに任せる」
「………………」
〔………………〕
こいつは本当に人の心ってやつをどこに置いてきたんだ。
モズの沈黙は「こんなやつに任せていいのか……?」だろうが、俺の沈黙は「実の兄にそれさせちゃう……?」だ。
モズと共にダンゾウの部屋を出て、廊下で二人して立ち止まる。
「……大丈夫か」
〔問題ありません〕
――最近、サスケやイタチのことを考えるとひどい頭痛がする。
影分身の方はそんなことないのに、本体だけに起こる症状だ。
お面を外してこめかみの周辺を指で押さえる。……どうしちゃったんだろうなあ、俺は。
〔でも、出来るだけ早く密告者を見つけてくれると助かります〕
「勿論だ」
以前の俺なら、監視とはいえサスケを見ていられるなんて幸せだなんて思ったかもしれない。
それが今では彼らの写真を見るだけで体調が悪くなる。うちは一族が滅んでから、半年以上経った頃からだろうか。
〔俺は裏切り者は根にはいないと思ってます〕
「…………理由は?」
〔大蛇丸と影分身が戦ったんですが、彼は俺の正体もその能力もまったく心当たりがなさそうだったので〕
もしも根の裏切り者が大蛇丸に「今日は厄介なモズがいないこと」と「あの場所に根の監視がいないこと」を伝えていたとして、それよりも先に俺のことを大蛇丸に話すべきだろう。根の人間で俺の正体を知らない者はいない。
そもそも根の人間は呪印のせいでダンゾウの許可なく外部に情報を漏らすことは出来ない。
うちは一族の事件以降、俺に関することも根の機密事項に加えられている。
外部の人間が根の情報を手に入れる術がないわけではない。
非常に高度な幻術の類いで根の人間に自分を仲間だと思い込ませたり、セキのように心を読む能力があれば恐らく可能だろう。
俺が知らないだけで、口封じに分類される呪印を突破する方法は他にいくらでもあるはずだ。
かつて霧隠れのスパイであった
それにしても、大蛇丸の用意した木ノ葉のスパイがこれらの手段を講じた場合、やはり俺の情報が漏れていないのはおかしい。
モズがサスケの監視を離れることも、大蛇丸が侵入した場所は根の監視が手薄だったことも、根の人間でなくても自力で手に入れられる情報ではある。
そりゃあ、その辺の一般人には厳しいのは確かだ。
スパイは根の人間ではないが、相当の手練れである。これが俺の結論。
直前に配置換えになった例の根の二人のことを知らなかったのも、外部の人間なら仕方のないことだ。
大蛇丸ほどの実力者であればたった二人の監視を殺すことなど造作もないだろうが、彼の言葉を信じるなら
今回のように事を荒立てるのは不本意だろう。リスクは少しでも減らしたかったはずだ。
俺の考えをモズに告げると、彼は少し、いや、とても驚いたような顔をした。
「お前、考える頭があったんだな」
〔…………〕
いくらなんでも鋭利すぎるだろ。
自分の失言に気づいたモズが珍しく焦った様子で「いや、今のは違う」「ちょっと口が滑っ……いや、いやいやいや違うんだ」などと言っている。
モズの辛口には慣れているつもりだったが、ここまで無意識に思った事をつい口に出しちゃいました感を出されるときつい。
「まて、なんだその目は、やめろ!」
モズの吐き気を催す邪悪は俺の純粋な心を裏切ったのであった。完。
俺とモズの美しい友情(笑)には終了のお知らせが流れたかもしれないが、そう簡単に終わってくれないのが任務である。
「サスケくーん! 一緒にお昼ご飯食べましょうよ!」
モズがスパイを見つけ出すまでの辛抱だ。
変化の術でまったくの別人に成りすました俺は、少し離れた場所でサスケを見守っていた。
お面を被ることができない為、誰かに話しかけられそうになる前に場所を移動したりして何とかやり過ごしている。
「オレに構うな」
くノ一クラスの女の子たちにモテモテらしいサスケの周りには常に人が絶えない。
授業中も誰がサスケの隣に座るかで女同士の戦いが始まったり、見事サスケの隣の席を勝ち取った子がそれ以降他の女の子たちにガン無視という洗礼を受けたりしているようだった。
女社会怖すぎる。
いくら健気で可愛らしいとはいえ、これが毎日であれば煩わしいのかもしれない。
うんざり顔をしたサスケが、女の子数人からのご飯の誘いを素気なく断る。
がっくりと項垂れた女の子たちに興味は失せたようで、誰も寄せ付けない雰囲気を出して、長テーブルにお弁当を広げている。
そのまま一人でお昼を食べるかと思われたサスケの隣に、驚くくらい自然に並んだ影があった。
癖の強い金髪が太陽みたいに揺れている。
「今日の弁当は何入れてきた?」
サスケの隣でそわそわと肩を揺らしているのは、ナルトだった。
意外すぎる組み合わせに、自分がサスケを監視していることすら忘れて必死に耳をすませてしまう。
距離的に二人の声が聞こえるわけないだろって? 盗聴器に決まってるじゃないか!
念の為言っておくが、俺ではなくモズがサスケの通学鞄やその他もろもろに仕掛けたものだ。
あの野郎よくもという気持ちがまったくないわけではないが、結果的にサスケの安全に繋がっているんだからしょうがない。
サスケのお弁当箱を勝手に覗き込んだナルトが、ちょっと嫌そうな顔をした。
「…………おむすびだけ?」
「…………悪いかよ」
サスケの頬は僅かに赤くなっている。
俺はいつもの頭痛とは別の意味でも頭を抱えたくなった。久しく忘れていた感覚……。
――そう、サスケが可愛いという当たり前の感覚であるッ!
なんでこんな大事なことを忘れていたんだと唖然とする。
いや、影分身である自分は忘れていなかった気もするが……俺は何を言ってるんだろう。混乱してきた。
「オレのだし巻き卵やるってばよ。自信作!」
「別にいらな……」
「そんなこと言わずにィ〜」
ナルトがにやにやと笑いながら無理やりサスケの口にだし巻き卵を詰め込もうとした。
必死に抵抗していたサスケだったが、一瞬でも自分の口に触れた食べ物を突き返すことも、捨てることも出来ない。最終的には渋々ながら咀嚼していた。
「へへ、美味いだろ」
「…………別に」
サスケの反応は相変わらず素っ気ないものだったが、付き合いのある人間であれば出し巻き卵が美味しかったのだとすぐに分かる。
あのナルトがカップラーメンではなく自分で作ったお弁当を持参していることにも驚いたが、家族以外の人間には全力で壁を作りがちだったサスケが、ここまで他人に心を開いているとは思わなかった。
俺の知っているサスケは、隣にナルトが座った時点で「ここに座るな」と怒っていた気がするし、そうでなければ無言で自分が席を移動するくらいのことはしただろう。
「…………」
頭痛はなくなったが、代わりに胸の痛みが強くなった。
うちは一族虐殺事件で、サスケの負った傷がどれほどのものか。イタチの背負った痛みがどれほどのものか。
漠然と、全てが終わっても“変化”はないと思っていた。変化とは、癒えることだ。
俺がダンゾウに勝っても、サスケがイタチの真実を知っても、過去だけは変えられない。
俺は無意識のうちに、サスケはあの日から死ぬまでずっと不幸のどん底にいて、二度と幸せにはなれないのだと勝手に決めつけていた。
「これ食い終わったら手裏剣術の修行やろーぜ」
「お前とやるくらいなら一人の方がいい」
「あんだとぉ!?」
ムッとしたナルトがサスケの肩を掴んだが、なんだかんだ二人とも楽しそうだ。
そんな二人を離れたテーブルから見つめるくノ一クラスの女の子たちは「ドベのくせにサスケ君に馴れ馴れしくして修行の邪魔までして……!」という過激な派閥と、「あの二人……」となぜか頬を赤らめている謎の派閥にわかれていた。
後者は形容し難い危険な香りがしていたのでそっと見なかったことにした。