じんせいみてい!   作:湯切

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第二十九話 五十歩百歩

 過去はなくならないくせに、戻ってくることもない。

 

 ひとつひとつ、振り返っていけば後悔ばかりが増えていく。

 

 木ノ葉隠れの里は、すっかり平穏を取り戻していた。

 九尾襲撃事件も、うちは一族虐殺事件も、今では過去の出来事でしかない。

 あれからどれだけの月日が流れただろうか……短いようにも、長いようにも感じられる。

 

 数年前の大蛇丸の件も、結局里内でスパイを見つけることは出来なかった。

 こちらの動きを警戒してすでに里を抜けたか、未だに息を潜めているのか。

 どちらにせよ、根の優秀な忍たちにまったく行方を掴ませないのは脅威だ。

 表立って木ノ葉の警備に当たることのできない俺たちが里の治安を維持するのも限界がある。

 

「クロ隊長」

 

 ダンゾウの屋敷の一角。第一資料室。

 

 振り返る際にさらりと視界の端で揺れた黒髪。その一房を指で摘んで見つめていると、俺を呼び止めた人物が柔らかな笑みを浮かべた。

 

「髪、伸びましたね」

「…………」

 

 懐からお面を取り出そうとしていた腕を止める。

 声を掛けてきたイロが「ボクが切りましょうか」と続ける。

 それに首を横に振って、ようやく見つけ出した白猫のお面を被った。

 

『長い方が束ねやすいから』

「隊長の癖っ毛もこれで落ち着くでしょうか」

 

 最近イロが任務に関係のない話を振ってくることが増えた気がする。

 

 以前、寝癖がどうしても直らなくてモズに何とかしてもらおうと自室を出たところ、イロを伴ったダンゾウに見つかってしまったことがあった。

 ダンゾウはイロに「……あれをなんとかしろ」と命令し、手先が器用なイロのおかげで俺の髪は人権を取り戻したが、どうもあの頃から隊長としての威厳とか大事なものを失ってしまった気がする。

 

『…………』

「ふふ」

 

 口元に手を当てて楽しげに笑っているイロに悪い気はしない。

 ここ数年で彼も随分と変わった。いや、根の最終試験を受ける前の状態に少し近づいたというべきか。

 よく一緒にいる俺の前ではこうやって堅苦しい態度を崩すことが増えた。

 

『俺に何か用事が?』

「いえ…………少し、寄ってみただけです」

『今日はオフだったな』

「はい」

 

 珍しいこともある。今日は久しぶりに俺も一日休みだった。

 休日に身体を休めるのがどうにも苦手で、結局いつもの時間に起きて朝の鍛錬を済ませた後、こうやって資料室で過去のデータに目を通していた。

 

「……どうして隊長はそこまでするんですか?」

『そこまで?』

「あなたが休んでいるところを見たことがない」

 

 そんなことないだろと適当に返して、資料整理を再開するつもりだったのに。

 ふと顔を上げると、イロはあまりにも嘘くさい笑みを浮かべていた。

 

「そうですか。根では休日も問答無用で働けということですね」

『ん?』

「それ、ボクにも貸してください」

『待て…………勝手に持っていくな』

 

 俺が読んでいた資料を掻っ攫っていったイロ。

 ついには資料を持ったまま部屋の隅に移動して畳の上で胡座までかいて、居座る気満々らしい。ええ……。

 

『どういうつもりだ』

「隊長が働いてるのに、部下であるボクが休むわけにはいかないですから」

『これは俺が自分で望んでやっていることだ。お前まで巻き込むつもりもなければ、その必要もない』

「モズさんに指摘されていませんでしたか? 上司が休むことが、部下の為になることがあると」

『…………』

 

 ため息も出ない。なるほど、モズの差金か。

 でも俺も引くつもりはない。何でもいいから仕事をしていないと気が狂いそうなんだよ。俺から現実逃避(オアシス)を奪わないでくれ。

 

『板挟みにしてしまったのは悪かった。だが、俺はこうしている方が落ち着く。休息は充分にとっているし、問題はない』

 

 イロが静かに首を横に振る。彼は目を向けていた資料を膝の上に置いた。

 

「モズさんに頼まれたわけではありませんよ」

『なら、誰に』

 

 イロは、またにっこりと笑った。最近板についてきた()()()()()笑みだ。

 

「ボクがそうしたいからです」

『…………』

 

 それが本心かどうかは俺には測れない。

 

『…………好きにするといい』

 

 隣に積み上げていた資料の山から一つ手に取って、じっくりと目を通す。イロは満足そうに頷いていた。

 

 

 あれから数ヶ月後。俺はダンゾウに言われるがままにある場所へやって来ていた。

 

「…………悪趣味だな」

 

 火影室。

 嫌悪感たっぷりに呟いたカカシの言葉には全力で同意したい。俺は心の中で激しく頷いた。

 

 それにしても、カカシをこうやって至近距離で見るのはいつぶりだろう。

 木ノ葉の警備中に何度か遠目に見かけたことがあるので懐かしさはあまり感じない。

 

 火影室では白猫の面を被った本体(おれ)と雀鷹の面を被った影分身(おれ)がダンゾウの左右に並んで立っている。

 何が楽しくて二人分の俺でダンゾウをサンドイッチしなければならないのか。

 そんな俺たちの正面には火影椅子に座って険しい表情をしている三代目火影と、丁度任務の報告に寄ったと思われるカカシがこちらの一挙一動を警戒していた。

 

 趣味が悪いどころじゃない。最低だよ。

 

「……根は解体されたはずではなかったのか?」

 

 肌が痛くなるほどの重苦しい沈黙を真っ先に破ったのは三代目だ。

 突然火影室に現れた俺とダンゾウ。三代目の動揺は当然のものだった。

 

「その通りだ。ワシの元に根はすでに存在しない」

「何を考えているのだ……ダンゾウよ」

 

 この場にいるダンゾウ以外の全員の気持ちを代弁してくれた三代目。

 うちはスバルが未だに生きていることを知る由もない三代目とカカシからすれば、ダンゾウの行動は見過ごせるものではない。

 

「かつてお前の右腕であったワシも日々他国の忍に命を狙われる身の上、優秀な護衛を側に置いているだけだ」

「護衛なら、これまでのように火影直属の暗部を用意する」

「お前の部下は信用できぬ」

「……これまで徹底して屋敷内に護衛を入れなかったのも、信用できなかったからか?」

「そうだ」

 

 相変わらずさらさらと口から出まかせが出てくる野郎だ。

 屋敷を三代目の部下に探られたら都合の悪いものがたくさん出てくるだけのくせに。

 

 ダンゾウは失脚してからというもの、里外に出る際には必ず三代目の息がかかった暗部に護衛という名目で監視されていた。

 

 三代目がイタチの嘆願をきちんと聞き入れてくれたことはありがたいものの、やはり三代目は現状を把握していない。

 かつて木ノ葉のありとあらゆる場所に潜り込んでどんな汚い手も使っていた根の忍たちを軽視しすぎだ。

 根はアカデミーの教師や、うちは一族、木ノ葉の一般人、さらには俺やユノのように火影直属の暗部として火影の懐にまで潜り込んでいた。

 虐殺事件が起こることを事前に知っていたダンゾウが、自分の力が直接上層部に届かなくなることを読んでいないはずがない。

 火影直属の暗部として情報を流せる人物が俺とユノしかいなかったこともあり、彼は虐殺事件が起きる前に新たなスパイを潜り込ませていた。

 そして、スパイは今も健在である。スパイは時として火影の命でダンゾウの監視についたり、ダンゾウの監視につく人物の情報をこちらに流す役目を与えられている。

 つまり、三代目によるダンゾウへの監視処置はほとんど機能していなかった。

 

「何を企んでおる」

「ワシは今も昔も……これからも木ノ葉のためになることだけを考えている」

「この“二人”がその答えだというのか?」

 

 三代目の厳しい目が俺と影分身に向けられる。

 うちはスバルという今は亡き忍の遺品をこのような形で使うことを責めているんだろう。

 ただ、俺の生存を知らないことになっているセキに別の面を作ってもらうことは叶わない為、面を取り上げられるわけにはいかなかった。

 

「うちはスバルのように、喉に異常のある二人だ。自分と同じ境遇の人間に活用してもらった方が奴も喜ぶのではないか?」

「貴方がスバルについて語るのはやめていただきたい」

 

 これまで沈黙を貫いていたカカシだった。

 

「白猫面は根に返却したと聞いていましたが、雀鷹面はそうではなかったはずです。わざわざうちはスバルの遺品に手をつけたのですか」

 

 カカシのダンゾウを見る目にはハッキリと怒りの感情が見て取れた。

 

 その怒りの矛先としてとばっちりを受けている俺は、ちょっとだけ指先が震えた。これは…………本気で怒ってる。

 自分の写輪眼を抜き取ろうとした時でさえダンゾウに怒りを示さなかったカカシが、だ。

 

「うちはスバルは過去がどうであれ、火影直属の暗部でした。彼の遺品をダンゾウ様が無断で持ち出すことは許されない」

「はたけカカシ……お前も今は暗部の任を解かれ、この件に口を出せる立場ではないはずだが」

 

 ダンゾウの言葉に動揺したのは俺の方だった。

 あのカカシが暗部の任を解かれるほどの失態を?

 

「カカシの任を解いたのは二日ほど前……お前にも知らせていなかったはずじゃ」

「…………」

『…………』

 

 愚かなダンゾウはうっかり口を滑らせたようだった。自業自得である。

 三代目の妙な落ち着きを見て、俺は少し認識を改めた。

 もしかすると、内部にスパイがいることをこの人はすでに知っていたのではないか……と。

 

「カカシには暗部としてではなく、木ノ葉の上忍としてこれから芽吹いてくる若い芽を育ててもらおうと思っておる」

「……うちはサスケとうずまきナルトの卒業を数日後に控えた今、カカシがどの班に配属されるかは明白ですな?」

 

 お前が言うな感は否めないし、俺でも分かるほどダンゾウに不利な状況になっている。

 

 ただでさえイタチの件でサスケに手を出しにくいのに、彼らの担当上忍がカカシとなるとサスケどころかナルトにも干渉できなくなる。

 

 これまでサスケにつけていた監視もモズが不在の場合は諦めるしかなさそうだ。

 少なくとも俺は、カカシの警戒をくぐり抜けながらサスケの監視を続ける自信はない。

 ただ、根による監視が薄れるデメリットよりも、カカシがサスケのそばで見守ってくれる安心感の方が強い。

 元火影直属の暗部として、カカシの人望と実力はよく知ってるつもりだ。

 

 今だけは三代目に拍手喝采を送りたいし、俺ともう一人のボクで高々と胴上げしたい。

 グッジョブ・火影案件だよこれは。

 

「ダンゾウ……お主がわざわざその面を持つ忍を伴ってこの場に現れた意図は分かった」

「…………」

「これからは公的な場にその二人を帯同させたいということじゃな」

「火影様!」

「カカシ。根が機能していないのは確かじゃ。屋敷に入る許可を得られぬ火影直属の部下達では、奴の護衛としては相応しくないのも事実」

「…………ですが!」

 

 無理やりにでも屋敷の中まで干渉してしまえよと言いたくなるが、火影とはいえそこまでの権限を持っていないのが悲しいところだ。

 悔しげに拳を握りしめるカカシを、ダンゾウは勝ち誇った目で見つめている。

 

 俺の脳内で絶賛胴上げされまくっていた三代目は、急に支えを失って地面に放り出されていた。

 

 俺が火影だったら、外野が何を言おうとうちは一族虐殺事件が起きた時点でダンゾウを国外に追放してる。

 それもまだ優しいくらいだろう。ダンゾウは今も元気に木ノ葉で悪巧みできている現状にもっと感謝すべきだ。

 感謝という二文字が辞書に登録されてるダンゾウもそれはそれで嫌だけど。いや、だいぶ気持ち悪いな。やっぱり無しで。

 

 三代目は深いため息をついた。

 

「……許可しよう」

 

 ダンゾウがそれはもう腹が立つくらいニヤリと不敵に笑った。殴りたい。

 

「じゃが、里外に出る際にはこれまで通りワシの部下を二人以上付けさせてもらう」

「それで構わぬ」

 

 これでダンゾウは堂々と俺を連れ歩くことができるわけだ。俺以外の忍を連れ歩いていようとも、表向きは“根ではない”ことになる。

 ここに来るまではそう上手くいくはずがないと思ってた。軽視していたのは俺の方だ。…………三代目の甘さを。

 

 なぜこのタイミングなのかは分からないが、無駄に頭だけは回るダンゾウのことだ。

 三代目が頷くという確信を得られたのが今日だった……そういうことだろう。

 

 満足したダンゾウがさっさと火影室から出て行く。俺と影分身、カカシもその後に続いた。

 

 杖をついているわりに早足なダンゾウの背中はすでに小さくなっている。

 

 追いかけようとした俺の肩を、カカシが掴んだ。

 

「少し話がしたい」

 

 カカシは俺の肩を掴んだまま、一歩も譲る気がないらしい。

 

 これは困った。流れ的にお面について聞きたいことがあるんだろうが、そんなものはダンゾウに聞けばいいのに。

 ……ダンゾウに話が通じるかは別として。

 

 助けを求めるように影分身を見る。雀鷹面を被った影分身がこくこくと頷いて、片手を上げた。

 

〔あ……邪魔者は先に退散しておきますねっ!〕

「お前もだ」

〔…………〕

 

 俺の代わりにここに留まるべき影分身は、あっさりと本体(おれ)を見捨てようとした挙句、カカシに一刀両断にされていた。

 

 護衛役が〜と散々言っていたダンゾウは、俺がカカシに捕まっていることにも気づかず、すでに背中すら見えなくなっている。

 あの野郎、せめて護衛を必要とするそれらしい素振りくらいは見せておけよ!

 

 カカシは俺と影分身を交互に睨みつけながら、うちはスバルであった俺には一度も見せたことのない敵意を向けてきた。

 

「白猫面のお前……数年前に一度だけうちはサスケの前に現れたことがあっただろ」

『…………』

 

 バレてる。えっ、数年前にバレてた?

 

 言葉に詰まっていたら、首元と後頭部に鈍い痛みが走る。俺の喉を掴んだカカシが頭ごと壁に押し付けたようだ。地味に痛い。

 

「ダンゾウ様が何をお考えかは知らない。三代目も気づかぬふりを貫くようだが……オレの班員には手を出すな」

『…………』

〔うちはサスケはまだ班員じゃなかったはずでは?〕

 

 空気の読めない影分身がカカシに容赦なく睨まれて縮こまっている。

 頼むからお前はもう何も喋ってくれるな。

 

 カカシが俺の喉元から手を離した。自分の喉を押さえて何度も咳き込む。…………本気で殺されるかと思った。

 

「三代目には報告していない」

『…………なぜ』

「お前からうちはサスケへの敵意を感じなかったからだ」

 

 そんな理由で。半信半疑でカカシを見上げる。

 

 数年前…………白猫の面をつけていたとなると、大蛇丸の件よりも前のことだ。それも、まだサスケが木ノ葉病院にいた頃。

 うちは虐殺事件後に病院に運ばれたサスケが目覚めるまでの間、俺は一度だけダンゾウの目を掻い潜って病院に潜り込んだことがあった。

 

 あの頃の俺は正気じゃなかった。いつまでも目覚めないサスケに焦って、リスクを考えられる状態ではなかったから。

 

 穏やかな呼吸を繰り返すサスケの姿に安堵して、すぐにその場を離れたはずだ。

 病院に滞在したのはほんの数分程度。まさか、それを見られていたなんて。

 

「……信じたかったのかもしれない」

 

 カカシが呟く。

 

「魂なんて信じてなかった。見間違いだとも思った。それでも、アイツが弟を心配して戻ってきたんじゃないかと」

『…………』

 

 カカシの両手が俺の肩に痛いくらい食い込んでいる。

 あの時点で俺のチャクラ質は変わっていた。病院にいた俺とうちはスバルを繋げるものはお面くらいしかなかっただろうに。

 ……カカシらしくない。でも俺は、俺の死がカカシにどれだけの影響を与えたのか何も知らなかった。

 

『あの日病院にいたのは、お面の元の持ち主の弟が気になったからだ。ダンゾウ様から何か命を受けていたわけではない』

「…………だろうな」

 

 “俺の声”が癪に触るのか、カカシの表情がより一層険しくなる。

 こればっかりはどうしようもないから見逃してほしい。

 

〔クロ〕

 

 またしても空気の読めない影分身が俺のコードネームを呼んだ。当然の如く、鎮火しそうになっていたカカシの怒りは爆発した。

 この野郎、俺はここまで空気が読めなかったか?

 

「“その名”はお前のものじゃない!!」

『……コードネームはただの記号だ。お前も元暗部なら分かるだろう?』

 

 カカシの顔が悲痛に歪む。

 胸がちくりと痛んだが、未だに俺の肩を掴んだままだったカカシの手を振り払う。

 正直、彼がここまで俺のことで熱くなる理由が分からなかった。

 俺とカカシは元々は敵同士だ。同じ暗部とはいえ、根の忍だった俺はダンゾウの命でカカシの写輪眼を奪おうとしたことがあるし、避けられないと判断すれば命ごと頂戴していたと思う。

 火影直属の暗部となってからはテンゾウさんと共に関わる機会も増えたが……それだけだ。

 

 ――オレは、お前と友のような関係になれたと思っていたんだがな

 

『…………』

 

 嫌なタイミングで昔のことを思い出してしまった。

 

 カカシは俯いたまま拳を震わせている。

 

「その面の持ち主は、無愛想で、集団行動が苦手で、時には融通が効かないくらい生真面目で…………」

『…………』

 

 もしかして俺、とんでもない早口で悪口言われてる?

 

「共通点なんてまったくないのに、どこかオレの親友に似てた」

『…………』

 

 うちはオビト。

 

 俺とイタチが参加したあの戦争で戦死したうちは一族の子どもの中にその名前はあった。

 カカシと同じ班に所属していた少年で、俺も何度か集落で姿を見かけたことがある。

 

『…………似てるか?』

「なに?」

『空耳だ』

 

 どう考えても似てないだろ。いつもの癖で口を滑らせた俺は、いつもの癖でなかったことにした。

 うちはオビトとは話したことはないが、どちらかというと見た目も中身もナルトに近かった気がする。

 

「お前…………」

 

 カカシはじっと俺を見てなんだか奇妙な顔をしていた。

 

「クロ、ツミ」

 

 カカシが何か言いかけたのを、いつの間にか俺の背後に立っていた気配が遮る――ダンゾウだ。

 今になって漸く俺たちがいないことに気づいて引き返してきたらしい。遅すぎる。

 

「はたけカカシ。ワシの護衛がどうかしたかね」

「…………いえ」

『ダンゾウ様、お側を離れて申し訳ありません』

 

 ダンゾウの矛先がカカシに向かう前に、とりあえず下手に出ておく。

 わざわざここに戻ってくることになって不機嫌そうだったダンゾウのオーラが若干和らいだ。ふっ、ちょろいな。

 

〔ダンゾウ様も俺たちがいなくなったことに気づかないなんて、どうかしてますよね?〕

「…………」

『…………』

 

 俺の影分身ってもしかして、チャクラも半分、知能も半分だったりする? ダンゾウに致命傷を与えすぎだろ。あのカカシまでぽかんとしてる。

 日に日に知能が下がってる(ように見える)影分身のせいで、ダンゾウに呼び出された時に必ず「本体もしくは両方が来るように」と付け足されることが多くなった。

 おかげで影分身を弾除けにしよう作戦は実行にすら移せない。

 

「…………戻るぞ」

『はい』

 

 モズ曰く、俺のやらかしには非常に寛容らしいダンゾウは今回も聞こえなかったふりをしてくれるようだ。

 ……そういえば、ダンゾウは昔から俺の不敬な態度を不問にしてくれることが多かった。

 それどころか任務失敗でお叱りを受けたこともほとんどなかった気がする。

 

 ダンゾウ、もしかしなくても滅茶苦茶俺のことが好きなのでは?

 

 俺と同じように考え込んでいた影分身がハッと顔を上げて、ダンゾウを見つめた。そんな影分身に必死にテレパシーを送る。

 やめろ、何も喋るな!

 

 俺は影分身の腕を掴むと、またしても一人で去ろうとしているダンゾウの後を追いかけた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 サスケが随分と余裕を持ってアカデミーの卒業資格を得たという話は聞いていた。

 

 サスケが俺やイタチと同じタイミングで入学していれば、間違いなく一年で卒業していただろう。

 昔から人一倍努力を重ねる姿を見ていただけあって、現在の「みんな仲良く同じタイミングで卒業しましょう(留年はある)」というシステムに思うところがないわけではないが、もう一桁の年齢の子どもが無理やり戦争に駆り出されるような時代じゃない。

 

 本当に、この国は平和になった。

 

 まだまだ争いはあるけれど、子どもたちがきちんと学校で戦う術を身につけられるだけの余裕がある。若い芽が育てば、任務で命を落とすリスクも下がる。

 

 確かに遅かったかもしれない。もっと早くここまで来られていたかもしれない。

 

 それでも、三代目のしてきたことは無駄じゃなかった。

 少なくとも、四代目が亡くなった後に大蛇丸やダンゾウが次の火影に就任していたら木ノ葉隠れの里はここまでの平和を享受することはできなかっただろう。

 想像するだけで悪夢だ。常に自分が有利に立っていたい系男子・ダンゾウ君が、戦力の拮抗をモットーとする五大国の在り方を良しとするはずがない。

 初代が分配したらしい尾獣を他国から奪い取ってでも木ノ葉一強を目指すに決まってる。

 今すぐ群雄割拠の戦国時代にお帰りいただきたい。

 

 サスケのことを考えていたはずなのに、いつの間にかダンゾウへの悪口になってた。俺は悪くないぞ。

 

『今日、お前には里の見回りに行ってもらう』

 

 ダンゾウの屋敷内にある、俺の自室。黙々と忍道具の手入れをしていた本体がこちらを見ずに言った。

 

〔お前は?〕

『俺はダンゾウの“護衛”だ。お前では務まらないから』

〔アイツが神経質すぎるんだよ〕

 

 ダンゾウ(アイツ)どころか、本体もそうだ。本体はダンゾウに気を使いすぎだと思う。あの程度で今更ダンゾウが俺を手放すはずがないのに。

 

『……俺がお前を作ってからどれくらい経った?』

〔カカシに会った時点で一週間は経ってたんじゃないかな〕

 

 今のところ、チャクラを半分与えられた影分身が存在できたのは最長で二週間。

 出来るだけ屋敷から出さずにチャクラの消費を抑えた結果、そこそこ存在を保てるようになった。

 初期は同じようにしても一週間程度だったはずだから、ここ数年で本体の総チャクラ量が増えたのか、分身体の燃費が良くなったのか、その両方か。どちらにせよいい傾向だ。

 

『ここまで来ると、お前はもう別人のように思えてくる』

〔大袈裟だなあ〕

 

 絶賛影分身中である俺に自覚はないが、どうやら影分身は“うちは一族特有の苦しみ”とは無縁らしい。

 

 まさか自分が闇落ちなんてなあ。

 

 これまでご近所のイケメンお兄さんが闇堕ちしたり、隣に住んでた優しいお姉さんが元彼半殺し自殺未遂事件を起こした時でさえ、なんだかんだ俺には無縁の世界だと思ってたのに。

 

 自覚はない。自覚はないが、俺も変わったんだな。

 

 とっくに成人してるし、あんなに小さかったサスケも誕生日を迎えれば十三になる。時が流れるのはあっという間だ。

 

 立ち上がって、自室の壁に立てかけてあった忍道具一式を手に取った。

 引き出しに入れていたホルスターを腰に巻いて、クナイを一つ一つ差し込んでいく。

 

〔行ってくる〕

『ああ』

 

 さあて、今日も忍びながら木ノ葉の警備をするか。

 

 一応三代目には存在を認知されているとはいえ、うちはスバルを知る暗部たちに見つかったら厄介だ。とくにテンゾウさん。

 カカシであれなら、テンゾウさんに見つかったらどうなるんだろう。これ以上あの人に新たな性癖を植え付けられるわけにはいかない。

 

 やっぱり忍は忍ぶべきだ。

 

 

 

 この分身体で警備に配属されるのは初めてだった。

 チャクラはすでに半分以下なので、もしも敵と遭遇したとしても満足に戦えない。

 俺はなんでここにいるんだ? いくら根が人手不足だからって適材適所ってやつがあるだろうに。

 

「待ってよ〜、お兄ちゃん!」

「遅いぞ!」

 

 変化の術で一般人に成りすました俺は木ノ葉の大通りをのんびりと歩いていた。雀鷹の面は懐に隠してある。

 

 目の前を元気に駆けていった子どもたちの姿に目を細める。どこも平和だ。警備が必要ないくらいに平穏な毎日が続いてる。

 

 主に里の中心から離れたところを監視している根の仲間達の代わりに、ぐるっと人通りの多い場所を見て回った。

 日が落ちて月が顔を出す時間になれば、お面を被り、裏道を経由しながらこれまで確認できなかった場所にまで潜り込む。異常はない。

 

 そろそろ交代の時間だ。

 

 今夜は自分を照らす明かりがやけに眩しい気がして、夜空を見上げる――そこにあったのは、満月。

 

「まさか、うちは一族の子まで!? なにかの間違いじゃないのか?」

 

 過去に思いを馳せていた俺は、遠くから聞こえてきた声によって現実に引き戻された。

 お面を深く被り直して、声がした方向に駆ける。

 

 火影屋敷の前に複数の影が見えた。その剣呑な雰囲気と、先ほど聞こえた「うちは一族」という言葉に嫌な予感が溢れてくる。

 

「うずまきナルトとうちはサスケが、封印の書を持ってどこに消えたって言うんだ!」

「それが分からないから総出で探し回ってるんじゃないか」

「クッ……ここ最近は大人しくしてると思っていたら……!」

「火影様の屋敷に忍び込んだのはナルトだけじゃなかったのか?」

「どうやら後でうちはサスケと合流したところを見たって奴が……」

 

 一体何が起きてる?

 

 じっとりと汗を掻いていた手のひらを握りしめる。

 

 影分身である俺は真っ先に屋敷に戻ってダンゾウに指示を仰ぐべきだ。

 

 自分が何をすべきか分かってるはずなのに、俺は呼び出した小さな鷹に紙をくくりつけていた。

 

〔これを本体とダンゾウに〕

 

 小さく鳴いた雀鷹の嘴を撫でて、飛び立っていく姿を見送る。

 

 雀鷹が夜の闇に溶けるように消える頃には、俺の姿も僅かな風と共にその場から消え去っていた。

 

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