じんせいみてい!   作:湯切

31 / 57
第三十一話 霧隠れの兄弟

 何度か背後を警戒しながら裏道に入り、そこからは一気に駆け抜けた。

 誰かが後をつけている気配はない。

 撒いたか? それとも、元々追いかけてきてはいなかったのか。

 

 ため息と共に胸を撫で下ろす。暫くは甘味処には行けそうにない。

 最後にもう一度周囲の気配を探ってから、ダンゾウの屋敷に足を踏み入れた。

 

「クロ」

「…………」

 

 屋敷に入ってすぐのところに二人の部下を伴ったダンゾウが立っていた。これから外に出るつもりだったのか、杖を受け取ったダンゾウが「手間が省けたな」と呟く。

 俺を探しに行くところだったらしい。ダンゾウ自らとは、よほど急ぎの用事と見える。

 懐から白猫面を取り出して被る。

 

『暫くの間外に出ておりました。申し訳ありません』

「構わん。中で話す」

『はい』

 

 ダンゾウは踵を返して自室へと向かう。俺が後に続く。

 ダンゾウが連れていた部下はその場で頭を下げたまま、部屋までは着いてこないようだ。

 見慣れぬお面……恐らくモズが世話を担当していた者たちだろう。

 

 ダンゾウの部屋はいつ来てもジメジメしているというか、薄暗いというか。とにかく陰気だ。

 折角この屋敷内で一番日当たりのいい場所にあるというのに、この部屋の窓が開いているところを見たことがない。

 

 ダンゾウが一番奥の上座に座ると、部屋の四隅に置かれた蝋燭の火がゆらゆらと揺れた。

 

 ダンゾウはこう見えて煙草は吸わない。

 

 むしろ以前は火影室で煙草を吸う三代目に苦言を呈していたくらいだ。

 火影とはいえ既に前線を退いた三代目と、未だに裏で暗躍しているダンゾウとでは忍としての在り方が違う。

 この部屋に来るたび、この蝋燭の小さな炎はダンゾウにとっての煙草の代わりなのではないかと考えたりする。

 とくに理由はない。でも、あながち間違ってない気もした。

 

「昨夜から霧隠れの忍が木ノ葉周辺を探っているようだ」

『霧隠れ……ですか』

 

 面倒なところが手を出してきたもんだ。今でも霧隠れと聞いて真っ先に思い出すのは、小日向ムカイ。

 また木ノ葉にスパイを送り込もうとしているんだろうか?

 

「どうやら、木ノ葉に直接手を出すのが目的ではないようだ。奴らは二、三から成る小隊で、波の国から木ノ葉の国境周辺を行ったり来たりしている」

『波の国といえば、忍を持たない小さな島国では?』

 

 あんな小さく、さらには貧しい島国と霧隠れの忍にどんな接点が?

 あまりに貧しく慎ましい暮らしぶりに、盗み目的では外部の人間は介入すらしないと聞く。

 

『……すぐに調べ上げます』

「頼んだぞ。定期的に鷹を送ってきなさい」

『はい』

 

 すぐにダンゾウの部屋から下がり、自室に戻る。

 

 影分身の印を結び、部屋いっぱいに大量のスライムを生み出した。

 俺自身がスライムによって生き埋めにされる前に、両眼に熱を集める――万華鏡写輪眼。

 

『…………千千姫(チヂヒメ)

 

 真っ赤に染まる瞳に浮かぶ四芒星と小さな星たち。

 

 突如現れたまばゆいほどの美しさを放つ女神が見事な衣を風にはためかせながら、シャランと錫杖を鳴らす。

 

 女神は俺が生み出したスライム(人でないもの)一つ一つにまるで衣を織るかのように命を吹き込んでいく。

 宿ったばかりの命が一つの“個”となり、やがて覚えのある姿形に変わっていった。

 

 役目を終えて消えていく女神と入れ替わるように、俺の目の前でちょこんと座り込んでいる存在。影分身だ。

 

「…………」

 

 “生まれたばかり”で意識がぼんやりしている影分身の顔に雀鷹面を押し付けた。

 

〔何をする?〕

 

 寝起きのような緩慢な動きで影分身が立ち上がる。

 自分自身に何かを命令……いや、お願いをする時、いつも妙な気持ちになる。

 

『そうだな……木ノ葉に波の国と関係がある人物がいないか調べてくれ』

〔了解。お前は?〕

『俺は木ノ葉を離れて周辺を張ってる霧隠れの忍を探しに行く。異常がなければそのまま波の国に向かうつもりだ』

 

 表向き根が解体されてから俺が木ノ葉を離れるのはいつぶりだろう?

 おつかいで済む程度の距離と時間ならまだしも、これは恐らく長期任務になる。だからこそ、ダンゾウも鷹で連絡を寄越せと言ったんだろう。

 

『何かあればすぐに連絡を。お前には木ノ葉を任せる』

 

 今は別の任務に出ているイロやモズが戻ってくれば二人にも協力を求めるように言い含め、小さなポーチの中に素早く荷物を詰める。

 

 長期任務において兵糧丸は必須だ。俺みたいに写輪眼やお面のせいでチャクラの消費量が多い人間はとくに。

 小腹を満たすありがたい携帯食でもある。

 

〔いってらっしゃーい〕

『…………』

 

 自室を出る際に非常に気が抜ける見送りの挨拶を受けた。しかも自分自身に。

 悩んだ末に片手を上げてひらひらさせてやると、影分身はとても嬉しそうだった。なんでだよ。

 

 

 

 小さな翼をめいいっぱい広げた鷹がやってきたのは、俺が木ノ葉を離れてから数日後のことだった。

 

 僅かな休憩時間を木の上で過ごしていた俺の肩に雀鷹(つみ)がその鋭い爪を出してとまる。

 ちょうど両頬に兵糧丸をリスのように詰め込んでいたので、モゴモゴと忙しなく顎を動かしてごくんっと一部を飲み込む。

 やっぱり不味いなコレ。

 

『ありがとう』

 

 労いの意味を込めて雀鷹に兵糧丸を差し出す。

 雀鷹はくんくんと匂いを嗅いですぐにそっぽを向いてしまった。……このグルメ鳥が。

 

 雀鷹の足に括り付けられていた紙切れを広げる。

 

『…………は?』

 

 綺麗に折り畳まれていた紙をぐしゃりと握りしめてしまった。ダメだ、まだ最後まで読んでないのに。

 

『…………』

 

 きっちり最後まで読んで、ぐしゃっと手の中で丸くする。行き着く先は同じだったか。

 

『カカシ班がCランクの任務を請け負って、さらに波の国の人物を護衛するだって…………?』

 

 しかもすでに木ノ葉を出発したらしい。早すぎる。

 そもそもなんで下忍になったばかりの三人を抱えるカカシ班にCランクの任務が回ってくるんだ?

 

『…………雀鷹』

 

 応えるように鳴いた雀鷹の嘴を撫でる。

 

『影分身にこれを届けてくれ。すぐに合流するようにと』

 

 波の国の人間が何の用事で木ノ葉にいたのかは分からないが、今回の霧隠れの件と無関係だとは思えない。むしろその人物こそが霧隠れの本命なんじゃないだろうか。

 こういう時の俺の嫌な予感ってやつは必ず当たるから嫌なんだよ。

 

 雀鷹が元気に飛び去っていくのを見送り、木の上で胡座をかいていた状態から立ち上がる。

 口内に残っていた僅かな兵糧丸をガリッと噛み砕いた。

 

 

 

「鬼兄弟をやったのはコイツか?」

「でも一人だぞ。報告ではターゲットについてる木ノ葉の忍はフォーマンセルだって……」

『…………』

 

 一人の何が悪い? お前たちのせいで俺は誰もいない森の中で孤独な時間を過ごしたというのに。

 

 俺の目の前には霧隠れの額当てをした目つきの悪い男が二人。いかにもといった風貌だ。

 木ノ葉と波の国の間にある森の中で一晩中探し続けて、やっと見つけたと思ったら。

 霧隠れ(コイツら)の狙いがカカシ班とその護衛対象なのはもう確定だな。

 

「さっさとそいつら見つけて殺さないといけないってのに……」

「おい!」

「あ?」

 

 血飛沫と共に霧隠れの額当てが空を舞う。

 額当てを巻き込む形で二人組のうちの一人に蹴りを入れた俺は、くるくると回転しながら落ちてくる額当てを片手で受け止めた。

 俺の蹴りを受けた男がボタボタと鼻から流れてくる血を手のひらで押さえている。

 

『なぜ彼らの命を狙う』

 

 手元の額当てを草むらに投げ捨てて、二人との距離を詰める。

 

「テメェ…………」

『答えろ。答えなければ殺す。答えても――殺す』

 

 ピキッと男が額に青筋を立てた。

 

「霧隠れの中忍を舐めるなよ」

『…………』

 

 わざわざ中忍(小物)アピールをしてくれるなんて親切だな。

 ジャラジャラと鎖で繋がっている鎌のような形状をした武器を両手に持った男が、勢いよく突っ込んでくる。

 もう一人の男は接近戦は不得意なのかすぐには動かな――いや、何か印を結ぼうとしている。

 

「霧隠れの術!」

 

 辺りが濃い霧に包まれていく。それに紛れるようにして、目の前に迫っていた鎌の男がすでに腕を振り上げているところだった。

 背中に携えていた忍刀を抜く。大ぶりな鎌を軽々と振り回してるだけあって、その一撃は重い。

 

「チッ……! そもそも木ノ葉の暗部がなんでこんなところに!」

 

 それはこっちのセリフだ。

 男が再び霧の中に消えていく。霧隠れの忍はどんなに濃い霧の中でも正確に敵の位置を把握できる者が多い。彼らもそうらしい。

 タイミングを合わせて飛んでくる鎌と手裏剣を忍刀とクナイで弾き飛ばす。

 

「オレたちを鬼兄弟と比べてもらったら困るぜ」

「そうだ。アイツらはオレ達の中でも最弱だったからな」

『…………』

 

 心の中で言っておくが、奴は四天王の中でも最弱云々は立派な死亡フラグだ。こいつら死んだな。俺が殺すんだけど。

 まず戦ったことすらない相手とどう比べるんだって話だろ。

 

「お前はこの霧の中でオレ達に嬲り殺されるんだよォッ!!」

 

 弱い奴ほどよく吠えるというが、本当にそうだと思う。俺も気をつけたい。

 

 霧の中から飛んできた鎌を躱し、持ち手部分を掴み取る。鎖の先にもう片方の鎌を持つ男がいる。俺はそのままぐんっと引っ張った。

 

「なに!?」

 

 大きく目を見開く男の姿。鎌を引っ張って男を引き寄せたことよりも、俺の両眼の色と模様に驚いている。

 

「うちは一族だと……!?」

『相手が悪かったな』

 

 どんなに視界の悪い霧の中だろうと、敵の体もしくは武器が触れるほど近づいたなら容易に視認できる。

 普通はその距離から攻撃を躱すのは至難の業だが、写輪眼は特別だ。ほぼゼロ距離からの攻撃すらも見切り、身体がそれについていけるならば反撃すら可能にする。

 

『お前は口が軽そうだから、今も心臓が動いている』

「な、なん…………」

 

 深い霧が晴れる。その先で立っているのは俺と鎌の男の二人だけ。

 

 地面に倒れているもう一人の男の胸には、俺が鎌を引き寄せる前に放ったクナイが突き刺さっている。

 男の死体はすでに血の海に沈んでいた。

 

 仲間の死体を見た鎌の男ががくりとその場に膝をつく。

 そして、自分の首元にクナイを押し付けている俺を見上げる。

 

「弟が……オレの、弟…………」

『…………』

 

 血も涙もないと言われている霧隠れの忍のこんな姿を見るとは思わなかった。

 俺もその場に膝をつき、男と目線を合わせた。

 

「よくも……よくもオレの弟を…………!」

『訂正する』

 

 右手に握っていたクナイに力を込める。シャワーのように飛び散った血液が白猫面に付着した。

 

『……お前は口が堅そうだ』

 

 クナイについた血を布で拭い、ホルスターに仕舞う。

 

 お面についた血が垂れてくる前に同じ布で拭いてから、重たく感じられる身体を叱咤して立ち上がった。

 

 急がなければ。

 

 すでに波の国へ足を踏み入れているかもしれない彼らを頭に思い浮かべ、その場から姿を消した。

 

 

 

「ちっ、違うんだ、誤解だよ!」

「…………」

 

 まさかすれ違っただけの同性にケツを狙われるとは思わなかった。

 俺に腕を掴まれた男が必死に弁解しているのを見つめる。犯罪者はみんなそう言うんだよ。

 

 波の国に到着した俺は情報収集目的で町を歩いていた。お面は外して変化の術で姿も変えてある。かといって年齢も性別も大差はない。

 ご丁寧に俺のケツを丹念に撫で上げてくれた目の前の男が実は女でしたなんてこともなさそうだ。

 それはそれで俺がラッキースケベで捕まりそうだから困るけど。

 

 ちらりと周囲を見渡す。痴漢疑惑の男が騒いでいるというのに誰も見向きもしない。

 立ち並ぶ店の前にはしゃがみ込んで俯く人々で溢れていて、異様な光景だった。

 この国の人間にとっては日常茶飯事らしい。

 

「あの……これは……」

 

 男は涙目になっている。ちょうど俺の真横を通り過ぎようとした女性が小さな男の子に財布をすられていた。

 ピンときた俺は、男の腕を掴む手に力を入れた。

 この野郎、ただでさえ兵糧丸で食い繋いできた俺からさらに搾取するつもりだったのか。

 

「ちがう! 何かを盗もうとしたわけじゃない。ただ…………」

 

 よほど生活に困窮しているのかもしれない。未遂で終わったことだし許してやろうかと力を緩めかけた俺に、男が力いっぱい叫んだ。

 

「オレは尻フェチなんだ、とくに男のケツに目がないんだよォッ!!」

「…………」

 

 俺は無言で(常に無言だけど)男を殴り飛ばすと、人目につかない場所に逃げ込み、変化の術で女の姿になった。

 貧しさで追い込まれると人間ってやつはどこまでも頭がおかしくなるらしい。

 

 

 

 女の姿で情報収集を再開したら誰にも絡まれずにスムーズに終わった。この国はどうなってるんだ。

 

 今のところガトーという男が不穏な動きをしてることは分かってる。まあ、明らかに黒だろう。

 彼が波の国を拠点に活動し始めたのがちょうど数年前……根が解体され他国にまでその目を光らせることができない状態にある頃だったこともあり、俺たちの耳には届かなかったようだ。

 ダンゾウは情報に関しても貪欲な奴なので、根の人間はしょっちゅう収集に駆り出されていた。俺はなぜかダンゾウのそばを離れる仕事はほとんど回ってこなかったけど。

 

 やっぱりダンゾウは俺のことがす――

 

 ――最悪な想像をしたせいで気分が落ち込んだ。

 

 とりあえずこの辺にしとこう。人々の会話に耳をそばだてるのをやめて、今日こそは兵糧丸以外のものを食べるために八百屋に入った。

 

「いらっしゃい」

「…………」

 

 客はまばら、食材が並ぶ棚ですらスカスカでなんだか見ていられない。見ていられないが、大根とキュウリを腕に抱えた。

 店主から「お前それ買う金あんのか?」という疑惑の目を向けられる。

 素早くカウンターにお金を出すと店主はにっこりした。やはり支払いは早めに済ませるに限る。

 

「あの、ここって本当に」

 

 俺の後から店に入ってきた二人組に店主が「いらっしゃい」と声をかける。親子か、それとも祖父と孫娘の関係だろうか。

 

「ここは超貧しいからのォ。これが普通だ」

「そう……」

 

 家族にしてはよそよそしい会話だ。知り合ったばかりかもしれない。

 

 何気なく二人組に目を向けて、固まる。

 

「他のお店でサスケ君たちにも何か買っていってあげようかな」

 

 頬をピンク色に染め上げた可愛らしい少女が、目を閉じてうっとりしていた。

 その顔には見覚えがある。……カカシが率いる班のくノ一だ。

 

 先日のカカシ達の件といい、知ってる人間とのエンカウント率がおかしいと思う。

 さりげなく周囲を見渡したが、どうやらサスケ達はいないようだ。

 俺は女の姿に変化しているし、何より俺はカカシ班のくノ一とは元の姿でも会ったことがない。

 

 さっさとこの場から退散しようと焦ったのがいけなかった。

 

 すれ違う直前にトンッと軽く肩同士がぶつかる。彼女がこちらを振り返ろうとした。

 その際に、俺が持っている袋からはみ出している大根が彼女の下半身、つまり、お尻に――

 

「きゃあああっ! またチカーーンッ!!」

 

 目を疑うくらい勢いのある飛び膝蹴りがとんできた。

 右腕で蹴りを受け止めて、これ以上被害を広げないように大根の入った袋を地面に置く。

 

「……あれ? 大根?」

「…………」

 

 確か、サクラという名前だったはずだ。サクラは地面の大根と俺の顔を交互に見て、今度は別の意味での悲鳴を上げた。

 

「ごっ、ごめんなさい! 大根だったなんて……その……怪我はないですか?」

「…………」

 

 差し出された手は握らずに大根の入った袋を持ち上げる。

 女の姿をしているし、ここは声を出せないことを悟られずに切り抜けられるかもしれない。

 

 内気な女性を演出するために、顔を俯かせて長い前髪で顔を隠す。

 

「超やばい蹴りじゃった……娘さんが怯えるのも無理はない」

「やだ、どうしよう。本当にごめんなさい!」

 

 ふるふると首を横に振る。サクラは申し訳なさそうに眉を下げた。

 サクラの隣に立っている男性は依頼人だろう。彼は俯いている俺の腕を覗き込んでいた。

 

「まずは傷の手当てが先じゃな」

「怪我してるの!?」

 

 ぐいっと右腕を掴まれる。先ほど蹴りを受けた時に掠ったのか、擦り傷ができていた。

 大したことはない。薬をつける必要もないくらいだ。

 

「それじゃあ……」

 

 このままでは傷の手当てだと言って連行されてしまう。俺は必死に首を振って、何度も頭を下げた。

 そして、彼らが困惑している間に走って逃げ出した。

 カカシの時とは違って後ろから追いかけてくる気配がしたので、全力で走って裏道に身を潜める。

 

「…………」

 

 足音がどんどん遠ざかっていく。

 

 撒けたか。ふう、と一息ついていると頭上に影が差した。屈んでいた俺の首元にクナイが突きつけられる。

 

「何者だ。一般人の動きじゃないな」

「…………」

「波の国に隠れ里はないはずだ。再不斬の手下か?」

 

 現役の暗部がそう簡単に背後を取られるなというお叱りは最もだ。でも、俺は“彼”に対してだけはどう足掻いても隙をつかれると思う。

 ……本能が、どうしても彼を警戒してくれないから。

 

「答えろ。お前が再不斬の配下なら、どうしてサクラを()らなかった」

 

 両手を上げながらゆっくりと立ち上がる。

 こちらが見下ろす形になっても彼は俺に向けたクナイはそのままで、睨むように見上げてくる。

 

「……何を笑ってる」

「…………」

 

 ぺたりと自分の頬に触れる。笑ったつもりはなかった。

 彼――サスケは不快そうに鼻を鳴らし、クナイの先を俺の心臓に向ける。

 

「目的は何だ。吐かなければ……殺す」

 

 それもいいなあ、なんて思ってしまったせいかいつもの頭痛はしない。

 こうやってサスケに見つかってしまった以上カカシにも報告がいくだろう。

 まいったな、これは本当に詰んだかもしれない。

 ……いや、カカシの前に引きずり出されない限り俺の正体がバレることはないはずだ。

 

 クナイを持っている腕に手刀を落とす。

 

「ぐうっ!」

「………………」

 

 罪悪感がちくりと胸を刺した。サスケの手を離れて地面を転がったクナイを遠くに蹴り飛ばし、力を調節した拳をサスケの腹に沈める。

 崩れ落ちそうになる身体を脇に手を入れて支えた。

 

「…………」

 

 本当に、大きくなった。

 

 気絶しているサスケを壁に寄りかからせる。子どもの成長は早い。

 でもこの場にいたのが俺でなかったらサスケは殺されていたかもしれない。

 うちはといえどサスケはまだアカデミーを卒業したばかりの下忍。

 今のは、俺が油断している間に刺し殺しておくべきだった。

 

 サスケの言っていた再不斬とは、かつて霧隠れの鬼人と呼ばれていた再不斬だろうか?

 

 だとすれば、ガトーとかいう成金ヤクザもどきをどうにかするだけではこの件は終わらないかもしれない。

 そもそも彼がガトーのそばにいるなら、俺一人で太刀打ちできるとは……。

 

 サスケを置いてその場から離れる。遠目に何かが裏道に飛び込んでいくのが見えたが、俺は拠点にしている近場の森へと急いだ。

 

 

 

 塩をつけたキュウリをポリポリ食べながら、雀鷹(つみ)が届けてくれた巻物を広げる。

 

 町のはずれにある小さな森の中。

 

 俺のキュウリを盗もうとしてくる雀鷹に兵糧丸を押し付ける。反対の手で巻物を持ち、無駄に達筆な字を追いかけた。

 

『……あの野郎』

 

 不穏な空気を察知した雀鷹が兵糧丸で妥協して齧り付いている。

 巻物にはダンゾウの字で「そっちに割く人員はない」「霧隠れの忍が木ノ葉を襲撃しようとしているわけではないのなら帰ってこい」といった内容が書かれていた。

 つまり影分身もダンゾウに捕まっているということだろう。

 木ノ葉で何かあったのか?

 イロとモズはまだ別の任務から帰っていないようだし、人手不足といえば確かにそうだ。

 

 まあどちらでも同じことだ。

 俺は「帰るわけねーだろ」を可能な限り丁寧な内容にして雀鷹に巻物をくくりつけた。

 

『桃地再不斬か……』

 

 飛び去っていく雀鷹を見送りながら思案する。

 時間はかけられない。ダンゾウから次の連絡が来た頃がタイムリミットだろう。

 

 その前にガトーを殺す。護衛がいない、もしくは少ないタイミングを狙えば勝算はある。

 

 食べていたキュウリの最後の一欠片を飲み込んだ。

 

 

 

 ガトーはダンゾウに劣らないレベルで用心深いやつだった。

 いついかなる時も一人にならない。常に護衛と行動を共にしているせいで手を出せるタイミングがない。

 

 ガトーに雇われている侍二人組の話を盗み聞きしたところ、桃地再不斬は木ノ葉の四人組に返り討ちにされて寝込んでいるらしい。

 寝込んでいる部分は絶対に盛ってるし、鬼人とまで呼ばれた男がここで引き下がることはないだろう。

 

 ただ、深傷を負っているのは本当のようだった。

 今日までガトー側が沈黙していたのは、主戦力である再不斬が動けなかったから。

 侍たちが口にしていた「再不斬と行動を共にしている生意気な少年(ガキ)」の存在も気になる。

 もしその少年が再不斬に近い戦闘力を持っていればおしまいだ。そうでないことを願う。

 

 

 

 明朝、ガトーたちが橋の建設に携わった人間を()()()()()という情報を得た俺は、拠点で念入りにクナイと忍刀の手入れをしていた。

 

 橋にはカカシ達と彼らの護衛対象であるタズナも向かう。

 盗み聞きした侍達の話を信じるならば橋には再不斬がいるはず。ガトーの周囲が手薄になる、またとない機会だ。

 

 ここに影分身がいれば、再不斬は分身に任せて俺はガトーを殺しに行けたのに。

 

『…………』

 

 サスケ達を囮にするのか?

 

 彼らが一度は再不斬の手から逃れていたとしても、二度目があるかは分からない。

 橋に再不斬がいると知らない彼らは、十分な準備もできないまま命を落とすかもしれないのに?

 

 森の生き物達のほとんどが眠りの世界にいる時間。

 近くの草が揺れた。適当な木に登っていた俺は、背中の忍刀に手を伸ばしながら周囲の気配を探った。――誰かいる。

 

「やっぱりお前か」

『…………なぜ』

 

 月明かりに照らされた銀髪が見えた。その姿が何年も前に見た光景にぴたりと重なる。

 ……あの時は月明かりではなく、太陽の光だったけれど。

 

 カカシは木の上にいる俺を見上げながら言った。

 

「お前なら説明しなくてもこの状況を理解しているはずだ。木ノ葉の忍として手を貸してくれ」

『以前会った時に随分と歓迎してくれたお前に、どうして俺が手を貸さなければならない? それに、お前は根を嫌っているだろ』

 

 カカシがふっと笑う。その笑みにも既視感がある。

 でもこっちはどこで見たのか思い出せなかった。

 

「根に所属する人間全てを嫌っていては、かつて根にいた友人たちのことも嫌わなければならなくなる」

『…………』

 

 軽く首を振る。

 

『どこで俺のことを知った』

「お前、町でガトーの情報を聞き回っていたんだろう? それも何度か姿を変えて……ある男が“次に見かけた時は女の姿だったが、あの尻の形は間違いない!”って言ってたよ」

『…………』

 

 そりゃあ、尻の形まで変えてないけど……まさか俺の完璧な変化の術が尻フェチ野郎ごときに看破されるとは思わなくない? 何もかもおかしいよ。

 

「後はサクラとサスケの情報を擦り合わせた。二人に害を与えるつもりがなく、サスケから一瞬で意識を奪えるほどの実力者。そしてガトーの情報を集めている……その中には木ノ葉に関するものもあったそうだな」

『…………』

 

 見事な王手を食らった俺は何も言い訳できなかった。

 それだけの情報があれば少なくとも根の人間だという推測はできる。実際にカカシはここにいる。

 最初からマークされていたのなら、俺がどれだけ細心の注意を払おうとも小さな綻びを拾われてしまうだろう。

 俺の尻がある男にとって非常に良い形をしていたばっかりに……。

 

 木から降りてカカシと目線を合わせる。

 

 同じ暗部にいた時から彼には及ばないことばかりだった。

 うちは一族を差し置いて「写輪眼のカカシ」と他国に恐れられていた彼の実力は相当なもので、決して本人には言わなかったがガイ大先輩の次に尊敬する忍だった。

 

『……俺に何を望む』

 

 カカシがにやりと笑う。

 

「ガトーについて知っている情報を全て教えてほしい。そして、オレ達と共に戦ってくれないか」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。