「アカデミーに通う息子から聞いたんだが、あのうちは一族が暗部に…………」
人の口には戸が立てられない。
これまでうちは一族は下忍という見習いを経て中忍に昇格すると、警務部隊に配属される者、そのまま木ノ葉の表の任務を遂行する特別上忍や上忍を目指す者とに分かれていた。
そんな中、里の中枢に身を置く暗部に配属される者が出てきたとなると、一時的とはいえ里中の噂の的になるのは当然だった。
噂の中心人物の名は、うちはスバル。
彼は生まれつき声を出せない体質と、人を寄せつけない独特のオーラのせいで、一族だけでなく里の人間からも遠巻きにされていた。
「声は出せなくとも、やはりうちはなんだな」
「だからといってうちは一族を……」
一族や血を分けた親兄弟が優秀であればあるほど、呪いは強まる。
うちはスバルが優秀であれば人々は口を揃えて「血のおかげ」と言うだろうし、そうでなければ「ただの親の七光り」だと好き勝手に蔑むのだろう。生まれた時からそのような環境に置かれる辛さを、オレは嫌と言うほど知っていた。
「カカシ?」
たくさんの人が行き交う木ノ葉の大通り。
そう、オレは知ってるんだ。うちは一族という大きな存在の元に生まれ落ちた人間に付き纏う苦悩を。ずっと、すぐ側で見てきたから。
「おい、カカシ!」
「ガイ…………今はそっとしておきましょう」
呼びかけに反応せずだんごやの前を通り過ぎたオレを、かつての同期たちが心配そうに見送る。
大通りを抜けて、過ぎたばかりの大戦の英雄たちが眠る場所。オレだけは覚めない夢を見続けることしかできない。
覚めることも許されない――悪夢を。
オレが
彼が最も大切にしていたものと深く関わりを持つことになったのは、運命だろうか。
「今日からお前たちスリーマンセルの担当上忍になった、はたけカカシだ」
最後までアカデミーに残っていた三人組を外に連れ出して、簡単な自己紹介を済ませる。
うずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラ。
オレへの期待や不安が入り混じった三つの視線がこちらを向いた。
「じゃあ、次はお前らの番だな」
順に自己紹介するようにと指示すると、そわそわと落ち着きなく額当ての位置を調節していた少年が「はいはーい!」と元気よく手を上げる。
「うずまきナルト! 好きなものはカップラーメン、もっと好きなのはイルカ先生におごってもらった一楽のラーメンとぉ……これまで兄ちゃんが作ってくれたやつ全部っ!」
「……このウスラトンカチが」
ナルトの隣に座っていたサスケが呆れたようにため息をつく。
「元気でよろしい。兄ちゃんっていうのは?」
元々知っていた内容と前日に三代目から聞いていた情報を擦り合わせたが、ナルトに実の兄は勿論、兄のような存在がいるなんて聞いたことがない。ナルトは照れくさそうに笑った。
「スバル兄ちゃん! サスケの兄ちゃんで〜」
「スバル?」
ナルトがちらっと隣のサスケを見る。スバルの名を出されたサスケが怒りを露わにするんじゃないかと危惧したが、その目は懐かしそうに細められているだけ。
意外な反応にぽかんと空いた口が塞がらない。
マスクのおかげでそんな間抜けな顔を三人に見られることはなかった。
「オレにとっても本当の兄ちゃんみたいな人。オレってば、兄ちゃんのような強い忍になって、いずれは歴代最強の火影になってやるんだってばよ!」
「…………」
「先生?」
「いや…………」
まさかスバルがナルトと交流があったとは思わなかった。しかも、兄のようになんて。
「そんで、嫌いなもんはカップラーメンにお湯を入れてからの三分間!」
「カップラーメンばっかじゃねーか」
「おむすびばっかで栄養バランス最悪なサスケよりマシだっての!」
「ああ?」
わざわざサスケが絡みにいくくらい仲が良いのかと思えば、二人はお互いの胸ぐらを掴んでガンの飛ばし合いをしている。
そんな二人をサクラが「ちょ、ちょっと! なんでこのタイミングで喧嘩してるのよ二人とも!」と慌てて止めに入っていた。
「まぁまぁ。ナルトの自己紹介は終わったな。次はそっちのキミからね」
「…………フン」
オレはにこやかな笑みを浮かべたまま、注意深くうちはサスケを観察した。アカデミーの成績は文句のつけようのない優等生。やはりエリート一族出身なだけあって才能がある。
しかも溢れんばかりの才能に胡座を掻くことなく努力を続けてきたタイプで、オレの知る二人の姿とぴたりと重なる。血は争えないな。
「名はうちはサスケ。嫌いなものならたくさんあるが、好きなものは別にない」
「サスケはおむすびが好きだってばよ」
なんだか妙に覚えのある空気が流れた。
サスケに無言で頭を叩かれたナルトが「いったぁー!?」と叫んで悶絶しそうになっている。
不覚にもマスク越しにぶふっと吹き出した。サスケとナルトには気づかれなかったが、サクラにはバッチリ見られていたようで視線が痛い。
頬を染めたサスケがこほんと咳払いをする。
「夢なんて言葉で終わらせるつもりはないが野望はある。一族の復興と、ある男を必ず殺すことだ」
涙目になっていたナルトが途端に悲しげな顔をする。
「うちはイタチか」
オレが『ある男』の名を出すと、サスケが勢いよく顔を上げて睨みつけてきた。
「そう怖い顔をするな……お前の二人の兄とは共に任務をこなしたことがある。優秀な忍だった」
「サスケ君のお兄さんたちと、カカシ先生が?」
「ああ。とくにうちはスバルとは友と呼べる間柄だったからな」
ナルトとサスケが同時に立ち上がる。しかし反応は対照的だった。期待に胸を膨らませているナルトとは違って、サスケは眉を吊り上げている。
「スバル兄さんに親しい人間がいたなんて聞いたことがない」
「オレ達は暗部の先輩後輩の関係だった。それに、スバルはあまり自分のことを話さない奴だった。そうだろ?」
「…………チッ」
サスケはまだ何か言いたげだったが、とりあえず口を噤むことにしたようだ。
「あのさ、あのさ!」
「ナルト。続きは全員の自己紹介が済んでからだ。最後に、女の子」
「えっと……私は春野サクラ。好きなものは……」
ちらちらと何度もサスケを見ながら好きなものと将来の夢を匂わせるサクラ。まさに恋する乙女といったところだろうか。
……こんなにも癖の強いメンバーばかりが集まるのも珍しい。
自然とこぼれそうになるため息を飲み込んで、腰に手を当てる。
「よし。うちはスバルに関する話だが…………」
ごくっと唾を飲む音がふたつ聞こえてきた。にっこりと笑う。
「明日の演習でお前達がこの話を聞く権利があるとオレが判断したら話すことにしよう」
「演習だと?」
笑みが濃くなる。オレはとんとん、と自分の額当てを指で叩いた。
「ただの演習じゃない。失敗すれば折角の額当ても没収されてアカデミーに逆戻り――これは、脱落率六十六パーセント以上の超難関試験だ」
翌日、アカデミーから一番近い場所にある演習場。すでに集まっていた三人の前に遅れて登場し、「さぁて、そろそろ始めるか」と丸太の上に十二時にアラームをリセットした時計を置いた。
「カカシ先生からその鈴を取れたらスバル兄ちゃんのこと教えてくれるってこと?」
「そうじゃなくて正式に下忍として認められ……まっ、同じことか」
鈴が取れたヤツには必ず教えると約束すると、二名分の殺気が飛んできた。……予定より彼らのモチベーションを刺激してしまった気がする。
サクラが控えめに手を上げる。
「あのぉ……それって私には二人ほどメリットがないんじゃ……」
「鈴は二つしかない。そして、オレから情報を聞き出したい人間も二人。もしもサクラ、お前が鈴を手に入れたらナルトかサスケと個人的な取引をして情報を高く売ればいい。ちなみに! 鈴を取れた人間が二人いた場合、オレはスバルに関する別々の情報を提供しよう」
「そこまでして手に入れたい情報って一体……」
サクラは半信半疑だ。だが、その目は『サスケと個人的な取引』のおかげでやる気に満ちている。
「どんな情報を教えてくれるんですか?」
「そうだな……うちはスバルの得意な技、通いつめてた甘味処、戦う時の癖、それから――」
「待ってよ、カカシ先生! そんなもの、ナルトのバカはまだしもサスケ君が欲しがるはず……」
「あの二人を見てもそんなことが言えるか?」
「え?」と後ろを振り返ったサクラ。そこには今すぐにでも演習を開始したいとうずうずしている二人がいた。普段からサスケのやることなす事全てを肯定しがちなサクラですら、ちょっと引いている。恋は盲目というが、彼女に最低限の理性が残っているようで安心した。
「待ちきれない奴らもいるようだし、説明は以上だ。…………はじめ!」
森の中と大差ない演習場内で、オレは片手に愛読書を持ったままのんびりと歩いていた。
「意外だな……とくにナルトは無計画に突っ込んでくると思ったんだが」
それにしても、やはりイチャイチャシリーズはどれも面白い。いっそ芸術と言えるだろう。
以前スバルにも勧めてみたことがあるが、彼は冒頭を軽く読んだだけで頬を僅かに赤く染めて《おれは こんなものは》と高速の指文字を披露し、慌てて部屋を出て行ってしまった。
「フフ…………」
懐かしい。あの後暫くはテンゾウと二人でそのネタで揶揄ったな、なんて思い出す。スバルはああ見えて純粋なところがある。
こうやってスバルとの思い出を穏やかに思い出せるのも、過ぎた時間のおかげだろう。
それにしても静かすぎる。まさか鈴を諦めたのかと思い始めた頃、草が揺れ動く小さな音がした。
「火遁・豪火球の術!!」
「なにィッ!?」
それはまだ下忍にはチャクラが足りないはず!
草むらに隠れていたサスケの放った豪火球は、チャクラが足りないどころかその規模ですら一人前だった。以前、大蛇丸のアジトでスバルがオレに向かって放った豪火球に近い。同じ木ノ葉の忍に豪火球を放たれるなど滅多にない経験のはずが、まさか兄弟揃って成し遂げるとは。
妙な感動を覚えながら土遁の印を結ぶ。
「土遁・土流壁!」
地面から飛び出してきた巨大な土の壁が全ての炎を受け止めて衝撃を吸収する。
「そんなの反則じゃないの!?」
別の方角から叫び声が聞こえた。サクラの声だ。そちらを見れば「キャッ!」と慌てて口に手を当てているのが見える。
確かにあれは大人気なかった。
不意打ちとして豪火球を出してくるのはなかなかに良かったが、コンビネーションとしてはいかがなものか。そもそも、真っ先に攻撃してきそうなナルトは一体どこだ?
「――油断大敵、だってばよ」
声がした。それも、真上から。バッと顔を上げる。いつの間にかオレの作った土壁の上に立っていたナルトが、にやりと笑って影分身の印を結ぶ。あっという間に二十人くらいに増えたナルトが上から一斉に降ってくる。しかも全員がクナイを手にしていて、同時に振りかぶった。
「くらえ!」
まさに、槍の雨。飛んできたクナイを全て避けたかと思えば、次はナルト本体と影分身全員の相手をしなければならない。
三代目から封印の書を持ち出した件を予め聞いていたおかげで、辛うじて動揺は少ない。
まさかナルト相手にイチャイチャシリーズを封印されるとは。
こちらに向かってくる拳をいなし、蹴りが届く前に足払いで転ばせる。数は多いとはいえ、ナルトの体術はまだまだ未熟だ。
避けられないほどじゃない。
次々と消えていく影分身。次、次、と機械的な作業になりつつあった頃、ナルトの影分身の一つが足払いを避けるどころか、オレの腕を掴み、素早く逆の手で腰の鈴に手を伸ばしてきた。
「なっ……!?」
その両腕を捕まえようとした瞬間、ボンッという音と共に辺りが土煙に包まれる。
その中から姿を現したのはサスケだった。
「…………変化の術、ね」
やけに動きがいいのがいると思ったら、ナルトの影分身の中に紛れていたか。
カラクリが分かったところで、状況は良くならない。荒削りながらも諦めずに食らいついてくるナルト本体と影分身、そして、そんなナルトとやけに息の合ったコンビネーションを見せるサスケ。さらにサスケの体術は、以前のスバルを彷彿とさせる動きが多々みられる。
「その体術、スバル仕込みか?」
サスケは答えずにくるりと体を大きく捻って鋭い蹴りを放ってくる。正確にオレの脇腹を狙ってきたそれを片腕で受け止めて、衝撃を逃す。
「チィッ!」
「悪いがオレもスバルとは何度も道具有りの組み手をしてきたんでな」
対処法はよく知ってる。それに、スバルの体術の癖は親友であるガイともよく似ていた。
スバルなら、この状況で蹴りを防がれたら背中の忍刀で……。
サスケがホルスターから抜き取ったクナイを握る。――そうだ、サスケは忍刀を持ってない。
当たり前のことながら、無意識に頭の中で描いていた未来と違うことに僅かに動揺してしまった。その隙をつかれる。
サスケのクナイはオレではなく、一直線に腰の鈴に向かっていた。紐を切るつもりか。
スバルとの組み手に思いを馳せていたせいで、一瞬とはいえ鈴の存在を忘れていたオレは咄嗟に反応できない。
「さっ、させるかぁっ!!」
リンッとサスケのクナイが鈴に触れる。両足にぐっと力を込めて勢いよく後ろに飛び退く。
間一髪で鈴を守り抜いたと思ったオレに、ナルトとサスケが不敵な笑みを浮かべた。
「ナイスだってばよ、サクラちゃん!」
「…………は?」
ボコッと着地したはずの地面に足が沈む。足どころか、一気に崩れた地面にサーッと顔が青くなる。オレの身体は、あっという間に深く掘られた穴の中に落ちていた。
「どうどう? オレ達のチームワークは!」
「気を抜くなバカ。カカシはずっと手加減してた」
「オレ達相手ならこれでじゅーぶんって決めてたラインを超えた……合格ってことだろ?」
「……サクラの読みが外れていなかったらの話だ」
そんな会話を、オレは落とし穴で大の字になったままぼんやりと聞いていた。
…………完敗だ。
アカデミーを卒業したばかりの三人が、ここまで見事な連携を見せてくれるとは。
落とし穴にひょっこりと顔を出したサクラが「やったの……?」と不安げに聞いている。
「ナルトとサスケはオレをこの落とし穴に誘導する役で、サクラは落とし穴に気づかれないよう、周辺に幻術を掛ける担当だったのか?」
いくら手加減している状態であっても、落とし穴なんて簡単なトラップにはすぐに気づいたはずだ。掘り返した土の色が違うことに気づかれないよう幻術をかけるのは簡単ではあるが、相手に違和感を与えないように調整するのは難しい。
幻術は塩梅が重要だ。完璧すぎるとそこから綻びが生じることだってある。
それに、オレはナルトとサスケの息をつく暇もない攻撃に本を読む余裕すらなかった。そんな状態で幻術の施された落とし穴に気づくことは、やはり出来なかっただろう。
「そうだってばよ。この辺はサスケの作戦で、影分身にサスケを紛れ込ませるのはオレの考え!」
「サクラの読みってのは?」
「えっと……アカデミーで、チームで動くときは何よりもチームワークを大切にしろって学んだから。最初から鈴が二つしかなくて、どんなにいい結果を残しても二人しか合格できないのはおかしいって思ったの」
事前にそこまで読んで冷静に対処できるのは、忍として必要な要素だ。
「カカシ先生、サスケ君のお兄さんの話を『聞く権利があると判断したら話す』って言ったでしょう? 今日、ナルトに鈴を取れば教えてくれるのかって聞かれた時も『下忍として認められることが同じようなもの』って言ってた」
ナルトがうんうんと頷く。
「だから、これは単純に鈴を取る試験なんかじゃなくて、私たちの心……忍としての強さを測るためのテストなんじゃないかって」
百点満点の答えだった。アカデミーではどの科目でもサスケが一番の成績だったと聞いているが、サクラは特定の座学ではサスケよりも良い結果を残していたと聞いている。本で得られる知識だけでなく、それを実践にも活かせる柔軟な思考力。忍として必要不可欠な要素だ。
「もしかして、違った……?」
違っていればサスケに失望されるかもしれないとすでに涙目になっているサクラ。……愛の力でこの試験の意図に辿り着いたのだとしたら、侮れないとも思う。オレはサクッと落とし穴から出て、三人の前に立った。
「ああ!? そんな簡単に出られたなら何で!」
「ったく……。言っただろ、カカシはずっと手加減してたって」
「サスケの言う通りだ。オレはこの試験でアカデミーレベルの体術と忍術しか使わないって決めてたからな」
忍術を使えば落とし穴に気づいたときに回避も可能だった。それをしなかったのは、彼らの見事な作戦と連携に負けたと判断したせいでもある。
「でも、サスケ君の火遁には土遁を……」
「サスケの術が完璧だったからだ。あの規模の豪火球をオレに向かって放ったのは二人目だよ」
「それってもしかして」
ナルトの言葉に頷く。
「そう、一人目はうちはスバル。サスケ……お前の一番上の兄貴だ」
ぐらりと明らかに感情が揺れた黒い瞳。
――やはり、これは運命だろうか……スバル。
こうやってお前が何よりも大切にしていた弟にお前のことを話しているのは。
全身についた土を払ってにっこりと笑う。妙に清々しい気持ちだった。
「全員…………合格だ!」
「やっ、やったー!!」
ナルトとサクラが揃ってガッツポーズをする。
「もう十二時か。これから親睦会ってことで焼肉にでもいって、スバルの話をしようと思うんだが」
どう思う? なんて聞くまでもなく、喜びの声が上がる。
「焼肉なんて久しぶりだってばよ。しかもスバル兄ちゃんの話まで!」
「……オレも誰かにアイツの話をできるのは嬉しいからな」
「カカシせんせー! 置いていくってばよ!」
目を細めたオレの腕を、ナルトが待ちきれないといった様子で引っ張った。
「お待たせしてすみません。報告書を届ける途中で色々あって……」
忍べと書かれた看板の下。人を待っている間に広げていたイチャイチャパラダイスを閉じる。
待ち人であるテンゾウは珍しく額に汗を浮かべていた。ここまで走ってきたらしい。
甘味処の前で待ち合わせても良かったが、『忍べ』という皮肉の効いた突出看板は内照式のおかげで日が沈んだ時間でも見つけやすい。
いつしか木ノ葉の大通りで待ち合わせする時はここを選ぶようになっていた。
テンゾウと並んで大通りを歩く。
「前回食べに行ってからもう一年なんですね」
「そうだな……」
テンゾウは普段甘味など食べないオレの方から誘ってきた理由を悟っているようだ。
うちは一族虐殺事件からそれなりに時間が流れ、オレはあの日のことを強く思い出すたびに、こうしてテンゾウと一緒に彼が好んでいた場所に足を運ぶようになっていた。
うちはスバルは見かけによらず甘いものに目がない。同じく全くそうは見えない彼の弟も甘味が好物らしい。二人の甘味巡りに付き合わせた結果、一番下の弟が甘味嫌いになってしまったのだと、どこかしょんぼりとした様子で話していたことがある。
こっそり思い出し笑いをしたつもりだったのに、マスク越しでもバレてしまった。テンゾウは「ボクもですよ」と困ったように眉を下げる。
「スバルはアレですよ。孫が一度好きだって言ったものをしつこく与えてくるお婆ちゃんタイプ」
「ブフッ」
「今度はハッキリと笑いましたね」
そう言うテンゾウの目もニヤついていた。確かに、一番下の弟であるサスケは昔は甘味がそれなりに好きだったらしい。
「おっと……通り過ぎるところでした」
見慣れた看板が目に入って、二人同時に方向転換した。だんごやの暖簾をくぐる。
「カカシ先輩とここに来るのは久しぶりですね」
テンゾウの言葉に同意して混雑している店内の奥に進む。なんとか二人分のスペースを見つけて一息つく。隣に座っていた、フードを深く被った男性が壁に寄ってくれたので軽く会釈した。
「ご注文はどうなさいますか?」
「ボクは三色団子を。先輩は?」
「三色団子を一つ」
笑顔で注文を受けていた店員が裏に下がったのを見計らって、向かい側に座っていたテンゾウがこちらに乗り出してくる。
「珍しいですね。カカシ先輩が団子なんて」
オレは特別甘いものが好きというわけじゃない。好きでもないけど嫌いでもない。その程度だ。だからいつも磯部焼き餅か、どうしてわざわざここでという食事メニューを選びがちだった。
たまにはアイツが好きだったものを食べるのもいいかもしれない。
なんとなくそう思っただけなのに。ニヤニヤと笑っているテンゾウに居心地が悪くなった。
スバル絡みのネタになるとオレとテンゾウの間にあった先輩後輩のそれらしい距離感は一気にゼロになる。でも不快じゃない。
こうやって穏やかに過去の話を持ち出せるようになったのは、むしろ喜ばしいことだった。
「スバルってここに来たらいつも三色団子とおしるこしか…………」
やけに溜めが長いなと思って顔を上げる。
テンゾウはオレの隣――フードを被った男をじっと見つめていた。しかし、すぐに視線を逸らしてオレの方を向く。
「注文しませんでしたよね」
「そうだな」
一体何だったのか。テンゾウが意味もなくそんな行動をとるとは思えなくて、オレもさりげなく隣の男を観察する。男の前には串だけが残っている皿とおしるこの入ったお椀が並んでいた。
ちょうどその話をしていたところだったから、つい視線が向いてしまったのかと納得する。
それからはぽつぽつと墓参りの話をしたり、まったく関係のない話をしたり。混んでいるせいか注文した団子が来るのは遅くなりそうだった。話題は再びスバルに関することに戻っていた。
「アイツは認めなかったが、甘味への執念はなかなかのものだった」
「そうですね」
スバルが自分のせいでサスケを甘味嫌いにしてしまったかもしれないと告白した日。
オレとテンゾウはそれはもう大笑いした。腹を抱えてひぃひぃ苦しんだくらいである。
スバルは臍を曲げたのか〔……過去の話です。俺はもうそれほど甘味処にも行かなくなりましたから〕なんて言っていた。
それは厳しいだろ、今でもこっそり一人で甘味処に行ってることがあるのに? とオレ達は思ったが、本人には言わなかった。釣った魚は泳がせておいた方が楽しいことを知っていたからだ。
「オレ達によほど知られたくなかったのか、わざわざうちはの家紋が入ってない服に着替えて、」
そこまで口にして、オレはふと隣の男性の姿を思い出した。
「……フードまで被ってここに来てたよな」
「……ええ」
オレとテンゾウの視線を一身に受けたフードの男性がびくっと大袈裟に震える。
三色団子とおしるこを注文し、深々とフードを被っている男性。どう考えても不審者だ。
脳裏に全身タイツの個性的な友人が浮かぶ。奇抜な格好を好むタイプという線もあるが、オレ達には妙な確信があった。
確信はあったが、どう考えても冷静じゃなかった。思わず声をかけたフードの男性が気まずそうに暖簾の向こうに消えていく。
追いかけようとしたところ、店員が持ってきてくれた団子に後ろ髪を引かれてやっと、自分たちがあり得ない可能性に縋っていたことに気づいた。
「……カカシ先輩」
「…………」
うちはスバルは死んだんだ。それも、愛していた弟の手にかかって。
気遣わしげに呼びかけてくるテンゾウに首を振る。お通夜みたいな雰囲気の中で食べた三色団子は、ほとんど味がしなかった。
あれから少し時は流れ、オレは部下を連れて波の国にやってきていた。要人を護衛する為である。それだけであれば良かったのに、非常に困ったことにこの任務には裏があった。
「それがさ、それがさ! オレとサスケがサクラちゃんを迎えに行こうとしたら……」
布団を被りながら真剣な表情で聞いていたオレに、ナルトは途端に気の抜けた様子で「なんか……調子狂うってばよ」と言った。そんなナルトの頭に拳骨が落ちる。サクラのものだ。
「アンタねぇ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? サスケくんが……サスケくんが正体不明の女に襲われたんだから!!」
「サクラ……」
サスケは恥ずかしそうに頬を染めて「声が大きい」と呟く。
「サスケがやられるとはね。心当たりは?」
「…………ない」
「私もよ。タズナさんもここでは見かけたことがない顔だったって」
波の国は閉鎖的な小さな島国だ。その上、サスケの意識を簡単に奪えるほどの実力者。サスケの言うように波の国には忍の隠れ里はない。
「ガトーが雇ったくノ一だったら迷わず私たちを殺しにきたわよね? たまたま他里の忍が観光にでも来てたってことかしら」
「タズナさん達には悪いが、波の国ほど貧しい国にわざわざ他里の忍が観光や監視目的で訪れるとは考えにくい。仮にそうだとしても、観光目的であればサクラから逃げる必要もサスケを昏倒させる必要もない。後者であれば任務に支障をきたすと判断して迷わずサクラ達を殺しただろう」
どうにも腑に落ちない。まるで彼らに存在を悟られたくなかったかのようだ。
「それって考えすぎじゃない?」
「こういう時は考えすぎなくらいが丁度いいの」
以前の再不斬との戦いの後遺症でほぼ寝たきりだった身体を起こす。なんとか松葉杖無しでも歩けそうなくらいには回復してそうだ。
「これから情報を集めてくる」
「オレもサスケを襲った姉ちゃん探すってばよ!」
「その言い方はやめろ、ウスラトンカチが!」
「いったぁ!?]
相変わらず仲が良いのか悪いのか。サスケの拳をきっかけに掴み合いの喧嘩を始めた二人を「まあまあ」と宥める。
ジト目になったサクラに「カカシ先生ったら、止めるのもメンドーなんでしょ」と指摘されドキッとした。彼女は意外と鋭い。
「サクラは引き続きタズナさんの護衛、ナルトとサスケはちゃんと修行の続きをすること! 情報収集はオレ一人でジューブン。いいな?」
不満げな「はぁ〜い」にため息をこぼす。
大丈夫だろうか。まあ大丈夫じゃなくても信じるしかない。オレはすぐに支度を済ませて、少しふらつく体をもどかしく思いながらタズナさんの家を後にした。
「嘘じゃないぞ。オレは怪しい女を見たんだ!」
《酒》という文が刻まれた提灯がゆらゆら揺れている。波の国では珍しい居酒屋の前を通り過ぎようとすると、少し舌足らずな声が聞こえてきた。
「その話詳しく聞かせてくれないか」
「誰だ……? 同志か……?」
その男はカウンター席で店主に対して絡み酒の真っ最中だったらしい。明らかに「助かった」という顔をする店主。男の隣に腰かける。男の顔は真っ赤で、完全に出来上がっているようだった。
「そうさ、オレはなぁ……見たんだ! この目で、はっきりと! 今まで見たことのない素晴らしい形をした尻を!」
色々と間違ったかもしれない。
オレは注文を取りにきた店員に「やっぱりいいです」と言おうとした。
「でもなぁ。最初に会った時そいつは男だったのに、次見た時には女の姿に変わってたんだ……」
オレは店員に「ぼんじり一本」とだけ答えた。
「その女は実は男だったということか?」
「分からねェ……だがな、これだけは言っておく。オレは一度目にした尻の形は絶対に忘れない」
やっぱり間違えたかなと思い始めた頃、男がビールを呷りながら「もう一度見たい……あの尻を……」と泣いた。そう、泣き始めた。
あまりにも悲痛な表情だけを見ればつい同情してしまいそうなくらいだったが、その発言が全てを台無しにしている。
「オレを異常性癖持ちの変態野郎だと思ってるんだろう?」
「あー……つまり、同じ尻をした男女を別々で見かけたってことなのか? たまたま同じ尻の形をした人間がいたというわけではなく?」
「お前は何も知らないんだな。この世に同じ尻など存在しない」
マスクの裏でひくりと頬を引き攣らせる。こいつは本物だ……。
プロとしての根性で笑みだけは崩さなかった。
「あれは間違いなく同一人物だった。それに、この国の誰もが禁句扱いしているガトーのことを嗅ぎ回っていて……」
「ガトーのことを?」
「そうだ。何度も性別や容姿、時には日を変えて街に出てきては、ガトーと関わりのある人物などを調べている様子だった」
この男の言っていることが真実ならば、その女(もしくは男)はガトー側の人間ではないということになる。
「……ありがとう。助かったよ」
いつの間にか店員が置いてくれていたぼんじりを一気に食べる。最後に水を喉に流し込んで立ち上がった。そんなオレを見上げる男がいくらか酔いのさめてきた顔で呟く。
「アンタの尻もなかなかいい感じだよ」
「…………」
次に変化の術を使う時はちゃんと尻の形まで変えようと誓った。
どうやらサクラ達が遭遇した女と、例の尻フェチ男が見かけた女は同一人物らしい。
例の男が女の姿の時に見かけた場所とサクラのいた八百屋で聞き込みをしたところ、顔つきと服装の特徴が一致した。本来の性別は不明なものの、ここにきて妙に信頼度が高まった例の男が「あれは男の尻だ」と断言していたことを考えると、男だろう。間違いなく。
火影様に「尻の形を判別できる男を木ノ葉の特別部隊に配属してみませんか」と提案したいくらいだ。素の体格が良すぎたり痩せすぎ、太りすぎな場合を除いて尻の形まで変えている忍はほとんどいない。彼の特殊性癖は大活躍するだろう。
その後の地道な情報収集によって、オレは漸く目的の男をみつけることに成功した。体も寝込む前の状態まで回復している。今なら相手に気配を悟られることなく後を追うことができるはずだ。
男はこれまで挙がっていたどの容姿でもなかったが、足音もなく歩く姿からすぐに同業者だと分かる。これが木ノ葉であれば、足音を消している忍などごまんといるから気にならなかっただろう。
男は用事を済ませた後だったのか、街を出て近くの森に姿を消すところだった。あそこに拠点があるらしい。澄んだ青色が広がる空を見上げる。
「……夜まで待つしかないか」
明るいうちに森に入るのはリスクが高い。日が落ちた頃にまた出直すことにした。
今夜は満月か、それに近い。闇に紛れて森の中に侵入したオレはあっさりとその男を見つけた。
男は木の上でクナイの手入れをしていて、その顔は見覚えのあるお面で覆い隠されている。
「やっぱりお前か」
男が手に持っていたクナイが音を立てて木の真下に落ちる。それを拾い上げるオレの動きを注視していた男……ダンゾウ様の側近の一人からは意外にも警戒心は感じられない。ただただ驚いているようだった。
やっぱり。自分で口にしても妙な気分だ。オレはこの男のことを何も知らない。
彼が身につけている懐かしいお面がそうさせるのか、それとも彼の纏う雰囲気がそうさせるのか。
根の人間でありながらオレを警戒しない男は、戸惑うくらいかつての彼にそっくりだった。
「お前なら説明しなくてもこの状況を理解しているはずだ。木ノ葉の忍として手を貸してくれ」
『以前会った時に随分と歓迎してくれたお前に、どうして俺が手を貸さなければならない? それに、お前は根を嫌っているだろ』
一つ共通点を見つけたら、こうも心を通わせなければ気が済まなくなってしまうものだろうか。
月明かりの下。あの日も
なんの意図も打算もない。まるで目の前に友人が戻ってきたような感覚に陥りながら口にする。
「根の人間全てを嫌っていては、かつて根にいた友人たちのことも嫌わなければならなくなる」
お面の内側で男の目が見開かれ、その瞳の中に僅かな赤色が滲んでいるのを見た。