じんせいみてい!   作:湯切

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第三十三話 切れた糸

 それは、根から火影直属の暗部に転属にされた時の居心地の悪さに似ていたかもしれない。

 

「カカシセンセー。その人誰だってばよ?」

 

 不思議そうな顔をして首を傾げるナルト。

 

 以前ナルトとサスケに会った時の俺は影分身の方だったし、お面も白猫ではなく、鳥面だった。

 彼らにとって俺は初対面の人間だ。ただでさえ緊迫している状況下、突然カカシが見知らぬ男(しかもお面付き)を連れてくるなんて怪しさ満点だろう。

 

 ここはカカシに上手く紹介して貰うしかない。

 カカシはにこーっと目を細めて、俺の肩に手のひらを置いた。

 

「コイツがサスケを襲った例の女の正体だ」

「エーッ!?」

 

 自分の頬に手を当てた女の子、サクラが叫びながら立ち上がる。そして、ふるふると震える指をこちらに向けてきた。

 

「そ、その人、どう見ても男の人じゃない!」

「変化の術を使ってたんだよ」

「あっ、そっかぁ……じゃなくて! どうして女としてあの場所に……!」

 

 そうだった、カカシはこういうやつだった。お面の内側でぐぬぬと唇を噛む。さっきからサスケが「よくもこのオレにあのような屈辱を」と言わんばかりに睨んでくるのが辛すぎる。

 

「……その()をわざわざオレたちの前に連れてきた理由はなんだ?」

 

 男の部分をやけに強調するサスケ。

 

「それは本人に説明してもらった方がいいだろう。なあ、」

 

 ツミ、と続きそうだったカカシの言葉が途切れる。そもそも今の俺は雀鷹面ではなく白猫面だというのに。そういえば、カカシは白猫面を被っている時は頑なに「スバル」と呼んでたっけ。

 

 小さくため息をつく。

 

『俺は木ノ葉の暗部。今回は利害が一致したから貴方たちと行動を共にする。それだけです』

 

 それでも警戒心の消えない三人の少年少女たちに肩をすくめた。どうせガトーを討つまでの短い共闘だ。信用される必要もない。

 

『俺のことはクロネコと呼んでください』

 

 

 

 カカシの提案をのむことにした俺は、彼らの班が滞在している波の国の依頼人の家にお世話になっていた。そろそろ日付が変わるような遅い時間帯だというのに、依頼人の娘さんは「まあ、ずっと森で生活を? 大変だったでしょう」と優しく気遣ってくれた。

 

「夕飯はもうお済みですか? 残り物ですが、ご用意できますよ」

 

 エプロンをつけて台所に立つ姿が母さんと重なる。髪色だけでなく背格好まで似ているなんて。

 

 胸の奥をぎゅうっと鷲掴みにされるような感覚。懐かしさに鼻の奥がツンとした。

 

「先生?」

『……いえ、俺は先生では』

「それなら……クロさんとお呼びしても?」

『構いません』

 

 依頼人のタズナさんの一人娘であるツナミさんは、俺の返事を聞く前に鍋を温め直し、テーブルの上にいくつかの料理を並べてくれた。

 

 ……国自体が貧しく店頭にすら食材があまり並ばない波の国で、これだけの食事を用意するのがどれだけ大変なことか。

 

「どうぞ。おかわりもありますから」

『……ありがとうございます』

 

 正直……手も合わせずに食らいつきたいくらいだった。ここ最近の俺の食事は兵糧丸、兵糧丸、兵糧丸、キュウリ(塩付き)だ。

 

 こんなにまともな、しかも美味しそうな食事はいつぶりだろう?

 

 それでも最低限の礼儀は示すべきだ。俺はきっちりと両手を合わせて『いただきます』と呟く。

 

 あとは箸を持って煮物や米を口に運ぶだけ、だったのに。

 

 テーブルの向かい側には、とっくにサスケやサクラと客間に籠ったはずのナルトが座っていた。

 テーブルに肘をのせて、じいっとこちらを凝視している。

 

 気になる。めちゃくちゃ気になる。気になるが、まともな食事に飢えていた俺は被っていたお面を僅かに上にずらして、箸で掴んだ煮物を食べた。……美味しい!

 

「あー!!」

 

 ナルトが急に叫ぶ。驚いて、次に食べようとしていたニンジンを皿の上に落としてしまった。

 

「ちぇっ。猫の兄ちゃんもカカシ先生タイプかぁ。顔が見られると思ったのに」

 

 ここに来てからずっとお面をつけている間も変化の術を使ってるから、仮にお面を完全に外しても俺の素顔がバレることはない。

 

「カカシ先生ってば、あのマスク絶対外さねェの。きっとマスクの下にどデカい頑固なニキビができててー、恥ずかしくてずっと隠してるに違いないってばよ!」

『…………』

「いま口元がちょっと動いたような。笑った?」

 

 お面を上にずらしていたせいで、俺の口元の動きははっきりとナルトに見られていたらしい。

 

 その流れだとお面で顔を隠してる暗部の連中、全員顔に問題抱えてることになるだろ。ナルトは昔からこうやって他人を笑わせる天才だったなあ。

 

「あのさあのさ! 暗部ってどんなところ? オレでもなれる?」

 

 それは、初めて会った日と同じ質問。あの時の俺は「なれる」と思って頷くだけだった。無事にアカデミーを卒業し、多重影分身の術まで習得したナルトは、すでに素質があるかもしれない。

 

 俺はあの日と同じように頷いたが、あの日とは真逆のことを口にした。

 

『でも、君には向かないと思います』

「なんで!? オレってばこう見えて難しい忍術を習得してるのに!」

『暗部は太陽のような眩しさを持つ人には、ただ苦しいだけの場所だから』

 

 ナルトもガイさんも、暗部の考え方が合うような人じゃない。

 

 彼らのように真っ直ぐで純粋な人たちは、目的のためならいくら手を汚しても構わない暗部の生き方は納得できるものじゃないだろう。

 かつてのダンゾウの言葉を借りるなら、闇がなさすぎるせいだ。

 

「たっ、太陽?」

 

 褒め言葉をストレートに受け取ったナルトが照れていた。本題はそこではないが、事実なので否定はしない。

 

 会話の合間に続けていた食事が終わる。

 

 俺は『ごちそうさまでした』ともう一度手を合わせた。使ったお皿を洗って、テーブルを台拭きで拭く。ツナミさんはすでに寝る支度をしているようだった。何か手伝うことはあるだろうかと思案していた俺の腰に、こつんと何かが当たる。

 

『ナルト?』

 

 ふにゃりと今にも溶けそうなナルトの身体を受け止める。……気持ちよさそうに眠っていた。立ったまま寝るなんて、よほど疲れてたんだろう。

 

 そっとナルトを抱き上げる。半分無意識なのか、首に回ってきた小さな腕が温かい。

 あまりにも懐かしく、もう二度と得られないと思っていた温もりだった。

 

「随分と慣れているんだな」

『……そういうわけでは』

 

 ナルトを客間に運ぼうと思っていたら、客間の前に立っていたカカシが、意味深な視線を寄越してきていた。

 

「お前、もしかして――」

「ちょっと! 部屋の前で何を……って、ナルト? 寝てるの?」

 

 カカシの言葉は客間の障子をスパーンッと勢いよく開いたサクラに遮られる。部屋の奥にはサスケもいて、道具の手入れをしていたようだった。

 

『寝てしまったので、預けてもいいですか』

「え、ええ……」

 

 サクラには男の子であるナルトを支えられないだろう。俺とサクラの視線を受けたサスケがため息と共に立ち上がる。

 

 俺の前に立ったサスケが両手を出す。抱いていたナルトを差し出そうとしたが、思ったよりも強い力でしがみつかれていて離れない。

 

「ナルト! 呑気に寝てる場合じゃ……」

「んん……。スバ……ル……にい、ちゃ」

 

 サスケがぴしりと固まった。俺も同じように一瞬思考が停止したが、俺の首に回っているナルトの腕をゆっくりと外して、その場に膝をつく。

 

『……布団。用意してもらっても?』

「はっ、はい!」

 

 素早く反応してくれたサクラが押し入れから布団を出す。サスケはナルトから顔を逸らして俯いていた。

 

 サクラが敷いてくれた布団にナルトを寝かせる。……本当に、幸せそうな寝顔だった。

 

 

 

 深夜。ツナミさんに勧められた部屋を辞退した俺は、家の前にある立派な木の上から見張りを続けていた。ガトー達による襲撃は夜が明けてからのはずだが、俺の掴んだ情報が必ずしも正しいとは限らない。偽の情報を掴まされた可能性もあれば、ガトー側の事情で計画が変更になることだってある。一瞬でも気を抜くことは出来なかった。

 

「仕事熱心なことで」

 

 じっと目を閉じて闇の中に身を置いていたら、真下から声が聞こえてくる――カカシだ。

 

「お前の話では、襲撃は朝なんだろ。今は身体を休めて万全の状態で臨むべきなんじゃないか?」

『貴方はそうすればいい。俺はここにいる方が落ち着くので』

「……わざとじゃないよな?」

 

 カカシはどこか気まずそうな顔をしている。何なんだと思っていたら、カカシがあっという間に俺のいるところまでのぼってきた。

 

 しっかりとした大木とはいえ、大人二人が並ぶとミチッとしていて……狭い。わざわざこんな窮屈なところに来なくても。

 

「お前を見ていると懐かしくなる」

『…………』

「根にいた頃のうちはスバルを思い出すんだ」

 

 まあ本人なのでとは言えないし、なんで『根にいた頃』の俺限定なのかもよく分からない。

 

 カカシの中では、根の俺とそれ以降の俺は別人扱いってこと?

 

『お面のせいじゃないですか?』

「……それもあるだろうな」

 

 それもって。やけに意味深だ。

 

「そのわざとらしい敬語は、オレたちが一時的とはいえ協力関係にあるせいか?」

『……わざとらしい』

 

 別に嫌味だとか他に何か含みがあるわけじゃない。カカシの言うように、協力関係にあるならあまり失礼な言葉遣いは良くないと思っただけだ。

 

 モズ曰く俺の普通は世間一般の普通とは違うそうなので、俺が普通だと考えている態度はカカシの考えるソレとはかけ離れているのかもしれない。

 

「本当に一人でガトーのところに行くのか?」

『はい』

「オレたちと一緒にタズナさんの護衛をして、奴らが来るのを待った方がいいんじゃないか」

『俺の任務は波の国の要人の護衛ではなく、木ノ葉の脅威となり得る人物の暗殺ですから』

 

 ダンゾウには調査までしか頼まれてないけど。こんな勝手なことして、今回こそはお叱りを受けるかもしれないな。

 

 ぎゅっと拳を握る。暗部としての悪い癖だ。俺たちはいつだって最悪の事態を想定して動かなくちゃいけない。

 

『…………ガトーのところに敵が全員揃っていたとしたら、俺は必ず取りこぼすと思います』

 

 一番ネックな再不斬と例の少年の動きが読めない。ガトーの部下である侍たちも「奴らは単独行動が多すぎる」と愚痴をこぼしていたくらいだ。大人しくガトーの元にいるとは考えにくいが……。

 

 ひらりひらりと落ちてきた葉っぱが、俺の手のひらに収まる。

 

『俺はガトーだけは必ず殺します。もしも再不斬たちがそちらに向かったなら――』

 

 ガトーたちよりも先に奇襲をかければ不意をつけるはずだ。再不斬という不意打ちが通用しなさそうな相手はいるものの、ガトーくらいなら何とかなる、と思いたい。

 

『あとはお願いします』

 

 風が吹く。俺の手のひらにあった葉は小さく舞い上がって、カカシの肩に落ちる。

 

 それをつまみ上げたカカシは、感情の読めない顔をして「分かった」とだけ口にした。

 

 

 

 忍はどのような不測の事態にも備えるべし。

 

 まったくその通りだと思うし、どのような任務においても大切にしていることだ。しかし、俺は動揺を隠しきれなかった。

 

『……嘘だろ』

 

 日が昇る少し前にガトーの拠点に降り立った俺は、天井に空いた大きな穴の真下で絶望していた。そんな俺が対峙しているのは、本命のガトー。そして見渡す限りの――雑魚。再不斬どころか、あの侍たちすらいない。

 

「お前、何者だ!?」

 

 それはこちらのセリフだ。なんで拠点に雑魚しかいないんだよ。

 

「フン、そのお面……木ノ葉の暗部か」

 

 この状況において狼狽えるどころか余裕たっぷりなのは流石と言うべきか。

 ガトーはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「鬼兄弟を()った奴らの仲間だろう。まんまと私の手のひらの上で踊ってくれたものだ」

 

 俺の周囲を武器を持った男たちが取り囲む。

 

『……俺は嘘の情報を掴まされたということか』

「クク……そうじゃない。どちらでも良かっただけだ。絶対に隠さなければならない情報以外が漏れようと、漏れなかろうと、私にはどうでも良かったのさァ」

 

 背中から忍刀を引き抜く。ガトーの笑みは消えない。……不愉快だ。

 

「再不斬達はタズナとかいう目障りな橋職人の元へ、侍たちは橋職人の家に向かってる頃合いだろう。お前たちが少数で動いていることは知ってたからなァ? 事前に私の企みを知ったとしても、全てを止めることは出来ない」

『…………』

「普通はタズナの護衛を優先して橋の建設を進めるだろう? 仮にそこに向かった再不斬がやられたとしても……タズナが家に戻る頃には侍たちがタズナの愛する娘と孫を殺してるってわけだ」

『……クソ野郎が』

 

 クソ野郎と呼ばれたガトーは嬉しそうだった。

 

 もし今日の橋での作業を無事に終えたとして、家に戻ったタズナさんが変わり果てた家族の姿を目にしてしまったら? タズナさんを殺せないのなら橋を作る意欲ごと潰してやろうという魂胆なんだろう。それは恐らく効果的だ。

 

 ゆっくりと閉じていた瞳を開く。赤に染まった視界の中で、俺は右手に握った刀を軽く振った。

 

「ぎゃああああ!!」

 

 視界の端がさらなる赤に染まる。数は多いが、やはり俺の敵ではない。

 

 俺に斬られた斧を持った男が叫ぶ。俺を取り囲んでいた連中があっという間に一歩下がったおかげで、随分と広々と戦えるようになった。

 

「たった一人だ! さっさと殺せェッ!」

『お前は一つ勘違いしている』

「なんだと!?」

 

 スパンッと俺にとっては気持ちいい音が響いた。ぐらりと傾くのは――ガトー含むこの場にいた過半数の上半身。

 

「そんな……まさ……」

『俺を足止めしたいなら、せめて忍を連れてくるんだったな』

 

 真っ二つに斬られたガトーの身体が吹き出した血液と共に床に崩れ落ちる。

 この場に残ったのは、たまたま俺の間合いにいなかったごく少数だけ。

 

「くっ……無駄だ! 橋の近くには他にも待機している仲間がいるんだぞ!」

 

 親切に教えてくれた男ににっこりと笑みを向ける。お面のせいで見えてないだろうし、どうせ俺の表情筋は動いてないだろうけど。

 

『そうか。そいつらも殺すことにしよう』

「ヒィッ!!」

 

 血の海と化した拠点。俺はガトーの首を持ってすぐに走り出した。

 

 

 

『……これは』

 

 急いで戻ってきたタズナさんの家の前には、これでもかというくらい縄で縛られた例の侍二人が転がっていた。気絶しているようだが、これなら目が覚めても動けなさそうだし大丈夫だろう。

 

 問題は、誰がこいつらを――

 

「お面のお兄ちゃん……?」

「クロさん!!」

 

 恐る恐るといった様子で家から出てきたのは、ツナミさんと彼女の子どもであるイナリだ。

 まさか、二人が侍たちを撃退したのか?

 

「早く橋に行って! ナルトの兄ちゃんたちを助けてあげてよ!」

「イナリ!」

『……彼らは、誰が?』

「ナルトの兄ちゃんが助けてくれたんだ……! それで、橋も危ないって」

 

 イナリの両目にじわりと滲んでくる涙。ガトーの言葉が正しければ、あそこには再不斬がいる。そして、近くに潜んでいるという新手も。

 

「だから……!!」

 

 必死に続けようとするイナリの頭に手を置く。イナリはきょとんと瞬いて、緩慢に顔を上げる。

 

『すぐに向かう。お前はお母さんを守れ』

「…………うん!」

「クロさん、お気をつけて……」

 

 ツナミさんが、ぎゅうっと大切そうにイナリを抱きしめながら言う。

 それに大きく頷いて、俺は橋へと急いだ。

 

 

 

 タズナさんの家から橋まではそう遠くない。しかし、ガトーの拠点からタズナさんの家、そして橋へとやってきた俺は、完全に出遅れていた。

 

 そう、手遅れだった。

 

 一歩踏み出した足が水溜まりを踏む。

 溶け出した氷が辺りに散らばっている。それが何かを理解する前に、俺はその場に片膝をつく。

 

 

 そっと伸ばした手のひらが触れたのは……どこまでも冷たい――

 

 ――――俺、今何してたんだっけ?

 

 そうそう、ガトーを殺してその首を持って橋に……あれ、持ってきてたはずのガトーの首どこにやった?

 

「うっ……ううっ……」

 

 すぐ近くで誰かが泣いている。先ほど俺が触れたものに縋り付いて、ひどく悲しんでいるようだ。

 

 ――――ここで何があったんだっけ?

 

 何だったかな。分かってるはずなのに、分からないような気がする。これは以前にも感じたことがあった。そうだ、両親をこの手に……。

 

 俺を取り巻く全ての音が消える。

 

『サスケ』

 

 ぷつんっと、何かが切れるような音がした。

 

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