じんせいみてい!   作:湯切

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第三十四話 憎悪の果て

 夜が明ける前にガトーの元へと消えていったクロネコを見送り、オレも数時間ほど仮眠をとって朝を迎えた。

 

 昨夜、クロネコに寄りかかって寝落ちしたナルトは案の定起きなかった。サクラは「会ったばかりで、しかもお面で素顔も見えない人によく身体を預けられるわね!」とぷりぷり怒っている。先ほどもナルトに拳を振りかぶって強制的に起こそうとしてサスケに止められていた。

 

「ナルト、暫くは起きないと思うので置いていきます。もしガトーの手の者がここに来ることがあれば、容赦なく叩き起こしてください」

「じゃ! 超行ってくる」

「皆さんお気をつけて」

 

 ナルトは今でも何をしでかすか分からないドタバタ忍者だが、昔とは違う。起きればすぐにオレたちの後を追いかけてくるだろうし、それまでにツナミさん達に何かがあれば対処してくれる。それは、短い間ながらに出来上がっていた信頼だった。

 

「バカナルトとはいえ、どうしたのかしら」

 

 橋に向かう途中、何かとサスケに話しかけては撃沈していたサクラがぽつりと呟いた。

 

「何がだ?」

「だって先生! いくらナルトでもあんな怪しい人の前で無防備すぎるわよ。変だと思わない?」

 

 サクラはサスケのことしか見ていないようでいて、ナルトのこともよく見ている。二人が喧嘩するたび、真っ先に止めに入るのも彼女だ。

 

「……そうだな」

 

 脳裏に浮かぶのは、うちは一族虐殺事件があって、木ノ葉病院にサスケが運ばれた後のこと。

 

 サスケ以外誰もいないはずの病室に佇んだ影。シルエットしか分からなかったが、頭の位置にあるお面と思われる形だけはハッキリと見えた。

 

「再不斬のいた霧隠れが血霧(ちぎ)りの里と呼ばれていて、卒業試験では生徒同士が殺し合った話を覚えてるか?」

「ええ」

「木ノ葉にもあったんだよ。いや、まだあるかもしれない」

「……何だと?」

 

 ずっと心ここにあらずといった様子だったサスケが反応する。

 

「お前達もそのうち分かるだろう。クロネコの所属する暗部は少し……特殊なんだ」

「それは、根という組織のことか」

「……やはり知っていたか。サスケ」

 

 根はすでに解体された。しかし、以前のダンゾウの振る舞いからみても健在なのは明らかだった。今の彼らが根だろうが、別の名前を使っていようが、恐らくその体質は何も変わっていない。

 

「記憶は朧げだけどな。……スバル兄さんと両親がどこかの部屋に篭って話をしている時、何度かその組織の名前が出てきたことがある」

 

 過去を思い出すサスケの目には、決まって苦しみや憎しみといった負の感情が滲む。

 

「根は……兄弟のように育った二人に最終試験として殺し合いをさせる。クロネコもそうだろう」

「あの人がやけにナルトの扱いに慣れてたのって」

「アイツにもいたはずだ。兄か弟のように慕った誰かがな」

 

 表情をさらに暗くさせたサスケの為に続ける。

 

「スバルのことは分からない。でもオレは、アイツはその試験を受けていないと思ってる。……スバルは途中から根に所属することになった異例中の異例だからな」

 

 根は養成機関なだけあって、基本は物心つく前の少年少女を対象としていたはず。キノエ……テンゾウなら知っているだろうが、テンゾウは根の機密事項を話せない。

 

 ――クロネコは、自分が殺した兄弟のように育った誰かと、ナルトを重ねていたのだろうか?

 

 かつてのスバルとはまったく異なる冷たいチャクラ。纏う雰囲気すらも違う。それなのに昨夜ナルトを抱き上げた手つきはどこまでも優しく、向ける瞳ですら温もりを帯びていた。

 

 もしかしたらクロネコはスバルと面識があったのかもしれない。ただお面を受け継いだという理由だけで病室に忍び込んだりするだろうか。

 

 前任者の残した存在が気になっただけ? あんなにも――この場から離れがたいという雰囲気を出しておきながら?

 

「超着いたぞ! 今日も作業を……」

 

 前を歩いていたタズナさんが立ち止まる。

 ……そこには。全身を鋭利なもので斬りつけられたタズナさんの同僚たちがいた。

 

 

 

 橋に潜んでいたのは、悪鬼。お面を被った少年も一緒だ。サスケと、途中で合流したナルトはお面の少年、(ハク)と。サクラはタズナさんと共に気絶している職人達を安全な場所まで移動させ、オレは再不斬と対峙していた。

 

 どんどん霧が濃くなり、視界が悪くなる。

 

 みんな無事だろうか? 今すぐにでもサスケ達の元へ駆けつけたいのに。

 

 焦りを隠しきれずに、霧に紛れて攻撃を仕掛けてくる再不斬の相手をする。

 

「お前の相手はオレだろ、カカシ!」

 

 後ろから飛んできた手裏剣をかわす。やっと再不斬の姿が見えたと思ったら、彼は再び霧と一体になり消えてしまう。写輪眼になっていても攻撃を回避するので精一杯だ。

 

 濃霧の中で、オレはその場に似つかわしくない音を聞いた。

 

「……なんだ?」

 

 どくん、どくん、という鼓動。

 それは空耳か、現実か……やはり、現実。

 

「まさか封印が解けたのか!?」

 

 徐々に霧が晴れていく。限界まで神経を研ぎ澄ませたオレは、覚えのある禍々しいチャクラの存在に目を見開いた。

 

 九尾襲撃事件の夜。ミナト先生達の命を軽々と飲み込んだ災厄のこと。

 

 体の一部が九尾化しているナルトの足元では、首元から無数の針を生やしたサスケが、真っ白な顔で横たわっていた。

 

 ――サスケは、死んだのか?

 

 サスケの死を受け入れられなかったナルトが九尾の力を暴走させ、敵味方の区別も出来ずに暴れ回り始めた。

 

「ぐっ……!!」

 

 九尾(ナルト)がしならせた尾に弾かれた白が、背中を強く打ち付けて気絶する。

 ナルトはギリギリ残っている理性で抗っているのか、すぐ隣でサスケに縋り付いているサクラのことは眼中にもなさそうだった。

 

 ……本当にサスケは死んだのか? アイツの残したものを、オレは守れなかったのか?

 

「ナルトッ! 怒りや憎しみに囚われるな! これ以上九尾に……」

「ヴオオオオオオ…………」

「くそっ!!」

 

 顔だけを後方に向けて叫んでも、ナルトにはまったく響かない。すぐに駆け寄ってナルトごと抑えるべきだ。多少手荒なことをしてでもナルトを気絶させ、暴走を止めなければ。

 

「あちらは騒がしいな」

「……再不斬!!」

 

 状況は最悪だ。お面の少年、白は気絶しているものの、再不斬が戦いを止める気配はない。それどころか楽しげに口端を持ち上げた。

 

「やっと楽しくなってきたじゃねェか」

「待つんだ、再不斬! アレを放置すればお前もタダでは……」

「そんなこと知るか……オレは己の理想のために、ただ目の前のお前をぶっ殺すだけだ」

 

 サクラは……ダメだ、サスケ以外見えていない。タズナさんは……良かった。離れたところに避難している。

 

 サスケと彼から離れようとしないサクラを背に、九尾が咆哮する。

 

 その目がぎょろりと動いて、気絶している白の姿を捉える。九尾が大きく腕を振りかぶった。白にトドメを刺すつもりだろう。

 あの距離ではサスケやサクラも攻撃の余波を受けてしまう。ダメだ、間に合わない……!

 

「やめるんだ、ナルトーッ!!」

 

 オレの声は、やはりナルトには届かないのか?

 

 絶望が胸に満ちようとしていた時、ざわっと周囲の気配が揺らいだ。

 

 オレ達の周囲に木ノ葉が舞う。

 

 完全に霧が晴れて、ひらりと舞い落ちる木ノ葉の隙間から、紅に光る()()()

 

「お前は……クロネコ!?」

 

 旋風と共に現れたのは、白猫面を被った青年だった。

 

 

 

 クロネコの登場により九尾の動きが鈍った。

 

 なぜだ?

 

 九尾を止めることなど出来ない。

 幸い、まだ尾は一本。有効な手段はナルトを気絶させることだけ。それなのに九尾はクロネコの姿を見た途端、まるで意識を乗っ取られたかのように大人しくなった。

 

 ふっとクロネコが九尾から視線を逸らした直後、九尾の尾がふわっと揺れて消えていく。それだけじゃない。九尾の力そのものが消えていた。

 

 九尾から人間の姿に戻り、意識を失ったナルトをクロネコが支える。彼はナルトを地面に横たわらせると、その場に片膝をついた。

 

 クロネコがそっと手を伸ばした先には――サスケ。首元に無数の千本が生えている彼は、遠目から見た限りでは、もう……。

 

『   』

 

 クロネコが何かを呟いたが、ここまでは聞こえてこなかった。

 あの再不斬ですら動きを止めてしまったこの空間では、サクラの啜り泣く声だけが響いている。

 

 どくん、とまたあの音がした。これはナルトのものだと思っていたが、まさか……。

 

 それは、どこまでも鋭利で純粋な――殺意。

 

 凪いだ海の中にたった一つ落とされた異物、異質、矛盾。

 

 ついさっきナルトに感じたものよりも重たく……氷のように冷たい。

 

 ゆっくりと立ち上がったクロネコの、すうっと伸びた指先が再不斬の姿を捉える。どこまでも静かな声が呪文のように浮かび上がった。

 

『――――王よ』

 

 クロネコの背中からどぷんっと黒いオーラが姿を現した。それは彼を守るように全身を覆い隠し……いや、違う。

 

 クロネコが再不斬に向けていた手のひらにはいつの間にか剣が握られている。

 

 オーラは剥き出しになっていた骨のようなものを包み、クロネコはそれを()()()

 

 まるでどこかの王を思わせる風貌。九尾のように禍々しく恐ろしい気配は感じないが、ぴんと張り詰めた糸のような緊張感。

 

 クロネコが巨大な剣を一振りする。

 

 再不斬だけでなく、オレごと巻き込む強烈な一撃。素早くその場から飛び退く。再不斬も何とか躱したようだ。

 

「なっ!?」

 

 視界を遮る土煙が消えた先。建設途中だった橋の先端が真っ二つに割れていた。

 たった一振りでここまで。

 

『うぐっ……』

 

 クロネコが口元を押さえて蹲ったと思ったら、ぼたぼたと地面にこぼれているのは、血。

 吐血だった。

 

「おい、もうやめろ! その術はお前の……!」

『…………もういい』

 

 クロネコがもう一度剣を構える。切先は、完全に再不斬に向いていた。

 

『何もかも』

 

 その動きは写輪眼になっていたオレの目ですら追えない。視界に映るのは、ただの残像。

 

『どうでもいいんだ』

 

 クロネコが足を踏み込んだことだけは分かった。オレの真横を一陣の風が吹き抜ける。

 それは頬に真っ直ぐな切り傷をつけ、つうっと傷口から血が滲む。

 

 振り返った先。そこには――

 

「ざ……ぶ、さ」

 

 パキパキ……と黒いオーラが氷に覆われていくのが見えた。

 

「再不斬、さん……」

 

 クロネコの突き出した剣は再不斬ではなく、いつの間にか目を覚ましていた白の心臓を貫いていた。クロネコがその身に纏ったオーラごと氷で覆って動きを鈍らせ、その剣が再不斬に届く前に自身の身体を滑り込ませて……。

 

『…………氷』

 

 クロネコが呟く。

 

『お前が』

 

 ぐぐぐ、とさらなる力を込めようとしているのが分かった。

 

 これ以上はダメだ。術者の心臓が止まり、クロネコの動きを封じていた氷が一気に溶ける。それと同時にオレは走り出していた。止められるはずがない。それでも止めなければならないと思った。

 

 クロネコの剣が再不斬の首を刎ねようとした、その時だった。

 高めの涙声がその場に響く。

 

「…………サスケくんっ!?」

 

 止まった。

 

 クロネコの動きが、完全に停止する。

 

 カランッと音を立てて地面に落ちる剣。

 

 やがて彼はゆっくりと後ろを振り返って、その目はサクラに支えられながら上体を起こすサスケを見る。全身を覆っていた黒いオーラはすでに形をひそめていた。

 

「おい!!」

『ああ…………』

 

 ふらりと倒れそうになった身体を受け止める。

 

 ぼんやりとオレを見上げたクロネコは、肩から力を抜いて呟いた。

 まるで夢の中にいるかのように。

 

『無事でよかった』

 

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