じんせいみてい!   作:湯切

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丁半編
第三十五話 翳りゆく里


〔あー…………〕

 

 俺は忙殺されていた。

 頭の上に降り立った小さな鳥が餌を催促するために何度も頭皮を嘴でつついてこようが、手に持っていた筆を奪って遥か彼方へと飛び去っていこうが、相手をしている暇もないくらい忙しい。

 このままでは仕事に殺されてしまう。まさにそんな状況だった。

 

 被っていた鳥面を外して膝の上に置く。ぐーっと大きな伸びをした。

 よし、集中。

 引き出しから新しい筆を取り出して机の端に積み上げられている紙の束から数枚取り出して正面に並べる。

 書かれている内容全てに目を通して、問題がなければ机の左側に移動させ、修正箇所があれば記入する。それを何度も繰り返した。

 

 さあて、結構進んだんじゃないかな。

 

「…………」

 

 紙の束の高さに大した変化はない。マジかよ。

 

 デスクワークの恐ろしさに震えていると、自室の障子の向こうから声をかけられた。

 

「入るぞ」

 

 モズの声だ。お面を外しているから「帰ってください」とも「入るだけだぞ」とも言えない。

 俺の返事を待たずに……というより初めから俺の返事には期待していないモズが障子を開ける。

 まあそもそも「入っていいか」じゃなくて「入るぞ」だったもんな。

 

「…………影分身の方だな」

 

 モズはお面を被っていない俺を暫く凝視して、ぴたりと言い当てる。何で分かるんだろ。感動したのでパチパチと手を叩いたら「今すぐやめろ」と怒られた。

 

「色を見なくても表情で分かる」

「…………」

「言っておくが、オレはお前の言う『うちはの大ファン』でも何でもないから」

 

 思考する暇すら与えられずに先回りで否定される人の気持ち考えたことある?

 このままでは好き放題言われるだけだなと思って雀鷹面を被る。チャクラも残り少ないから、あんまり良くないんだけど。

 

〔イロとの任務はもういいんですか?〕

「さっき終わって戻ってきたところだ。……それより、本体はどうした」

〔……えっと〕

 

 この口ぶり、俺の本体がまだ波の国にいることを知らないようだ。ということは、ダンゾウへの報告はイロに任せて、この人は真っ直ぐ俺のところに来たってことか。

 

〔そろそろ帰ってくると思います……多分〕

「そろそろって」

 

 言葉の途中でモズが後ろを振り返る。彼はそのまま軽く瞼を閉じて、眉を寄せた。

 

「……何故ここにあの人が」

 

 ――あのモズが動揺してる?

 

「見張りは何を」

〔侵入者ですか?〕

「分からない……」

 

 急いで部屋を出ていくモズの後ろ姿を追いかける。

 侵入者かどうかも分からないってどういうことだ。元々は仲間だった人? 根の解体で転属になった人とか?

 

 部屋数も多く、無駄に広いダンゾウの屋敷内を慌ただしく移動する。

 すれ違う部下たちが「モズ隊長どこへ……ツミ隊長!?」と驚きつつ道を開けてくれる。なんで俺の時だけそんなびっくりしてるの?

 

〔隊長、侵入者はどこに――〕

 

 ぼふっと被っていたお面が押し付けられて言葉が途切れる。前を歩いていたモズが急に立ち止まったせいだ。

 勢いよくモズの背中に突撃した俺は、ズレたお面を直しながらヒリヒリと痛む額に思いを馳せる。可哀想。

 

「…………あら」

 

 聞いたことのある声だった。

 

 ちょうど屋敷の入り口に足を踏み入れるところだったその人は、じゅるりと長すぎる舌を出した。

 全身の毛という毛が逆立つ感覚。

 その女――いや、男の顔は見たことのないものだったが、俺は知ってる。こいつ、やっぱり!

 

「そのお面……今日は白猫の子はいないのかしら」

 

 大蛇丸じゃん!! 根の力を借りて無事に里抜けしたかと思えば、イタチに返り討ちにされた挙句、代わりにサスケを手に入れるために木ノ葉に不法侵入した、けしからん奴!

 

「“スイ”もいるなんて珍しいわね。もう二度と私の前には姿を現したくないと思っていたけど」

「…………」

〔……隊長?〕

 

 不自然な間をあけて、モズが声を出す。

 

「お久しぶりです、大蛇丸様。今は“モズ”と名乗っています」

 

 スイというのは昔のコードネームらしい。ずっとモズなんだと思ってた。

 

「貴方は抜け忍であり、木ノ葉の土を踏むことは……」

「今日はダンゾウと話をしに来たのよ」

「ダンゾウ様からの許可は」

「フフ……相変わらずお堅いのね。そんなものあるわけないじゃない。彼なら私の持ってきた話を聞かずに追い返すなんて勿体ないことはしない。それは、アナタが一番よく分かっているでしょう?」

「……ご案内します」

 

 展開が早すぎて色々と追いつかない。俺はどうすればいいの? っていうか、大蛇丸がダンゾウに話って……嫌な予感しかしない。

 こちらを振り向いたモズが「さっさと行け」という仕草をした。助かる!

 

「そこのアナタも一緒に来なさい」

〔…………〕

 

 訂正。俺、助からないかもしれない。

 

 

 

 大蛇丸の言葉通り、ダンゾウは彼との話し合いの席を設けた。

 大蛇丸がここまでしてダンゾウに持ってきた話……あの自信ありげな顔……。よほどダンゾウ側にも益がある美味い話なんだろう。

 大蛇丸が里を抜ける前、ダンゾウは大蛇丸をそれなりに気に入っているように見えた。キノエさんに里抜けの手助けをさせたくらいだ。

 大蛇丸が木ノ葉にもたらすかもしれない実害を危惧しつつ、その能力は認めていた……そんなところだろうか?

 

 ダンゾウの居室。ゆらりと蝋燭の炎が揺れている。薄暗い部屋を照らす小さな炎が、その場に集まった数人の顔に影を作る。

 ダンゾウが目を細めて、大蛇丸を見つめた。

 

「目的は何だ」

 

 大蛇丸は立ったまま口端を持ち上げる。

 決して広くはない部屋の中、部屋を出入りできるのは俺の背後にある障子のみ。ここにはダンゾウ、モズ、俺、そして数人の部下たちがいる。

 大蛇丸が何か良からぬことを考えていたとしても実行に移すのは不可能……なはず。

 仮に考えていなかったとしても、このプレッシャーの中でも余裕そうな態度は何だ? 心臓に毛でも生えてるんじゃないのか。蛇のイメージが強すぎて、どこもかしこもツルツルしてそうだけど。

 

 大蛇丸は勿体ぶるように両手を広げた。

 

「アナタも潮時だと思っていたんじゃない?」

「…………」

「そろそろ……“過去の遺物”には退いていただかないとね」

 

 あっと思った。不本意ながらにダンゾウと過ごしてきた時間もそれなりに長い。根のトップらしく滅多に表に出てこないダンゾウの感情も、ある程度は悟れるようになった。

 

 ダンゾウ、今めちゃくちゃ喜んでる。最悪だ。

 

「それは、三代目火影のことを言っているのだろう」

「アナタの悲願でもなくて?」

「今更あやつが火影の席を空けたところで、ワシにどのような利点があろうか」

 

 内心ウキウキしてるくせによく言うよ。

 でも、利点という意味では正しい。

 ダンゾウはすでに三代目によって失脚している。ダンゾウが三代目の右腕として今以上に権力を好き勝手行使していた頃とは違う。

 仮に次の火影候補を探すことになったとしても、上層部の信用を失っているダンゾウが選ばれることはないはずだ。

 

「――次に火影に選ばれるのは、誰かしらね?」

 

 ぴたっとダンゾウの動きが止まる。大蛇丸の笑みが濃くなった。

 

「以前四代目が亡くなった時に私の名を挙げたように……“伝説の三忍”が候補に上がる……」

「…………」

「でも、あの人たちが大人しく火影の座に収まるかしら?」

 

 伝説の三忍のことはよく知らないが、そのうちの一人が大蛇丸なせいで、残りの二人も似た属性なんじゃないかと邪推してしまう。

 どうしよう、マジで大蛇丸一号と二号だったら。木ノ葉終わってるな。

 

「男の方は放浪好きのエロオヤジ、女の方は賭け事好きの浪費家」

〔…………〕

 

 なんか別の意味でも木ノ葉終わってるかもしれない。

 

「仮に木ノ葉上層部が無理矢理に彼らを火影に就任させたとしても、すぐにボロが出るはず」

 

 俺は、ダンゾウのテンションがここ最近で一番高まっている気配を察知した。

 

「そうなれば今よりもっと動きやすくなるんじゃない? アナタが火影の座につかずとも、木ノ葉をコントロールできる……隙を見て乗っ取ることもね」

「何が望みだ」

 

 やばい、大蛇丸の提案を受け入れる気満々だ。これはまずいことになった……よりによって本体がいない日に。

 三代目がいなくなったら……どうなる?

 エロオヤジもしくは浪費家の女が火影になったら全てが終わる気がする。かといって、彼らの後釜としてダンゾウがトップに君臨するなんてことになったら……もっと終わる。絶望だ。

 

「根のバックアップが欲しい。そして――部下を一人くれないかしら?」

「…………」

「誰でもいいというわけではないわ。一人……どうしても欲しい子がいるのよ」

「まだモズを諦めていないのなら、」

「ククク……スイのことは今でも欲しいけどね。アナタの一番のお気に入りだもの……」

 

 大蛇丸の蛇の目のような瞳が蝋燭の炎を映す。

 

「白猫面の子――とても興味深い。あの日、液状になったと思ったら完全に消滅してしまったけれど……生きているんでしょう?」

〔…………〕

 

 人の心配してる場合じゃなかった。

 今ではダンゾウの指示で白猫面は本体、鳥面は影分身が被るようにしているが、当時はそうじゃない。あの日、白猫面を被って大蛇丸と対峙したのは、影分身(おれ)だ。

 

「根の協力と、白猫面の子が得られるなら――私が猿飛先生を殺してあげる。アナタや木ノ葉には一切危害を加えずに、ね」

 

 部屋の隅に置かれていた蝋燭の炎の一つが大きくブレたかと思えば、フッと消える。

 

「ダンゾウ様」

 

 障子の外から声がかかる。部屋の外で控えていた部下のものだ。

 

「クロネコが戻ってきました」

「通せ」

「はい」

 

 俺の隣に立っているモズの気配が揺らいだ。ほんと、俺って()()()()

 

 障子が開く。部屋に入ってきたのは、白猫面を被った俺の本体。

 

〔…………?〕

 

 本体は真っ直ぐ部屋の中央、大蛇丸の横にまで進んで片膝をついた。

 

 なんか……違う。これ、誰だ?

 

 どこがどう違うのかと問われたら困るけど、違うと断言できる。これは、俺じゃない。偽物って意味じゃなくて……。

 

『この場で任務の報告をしても』

「構わぬ」

 

 本体は大蛇丸のことを気にしていたようだが、ダンゾウの許可を得て続ける。

 

『ガトーカンパニーの経営者であるガトーが波の国を乗っ取ろうと画策しておりました』

「それは事前に送られてきていた報告書で把握している。ワシはすぐに戻ってくるよう指示したはずだ」

『申し訳ありません。ガトーがいずれ木ノ葉を狙うという情報を手に入れましたので、先に始末しました』

 

 ダンゾウが無言で手を差し出す。本体は懐から取り出した巻物を渡した。

 

『証拠も押さえてあります』

「…………」

 

 じっくりと巻物に目を通したダンゾウが、するりと巻物を閉じる。

 

「後始末も問題ないな」

『はい』

「後でお前の部下に、ガトーに手を貸そうとしていた者たちを消すよう指示しておけ」

『承知しました』

 

 あっちはあっちで大変だったようだ。でもな、お前(おれ)、今からもっと大変なことになるから。

 

「お前も疑問に思っているだろうが、ここに大蛇丸がいるのは我々と手を組む為だ」

『…………』

「詳しい経緯は後で聞くといい」

 

 影分身(おれ)のチャクラは無くなりかけている。俺が消えれば、本体はこの部屋で起きた全てを知ることになる。

 

「大蛇丸がお前を自分の部下にしたいと打診してきたのだ」

『…………』

「ワシはそれを受け入れようと思っている……一部は」

 

 終始余裕の笑みを浮かべていた大蛇丸がここでやっと真顔になった。

 

「……それはどういう意味かしら?」

「そのままの意味だ。クロネコをお前の部下にすることは構わない。しかし、あくまで貸し出すだけだ」

「随分と強気ね。交渉が決裂となれば、アナタの大切な木ノ葉に何が起きるか……」

「お前も知っているように、クロネコは写輪眼を持っている。いずれワシが木ノ葉を乗っ取り、九尾を手中に収めた際には――必ず手元に置いておかなければならない人材なのだ」

 

 ダンゾウが冷ややかに大蛇丸を見つめる。

 

「ククク…………」

 

 大蛇丸は小刻みに身体を震わせた。

 

「アッハハ! いいわね、とっても楽しそう。久しく忘れていたけれど……アナタは私を退屈にさせない貴重な人物」

 

 やけにダンゾウを高く評価している大蛇丸が、愉快そうに「乗ってあげようじゃないの」と続けた。

 

「私もアナタがどうやって木ノ葉を乗っ取っていくのか興味があるわ。……約束してあげる。白猫の子は来る日にちゃんと五体満足で返してあげると」

〔…………〕

 

 本人の意思は完全無視で譲渡会が行われてしまった。俺は犬猫じゃないんだけど。

 

『…………』

 

 意外にも本体は不満を漏らすことなく、受け入れることにしたようだ。

 あれほど執拗にサスケを狙っていた大蛇丸が三代目の命だけを取って満足するはずがない、俺が側で監視しなければとか考えているんだろう。俺も真っ先にそう考えたから間違いない。

 

「ワシは大蛇丸ともう少し話すことがある」

 

 そう言ったダンゾウに促され、俺たちは外に控えていた部下を一人残し、ダンゾウの部屋を出た。

 

「待て、クロ」

 

 さっさと自室へ向かおうとする本体の腕をモズが掴む。

 

『…………』

「お前何があった? またオーラの色が……」

『何もありませんよ』

「何もないなんてことないだろ。それに、大蛇丸様のことだって、あの人は……」

『俺、もう決めたんです』

 

 本体がやんわりとモズの手を振り解く。

 

「決めたって何を」

『…………』

「……お前な、前から思ってたが、そういう肝心なところで何も言わないから誤解から誤解が生じ……って、今は説教してる場合じゃない」

〔…………〕

 

 自分を客観視することってなかなかないと思うけど、確かにこれは鬱陶しい。はっきりと言え。

 こんなだから幼いイタチに無関心だと勘違いされて随分と寂しい思いを……。

 

『モズ隊長には感謝してます。今も、今までも、きっとこれからも』

「…………」

 

 こいつなんでこのタイミングで感謝の言葉を述べたんだという思いは、影分身(おれ)とモズの中で一致した。頭おかしい。

 

 本当に言い逃げしていった本体の後ろ姿を見つめる。

 

「……ツミ、アイツに何が?」

〔……俺に聞かれましても〕

 

 まあ闇堕ちしちゃったんだろう。さらに。……もしかして、サスケに何かあったのか!?

 

〔どうしよう、モズ隊長! 本体のあの様子からしてサスケが、あのサスケが、死――〕

 

 モズの肩を鷲掴みにしようとした手がどぷんっと液状になる。

 

〔あっ〕

 

 チャクラが切れるにはまだ早い。本体が術を解いたんだ。

 

 俺の身体はあっという間にスライムになり、意識がぼやけていく。

 モズの驚いたような声を最後に、俺の意識は一瞬ブラックアウトして――本体と混ざり合う。

 

『…………そうか』

 

 本体(おれ)なのか影分身(おれ)なのかハッキリとしない言葉を、ぽつりと呟いた。

 

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