じんせいみてい!   作:湯切

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第三十八話 口寄せ

 柊木(ひいらぎ)ユウ。ごく普通の一般家庭で育った、特筆すべきこともない平凡な青年。

 

 父親は忍界大戦で戦死。

 母親は元々病気がちで身体が弱い人だったが、夫に先立たれた精神的ショックのせいか、後を追うように数年後に亡くなっている。

 

 パラパラと手元の資料を捲る。

 

 ◯年◯日 中忍に昇格。

 

 ◯年◯日 中忍昇格から三年後、木ノ葉上層部の推薦を受けて火影直属の暗部に所属。うちはスバル率いる『に班』に配属。

 

 ◯年度 火影直属の暗部 所属一覧 『に班』隊長ツミ、以下班員ユノ、ヨル、タキ

 

 次の資料に移ろうとしていた手が止まる。

 

「木ノ葉上層部からの推薦……柊木ユウ……ユノ」

 

 私は無意識のうちに包帯の上から首元の傷に触れていた。

 大した怪我ではないのに、じくじくと痛む。まるで何かを訴えかけているかのように。

 

 あの狐面の青年はスバルかユノか。それとも別の誰かか。ユノという青年が当時の木ノ葉上層部……つまりダンゾウと繋がりのある人物だった可能性は非常に高い。彼は恐らく根の人間だ。

 

 やっぱり、根は今回の大蛇丸の件に絡んでる。

 

 狐面の青年の正体が誰であれ、スバルは一体……。どこにいて、何をするつもりなの?

 

 

 

「これで少しは楽になったはずじゃが」

「ええ。ありがとうございます、火影様」

 

 死の森、中央塔にあるモニタールーム。

 私が別室で資料を読んでいた間に火影様が到着していたようだ。何か処置をしたのか、アンコさんの顔色は随分と良くなっている。

 

 私に気づいた火影様が、疲れの滲む顔に笑みを浮かべる。

 

「何かめぼしいものはあったかの」

 

 その視線は私が抱えてる資料に向けられていた。

 

「いいえ。空振りでした」

 

 まだ火影様には話せない。この件にスバルが関わっているかもしれない以上、何が彼の足を引っ張るか分からないから。

 

「中忍試験はどうするのですか?」

「試験は続行する」

 

 火影様の言葉は私の胸に重くずっしりとのしかかってきた。

 

「大蛇丸の捨て台詞が原因ですか? このまま試験を続行すれば、うちはサスケ君や他の受験生に危害が及ぶかもしれませんよ」

「セキ」

「今すぐ中止にすべきです。丁度、木ノ葉には同盟国が集まっています。彼らの協力を得れば、」

 

 火影様の表情が曇ったのと、私が彼の危惧するところに気づいたのは同時だった。

 

「まさか同盟国が大蛇丸と…………?」

 

 火影様はゆるりと首を振る。

 

「全て確証のないこと。……じゃが、大蛇丸ならやりかねん」

 

 根どころか、同盟国の一部もしくは全てが大蛇丸と協力関係にあったとしたら。

 

 試験を中止にすればいいだなんて、なんて短慮な考えだろう。俯いた私の肩に温かい手が触れる。火影様のものだ。

 

「セキ。お主がいつも誰かを気遣い、考えを巡らせていることはワシが誰よりも知っている。それを誇りこそすれ、恥じる必要はない」

 

 優しい言葉にぐっと何かが込み上げてくる。

 

 このような人に言えないことがあるという罪悪感が、さらに私を苦しめていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夢を見ていた。とにかく懐かしくて……ずっと見ていたくなるような、そんな夢。

 

「にいさん。ねえ、スバルにいさんったら!」

 

 こちらに背を向けながら去っていく兄さんを必死に追いかけるオレの姿は、今よりも無力な幼い頃のもの。

 

 オレの存在に気づいた兄さんが立ち止まり、こちらを振り返る。そのまま棒立ちになってじっと見下ろしてくる兄さんに飛びつけば、待っていたかのように広げられた腕がオレを包み込む。

 

 兄さんからはいつもお日様の香りがする。オレはそれがとっても好きだった。

 

「あのね、さっき母さんと手裏剣術の修行やったんだ。全部的に当たったんだよ!」

 

 スバル兄さんが柔らかく目を細める。

 

《そうか》

 

 素っ気ない言葉に感じるかもしれないが、スバルにいさんの顔を見れば、心の底から喜んでくれていることが分かる。そんな兄さんの不器用な優しさも大好きだった。

 

「だからね、今度はにいさんも一緒に」

 

 幸せな夢は唐突に終わりを迎える。

 

 目の前で兄さんの身体が崩れて床に倒れる。

 ハッと顔を上げれば、そこにはあの日の父と母の姿もあった。

 

「あ……ああ、あ……」

 

 これは夢だ。ただの、悪い夢。

 

 スバル兄さんや両親の亡骸の向こう側で、怪しげな光が揺らめいている。

 

「いつの日か」

 

 光はオレを指差して、まるで追い立てるように言葉を紡いだ。

 

 耳を塞ぐ。聞きたくないのに、声は頭の中に直接響いて鳴り止むことはない。

 

「オレと同じ眼を持ってオレの前に来い。最も親しい友を殺し、その手をこのように血で染めて」

 

 ぽたり、ぽたり。

 

 大切な人たちの身体から流れ出ていく、たくさんの血。命はオレが思うより軽く、いつだって呆気なく奪われていくんだ。

 

「――――サスケッ!」

 

 唐突に世界が別の光に遮られて、無理やりに元の場所へと引き戻される。

 

 オレはいつの間にか夢からさめていた。いや、とっくにさめていたのかもしれない。

 

 視界が赤い。持ち上げた腕に浮かんでいる奇妙な模様の正体も、今だけは気にならない。

 全身が熱くて沸騰しそうだ。

 

「……どうしたんだってばよ?」

「……ナルト」

 

 赤に染まる視界の中でオレンジが揺れている。()()()()()()は傷だらけで、その隣にいる少女も同様だった。

 

 見ていた夢の延長で、二人の姿が夢の中の彼らの姿と重なる。

 

 そうだ。オレは大蛇丸にやられて気を失ったはず。大蛇丸は……見当たらない。だが、音隠れの額当てをつけた忍たちに囲まれている。

 

 あれから……どれだけの時間が流れた?

 

「誰だ……? お前たちを傷つけたのは」

 

 二度と失うもんか。やっと、やっと……見つけたんだ。あの男への復讐以外で、自分が立っていたいと思える道の先を。

 

 

 

 次にオレの意識がはっきりとした形を取り戻した時には、サクラが泣いていた。全身の熱はすっかり引いている。そんなオレたちをナルトが複雑そうに見つめている。

 

 オレの首筋に呪印を残した大蛇丸という男が放った刺客たちは去っていき、ここにいるのはオレたちの班だけ……ではなかった。

 

「なんでアイツらまでここに?」

 

 同期である奈良シカマルたちはまだしも、一個上であり、中忍試験開始前に少し揉めたロック・リー達の班まで揃っている。

 

「リーさん達は私たちを助けてくれたの」

「ゲジマユってば凄かったんだぞ! サスケ、お前の体術なんかよりよっぽど、」

「命の恩人をなんて呼び方してるのよ!」

「ぶはぁっ!?」

 

 サクラにぶん殴られたナルトの頬にはくっきりと拳の跡が残った。……バカなヤツ。

 

「お前、オレ達が大蛇丸と戦っている間どこにいたんだ?」

 

 サクラとナルトは顔を見合わせて、ナルトがおずおずと申し訳なさそうに口を開いた。

 

「実は敵の幻術にかかって」

「幻術? お前が?」

 

 叱られると思ったのか、ナルトがしゅんっと小さくなった。

 

「オレとの修行で何度も幻術対策やったのに。無駄だったようだな」

「今でもアレが本当に幻術だったのか自信がないってばよ。イルカ先生や、昔のお前、スバル兄ちゃんまで出てきて」

「……スバル兄さんが?」

「そうだ! ちゃんとあの写真大事に取ってあるよな? まさか、スバル兄ちゃんのところだけ切り取ったりとか!」

「そんなことするわけないだろ」

「よかったぁ」

 

 心底ホッとしたように息をつくナルト。

 

「……アレは、オレにとっても大切なものだ」

 

 ナルトがどれだけスバル兄さんを慕っているかを実感するたびに、ずっとオレだけのものだった()()がもう違うのだと思い知らされる。あの写真は()()()()の大事なもので、オレが勝手にどうこうすることは出来ない。

 

 未だにじんわりと熱と痛みを発している首筋に触れる。

 

 ――アナタは必ず私を求める……力を求めてね

 

 違う。オレは……今のオレはもう……。

 

 瞼を閉じればいつだって幸せだった頃の記憶が浮かんで胸が苦しくなる。

 でも、ナルトやサクラがいて。認めてはいけない新たな感情が芽生えているのも事実。

 

 今の幸せを享受することは、過去への裏切りなのか?

 

 両親やスバル兄さんの死を……あの痛みを、怒りを、なかったことにしてしまうのだろうか。

 

「サスケ君」

 

 沈んでいた思考を掬い上げたのは、オレよりも全身の傷が痛々しいロック・リーだ。

 

「ボクではサクラさんを助けることは出来なかった。……完敗です。まさか君があれほどの力を秘めていたなんて」

「オレは……」

 

 記憶は途切れ途切れだが、アレが自分の力ではないことは分かってる。目の前で項垂れているリーに後ろめたさのようなものを覚えていると、彼はサクラに向き直った。

 

「サクラさん。次こそはアナタを守れるよう……もっともっと強くなります」

 

 リーの言葉を受けたサクラは心からの笑みを浮かべていた。なぜか胸の奥が鈍い痛みを放つ。

 

「うん。私もリーさんに負けないよう、もっともっと強くならなくちゃ」

 

 短くなったサクラの髪が柔らかい風に吹かれて揺れている。

 その様子をぼんやりと見つめていたオレは、無意識のうちに手を伸ばしていた。

 

「…………その髪」

「ひゃっ……さ、さささサスケ君っ!?」

 

 ズザザザザとサクラがあっという間に遠ざかっていく。行き場を失ったオレの手はその場に取り残され、サーッと顔色を悪くさせたサクラが涙目になりながら弁解する。

 

「ちっ、違うの! いきなりだったからびっくりしちゃって」

「……もういい」

 

 プイッと顔を背ける。内心は安堵していた。

 

 ……オレはサクラの髪について、なんて言うつもりだったんだ?

 

 小さくため息をついたオレの後ろでは、地面に手をついてこの世の終わりみたいに嘆いているサクラに、そんなサクラを勝ち誇ったように見下ろしているイノ、よく分からずぽかんとしているナルト達がいた。

 

 

 

 シカマルやリーたちと別れ、中忍試験を続行することになった。

 

 イノに髪を整えてもらったサクラは、しきりにオレの顔を盗み見ては(まったく盗めていないが)ポッと顔を赤くさせている。そんな反応をされてしまっては、オレの頬も少しずつ熱を持ってしまう。いい加減顔に穴があきそうだ。

 

 いつまでもそんなことに気を取られている場合じゃない。大蛇丸や音忍の襲撃で随分と時間を取られてしまったオレたちは焦っていた。

 

 音忍が置いていった地の書があるとはいえ、オレたちの天の書は大蛇丸によって燃やされてしまっている。試験の残り時間を考えると、すでに巻物を揃えて合格しているチームがいくつかいてもおかしくない。

 

「さ……サスケェ! まだ続けるのかよ!?」

「あともう少し」

「さっきも同じことを……って、あぶね!」

 

 半裸で川の中に入っているナルトが抗議している途中、ピチピチと活きのいい魚が姿を見せたのでクナイを投げる。

 

 オレの投げたクナイはナルトの上半身スレスレを通過して、後ろの木に魚ごと突き刺さる。ナルトは奇妙なポーズで固まっていた。

 

「まあお前一人じゃ大変だろうな」

「そうだってばよ! 今度はオレと交代して、」

「影分身を使えばいいんじゃないか?」

 

 ガックリと項垂れるナルト。もう一度水に潜ろうとしたその時、明るい声が降ってくる。

 

「サスケ君! 豪火球で火つけてもらっていーい? ご飯にしましょ!」

「…………先にメシにするか」

「なんでサクラちゃんの言葉は素直に聞き入れるんだってばよ。……このムッツリ」

「黙れウスラトンカチ」

 

 睨み合いを続けていたオレとナルトの腹が、同時にぐうっと鳴った。

 

 

 

「本当にここで合ってるの? 誰もいないけど」

「さっきカブトさんに詳しく聞いとけば良かったってばよ」

 

 無事に中央塔に辿り着いたオレたちは天と地の書を持ちながら途方に暮れていた。

 

「喋れねーくらいキツいなら座ってろ」

「……もう平気だ」

 

 オレに肩を貸していたナルトが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 

「ナルトの言う通りよ。無理しないで」

 

 サクラがカバンから取り出したハンカチで、オレの額に浮かんだ汗を拭う。

 

「大蛇丸がつけたそのアザ、この試験が終わったらカカシ先生に相談するってばよ」

「ダメだ。カカシには言うべきじゃない」

「なんで?」

「そうよサスケ君。今すぐにでも見せたほうがいいくらいなのに」

 

 このアザがヤバいのは感覚的に分かる。このまま放置しておけないことも。

 

「カカシが知れば試験を離脱しろと言うかもしれない。もし次の試験がこれまでと同じように三人揃って参加が条件だったらどうするつもりだ」

「それは……」

「仮にそうじゃなかったとしても、オレはこの試験を放棄したくない」

 

 サクラはともかく、一生下忍のままだとしても試験続行を選んだナルトだ。こんなところでリタイアなんて、誰よりもしたくないに決まってる。

 

 ナルトは眉を寄せ、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

「お前がそんな死にそうな面してんのに、試験のことなんて考えてられないってばよ」

 

 そうだ、ナルトはこういう奴だった。だからオレも……。

 

 言葉に詰まっていると、ふと視線を彷徨わせていたサクラが「あれを見て!」と天井を指差す。

 

「天無くば智を識り……」

 

 それは意味深な暗号のような文章。

 疑問符をいくつも浮かべているナルトの隣で、オレとサクラは「まさか!」と顔を見合わせる。

 

「この場所で、天と地の書を開けということか」

「カブトさんにも止められたのに!?」

「チッ。わざわざお前に説明してる暇はない。開けるぞ」

「いちいちそーやってムカつく言い方を……!」

 

 そう言いつつナルトはぺりっと地の巻物を開こうとする。そんなナルトを見て、サクラもごくりと唾を飲み込み……天の書を開いた。

 

 巻物に書かれていたのは――口寄せの術式。

 

「ナルト、サクラ! 今すぐソレを投げ捨てろ!」

「うおっ!?」

 

 二人がぶん投げた巻物からボンッと煙が上がり、人のような姿が見え隠れする。

 

 薄れていく煙の中から姿を現したのは……。

 

「…………」

 

 巻物によって召喚されたのは、見覚えのある鳥のお面を被った青年。何かを掴んでいたかのような、妙な体勢のまま固まっている。

 

〔…………アレぇ?〕

 

 彼の発した間抜けな声は、ただでさえ狭い部屋によく響いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 うみのイルカは限界だった。

 

 その顔は土色になっており、さっきから冷や汗を流しすぎてカラッカラに干上がっている。

 

「まだ……まだいける。オレたちは中忍、これくらい耐え忍べなくてどうする……!」

「ああ、そうだとも……!」

 

 隣に立っている同僚もイルカ同様、酷い顔色をしていた。

 

 彼らは木ノ葉隠れの中忍であり、現在行われている中忍昇格試験における特別補佐官である。

 

 彼らに与えられた仕事は、受験生たちが奪い合う巻物に口寄せされ、時と場合に応じて受験生たちにとって悪魔もしくは天使役になること。

 

 つまり、試験を放棄して途中で巻物を開こうとした輩には制裁を、見事巻物を集めて中央塔に辿り着いた優秀な者には試験合格を言い渡す、心身ともに決して楽とは言えない重要な役目だ。

 

「なんで誰も部屋に戻って来ないんだ……? それかいっそ口寄せしてくれ……」

 

 隣の同僚の精神状態が不安定になってきたのを察したイルカは、次は己の番かとさらに顔色を悪くさせる。

 

 二人が担当する第二の試験は最大五日間に渡って実施される。

 

 巻物に記した術式によって生きている人間を口寄せする方法はいくつかあるが、今回は口寄せされる側の人間は受験生が持っている巻物と同じ術式の書かれた陣の上で待機する必要があった。

 

 察しのいい人は気がついただろう。

 もしもたった一人でこの役目を担う場合、下手をすれば五日間この場所から身動きできないということを。当然だがそんな酷い状況にはならない……はずだった。

 

 本来ならば担当する中忍が仮眠などで離席する場合、常に待機している他の仲間たちが一時的に交代することになっている。

 

 この場にはイルカともう一人の同僚しかいない。しかもお互いにそれぞれ担当している巻物があり、どちらかがその役目を代わることなど到底できるはずもない。

 

「みんなが部屋を出てからどれくらい経った?」

「さあ……」

 

 もう限界だぁ……。

 

 二人の心の声が一致する。

 

 元々この部屋にはそれなりの人数が待機していたのだが、受験生の死体が発見されたとか、火影様が呼び出されたとか、動ける人間は今すぐ死の森に来るようにという指示を受けたりだとか。

 一人また一人と部屋を出ていき、時には生理現象で仕方なく離席した仲間もいたりして、最終的には彼らだけになっていたのだ。

 

「ちょっとくらいなら離れてもいいんじゃないか……? 五分……いや、せめて三分あれば」

 

 こいつ小じゃなくて大なんだなと思ったイルカは「オレなら三十秒だ」と心の中で張り合いつつ、ぶんぶんと首を横に振る。

 

「その数分の間に受験生が巻物を開いたらどうする? しかもそれが不正だとしたら……オレたちの怠慢が受験生の合否を左右するんだぞ」

「だ、だよなぁ……でもこのままじゃオレたちの尊厳が先に死ぬんだが」

 

 それはそう。本当にそう。

 

 イルカは遠い目をした。尊厳死が先か、任務放棄という忍としての人生の終わりが先か……。

 

 究極の二択を迫られていた二人の前に、なんと救世主が現れた。

 

「……三代目の姿が見当たらぬようだが」

 

 片目を分厚い包帯で覆い隠した男である。

 

 突然の来訪者に目を輝かせていた二人はすぐに絶望に突き落とされた。

 

 志村ダンゾウ。かつては三代目火影の右腕として権力をほしいままにしていたタカ派の男。

 

 いくらなんでも無理だ!

 

 二人の心はまたしても一致する。

 

 ただの中忍が元木ノ葉上層部の男に「ちょっとトイレ行きたいんでここに立っててもらってもいいですか? あっ、もし口寄せされた場所が森の中だったら受験生を適当にボコっといてくれませんかね?」なんてお願いできるはずがない。ただの自殺行為である。

 

「火影様は今は席を外されていて……」

 

 残念だが今回は諦めるしかない。仲良く()()()を待とう。

 

 イルカとその同僚はアイコンタクトで完全に通じ合い、ダンゾウに火影であるヒルゼンのことを伝えようとした……のだが。

 

 そんなダンゾウの後ろから、ひょっこりと顔を出した人物がいた。

 

〔ダンゾウ様。火影様は中忍試験の会場である演習場の中央塔に向かったそうです〕

「そうか」

 

 いかにも暗部といった風貌の、鳥のお面を被った青年。彼の存在を認識した瞬間、イルカは口寄せの陣に片足を置いたまま青年に縋りついた。

 

「三十秒!! たった三十秒でいいんです、ここに立っていてください!」

〔……は?〕

「ずるいぞイルカァァッ!!」

「三十秒だ。お前より何倍も早く戻ってくる!」

「嘘ついたんだ、オレ本当は十五秒なんだよぉ!!」

 

 そんなわけあるかと。そんなのもうたどり着く前に垂れ流す前提じゃないかと。

 

 イルカは同僚の慟哭を無視して走り去った。全ては己の尊厳を守るために。

 

 その場に取り残された同僚は、唖然としているお面の青年の腕を掴んで引き寄せようとした。

 

「頼む! そっちじゃなくてこっちの陣に立ってくれ! なぁに、別に難しいことを押し付けようってんじゃない。ただ目の前にいる受験生に……」

 

 お面の青年は、最後までその言葉を聞くことは出来なかった。

 

 ポンッという音と共に身体がどこかへと引っ張られる感覚ののち――

 

「お前は……。あの日封印の巻物を持ち去っていった暗部か……?」

〔…………〕

 

 哀れな青年は、とある一室に口寄せされていた。

 

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