厄日だ。これを厄日と呼ばずしてなんと呼ぶ。
ダンゾウの野郎が三代目に「中忍試験は順調ですかな?」という煽り、いやお伺いをするために火影屋敷に行きたいと駄々をこねるから、護衛役としてついて行ったら……中忍試験に乱入する羽目になった。
大蛇丸の件で試験の補佐を任されていた中忍たちが次々と呼び出され、極端な人手不足に陥っていたらしい。
第二の試験で合格の鍵となっていた巻物への召喚役。
ナルトが慕っている先生の膀胱が破裂しなくて良かったけど……。だからって、見ず知らずの他人である
不幸中の幸いは、召喚されたのが本体でもダンゾウでもなかったこと。
俺が受験生だったら、巻物からダンゾウが出てきた時点で心臓麻痺で死んでるね。だんごやの三色団子を賭けてもいい。
まあダンゾウは上っ面だけはいいから、受験生への対応もそれなりに上手くやっただろう。
「この場に残った全員に、第二の試験合格を言い渡す!」
死の森、中央塔。
サスケのいる第七班との唐突なエンカウントに、不審者と間違われて火影直属の暗部による拘束未遂。
最終的にはなぜか試験終了を見届ける立場にいた。
「お前には聞きたいことが山ほどある」
〔……俺たち、初対面みたいなもんですよね?〕
「クロネコのことだ」
〔…………〕
隣に立っているのは、俺を暗部による拘束から救い出してくれたカカシである。
サスケたちが開いた巻物に口寄せされた俺は、その足で部屋の奥の扉を叩いて自首した。無関係な人間なのにここに来ちゃいましたと。
当然といえばそうなんだけど、めちゃくちゃ怪しまれた。しかもその部屋には暗部が待機していて、試験官まで一緒だった。
自然な流れでお縄につきそうになっていた俺に助け舟を出してくれたのは意外にも暗部の一人で、さらには遅れて部屋にやってきたカカシの後押しのおかげで何とか拘束されずに済んだわけだ。
いやあ、カカシ様様だなあ。
三代目にも「あやつの護衛だったな。迎えがくるまでここにいるといい」と言われ、こうやって第二の試験終了を見届けてるわけだけど……。
あれ? なんでわざわざ迎えを待たなきゃいけないんだ?
あのダンゾウが迷子の部下を探しにきてくれるような殊勝な男だったらまだしも。今頃屋敷に戻って茶でも飲んでるに決まってる。だんごやのお汁粉も賭けていい。
〔クロネコは超元気です。これでいいですか?〕
「本当に元気なら一度くらい姿を見かけてるはずだ。まさか、波の国の件で何か……」
〔……いえ、普通に元気です、けど〕
カカシは一体なにをそんなに心配してるんだ?
波の国で本体が傷を負った記憶はないし、むしろ危なかったのはカカシたちの方なのに。
もしかして、本体が見せてしまった“奥の手”のせいか?
あれは写輪眼の能力の一つだから、カカシがそのことを知っていれば、俺がうちは一族だとバレて……。いいや、あれはどちらかというと“憑依”だったし、普通は同じものだとは思わないはずで……。そもそもお面越しに“赤い眼”を見られていたら――
「よくここまで残った。第三の試験について説明する前に、お前たちに知っておいてもらいたいことがある」
ぐるぐると巡り続ける思考に沈んでいたら、いつの間にか三代目の話が始まっていた。
俺が中忍試験を受けた時には聞けなかった、試験の真の目的について。ダンゾウの元にいれば嫌でも耳に入ってくる話だ。
〔…………〕
やっぱり、見られてる。
部屋の隅に待機しているのは、カカシが来る前に俺のことを庇おうとしてくれていたウサギ面をつけた暗部。
大蛇丸の件もあるし、暗部がこういう場に姿を見せていること自体はおかしくない。ただ、やけに俺のことを気にしているようだ。
火影直属の暗部なら、俺の雀鷹面を直接的もしくは間接的に知っている可能性がある。
でも……なんか違う気がするんだよな。写輪眼になってチャクラの質を確認すれば分かるかもしれないけど。そんなリスクは冒せない。
「……そんなわけで、第三の試験の前に予選を行います」
第二の試験が難しすぎて、俺の時には実施すらされなかった予選。始まる前にさっさと退散しよう。
「おい、どこにいく気だ? オレはまだ――」
目敏く気づいて俺の逃亡を阻止しようとしてくるカカシ。
やれやれ。元友人としてアドバイスしてやるが、しつこい男は嫌われるぞ。
俺は振り向きざまにキュルンと両の拳を顎に密着させた。
〔やだあ、カカシさんったら! ナンパするならもっと時と場所と相手を選ばないとっ!〕
「なにぃ!?」
「オレの永遠のライバルにそんな趣味が!?」
秘技・相手が冤罪の対応に追われてる間に逃げちゃおうの術!
なんか別のところにも飛び火したようだけど、俺はなにも見なかった。憧れのあの人なんていなかった。
認めてしまったら、この場から離れがたくなっちゃうだろ!
カカシが全身タイツの人に捕まったのを確認し、俺はこっそり部屋を出た。
尊い犠牲をありがとう。カカシ、お前のことは忘れない。
そのまま死の森の奥へと進もうとして――立ち止まる。
草木が風で揺れている。この場にある気配は、俺を入れて二つ。
無視するわけには……いかなさそうだな。
〔……俺はダンゾウ様の護衛を任されてる人間だ。これ以上はお互いの信用問題に関わる〕
もう一つの気配はだんまりを決め込んでいる。俺は大袈裟にため息をついた。
〔火影様がこのようなことを認めるはずがない。……お前の独断だろう? さっき庇ってくれたのは助かったが、それとこれとは話が別だ。俺の後をつけてもお前にはなんのメリットもない〕
かさりと音を立てて草木の間からウサギのお面が顔を出す。身体つきと右腕の暗部の刺青からして、女だろう。
彼女は胸の前で両手を握りながら、覚束ない足取りで近づいてくる。
高すぎず、低すぎず。やけに心地よい声が耳に届いた。
「…………お願い」
彼女の声は震えていた。その不安定さはあっという間に俺に伝染して、ごくりと息をのむ。
「逃げないで。……ここにいて」
〔…………〕
簡単に接近を許してしまった体温が、俺の腕の中にいる。
…………なんで?
暗部のお面。暗部の忍装束。暗部の――刺青。
なんで、セキが暗部に。
「あなたの心なら読める。まだ……私にもハッキリと伝わってくる。どうして、そんなことになってるの?」
〔俺、は……〕
困惑、焦燥、怒り。
ああ、ダメだ。これはダメだろ。こんなの、本体が知ったらどうなるか。
三代目、貴方ならセキを危険から遠い場所で守ってくれると
「君の本体は大蛇丸と一緒にいるんだね」
〔……なんでそれを〕
「私は中忍試験の補佐官。“彼”にもすでに会ってる」
セキがお面を外した。彼女と正面から向き合ったのはいつぶりだろう。
「スバル。君はこの中忍試験で……」
突然夢から覚めたように、抱きしめようとしていたセキを突き放した。
――何をしてるんだ、俺は。
「……どうして?」
〔ダメなんだ。セキには、セキにだけは話せない〕
本体はとっくに覚悟の上だった。
三代目を殺す手伝いをして、セキに恨まれる覚悟。
三代目を慕う里の人たちの希望を奪う覚悟。
人の命を奪うことに覚悟だなんてどうかしてる。バカみたいだ。
でも、俺には必要だった。
俺は、全部捨てなくちゃいけなかった。
俺以上の犠牲を払うことになってしまったイタチ。
突然両親や一族の庇護を失い、たった一人で立って復讐という茨の道を歩まなければならなくなったサスケ。
どうすることも出来なかった。俺が無力だったから。俺が捨てきれなかったから。
それももう――過去の話。
〔……ここで会えてよかった〕
どうか彼女に心が伝わっていませんようにと願うことしかできない。
〔前に言ってくれたよな。望むままに、自分のためだけに生きればいいって〕
「…………」
〔やっぱり俺はそうは生きられないみたいだ。折角与えてもらった“権利”を手放せそうにない〕
そこで一旦俯いて、眉を寄せる。
幸せだった頃の記憶は時として足枷のように俺の歩みを妨げようとするが、幸福な記憶だけが俺を生かしてくれる。
過去だけが、俺を肯定してくれる。
過去だけが、俺を戒めてくれる。
〔中忍試験にはもう関わらない方がいい。それから、俺の本体には絶対に近づかないで〕
セキの口からさらなる疑問が飛び出してくる前に、絞り出すように呟いた。
〔……きみに傷ついてほしくない〕
傷つけたくないとは、言えるはずもなかった。
***
予選が行われてから一ヶ月のインターバルを経て、今日に至る。
俺のときもそうだったなあ。確か、試験前日にはイタチと一緒にだんごやの新作を食べに行ったんだっけ。あの時食べた団子は格別に美味しかった。
ダンゾウの屋敷。空は雲ひとつなく、絶好の試験日和だった。
〔部下たちが第三の試験がよく見える席を確保しています〕
「ワシは屋敷に留まる。お前も残りの部下たちを連れて大蛇丸の補佐に向かえ」
〔それでは、ダンゾウ様を護衛する者がいなくなります〕
ダンゾウは一瞬だけ、恐らく自分でも自覚しない程度に俺を煩わしそうな目で見た。
〔……分かりました。何かあれば鳥を飛ばしてください〕
「…………」
ダンゾウは何も言わずに屋敷の奥へと消えていく。
あのダンゾウがこんな日に一人で屋敷に籠るだなんて。
またこっそり火影の椅子に座ってやらかすつもりか? 懲りない奴だな。
「隊長。やはり数人は屋敷に残した方がいいのでは」
〔ダンゾウ様の命は絶対だ。このまま全員で試験会場に向かう〕
「……はい!」
どことなく不安そうな雰囲気を醸し出している部下たちの中に、イロの姿はない。
彼はモズと共に里周辺の監視を任されている。俺たちと違ってイロは空からも里の状況を確認できるからだ。
自分で描いた鳥に乗れるなんて便利だよな。
一度だけ、イロに「隊長も何か描いてみますか?」と墨のついた筆を差し出されたことがある。
これまで絵なんて描いたことがなかった俺のそれは、まあ酷いものだったらしい。イロのあんな引き攣った顔は初めて見た。
……別にいいよ。絵が描けなくても生きていけるから。
第三の試験が行われる会場は、以前俺が参加した中忍試験と同じ闘技場。
「な、なぜ……同じ木ノ葉の暗部が……」
〔…………〕
先ほど心臓を貫いた男はこちらに手を伸ばして……力なく地面に伏した。
男の死体を近くの森に隠し、彼がつけていたお面を被る。
〔お面を付け替えたら観客席に〕
「はい」
俺と同じように火影直属の暗部たちからお面を奪った部下たちと共に、会場へと侵入する。
この闘技場は観客たちが中央のアリーナを見下ろす形になっていて、俺たちは観客に紛れて深くフードを被って待機していた。
こんな形でまたここに来ることになるなんて、あの頃の俺は想像すらしなかった。
まずは開催国の代表である三代目の挨拶から始まり、早速最終試験が行われる。
一回戦は、ナルトと日向一族の少年。審判は彼ら以外の受験生が控え室へと下がったのを見届けてから、開始の合図を送った。
ついナルトたちの戦いに意識を向けそうになりながら、会場内を見渡す。
本体はどこにいるんだろう。大蛇丸が風影に成りすましていることは知ってるけど……。
大蛇丸を警戒する木ノ葉側のピリついた気配に、作戦の成功に全てを賭けている砂隠れ含む俺たち側の緊張感。
それらが混ざり合った会場内は異様な空気に包まれていた。
一部の人間たちの思惑など、受験生たちには関係ない。
試験は恐ろしいほど順調に進み、ついにその時が来た。
遅れて会場に到着したサスケと、砂側の我愛羅の戦い。
会場全体が彼らの下忍離れした動きに魅了され、夢中になっている間に木ノ葉崩しの舵は進む。
「うっ!」
背後から急所を狙い、観客を気絶させていく。
一人、また一人と倒れていくが誰も異変には気づかない。
忍ですらない一般人たちはすでに
やがて、大蛇丸の部下であるカブトの幻術が会場全体を包み込んだ。
――始まった。
俺は被っていたフード付きのコートを脱ぎ捨てて、ホルスターから抜き取ったクナイを両手に持つ。
カブトの幻術でほとんどの人間が動きを封じられたが、優秀な忍はそう簡単に幻術には嵌まらないものだ。
「どうなっている!? 火影様は!?」
「会場内に配置していた暗部が入れ替わっていたとは……」
「上だ! 風影様が火影様を……!」
木ノ葉のエリートたち。不意打ちだったにも関わらず、難なく幻術返しをしてくるとは。
「なんだお前は? まさかお前も……ぐああっ!?」
「おい、どうした!?」
――だが、反応が鈍い。
俺の投げたクナイが背中に突き刺さった男が倒れる。隣に立っていたもう一人の男がやっと気づいた時には、俺は背中の忍刀を抜いた後だった。
「…………」
ぷしゅう、と斬りつけた首筋から大量の血が吹き出す。
「あ……あ、ああ……」
「…………」
何の罪もない、木ノ葉の仲間。なぜか、いつかのテンゾウさんの言葉が、叫びが、頭の中にこだまして――すぐに振り払う。
「…………」
迷うな。こんなことで揺らぐな。俺の足元はこんなことで崩れたりしない。
お面に飛び散った血を手の甲で拭う。俺に首を掻き切られた男は、すでに地面に転がっていて動かない。もう、動けない。
新たな標的を探そうと顔を上げた俺は、次の瞬間には蹴り飛ばされていた。
咄嗟に腕でガードしたが、全く間に合わなかった。
「……ッ!!」
――何だ、今のは?
――俺は
ガラガラと瓦礫が崩れる音がする。背中からだ。
ふらりと立ち上がる。打ちつけた背中がズキッと痛んだ。……スライム体じゃなければ骨がやられていたかもしれない。
写輪眼無しでも反応速度だけは自信がある。その辺の忍には負ける気がしない。
オリジナルより劣るとはいえ、木ノ葉に俺以上に速い忍なんて――
「なんだお前は」
真っ先に視界に入ったのは、目に優しい緑色。
「木ノ葉の暗部……ではないようだな」
…………マジか。いや、マジか。
「ふむ。どうやらオレの動きを目で追えていたようだが……体が反応できないならどうしようもない」
まったく、その通りだ。俺ではこの人には到底敵わない。
声の主が、すうっと胸の前で拳を構える。所作の一つ一つに無駄がなく美しい。
彼の動きにその場の空気が支配される――飲み込まれてしまう。
――化け物だ。
拳を合わせる必要もない。勝てる要素が一つもないことくらい、俺でも分かる。
「里に仇なす存在は、このオレが一人残さず正義の鉄槌を下してやる!」
緑色の全身タイツに上忍のベストを合わせるという個性的すぎる格好をしたその人は、目を疑う速度で俺との距離を詰め――
洗練された動きで木ノ葉剛力旋風を放った。
じんせいを書き始めて一年、ハーメルンさんと出会って一年でした。
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今年もよろしくお願いします!