じんせいみてい!   作:湯切

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第四十一話 不器用な男

 大蛇丸の胸を貫いたのは使い慣れた忍刀ではなかったが、確かな手応えがあった。

 

 ずるりと引き抜くと、待っていたかのように血が噴き出してくる。

 

「ぐっ……まさか、ダンゾウが裏切るなんてね……」

「大蛇丸様!」

「貴様……ッ!!」

 

 大蛇丸を囲む四人の男女の反撃を食らわぬよう、木に引っ掛けたワイヤーで距離を取る。

 着地した枝が大きくしなり、枝先からいくつかの葉が落ちていく。

 

『…………』

 

 五対一、実質は四対一か。あまりぐずぐずしているとカブトという手練れが合流してしまう。

 あの男はどうも嫌な気配がする。木ノ葉にスパイとして潜り込んでいたことといい、()()()()知られているのか……。

 

「私相手に貴方一人を寄越してきたということは、それほど貴方の実力を()()していたのか、あのジジイの置き土産を予想していたのかしら……」

『…………』

 

 良くも悪くもダンゾウが己の部下の力を過信しすぎるところがあるのは、第一回火影暗殺未遂事件の時から明らかだ。

 というより相手を見縊りすぎてるんだ、あの男は。

 

「無駄、よ。アナタのしてきたことも、今からしようとしていることも、全部無駄なのよ」

「大蛇丸様、これ以上はお身体に……」

「黙りなさい」

 

 大蛇丸は心配そうに声をかけてきた部下を一喝した。部下はしおしおと項垂れ、それでも大蛇丸を支える腕は離さずにいる。

 

「知っているで、しょう? 私の今の身体、は……かつての私のものではないことを。両腕を持っていかれ、心臓を突き刺されても、私は、死なないッ! 新しい器を見つけて私のものにするだけ……」

『ええ。ですが、全てはダンゾウ様が決めたこと。そこに俺の意思は関係ありませんので』

「ふっ、ふふふ……本当に、惜しいわね。アナタのような忠実な部下が欲しかったのだけれど」

 

 ダンゾウといい大蛇丸といい見る目がない。

 俺からすれば、邪険にされた後ですらもひたすらに大蛇丸の身を案じている彼らの方が優秀で忠実な部下だ。

 

『貴方を殺せないことはダンゾウ様もご存知です。ですが……その術はそう何度も使えるものではないでしょう』

「……初めから」

 

 大蛇丸の唇がわなわなと震える。

 

 イタチを次の器として狙っていた時期はハッキリとしないが、おおよそは分かる。

 

 以前大蛇丸と俺の影分身が交戦した時にやけに動きがぎこちなかったのは、恐らく以前の身体にガタが来ていたか、新しい身体になって間もなかったから。わざわざ口寄せで命令を聞かない大蛇を召喚したのもそのせいだろう。

 あの時大蛇丸が本領を発揮できていれば、俺の影分身レベルの相手に手を焼くこともなかったはず。

 

 しかし、一度イタチという素晴らしい器と出会った大蛇丸は今の身体には満足出来なかった。

 

 だからサスケを狙った。うちは一族であり、イタチと同じだけの瞳力を宿す可能性のある優秀な身体を。

 

『大蛇丸様。貴方のおかげで木ノ葉はこれから新体制へと移行する。三代目火影という抑止力から解放されたダンゾウ様は、今以上に木ノ葉の地中深くに根を広げる……』

「…………」

『貴方が次の器に乗り移り、本来の力を取り戻すまで。ダンゾウ様はその期間を“数年間”だと予測しました』

「……よく、喋るじゃない。それもダンゾウに命令されたことなのかしら」

『はい』

 

 察しのいい大蛇丸なら理解したはずだ。これは全てただの時間稼ぎだと。

 

 ダンゾウは初めから大蛇丸をここで殺せるとは思っていなかった。

 

『俺では貴方を殺すことはできません。しかし、貴方の今の身体を傷つけ、ここから先数年間……ダンゾウ様が木ノ葉で地盤を固めるその日まで貴方の動きを制限することはできます』

 

 とはいえ、三代目の残した土産は思ったより強力なものだった。

 

 ダンゾウはそれすらも予想していたんだろうか。三代目なら必ず大蛇丸に致命傷を与えると。……まさかな。

 

「私がここで次の器としてアナタを利用するとは思わないのかしら」

『…………』

 

 木の枝から降りて、警戒を強くする大蛇丸たちとその部下へと近づく。

 伏せていた瞳は――すでに赤に染まっている。

 

『俺の眼は、お前にくれてやるほど安くはない』

 

 この眼は特別だ。最後の最後まで俺やイタチたちの身を案じていた母さんのものだから。

 家族以外の手に渡るなんて……ゾッとする。

 

「大人しく聞いてりゃ、好き勝手にわーわー騒ぎやがって」

 

 俺から庇うように、大蛇丸の部下の一人が躍り出る。

 胸の中央で組まれた印は先ほども目にしたものだった。

 

「忍法、蜘蛛縛り!!」

 

 蜘蛛の糸のようにぶわりと眼前に広がったそれを忍刀で斬ろうとしたが――刃先にねっとりと付着して取れない。

 

『……流れるチャクラは内側、か』

 

 相手のチャクラを自分のチャクラで相殺する俺の技は、中忍試験でセキ相手にやったように、あくまで剛拳らしく外側のチャクラにしか干渉できない。

 この術はチャクラが糸の外側を覆っているわけではなく、糸の内側を巡っているようだ。

 

 使えなくなった忍刀を捨てるついでにぽっちゃり体型の男に投げつけておく。

 男は刀を避けるでもなく受け止めて、バキッと腕の力だけで真っ二つにする。

 

『…………』

 

 見た目通り腕っぷしは良さそうだ。

 

「次郎坊、こいつの眼を正面から見るなよ! 見たら最後、あっという間に幻術にかかっちまうぜよ」

「ああ。――多由也、左近。お前たちは大蛇丸様をアジトまでお連れしろ。ここはオレと鬼童丸がなんとかする」

 

 多由也と左近と呼ばれた男女が大蛇丸を連れて行こうとする。

 

 ダンゾウから与えられた任務はもう終わった。

 だが、俺個人としてはまだ大蛇丸に用がある。

 

 地面を蹴る。拳を振りかぶってきた次郎坊という男や、新たな糸を吐き出そうする鬼道丸という男を簡単に追い越して――届いた。

 

「は…………」

 

 大蛇丸の腕を掴んだ状態でこちらに背を向けていた男、左近が()()()()振り返る。

 

 

 腕だけじゃ、心臓だけじゃ――足りないだろ。

 

 確証が欲しい。必ず、すぐにでも大蛇丸が次の身体に転生しなければならないという、確証が。

 

 俺は大蛇丸が転生を終えるまでサスケを守り抜けばいい。その後のことは……サスケ本人に委ねることになるだろうが、今は考えても無意味だ。

 

 可能なら、ここで殺してやりたい。

 サスケやイタチを害する可能性のある奴らを生かしておきたくない。

 

 でも……まだ、俺はそこに届かない。

 

 だから今は、ここまで。ここまでで十分だ。

 

 

 ――俺の全身を覆うように飛び出してきたチャクラを帯びた骨。

 

 空を仰ぐように伸びた骨は薄らと皮膚のようなものを纏い始め、今まさに大蛇丸の部下たちの攻撃によって蜂の巣になりそうだった俺を守り切った。

 

「な、んだっ、これは!?」

 

 絶対防御。そして、俺の中で最強の矛でもある。

 大量のチャクラを消費することになるが、もうこれしかない。体術だけでは四人の攻撃を躱すだけで精一杯になってしまう。

 

『邪魔者を排除しろ。暗黒――』

「――須佐能乎。うちは一族でもないアナタが、どうしてここまで写輪眼を扱えるのかしらね。そこも含めて、私の興味対象(オモチャ)に……ゴホッ」

「大蛇丸様!!」

『…………』

 

 大蛇丸はやけに早口で俺の言葉に被せるように言った。

 

 スサ……なんと言ったか分からなかった。俺の暗黒剣士はそんな間抜けな名前じゃない。

 何か別の術と勘違いしているのか?

 ……まあいい。

 心なしか大蛇丸は「やっと間違いを正せた」と言わんばかりの達成感たっぷりな表情をしている。間違っているのはお前だ。

 

 さっきとは別ベクトルの怒りを上乗せして腕を振り上げる。

 

 俺の動きに合わせて手にしていた剣を振り翳した“王”が、大蛇丸を支える二人の部下ごと大蛇丸を真っ二つにしようとしたが……。

 

 一つ目は、王の広げた骨に弾かれてカランッと地面に転がった。

 

 二つ目は、僅かな隙間から直接俺を狙ってきたので、咄嗟にホルスターから抜き取ったクナイで弾き飛ばした。

 

『……針?』

 

 そうしている間に二人の部下は大蛇丸を連れて駆け出してしまった。

 追いかけようと思ったが、残されたもう二人の部下の追撃もあって断念する。

 

 しかし、一番の懸念は俺に飛んできた針のような形状をしたものの持ち主。

 まるで、医療忍術で使うそれのような――

 

「どういうことかな、これは」

 

 聞こえてきた声に振り返る。

 

「テメーは……カブト」

「大蛇丸様を連れて行ったはずのキミたちがまだこの森で足止めを食らっているなんてね……それも、味方だと思っていたクロネコ相手に?」

『…………』

 

 薬師カブト。

 

 現時点で俺が把握している大蛇丸の部下の中で最も危険な人物。その思想も実力も……こちらに全てを掴ませない。

 

「……写輪眼、だと?」

 

 この場にやってきたのはカブトだけではなかった。

 

 薄暗い森の中、銀髪が揺れている。

 

「やはりお前は、うちは…………スバルなのか?」

『…………』

 

 はたけカカシ。なんで、お前がここに。

 

 スウウ……と景色に溶けこむように“王”の姿が消え、俺の両眼を満たしていた色が黒へと戻っていく。

 

 カブトがやれやれと肩をすくめる。

 

「こんなところまで追ってくるとは。クロネコのことといい、予想外のことばかり起きる」

 

 そこまで言って、カブトはメガネのズレを指で直した。

 

「残念だけど、そこの男はダンゾウの実験体だそうだよ。キミと同じ――写輪眼が適合した貴重な人材さ」

「……実験、体」

 

 カブトの言葉を反芻しつつ、カカシからの疑いの眼差しは消えない。

 

 まだ持ち直せるだろうか。カカシに俺の正体がバレれば、確実にサスケの耳にも入る。それだけは避けなければ。

 

『…………』

「おい、ス……クロネコ!」

 

 クソ……奥の手を使った反動が、もう。

 

 地面に膝をつく。上手く力が入らない。

 第三の試験が始まる直前にチャクラの半分を影分身に与えていたから、本来は奥の手を出せるような状態じゃなかった。

 

「どうやらさっきのでチャクラを使い果たしたようだね。それなら……ボクたちも大蛇丸を追うことにしようか」

『……待て!!』

「待てと言われて素直に待つやつがいると思うかい?」

 

 カブトの姿があっという間に消える。次郎坊と鬼童丸もその後に続く。

 お面の内側で歯軋りする。部下の一人くらいは殺して相手の戦力を削いでおきたかったのに……!

 

「クロネコ」

『……触るなッ!』

 

 こちらに伸ばされていたカカシの手が止まる。今の俺は自力で立ち上がるどころか、カカシの手を振り払う力もない。

 なのに、カカシはまるでそうされたかのようにショックを受けたような顔をして……項垂れる。

 

「どうしてだろうな……お前を見ていると、いつもうちはスバルの存在がチラつく」

『…………』

 

 もう一度手を差し出される。俺はそれをバカみたいに見上げているだけだった。

 さらに催促されたので、躊躇いがちに手を伸ばす。

 俺の手を掴んだカカシは勢いよく引っ張ってくれた。何度かバランスを崩しそうになりながらも、なんとか立ち上がる。

 

「ほら」

『…………』

「毒なんか入ってない。食べておけ」

 

 カカシから受け取った兵糧丸を噛み砕く。僅かに体内にチャクラが戻ってきた。

 

「お前には出会った時から聞きたいことばかりだ」

『……そうみたいだな』

 

 カカシのいう出会った時とは、火影室でのことを言ってるんだろう。

 カカシは昔からそうだ。仄暗い噂しかない根に所属している俺やキノエさんにも躊躇せず話しかけ、いつだって馴れ馴れしかった。

 カカシは暗部の隊長という立場上、細やかな気配りのできる人間だったとはいえ、俺やキノエさんへの距離感は異常ともいえる。

 

 ……でも、なんでだろうな。そんなカカシを不快に思ったことは一度もない。今この瞬間ですら。

 

『……もう戻らなくては』

「そうだ、火影様は」

『三代目は亡くなった。……知らなかったのか?』

 

 カカシの目が大きく見開かれる。どうやら、本当にカブトの後を追ってここに来ただけのようだ。

 確かに、カカシが三代目のことを知っていれば里に残っていただろう。

 カカシは……根が三代目殺害に加担したことすら知らない。

 

 

 

 一緒に連れていくというカカシの提案を断り、俺はたった一人でダンゾウの屋敷まで戻ってきていた。

 屋敷の前で待機していた部下が俺の姿を見て駆け寄ってくる。

 

『……影分身がまだ戻ってきていない?』

「はい。暗部の面を被った誰かと共にマイト・ガイと戦っているところまでは確認したんですが……どうやら、我々の中にあのような面を使っていた者はいないようでして」

『…………』

 

 すでに闘技場での件は収拾がついたと聞いている。影分身が今もそこにいるとは思えない。まだ消えていないのは確かだ。

 

 無理矢理にでも術を解いて戻すべきだろうか。いや、もしも影分身がそれを望んでいるなら自らチャクラを無駄遣いして早々に戻ってきているはず。

 あちらの状況が分からない以上、下手なことは出来ない。

 

「どうされますか」

『ダンゾウ様に報告した後、俺が直接行く』

「分かりました」

 

 屋敷の奥へと進み、ダンゾウの部屋の前に立つ。

 

『ダンゾウ様。クロネコです』

「…………入れ」

 

 障子を開いて驚いた。

 

 ダンゾウの部屋は地下にあるせいで日の光が届かず、常に薄暗い状態ではあるが……蝋燭一本ついていない。

 

 ただ、小さな明かりならひとつだけあった。

 

 夜空に浮かぶ星のようにぽつりと静かに佇んでいるのは、ダンゾウの指先にある煙草の火。

 

 鼻をつく独特の匂いに息が詰まる。

 

 匂いだけのせいじゃない。俺は……動揺していた。ダンゾウが煙草を吸っている姿など、これまで一度も見たことがなかったから。

 この男は忍らしく自身に匂いが移るものを避け、煙草を好む三代目には度々苦言を呈していた。

 

『ご報告が……』

「…………」

 

 ダンゾウは半分くらい吸っていた煙草を灰皿に押し付け、火を消す。

 一段と暗くなった部屋の中。やけに自分の心臓の音がうるさく感じた。

 

『大蛇丸の手にかかり三代目が逝去されました。大蛇丸ですが、三代目の封印術により両腕が機能しない状態にあり――』

 

 ぽとっ。

 

 そんな音がして垂れていた頭を上げる。

 

 ダンゾウはこちらを見てはいなかった。その目は部屋のどこを映しているわけでもなく、ただなんとなく……ダンゾウはここではないどこかにいるのだと悟る。

 

 先ほどの音の正体はダンゾウが手にしていた煙草だろうか。

 灰皿の上に落とされた煙草の僅かな煙が、ダンゾウの表情をかげらせている。

 

「そうか」

 

 ぽつりと。ダンゾウはそれだけを口にした。

 

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