じんせいみてい!   作:湯切

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第四十二話 この道の果て

 全ての報告を終えてダンゾウの部屋を出た。

 

 薄暗い通路を歩く。途中数人の部下とすれ違ったが、誰も彼も今回の騒動の後始末で忙しそうだ。

 

 俺の影分身については、やはり俺自身で探しにいくつもりでいる。すでにダンゾウの許可は得ているので問題ない。

 

 大蛇丸の部下の一人に忍刀を折られていたことを思い出して自室へと急ぐ。

 そもそも粘り気のあるチャクラに絡められていたから使い物にはならなかっただろうが……。

 

 自室。記憶にあるより少し散らかっていた。俺より後に出た影分身のせいだろう。

 

 引き出しの奥から細長い箱を取り出して膝に乗せる。

 箱を開くと、そこには新しい忍刀。すらりと引き抜いて刃こぼれ等がないか確認する。そういったものは見当たらない。

 

 刀を箱の上に置く。そして――

 

 ドンッ! と勢いよく拳を壁に叩きつけた。

 

『…………』

 

 何事もなかったかのように立ち上がる。

 

 行き場を失いかけている怒りが、俺の中をぐるぐると巡り続けていた。

 

 

 

 屋敷を出て、最後の中忍試験が行われた闘技場へと向かった。

 闘技場周辺は火影直属の暗部たちが目を光らせているだろうから、遠目に確認した程度だが……影分身の姿は見当たらない。

 

 人気のない路地裏に入って思案する。

 

 やはり強制的に回収すべきか?

 

 部下の報告にもあった、暗部のお面を被った正体不明の人物。……心当たりがないわけじゃない。

 いくら影分身とはいえ本来の目的を忘れることはないはずだ。

 

 なぜこの時間になっても屋敷へ戻ってこない?

 

『…………』

 

 さっきから胸がざわついているのは、ダンゾウのあんな姿を見たせいだろうか。

 

 

 ――その時、リン、と軽やかな鈴の音を聞いた気がした。

 

 俺の中に宿る女神の持つ錫杖の音。

 

 記憶の濁流。

 

 とぷんっと足元を掬われ、流されていく。

 

 

 これは、影分身が消えた時のものだ。

 次から次へと流れ込んでくる記憶の海に溺れそうになる。

 

 たたらを踏む。

 路地裏に積み上げられていたビールケースに寄りかかりながら、ズキズキと痛む頭を押さえた。

 

 全ての記憶を掬い上げた直後、表通りを歩く人々の会話が耳に届いた。

 

「木ノ葉病院はひっきりなしに怪我人が運びこまれていてひっ迫状態らしい。無理もないよな、アレだけのことがあったんだから……」

「火影様まであんなことになって。これから木ノ葉はどうなるんだ?」

「警備についていた火影様直属の暗部も、大半がやられたらしい」

 

 プラスチック同士が擦れるような音と、ガラガラと崩れる音。

 

 足元に散らばったビールケースを踏み台にして、俺は木ノ葉病院へと走った。

 

 

 

 木ノ葉病院の表と裏にある出入り口は常に人が行き交い、文字通り混乱状態に陥っていた。

 

 患者を受け入れる部屋どころかベッドすら足りず、通路の隙間を埋めるように患者をのせたストレッチャーが並んでいる。

 

 可能な限り気配を断ちながら、人とすれ違いそうになればすぐに身を隠し、通路に寝かされている患者の顔や病室の一つ一つを確認していく。

 こんな状態では病室の前に患者の名前を記す余裕もないだろう。

 

 同じ作業を何度も繰り返し、ようやく見つけ出した。

 

 ザッと見た限り十人近くが押し込まれている大部屋。

 ピッピッピ……と一定のリズムを刻む機械音がいくつも聞こえてくる。

 意識がないのか眠っているだけなのか、その目は閉じられていたが、一人だけは違った。

 

 落ち着いた黒の瞳が病室の入り口に立っている俺に向けられる。

 

 彼女は少し驚いているような素振りをみせ、やがて泣き笑いのような表情になる。

 

「そんな格好で……なりふり構わず来てくれたの?」

『…………』

「大丈夫。幻術でここの人たちにはより深く眠ってもらってる。誰も起きないよ」

 

 足を踏み出すとコツッと音が出た。足音を消す余裕も消え失せて、早歩きになる。

 

 至近距離で見下ろす形になったセキは、そっと俺の手を掴んでぎゅっと両手で握りしめた。

 

「……やっぱり、聞こえない」

 

 堪らなくなって口を開いた。音を紡ぐのは、彼女から貰った白猫のお面。

 

『あっちは影分身だと知っていただろ。中忍試験には関わるなとも言った。なんで……影分身(おれ)を庇った』

 

 セキは薄らと微笑むだけで何も言わない。

 ギリッと歯を食いしばる。

 

『ガイさんが体術のスペシャリストだということも知っていたはず。どうしてそんな無茶を』

「仕方ないよ」

『……仕方ない? たかが影分身のために、セキが』

「君が……スバルが、傷つけられようとしているのに、黙って見ていることなんてできなかった――身体が勝手に動いたんだ。頭のどこかでは影分身だと分かっていても」

『…………』

 

 沸騰しそうだった熱が少しずつ下がっていく。

 

『……三代目のこと、知っていたのか』

「うん」

『セキは……俺と違って、三代目を慕っていた』

「そうだね」

 

 でもね、とセキは続ける。

 

「火影様の決定が……ううん、火影様が()()()()()()()()()()がスバルや、うちはの人たちを追い込んだことも知ってる。あの人がそれを悔やんでいたことも」

『……分かってる』

「うん、スバルだって知ってたでしょ」

 

 知ってる。知ってるからこそ、三代目を憎みきれなかった。

 うちは一族が滅んだのはクーデターを企てた一族側の責任もあれば、そう仕向けたダンゾウ、全てを知っていながら中立の立場を崩さなかった三代目の落ち度もある。

 

 三代目は優しい人だった。優しすぎたからこそ、一つを選んで一方を切り捨てることなど出来ない人だった。

 

 どうして三代目は、ダンゾウがうちは一族虐殺事件という取り返しのつかないことを引き起こすまで、その悪事の全てに目を瞑ってきたんだろう。

 俺とキノエさんを根から引き抜いて日の当たる場所へと連れ出した時の強固な姿勢を知っているからこそ、余計に。

 

 切り捨てず、そばに置いて。三代目がダンゾウを諭すような……自分の隣――同じ光の元へ立つよう促すような素振りを何度も見てきた。

 

 彼がダンゾウをそこまで気にかける理由が見つからない――そう思っていた。

 三代目の訃報を知った時のダンゾウの反応を見るまで。

 

 あの二人は…………。

 

 

「あ、アザになってる」

『……どこ』

「右の脇腹。ガイさんの攻撃受けてすぐ治療したのに」

 

 影分身から流れてきた記憶の一部。

 チャクラ切れを起こす寸前だった影分身(おれ)が蹴り飛ばされた直後、俺を庇おうと立ちはだかったセキも同じように横腹に蹴りを受けていた。

 吐血したセキの姿に頭が真っ白になった俺は、任務も何もかもをかなぐり捨てて、セキを抱き上げたまま木ノ葉病院へと駆け込んだ。

 そして、誰にも姿を見られない場所に身を隠し――完全にチャクラが切れて消えていった。

 

 病衣の裾をたくし上げるセキ。日焼けしていない真っ白な肌には包帯が巻かれており、ところどころに痛々しい青痣が残っている。

 

 セキのベッドの端に腰を下ろし、包帯の上から傷口に干渉しないよう優しく撫でる。

 

「……あの、」

『……なに?」

「その手つき……やめてくれないかな」

 

 眉を寄せた状態で言われた。その手つきってどんな手つきだ。

 

「……本体なんだよね? 死の森で狐面を被っていた」

 

 こくりと頷く。セキにつけてしまった首の傷は今ではすっかり消えている。

 

「あの時のスバルは……正直、怖かった。まったく別の誰かになったみたいで」

『…………』

「でも今の君からはあの嫌な感じがしない。心は読めないままだけど、まるで影分身と同じような……」

『影分身と?』

 

 そういえば、またあの頭痛が戻ってる。サスケが死んだかもしれないと思った時からぷつりと途切れていた、あの痛みが。

 

 いつからだろう。

 

 少しずつ記憶を辿り、顕著になったのは、カブトを追ってきたカカシと話をしたところからだと気づいた。

 

 そう、胸を温かい何かが満たしていった時から――

 

「いつまで触ってるつもり?」

 

 ぺしりと手を叩かれた。セキはムスッとしたまま捲り上げていた服の裾を下ろす。

 俺はちょっとだけ残念な気持ちになった。

 

 

「そろそろ幻術がもたない」

 

 セキが少し残念そうに言った。この病室には比較的軽症の患者が運び込まれたそうだが、そろそろ誰かがやってくる頃だ。

 

「スバル。最後に一つだけ。私の他には火影様しか知らなかったことを、君に」

 

 セキに耳打ちされた言葉に目を見開く。

 

『まさか……あり得ない』

「まだどっちに転ぶか分からない状態だけどね。最善は尽くすつもりだよ」

『…………』

「私にできるのはこれくらいだから」

 

 心臓の鼓動が激しくなる。

 

 セキは先ほど振り払った俺の右手を掴み、自分の額にコツンと当てた。

 

「……私を信じて」

 

 

 

 ***

 

 

 

 木ノ葉病院。砂の下忍たちと交戦したオレたちは、一人残らず病院のベッドに拘束されていた。

 

「まったく。ただでさえ忙しいのに、何度も抜け出そうとして私たちの手を煩わせるなんて。今日と明日は絶対安静です! いいですね」

「…………」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらナース服の女性が病室から去っていく。

 

 本来なら個室として使われている部屋に二人もいるんだから、それはもう窮屈だ。少しくらいいいだろと部屋から出ようとすればすぐに見つかって病室に逆戻り。

 いい加減息が詰まる。同じ病室にいるナルトは五回目の脱走に失敗してからは口から魂が抜け出していた。

 

「はぁ……オレってばもう元気なのに」

「お前の回復スピードが異常なんだよ」

 

 あれだけの戦いをしておきながら、ナルトはすっかりいつもの調子だ。……こいつの身体はどうなってやがる。

 

「サクラちゃんどうしてっかなぁ? 流石にもう起きてるよな?」

「……さあ」

 

 砂隠れの忍、我愛羅相手に戦ったオレたちは、目覚めないサクラを急いで木ノ葉病院へと連れて帰った。

 

 サクラは頭も打っていたはずだ。……何ともなければいいが。

 

「今何時?」

「午後八時だ」

「なんかさぁ……こういうのもお泊まり会みたいで、悪くないってばよ」

「…………」

 

 チクタクと進む時計の針。一人であの広い家にいる時、この音が大嫌いだった。

 

 今でも時々、両親やスバル兄さんの幻覚を見ることがある。

 

 居間のテーブルに座って新聞を広げている父さん。

 エプロンをつけている母さんが台所から呼ぶ声。

 玄関の向こうから聞こえてくる微かな物音に、駆け出したオレの足音。

 玄関の扉が開く音に、思わず飛びついたオレの頭を撫でる……温かくて大きな手のひら。

 

 もう二度と手に入らない幸せな日常。

 

 進むことしかしない時計の針の音は、決して過去へは戻れないのだと訴えかけてくるようで。

 

「あのさ、あのさ! 退院して……爺ちゃんの葬式も出て、全部落ち着いたらさ、オレの、」

「お前の?」

「そ、そう。だから、その、オレの家に、さ」

「…………」

 

 ナルトの顔は真っ赤だった。後半なんてパクパクと口が動いてるだけで言葉にすらなってない。

 

「……それもいいが」

 

 口元が動かないよう力を入れていたのに、緩もうとする力には勝てなかった。

 

 ――時は進む。等しく、時間を刻んでいく。

 

 過去には戻れないが――歩き続けることだけは出来る。

 

 ()()()から流れた時間は、オレにとって優しく……居心地がいいものだった。

 

「お前の家は狭いからな……。オレの家にすればいいだろ」

 

 ナルトは「えっ!?」と声を上げ、ベッドから身を乗り出し――そのままバランスを崩して顔から床に落っこちた。

 

 

 

「…………重い」

 

 翌日。オレはあまりの息苦しさに目を覚ました。

 そろそろと視線を上から下へと移動させれば、そこには自分のものではない誰かの足が腹に乗っかっている。

 

「…………てめェ、ナルト」

 

 すぴーすぴーと心地良さそうな寝息まで聞こえてきて、血管がブチィッと切れた。

 

「なんでオレのベッドに寝てんだっ!!」

「うぉわあっ!?」

 

 飛び起きたナルトがキョロキョロと周りを見渡して……ぐうと二度寝に入る。

 その耳を引っ掴んで「カップラーメン食べすぎてスバル兄さんに怒られろ」と囁くと、もう一度飛び起きて、ぱちぱちと目を瞬かせた。

 

「……兄ちゃん?」

「ようやく起きたか。このウスラトンカチ」

「サスケ……って、お前ェ!! 何でオレと同じベッドにぃ!?」

「それはこっちのセリフだ、このバカ!!」

 

 早朝からギャーギャーと騒いでいたら、コンコンとノックする音がした。病室の扉ではなく、窓から。

 

「……朝から元気いーね、二人とも」

 

 窓の向こうには、死んだ魚のような目をしたカカシが立っていた。

 




ついに中忍試験編が終わる……終わるということは……分かるな?

イタチとの触れ合いタイム――つまり、イタチ摂取ゾーンに入るッ!
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