じんせいみてい!   作:湯切

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第四十三話 時すでに

 窓の外に立っていたカカシを病室に招き入れ、ナルトのベッドに座ってもらう。……ナルトはそのままオレのベッドに居座る気満々のようで動く様子はない。

 

 オレの肩――大蛇丸に付けられた呪印の状態を確認したカカシは「ひとまずは落ち着いてるようだな」と安堵したように頷いた。

 

「あの火影様ですら大蛇丸の呪印を完全に解くことは出来なかった。……第二の試験の試験官だったアンコがそうだ。一時的に呪印の暴走を鎮めることはできても、感情の昂りや大蛇丸のチャクラに反応して発作が起きる」

「……じゃあ、サスケはずっとこのままなのかよ?」

「まっ、オレも色々探してみるよ。そう心配するなナルト」

「うん……」

「…………」

 

 こちらをしきりにチラチラと見てくるナルト。そろそろ顔に穴があきそうだった。

 

「……情けねェ顔」

「んだとォ!? オレはお前のことを心配して――」

「分かってる」

 

 拳を震わせていたナルトがきょとんと目を瞬く。

 

「……分かってる」

 

 もう一度、噛みしめるように呟く。

 ナルトの頭上には疑問符が浮かび上がっていたが、カカシは険しい表情でオレを見ていた。

 

 呪印。オレの身体は、この呪いが暴走したときの感覚を鮮明に覚えていた。

 

 全身を巡る熱と、今なら何者にでもなれるという高揚感、全能感。

 

 

 ――サスケくんは必ず私を求める

 

 薄れゆく意識の中で聞いた大蛇丸の言葉。あの日からずっと反芻しているそれを簡単に押しのけられるほど、オレは……。

 

「……ところで、ナルト。第二の試験で大蛇丸と遭遇した時に幻術をかけられたというのは本当か?」

「なんでカカシ先生がそれを?」

「ちょっとな」

 

 ナルトは一度オレの顔を見て、こくこくと頷いた。

 

「本当だってばよ。イルカ先生と話したり、今よりちっさいサスケが出てきたり、サスケの家に行ったり……」

「…………」

「最後は知らない子どもが出てきて、そこで目が覚めたんだってばよ。……なんか、世界? が不安定だったっていうか、途中で追い出された、みたいな?」

「幻術で相手……この場合はナルトだな。ナルトの知らないものが出てくるということは滅多にない。相手の把握している事柄で固めて惑わせるのが基本だからな」

「じゃあさ、なんでオレの知らないことばっか出てきたんだ? あとでサスケに確認したら家の間取りとか、置いてある家具の位置までほとんど一緒だったってばよ」

 

 ナルトにかけられた幻術についてはオレも疑問に思っていた。

 ナルト自身が知らないことが幻術に出てくるということは、少なくとも術者はそれを知っていたということ。

 ナルトに幻術をかけた人間が大蛇丸の部下だとして……ずっと木ノ葉にスパイとして潜り込んでいたカブトなら可能かもしれないが、わざわざそこまでする必要があったんだろうか?

 

「……オレの考えでは、ナルトに見せた幻術の一部は術者本人の意図したものではなかったんじゃないかと思ってる」

「どういうことだってばよ、カカシ先生」

「幻術をかけようと――相手の精神に干渉しようとした時、術者の精神も同じように無防備になる。幻術を扱うのに慣れていない……もしくは普段は別の手段を使っている人間なら尚更……」

「別の手段?」

「……いや」

 

 カカシはすぐに口を噤む。

 

「今のは忘れてくれ。証拠もない」

「…………」

 

 幻術の扱いに慣れていない、もしくは別の手段で相手を幻術にかけている。

 

 この世にはまだまだオレの知らない術がたくさんあるはずだ。

 しかし、オレにとって()()は身近なもの。

 

 ――写輪眼。

 

 そして、写輪眼を持つ人間もこの世に……あと一人。

 

 心の中で首を振る。……それは違う。あり得ない。

 うちはイタチが大蛇丸の元にいて、わざわざナルトに幻術をかけるだなんて馬鹿げてる。だからカカシも途中で言葉を濁したんだろう。

 

「とにかく……二人とも暫くは用心しておけ。まだ大蛇丸の息のかかった人間が潜んでいるかもしれないからな」

「分かったってばよ」

「ああ」

 

 

 

 ナルトの怪我の治りが異常に早かったせいか、オレたちは予定より早く退院する許可が下りた。

 

「私もサスケ君たちと一緒に退院したかったなぁ……」

 

 退院する前にサクラの病室に顔を出した。彼女はオレとナルトを交互に見て羨ましそうにため息をつく。

 

「サクラちゃん、明日には退院できるんだろ? ……爺ちゃんの葬儀には間に合うってばよ」

「……そうね」

 

 影が落ちる。サクラの暗い表情に胸のどこかがざわついて、無意識に拳を握っていた。

 

「サクラ」

「な、なに……? サスケ君」

 

 サクラはオレの視線が髪に向いてることに気づいて、慌てて寝癖がないか確かめていた。

 胸元まであった長い髪は今では肩先で綺麗に揃えられている。

 彼女はアカデミー時代からやけに髪を気にする素振りを見せていた。髪は女の命という、男のオレからしたら大袈裟な言葉があるように、きっとサクラにとっても大切なものだったはず。

 

「こんなに短いとやっぱり変だよね? サスケ君は髪が長い子が好きだって聞いてるし…………」

「……そんなこと、思ったこともない」

「え!?」

「サクラちゃん、アカデミー時代に流れてたサスケの情報はほとんど嘘だってばよ」

「ちょっと、ナルト! なんでアンタがそんなこと知ってるのよ」

「サスケ本人に確かめたから」

「…………そ、そう」

 

 サクラは脱力してガックリと項垂れる。

 

「アンタは昔からサスケ君と仲良かったものね……信憑性あるわ」

「別に仲良いわけじゃ……」

「アンタが仲良くないなら私はどうなるわけ? あ?」

「ご、ごごごごごめんってばよ……!?」

 

 拳を鳴らしたサクラに露骨に怯えているナルト。……こいつ、結婚したら尻に敷かれるタイプだな。

 

「今の髪も…………」

 

 悪くないんじゃないか。そう言おうと思ったのに、喉の奥でつっかえて言葉が出てこない。

 

「……オレは」

 

 短い髪の方が似合ってると思う。……なんでこんな単純な言葉が言えないんだ。

 

 眉を寄せて口を閉じていると、ニヤニヤしながらこっちを見ているナルトと目が合った。

 腹が立ったが、サクラの病室で暴れ回るわけにはいかない。そのムカつく顔をぎゅむっと鷲掴む。

 

 結局つかみ合いの喧嘩に発展していたら、サクラが僅かに頬を染めながら「二人って……ほんと、仲良いわよね」とうっとり呟いていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ズレ落ちないよう笠を深く被り、顎の下で紐を結ぶ。

 

「足元、気をつけてください。ここはあまり整備されていませんから」

「ああ」

「少し歩いた先に大きな岩もあります。上手く避けてくださいね」

「…………鬼鮫、お前はオレを何だと思ってるんだ」

「しっかりされた方だとは思っていますがねェ……時々妙なところで抜けていることがあるでしょう。三兄弟の真ん中というのは、大体そんなものだと聞いたことはありますが」

 

 そんな話は聞いたことがない。オレは小さくため息をついた。

 

「それにしても意外でしたよ。アナタがわざわざ木ノ葉の様子見と九尾の件を引き受けるとは」

 

 ザッと足を止めて、顔を上げる。隣の鬼鮫と合図を出し合うこともせず、同時に地面を蹴って飛び上がった。

 

 木ノ葉隠れの里をぐるりと覆う巨大な壁。その頂上に立つ。

 

 バサッとマントが風にはためく。見下ろすのは、かつて自分が生まれ育ってきた世界。

 

 ――木ノ葉。

 

 ここにきたのは確かめるためだ。

 

 

「…………スバル兄さん」

 

 ぽつりと呼んだ名前は風に攫われて、鬼鮫の耳には届かなかった。

 

 

 

「久しぶりの帰郷でしょう。少し歩いてみますか?」

「…………」

「だんごやの看板が出ているようですね。どうです、探し物の前にお茶でも」

「……いいだろう」

 

 だんごやという言葉に惹かれて反応する。鬼鮫はなんともいえない顔をしつつ、オレが通りやすいように暖簾を持ち上げてくれていた。

 

 懐かしい暖簾をくぐった先には、三角巾を被った女性が立っていた。

 

「いらっしゃいませ。お二人ですか?」

「…………」

 

 女性は何も言わないオレを怪訝に思ったようだが、すぐにメニュー表を広げてくれた。

 

「おすすめは三色団子です」

「…………」

「…………三色団子、でよろしいですか?」

 

 鬼鮫はともかく、木ノ葉にはオレの声を把握している人間がそれなりにいる。

 不用意に声を出さない方がいいだろう。

 

 そう思ってメニュー表を指差すのみに留めたが、それを見ていた女性がみるみるうちに破顔した。

 

「あ…………もしかして」

 

 顔を覗き込まれそうになったので咄嗟に笠でガードする。

 

「ごっ、ごめんなさい……! 以前来てくれていた常連さんと雰囲気がそっくりだったから……違いましたね。失礼しました」

「…………」

「席はあちらです。お連れ様の分も一緒にお持ちしますね」

 

 とりあえず奥に座り、鬼鮫が正面に腰掛けた。

 

 お互い無言で店内を眺めたり、テーブルの上にも置かれたメニュー表に目を通したりする。

 暁の仲間であり、コンビを組んでいる鬼鮫との付き合いはそれなりに長い。

 無言の空間にあっても、すでに気まずさなど抱かない関係だ。

 

 そのままお茶と団子がくるのを待っていたら、だんごやの入り口の前に見覚えのある男が現れた。店を背にして寄りかかり、誰かを待っているかのような素振り。

 

「早速見つかってしまったようですねぇ」

 

 はたけカカシだ。今すぐ動く気はないようだが、こちらがだんごやを出ようとしたところを捕まえるつもりだろう。

 離れたところから数人の手練れが近づいてくる気配も――いや、そのうちの一つはすでに目の前に……いるだと?

 

 ファサッと暖簾が捲られる。だんごやに入ってきたのは、大きめのサイズのパーカーに、フードを深く被った男。

 その男を見た途端、入り口に立っていたカカシさんが明らかに狼狽えていた。……仲間ではないのか?

 

「いらっしゃ――」

 

 先ほどと同じ女性がメニュー表を見せようとする前に、つつ……と長い指がメニュー表のある部分を指差す。

 

「あ……あなたは……!」

 

 女性は手のひらで口元を覆い……少し涙ぐんでいるようだった。

 

「……三色団子におしるこ、よね! すぐに用意するから、空いてる席にどうぞ」

 

 パーカーの男は数回頷き、きょろきょろと店内を見渡す。空いている席はオレたちの隣しかない。

 

 すとんと席についた男は、懐から小ぶりの本を取り出して読み始める。

 店の外にいたはずのカカシさんはすでに片足を店内に突っ込んでいて、瞬きもせずにパーカーの男を凝視していた。

 ……さっきまでのさりげなさは微塵もない。

 

「カカシ。……なにしてんだ?」

 

 店外からかけられる、僅かに幼さを残した声。

 

 ダメだと分かっていても、その姿を目に焼けつけようとすることはやめられなかった。

 身長は……伸びている。

 目つきは……変わってしまった。

 その身体を流れるチャクラから、強くなったのだと……。

 

 動揺を内側に押し隠していると、隣にいた男が急に立ち上がった――まるで、サスケがここにくるのを待っていたかのように。

 

「お、お客さん……()()なにか……? まだ何もお出ししていないはずだけど……」

 

 パーカーの男は店員の言葉に後ろ髪を引かれるような動きをしたが、やがて懐から取り出したお金をテーブルの上に置いた。

 

 そして、店内の誰もが戸惑うくらい綺麗なお辞儀。

 

 男はズンズンと早歩きでだんごやの入り口に向かったが、案の定、すぐにカカシに引き止められた。

 

「お前……やっぱり、」

「またアナタなんですか……?」

 

 しかし、男の腕を掴んだカカシの手は弾かれてしまった。パーカーの男ではなく、だんごやの店員である見目の良い女性によって。

 

「あの時も今も……この人がなにをしたって言うの? 妙な言いがかりをつけるのはやめてください!」

「い、言いがかり?」

 

 女性は一息で言い切ると、肩を上下させ、持っていた包みをパーカーの男に押し付けた。

 

「この間から持ち帰りもできるようになったの。だから……変な人に絡まれても、また来てね」

 

 パーカーの男は押し付けられた包みをじっと見て……ぎゅうっと大切そうに胸の前で抱きしめた。

 その仕草に胸の奥で何かが跳ねる。嫌というくらい知っている感覚だった。

 

「イタチさん?」

 

 急に立ち上がったオレを、鬼鮫が小声で引き留めようとする。

 

 カカシさんはオレたちと、たった今出ていってしまったパーカーの男の間で揺れながら、後者を選んだらしい。その姿はとっくに消え、この場には困惑気味のサスケだけが残された。

 

 カカシの呼んだ増援がだんごやに来る直前、オレと鬼鮫もその姿を消していた。

 

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