本体はまだ仕事が残っているからと屋敷に篭っているが、
影分身が休みを満喫したって無駄だと思う人もいるだろう。しかし、術を解いた時に本体も休んだ気になるからちょっとお得だったりする。
……社畜に残された唯一の息抜き方法というか、現実逃避というか。そんな感じ。
なんて可哀想なんだ、俺ってやつは。
――空は快晴、解放、最高!
木ノ葉崩しの後処理で山のように積み上がっていた書類たちを捌くのは本当に大変だった。
まったく、ダンゾウも本体もスライム使いが荒いんだよ。
二人とも他の誰よりも働いてるから面と向かって文句すら言えない。ダンゾウもなんだかんだいつ寝てるか分からないような男だ。
寝てくれ、頼むから。お前が寝なければ部下も眠れない。
だが、この瞬間だけは俺は自由だ。といっても行きたい場所もなければしたいこともない。
我ながら仕事ばかりの人生だった。もっとこう、趣味の一つでも持つべきだったのでは。
……実家で暮らしてた頃は、弟観察と弟とのふれあいだけが人生の楽しみだったのになあ。
「…………」
ふれあいは無理でも、観察くらいならできるよな?
何故か脳内に友情出演してきたカカシが「できるだろ――今からでも」と、かつてのセリフを改変しつつ背中を押してきた。やっぱそう思う? ダメだったら責任取ってくれ。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだから。遠くから顔見たらそれで終わるから。
どこぞの絶対それだけで終わる気がない男のようなことを考えつつ、うちはの集落へと足を向けた。
「今からカカシのところに行ってくる。オレが戻るまでに家を出るなら、鍵はそこだ」
「分かった。それにしてもカカシせんせー、わざわざだんごやに呼び出して何の用だってばよ?」
オレがうちはの集落に辿り着いた時、懐かしい家からサスケが出てきたところだった。
「…………」
え、なにこれ。情報量多すぎて処理が追いつかない。
なんでナルトが俺たちの家に。俺たちというか今はサスケ一人の家だけど……。しかもその会話……なんかそういう……。
いや、まてまて。俺はなんてことを。サスケが誰を好きになって誰と一緒に暮らそうと、兄として応援してやるべきじゃないか。
それに、相手はあのナルトだ。二人が幸せなら俺はそれでいい。
「…………」
いやでもやっぱり。仮にナルトが女の子だったとしても、心の準備はしたかった、かも……。そうか、サスケもそういうことを考える歳になったんだな……。
ゼロから百を行ったりきたりしながら、内心えぐえぐと泣きながら歯を食いしばる。
ごめん、サスケ。もうちょっとだけ、大きくなったお前の成長についていけないお兄ちゃんを待っていてくれないか……?
「呪印のことだろ」
「そっか……あとでオレにも内容教えろよ」
「ああ」
その後もいくつか言葉をかわし、ナルトはぶんぶんと手を振ってサスケを見送っていた。
「…………」
大蛇丸の呪印、か。俺もいつかに備えて自分とサスケの呪いを解く術を見つけておかなければならない。
カカシはすでに見つけたのか?
もしもそうだとしたら、すぐにでも。
儚い休暇だったが悔いはない。
すでに集落の出口にまで来ているサスケの姿を目に焼き付け、俺はだんごやへと急いだ。
だんごやに到着した俺は困惑していた。
……イタチがいる。だんごやの暖簾の向こう側、同じ格好をした見慣れぬ男と一緒のようだが間違いない。
本体はともかく
それだけならまだ良かった。良くはないが、イタチがこのタイミングで木ノ葉にやってきた理由は、十分に察することができるからいい。
問題なのは――だんごやの前にカカシが立っていることだった。
あのカカシがイタチともう一人の男が放つ異様な気配を見逃すはずもなく、かつて暗部で彼と共に過ごした経験から、
恐らく、イタチ側もそれに気づいてる。
今のイタチともう一人の男の実力は分からないが、あのカカシ相手に完全に無傷というのは厳しいはず。
「…………」
だんごやの隣の建物に身を隠していた俺は、着ていたパーカーのフードを深く被った。念の為、変化の術で顔を変えておく。
……ついでに尻の形も。用心に越したことはない。
入り口に立っているカカシに意識を向けないよう細心の注意を払いながら、だんごやの暖簾をくぐる。
ここにくるのは以前カカシとテンゾウさんに見つかった時以来だ。
だんごやの内装は――あの日から変わっていない。ここはずっとそうだ。何も変わらない。団子もおしるこも特別に美味しい。
久しぶりに会った店員に少し大袈裟な反応をされたが、なんとか無事にイタチの隣に座った。
この距離まで近づくと多少残っていた疑いは完全に晴れた。――イタチ本人だ。確実に。
何度も隣のイタチを真っ正面から見つめたい衝動に駆られつつ、平静を装って持ってきていた本を開く。
……イタチの正面に座ってる連れの男、一瞬でいいからそこ代わってくれないかな?
こんな状態で集中できるはずもなく、読んだそばから内容が頭から抜け落ちていった。
「…………」
ダメだ、見たい。めちゃくちゃ見たい。今のイタチの姿をバーストモードで連続撮影して心のアルバムに重複保存したい。
滝行以上の精神修行。これを乗り越えた先にはきっとさらなる幸福が――
「カカシ。……なにしてんだ?」
そんな溜息混じりの声が聞こえてきた瞬間、急いで立ち上がる。
そろそろサスケが来てくれる頃合いだと思ってた。
……ああ、サスケ。やはりお前は、俺の闇を明るく照らしてくれる日輪の一つだッ!!
絶妙なタイミングで来てくれたサスケのおかげで、さっきから怖いくらい俺を凝視していたカカシの意識が僅かに逸れた。
今ならカカシに捕まることなくだんごやを脱出し、あわよくばカカシが追ってきてくれるかもしれない。
カカシが呼んだのか、二つの気配……しかもそれなりの強者が近づいてきている。せめてカカシさえこの場から離脱させることができたら、イタチたちも無事に逃げられるはずだ。
しかし、予想外の出来事は起きるものである。
「お、お客さん……
「…………」
弟摂取タイムに酔っていた俺は、日々美味しい団子を作ってくれている彼女たちの思いを踏み躙っていたことに気づいていなかった。
あわよくば団子を食べられたらいいなという邪な思いもあったから注文したっていうのに。俺は……団子が出てくるのも待たず……。
……ごめん。この罪滅ぼしはいつか必ず。
気持ち多めのお金をテーブルに置いてだんごやを出ようとしたが、当然カカシに腕を掴まれた。
そりゃそうだ。カカシはもうサスケではなく完全に俺に意識を向けている。
内心焦っていたら、意外なことにだんごやの店員が全力で庇ってくれた。
カカシにとっては冤罪でしかないので申し訳ないけど……助かった。
だんごやの女性はそれなりに大きな包みを手渡してくる。ほのかに甘い匂いがした。……まさか、これって。
「この間から持ち帰りもできるようになったの。だから……変な人に絡まれても、また来てね」
「…………」
「ずっと待ってるから」
やっぱりちょっと大袈裟だなと思ったが、三色団子がいくつか入った包みを胸の前で抱きしめる。
これはなんとしてでも死守して屋敷まで持ち帰らないと。
素早くだんごやから離脱し、暫く歩いた後で全力ダッシュする。
「…………」
一度だけ後ろを振り返って、すぐに前を向いた。
やべ、ついてきてる。その方が助かるけど、助からない――俺が。
無言で追いかけてくるカカシに、無言(不可抗力)で逃げる俺。
狙い通りとはいえ、この後どうするか何も考えてなかった……!
いやあ、これまで散々耳にタコができるくらい「後先考えて行動しろ」ってモズに言われてきたのになー。
でも緊急事態だったんだから仕方なくない? 仕方なくなくなくない? 混乱してきた。
これじゃあ埒があかない。いっそ人気のない森にでも誘導して草木に身を隠しながら逃げた方がいいのか?
それか背後から“奥の手”が持ってる剣の柄でボコった方がいいのでは?
そんな物騒な考えが頭に浮かび始めた頃――天が俺に味方した。
「…………はたけカカシか」
木ノ葉の大通りを悠々と歩く男がいた。
男の隣には、いかにも暗部といった風貌のお面を被った人物が二人いる。一人は白猫のお面、もう一人は……鳥のお面。ツミではなく、モズだ。
「……ダンゾウ様」
カカシが足を止めている間に、俺は路地裏に身を滑り込ませる。
すっかり忘れていたが、今日はダンゾウが「大蛇丸のせいで壊滅しかけた里の隅々にまで目を向け、住民たちに気を配る素晴らしいワシ」を演出する日だった。まあ一種の選挙活動みたいなものである。
どう足掻いても次の火影に選ばれることはないだろうけど、こうして土台を作っていけばその次の火影にはなれるかもしれない。
ダンゾウにしては地味で堅実な方法だ。でも実際こういうのが有効なんだからダンゾウもよく分かってる。
「やけに急いでいたようだが……何かあったのかね?」
「……いえ」
カカシは何度もダンゾウの隣にいる白猫面――俺の本体に視線を投げかけ、困惑気味に俯いた。
これでだんごやに出没したフードの男はクロネコではない、と印象付けられたはずだ。
いや、カカシならまず影分身の可能性を考慮するか……。だとしても、「別人かもしれない」という疑惑が少しでも大きくなっていればいい。
こっそりと路地裏を抜け出した俺は、今度はイタチともう一人の男の行方を探るべく走り出した。
***
「こんなところにいたのか」
「…………」
「……本体だな」
ダンゾウの屋敷にいくつかある資料庫。
少しでもチャクラ消費を抑えようとお面を外した状態で籠っていたら、モズが探しにきた。珍しくお面を被っていない。
いつも持ち歩いてる白猫面を被る。
それにしても、どうしてモズは顔を見ただけで俺がどちらか分かるんだろう。
資料庫にある時計を確認する。もうこんな時間か。
『そろそろでしたね』
「ああ。……随分と仕事が溜まっているようだな。あまり休めていないんじゃないか?」
『大丈夫です。息抜きは影分身に任せてるので』
「……お前な」
それは違うだろうという顔をされた。何が違うんだ。効率重視でいいだろ。今やってる仕事は影分身には向かないし。
さらなる小言が飛んでくるかと思いきや、モズは肩をすくめるだけだった。
「……まあいい。お前も以前より安定しているようだから」
『…………』
「波の国で何があったかは聞かないが、今もオレに変な感謝をしてるんじゃないだろうな?」
『変なって……』
人の好意を失礼な。
『
「ははっ……どうだか」
『…………』
モズがくしゃりと笑う。
モズが……あのモズが、笑った?
無性に誰かに伝えたくなった。とくにキノエさんに。キノエさんはもうテンゾウさんとして根とは無関係の道を歩いてるから無理だけど……!
大蛇丸の研究施設で俺が笑っただけであれだ。モズが笑ったなんて聞いたらどんな反応するんだろう。眼球から木遁出るんじゃないか。
「……なんだよ」
『……いえ。なんか、空からダンゾウ様が降ってきそうだなと思って』
「……何を言ってるんだ?」
それはちょっと俺にも分からないです。
俺とモズを帯同したダンゾウによる木ノ葉の見守りパトロールは順調に進んでいた。
木ノ葉崩しによる被害状況を確認し、上層部へと報告する。すでに復旧作業は始まっているが、こうやって自分たちの目で確認していると案外取りこぼしがあったりするものだ。
最優先で取り掛からなければならない案件があるのに埋もれているだとか、予算不足で未着手になっているだとか。
おまけに、里で暮らす住民の大半はダンゾウが自ら火影の右腕の座を退いたと思っている。
中には「上層部を抜けてでもこうやって下の人間に目を向けようとしてくださってる」とさらなる勘違いを重ねている輩までいたり。
十中八九ダンゾウ自身が流した噂によるものだろうが。自作自演乙。
それもこれも、三代目がダンゾウの任を解いた時にその理由を公表しなかったせいだ。
うちは一族のクーデターやイタチの件を伏せなければならなかった以上、仕方ないんだけど。
そんなわけで木ノ葉の住民たちのダンゾウへの好感度も順調に上がってきていた。今すぐ氷点下まで下がってほしい。
「ダンゾウ様、次の火影はどなたが選ばれるのですか? ヒルゼン様の後任となると……伝説の三忍と呼ばれた自来也様か綱手様でしょうか」
「いやいや、自来也様は放浪してばっかでほとんど里にいないじゃないか。こういう時こそ美しく医療忍術にも長けていらっしゃる綱手様だろう」
「綱手様こそ里にいないだろ。あの浪費癖がなければなぁ」
「…………」
……まあ、ダンゾウの火影への道のりもまだまだ遠そうだ。
こうやって時々住民たちからの無意識なダンゾウ下げを受けつつ、真面目に仕事をこなしていく。
さて、ぼちぼち屋敷に戻れるかな。そう思っていた時だった。
木ノ葉の大通り。たくさんの人が行き交うこの道で、やけに向こうの方が騒がしい。
自然と俺とモズでダンゾウを囲み、襲撃だろうかと周囲を警戒する。
人混みをかき分けてやってきたのは――
『…………』
「…………」
「…………」
やけに見覚えのある格好をした人物を追いかけているカカシだった。
カカシが追いかけていた人物は、カカシがダンゾウに呼び止められた瞬間にどこかへ姿を消したらしい。
『…………』
ダンゾウと会話しているというのに、カカシは「なんでお前がここに」「本物か?」といった目で見てくる。
……どういう状況なんだ。影分身は一体何を?
カカシと別れてダンゾウとの任務を続行したのち、やっと屋敷に戻れると安堵していたら「このまま木ノ葉周辺の見回りに行け」といつもの無茶振りを受けた。
同情するようなモズの視線を受け流し、木ノ葉の外へ出た。
確かにここ最近は人手が足りずにこういった見回りはまったく出来ていない。
木ノ葉崩しによって根の人間も死んでいるし、それだけ木ノ葉のエリートたちが強かったからだ。
火影直属の暗部も大打撃を受けたはず。そもそもあっちはトップである三代目を失ったばかりだから……。
ああ、早く帰りたい。一体何日まともに寝てないと思ってるんだ。
睡眠不足により若干イライラしつつ、木ノ葉の外れにある森にまで足を伸ばす。
『…………』
「おや……また客人ですか。木ノ葉は随分と騒々しいですね」
森には先客がいた。それも、招かれざる客が。
やけに派手なマントに身を包んでいる男。笠を被っているせいで顔ははっきりと見えないが、開いた口から覗いている鋭利な歯は獰猛な鮫を彷彿とさせる。
「木ノ葉の上忍二人に、
男はやけに大きな刀を振り上げた。
「いいでしょう。私の連れが追いつくまで相手をしてさしあげますよ」
『…………気に入らないな』
寝不足によるものなのか、はたまた別物か。
無性に目の前の男の存在が腹立たしい。なぜだ。
――遺伝子レベルで気に入らない、ということだけは分かる。
両眼に万華鏡写輪眼を宿す。一瞬だ。一瞬で――潰す。
「その眼は……ッ!?」
俺は動揺している男の懐に潜り込み、全力の蹴りを叩き込んだ。