じんせいみてい!   作:湯切

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第四十六話 葛藤

『サスケにはこれから会うのか?』

 

 その予定はないと答えると、スバル兄さんは『そうか』とだけ呟いた。

 

 数年ぶりに会った兄さんは……少し痩せただろうか。チャクラの質は随分と変わっている。写輪眼になっていても、特徴的な白猫面を目にするまでまったく気づかなかったくらいだ。

 

『三代目のことを聞いて木ノ葉に顔を出したんだな』

「……うん」

 

 こうも柔らかい言葉を選んで使うのはいつぶりだろう。

 お面を外す素振りを見せないことから、あの夜から兄さんの考えは何も変わっていないのだと痛感させられる。

 

『呪印で直接口にすることはできないが、木ノ葉崩しの件はお前の想像通りだ』

「……根が大蛇丸と手を組んだと」

 

 兄さんは否定しなかった。つまりは、肯定。

 大蛇丸ほどの実力者であれば単独で里の結界を潜り抜けることは出来るだろうが、音の忍や大蛇を引き連れてとなると話は変わってくる。里が外部に開かれる中忍試験のタイミングを狙ったとはいえ、内側からのサポートがなければ事はスムーズには進まなかっただろう。

 木ノ葉が今の平和を享受できているのは、根や火影直属の暗部による功績が大きい。彼らの監視の目を掻い潜って木ノ葉崩しの下準備を行うのは至難の業だ。

 

『大蛇丸に襲われたそうだな』

「大蛇丸が暁を抜ける際に……まさか、今度はサスケを狙って?」

『……そうだ』

 

 あの日、大蛇丸はうちは一族の身体に固執しているように見えた。その手がサスケに伸びることは危惧していたが、まだ時期ではないとも思っていた。

 サスケはまだ幼い。少なくとも万華鏡写輪眼を開眼するまでは大丈夫だろうと……。

 

 そろそろ鬼鮫との合流地点に向かわなければ怪しまれる。だがサスケに迫っている危機を前に、そんなことを気にしている場合じゃない。

 

 スバル兄さんは出来る限り簡潔に大蛇丸のこれまでの行動やサスケの身に起きたことを教えてくれた。

 サスケが写輪眼を開眼したこと、カカシさんの元でうずまきナルトや春野サクラと下忍の任務をこなしていること、過去にも一度大蛇丸がサスケを狙って木ノ葉に侵入したこと。

 

 ――大蛇丸はこれまでに何度も他人の身体を渡り歩いてきて、次はサスケがそうなるかもしれないということ。

 

『今が大事な時だ。大蛇丸はそう遠くない未来、いやすでに新しい身体に移っているかもしれない。ダンゾウの仮説が正しければ、数年間は次の身体へ移ることはできない』

「大蛇丸の居場所は」

『……分からない』

 

 強く握られたオレの拳に気づいた兄さんが目を細める。そして、安心させるように続けた。

 

『大蛇丸が適当な肉体への変更を回避するには三代目にやられた腕を治療するしかないが、あの状態では治せる術者も限られる』

「……同じく伝説の三忍と呼ばれた綱手様」

『そうだ。幸い、ダンゾウは綱手様が里に戻ってくることを望んでいる』

 

 彼女の人望と能力で枯れかけている木ノ葉隠れの里を再建し、最後に自分が美味しいところを持っていく為だろう。

 兄さんは口にしなかったが、根の忍もすでに動き出しているとみて間違いない。……綱手様が里にいれば、あるいは。

 

 頭に浮かんだのは、自分で自分の首を絞めるに等しい行為だった。

 

「…………もう行かなければ」

 

 頭の片隅に追いやったそれを兄さんに悟られる前に自分から会話を断ち切った。

 兄さんは相変わらずお面をつけたまま、気づいた様子はない。

 

『イタチ』

 

 そう思っていたのに。

 

 オレを呼び止めるスバル兄さんの声は昔のように優しい響きをしていた。

 

『サスケは強い。いや、強くなった。ナルトという友に恵まれ、俺が奪ってしまった幸せを一つ一つ取り戻していっている。まるでパズルのピースをはめるみたいに』

「…………」

『……あの子はもう、自分の足で立って歩いていけるんだな』

 

 無性にお面の裏でどんな表情をしているのか気になった。

 

 兄さんはそれ以上言わなかったが、オレの考えなんて手に取るように分かっているんだろう。

 サスケはもう大丈夫だと、諭すような言葉を素直に受け止めることはできなかった。

 

 サスケはまだ()()()()が守るべき存在だ。兄さんはサスケの幸せを奪ったのは自分だと言ったが、オレだって同じ罪を背負っている。

 

「……また、兄さん」

『……ああ』

 

 後ろ髪を引かれる。ずっとここにいたい。木ノ葉に留まりたい――兄さんや、サスケと一緒に。

 

 でも、もう行かなくては。訝しんだ鬼鮫がここに戻ってくるかもしれない。

 

 走り出そうとしたその時、伸びてきた手のひらが遠慮がちに頭を撫でていった。

 

『……お前はいつも、言いたいことを我慢している時は眉間に力が入る』

「…………兄さん」

『――もう少しだけ待っていてくれ。俺が必ず全てを終わらせるから』

「…………」

 

 オレたちの幸せにはスバル兄さんがいないと意味がないと言えば、この人を苦しめてしまうだろうか?

 自分がサスケに対してしようとしていることを思えば、どちらの立場の苦しみも理解できる。

 

 オレも兄さんも自分勝手だ。

 

 兄さんの身勝手さがオレとサスケを守り、オレの場合は一族を犠牲に木ノ葉を守った。

 ただ振り回されるだけのサスケは……兄さんの言うように、これから一人で歩いていけるのだろうか。無理矢理にオレが引いたレールの上を歩くこともなく。

 

 お面越しに兄さんが苦笑したのが分かった。

 

『会って確かめてくるといい』

 

 それだけ呟いて兄さんは姿を消した。一人木ノ葉の外れにある森に残されたオレは、兄さんの言葉をなんとか噛み砕き……鬼鮫が待っているであろう合流地点へと向かった。

 

 

 

 暁から下された「九尾の人柱力であるナルトの捕縛」という指令は初めから達成する気はなかった。

 ナルトを守っているのが自来也様だと知った時は心底安堵した。鬼鮫の目を掻い潜りナルトを逃すのは難しい。ならば、初めから任務を成功させなければいいだけ。相手が伝説の三忍の一人だと知ればリーダーたちも納得するだろう。

 人柱力たちを集める計画が本格的に始動するのは数年後だと聞かされている。彼らも無理に木ノ葉を敵に回すよりも、準備に時間と労力を割くはず。

 

 鬼鮫と合流したオレは、カラスたちにナルトと自来也様の場所を探らせ、ようやく居場所を突き止めた。

 

「久しぶりだな、ナルト君」

「…………うちは、イタチ?」

 

 ナルトとはスバル兄さん経由で何度か話をしたことがある程度だった。サスケとは折り合いが悪く、アカデミーでも喧嘩ばかりしていたと記憶していたが……。

 

 宿屋に自来也様の姿はない。彼が美しい女性に目がないのは有名だ。適当な女性に幻術をかけ、今頃彼女は自来也様をナルトから引き離すために外へと誘導しているだろう。

 

「こんなお子さんが九尾の器になっているとはね」

 

 ナルトは、興味深そうに見下ろしてくる鬼鮫に戸惑っているようだったが、すぐにキッと力を込めてオレを睨みつけてくる。

 

 ……驚いた。

 

 初めて会った日、スバル兄さんに抱えられながら心細そうにしていた子供とは思えない。

 

「お前がスバル兄ちゃんやサスケにしたこと、オレは……!!」

 

 許さない。ナルトの口がそう動く前に、背後に現れた気配に声をかけた。

 

「――――久しぶりだな、サスケ」

 

 いつも他人事のようだった、“時間の流れ”。

 ふと、兄さんの『サスケは強くなった』という言葉を思い出して薄らと微笑む。オレの後ろに立っているサスケには見えなかっただろうが、正面にいるナルトには見られてしまったようだ。さっきまで怒りが滲んでいた瞳に困惑の色が混じる。

 

 振り返った先で見たサスケは、オレへの憎しみよりもナルトに対する心配が先行しているようで、無事だと分かって安堵していた。

 

 アカデミー時代、オレとスバル兄さんにシスイや覚方セキという切磋琢磨し合う友人がいたように……サスケにとってはナルトがそうだというのか。

 

 …………あの、サスケに。

 

 なんとも言葉にし難い感情に満たされる。

 

「…………」

 

 もしかしたら、あの時スバル兄さんはこういう表情をしていたのかもしれない。寂しさのような、嬉しさのような。

 断言できない感情の糸たちは複雑に絡み合って――いつかは解ける。

 

 オレの知るアカデミー時代のサスケは「忍術も体術もイタチにいさんとスバルにいさんに教わった方がずっといい」「アカデミーの同級生となんて一緒に修行する気にもならない」が口癖だった。

 オレやスバル兄さんに修行に付き合ってもらう為の口実だったのだろうが、実際に友人と呼べる存在はいなかったように思う。

 

「……少しは変わった、か」

「ナルトをどうする気だ」

 

 それだけじゃない。

 抵抗の意思を見せたナルトを拘束すれば、その殺気は何倍にも膨れ上がる。

 

 今のサスケは自分の復讐のためではなく、ナルトのためにオレと戦おうとしていた。……その目に写輪眼を宿して。

 

 共闘の形をとった二人。

 

 彼らは同時に印を結び、サスケの左手からバチバチと爆ぜる雷鳴が建物全体を揺らしていた。

 

「……千鳥?」

 

 あれはカカシさんの術。アカデミーを卒業して日が浅いサスケが習得しているなんて。

 

 千鳥を完全に発動するまでの時間的ロスを補うように、ナルトの影分身たちが壁の如く立ちはだかる。無数の影分身によってサスケの姿は完全に見えなくなってしまった。

 

「影分身を一度にこれだけ作り出せるとは、厄介な人柱力ですねぇ……」

 

 鬼鮫が鮫肌を一振りするだけで影分身が三体ほど巻き込まれて消えていく。だが、数が圧倒的に多すぎる。

 オレの目の前にも数体の影分身が躍り出てきた。仮に本体に当たったとしても致命傷にならないよう、急所を避けてクナイを投げる。

 

 ボンッ! と音を立てて影分身たちが消え、辺りに煙が立ち込める。

 

 サスケはどこだ。

 

 サスケの居場所はすぐに分かった。煙によって視界が遮られようとも、至近距離から聞こえてくる千鳥の音は隠しきれない。

 

 顔を上げる。煙に紛れてオレの真上にいるのは――左手を振り上げているサスケだ。その手を掴み、逃げられないように捻り上げる。苦痛に唸る声が聞こえた。

 

 あと少し反応が遅れていれば擦り傷くらいは負っていたかもしれない。

 

「無意味だと言ったはずだ。お前には何も……」

 

 出来やしない。言い切る前に、サスケは驚くほど素早く一歩足を踏み込み、腕を振り上げてオレの拘束から逃れた。

 

 今のは?

 

 強烈な既視感に眩暈がした。

 

 振り払われた腕が宙を泳ぎ、思考が一瞬持っていかれる。

 

 サスケの姿がいつかの兄と完全に重なる。

 アカデミー入学前だっただろうか。いつになく真剣な表情のスバル兄さんに誘われて修行していたときに、ある体術を教わったことがある。それは兄さんオリジナルだそうで、技名は……衝撃的すぎて逆に忘れてしまったが、所謂護身術のようなものだった。護身だけと見せかけて相手を再起不能にする反則技でもある。

 

 サスケが床に両手をついた瞬間、オレはすでに宙に飛び上がっていた。遅れて放たれたサスケの蹴りは空振りする。

 《つぶせ》という兄さんの言葉すら()()()()。渾身の蹴りが外れたサスケも相当驚いているようだが、それはオレも同様だった。

 

「今のは……スバル、兄さんの…………?」

 

 これまで築き上げてきた“冷酷な兄”の仮面すら剥ぎ取られてしまう。

 今のが男の急所をピンポイントに蹴り潰す技だと気づいたのか、いつの間にか姿を見せていたナルトが自分の股間を押さえながら真っ青になっていた。オレの斜め後ろに立っている鬼鮫も心なしか具合が悪そうに見える。

 

「……アンタも同じ技を教わっていたんだな」

 

 いち早く動揺から立ち直ったサスケが憎々しげに口にする。

 

「そう……これはスバル兄さんが教えてくれた体術、“楽園追放”だ」

 

 技名を完全に忘却していた過去の自分を称賛しつつ、二度とこの手は通用しなさそうな予感に内心頭を抱えた。

 多分、いや、確実にスバル兄さんにはネーミングセンスがない。

 なぜか脳内のスバル兄さんが白猫面をつけながら『当たり前体操〜』していた。

 

「…………」

 

 楽園がオレとサスケを指していると分かってしまうのもなんとなく嫌だ。この様子ではサスケは気づいていないだろう。

 

 里抜けしてから、今日まで。スバル兄さんの正体が()()白猫面の少年だと知ってから見て見ぬ振りしてきたが……やはり、()()が本来のスバル兄さんなのだろうか?

 ……やめておこう。今のオレには荷が重すぎる。

 

 

「――――強くなったな、サスケ」

 

 思わず呟いた言葉。サスケがピクリと反応し、信じられないといった様子でオレを見上げる。

 

 あの夜。全てに絶望し、自分が唯一残される弟にしてやれることはこれしかないと思っていた。

 

 

 ――――憎め! オレを憎んで、復讐心を糧に生き続けろ。……生きてくれ。誰を傷つけたっていい。裏切ったっていい。ただ、お前が生きていてくれるならば。

 

 

 だが今のサスケはどうだ?

 

 手を取り合い共に困難に立ち向かえるナルト(とも)がいる。かつての三代目のように成長を見守り導いてくれるカカシさん(せんせい)がいる。

 

 過去として、オレやサスケの心を支え続けるスバル兄さん(かぞく)がいる。

 

 

 嫌というほど理解した。

 

 サスケがナルトを手にかけることはない。オレへの復讐のために、万華鏡写輪眼を開眼するために、親友(とも)を殺せない。

 

 ――あの子はもう、自分の足で立って歩いていけるんだな

 

 どうやらスバル兄さんが正しかったみたいだ。

 

 サスケは心身共に強くなった。……オレにできることは、もうほとんどないのかもしれない。

 

「鬼鮫……今日のところは退くぞ」

「私の方はようやく調子が戻ってきたところだったのですがね」

「正面からアレを相手にするつもりか?」

「それはどういう……」

 

 近づいてくる強烈なオーラに気づいた鬼鮫が鮫肌に手をかける。

 

「女に幻術をかけるなんざ、男の風上にもおけん奴らだのォ……」

「伝説の三忍ですか。なるほど確かにこれは我々の分が悪いようだ」

 

 気を失った女性を壁に寄り掛からせ、その人はこちらを睨みつける。特徴的な白髪がゆらりと揺れた。

 

 伝説の三忍、自来也。能力の相性的にもオレと鬼鮫二人がかりでも敵うかどうかといったところ。彼の口寄せ術も非常に厄介だ。

 

「尻尾巻いて逃げようとしていたところ悪いが、お前らはすでにワシの腹の中」

「……なに?」

 

 ズズズズ……と足が床に吸い込まれる感覚がした。これは不味い。

 

「鬼鮫!」

 

 それだけで察した鬼鮫が、走り出したオレの後を追う。

 

「まさか、天照(アマテラス)を使うおつもりですか? 反動を忘れたわけではないでしょう」

「ここで蛙の餌になるよりはマシだ」

 

 閉じていた右眼から生温かい液体が頬を伝っていく。

 

 辺りは一気に黒い炎に包まれ、強靭な蛙の内臓を焼き切った。

 

 安堵したのも束の間、ゴボッと口から吐き出したのは……血の塊。

 

「だから言ったでしょう。はたけカカシ達と交戦した身体で天照は負担が大きいと」

 

 隣を走る鬼鮫がため息混じりに言う。

 

「お体に触りますよ」

「……なんだと?」

 

 よろめいたオレの身体を、鬼鮫が有無を言わさず抱き上げ、そのまま走り続ける。

 

「…………」

「…………」

 

 暫くして、鬼鮫がぽつりと呟いた。

 

「……自分でしておいてなんですが、これはナシ寄りのナシですね」

「奇遇だな。オレもそう思っていたところだ」

 




・楽園追放
スバルのオリジナル体術の一つで、一般的な護身術の最後に一矢報いるシリーズ。
両手を地面につき、勢いよく振り上げた両足で一直線に相手の股間を蹴り潰す。主に弟に群がる変態撃退用。
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