じんせいみてい!   作:湯切

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第四十八話 面影

 毎日身につけている暗部の忍装束を脱ぎ、表の任務では不要な忍具を一つ残らず取り外していく。歯の裏側に隠し持っている解毒剤などはそのままだ。

 鏡の前で口を開き、全て揃っているか確認する。

 ここまでしなくても良かったか? 表の任務が久しぶりすぎて塩梅が分からない。

 

「……面がないと落ち着かないな」

 

 最後に“モズ”のお面を畳んだ忍装束の上に置いた。一時的とはいえ、このお面を外すことになるなんて。

 

 最低限の荷物だけ持って自室を出ると、部下を引き連れた白猫面を被った青年を見かけた。彼は目ざとくこちらの気配に気づき、振り返って立ち止まる。

 

『モズ隊長』

「今はただの“スイ”だ。……班員は全員揃ったか?」

『はい。今から木ノ葉を出ようかと』

「……そうか」

 

 あっさり答えが返ってきて拍子抜けする。

 白猫面の少年――クロは、部下たちに先に行くよう指示を出し、この場にはオレと彼だけが残った。

 

『影分身はここに置いていきます。ダンゾウ様の許可は得ていますので』

「すでに聞いている」

『…………』

 

 クロが僅かに俯いた。小さなため息をこぼす。

 

『いつも、なんでも知ってますよね。知らないことの方が少ないんじゃないですか』

「は……まさか。オレにも読めないことはたくさんある」

 

 お前の突拍子もない思考回路とか。そこまでは口にせず、肩をすくめるだけに留めておいた。

 クロが影分身を木ノ葉に置いておきたい理由は聞くまでもないけれど。

 ダンゾウ様には『木ノ葉に何かあった時にすぐ戻ってこられるように』『影分身が消えたら報告も兼ねてこちらから新しい影分身を送り直す』と伝えたことも。

 

『へえ……。ああ、そういえば気になってたことがあるんですよ』

「……なんだ?」

 

 ここでやっと、うちはサスケのことを聞くのか。やっぱりこいつの考えは読めないなと思っていたら、さらに予想を超えてきた。

 

『今の隊長の名前がスイってことは、色葉スイってことですよね。いろはスイ……いろはすい……なんか聞き覚えありません?』

「…………」

『昨日から妙に気になっちゃって』

「……もういい」

 

 頭痛がしてきた。

 

 しっしっと犬猫を追い払う仕草をする。

 

「さっさと行け。部下が待ちくたびれてるぞ」

『大丈夫ですよ。俺の部下はちゃんと“待て”ができるので』

「……お前ができないのに?」

 

 今思えばクロとこういう会話をするのは随分と久しぶりだった。まだ本調子ではないようだが……少しは良くなったんだろう。

 

「気をつけて行ってこいよ」

 

 クロはこれから長期任務に出る。分母すら分からない大蛇丸のアジトを潰すために。ダンゾウ様の方から呼び戻すことがなければ、少なくとも数年間は木ノ葉に戻ってこられないはずだ。

 

『…………』

 

 こちらに背を向けようとしていたクロの動きが止まる。

 

『……聞きたかったことがもう一つだけありました』

 

 纏う雰囲気ががらりと変わった。

 

()()()は、俺が怖くないんですか』

「怖い……? お前のことが?」

 

 こいつはまた何を言い出すんだ。

 そのままの意味で受け取るなら“NO”だ。そんな単純な話ではないだろう。

 

 クロは考え込む俺を見て毒気(かどうかは分からない)を抜かれたようだった。目をぱちくりさせている。

 

『……素でやってる?』

 

 だから何の話だよ。

 

『あーいや、何でもないです。もう行きますね』

「まてまてまて。おかしいだろ」

『影分身のこと、よろしくお願いします』

 

 肩を掴んだ手はあっさり引き剥がされ、クロは部下たちと合流して本当に屋敷を出て行ってしまった。

 この場に残されたのは、中途半端に手を伸ばした状態で固まっているオレ。

 

「…………は?」

 

 アイツ……言葉を交わすだけで相手の体力を奪う天才すぎるだろ。

 前から思っていたが、あの見た目でバカみたいに力強いのなんなんだ。

 

 

 

 カサッと紙を捲る音がする。文字の羅列を追いかける時の目つきは、うんざりするくらいクロにそっくりだった。

 

「色葉スイだ。はたけカカシが復帰するまでの短い間だが、君たちの担当上忍を任されている」

「……カカシの代わりがこんなに早く来るとは思わなかった」

「カカシ先生は大丈夫なんですか?」

 

 木ノ葉の第二演習場。俺の目の前には、警戒心丸出しなうちはサスケと、不安げな春野サクラが立っている。

 

「命に別状はないと聞いている。それで、今日の任務は――」

「まっ、待ってください! 顔を合わせたばかりなのに、もう任務だなんて」

「……これ以上何かすることがあるか?」

 

 はたけカカシの代わりに来たことと、名前も教えた。木ノ葉上層部のお墨付きである証明として任命書も見せている。二人に関するデータはすべて頭に入っているし、わざわざ聞く必要もない。

 うちはサスケに関しては、生まれた時から監視対象だったから尚更だ。

 

「オレとサクラはアンタの名前しか知らない。お互いの能力や戦闘スタイルを把握していた方が連携がスムーズにいく」

「そう! サスケ君の言う通り! とりあえずここに座ってください」

「おい、何を……」

 

 サクラに強引に腕を掴まれ、その場に座らされる。二人はオレの向かいに座った。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 どういう状況。

 

「任務っていっても、初日だし簡単なものですよね? 急ぎじゃないなら、まずはお互いのことを知る時間を……」

「まずは所属からだ」

「や……やぁだ、サスケくんったら! それじゃ面接みたいじゃない!」

「…………」

 

 ダラダラと冷や汗を流しているサクラに、相変わらずギラついた目でオレを見ているサスケ。

 やっと状況が読めてきた。

 

「はぁ……いいだろう。すでに知っているようだからな。オレは暗部の人間だ」

「……やっぱり」

「誰から聞いた?」

 

 続けて口を開こうとしたサクラが躊躇うようにサスケを見る。

 

「誰だろうと関係ない。カカシのように元でもない現役の暗部が、なぜこのタイミングでオレたちの担当上忍に選ばれる」

「オレを推薦したのは相談役の二人だ。大蛇丸やうちはイタチ……ここまで言えば理由は察せるだろう」

「…………」

「大きな事件が立て続けに起きて、木ノ葉はどこも人手が足りていない。火影の席すら空席のままだ。オレ以外の暗部も表の任務に駆り出されている」

 

 色葉スイの名は以前にも表の任務で使ったことがある上、オレが暗部所属だということもそれなりに知られている。今も昔も、この里の情報管理は杜撰だ。

 オレは素の顔に特徴がありすぎて名前を変えても意味がないってのもあるが……。

 

「もういいだろ。任務内容について話をしよう」

「いや、もう一つ聞きたいことがある」

「……なんだ?」

「暗部は暗部でも――“根”の人間か?」

「…………」

「なに? サスケ君、根って……」

 

 うちはイタチはともかく、うちはサスケは根の存在すら知らないはずだ。クロが火影直属の暗部に異動になる前にどこかに所属していたことくらいか? それ以上はクロ本人ですら呪印の影響で伝えることは出来ない。

 

「両親の遺品整理をしている時に、契約書を見つけた」

「……ああ」

 

 根の構成員の大半が赤子のうちにどこかから攫ってきたか、大戦などで両親を亡くして行く当てのない子どもたちだ。

 うちはスバルに関しては、きちんと両親や本人の理解を得てから根に所属することになった、非常に珍しいケースである。

 当時まだ彼が幼かったのもあって、親からの同意を得るためにどうしても契約を紙で済ませる必要があった。

 ……普通、そういった書類は遺品整理くらいで出てくるものじゃないんだがな。

 うちはフガクもああ見えて脇が甘いのか、それとも、いずれ明るみに出ることを望んでわざとそうしたのか。

 

「根はスバル兄さんが所属していた暗部だ」

「カカシ先生と同じってこと?」

「オレがまだ幼かった頃、兄さんはあるところから異動になって火影直属の暗部になったと聞いている。カカシは後者だ」

「それって……」

 

 さっきからオレを見たりサスケを見たりで忙しなかったサクラが、ぐりんっと身体ごとこちらを向く。その目は思わず後退りしてしまうくらいに爛々と輝いていた。

 

「カカシ先生も知らない、サスケ君のお兄さんの話が聞けちゃうってことぉ!?」

「…………」

「…………」

 

 会ったこともない男の話に、どうしてそんなに興味津々なんだよ。

 

 

 

 今日の任務は、顔合わせ初日ということもあって比較的簡単なものだった。

 

「店番なんて初めてかも」

 

 カウンターに寄りかかりながら、サクラがため息混じりに言う。

 

 少し前まで下忍の任務といえば猫探しだとか草むしりだとか、里内で完結する身内からの依頼ばかり。

 大蛇丸による木ノ葉崩しや先日のうちはイタチの件で人手が足りない為、今では下忍を含む班でもBランクが割り当てられることがある。それを考えれば、この任務は随分と良心的だろう。

 

「これまではどんな任務を?」

「うーん。新聞の配達とか庭の手入れとか……」

 

 低ランク任務とはいえ、忍に依頼するなら中身は肉体労働が多い。こうやって店内でぼんやり客待ちをすることは稀らしい。

 

「あっ、いらっしゃいませ!」

 

 店に入ってきた客にサクラが満面の笑みで対応している。

 ……彼女がいてくれて本当に良かった。サスケは終始無愛想だし、オレも笑顔での接客は得意じゃない。オレとサスケの二人だけで店に立たされていたらと思うとゾッとする。

 

 サクラが客と話している間に、会話の流れで必要になりそうな忍具を棚から出して並べておく。

 ここは古くからある忍道具専門店で、店主はぎっくり腰で入院中らしい。里がこういう状態だからこそ店を閉めるわけにはいかないと依頼を出したそうだ。

 

「なあ、店主のじいちゃんは元気か? 入院したって聞いたんだけど」

「私は依頼を受けただけなので詳しくは……」

「ふーん。その歳でもう忍として働いてるなんて偉いじゃん」

 

 客である青年がカラッと笑う。青年はサクラからオレに視線を移して口を開いた。

 

「あと、ホルスターもつけてくれる? もうボロボロになっちゃって」

「はい」

 

 ホルスターが入っている引き出しは、隣で忍具の手入れをしていたサスケのそばにあったので、無言で手のひらを差し出す。サスケは渋々ながら引き出しを開いた。

 

「でさ、今日の任務ってこれだけ?」

「……そうですね」

 

 サクラの眉がぴくりと動いた。

 オレにホルスターを手渡そうとしていたサスケの動きも止まる。

 

「良かったら一緒に病院にお見舞い行こうよ」

「だから、このお店のおじいさんとは会ったこともなくて、お見舞いに行くような間柄じゃ……」

「いいじゃんいいじゃん。あのじいさん若い女の子大好きだからきっと喜ぶよ!」

 

 この流れは不味い。オレが間に入る前に、サスケがホルスターを手に持ったまま男の元へ向かおうとする。

 しかし、誰よりも早く動いたのはサクラだった。

 

「勝手にレディーの肩に腕を回すなんて……ふざけてんじゃないわよ!! この変態!!」

「へ、変態ってそんなぶぼぁっ!?」

「…………」

「…………」

 

 鳩尾に重いのを一発。

 男は口から泡を吐いて床に伸びていた。 

 

 息を荒くしたサクラは、すぐ我に返って「……きゃっ! サスケくぅん、怖かったぁ」とサスケに抱きつく。サスケの頬は僅かに赤かった。

 

 …………女って、いや、こいつらが怖い。

 

 

 

 例の男はサスケによって店の前に晒し刑となり、当然のことながらその後店に客が来ることはなかった。

 店主に営業妨害で訴えられるんじゃないだろうか。オレたちが。

 

「報告書は……よし。これまでは誰が提出していた?」

「基本は自分たちでやっていました」

「なら、任せよう。明日も同じ時間にあの演習場で待機しているように」

「あの……最後に一ついいですか?」

「…………なんだ?」

 

 今日はやけにその言葉を耳にする。しかも、今のところ二連続で聞いたことを後悔してる。

 

 サクラは顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 

「サスケ君のお兄さんの話がまだですっ!!」

「アイツの話なんてこの世の何よりもどうでもいいだろ!」

 




い・ろ・◯・す
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