じんせいみてい!   作:湯切

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第五話 前途多難な一日目

 幸せはいつだって儚いものだ。

 

 ほんの数時間まではイタチと同じ布団でぬくぬくと過ごしていたっていうのに、今では仏頂面の上司と二人きりでかくれんぼ中である。

 コロシテ……コロシテ……俺の命はこれ以上輝けない。

 

「奈良シカク達が岩隠れとの国境に辿り着く前に、オレ達で先回りする。岩の連中が怪しい動きをしていないか注視しておけ」

『はい』

「オレがお前に求めることはただ一つ。任務に無関係な行動と発言をしないことだ」

 

 ここに来るまで耳にタコができるくらい聞かされたモズの言葉に神妙な顔をして頷く。お面のせいで表情見えないだろうけど。

 考えるんじゃない……感じろ!

 

 俺の記念すべき根での初任務は、平和条約締結について記された巻物を岩隠れの忍に受け渡すスリーマンセルをこっそりとストーキングすることだった。

 しかもこれ、上忍三人の護衛が目的らしい。これさあ、どう考えても俺が護衛される側だと思うわけよ。その辺りのことをモズに伝えると「ふざけるなよお前」って言われた。辛辣すぎる。

 

「彼らも暗部が護衛についていることは知らされているが、存在を気取られないように気をつけてくれ」

 

 モズ曰く、味方に悟られるような甘い気配の消し方じゃ敵にもバレてると思えってことらしい。なるほどね。さらっと無理難題を押し付けてくるじゃん。

 

『俺って存在感の塊なんで、気配消すの苦手なんですよね』

「お前のその無駄な自己肯定感はどこで身につけてきたんだよ」

 

 強いて言うなら母さんのお腹の中でかな。つまり心当たりがない。これ以上会話を続けるとモズの血管がプチッといきそうだったので、賢明な俺は黙ることにした。

 

 俺とモズは順調に岩との合流地点を目指して進んでいる木ノ葉の上忍達と一定の距離を保ちながら、あえて正規ルートを外れて遠回りしながら走り続けた。

 

 お分かりいただけただろうか。

 

 下忍人生一日目な俺が、上忍三人に存在がバレないように神経をすり減らしつつ、体力オバケな彼らに置いていかれないどころか最後は先回りしなくてはいけないという無理ゲー感。

 こんなの普通のうちは一族なら己の無力さを嘆いて写輪眼開眼してる。俺でなきゃ闇堕ち案件。

 

 まあ俺が闇堕ちするとしたら、イタチかこれから生まれてくる弟か妹に何かあった時くらいだから大丈夫だろう。俺は弟と妹の為なら躊躇なく命を捨てられるっていう確信がある。よって彼らが死ぬ時は、俺も死んでる。つまり闇堕ちはしてない。ヨシ!

 

「右足着地点、やや左下」

 

 走りながら顔だけでこちらを振り向いたモズが早口で言う。頭で意味を理解するより咄嗟に身体が動いた。ロープ付きの手裏剣を頭上の木の枝めがけて投げる。たった今地面に右足をつけるところだった俺の身体はぐんっと上に引っ張られて、枝の軋む音が耳元で聞こえた。

 

「よく反応したな」

 

 引き返してきたモズが感心したような顔をして、木の枝にぶら下がっている俺を見上げる。素直に褒められると嬉しい。

 

「ブービートラップだ」

 

 俺が踏みそうになった場所に顔を近づけたモズが淡々と口にする。俺は掴んでいたロープから手を離して、モズの隣に着地した。

 

『……地雷』

「だろうな。不自然に土が盛り上がってる」

 

 走るのに夢中でまったく気づかなかった。よく見れば土の色が一部分だけ不自然に変わっている。ふう、と隣から重いため息が聞こえてきた。

 

「これが岩隠れの忍のものだとしたら……マズイな。あいつら、木ノ葉(うち)とやり合うつもりかもしれない」

『それなら、上忍達が通る正規ルートに仕掛けるのでは?』

 

 ちょっと呆れたような顔をされ、ぱちりと目を瞬かせる。え? 俺なんか変なこと言った?

 

「彼らの足止めをしても岩の連中にメリットはないだろ。目的は巻物なんだから」

『……ああ』

 

 なるほど、確かにそうだ。せっかく向こうから巻物を持ってきてくれてるのに、国境に着く前に妨害するはずがないか。

 だとしたらなんでこんな場所に罠を仕掛けたんだ? 木ノ葉と岩に平和条約を結ばれると都合が悪い他国の陰謀とか?

 

「こういった場合に暗部が護衛に着くのはどの国でもよくあることだ。暗部が通るであろう非正規ルートに罠を仕掛けて本隊と分断し、本隊だけが国境に到着したところを叩いた方が効率がいい」

 

 まるで空には雲が流れているのよ、くらいの常識だとでもいうように語るモズ。やめてそういうの。モズ国では常識かもしれないけどスバル国では違うのよ。みんなちがって、みんないい。

 

「急ぐぞ」

『はい』

 

 木ノ葉でも有名な上忍たちのことだから心配いらないと思うけどなあ。だって、あの伝説のフォーメーション猪鹿蝶を持つ三人だぞ?

 

 

 

 モズの言葉通り、俺たちはこれまでの何倍のスピードでもって先回りを達成し、今は誰もいない国境付近に身を隠している。

 

 マジで死ぬかと思ったね。走ったまま死ぬってこういうことなんだなって。常にトラップの警戒までしてたから脳まで破裂しそうだったし。

 草むらの影に身を潜めているモズに、手頃な木に登って高い位置から周辺の様子を探る俺。完璧なコンビネーションだ。

 

 どれくらいそうしていただろうか。猪鹿蝶の三人が着くにはまだ少し早い時間なのは間違いない。俺のいる木の真下で、複数人の気配が揺らいでいた。

 

「木ノ葉の暗部は無事に足止めできたようだな」

 

 そのうちの一人が声を潜めながら、残りの二人の顔を見比べている。……これ、どっからどう見ても岩隠れの暗部じゃないですか?

 

 サッとモズのいるはずの草むらに目を向けると、そこには誰の姿も見当たらなかった。仕事が早い。あの位置だとすぐに見つかっちゃうもんな。

 

「B地点で木ノ葉の忍を確認したと連絡が入ってる。奈良シカクと山中いのいち、秋道チョウザのスリーマンセルだ」

「なかなかの手練れだぞ。やはり暗部と引き離しておいたのは正解だったな」

「だがこちらの本隊は中忍ばかりの急拵えチームだ。我らの介入のタイミングも重要になってくる。木ノ葉の暗部がいないとはいえ、油断はするな」

 

 木ノ葉の暗部の一人、君たちの真上にいるよ! 気づいて! 前提から間違ってるよ!

 

「条約なんて結ぶはずがないのに、火影ってのはどこまでも平和ボケしてるぜ」

「ハハッ、違いない」

 

 俺の真下に、周りに敵などいないと平和ボケしている岩隠れの暗部が三人。

 どうしよう。隊長であるモズの指示待ちをしたいところだが、彼が今どこにいるのか分からない。かといって、このまま岩の暗部を野放しにしておくのも非常によろしくない。

 なんて悶々と考えていたら、陽気に笑っていた三人のうちの一人が唐突に顔を上げた。えっ?

 

「そこにいるのは誰だ!?」

『…………』

 

 なんて最悪なタイミングで空を見上げちゃうんだ君は。ばっちり目が合ってしまった俺たちは恋に落ち……なかったけど、火花は散った。

 

「そのお面は木ノ葉の暗部!?」

「気をつけろ、上にいるぞ!」

 

 残念、もうそこにはいません。俺は音もなく木から降りて、素早く最初に目が合った男の背後に回り込んだ。

 

『おれ、メリーくん! 今ね…………』

「はっ!?」

『おまえの後ろにいるの!』

 

 ゴスッ! そこそこやばそうな音が出た。『後ろにいるの!』に合わせて目の前の男を蹴り飛ばしたおかげで視界がクリアになる。

 こちらをぽかんと見つめている岩の暗部二人とも目が合った。わあ、怖い顔。

 

『木ノ葉の暗部メリーくんです。対戦よろしくお願いします』

 

 なんとしてもシカクさん達が来るまでに片付けなきゃいけない。部下が死にかけてるってのに、モズの野郎はどこに消えたんだ。後で文句言われても聞かないからな!

 

「クソ!! 二人がかりで止めるぞ、絶対に逃すなっ!」

 

 にゅっとこちらに伸びてきた腕を体を逸らして避ける。続けざまにもう一人の足払いが飛んできて、内心泣きそうになりながら飛び上がる。

 防に全振りしたような攻防をひたすら繰り返し、ついにこちらの息が上がってきた。こっちはずっと一人なのにずるい。蹴り飛ばした一人目も脇腹を押さえながら参戦してくるし。

 

 なんとか三人からある程度の距離を取ったところで、両手で印を結ぶ。全身に覆ったチャクラが不安定になり、ぶるりと身体が震えた。やっぱりこれ、チャクラ消費量えぐいな。

 

 俺は高らかに叫んだ。

 

『秘技・底なし沼の術!』

 

 

 

 ***

 

 

 

 物心ついた頃には、すでにダンゾウ様の元で平坦とは無縁の日々を送っていた。

 それ以前の記憶はない。過去は捨てるようにと言われたから、誰にも見えない心の奥底に落とし込んで、ついには大人になってからも拾い上げるようなことはしなかった。

 

 オレはずっと“完璧”に憧れていた。オレの世界にたった一人存在している、ダンゾウ様が口にする完璧な人間というものに執着し、常にそうあろうと心に決めた。それは今でも変わっていない。

 

 己の中にある理想から一ミリのズレも生じさせず、あらゆる物事を運んでいきたい。共に戦う仲間達には時には煙たがられることもあったが、そんなことはどうでも良かった。

 

 いつの日か、オレはダンゾウ様のために命を散らすだろう。この完璧な忠誠心と共に。そんな自分が誇らしくもあった。

 

「…………」

 

 ――以上がほんの数日前の正確な心情だった。人間というものは一時の感情だけでなく信念すらも更新される生き物だとは知らなかった。

 

 一応念を押しておくが、オレの世界はダンゾウ様を中心に広がっていてとてつもなく狭かった。井の中の蛙とはまさにこのことだろう。オレは無知だった。

 

 まさか、たった一人の子どもに全てを無茶苦茶にされるとは。

 

 

 

『実力を考えたら、むしろ俺が彼らに護衛されるべきですよね?』

 

 お面のせいで表情は見えないものの、いつもと変わらない無表情でこのセリフを吐いてるんだと思うと頭痛は酷くなるばかりだ。

 オレは自分を計画的で慎重な男だと思っていたが、どうやら違ったらしい。少なくともオレの完璧な人生プランにクソガキのお守りは入っていなかった。

 

 こうも絶妙にこちらの神経を逆撫でされると、実はお面のせいではなく全部こいつの意思によるものなんじゃないかと思えてくる。むしろ七割くらいはそう思ってる。……しかし、あの温度を感じられない氷のような顔を思い出すたびに、流石にそれはないだろうと脳内の自分に一蹴されてしまうのだ。

 

 うちはスバルは確かに天才だった。こちらの思考を混濁させることに関しては他の追随を許さない。

 おかげでオレは連日寝不足だ。なんて悪夢のような男なんだろう。たとえこれがお面の初期不良による一時的な化学反応だったとしてもだ。

 

 自分がお面から発した言葉を自身も聞いているはずなのに、どうしてこうも冷静でいられる? こいつの不動の精神力は一体何なんだ?

 

 もしもオレがお面のせいであのような発言しかできなくなった暁には自害してる。この世に愚かな自分の痕跡など残していたくない。

 

 ……ダメだ。目の前の任務に集中しなくては。こんなに感情が乱れたのは初めてだ。

 

 しつこく付き纏ってくる無駄な思考から逃れるように走り続ける。大人しくついてきている部下の気配を感じながら、本日何度目か分からないため息を吐いた。

 

 

 道中で敵の小細工に足を取られたものの、予定から数分程度の遅れで目的地に到着した。

 

 隣で涼しげな顔をして立っているスバルを恨めしげに見つめる。汗をかいたせいか一時的にお面を外していた彼はすぐに付け直して『疲れましたね〜』と白々しく言った。

 しれっと嘘をつくな。下忍になったばかりの人間があのスピードについてこれただけでも異常だってのに。

 

 各々の配置について国境周辺を隈無く見渡す。オレは草むらに紛れ、スバルは木に登って高い位置から、いつこの状況が動くか警戒を続けた。

 

 事が起きたのは想定よりも早かった。複数人の気配が近づいてきている。それに気づいたのはオレだけじゃなかったようで、スバルも気配を感じる方角へと顔を向けた。

 

 スリーマンセルだ。その姿と発言からして十中八九岩隠れの暗部だと思われる。すでに草むらから少し離れた大きな岩陰に移動していたオレは、ホルスターから起爆札付きのクナイを取り出した。

 

 幸い、こちらの存在にはまったく気づかれていない。まずはこの起爆札で相手の注意を逸らしつつ、上手いこと彼らの真上にいるスバルと連携すれば…………はぁ?

 

「そこにいるのは誰だ!?」

 

 呆気なく敵に見つかったスバルに開いた口が塞がらない。おい、アイツ今わざと気配を外に漏らさなかったか?

 

 待ってましたと言わんばかりに、声を上げた男の背後に回り込んだスバル。彼の蹴りを受けた男が、オレが身を隠している岩に激突してよろめいている。

 

 ちょっと待て。まさかアイツ、オレがここにいることを分かった上でやってるんじゃ……。

 その場に残った岩の忍二人と対峙するスバルは、どことなく楽しそうだった。ふざけやがって。

 

『木ノ葉の暗部メリーくんです。対戦よろしくお願いします!』

 

 スバルの軽快な声と動きに岩の忍たちが翻弄されている。岩の忍側の攻撃は全て当たる寸前に躱され、彼らの表情に焦りが見えだした。焦り半分、苛立ち半分と言うべきか。

 誰だって碌な反撃もされずにひたすら攻撃を回避され続けたら冷静でいられなくなるだろう。

 

 っていうか、堂々と木ノ葉の暗部ってバラすのやめろよ! 向こうも分かってるとは思うが自分の所属を大っぴらにするんじゃない!

 

「土遁・土流壁!」

 

 最初に蹴り飛ばされた岩の忍がスバル達の間に割って入り、彼らを分断するように障壁を作り上げる。体勢を立て直すつもりのようだ。しかし、その目論見はあっという間に崩される。

 

『木ノ葉・君の心にダイレクトアタック!』

 

 右の拳にチャクラを集中させたスバルが、力一杯障壁を殴りつけた。そう、ただのパンチだ。

 

 …………今のは技名、なのか? どうか聞き間違いであってくれ。

 

 ただのパンチによって一瞬で崩れ去った壁に、岩の忍だけでなくオレもあんぐりと開いた口が塞がらなかった。そんなのアリかよ。おかしいだろ。チャクラを帯びた強固な岩の壁だぞ。

 

「ええ…………」

 

 あまりにも理不尽な状況に言語能力を喪失する岩の忍たち。飛び散った瓦礫に紛れてスバルが投げた手裏剣が飛んでいく。すぐに正気に戻った岩の連中は、避けたり弾いたりして防いでいた。

 

 そこからはまた、スバル側の防戦が始まる。三対一という不利な状況に置かれているとはいえ、奇妙なくらい反撃の手数が少ない。

 

 やっぱりこいつ、遊んでやがる。

 

 忍界大戦で彼が父親であるうちはフガクにも指摘されていたことを思い出す。とことん趣味が悪いヤツだ。暗部どころか忍にすら向いてない。

 ダンゾウ様はどうしてこんな問題児を根に……。

 敬愛する上司への不信感が膨らんだところで、戦いの流れが変わった。

 

 ここにきて初めてスバルが岩の忍たちから大幅に距離をとる。素早く結ばれた印は見覚えのあるものだった。しかし、実際に使っている人間はほとんど見たことはない。ごくりと唾を飲む。確かあれは禁術の、

 

『秘技・底なし沼の術!』

 

 そう、影分身の……え?

 

「うわああああ!? な、なんだこれはっ!」

「そ、底なし!?」

 

 突如として岩の忍たちの足元に出現したのは底なし沼……とは到底言えないものだった。

 なんだアレ。粘着質な何かが彼らの足を絡め取っていることは分かるが、土遁系統の技でもないし、勿論地面と干渉しているわけでもない。ただひたすらに、ネバネバとした何かがうようよと蠢いているだけだった。……本当に、何なんだアレは。

 

「くっ……! 動けねぇ! これは木ノ葉の伝説の三忍の一人が扱えたという土遁の高等忍術!? お前は……何者だ!?」

『……ナニソレ。あー、伝説の三忍って、美女とカエル顔とヘビ顔のやつだっけ?』

「自国の有名人をなんで知らないんだ!?」

『ごめんね、流行りに疎くて』

 

 油断させておいて、いや、油断した方が悪いのだが。岩の忍たちが謎の物体とスバルの発言に気を取られている間に、スバルはサクッと彼らの首を取った。なんの躊躇いもなく。

 

 その鮮やかな手つきに普段なら感心していただろう。しかしそんな気はまったく起きない。

 ゴトリと地面に転がった三つの首には一切目を向けず、スバルはゆっくりと顔を上げる。すでにオレは岩陰から顔を出していた。

 

 真っ直ぐこちらを射るように見つめてくる瞳は、赤に染まっていた。しっかり幻術にもかけていたとは抜かりがない。

 

『……ああ、そんなところにいたんスね、隊長』

 

 お面の内側でスバルの目が驚いたように瞬いた気がした。いつまでこんな茶番をするつもりなのか。初めから知ってたくせに。

 

 オレは握ったままだったクナイをホルスターに仕舞った。言及したいことは山ほどある。だが、今じゃない。

 

『殺しちゃったけど、良かったですよね?』

「問題ない。お前の判断は正しい」

 

 殺したことに関しては、だが。僅かに目の前の少年の気配が和らいだ気がした。間違いなく気のせいだろう。

 こいつがそんな可愛げのある人物だったら、オレの胃がこんなに痛くなってるはずがない。

 

 やはりダンゾウ様は間違っている。完璧なんてものはない。オレが全てを正す必要があるようだ。

 

「…………もうじき岩隠れの本隊も到着する。さっさと死体を片付けるぞ」

『はーい! 応援頑張りますね!』

「お前がやるんだよ!!」

 

 この任務、前途多難すぎる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 木ノ葉隠れと岩隠れの国境では、ただならぬ緊張感が漂っていた。ついに両国の使者が出揃ったのである。

 

「これが火影様からの書状だ」

 

 頬と額に特徴的な傷のある男、奈良シカクが懐から取り出した巻物を対峙する岩隠れの忍に放り投げた。巻物を受け取った岩の忍が意味深に笑う。

 

 彼らから十分距離を取った場所に身を潜めていた俺やモズにも、そのニヤついた顔ははっきりと見えた。というか元の人相が悪すぎてニヤつき顔までの変化があまり分からなかったというか……。

 

 小声でモズに伝えると、彼は僅かに肩を震わせながら「ブフッ……任務に関係ないことを……言うな!」と苦しげな顔で怒った。ごめんて。

 

「土影様に届けるまでもない。ここで返答してやる!」

 

 岩の忍がフンッと鼻を鳴らして右手を上げる。後ろに控えていた者たちが一斉にクナイを構えて臨戦態勢に入った。

 岩の暗部とすでに衝突済みの俺たちはともかく、木ノ葉側の三人にも動揺は見られない。どう見ても「まあ、岩の奴らってそうだよね」と言わんばかりだ。

 

 ほら、やっぱり。あの顔つきじゃどう考えても悪巧みしてるのバレバレだって。生まれた時からの確定演出だよ!

 

 よし、ここで俺たちも参戦するんだよな?

 

 仲良く同じ草むらに隠れていたモズとアイコンタクトを取ろうとしたが無視された。悲しい。

 

 渋々一人で立ち上がろうとすると、上から思いきり頭を押さえつけられた。ぐえっ。

 

「動くな。……砂の忍が出てきた」

『砂?』

 

 変な方向に捻られた首をさする。寝違えた時みたいに痛い。

 

『あれって、砂の忍どころか風影じゃないですか?』

「……そうみたいだな」

 

 同盟国である砂隠れが助っ人で来てくれたらしい。しかも風影自ら御出陣とは彼らの誠意がすごい。

 ねえねえ、闇討ちしようとしてた岩さん見てる〜? 今どんな気持ちぃ〜?

 

 木ノ葉と砂の仲良しビームを食らった岩が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。とても清々しい気持ちだ。俺、何もしてないけど。

 

『これで任務完了ですね。現地解散でいいと思います』

「いいわけないだろ。彼らが無事に木ノ葉に帰還するまでが任務だ」

 

 家に着くまでが遠足みたいな? だからなんだっていうんですか!

 

 

 

 奈良シカク達が木ノ葉の正門をくぐったところで俺たちの遠足は終了した。ここに来るまで長かったよ。子どもたちを引率する先生達の苦労が分かった気がする。

 

「初任務ご苦労だった。今回はオレがダンゾウ様に報告するから、もう帰っていいぞ」

『お疲れ様でしたー! またよろしくお願いします!』

「このクソお面も修理行きだから」

 

 サッと付けていたお面を奪われる。ああっ、俺のアイデンティティーが!

 

 直に目が合ったモズがこちらをまじまじと凝視してくる。

 

「……そうだよな、やっぱり不具合だよな」

「…………」

 

 人の顔見て不具合呼ばわりってどういうことなの?

 

「次の任務は追って知らせる。今日は寮に帰って身体を休めておけよ」

 

 俺がこくりと頷いたのを確認したモズの姿があっという間に消える。本当に仕事が早い。

 

 そうそう、今日から一人暮らし用のアパートもとい寮で暮らさなきゃいけないんだっけ……。

 二人部屋とは知らされてるけど、どんな人だろうな。俺の同居人ってやつは。

 

 荷物はすでに寮に運び込まれているはずだ。まずは自分の部屋の状態を確認して、それから買い物にでも行こう。服も着替えたいし。

 

 

 今日から俺が住むことになっているアパートはダンゾウの屋敷近辺にあった。つまりは裏門の近くでもある。里外での任務にも行きやすいとはいえ、立地は最悪である。

 

 常にダンゾウの気配を感じながら生きていかなきゃいけないなんて拷問かな?

 

 弐百弐号室と書かれた札が立てかけられている扉の前に立つ。ここだ。解錠してドアノブを握る。ガチャッという音と共に部屋に足を踏み入れた。

 

「……うちは、スバル?」

 

 部屋の中には先客がいた。そこには、俺と同じくらいの歳だと思われる少年が警戒心を宿した瞳でこちらを見つめている。

 俺の名前を知っているということは、彼が同室のなんとか君だろうか。

 

「…………」

「…………」

 

 無言空間が気まずい。ああ、お面はモズが持っていったから意思疎通手段が首の縦振りと横振りしかないんだった。

 今の俺の会話レベルはゼロである。むしろマイナス。慌てて首を縦に振ると、名も知らぬ少年の顔が緩んだ。

 

「ボクはキノエ。話せないことと、お面のことはモズさんから聞いてる。これからよろしく」

 

 差し出された手のひらを握り返す。お互いに、手裏剣やクナイの握りすぎで硬い手のひらだった。

 

「キミの荷物はもう届いてるよ」

 

 キノエの視線を辿ると部屋の隅に積み上げられた二つの段ボールが見えた。

 

「そこの奥がスバルの寝室。今いる共同部屋とは違って、内側から鍵も掛けられる。それ以外の風呂や台所は一つしかないから一緒に使おう」

 

 こくこくと頷く。キノエはそれほど表情豊かではなさそうだったが、こちらを見て笑ってくれた。

 

「後輩ができて嬉しいな。周りにはダンゾウ様やモズさんのような年上ばかりだったし、ボクの複雑な事情もあって年下の子とは関われなかったから」

「…………」

 

 キノエ……さん、年上だったのか。馴れ馴れしく呼び捨てにするところだった。

 

 それにしても優しそうな人で良かった。根の人間ってもっとこう、目が合っただけでこちらの命を取ろうとしてくるような感じだと思ってた。

 なんだよ、案外話が通じるじゃないか。

 

「生活を共にするにあたって、守ってもらいたいことがある」

 

 キノエさんの顔がぬうっと俺の目と鼻の先にきた。…………ん?

 

「まず、ボクとキミの洗濯物は必ず別々に洗うこと。食事の後はすぐに食器を洗うこと。放置しない。任務のない日は必ず部屋の掃除をする」

 

 ギリギリまで開かれた瞳孔が怖い。ガンギマリしてる。それから……いや、近い近い近い近い!

 

「ボクはだらしのない人間が大嫌いなんだ……キミとならきっと上手くやれると思うんだけどねぇ……?」

「…………」

 

 ついには俺の肩に腕を回してさらに顔を近づけてくるキノエさん。

 もはや恐怖通り越して快感すら覚えちゃうんだが?

 やめて、ここにきて新たな性癖植えつけてくんの。

 

「分かってくれたかな?」

 

 新たな扉が開きそうになってしまった俺は、トゥンクする胸の鼓動を必死に隠しながら控えめに頷くことしかできなかった。

 

 

 

 任務服から一族の家紋が入った服に着替えて、財布だけを持ってアパートを後にした。

 

 キノエさんには「せっかくだから今日は一緒にご飯を作って食べよう」なんて言われてしまって断れなかった。……俺はこのルートを突き進んで本当に大丈夫なんだろうか。

 

 ぽんぽんといくつもの店が立ち並んでいる大通りに出る。

 うちは一族の敷地内にある商店街とは違って、里中の人間が集まっているだけあって活気に溢れていた。

 

 人が多いせいか誰もわざわざすれ違う人間一人一人を注視しない。最強だなんて持て囃されている一族の家紋が入った服を着ている人間がいようが、まるで無関心だ。

 

 そうそう、俺はこういうのを求めてたんだよ! うちは一族は良くも悪くも身内への関心が強すぎる。いっそ空気として扱われた方がどれだけ気が楽か。

 

「いらっしゃい。何をお探しで?」

 

 営業スマイルを向けてきた店主に持っていたメモを見せた。種類は少ないが生活必需品は無難に揃うと評判の店らしい。キノエさんが言うんだから間違いない。

 

「ふむ……これくらいなら明日には揃えてここに書いてある住所に送れるが、それでいいかい?」

 

 こくりと頷く。話が早くてありがたい。 

 

「服だけはここで選んでいくといい」

 

 着られたらなんでもいい精神な俺は、サイズのみを指定して適当に見繕ってもらうことにした。

 もはや背中にうちわマークが描かれてなければ何でもいいです。父さん、俺はね、うちは一族はもうちょっと自己主張控えめにしてくれたっていいと思うんだ。

 

 萬屋を出てぶらりと通りを歩いていると「だんごや」と丸っこいフォントで書かれた看板が目についた。思わず足を止める。

 

 念のため言っておくが、何も目の前の糖分に釣られたわけじゃない。俺の目は団子屋というより、看板の横に立っているある人物に釘付けだった。俺の全細胞を歓喜の渦に巻き込んでしまうあの人はまさか……!!

 

「ガイ! アナタもお団子で乾杯しましょうよ」

 

 卒倒するかと思った。店内から彼を呼び戻そうとする声は、確かに俺の頭に浮かんでいた名前を呼んでいる。

 

 ドキドキと心臓の音が煩い。まってまって。理解が追いつかない。こんなことがあっていいの? これまで目が糸になるくらい遠い場所からこっそりと見つめたことはあれど、こんな、こんな!

 

 俺の目の前に、あの、ガイ大先輩がいる。雲の上のお人が地上に降臨している!

 

 ああ、まったくなんてことだ。これは夢か? たとえ夢だとしてもお近づきになりたい、あわよくば「スバルくんへ」ってサインを書いてもらいたい。いっそ背中のうちわマークの上から油性ペンで書いてくれないかな!? 家宝にしちゃうっ! 毎日これ着て全人類に見せびらかしちゃうっ!

 

 脳内で父さんがお前の方が自己主張激しいじゃないかと文句を垂れたが無視した。それはそれ、これはこれだから。

 だってこの人は俺の命どころか人生の恩人みたいな人だ。忍術も幻術も上手くいかず落ち込んでいた俺の前に、体術という道を示してくれた存在。

 俺とは違ってそれらが苦手どころか一切扱えないというのに、忍の道を諦めずに体術のみを極めてきたような人だ。

 ちなみにガイ大先輩とはこれまで会話したこともなければ、認知もされてない。俺の一方的な片想いである。

 

「……ん? なんだお前、どこか悪いのか?」

 

 目が合った。誰と? ガイ大先輩と。誰が? ……俺が? しかも自意識過剰でなければ話しかけられている。なるほど、夢オチね。

 

 後光を背負っているガイ大先輩が、こちらを心配そうに見ている。ま、眩しい。俺は震える手を差し出した。

 手元にお面がない今、サインをお願いするのは難しくとも、せめて、握手くらいなら……!

 

「ああ、そうか」

 

 察してくれたらしいガイ大先輩に目が潤んだ。なんて慈悲深い人なんだろう。

 俺、あなたのファンです! ずっと憧れてました!

 

 ガイ大先輩がすうっとこちらに手を差し出してくる。緊張のあまりぎゅっと目を瞑ってしまった俺の手に何かが触れた。

 あれっ。なんか思ってた感触と違う。

 

「ここの団子は美味いぞ。オレのお気に入りだ!」

「…………」

 

 俺の手のひらにころんと転がっているのは、もちっとした三色団子だった。色んな感情が混ざり合って何故か泣きそうになる。

 

 どういうことなんだ。俺は、一体。握手してもらえなかったことを嘆けばいいのか、敬愛している大先輩の食の好みを知れて喜ぶべきなのか。

 こっ、心がふたつある〜!

 

「何があったかは知らんが、そんな顔をしていないで元気を出せ!」

 

 バシッと背中を叩かれた。そんな顔ってどんな顔? 団子を恵まずにはいられない顔!?

 

 叩かれた背中が地味に痛かったこともあり(さすがはガイ大先輩だ)俺はふらりとよろめいたまま、半ば放心状態でその場から離れた。

 これ以上ここに留まると俺の命が危ない。団子のお礼も兼ねて会釈もしたが上手くできたかは分からなかった。

 

 後方では「今のって、うちはの……」「滅茶苦茶こっち睨んでなかった?」「ガイのこと振り払うつもりかと思ったけど団子で気が削がれちゃったみたいね……ガイ、アナタ気をつけなさいよ」「なんのことだ?」なんて会話が繰り広げられていたが、幸い、意識がほぼ飛んでいた俺には聞こえていなかった。

 

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