じんせいみてい!   作:湯切

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第五十話 死んで花実が

 他にもスバル兄さんの部屋に仕掛けがないか念入りに確認したが、あのような隠し部屋は見つからなかった。例の巻物だけを持って部屋を出る。

 

「…………次はイタチの部屋か」

 

 巻物をズボンのポケットに押し込み、スバル兄さんの隣の部屋――うちはイタチの部屋に入る。

 以前一度だけこの部屋に入った時は、目に映るもの全てが憎らしく感じて全く手をつけられなかった。

 今思えばもっと早くこうするべきだった。

 いつまでも縮まらない実力差、写輪眼とは違う異様な瞳……イタチの強さの秘密がここに残っているかもしれない。

 

「…………」

 

 兵法や、忍術の指南書ばかりが目につく。今のところ地下への隠し扉もなさそうだ。押入れや棚の中までひっくり返して探したものの有益なものは見つから……

 

「なんだ?」

 

 棚の引き出しの裏に何かある。薄っぺらい……これはファイルか?

 ご丁寧に糊付けされているそれをべりっと引き剥がす。ファイルにはたった二枚の紙しか入っていないようだった。

 

 ここまでして隠したいものとは一体。やはりイタチの強さの秘密が記され――

 

「…………アカデミー通信」

 

 見出しの時点で肩から力が抜けた。もう一枚も同じタイトルだった。

 そういえば、不定期に学校側が作成して配布していたな。学校行事だとかその年の成績優秀者について特集を組んだりして。

 最初の頃は自分のことについて書かれたそれを嬉しそうに持ち帰って、父さんに見せようとしていた。父さんはちらっと軽く目を通して「この調子で兄さんたちのように頑張りなさい」と言うだけだったけれど。意気消沈しながらイタチにも見せたら、あの男だけがオレを……。

 

 一枚目のアカデミー通信はイタチに見せたものだった。あの後どこにやったか忘れてしまったが、どうしてイタチが持っているんだろう。

 一枚目を裏に移動させ、二枚目のアカデミー通信を表に持ってくる。こちらは紙自体が古く随分と草臥れていた。

 

「これ……スバル兄さんの」

 

 そこには二人の少年が写っていた。隠し撮りなのか視線はカメラの方を向いていない。一人はスバル兄さんだ。

 

「今期の成績優秀者……異例の二人……“血は争えない”」

 

 ――覚方セキ、うちはスバル

 

 もう一度写真を見る。言われてみればもう一人は覚方セキにそっくりだった。まだ男女の身体的特徴が現れにくい年頃だからこその中性的な見た目だろう。

 

「…………」

 

 ……意外だ。アカデミーの成績は常にスバル兄さんが一番だとばかり。

 

 スバル兄さんは写真を撮られることをあまり好まない。だからスバル兄さんの写真は少なくて、残っているのは家族の誰かと一緒に写っているものだけだった。

 カカシも「スバルとは暗部の部下と三人で無理やり撮ったのが一枚あるだけだ」と言っていた。オレの把握している交友関係でいうと、あとはセキくらいだろうか。次に会ったら聞いてみようと思う。

 

 もう一度写真を見る。セキがスバル兄さんに話しかけているところで、その手には花が握られていた。

 視線を下に移動させると、写真の注釈として《覚方セキからコスモスを受け取るうちはスバル》と書いてあった。その隣に《撮影・写真提供者:くノ一クラスのAさん》と続いている。誰なんだ。

 

「…………」

 

 スバル兄さんは基本的に無表情だが、僅かな感情が滲み出ていることがある。微妙な変化だから、おそらく家族以外は気づかない。

 セキを見つめるスバル兄さんの瞳はオレやイタチを見る時のように優しく、とても温かいものだった。

 

 ファイルにアカデミー通信を二枚とも戻し、引き出しの中に押し込んだ。

 スバル兄さんといい、イタチといい……情報量が多すぎる。

 

 認めたくない。認めたくはないが、昔のイタチがスバル兄さんやオレに向けていた感情に偽りはないのだろう。

 ただ、どこかで歪んだ。どこかで変わった。どこかで……オレ達の知らない別の“なにか”になってしまった。

 

「もうこんな時間か」

 

 縁側に出ると外はすっかり暗くなっていた。急がないと店が閉まってしまう。

 

 ポケットに入れたままだった巻物を自分の部屋に置き、財布と買い物袋だけを持って家を出た。

 

 

 

「サスケくんは買い物に来たの?」

「その帰りだ」

 

 そうなんだと言って微笑んだのは、覚方セキ。商店街で必要な買い物を済ませて帰ろうとしていたところに偶然会った。

 セキの目的地がちょうど同じ方角らしく、途中まで一緒に歩くことになった。

 

「こうやって話すのは中忍試験以来かな。……ナルトくんとサクラちゃんは元気にしてる?」

「ああ。ナルトは自来也と外に……これくらい知ってるか」

「うん。大変だったね」

 

 その声がやけに優しげで、思わず顔を上げてしまった。セキが不思議そうに首を傾げるから慌てて俯く。……心臓に悪い。

 

「私に聞きたいことがあったんじゃないの?」

「……分かるのか?」

「サスケくんは、用もなく私と並んで歩いたりしないだろうから」

「…………」

 

 その通りだった。

 

「…………写真を」

「写真?」

「スバル兄さんの写真を、アンタが持っていないかと思って」

 

 セキは緩慢に瞬いた。予想外だったらしい。

 

「写真……あるね、たくさん」

「たくさん」

「スバルと昼市に出かけた時のだけで十枚はあるし……アカデミー時代にクラスメイトがよく私とスバルを盗撮してたから」

「盗撮」

 

 どういう状況なんだそれは。

 セキはにっこりと微笑んだ。

 

「私とスバルが一緒にいると、くノ一クラスの子達が離れたところで撮影会やってることが多くて。サスケくんも覚えがあるでしょ?」

「まさか」

「あはは、それ気づいてないだけだよ。スバルも全く知らなかったみたいだし。写真がアカデミー通信に載った時はすごく不思議そうにしてたなあ」

 

 セキは「あの時のスバル、可愛かったんだよ」と頬に手を当ててうっとりしていた。……聞いてはいけないことを聞いてしまった気分だ。こっちが恥ずかしい。

 

「ああ、ごめん。それで写真がほしいのかな? 見にくる?」

「……いいのか?」

「いいよ。くノ一の子達の盗撮コレクションは全部揃ってるし、焼き増しもしてるから好きなものを持って帰って」

「…………」

「ふふ。アカデミー通信の写真が魅力的だったから『欲しいな』って言ったらみんな自主的に持ってきてくれるようになったんだ」

 

 セキは目を細め「みんな優しいよね」と呟く。……絶対に分かってやってるだろ。

 

 

 

 それからセキの家に行って全ての写真を見せてもらった。

 セキはアカデミー時代の友人と一緒に住んでいるらしく、その人には「スバルくんにそっくり!」と驚かれた。スバル兄さんに似てると言われることは滅多にないから……少し嬉しい。

 

「全部持って帰る?」

「…………」

「セキのスバルくんコレクションどうかしてるよね。この子、たくさん予備置いてるから遠慮なく持っていっていいよ」

 

 セキはムッとして「どうもしてない。普通だよ」と拗ねた。セキの友人は楽しそうに笑うだけで、困惑しているオレにスバル兄さんの写真が入った封筒を握らせてくる。

 

「……アンタもスバル兄さんと仲が良かったのか?」

 

 セキの友人は目を見開き、次の瞬間には爆笑した。腹まで抱えて。

 

「まさか! そんなことしたらセキに殺されちゃう」

「……殺しはしないよ」

「殺し“は”しない、ね。私は命が惜しいので、この話はおしまいにしよう」

 

 サスケくんもいいね? と聞かれてぎこちなく頷く。

 

「帰る前に冷蔵庫のやつ取ってくる」

 

 さっき買ったばかりで痛みやすい食材をセキが自分たちの冷蔵庫に入れてくれていたんだった。

 セキが台所へと消えていくと、セキの友人が小さなため息をついた。

 

「あれでも……あの事件があってからは様子がおかしかったんだよ。少しずつ元気になってくれたけど」

「…………」

「いつかご飯でも食べにおいで。セキも喜ぶだろうから」

「……考えておく」

 

 セキの友人はまた笑った。「そういうところもそっくり!」とオレの頭を撫でながら。

 

 

 

 家に帰ったのはいつも夕食を食べている時間帯だった。

 手を洗い、冷蔵庫に今日は使わない食材を押し込む。以前ナルトに作り方を教えてもらったチャーハンをレシピと睨めっこしながら作って食べた。悪くない。次の墓参りにはナルトのじゃなくてオレのチャーハンを供えてやる。

 

 チャーハンを食べ終わったら遺品整理の続きだ。あとは両親の部屋だけ。

 

 まずは母さんの部屋。

 真っ先に確認した大きな衣装箪笥の中には、子供サイズの服がいくつか残されていた。

 スバル兄さんやイタチの部屋のように何か隠されているかもしれない。畳が不自然な凹み方をしていないか、引き出しの裏側に何かが張り付いていないか、念入りに調べる。

 

「……ないな」

 

 兄達の部屋で続けて見つかったものだから感覚がおかしくなっていた。普通は隠し部屋を作ったり引き出しに細工をしたりしない。

 

 最後は父さんの部屋。何か見つかるだろうか?

 

 父さんは一族の代表であり警務部隊のトップでもあった。そんな人が重要なものを自室に隠したりは――

 

「…………」

 

 スバル兄さんの部屋と同じ、棚の下。踏み出した右足が不自然な沈み方をした。

 

「…………」

 

 無言で棚を部屋の隅に移動させ、畳をのける。

 

「…………あった」

 

 スバル兄さんの部屋のものより大きな扉だ。ここまであっさり見つかると逆に心配になってくる。

 ……不用意に扉を開くと爆発したりしないだろうな。

 

 いつでも部屋から飛び出せるよう、障子は開いたまま隠し部屋の扉を開いた。爆発は……しない。毒ガスが噴出……されていない。

 肩透かしをくらった気分だ。

 中にはいくつかの資料の束と、分厚い本。

 

「…………」

 

 分厚い本にトラウマというか、いやトラウマではないと思うが……。

 

 複雑な気持ちを抱きながら資料を手に取る。

 

「九尾襲撃事件後の集落移動計画?」

 

 見たところ木ノ葉上層部からうちは一族への集落移動の提案、いや命令だった。

 この件についてはオレも父さんから聞いたことがある。ただ……元の集落の位置や、ほぼ強制的な立ち退き状態だとは知らなかった。

 

里の中心寄り(ここ)から、今の場所に変わったのか」

 

 資料に記されている当時の里の被害状況を考慮しても、ここまで遠い場所にうちは一族を移動させる必要があったとは思えない。しかも、直接的な被害を受けていない警務部隊ごと移動させられている。

 

「…………そんなはずはない」

 

 嫌な予感のせいか胸の奥がズキズキと痛む。

 

 父さんはなぜこの資料をこんなところに隠した?

 木ノ葉上層部に渡されたものなら何も後ろめたいことなんてない。もっと堂々と保管しておけばいいのに。

 

「……まるで」

 

 まるで、これを見つけた誰かに――オレに――読ませたいみたいじゃないか。

 

「そうだ、契約書も」

 

 スバル兄さんの根との契約書は棚の中に直接入っていた。本来はもっと別の場所に仕舞っておくものだということはオレでも分かる。

 

「南賀ノ神社の本堂……地下への入り口」

 

 うちは一族の人間ならば、南賀ノ神社の地下の存在を知る者ならば――すぐにこの隠し部屋を見つけられる。

 父さんが生きているうちに父さんの自室に入る人間は限られている。ましてや、何かを探そうなどと考える人間はいない。少なくとも家族の中には。

 

「父さんは、自分の死後にこれが見つかることを望んでいた……?」

 

 資料を持つ手が震える。

 

 どうして。何のために。

 

 他の資料はどれもこれも木ノ葉から一族に下された、理不尽としか言いようがない指令ばかりだった。

 

 誇り高いうちは一族。

 里の治安を守る警務部隊。

 一番近い日付のものは、警務部隊の存続すら危うくさせるものだった。

 

 仮に一族以外の人間がこの場所を見つけても問題がない、けれど一族の者が見れば里側が自分たちに何をしてきたのかが分かってしまう。

 

「うそだ」

 

 震える手で分厚い本に手を伸ばす。

 

「…………日記」

 

 それは父さんの日記だった。誰に見られても問題のない内容を意識しているのか、事実を淡々と述べ、ところどころ(ぼか)されている。

 

「……《一族の集まりにスバルが初めて参加した》」

 

 うちは一族は度々会合を開いていたようだった。詳しい中身までは書いていない。恐らく()()()()()()のだろう。

 

《スバルの脇腹に根のダンゾウによる呪印、命にかかわる呪い》

《三代目に嘆願書を送る》

《スバルが火影直属の暗部になった》

《イタチもついに暗部へ》

《スバルはよくやっている》

《シスイが死んだ。里側から圧力があって自殺として処理された。シスイほどの忍が自殺など……》

《イタチの様子がおかしい》

《まさかイタチは》

 

「…………“イタチは”」

 

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