じんせいみてい!   作:湯切

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第五十一話 前日

 父さんの日記を読み終わる頃には、すでに日付が変わってしまっていた。

 

 今日も数時間後には任務がある。忍具の手入れも済んでいない。

 こんなことをしている場合ではないと分かっているのに……。

 父さんの日記をもう一度最初から読み返す。答え合わせをするために。

 

《〇月〇日 イタチを暗部に推薦。三代目は難色を示していた》

「……オレがアカデミーに入学する少し前か」

 

 この頃からイタチが父さんの自室に呼ばれることが多くなっていた気がする。

 

「…………」

 

 イタチにおぶられながら「スバルにいさんと三人で警務部隊に入って、父さんと一緒に働くんだ」などと夢を語っていた過去の自分を思い出す。

 あの頃のオレは兄達の所属のことは理解していなくて、いずれは二人とも警務部隊に入るのだと信じて疑わなかった。

 

《〇月〇日 第〇回目の定例会。スバルとイタチが揃って参加するのは初めてのことだった。イタチは前回の会合で反抗的な態度をとっていた。スバルがイタチの良い手本になればいいが……》

「この日……覚えてる」

 

 ――スバルにいさんとケンカしたの?

 

 兄たちの間に流れる緊迫した空気に気づかないはずがなく、オレはイタチにそう問いかけた。イタチは誤魔化すように苦笑するばかりで何も教えてくれなかったけれど。

 この時からだ。スバル兄さんがほとんど家に帰ってこなくなったのは。

 

 ――仲直り、しないの?

 ――……できるならしたいさ

 ――それなら大丈夫だよ! スバルにいさん、優しいもん。ごめんなさいしたら、すぐに許してくれるよ

 ――……そうだな

 

 結局二人の間に何があったのかオレは知らない。知る前に……あの事件が起きてしまったから。

 

《〇月〇日 サスケのアカデミー入学式。……大きくなったものだ。イタチの任務も無事に終わったと聞いている》

「…………」

 

 ――お父さんね、私といる時はアナタの話ばかりしてるのよ

 ――あの人はスバルに似て……いいえ、スバルがお父さんに似たのね。とても不器用な人だから……分かってあげてね

 

 心のどこかで、あの日の母さんの言葉は嘘なんじゃないかって思ってた。オレを慰めるために、適当なことを言ったんじゃないかって。 

 

「そういえば……スバルにいさん、父さんの代わりに入学式に行こうとしてくれてたな」

 

 あそこまで連続して指文字を綴る兄さんを見たのは初めてだった。声を出せないことを抜きにしても、父さんと同じくらい寡黙な人なのに。

 

《〇月〇日 ついにイタチがスバルと同じ暗部へ。スバルがイタチについて『あの子は務めを果たしている』と言っていた。先日の会合ではそうは見えなかったが……スバルが言うならそうなんだろう》

 

 スバル兄さんとイタチが、以前と同じようにとはいかなくとも、剣呑な雰囲気を出さなくなったことがある。恐らくこの頃だろう。

 父さんの《イタチの反抗的な態度》と関係があるのだろうか。

 イタチは父さんの何かに反発していたが、暗部入りを境に一旦は落ち着きを見せた。スバル兄さんは父さん側で、イタチが改心したから態度を和らげた……そういう見方もできる。

 

《同日 スバルに『イタチが我々と違う考えを持っていてもいい』と伝えた。スバルはただ『ゆるされない』と答えただけ。スバルの目はすでに先の未来を見据えているようだった》

「なにが許されないんだ……?」

 

 日記を持つ手に力を込める。叶うなら、あの頃に戻って直接問い詰めたい。

 どうしてオレには何も教えてくれなかったのか。

 どうして…………イタチは?

 

《〇月〇日 木ノ葉上層部が警務部隊に対して大幅な予算削減案を提出してきた。……うちは一族の名が木ノ葉から消えるのも時間の問題だろう》

《〇月〇日 ヤシロ達の進言を受け、予定外の会合を開くことになった。次の会合で全てが決まる。シスイとスバルだけが頼りだ》

《〇月〇日 重要な会合だというのにイタチとシスイは最後まで現れなかった。真面目なシスイまで何故?》

《〇月〇日 シスイの死体が南賀ノ川の下流で見つかった》

 

 ……イタチは、家にやってきたヤシロ達にシスイさん殺害疑惑をかけられていた。

 イタチは消したんだ。自分に不都合な人間を。

 あの時のイタチは異常だった。ヤシロさん達を痛めつけ、父さんに向かって「このくだらぬ一族に絶望している」と口にした。最後、イタチの目はあの異様な――

 

 ――もっとも親しい友を殺すことだ

 

 イタチは親友であるシスイさんを殺してあの力を得た。そして、オレも同じ力を手に入れることを望んで殺さずに生かした。

 

《〇月〇日 イタチの様子がおかしい。スバルもそうだ。まるで人が変わったような……》

《〇月〇日 最近のスバルはやけに表情が動く。雰囲気が丸くなったようにも感じる。だというのに、サスケ達への態度は以前とは真逆だ》

《〇月〇日 ヤシロ達の強い希望により、今後イタチを会合には参加させないことが決まった。シスイのこともある。計画の延期は避けられないだろう》

 

 日記には頑なに会合の内容は記されていないが、木ノ葉上層部に向けて抗議活動のようなものを考えていたのだろうか?

 ただ、それだけならイタチを暗部に推薦した理由にはならない。一族内で五本の指に入る実力者と言われていたスバル兄さんやシスイさんを“計画の要”とするのも、しっくりこない。

 シスイさんがいなければ実行すらできない計画とは一体なんだ?

 

「実力行使…………」

 

 口に出してから首を横に振る。うちはは誇り高い一族だと教えられて育ったオレには考えられないことだった。その誇りが木ノ葉上層部によって傷つけられていたことすら、知らなかったというのに。 

 

「イタチは器を確かめるためだとか言っていたが……本当は」

 

 ――オレはこのくだらぬ一族に絶望している

 

「うちは一族を裏切った……?」

 

 計画の中枢を担うシスイさんを殺し、新たな力を手に入れた上で、一族全員を手にかけた。

 木ノ葉上層部からの圧力に抗おうとしていた両親やスバル兄さんを……。

 

「うっ…………」

 

 頭に激痛が走った。手から離れた日記のページが勝手に捲られ、ある場所を開いたまま畳の上に転がる。

 

《〇月〇日 いよいよだ。明日すべてがはじまる》

 

 開いたままだった障子の向こうから吹き込んできた風がさらに日記のページを捲っていく。次々と、なにも書かれていない空白のページを。

 

 父さんの最後の日記。日付は、一族が滅んだ日。

 

「…………イタチは」

 

 誇り高いうちはが木ノ葉に対してやろうとしていたことに絶望し、()()()()一族を終わらせることにしたのかもしれない。

 それとも、それすらも口実だったのか。

 あの男はオレを生かした。自分と同じ目を開眼する可能性があるからと、たった一人……この道を残して。

 

 フッと背中から影がさした。その場から跳び退いて振り返る。

 

「…………誰だ!?」

「――冷たいのね。最近会ったばかりだというのに」

 

 障子の向こう、庭に立っていたのは包帯を巻いた見知らぬ男。男の後ろでは四人の男女がこちらを牽制するように、各々の武器を構えていた。

 男の唯一包帯で覆われていない右目が蛇のように怪しげに光る。

 

「姿形が変わっても分かるでしょう? 私の呪印を受けたアナタならね……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 三忍の一人である綱手が木ノ葉に帰郷し、さらには五代目火影に就任するという話は瞬く間に火の国中に広がった。

 正式な任命はまだ行われていないが、火の国の大名への知らせはすでに出してある為、それも時間の問題だろう。

 これまで火影が不在なことで、あらゆる問題が山積みのまま放置されていた木ノ葉。綱手は正式な任命を待たず、里内ではすでに火影として様々な仕事をこなすようになっていた。

 

「ダンゾウのところの“根”か……猿飛先生によって解体されたと聞いていたんだがな」

「仰る通り、すでに根は解体され全ての権限を失いました。我々は根とは似て非なるもの……今ではダンゾウ様個人が有する小規模組織でしかありません」

「だが、相談役の推薦を受けてうちはサスケの護衛と監視を任された」

「…………」

 

 トンッと執務机に両手を置き、綱手は目の前の男に鋭い視線を向けた。男は一切表情を変えずに淡々と続ける。

 

「いくら火影様でも個人の“財産”には口出しできないでしょう。今回の件は木ノ葉の現状を顧みて、我々の主であるダンゾウ様が木ノ葉側に人材を提供しただけのこと……大蛇丸やうちはイタチのこともあって、彼はいつ誰に狙われるか分からない状況に置かれていますから」

「……フン、タヌキジジイに似て口が達者だな」

 

 男は微かに苦笑を浮かべる。根の人間にしては随分と人間らしい表情だった。

 

「申し訳ありません」

「いや……いい。それより、うちはサスケの様子はどうだ」

「とくに変わった様子はないかと。うずまきナルトが合流したことで少しは気が紛れているようです。……はたけカカシの七班復帰はまだ先になるのですか?」

「ああ。カカシにはしばらくの間他国から舞い込んでくる依頼を任せるつもりだ」

 

 綱手は足を組み、肘をついて前のめりになった。机の上に乗った豊満な胸がたゆんと揺れ動く。

 普通の男ならば思わず二度見してしまうレベルのものだったが、目の前の男は「また何かあれば火影様に報告いたします」と答えるだけだった。

 

「それもダンゾウの指示か?」

「はい。綱手様に全面的に協力するようにと」

 

 あのダンゾウが単純な好意で新しい火影を手助けしてやろうなどと考えるはずがない。

 綱手は顰めっ面でダンゾウの意図を読み取ろうとした。しかし、何も思いつかずに「あー!!」と頭を掻きむしって叫ぶ。

 

「昔からそうだ。あのジジイ、初代火影の孫である私が気に入らないからと顔を合わせるたびにチクチクチクチクと姑のように……!! 私は針刺しじゃないんだぞ!」

「…………」

「お前もあんな上司はやめておけ! いいように使われて捨てられるだけだ。私ならそうはしない。怪我をすればいくらでも治療してやるし、休息だって十分に与える」

「忍にとって主人は選ぶものでは……ところで綱手様。先ほどからその手に持っていらっしゃるのは、もしかしてお酒――」

「木ノ葉に戻ってきてから資料の山、山、山山!! これが飲まずにいられるか! お前も付き合え! なんならダンゾウも連れてこい!!」

「あの、ちょっ……綱手様、私はこれから任務が」

「任務なんてどうでもいい! 乾杯するぞ。さあ飲め!!」

「飲みません!!」

「ダンゾウは」

「呼びません!!」

 

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