じんせいみてい!   作:湯切

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第五十二話 わかつまで

 ナルトが五代目火影と共に里へ戻ってきてから一週間経った。

 

 思うようにいかなかった復興作業は魚が水を得たように進み始め、木ノ葉は少しずつ以前の姿を取り戻しつつある。

 

「なあなあ、今日の修行はどうする?」

「ナシだ」

「えー!?」

 

 任務後、報告書を提出した帰り道。

 オレの後ろで跳びはねていたナルトが「オレってばエロ仙人にすっげー忍術教わったのにぃ……」と肩を落とした。

 

「すごい忍術?」

 

 足を止めて振り返る。ナルトはパッと周囲に花を散らす。

 

「四代目火影の術!! これでまたサスケに近づけたってばよ」

 

 ナルトの笑みは過去の自分が浮かべていたものによく似ている。ちくっと胸のどこかが痛んだ。

 

「オレはもっと先に進んでる」

「先って? あっ、まさかまた新しい忍術を習得したとか!?」

「…………さあな」

 

 ――――真実に一歩近づいた。

 

 止めていた足を前に踏み出すと、ナルトが追いかけてくる。

 

「…………」

 

 いつまでもそこから歩き出せずにいたせいで、ナルトはすでに隣に並んでいた。訝しげにオレの顔を覗き込んでくる。

 

「サスケ?」

「…………今日家にくるか? セキがスバル兄さんの写真をいくつか譲ってくれた」

「マジ!? 行く! 行くったら行く!」

 

 ナルトがオレの腕を掴んで走り出す。こちらも自然な形で駆け足になって、ナルトの動きに合わせて体が上下に揺れる。

 

 太陽のような笑みを浮かべたナルトが顔だけで振り返る。

 

「その前にスバル兄ちゃんに挨拶にいくってばよ!」

 

 

 

 うちは一族の集落に入る前に寄った花屋で、気に入った花をいくつか選んで花束にしてもらった。

 

「これ、サスケが?」

「……いや」

 

 集落の奥、南賀ノ神社。鳥居の手前で右手に進んだ先に、一族のほぼ全員が眠る墓が並んでいる。

 花束を抱えたナルトがその場に膝をついて手を伸ばす。ナルトの指が触れたのは、うちは一族にとっては馴染みのある黒を纏った花。

 

「…………黒いコスモス」

「コスモスってことはセキの姉ちゃん? でもこれまでは黄色とか白だったような」

「どっちでもいい。さっさと花を置け」

 

 ナルトがぶーぶー文句を垂れながら持っていた花束をスバル兄さんの墓に供える。オレは両親の墓にまったく同じものを置いた。

 膝を下ろしたままなナルトの隣に立ち、目を閉じて両手を合わせる。

 

「………………」

「………………」

 

 ――――兄さん。スバル兄さん。

 

 心の中で何度呼びかけてもあの人が応えることはない。もう二度と会うことはできない。どれだけ……心の奥底から焦がれていたとしても。

 

 目を開ける。隣のナルトはまだ目を閉じたままだ。暫くの間その横顔を見つめる。

 

「………………」

 

 高揚感だけなら良かった。

 ただ、オレにはこの感情に名前があるのか分からない。

 

 ――――ナルトの存在は家族に似ている。

 

 たった一夜で兄も両親も一族すらも失ったオレに与えられたのが……これなのか?

 すべて忘れて生きていけば、きっと。

 

 ナルトの瞼が震え、開こうとする気配を察知して目を逸らす。

 

「よぉし! 今日はスバル兄ちゃんにオレの成長を見せてやるぞ」

「……おい、ここで暴れるのは」

「分かってるって。この前セキ姉ちゃんがスバル兄ちゃんにはこれがいいって言ってたやつ!」

 

 ナルトが見慣れた印を結ぶ。周囲は大量の煙に包まれ、中から姿を現したのは、

 

「…………は?」

「――――おいろけ・サスケパラダイスの……」

「やめろ。今すぐにだ」

 

 

 

 この間セキにもらった写真を一つ一つベッドの上に広げる。スバル兄さんの写真が占める割合が多くなるたび、ナルトの目がきらきら輝きを増していく。

 

「犬かよ」

「これっていつの!? 何歳!?」

「アカデミー入学後だから六歳」

「へえぇぇ……セキ姉ちゃんと二人で写ってるのばっか」

「アカデミーではほとんど一緒にいたらしいからな」

「オレとサスケがもっと早く生まれてたら、一緒にアカデミーに通ってたのかなあ?」

「無理だな。スバル兄さんは一年でアカデミーを卒業してる」

「うげ」

 

 ナルトは写真を手に持ったままベッドにごろんと横になり、パタパタ足を動かした。

 

「カカシ先生の時はもっと早く卒業できたんだっけ? みんなそういう時代だったって言うけどさぁ」

 

 想像できない、とナルトは続ける。

 毎日のように戦争に駆り出されて敵と殺し合いを続ける日々。

 カカシ曰く「とにかく酷い時代だった」らしい。当時すでに上忍になっていたカカシでさえ、仲間を守り抜くことはできなかった。自分のせいで犠牲ばかり生んでしまったと……いつもの穏やかな表情でそう口にしていた。

 スバル兄さんや両親からは忍界大戦の話を聞いたことがない。カカシは「お前に血生臭い話をしたくなかったんだろ」と言っていたが……。

 

「なあ、ナルト」

「…………んー?」

「もしもオレが……」

「…………」

「…………」

「写真、欲しいのがあればやるよ」

「………………マジぃ?」

「ああ。お前、一枚も持ってなかっただろ」

「…………ここにきたらいつでも見られるし」

「………………そうだな」

 

 手を伸ばして、ナルトの指から写真を抜き取る。アカデミー通信の表紙にもなったことがある例の写真だ。

 ……コスモス。黒いコスモスの花言葉は何だっただろうか。

 

「自分の家にあった方がいいだろ」

「………………んー」

「写真は全部居間の引き出しに入れておく」

「………………」

「持って帰るのが嫌ならここで見てもいい」

「………………」

「鍵はちゃんと教えた場所に…………」

「………………」

「…………聞いちゃいないか」

「………………」

「……オレはこの一つだけで十分だ」

 

 スバル兄さんがナルトの家に置いていった、兄弟三人が揃っている唯一のもの。

 

「あとは全部ここに置いていく」

 

 オレの部屋は元々写真は一つも置いていなかった。

 窓際の棚の上。カーテンを開ければいつでも集落を見渡すことができるその場所は幼い頃からのお気に入りで、何度か棚によじ登ろうとして母さんに叱られたこともある。

 棚の右側にはアカデミーのために買い揃えた指南書や兄達のおさがりの本が並び、何度も何度も読み返した。

 夏には窓を少し開けて、行儀は悪いが棚に腰掛けて本を読むこともあった。

 

 だから、棚の上には何も置かない。置いていなかった。アカデミーを卒業するまでは。

 

 第七班として毎日のように顔を合わせて同じ任務をこなしていたある日。

 写真を撮ろうと言い出したのは誰だったか。一番乗り気だったのがサクラで、カカシも頑なに口の布を外さないわりに写真を撮ることに抵抗はなく、ナルトは言わずもがな。オレもため息一つで了承したことを覚えてる。

 

「………………」

 

 カタン、と棚の上に置いていた写真立てを伏せる。

 変顔をしているナルトに、写りがいい角度とやらを試行錯誤していたサクラ、二人を苦笑しながら見つめていたカカシ。

 そして――驚くくらい柔らかい表情を浮かべて一緒に写っている自分。

 

 窓を開ければさわさわと揺れるカーテン。カーテンに巻き込まれて写真立てが倒れることもあった。カーテンを結んでいても、風が強い日はどうしようもない。

 

 それまでのオレならすぐに写真の位置を変えていただろう。そもそも飾ることすらしなかったはずだ。こんな――毎日必ず目にするような場所になんて、絶対に。

 

「………………」

 

 ここのところ任務続きで疲労が溜まっていたのか、すっかりオレのベッドで爆睡しているナルトを見下ろす。

 すでに腹を出して気持ちよさそうにしている。

 

「バカ面しやがって」

 

 フッと笑ってナルトに布団をかけてやった。

 

「じゃあな、ウスラトンカチ」

 

 本当は今日ナルトを家に呼ぶつもりなんてなかった。

 

 部屋の隅に置いていたリュックを背負ってバルコニーに出る。生温い夜風が頬を撫でていき、思わず目を細めた。

 

「――――いるんだろう。出てこい」

 

 闇に向かって言葉を投げかける。四つの影がゆるゆると動いて姿を現す。

 

「………どうやらご決断されたようですね」

「早くオレを大蛇丸の元へ連れて行け」

「こちらにも踏むべき手順というものがありますので」

 

 大蛇丸の部下である音隠れの忍たち。一週間ほど前、大蛇丸が以前とは全く異なる姿でオレの元に現れた時にもこいつらはいた。

 

「我々は早速結界術の準備に取り掛かります。サスケ様は…………」

 

 左近と名乗っていた男が視線をオレの背後に向ける。

 

()()をする必要がありそうですね。アナタなら問題ないかと思いますが……里の出口でお待ちしております」

「………………ああ」

 

 物音一つしなかった。

 

 音忍が完全に姿を消した後で振り返る。

 

「…………サスケ」

 

 完全に目を覚ましたナルトがベッドの横に立っていた。

 油断していたつもりはない。むしろいつも以上に警戒していた。正直ナルトは気配を消すのが上手くない。あの左近という男にもすぐに気づかれるくらいだ。

 ……ただ、オレ自身がナルトの気配にすっかり慣れてしまっているのが原因だった。まるで己の一部のように、今この瞬間ですらオレはナルトに完全な警戒心を向けられないでいる。

 

「……起きたのか」

「大蛇丸のところに連れて行けってどういうことだよ……? なんであんなヤツのところにいく必要があるんだってばよ」

「ナルト…………お前には言う必要がない。これはオレ個人の問題だ」

「…………違うッ!!」

 

 ナルトの悲鳴のような叫びが足元を揺らした。

 

「オレが木ノ葉に戻ってきてから、お前ってばずっと様子がおかしくて……サクラちゃんも気づいてた」

「………………」

「里を抜けるとか大蛇丸の元へ行くとか、そんなの、お前だけの問題なわけねェだろうが!」

 

 ナルトは息を荒くして肩を揺らし、こちらに近づいてきてオレの腕を掴む。

 

「…………オレはもう、木ノ葉にいられない」 

「だから、その理由を教えろってばよ!!」

「お前には言わない」

 

 ――――なあ、ナルト。もしもオレが…………

 

「………………」

 

 オレの腕を掴んでいたナルトの手を払いのける。ナルトの傷ついた表情に、熱をもった手のひらに痛みが生じた。

 

「オレは大蛇丸についていく」

「お前は大蛇丸に騙されてる! 大蛇丸はサスケの身体を乗っ取るつもりで……」

「それも知ってる。アイツがすでに転生を済ませていて、この先数年は次の身体に乗り移ることができないことも」

「…………そこまで知ってて、なんで」

 

 ナルトは泣きそうに顔を歪めていた。

 

「…………お前が木ノ葉に帰ってくる少し前、大蛇丸に会った」

 

 父さんが遺した資料と日記。大蛇丸は全てを見透かしたように包帯の内側で笑みを浮かべ――――真実に近づくには、私の力が必要不可欠だと言った。

 

「オレはずっと復讐すべき相手はイタチだけだと思っていた」

「…………どういうことだってばよ?」

「そのままの意味だ」

 

 イタチの一族虐殺には協力者がいた。

 

 大蛇丸は里を抜けてからも度々木ノ葉にスパイを潜り込ませていたらしい。優秀な木ノ葉の暗部によってスパイはすぐに殺されることが多かったが、それでも少しずつ情報を抜き取ることに成功していた。カブトもその一人。

 

 うちは一族は常に里側に監視されていたのだという。集落の至るところに監視カメラを置かれ、二十四時間体制で最低でも五人以上の火影直属の暗部をモニタールームに配置して。……このことはカカシもイタチも――スバル兄さんも知っていたはずだった。

 

 うちは一族が虐殺されたあの夜、事前に監視業務にあたっていた暗部が全員殺されていたらしい。

 医療忍者でもあるカブトによると、彼らの死亡推定時刻はイタチが一族虐殺を開始した時刻とほぼ一致する。さらに、イタチはたった一人で一族全員を殺害した後にスバル兄さんと両親を手にかけている。

 うちは一族で最も体術に優れていると言われていたスバル兄さんと、兇眼のフガクという名が里内外に轟いていた父さん。家族として近づいて油断していたところを襲ったとしても、そう簡単にやられる二人じゃない。

 

 ――――いくら天才と呼ばれたイタチ君でも不可能だと思わない?

 

 イタチはあの父さんに「うちは一族の歴史の中でも一二を争うレベルだろう」と言わせるほどの実力者だった。しかし、どんなに優秀な忍でもイタチは一人しかいない。

 

 大蛇丸は戸惑うオレを諭すように言った。

 

 現時点でイタチが一族を虐殺した理由を決めつけることは出来ないが、少なくとも木ノ葉上層部の手助けはあったはず。そして――自分はその人物に心当たりがあると。

 

「オレはずっと監視されている」

 

 色葉スイ。あの男はやはり根の人間で、かつては大蛇丸の部下でもあった。

 スイは血継限界によって相手の気配を探ることに長けており、特定の人物の監視などに根が重宝している人物らしい。

 一週間前、大蛇丸が部下を連れてオレの前に現れた時も、今この瞬間も。色葉スイが他の部下と監視を交代するタイミング。

 

「……監視って誰が」

「さあな。分かっているのは、今しかないってことだ」

「そんな理由で全部捨てて出て行くってのか? オレとお前は友達じゃなかったのかよぉ……?」

「………………」

 

 ナルトの痛みに呼応するかのように鼻の奥がツンとした。

 

「…………もしもオレが」

 

 右手をナルトに差し出す形で伸ばす。今自分がどんな表情をしているのか知りたくもなかった。

 

「この道を……復讐者として生きる道を、一人ではなくお前と歩みたいと言ったら、お前はこの手を取ったのか?」

 

 ナルトが言葉を詰まらせる。……それが答えだった。

 

 すとんっと右手を下ろす。

 

 復讐者として生きていくことしかできないオレと、火影になることを忍道にしているナルト。

 

 オレ達の道は初めから交わってなんかいなかった。スバル兄さんという繋がりが結びつけていただけで、一度解けてしまえばもう二度と交わることはない。

 

 オレは笑った。

 

「やっぱり、甘いよお前」

 

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