じんせいみてい!   作:湯切

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第五十三話 分岐点

 小柄な鳥が青々とした空に溶け込むようにして飛んでいる。

 

「隊長、雀鷹(つみ)が」

 

 俺の肩にとまった鳥が、鳴き声を上げることなく嘴を頬にすり寄せてきた。甘えているつもりなんだろうが、地味に痛い。

 

「里からの知らせでしょうか」

『確認するのは後だ。まずはイロの班と合流しなければ』

「あちらは生きてますかね」

『…………』

 

 いつもなら否定するような言葉でも、今回ばかりは即答できなかった。

 

「見つけたぞ! こんなところに隠れていやがった!」

 

 遠くから聞こえてきた声の主が、明らかに俺と部下数人が身を隠していた岩裏を指差している。感知タイプの忍か。

 

「隊長」

『……俺が足止めする。お前たちは先に合流地点に向かっていろ』

「はい!」

 

 部下達が完全に姿を消したことを確認してから、短い印を結ぶ。続いて指の腹にクナイで傷をつけ、溢れてきた血液を真っ白な巻物に走らせた。

 

『――――口寄せ』

 

 辺り一帯が闇に包まれる。巻物の陣から飛び出してきた巨大な物体が、俺と敵の頭上を覆っていた。

 

「なっ、なんだあれは!?」

「こちらに向かって落ちてくるぞ!」

 

 さらに印を結ぶ。使い慣れた(とら)で終わるものよりも複雑で長い印だ。ただし、日常的に指文字を使っている俺にとっては、息を吸うように簡単なもの。

 

 お面を僅かに上にずらし、ぷくっと頬を膨らませる。

 

『火遁・炎沼(えんしょう)地獄の術!!』

 

 空から落ちてくる巨大なスライムが、豪火球の術よりも火力も範囲も広い炎を帯びてより一層膨張する。

 隕石のように降り注いだスライムがとぷんっと対象を飲み込み、燃え続ける炎の檻の中で苦しみもがく人の腕が見えた。

 

 あっという間に灰と化した忍たち。中には白衣を着た研究者らしき人たちもいたが、すでに見分けはつかない。

 

『今のでスライムのストックが尽きたな』

 

 口寄せ用として事前に生み出していたスライムたちは、木ノ葉隠れの里で誰も足を踏み入れない場所――旧大蛇丸の研究施設に収納している。

 スライムは時間経過で分裂を繰り返し、無限に増え続ける。

 また時間が経てば口寄せできるようになるが、先ほどのような巨大な“沼”を生み出すなら、数日間は放置しておかなければならない。

 

「ピィッ」

 

 俺の懐に潜り込んでいた雀鷹が、顔だけを出して元気に鳴く。周囲に敵がいなくなったことを察知したようだ。額を指で撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細める。

 張りつめた糸を解くように、ゆっくりと息を吐いた。

 

『……行こう』

 

 

 

「クロ隊長!」

『イロ』

 

 ……無事だったか。

 

 合流地点にほぼすべての部下が集まっているのを確認して、無意識のうちに肩から力が抜けた。

 イロはお面を外している。額の切り傷のせいだろう。

 

「すみません。ひっきりなしに敵が現れるので、連絡が後回しになってしまいました」

『こちらも同じようなものだ。負傷者は?』

「全員手当を受けています」

『…………そうか』

 

 里外に点在している大蛇丸の研究施設を片っ端から潰し始めてから、数週間は経った。

 

 さすがは大蛇丸と言うべきか、未だにこちらに全体像を掴ませず、正直終わりが見えない。

 今回見つけた施設は規模が大きく、仕方なく班を二つに分けて探索を開始した。

 予め合流地点を決めておいたから良かったものの、班を分けたのは間違いだったかもしれない。

 

「隊長」

 

 イロが気遣わしげにこちらを見上げていた。

 

「隊長のせいではありません。死傷者もいませんし……だから」

『…………』

 

 不器用ながらに感情を表に出せるようになってきたイロ。

 彼の肩に手を置く。

 

『お前に任せて良かった。今のうちに少しでも身体を休めておけ』

「……はい!」

 

 小さな子どもが親に褒められた時のような顔をされた。

 今回イロが率いていた班員の元へ戻っていく姿を見送っていると、別の部下が音もなく姿を現す。

 

『俺の班の死傷者と行方不明者はどうなってる』

「生死の確認までは取れていない者がほとんどですが、全体の二割程度かと」

『多いな』

「これから生存者を探しに向かいましょうか」

『……いや、いい』

 

 生きているかどうかも分からない部下の為に、全体を危険に晒すことは出来ない。

 

「分かりました。……ところで、里からの連絡は何だったのですか?」

『定期連絡だった』

「あちらは平和ですね」

『…………』

 

 部下の口調は皮肉混じりだった。そう言いたくなる気持ちも分からないでもない。

 暁を任された班よりはマシかもしれないが、俺たちもまあまあの()()()を引いている。

 

 この任務が終わる日が来るのか。来るとしても、三年後か五年後か。

 

 ただ、里に残っている部隊が当たりを引いたかっていうと、そういうわけでもなく。

 あちらはあちらで、暁や大蛇丸による襲撃に備えなければならないし、里を脅かす脅威はそれだけじゃない。

 少しでも弱っている素振りを見せてしまえば、同盟国ですら手のひらを返すだろう。

 

「次は班を分けずに施設に突入しますか?」

『そうするつもりだ。全員に伝えてきてくれるか』

「はい」

 

 部下が消える。

 

 次の侵入は深夜が妥当か。それとも逆に油断している昼間を狙うべきか。

 組んだ腕の上で指でトントンと叩く。

 

『…………』

 

 大蛇丸の研究施設。今回見つけたものは、人体実験に関わるものですらないようだった。

 どちらかといえば、神話や伝説。そういった一般的にはお伽話と思われている類のものばかり。

 その中には、暗黒剣……須佐能乎について書かれた資料もあった。

 

 恐らくこの施設は、大蛇丸にとっても重要な知識の保管場所。

 何としても制圧して全て調べ上げたい。一応研究施設内についての報告も任務の内だから、ダンゾウ側に怪しまれることもない。

 

 問題は、それだけ重要な施設を簡単に突破できるはずがないということだ。

 これまでに侵入してきた大蛇丸の施設の中でも特別警備が厳しく、凶暴な実験体も多い。前回のように戦力を分散すれば、今度こそ全滅するだろう。

 

『…………今からだな』

 

 適当な木に寄りかかっていた体を起こす。

 

 施設内に置いてきた盗聴器から聞こえてくる音が少なくなってきた。

 研究者って奴らは深夜でも平気で活動してるから厄介だ。むしろ今のような、朝と昼の間くらいの中途半端な時間の方が大人しい。そのくせ数時間で活動を再開する。その辺の暗部より寝てないはずだ。

 

 部下が集まって輪になっているところに顔を出した。

 

『十分後、再度施設に侵入する。動けない者はここに残れ。動ける者はすぐに支度を』

「はい!」

 

 

 

 血で満たされた床の上に、一枚の紙が落ちた。それが完全に血を吸ってしまう前に拾い上げる。

 

「また同じ剣に関する資料ですか?」

『……今度は盾のようだな』

 

 血液が付着してしまった紙を机の上に置く。

 

 ――――八咫鏡(やたのかがみ)

 

 全てをはね返す最強の盾とも呼ばれる霊器の一つ。昔なにかの本で読んだ記憶がある。一般的な本と、うちはの書庫にも似たようなものがあったはずだ。

 

 生きてる人間は俺と部下しかいない施設内をぐるっと見渡す。

 

 封印術を帯びた最強の剣である十拳剣(とつかのつるぎ)に、最強の盾である八咫鏡。

 

 この研究施設では主にこの二つについて調べていたようで、いたるところに剣と盾に関する資料や研究データが保管されていた。

 さらには、暗黒……須佐能乎など、うちは一族の能力に関するものまで。

 

 偶然か、意図的か。

 

 とくに十拳剣は貫いた対象を幻術世界に封じ込める能力を有しており、大蛇丸がうちは一族との関連を疑うのも無理はなかった。

 

「隊長はこれらについてご存知だったのですか?」 

『……いや。俺も聞いたことがない』

「大蛇丸はそうは思っていなかったようですね」

『ああ』

 

 部下が手元の資料を指で撫でている。

 

 暗……須佐能乎が俺固有の能力ではなく、万華鏡写輪眼を開眼したうちは一族なら誰でも発動できる能力であることも分かった。

 つまり、イタチもすでに同じ能力を持っている可能性が高い。

 

『あちらにも暗黒剣士が宿っているのか……』

「ダー……何です?」

『何でもない』

「…………」

 

 部下に向けられた疑わしげな眼差しはスルーした。

 

「クロ隊長」

『どうした』

 

 別室を調べていたはずのイロが、いくつかの紙を持ってこちらにやってくる。

 彼は先ほど俺が置いた八咫鏡について書かれた資料の隣に紙を並べた。

 

『これは?』

「十拳剣と八咫鏡の居場所を示した地図です。……とは言っても一つではなく複数あって、どれが正解なのか、どれも不正解なのかも分かりませんが」

 

 イロが持ってきた紙に記された場所はどれも霊山だった。名前すら初めて聞いたものもある。

 

『霊器……実体を持たぬもの、か』

「十拳剣や八咫鏡以外にも存在を仄めかされているものがありますね」

「クロ隊長のダ……須佐能乎も、聖剣のようなものを持っていませんでしたか?」

『……ああ』

 

 今絶対暗黒剣士って言おうとしただろ。

 

「あれも霊器の一つではないのですか?」

『……アレは元々あったものだから』

 

 須佐能乎はいつの間にか俺の中にあって、あの聖剣もどきも最初から持っていたものだ。

 

 イロはじぃっと何もない俺の背後を見つめている。

 

「いつだったか本で見かけたパラディン――聖騎士みたいだと思いました」

『……騎士じゃなくて王だ』

 

 まあ剣士なんて名前つけちゃったけど。何となく、剣士でも騎士でもなく王だと感じている。

 騎士にしてはアイツ、盾も持ってないしな。

 

「骸骨の時は剣も持ってないですよね。肉付けされてあの姿になってから、剣を持っていた気がします」

『…………』

 

 言われてみればそうだ。

 

 写輪眼の時からこの不思議な力を何となく使ってきたけど……今でも知らないことの方が多い。

 

「霊器についても別ルートから調べておきましょうか」

『……今は研究施設の処理が最優先だ。ダンゾウ様に報告だけはしておく』

「分かりました」

 

 ある程度資料を持ち出したら、まとめてどこかに保管しておこう。

 イロの能力で運んでもらうのもいいかもしれない。

 

「霊器だけでも随分と数がありますね。弓に、槍に、用途の分からない天秤まで……」

 

 こういったものは実体がないのに、どうやって存在を認識しているんだろう。

 

 実体はなくても、チャクラはある?

 写輪眼や白眼があれば視認できるとしたら?

 

 あの大蛇丸がここまで情報を掴んでおきながら、一つも霊器を手に入れていない様子なのも納得がいくし、うちはの肉体に執着する理由にもなる。

 

 ……ただ、あの男がなぜダンゾウのように自分の眼を写輪眼にしないのかが分からない。

 適合しなかったのか、写輪眼を最も使いこなせる肉体ごと欲しいという強欲さから、妥協できなかったのか。

 それとも、他人の肉体を乗っ取る明らかな禁術に付随するデメリットゆえなのか。

 

 大蛇丸ほどの人間が写輪眼の移植を考えたことがないはずがないから、何かしらの理由はあるんだろう。

 

『そろそろ施設を――――』

 

 出るぞ、と続くはずだったお面の声は甲高い鳥の鳴き声に遮られる。

 

 激しく羽をバタつかせながら施設内に突っ込んできたのは、雀鷹だ。

 

「隊長!」

 

 窓を突き破った雀鷹がガラスの破片と共に床に転がる。

 元々研究員や実験体の血で濡れていた床に、雀鷹の血と羽が落ちた。

 

 俺はすぐに血溜まりの中から雀鷹を掬い上げて胸元に寄せる。

 

「木ノ葉からの巻物です」

『……医療忍者を呼んでくれ。ここにくる途中で攻撃を受けたようだ』

 

 イロが別室にいる医療忍者を呼びに行っている間に、雀鷹の足に括り付けられていた巻物を取り外した。

 雀鷹は俺の気配に安心したらしく、今は呼吸を落ち着かせてぐったりしている。

 

「木ノ葉に何かあったのでは……」

『…………』

 

 定期連絡が来たばかりだった。雀鷹の傷が木ノ葉の件と直接関係があるかは分からないが……。

 

 根の者しか知らない手順で巻物を開く。手順を一度でも間違えれば、巻物は瞬時に燃え上がるように仕組まれている。

 巻物に書かれた文字を追いかけた。

 

『うちはサスケが里抜けを、』

 

 サスケが里を抜けた? ……上手くやったのか?

 遅かれ早かれ、大蛇丸があらゆる手を使ってサスケを自分の元に置こうとすることは俺もイタチも分かっていた。

 大蛇丸はこの先数年間は次の体に移れない。ならば、今がサスケをダンゾウから引き離す最後のチャンス。

 俺は里に残した影分身で、可能な限り里抜けをサポートするつもりだった。

 

 巻物を持つ手が震えた。

 

『…………目論み、うずまきナルトと交戦。九尾化したナルトが里の一部を破壊』

 

 目論み……失敗したのか?

 なぜナルトと戦わなければならなかった?

 

『駆けつけた五代目火影やはたけカカシ、火影直属の暗部、そして根に取り押さえられ――――』

 

《現在は拘束完了。地下牢に収容済み。今後は重要監視対象として火影の監視下に置かれることが決定した》

 

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