じんせいみてい!   作:湯切

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第五十五話 帰還

 鏡の前に立つ。

 

 これまではずっと自分の顔に家族の面影を探すように、憎むべき相手のカケラを探すように、睨みつけるように見ていた。

 そうする必要のない顔がこちらを見つめ返しているという事実は、妙な心地にさせてくる。

 

「違和感や痛みはあるか?」

「……いや、ない」

 

 里抜けに失敗してからおよそ一月経った。

 隣に立っていた綱手が顎に手をやり、「問題なさそうだな」と呟く。

 

「本来ならば私のことは『火影様』と呼び、常に敬語を使うべきなんだがな。……本当に向こうで大丈夫なのか」

「それくらいできる……ます」

「……はぁ」

 

 深いため息をつかれた。

 

「いよいよ今日、根の最終試験が行われる。詳細は頭に入っているな?」

 

 黙って頷く。

 根が不定期に行う選別とも呼ばれる試験。兄弟のように育った二人を殺し合わせ、生き残った方を根に加入させるという悪趣味なものだ。

 オレはそのうちの一人に成りすまし、根に潜入することになっている。

 

「最終試験開始と共に、試験に参加する二人は相手の出方を伺うために距離を取るだろう。お前の()()()は確実に合格すると思われている弟の方だ」

 

 綱手がテーブルの上に広げたのは、地図。木ノ葉隠れと砂隠れの間に位置する森を指差す。

 

「試験が行われるのがこの森。恐らく試験中に監視の目はないと思うが、警戒はしておけ」

「ああ」

「お前が入れ替わる兄弟たちは、テンゾウが一人ずつ拘束することになっている。早々に決着がつくようであれば、生き残った方をな。お前は生き残った一人として根の合流地点に向かうだけでいい」

 

 もう一度頷く。無意識に左腕の刺青を撫でる。

 

「気になるのか?」

「?」

「さっきから刺青を気にしているだろう」

「……これは、スバル兄さんの腕にも同じものがあったから」

 

 根と火影直属の暗部は同じ位置に同じデザインの刺青を入れている。男は左、女は右の二の腕に。

 スバル兄さんは脇腹にも似たようなものがあった。あれが父さんの日記にもあった、ダンゾウによる呪印なのだろうか?

 

「根による呪印は、普通はテンゾウのように情報を話せなくなるようにするだけなんだろ」

「そのはずだ。お前の父が残した日記を信用するなら、うちはスバルの呪印だけは特別だったようだな。……恐らく、うちはだったからだろう」

「うちはだったから?」

「うちは一族は、マダラの一件からずっと木ノ葉上層部に警戒の眼差しを向けられていた。そして、十三年前の九尾襲撃事件……あれも九尾を操ることができる写輪眼を持つ、うちはの仕業ではないかと噂されていたのだ」

「……なんだと?」

 

 九尾。九つの尾を持つ化け物がナルトに封印されていることは聞いている。

 ……オレも直接目にした。あの日、ナルトの全身から禍々しいチャクラが溢れ出し、完全に満ちたと思ったら――集落の奥の森へ飛ばされていたのだから。

 

「当時の木ノ葉上層部は、うちはがこれ以上の権力を持つことを危惧し、集落を里の端へ移動させたんだろう。……幼いお前は気づかなかったかもしれないが、強すぎる力は差別の対象になり得る」

「…………」

「私の知る限りでは、ダンゾウの根にうちは一族の者が所属したのは、うちはスバルが最初で最後。スバルが里を――ダンゾウを――裏切ることがあれば命を奪う呪印を与えていたとしてもおかしくはない」

 

 ずっと不思議だった。

 スバル兄さんが根に所属していてほとんど家に帰ってこなかった頃、両親はまるで兄さんを地獄に送り出してしまったような、そんな罪悪感に塗れた表情をすることがあった。

 結局兄さんは火影直属の暗部に所属することになり、同じ暗部だというのに両親は安堵しているようだった。

 

 涙ぐむ母さんに抱きしめられながらも、抱きしめ返すこともせず、戸惑うように視線を彷徨わせていたあの日の兄さんのことは、今でも記憶に残っている。

 

「呪印のことも分かっているな? 私の忍術で可能な限り抑え込んでいるが、チャクラを練りすぎればすぐに自我を乗っ取られるぞ」

「問題ない」

「ならいい。逐一私へ報告する必要はない。常に監視の目があると思っておけ。確実に見られていないと確信できた時と、急ぎで知らせたい事がある場合のみ、連絡を寄越してこい。お前の舌には“呪い避け”を施してある」

「……はい」

 

 いつものように分かったと言いかけて、ここからが本番だと気を引き締める。

 綱手は満足そうに頷いた。

 

「ナルトを見ていかなくていいのか?」

「……この先もアイツとオレの忍道が交わることはないんだ。ナルトがどう思おうと勝手だが、オレはもう……余計な感情に振り回されるつもりはない」

 

 ――大蛇丸にお前を殺されるくらいなら、今ここでオレがお前を殺す!

 

 ナルトは九尾化して完全に意識を失う前にそう言った。

 

 大蛇丸どころかナルトにやられるつもりは毛頭なかったが……それも悪くないと思ってしまった。

 

 本当は全部ここに置いていくつもりだったのに。

 全てを失った夜から、一歩ずつ歩いて積み重ねてきたものたち。

 立ち止まっていた俺を追い越すことなく隣を歩き続けたナルトに、少し先で待っていたサクラ。

 優しい場所だった。だからこそオレは全てを捨てなければならない。捨てなければ――踏み出せない。

 

 あんなことがあってもナルトはまだオレを友だと思っているだろう。アイツは、きっとオレに殺されることになろうとも死の直前まで……いや、死んだ後でさえオレに向ける感情を変えることはない。

 

 ずっと一緒に歩いてきたんだ。……今度は、一人で。

 

 伸ばされる手をわざわざ振り解く必要もない。ただ、何もかも届かなくなるくらい――遠くへ。

 

「……一つだけ約束してくれないか」

 

 綱手はいつになく真剣な表情でこちらを見ていた。

 

「必ず戻って来い。どのような真実が待っていようが、お前がどのような選択をしようが、ここにはお前の帰りを待っている存在がいることだけは忘れるな」

「…………」

 

 綱手がフッと気を抜くように微かに笑う。

 火影椅子から立ち上がった彼女はオレの目の前までやってきて――念押しするように肩に手を置いた。

 

「もう時間だ」

 

 

 

 火の国と風の国の間に位置する森の中。

 

 綱手の作戦は全て上手く行った。テンゾウが根の候補生である二人を無事に拘束したことを確認し、二人の懐から生き残った一人が向かうべき場所が記された巻物を手に入れた。

 

 腕や足には二人が持っていたクナイで傷をつけ、服を拝借している。()()()()()()()の少年の基本データも頭に入れてある。何の問題もないはずだ。

 

「じゃあ、僕は火影様の元へ戻るよ」

 

 候補生二人を木遁で縛り終えたテンゾウが立ち上がる。その腕がこちらに伸びてきて、微かに緊張が走ったのも束の間、頭にぽんっと軽い衝撃があった。

 

「…………」

 

 ぽかんとした顔でテンゾウを見上げてしまう。彼は照れくさそうに眉尻を下げていた。

 

「スバルは僕にとって弟のような人だった。……気をつけて行っておいで」

「…………ああ」

 

 テンゾウがひらりと手を振る。オレはもう振り返ることはなく、合流地点に向かって走り出していた。

 

 

 

 合流地点には熊のお面を被った男が立っていた。男が手にしている巻物が風に煽られている。

 

「巻物をこちらへ」

「……はい」

 

 言われた通りに巻物を差し出す。男が自分の持っている巻物にオレのものを重ね合わせ、巻物はあっという間に炎に包まれて消えてしまった。

 綱手から事前に聞いていなければ焦ったかもしれない。

 

「これでいい。さあ、木ノ葉に向かうぞ」

 

 走り出した男の背中を追いかける。男は慣れたように木から木へと飛び移っていく。

 正直、着いていくのもやっとな速度だったが、恐らくこれでも加減されている方だろう。現に男は時折こちらを気にかけるような素振りを見せている。

 

「…………」

 

 こういう時、自分の未熟さを突きつけられる。大蛇丸に付けられた呪印が疼いた気がした。

 

 森を抜けて火の国に入る。根の独自ルートなのか、行きとは全く違う道だった。

 

 あっという間に木ノ葉隠れの里が見えてきた。

 

「こっちだ」

 

 熊面の男と共に裏門を通り、根の根城――志村ダンゾウの屋敷へ足を踏み入れる。

 

 すでに権力を失った男の屋敷にしては広く、元権力者にしては贅沢品が一切置かれていない。

 中は全体的に薄暗く、点在する蝋燭の炎が照らし出している。

 

「屋敷を拠点にしている者たちの一部はここで生活している。第一部隊と第二部隊……は今はいないがな。第二は外で長期任務中だ」

 

 前を歩く熊面の男の説明に耳を傾けながら、不自然ではない程度に屋敷内に目を向ける。部屋の配置を頭に叩き込む為だ。

 

 男が立ち止まったのに合わせて足を止める。

 

「そいつで最後か」

「はい。モズ隊長」

 

 百舌鳥のお面をつけた男が腰に手を当てた状態で立っていた。ごくっと喉が鳴る。

 

 ……色葉スイは相手を“色”で認識する。生き物の持つ色は体調や心情に左右される為、完全に個人を特定できるものじゃない。

 だが油断はできない。オレの色とやらが以前会った時と変わっていなければ、怪しまれる可能性だってある。

 

「ご苦労だったな。次の任務に向かっていいぞ」

「はい」

 

 熊面の男の姿があっという間に消える。スイは資料片手にこちらを見た。

 

「弟役か。お前は第二部隊だな」

「…………」

 

 先ほど熊面の男が、第二部隊は里外の長期任務に出ていると言わなかったか? それではダメだ。わざわざ根に潜入した意味がほとんどなくなってしまう。

 

「すでに聞いているかもしれないが、第二部隊は里の外で長期任務中だ。数年で戻ってくるだろう。それまでお前はオレの隊に所属させる」

「はい」

「名前は……シキか。面は忍服と一緒に受け取っておくように」

 

 スイは紙に何かを書き込み、「よし」と頷く。

 

「着いてこい。部屋まで案内する」

 

 

 

 ダンゾウの屋敷は綱手に渡されていた資料よりも複雑な造りになっているようだった。

 以前は別にあったという根のアジトが取り壊され、そのまま中身だけをダンゾウの屋敷へ移動させたせいだろう。地下に伸びる無数の“根”は綱手の資料には記されていない。

 

「本来は数人で一つの部屋を使うことになっている。今は第二部隊がいないから部屋が余ってるんだ。お前も暫くは一人で使うといい」

「はい」

「第二がいない関係でどこも手が回っていない。お前も明日から任務に向かうことになる。問題ないか?」

「はい」

 

 根の人間は最終試験によって完全に心を殺す。

 余計な感情が乗らないよう、抑揚もつけずに答える。実際にここに来てから見かけた同期と思われる少年たちは皆同じような話し方だった。

 

「この時期はロボットに話しかけている気分になるな」

 

 スイが少し億劫そうに言う。まるでこの状況を良しと思っていないような口ぶりだ。

 

「……ああ。まだ言っていなかったか。オレは第一部隊の隊長、モズだ。第二の奴らが戻ってくるまではオレの指示に従うように」

「分かりました」

 

 スイが小さなため息をつく。

 

「つい最近までは第二部隊の隊長が定期的に影分身を寄越してきてたんだが……。お前が目にするのは彼らの任務完了と同じ頃になりそうだな」

「…………」

「オレはこれから任務がある。お前はこの部屋で待機していろ。オレが戻ってきたらダンゾウ様の元へ行く」

「はい」

 

 ダンゾウの名前に反応しそうになった。

 ……ついに。オレの知りたい真実に一番近いと思われる男をこの目で見ることができる。

 

「…………お前」

「…………何でしょうか」

 

 部屋を出て行こうとしていたスイが不自然に立ち止まり、意味深な視線をこちらへ寄越してくる。……まさか、バレたか?

 

「面のデザインに希望はあるか」

「……面、ですか」

「ああ。大体何でも揃ってる」

「…………」

 

 面のデザインを自分で選べるとは思わなかった。

 黒猫は綱手に渡された面と被るから良くないだろう。それに、スバル兄さんが根に所属していた時に使っていたお面が白猫で、コードネームはクロネコだったとカカシから聞いている。スバル兄さんが使っていたお面は、今はもう別の人物が使っていることも。

 

 頭にあの日のナルトの姿が浮かんだ。

 

「狐……のお面とか」

「……狐か。ちょうど一つ使っていないものがある。用意させておこう」

「ありがとうございます」

 

 礼を言えば、スイの目元が僅かに柔らかくなった。

 

 

 

「今回の選別で残ったのはたった十人か」

「はい」

 

 屋敷の一番奥の部屋。隅に蝋燭が置かれた部屋で首を垂れていれば、やや遅れて入ってきた男が上座に座った。

 男の右眼は包帯で完全に覆われており、歳は七十前後といったところだろうか。唯一見える左眼の鋭さは、年を重ねたことによる衰えを一切感じさせない。

 

 志村ダンゾウ。かつては三代目火影の右腕だった男。

 

 ダンゾウはこの部屋に集まったオレを含む根の新入り十人を見渡し、ダンゾウに近い場所で膝をついているモズを見下ろした。

 

「大蛇丸の木ノ葉崩しによって、この里は黎明期にある」

 

 低く、やけに耳に残る声が響く。

 

「お前たちは木ノ葉の地下に広がる根の一つとなってワシの為に働け。木ノ葉を地中深くから支え、守り、正しい道へと導くのが根の使命。……期待しているぞ」

 

 十人の感情のない瞳がダンゾウを見上げている。

 

 膝に乗せた拳を強く握った。ダンゾウが部屋を出ていく。……いつの間にか手のひらには汗をかいていた。

 

 

 

 ――――季節は巡り、オレが根に潜入してからおよそ三年の月日が流れた。

 

 あと数ヶ月でオレは十六になる。

 

 鏡の前に立って、少し伸びた髪を整える。この顔もすっかり見慣れてしまった。

 

 暗部の忍装束に着替えて忍刀を背中にさす。右脚のホルスターにクナイや薬などを補充していたら、部屋の前に誰かがやってきた気配がしてそちらに顔を向ける。

 

「シキ。いるか?」

「ああ」

 

 同時期に根に入った男の声。根の人間は隊長クラスを除いて二人一組で行動することが多い。この男がオレのパートナーだ。

 

 棚の上に置いていた狐面を被ったタイミングで障子が開かれる。男はまだ面を被っておらず、手に持ったままだった。

 

「第二部隊が木ノ葉に帰還したらしい。モズ隊長が、出迎えてやるようにと」

 




連載開始してからちょうど二年でした。今でも読んでくれてる人、本当にありがとう〜!

じんせいとつれづれ(別作品)のイラストを描いてくださった方がpixivに載せてくれたので、ぜひ見てほしいです!頼む!!
https://www.pixiv.net/artworks/113706707
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