じんせいみてい!   作:湯切

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第六話 四代目火影

 俺が根に所属してから半年以上経った。

 

 正直、舐めてた。いくら暗部とはいえもうちょっと時間にも心にも余裕が持てるんじゃないかと思ってた。

 

 もしかしたら火影直属の暗部だったらもう少し融通が利いたかもしれないが、トップがアレな時点で俺には希望なんてない。

 どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう……。

 

 この約半年間で俺が実家に帰れた回数知ってる? ゼロだよゼロ! つまりイタチに一度も会えてない。

 しまいには《先週無事に産まれました。名前は三代目様のお父上にあやかって付けました……うちはサスケです。イタチもサスケも、スバルがゆっくり家に帰ってくる日を待ち望んでいますよ》なんて手紙が届く始末だ。キツい、何もかもキツい。

 

 ちなみに俺がその手紙を読んだのは今日で、手紙が届いたのは先月である。

 

 長期任務で里にいない間にもう一人の弟が爆誕していた。こんなことが許されていいのだろうか?

 

「おっと、おはようスバル。……そんなに急いでどこに行くの?」

 

 手紙を握りしめてすぐに実家に向かおうと自室から飛び出したら、部屋の前にいたキノエさんにぶつかりそうになった。うおっ、なんでそんなところに。

 

《じっかに かえらせて いただきます》

「ボクの何が不満だったの!?」

 

 この半年ですっかり指文字をマスターしたキノエさん。何やら茶番を始める気満々のようでブチ切れそうになった。俺には時間がないんだよ!

 

《そこを のいてください》

「ボクはちゃんと、スバルが通りやすいように道を開けてるよ」

 

 その言葉通り、キノエさん自身は横にズレて「さあどうぞ?」と言わんばかりだ。

 しかし俺は動くことができない。両足を彼の木遁忍術によって縛られていたからだ。これまでに何度思っただろう。その術は反則だって。

 

《なんの まねだ》

「先輩として忠告しておくと、さっき任務から帰ってきたばかりなのにすぐに出掛けるのは良くない。任務中ほぼ眠れなかったでしょ? すこし仮眠をとった方がいい」

 

 至極真っ当なことを言われてぐぬぬと唸る。俺は正論パンチにすこぶる弱い。だが男には引けない時がある。それが今だ。誰が何と言おうと今なんだ。

 

《おれの じゃまをするなら ころ、》

 

 殺すと言い切る前に、右側頭部に衝撃を受けた。視界の端で木屑が舞っている。痛みを感じる前にぐるりと目を回して――

 

「……ほら、こんな簡単な攻撃を受けちゃうくらい疲れてるんだから」

 

 壁から突き出してきた木片により思いきり頭を打たれた俺は、呆気なく意識を手放した。

 

 

 

 ぼんやりと意識が覚醒する。何度か目を瞬かせている間に意識を失う前の出来事を思い出した俺は、すぐに起き上がろうとして……ぼふっと枕に頭を戻した。

 体が重すぎる。これだからすぐにでも弟たちのところに向かいたかったのに。

 人間というのは不思議なもので、休まず動き続けている時よりも、一度休憩した後の方が疲労を感じやすかったりする。前者は感覚が麻痺してるってのもあるけど。

 

 あー、クソ。まだ暫くは満足に動けそうにない。ここまで酷いのは写輪眼を開眼したあの日以来かもしれない。

 あの日と違うのは、俺を必死に看病してくれる愛しい弟はそばにいないこと。

 これ、砂漠にオアシスがあるかないかくらい違う。つまり死活問題。このままだと俺、干からびて死んじゃいそう。

 

「目が覚めた?」

 

 布団の中で身じろぎひとつできずに天井を睨みつけていると、俺を自室へと追いやった元凶であるキノエさんがひょっこりと顔を出した。憎しみの感情がぶわっと溢れて、両眼が熱くなった。疲労度MAXにより写輪眼にはならなかったらしい。

 

「……スバルって家族への愛は人並み以上なんだね」

 

 キノエさんには理解できない感情だったようで不思議そうに言われた。

 

「キミが長期任務に出ている間に届いていた手紙は、全部ボクとモズさんで目を通させてもらっていたよ」

 

 そうだろうと思っていたから特別驚かなかった。疑問に思う点があるとすれば、なぜ今このタイミングで俺にその話をするのか、だ。

 

 眉を寄せながらキノエさんの言葉を待つ。俺の気のせいでなければ彼はとても悲しげな目をしている。物心つく前から根で感情を殺す訓練を積んできたとは思えないくらい、()()()()表情だ。

 

「もう分かってるよね。これまで家族の待つ家に帰る暇もないほど無茶な長期任務に向かわされていたのも、キミの動向をボクとモズさんが監視していたことも」

「…………」

 

 何を分かってるって? どれもこれも初耳なんだけど。

 

「根には名前はない。感情はない。過去はない。未来はない。あるのは任務のみ。……もう家族のことは忘れた方がいい。それがキミの為だよ」

 

 一瞬キノエさんの言葉が理解できなかった。暫くして、これは彼というより、ダンゾウからの最終警告なんだと気づいた。

 

 そういえば最後までダンゾウに反抗的だった子どもが、久しぶりに会うと記憶を消されていたことがあった。俺も彼らと同じような目に遭うか……処分されるのかもしれない。

 

 それならまだマシな方だ。契約を持ちかけてくる際にイタチの名前を出して脅してきたヤツのことだ。その手が弟たちに伸びないとも限らない。

 

「この手紙のことと、スバルがすぐに家族に会いに行こうとしていたことは、まだダンゾウ様には報告していない」

 

 キノエさんの手には母さんからの手紙が握られていた。あっと思う間も無く、燃やされてしまった手紙の燃え滓が俺が横になっている布団の上に落ちてくる。

 

「気をつけた方がいい」

 

 どこかで聞いたようなセリフ。こんな状況なのについ頬が緩んだ。そうそう、セキも言ってたんだっけ。彼にもあれから一度も会えてないけど元気かな。

 微笑んだ俺にキノエさんが怪訝そうな顔をする。

 

《しんぱい か》

 

 家族以外に俺にそんな感情を向ける人間がまだいたとは。

 俺はバカだけど、ダンゾウに忠誠を誓っているこの二人が彼に報告せずに黙秘を続けているのがどういうことかは理解できる。

 

 ぐぐっと腕に力を入れて何とか起き上がる。全身の骨が軋むような痛みが走ったが耐えた。

 

「ちょっと、まだ起き上がるのは……」

 

 慌てて駆け寄ってこようとしたキノエさんを手で制する。これくらいは大丈夫だ。下ろした手のひらが、手紙の燃え滓にかさりと触れる。

 

「…………」

 

 両親やイタチ、まだ見ぬもう一人の弟のことを思い浮かべて目を細めた。

 ――サスケはどんな子になるんだろう。

 俺みたいに父さんに似なきゃいいけど。きっとイタチに似て可愛いんだろうな。

 

《もう だいじょうぶです》

 

 どうせこの身体じゃ今日一日は布団から出られない。明日にはまた別の任務が始まるし、キノエさんが言うように、確かに俺のスケジュールは任務以外の余計なことを考える時間を与えないように調整されているようだ。

 

《ひとりに してください》

 

「……うん。夜ご飯の時間になったら呼ぶからね」

 

 自室の扉がパタンと閉じて、部屋には俺一人だけになる。

 

「…………」

 

 俺は弟たちに会いに行くことを諦めた。……今は。そう、今だけだ。 家族のことを忘れる? 弟たちに二度と会えない? そんな状況を黙って受け入れる俺じゃない。

 

 今に見てろよダンゾウ。いつか俺がお前より強くなったら真っ先に根っこごと引っこ抜いてそのジメジメした頭をお天道様に晒してやるからな!

 

「…………っ!」

 

 興奮したら脇腹が痛くなってきた。いててて。ダンゾウからの遠距離攻撃か? 生意気言ってすみませんでした。

 そろそろと布団を掴んでもう一度横になる。戦士にも休息は必要だ。それでは、おやすみなさい。

 

 

 

 暫くは実家に帰らないと決意してからさらに二ヶ月経った。忙殺されていてそれどころじゃなかった半年間よりも、この二ヶ月間の方が長く感じる。

 

 俺はできるだけダンゾウに忠実であろうとしたし、彼もそんな俺の姿に満足げだった。

 

 心の中ですらイタチたちを思い浮かべないようにしていると、その間は平気だったが、ふとした拍子に思い出してしまった時には地獄だった。

 今すぐ除夜の鐘を百八回打ち鳴らしたい。愚かな煩悩たちを滅してやりたい。……今すぐイタチたちに会いたい。俺には圧倒的に足りない……癒しが!

 

「絶対に逃すなよ!」

 

 鋭い怒号が飛び交う中、こんな呑気なことを延々と考えていて申し訳ない。

 実は絶賛任務中でーす。しかも敵が逃げそうでーす。……見逃してやったらどうや?

 

 素早く飛んできたモズの指示に頷く。ダメらしい。そっかあ。

 

 任務についているのは俺、モズ、キノエさんのスリーマンセルだ。この中で一番偉いはずのモズ隊長だけ呼び捨てにしてるのはアレだ、愛じゃよ。

 

「木遁・大樹林の術!」

 

 キノエさんが敵に向けた腕が木となり、どんどん成長していく。本物と同じように細かく枝分かれしていくその様は、自然すらも味方につけた神の所業にしか見えない。

 やっぱりその術チートだって。

 

 キノエさんは伝説の三忍のうち蛇タイプに魔改造された結果、初代火影と同じ木遁が使えるようになったって言ってたけど。情報量が多い。

 

 今回の任務は、無謀にも木ノ葉に不法侵入してきたどこぞの国の忍を抹殺せよとの指令だ。

 俺たちは一般人に被害が出ないよう、侵入者を死の森まで誘き寄せることに成功した。

 

 侵入者は額当てをはじめとする出自の分かるものを徹底して身につけていないようで、彼がどこから来たのかは不明である。なんかぐるぐるしたダサいお面つけてるし。ちなみに単独で乗り込んできてる。

 

 一人ならこっち三人だし余裕じゃん! って思うだろ? これまでひたすら暗部として裏側の任務に励んできた俺には分かる。こういう時、群れないやつの方が圧倒的にやばい。強さ的な意味で。

 そもそもソロで敵国に来られる時点でメンタル鋼だから。

 

 キノエさんの木遁を簡単に避けた男が、待ち構えて一発食らわせようとしていた俺に手を伸ばしてきた。

 ……なんだろ、あの手、嫌な感じがする。急いで印を結ぶ。

 

「チッ」

 

 至近距離で豪火球を受ける度胸はなかったようで、男が舌打ちと共に飛び退いた。逃げると見せかけて俺に攻撃を仕掛けてくるとは汚い奴!

 

「……ダンゾウの手がここまで張り巡らされていたとはな」

 

 ぼそりと男が呟いた。その声に妙に聞き覚えがある気がして眉を寄せる。でも思い出せない。思い出せないってことはどうでもいい記憶ってことだ。多分。それならヨシ!

 

『ダンゾウは用意周到なヤツだからな』

「…………何?」

 

 独り言に反応されたのが気に障ったのか、男の纏う雰囲気が僅かに変化した。

 いやいや、聞かせたほうが悪いんじゃないですか?

 

「お前……いつのまに、喋れるように、」

 

 今度こそ一番近い俺に聞こえるか、聞こえないかくらいの小さな声だった。

 己の失言に気づいたのか、男はすぐに固く口を閉ざしてしまう。

 

『……俺の知り合いか?』

 

 うっかり口にしてしまってから、しまったと思った。

 セキのお面は、修理を経て以前より強く頭に思い浮かべないと音声に反映されなくなったとはいえ、やはり気が緩んでいると危うい。

 

 しかも、これまでは明らかな機械音声だったのが「スバルの声ってこんな感じだと思うんだよね」などと、いかにも肉声っぽく修正されてしまっている。

 完全に人間の声とはまではいかないが、お面越しなら違和感がないレベルに仕上がっていた。

 

 セキ、お前は技術職に就くべきだと思う。このままじゃ才能の無駄遣いだ。

 

 目の前の不法侵入者が俺の正体を知っていた場合、俺が本当に話せるようになったと誤解された可能性がある。

 ……いや、そもそも他国の忍がなんで俺のことを知ってるんだ? 自国ではうちは一族ってことで親どころか一族の七光り状態だが、他国では俺のことはまったく知られていないはずなのに。

 

 ちなみに俺に実力がないわけじゃない。モズとキノエさんっていう化け物連中と組むことが多いせいで、俺の悪名が轟かないだけだから!

 

 俺の思考が脱線している間に、モズとキノエさんが次々と攻撃を繰り出していた。ごめん、今度こそちゃんと集中するね。

 

「これは……」

 

 男の動きが不自然に止まる。モズの足元の影が、男のところまで伸びていた。かっこいいよな、あの術。

 

「影真似の術、奈良一族の者か」

 

 仮面越しに男の目が大きく見開かれた。

 

「キノエ! あいつの動きを封じているうちに木遁で縛り上げろ」

「はい!」

 

 キノエさんの印に合わせて、無数の木片が男へと向かう。そのうちの一つに身を潜ませて、俺自身も一気に距離を詰めた。

 

『木ノ葉旋風!』

 

 しっかりと練り上げたチャクラを両脚に集中させ、顎を狙って蹴り上げる。

 

「ぐっ」

 

 当たった! 顎への衝撃により脳も揺れたはずだが、そんな素振りは見えない。怪訝に思いつつ、さらなる蹴りを食らわせようと地面に手をついたのと、キノエさんの木片が男を縛り上げたのはほぼ同時だった。

 

 もう一度、今度は足元を狙ったはずの蹴りが、なぜか空に投げ出される。

 

『っ、』

 

 俺は見事にバランスを崩して、地面に転がった。

 

「どういうことだ!?」

 

 俺が言いたかったことをキノエさんがすでに叫んでいた。

 

『…………?』

 

 男はキノエさんの木片に貫かれても平然とそこに立っている。いや、木片に貫かれずに、まるで透明人間のようにすり抜けていた。

 というか、この状況、俺ごとすり抜け、た?

 

 ぞわっと全身に鳥肌が立った。なんか嫌だなそれ! 俺に野郎の身体をすり抜ける趣味なんてないぞ!

 

「そう怒るな」

 

 男が嗜めるように言う。モズの影真似も無効化されてしまったようで、伸びていた影がシュルッと本人に戻っていく。

 

「今回は痛み分けだ」

 

 男がつけている悪趣味な仮面の奥で、何かが赤く光った気がした。

 

「うっ……!」

「キノエ!?」

 

 キノエさんが、がくんとその場に膝をついた。

 すぐに駆けつけたモズが、ぐったりと俯いているキノエさんの肩に触れて自らのチャクラを流している。

 

『写輪眼……』

「なるほど、お前も()()眼をもっている」

 

 身体ごとこちらを向いた男が笑ったような気がした。

 奇妙なデザインのお面はちょうど右眼の位置に空洞が空いている。そこから覗いている右眼は真っ赤で、見たことのない模様をしていた。

 明らかに写輪眼とは違う。しかし、男は否定しなかった。どういうことなんだ?

 

 写輪眼を見かけたらとりあえず写輪眼になっとけというのは、うちは一族にとっての常識である。

 別に誰かに言われたわけでもないが、もはや生理現象のように両眼は自然と写輪眼になっていて、ゆっくりと体内のチャクラを蝕んでいた。

 

 うちはに抜け忍がいたなんて情報は聞いてない。

 俺のような下っ端には知らされていないだけか、もしくはどっかの誰かの眼が敵国の手に渡ったか。

 あれだけ大きな戦争があったんだ。一族にもそれなりに死者は出ているし、回収できてない死体だって一人や二人じゃない。

 

 実際に、木ノ葉にも戦死したうちは一族の眼を移植している人間だっている。会ったことはないが、ガイ大先輩の大親友だとかで……確か名前は…………なんだっけ。

 

「また会うことになるだろうな……うちはスバル」

『なぜ俺の名を』

「うちはについて知らないことはないと自負しているんでな」

 

 うちはの熱烈なファンかよ。世も末だ。趣味悪すぎ。

 男は一度キノエさんたちの方を一瞥して、消えた。文字通り、その場から一瞬で。

 

 うちはにあんなファンがいるなんて、我が一族は安泰だな。……アンチかもしれないけど。アンチほど対象について詳しくなるって聞くし。愛と憎しみは紙一重っていうやつだ。

 

「スバル、早くこの場を離れるぞ」

『キノエさんは』

「大丈夫、幻術を受けて一時的に気を失っているだけだ」

『俺が担ぎますよ。またあの男が来たら、対応できるの写輪眼持ってる俺だけなんで』

「…………頼む」

 

 モズの代わりにキノエさんを背負った。やっぱり意識のない人間って重い。

 だらんと前に垂れてきた腕を掴んで、落ちないようにしっかりと背負い直した。

 

「あの男と話していたようだが、何を言われた?」

 

 死の森からダンゾウの屋敷まで全速力で駆け抜けながらモズが尋ねてくる。俺はちょっと考え込んで、首を振った。

 

『有益なことは、何も』

 

 ここで「あの人、俺の一族の熱心なファンらしいですよ」なんて言うとモズの拳が飛んでくるんだよ。俺は学習しました。偉い。

 

「知り合いか?」

 

 抜かりなく俺から情報を聞き出そうとしてくるモズ。そりゃそうか。向こうが写輪眼持ってる時点で、真っ先に疑われるのはうちは一族だ。

 

『あっちは俺のことを知っているようでしたが』

「それが分かれば十分だ。お前の記憶力には期待してない」

『…………』

 

 ムカつくけど、俺のことよーく分かってんのね。

 

 

 

 仮面の男と一悶着あった翌日。俺はなぜか火影室に呼び出されていた。

 

「はじめまして、かな。波風ミナトです」

 

 はにかみながらこちらに手を差し出してきたのは、四代目火影の座についたばかりの木ノ葉の黄色い閃光、その人であった。

 

 なんというか、こちらが心配になるくらい雰囲気がおっとりしている。他国の忍どころか道端の虫すら殺せなさそうな顔だ。

 

 この人が直近の大戦で一番の戦果を上げて、結果的に終結に導いた功労者か。

 

 三代目の時とは違って、きちんと整理整頓された火影室には無駄なものが一つも置かれていない。性格が出るなあ。

 

『……うちはスバルです』

 

 失礼かもしれないと思ったが、差し出された手は握らず、頭を下げるだけにとどめておいた。

 四代目はゆっくりと目を見開いて、感嘆のため息を吐く。

 

「……驚いたな、本当に人の声のように聞こえるよ。すごい技術だ」

 

 火影になるような人がただの下忍にここまで気さくに話しかけてくれるなんてびっくりだ。恐れ多すぎて手なんか握れない。

 四代目は気にした素振りもなく差し出していた手を引っ込めると、柔らかな笑みを浮かべた。

 

 急に呼び出された時は何されるんだろって心配したけど、少なくとも今すぐ息の根を止められることはなさそうだ。もしこの笑顔のまま殺されそうになったら人間不信になる。

 

「ごめんね。ここ、まだオレの荷物を移してる途中だから座ってもらう椅子もなくて」

『このままで問題ありません』

「……そうかい? それじゃあ、オレもこのまま話すね」

 

 なんだろ。さっきから俺が喋るたびに四代目の表情が曇っていってる気がする。

 おかしいな。モズに「指文字の時と同レベルの語彙で話せ」と言われてからまったくその通りにしてるのに。もっと減らしたほうがいい?

 

「わざわざ火影室に来てもらったのは、ここにはキミの一族も、上司も、そう簡単には入ってこられないからなんだ」

『…………?』

 

 真剣な表情になった四代目が、机の上にあった一枚の紙を手に取った。

 

「先日の報告書について、聞きたいことがあってね」

 

 ぺらっと眼前に広げられたのは、紛れもなく数日前に俺が提出したものだった。四代目ではなく、ダンゾウに。

 なぜそれが四代目の手に渡ったかは聞かないほうが良さそうだ。そう、うちは一族のファンによる木ノ葉不法侵入事件の報告書である。人気者は辛いよ。

 

「この男がうちは一族の者かもしれないというのは本当かい?」

『木ノ葉のアイドルとして、ファンの民度はなんとかしたいとは思ってるんですが……』

「え?」

『写輪眼を持っているようでしたので、間違いないかと』

 

 あぶね。また心の声が漏れちゃった。困惑顔の四代目が「いや、うん……そっか」さっきとは違う曇り方をした。

 

『木ノ葉に張り巡らされている結界も痕跡を残さず破られていたようです。元々木ノ葉の人間だったか、内通者がいると思われます』

「……聞いておいてなんだけど、それはオレに話しても大丈夫な内容かい?」

『どうでしょうね』

 

 さらっと答えたが、ダンゾウには叱られる案件だろうな。間違いなく。でも、俺は四代目の言葉を信じることにした。

 ここでは、うちは一族もダンゾウも、簡単に聞き耳を立てることはできない。

 そもそも報告書を外部に流出させたダンゾウの落ち度じゃね? 何やってんだあの人。

 

『貴方はこの里のトップです。俺から全てを聞き出す権利がある』

「……無理強いはしないよ」

『強硬な姿勢が必要な時もあるでしょう』

 

 着任したばかりの四代目がここまで危ない綱渡りをするのは、それなりの理由がありそうだ。

 

 そういえば、四代目の奥さんと街ですれ違った時、随分とお腹が大きくなっていた。母さんの友人でもある彼女は確か……。

 

『うちはの瞳力を警戒されているんですね』

「……同じ一族であるキミには、」

『うちはとしての矜持なんて持ってませんよ。俺はね』

 

 だから遠慮なくうちはの悪口でも何でも言っちゃってね! という気持ちだったんだけど、四代目の表情は今日一番の曇りを見せた。なんで?

 

『時期的にも警戒を強めた方がいいと思います。結界の暗号変更と、護衛も身元がしっかりしている人間に絞ったほうが良い』

「そうだね……キミの言う通りだ」

 

 四代目は目を伏せて、少し悲しげに笑った。

 

「このような状況でなければまだアカデミーにいてもおかしくない年頃なのに……戦争ばかりをしてきた僕たち大人の責任は重い」

 

 急に話のスケールがデカくなった。どう反応したらいいのか悩んでいると、四代目が「ごめん、困惑させちゃったね」と俺の頭を撫でてきた。

 びっくりして身を硬くすれば、さらに謝られた。なんか、謝ってばかりだなこの人。

 

「戦争のない世界になれば……キミのような子どもや、これから生まれてくる子たちが平和に暮らせるようになるのに」

 

 ぽつりと呟いた言葉は、火影としては相応しくないものだった。四代目、いや、波風ミナトとしての言葉なんだろう。

 

 いくつかの資料が散らばっている執務机の向こうでは、大きめの窓が少し開いていて、その隙間から外を歩く人たちの話し声が小さく聴こえてくる。

 

「執務机に向かっている間、背後にこんな大きな窓があったら、刺客に狙われ放題だなんて思っていたことがあったんだ」

『…………』

 

 まさにそう思っていたところだった。確かに、少しでも気を緩ませたら一瞬で背中が針刺しにされそうだ。

 

「僕は火影たるもの常に気を抜かずにいろってことなのかと思ってたんだけどね」

 

 四代目は当時を思い出すように苦笑した。

 

「三代目はこう言っていた。“火影が無防備に背中を晒せるような里になれば良い。それに、ここからなら自分が守るべき里の姿が一望できる”ってね」

 

 すとんと言葉が胸に落ちて、馴染んでいく。目から鱗というか、俺にはまったく思いつかなかったであろう考えに脱帽する。

 

 四代目は照れくさそうに頭をかいた。

 

「ちょっと話しすぎちゃったかな」

 

 会ったばかりの、それもただの下忍に話す内容ではなかったかもしれない。でも、俺にとってはありがたかった。

 

 イタチと同じ考えを持った人が火影にいるという事実に、救われるような思いだった。

 ……いつか、本当に。彼が言うような平和な世界が訪れるとしたら。

 イタチのような優しい人が、戦争に心を痛めることがなくなるのかもしれない。

 

『…………それ』

 

 気づけば口に出してしまっていた。いつものようにうっかり心が漏れた時とは少し違う。

 抑えようともしていない心からの言葉が、表に現れようとしていた。

 

『いいですね。そんな世界になれば、弟たちもきっと…………』

 

 誰かを傷つけることも傷つけられることもなく、幸せに暮らしてくれるんだろうか。

 

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