じんせいみてい!   作:湯切

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第八話 天道是か非か

「速やかに三代目のお命を頂戴するのだ」

 

 お前は一体何を言っているのだ。

 

 どっぷりと日が暮れてから、急遽ダンゾウに招集された時点で嫌な予感はしてた。

 ふとした拍子に靴底を見たら誰かの噛んだガムが付着していたみたいな。そんな謎場面で発揮される予感とそれに伴う不快感ってあるよね。

 ないって? 例えが意味不明? 理解できるようになるまで書き取り千回ッ!!

 

「お前たちの働きに期待している」

 

 ダンゾウの最後の言葉を受けて、俺を含むこの場に集められた全員が散り散りになった。

 

 この任務マジでやるの? 正気の沙汰とは思えないんだけど……。

 

 作戦開始は明朝とのことだが、あまり時間はない。俺とキノエさんは一旦アパートに必要な忍具やらを取りに戻ってきていた。

 

 事が事だけに軽装で立ち向かうのはナンセンス。気持ち的には鉄の国の侍たちのような重装備で立ち向かいたいくらいだった。もしくは両手に千手柱間とうちはマダラを装備して戦いたい。

 一族の七光りどころか里の七光りの如く先人たちの力を行使して三代目に立ち向かいたい。

 

 だって、そうでもしなきゃこんなの無理じゃないか! 詰みゲーだもの!

 

 事の発端はなんと、カカシがダンゾウに手渡していた巻物にあったらしい。

 

 明朝、寅の刻。正式に火影として就任する為に、三代目は火の国の大名の元へ向かうことになっていた。

 

 このままでは三代目が再び実権を握ることになってしまう。ダンゾウは熱心な三代目アンチなので、どうしてもこのまま大人しく引き下がれなかったらしい。

 焦った彼は、根の中でもそこそこの手練れである俺たちにサラッと「三代目が大名に会う前に殺してきてね。あとこっちの正体もバレちゃダメよ」と無茶振りしてきたわけだ。うーんこの。

 

 カカシによるリーク情報は、三代目直属の部下が五名のみ護衛に当たることや、彼らの名前や所属する隊、知り得る能力等、向こう側からすると致命的とも呼べるものばかりだった。

 

 カカシには根に来るなと伝えたつもりだったが、あの人すでにとんでもないことをやらかしてた。大戦犯すぎる。

 むしろ今後の展開によっては火影直轄の暗部にいる方が危ないかもしれない。

 

 三代目を裏切るのを躊躇云々と説教垂れた自分が恥ずかしいよ。まさかすでに手遅れだったとは。

 

 三代目暗殺計画に加担済みの身で、俺にダンゾウって信頼できんの?(意訳)って今更感たっぷりなこと聞いてくるわけないと思うじゃんかぁ……。せめて加担する前に聞いてくれよぉ……。

 

 すっかりやる気消失してる俺の分の身支度まで済ませてくれたキノエさんに、縋るように話しかけた。

 

『今回の任務、成功するとは思えないです』

「するかどうかじゃなくて、させなくちゃいけないよ。それが僕たちにとっての任務だから」

 

 きっちり模範解答が返ってきた。俺の心にクリティカルヒット! ダウン!

 

『このままブッチしません? ダンゾウ様の白髪の数当てゲームでもしながら夜明けを待ちましょうよ』

「ははっ、スバルのお面って時々面白いこと言うよね」

『…………』

 

 未だにセキの超高性能お面に不具合があると信じている人間の一人であるキノエさんには、いつものことだからと軽く流されてしまった。

 俺の心の叫びは届かない……残念だ……。

 

「そろそろ着替えないとね」

 

 いつもなら暗部の証である腕の刺青が見えるような服を着ているが、今回ばかりは長袖必須である。正直お面のデザインでバレる気がする。その辺どうなんですかダンゾウさん。

 

 いざとなれば俺はキノエさんを無理やり引っ張ってでも逃げるぞ。

 

 

 

 ついに夜が明けてしまった。とはいっても、まだ太陽は顔を出していない。

 

 俺やキノエさんをはじめとする精鋭部隊は、すでにだいぶ前から背の高い木々に登って身を潜めていたので、すっかり凍えそうになっている。

 木枯らしが吹くにはまだ早いはずなのに。この肌を刺すような冷たい風は何なんだ。

 

 というか、そこそこの大人数なのに全員で仲良く木登りしてるこの状況がキツい。助けて。

 同じ根に所属しているとはいえ、俺がまともに会話したことがあるのはキノエさんとモズの二人だけだ。あとは顔と名前がギリギリ判別できるかできないか程度。ほら、俺って極度の人見知りだから。

 

「おい、クロネコ。はたけカカシと手合わせしたんだって?」

 

 早速判別できない方の顔が馴れ馴れしく話しかけてきて、俺の心は無事にお亡くなりになった。これだから陽キャは苦手なんだよ!

 

『…………』

「無駄だって。コイツ、オレ達とまったく話す気ねーから」

「でもお面で話せるようになったんだろ?」

「知らねえよ。本人に聞けよ」

「ええ……話す気ないって言ったくせに矛盾してるなあ」

 

 俺の隣でクナイの汚れを布で拭い取っていたキノエさんが「え?」と声を上げた。

 

「クロは普通に話してくれるよ」

「任務に関することは、だろ? オレはモズ隊長やダンゾウ様と話してるとこしか見たことないぞ」

「そんなことないと思うけど」

 

 キノエさんがこてんと首を傾げる。最初に話しかけてきた男が「え、マジなの?」と信じられないような顔でこちらを見た。

 やめろやめろ。こっちを見るな。

 

「そうだよね?」

 

 キノエさんのダメ押しに、口元がもにょもにょとした。大人数での会話に参加するのも苦手なんだって。

 ちなみに俺の基準では、知らない人が一人混じってる時点で三人以上イコール大人数である。異論は認めない。

 

『……俺が話すのは相手がキノエさんだからです』

「僕のことが好きなのは分かるけど、クロって誤解されやすいんだからもっとたくさんの人と話さないと」

『…………』

 

 そのセリフでさらなる誤解が生まれましたね? 俺が話す話さないで言い合いになっていた二人は、ぽかんとした顔をしていた。

 

「お前ら、何なんだよその雰囲気……」

「まさか……」

 

 やっぱり変な誤解された。待ってくれ、それだけはあり得ないからやめろ!

 

『おっと、標的が来たみたいですよ。こっちに集中しましょ』

 

 俺は三人の頭をぐりんっと木ノ葉の正門側に向ける。

 キノエさん以外には手加減しなかったのでグキッと嫌な音がした気がするけど聞かなかったことにした。

 

「そろそろ時間だ」

 

 ずっと沈黙を保っていた隊長が厳しい口調で言う。ちなみにモズではない。モズはダンゾウの元で別の任務に就いているらしい。

 俺たちは一斉に口を閉じ、木ノ葉の正門から出てきた三代目とその護衛たちの姿を見つけた。

 

 里から近すぎず、遠すぎない場所で三代目を始末しなければならない。

 俺たちはできる限り音も立てずに木から木へと飛び移り、三代目一行がカカシが持ってきた計画書通りのルートを進んでいることを確認した。

 

 そろそろいいだろう。隊長もそう判断したようで、黙って右手を上げる。俺たちはぴたりと足を止め、隊長の手の動きを注視した。

 指文字とはまた違った動きが何度か繰り返され、最後にその手が上から下へと振り下ろされる。突撃の合図だ。

 

「何者だ!!」

 

 突如として空から飛び降りてきた俺たちに、三代目の護衛達が戦闘態勢に移る。

 

 真っ先に向かってきた男のクナイを持つ腕を軽くいなして、もう片方の手で掴む。正体がバレちゃ不味いから写輪眼は使えない。俺は男を筋力だけで投げ飛ばすと、その体が宙に浮かんでいる間に回し蹴りを食らわせた。

 

「ぐっ……!」

 

 火影直属の暗部なだけあって、俺の蹴りはチャクラで強化した腕のせいで衝撃をほぼ殺されたっぽい。やりにくいなあ。

 

 俺たちが護衛の足止めをしている間に、キノエさんが三代目の前に立ち塞がっていた。

 この任務はキノエさんの木遁でどれだけ三代目の動きを封じ込められるかにかかっている。むしろキノエさんが失敗したら俺たちに後はない。

 影縛りができるモズがいたら違ったかもしれないが、肝心の彼はこの場に以下略。

 

「変わり身の術!?」

 

 ちょうど護衛の男と忍術VS体術で雌雄を決するところだった俺は、キノエさんの叫びに近い言葉に完全に気を取られてしまった。

 

 男の放った水遁の術をモロに受けてしまい、全身がびしょ濡れになる。チャクラを帯びた水による打撃で避けられなかった腕や足が打撲している。くっ……不覚だ。

 

 しかし、余所見せずにはいられない。キノエさんの目の前にいるはずの三代目はあろうことか丸太に変わっており、俺はそのままキノエさんの視線を辿った――木の上だ。

 だが、そこに立っていたのは三代目ではなく。

 

『はたけカカシ…………』

 

 片目だけの写輪眼が怪しげな光を放っている。

 

 すっかり昇っていた太陽の光を浴びた銀髪が眩しい。俺はお面の内側で口端をひくりと引き攣らせた。

 

 まさか、俺たち嵌められちゃった?

 

 

 

 ***

 

 

 

『冷血のカカシという呼び名は、どうやら正しくないらしい』

 

 凪いだ海のように静かな瞳がこちらを見て言った。彼の言葉の意図を読み解く前に感情が先走りそうになるのをぐっと堪える。

 

 ――彼は本当はとても優しい子なんじゃないかと思うんだ

 

 最後に会った日にそう言っていたミナト先生の言葉を思い出す。

 

 ――彼は……うちはスバルは、家族……いや、弟を人質に取られている可能性がある

 

 どこか確信めいた響きに、オレは「彼の根での異名をご存じないんですか?」と呆れたように先生に尋ねた。まさか知らないはずがない。

 けれど先生は、どこか困ったような顔で笑ってみせた。

 

 ――そうだね。だけど僕は……彼の中に人らしい心を見た気がするんだよ

 

 今となってはどうしてそれ以上追求することをやめてしまったのか。

 

 こうして今、実際に対峙しているうちはスバルはどこまでも人らしくなく、機械のように無機質に思える。感情と呼べるものがあるかどうかも怪しい。

 

 スバルはじっとこちらを見つめた後、お面越しに人差し指を自らの口がある位置に向けた。

 その行動を怪訝に思っていると、口元から離れていった手のひらが右足の側面に隠されて、俺のいる場所からでも覗き込まないと見えないようになった。

 その手がゆっくりと動いて、オレの勘違いでなければ指文字を綴り始めた。

 

《ここは》

『それを聞いてどうするんですか』

《みはられて》

『三代目を裏切るのを躊躇しているとでも?』

《いる》

 

 ハッと息を飲んだ。手元は一切見ずに、スバルはオレの反応を窺うように目を細める。

 

「オレは…………」

 

 彼がお面を持ち歩いていなかった時の為に、指文字が一通り載っている表に軽く目を通してきて良かった。

 そうでなければ、オレは彼の気遣いを無駄にしていたところだった。

 

『あまり賢明な行動とは思えませんね』

 

 横から頭をぶん殴られたかのような衝撃だった。根によって張り巡らされた情報網を侮っていたつもりはなかったが、相手は上忍であるオレに一切気配を悟られないような実力者。

 

 ダンゾウ様の元には優秀な忍が集められていると事前に知っていたはずなのに……。

 その気配に気づいていたうちはスバルもまた、爪を隠していた鷹だったというわけだ。

 

 暫くの間止まっていた指文字が再び綴られていく。

 

《こちらに》

《くるのは》

 

『俺は貴方を――』

 

《『歓迎しない』》

 

 一方的な拒絶は、けれど、ひどく優しいものだった。

 

 スバルはその場に立ち上がってぐーっと大きな伸びをした。まるで猫のような仕草が意外で、オレはただぼんやりと見上げていることしか出来なかった。

 

 

 

 スバルと別れてから、一度家に帰って監視の目が離れたと思われる頃に資料庫に忍び込んだ。

 スバルは直接的な物言いはしなかったが、ダンゾウには何かある。それだけは確かだった。

 

 古い資料もあるせいか埃っぽい部屋の中で、手元の小さな明かりだけを頼りに目的のものがないか隈無く探していく。

 

 初代火影しか扱えないとされていた木遁忍術を使う少年に、異例である下忍昇格と暗部所属が同時に成されたうちは一族の少年……うちはスバル。何かあるはずだ、ここならば。

 

「初代火影……木遁忍術」

 

 関連のある項目が並んでいる場所に辿り着く。やはりそう簡単に見つかるものではないらしい。【極秘】と書かれた封筒を見つけたが、案の定、中身は殻だった。

 

「探しているのはこれですか?」

 

 低くも高くもない、声変わりの途中のような声が聞こえて思わず飛び上がった。持っていたライトを落としてしまったが、探している余裕はない。

 声の主とは別に、自らの主人である三代目が扉を背にして立っていることに気づいたからだ。

 

「ぼ……私が、三代目からお借りしていたんです」

 

 三代目の隣に立っていたのは、まだ顔にあどけなさが残る少女だった。彼女が三代目を控えめに見上げると、三代目が「うむ」と頷く。

 少女は手に持っていた資料の束をオレの前に広げた。

 

「構わぬ。読みなさい」

 

 三代目は資料庫に侵入した罪を問わないおつもりらしい。オレは深く頭を下げた後、言われるままに資料に目を通した。

 

「これは…………」

 

 それは里内外で発生している行方不明者のリストだった。

 

「それはここ最近の話ではありません」

「里で暮らす一般人から暗部に至るまで、行方不明者が続出しておる」

「被害は里の中だけに留まらず、周辺の村々から赤子が攫われているんです。判明しているだけで六十名も」

 

 三代目がオレの持つ資料を悲痛そうな顔で見つめる。

 

「当時の赤子が生きていれば……十歳にはなっているだろう」

 

 十歳。成長速度は人それぞれだが、オレの頭には木遁使いの少年の姿がハッキリと浮かんでいた。

 

「一体誰が何のためにそんなことを……」

 

 言い淀んでいる三代目とは対照的に、少女がキッパリと言った。

 

「ダンゾウと大蛇丸です」

「これ、セキ……!」

「事実じゃないですか。それに、カカシさんもダンゾウの元で見たからここにいるんでしょう? ――木遁を扱う人間を」

 

 セキと呼ばれた少女には怖いものなどないのか、三代目の制止すら簡単に振り払ってしまった。

 

「初代様亡き今、木遁忍術を扱える人間を生み出そうとしたものの多くの犠牲を出し……未来永劫凍結されたはずのかつての実験がまだ行われていたということです」

「……どうしてそんなことを知っている?」

 

 手元にある資料だけではオレが木遁を扱う人間に会ったことや実験が現在も続いていることを完全に結びつけることはできないはずだ。

 少女はくすりと笑う。艶のある長い黒髪が凛と揺れた。

 

「私は覚方(おぼかた)セキ。半年ほど前、ダンゾウから受けた仕事のついでに彼の頭を少しだけ覗くことができたんです」

 

 セキが当時を思い出すように目を閉じた。

 

「ダンゾウは用済みとなった私を大蛇丸の実験体にするつもりでした。私の脳を無垢な子どもに移植し、根の人間として一から教育を施し、自分の手元に置いておこうとしていた」

 

 絵本にもなっている、人の心を喰らう化け物の話は有名だ。他人の心を読み、心をチャクラとして還元する一族の話。

 すでに生き残りはたった一人とされている覚方一族のことだ。彼女がその生き残りだったとは。

 

「私はそうなる前に三代目に保護されたので無事ですが……根にはまだまだ犠牲となった子どもや、呪印で無理やり縛り付けられた人たちがいる」

 

 セキはオレから資料を取り戻すと、元の封筒に仕舞い込んだ。そんな彼女を見つめるオレの心はすでに固まっていた。

 

「……報告すべき事柄があります」

 

 一度でも三代目に疑いの目を向けてしまった自分を恥じた。

 取り返しのつかないことになる前に、オレにはしなくてはならないことが山ほどある。

 

 

 

 三代目に扮したオレは、計画書に記載された時間ぴったりに護衛を連れて木ノ葉の正門をくぐり抜けた。

 

 すでに待ち伏せされてるはずだが、気配に漏れはない。あちらもそれなりの手練れのみを引き連れてきたようだ。

 

 計画書通りの道のりを三割ほど進んだだろうか。護衛達に多少の油断が生まれたのを見計らったかのように、空から奇襲がかけられた。

 

 特徴的なシロネコのお面の持ち主はすぐに分かった。

 彼は全身に風を纏っているのかと思うような軽やかな動きで護衛の一人を翻弄している。

 

 あまりにもその動きが早すぎて印を結ぶ前に無効化されていたり、地面にヒビを入れて安定した足場を奪っていたり(彼はその身のこなしから足場が不安定でも問題ないようだった)明らかに護衛側を圧倒していた。

 体術メインのその動きは、どこか親友であるガイを彷彿とさせる。

 

 しかし、悠長にスバルの状況を観察している余裕はない。オレのことを三代目だと思い込んでいる木遁使いの少年がこちらに向かってきている。オレを木遁で拘束するつもりだろう。

 

 少年の手のひらから無数に伸びてきた木片が、三代目から借りていた笠や外套ごと押し潰すように貫いた。だが、オレはすでにそこにいない。

 

「変わり身の術!?」

 

 思わずといった風に飛び出してきた叫び声が鼓膜を震わせる。

 木遁使いの少年が視線を彷徨わせていたのはほんの短い時間で、すぐにはっきりとオレのいる場所を捉えた。

 

 目が合った。オレはすでに右手に千鳥を宿していたし、少年の木片も目標を変えてこちらに向かってきていた。

 

「……ッ!?」

 

 オレと木遁使いの少年の間に何かが滑り込んできた。それが何かを理解する前に、振りかぶっていた右手がぴたっと止まる。

 少年の木片も力なく地面に下ろされて、辺りが一瞬静寂に包まれた。

 

『……まさかこうなるとは』

 

 静寂を切り裂いたうちはスバルが、オレの千鳥から木遁の少年を守るように立ちはだかっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カカシの裏切りを察した俺の行動は早かった。

 

 まずは絶賛戦いの最中だった護衛の男を蹴り飛ばし、痛天脚(つうてんきゃく)を渾身の力で披露してやった。これを受けて骨が砕けなかったやつは今のところ見たことがない。

 

 以前大戦で使った時よりも威力が上がっているであろう全力の踵落としを食らった男が、悲痛な叫びを上げて悶絶している。

 

 うう、なんだか俺の方まで痛くなってきた。同性の急所を潰した時に自分もタマヒュンしちゃうアレと一緒か。これが共感性痛覚ってやつ?

 いたいのいたいの、同じになれ〜!

 

 当たれば勝ち、外せば大きな隙ができてしまう諸刃の刃な体術を無事に成功させた俺は、今まさに衝突しようとしていたキノエさんとカカシの間に滑り込んだ。

 

「……クロ!?」

 

 驚いたキノエさんが手のひらから飛び出していた木片の勢いを弱める。

 

 カカシの方も、振りかぶっていた右手が俺に当たる寸前にぴたりと止まった。その手が何かに怯えるように小刻みに震えはじめたのが気になったが、俺はキノエさんの腕を掴んで一緒に後ろに飛び退いた。

 

『まさかこうなるとは』

 

 まったく思いもしなかったよ。俺の予想では三代目に華麗に返り討ちにされる予定だったのに。

 

 そこそこの致命傷を負ってから逃亡すれば、「ワシの野望のために無茶をさせた」くらいの労いの言葉がダンゾウの口から出てくるかと思って。……ないか。ないな。ごめん、ちょっと脳内で美化しすぎちゃった。

 綺麗なダンゾウは解釈違いですパンチ食らっても仕方ない。

 

『初めからこれが目的で根に近づいたのか?』

「……違う!!」

 

 折角親身にアドバイスしたのにと臍を曲げそうになっていたら、カカシ本人から全力の否定が飛んできた。

 

 その必死な姿がどうにも嘘には思えなくて、次の言葉を詰まらせてしまった。これまで演技だとしたら人間不信になりそう。

 

『……悪いが、ここでお前達に殺されるつもりは毛頭ない』

 

 そっちがその気なら迎え撃つ覚悟はできてる。どっからでもかかってこい!

 

 ぐっと両の拳に力を入れて準備万端だったのに、カカシの口から出てきたのは意外にも肯定の言葉だった。

 

「そうしてほしい。オレに二人を追うつもりはないから」

 

 え、ええ…………。

 

 お面の内側で、俺とキノエさんはまったく同じ表情をしてる自信しかなかった。一体なんなのこの茶番。弄ばれた気分なんだけど!?

 

 俺からの疑いの眼差しに耐えられなくなったのか、カカシが周りを警戒するそぶりを見せながら、俺とキノエさんにしか聞こえない声量で呟く。

 

「二人の能力は木の葉隠れに必要だ」

「…………」

『…………』

 

 キノエさんの木遁と、ほぼ飾りと化してる俺の写輪眼とじゃ里にとっての優先度が随分と違う気がするけど。写輪眼持ちは他にもたくさんいるし。

 

 カカシもそうだとはいえ(ダンゾウに巻物を渡したことすら裏切りの伏線だったかもしれないが)三代目暗殺に関わった俺たちを生かそうとするなんて、正気の沙汰じゃない。

 

 里にとって貴重な能力を持ってるからこそ、そんな相手が敵であるという状況はむしろ都合が悪いんじゃないだろうか。

 

『……三代目は、相変わらず甘い人だ』

 

 これでもし三代目とダンゾウの立場が逆だったら? 俺とキノエさんは間違いなくこのまま消されてただろう。

 

「ミナト先生が火影だったとしても、きっとそうしていた」

 

 カカシが迷うことなく続ける。四代目と三代目ではまた対応が違っただろう。そう思ったが、あの人が俺やキノエさんの命を奪る選択をするとは確かに思えなかった。

 

 そろそろ散っていた護衛達や他の根の奴らがこちらに戻ってきてもおかしくない頃合いだ。俺とキノエさんは一歩ずつ後ろに下がっていく。カカシは追いかけてこない。

 

 なんだろう、この気持ち。熊に背中を見せたら襲いかかってくるような。俺は絶対に正面を向いたままこの場から逃走してみせるっ!!

 

 しかし、カカシは最後までその場から動かず、ただ俺たちを見送るだけだった。

 

 

 

 任務を放棄して逃げ延びてきた俺とキノエさんだったが、意外にもダンゾウからのお叱りはなかった。

 というか、ダンゾウ本人も火影室で「ついにワシが火影じゃ〜〜」(想像)と火影の椅子に座って有頂天になってたところを三代目にばっちり目撃され、次はないぞと脅され済みらしい。

 そりゃ自分がやらかしてるんだから下の人間を責められないよな。

 

 やばい、ダンゾウのそばにいたモズから聞いた話だとはいえ、想像しただけでかなり面白い。俺もその場にいられたらよかったのに!

 

 

 まさに九死に一生を得た俺だったが、現在新たな死亡フラグと格闘中である。ドウシテ……ドウシテ……。

 

「アナタがうちはスバルね」

 

 独特の粘りっ気のある話し方に、老婆のように嗄れた声。遠目で見かけたことはあるが、こうして話をするのは初めてだ。

 

『……大蛇丸様』

 

 伝説の三忍の! 蛇の方!! 脳内の俺がビシッと蛇野郎に指をさした。

 

 正直名前は記憶になかったが、ここにくる前にダンゾウが何度も口にしてたから流石に覚えた。多分寝て起きたら忘れる。

 目上の人間に対する敬意を胸に、その場に跪く。

 頭上から大蛇丸の喉をころころと鳴らすような笑い声が聞こえてきた。

 

「フフ……いい子ね。警戒心の強いダンゾウが代わりの者を寄越すなんて珍しいと思ったら」

 

 大蛇丸が喋るたびに、ぞわぞわと背中を虫が駆け抜けていくような不快感に襲われた。

 

 前言撤回させて。俺、この人の名前も容姿も話し方も声も全部忘れないと思う。こんなの夢にまで出てきて魘される。

 

「それで、私のところにダンゾウの部下が何の御用かしら」

『三代目が我々の動きに勘づいたようです』

 

 なぜ俺がこんなジメジメした場所にある大蛇丸とやらの実験場に足を運んでいるかというと、他でもないダンゾウに命令されたからだ。

 

 先日のカカシによる裏切りにより、三代目も本腰を入れてダンゾウが手をつけてる怪しげな研究を根絶しようと動き始めたらしい。

 

 実際に研究を行なっているのは大蛇丸らしいが、金銭面だけでなく人材面でも投資をしているのはダンゾウだ。

 

「そう。あの老いぼれが、ね」

 

 三代目を老いぼれ呼ばわりできるのはこの人くらいだろう。大蛇丸は手のひらに顎を乗せて思案顔をした。

 

『ダンゾウ様からの伝言です。“三代目に警戒されている間、直接会うのは控える”だそうです』

「ククク……それでアナタがここに来たわけね。よく分かったわ」

 

 ちなみに今日は正式に三代目が再就任する日である。当初は就任式を欠席して大蛇丸と密会するつもりだったらしいが、モズが全力で止めてた。

 そうだよな、そんな大事な日に欠席してたら「私は就任式を欠席してまで証拠隠滅しなければならないことがあります」って自白してるようなもんだ。三代目暗殺計画失敗したばかりだし。

 

 そういうわけで俺に白羽の矢が立ったわけだが、最後の最後までダンゾウは不満げだった。ごめんね、二人の密会を邪魔しちゃって。

 

 さて、俺の仕事も終わったしさっさと帰って寝るか。三代目暗殺未遂事件から一睡もしてない。そろそろ過労で死ぬ。

 

「待ちなさい」

 

 大蛇丸の制止する声に足を止めると、彼の手がこちらに伸びてきて――俺の猫のお面を攫っていった。

 

「やはり……うちはの男はイイわね」

「…………」

 

 も、もうヤダこの人! 貞操の危機を感じるッ!!

 

 じゅるりと舌舐めずりをした大蛇丸。今の俺はまさに蛇に睨まれたカエルである。

 やだもう帰りたいわ! こんな物騒なところもう嫌よ!

 

 大蛇丸の手がゆっくりと俺の肩から胸の辺りにまで降りてくる。

 

「…………」

 

 おいおいおい、こんないたいけなショタに何をする気だ? 俺の神聖なる領域を無断で踏み荒らしていいと思ってんのか? そこから先は誰にも触れさせたことのないオアシ……誰だ童貞って言ったヤツ。

 

 どうにも我慢ならなかったのでバシンッと大蛇丸の手を弾いた。ハエを追い払う時の動作に近い。

 

 大蛇丸は弾かれた手を摩りながらくつくつと笑っている。変態でマゾとかさあ……ちょっと俺の許容範囲外ですね……。

 

「悪かったわ。あまりにも平静だからちょっかいをかけたくなってしまって」

 

 ほお、いたいけなショタを弄んで快感を得るタイプと。見た目のまんまじゃねえか。ふざけんな!

 

「いいお面ね。覚方……あの子も私のコレクションに加えたかったのだけれど」

 

 手のひらの上でくるりとお面をひっくり返した大蛇丸の発言に、俺は無性に嫌な予感がした。

 

「貴重な生き残りを無駄にするわけにはいかないから、まずは子どもを産ませて、その子どもを使おうかしら? スバル君はどう思う?」

 

 大蛇丸が再び俺の顔にお面を被せてくる。スバル君呼びが少し……いや、非常に気になったが、今はそれどころじゃない。不快感よりも怒りが勝った。

 

『アイツに手を出すな』

 

 セキはなあ、セキはなあ……! アカデミー時代、ひたすらぼっちを極めそうだった俺に唯一関わってくれた超いいヤツなんだよ。大親友なんだよ!

 どれくらい好きかっていうと、神であるガイ大先輩と並ぶくらい大好きだ。

 

 そんな彼が大蛇丸の実験の為に子どもを産むとか……産むとか……あれ?

 

「彼女が聞いていたらなんと言ったかしらね」

『…………』

 

 そりゃあ「人を勝手に男扱いしてたなんて本当に僕の友達? 心の底から軽蔑するよ」って言われてたんじゃないですかね?

 

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