エキゾチック
グローブ
「一体どこのバカが戦闘時に使いやすいからって理由で、冬のニューヨークに向かう相手に大きな穴の開いたデザインの薄手のタクティカルグローブを支給するんだ?いじめか?ふて寝してやる。」─"ケトーシス"、第一波のエージェント
私達は備えていた。このような事態に対処するために。
私達は訓練してきた。いかなる状況でも残されたモノを守り抜くために。
私達は教えられてきた。私達こそがこの国を救うための最後の砦、最後の防波堤なのだと。
それ故に与えられた権限と使命は重く、派遣されてきた者達は覚悟を決めていた。なんとしてもこの街を、この国の人々を救うのだと。そして、私達は盲目的に信じ切っていた。私達が尽くせば、彼らも必ず応えてくれると...。
だがそれこそが大きな間違いだった。私達に欠如していたのは準備でも訓練でも、知識でもない。人間という生き物そのものが持つ、残酷さへの警戒だ。それこそが...私達第1波を壊滅に追い込んだ真の脅威だったのだから。
私は雪道を歩きながらふと上を見上げ、吐息が吐いたそばから白い煙となっていく様子をぼんやりと眺めていた。私達がSHDのエージェントとしてニューヨークに派遣されて1週間が経とうとしているが、状況に改善の兆しは見えないし、なんならドツボにハマっていっているような気さえする。いつからか天気は曇天になり、黒ずみ始めた空からは純白の雪がちらほらと降り始めていた。こんな日にはあまり外に長居はしたくないものだ。
私の前方を歩く彼女も考えていることは同じらしく、キャンディを口に咥えたまま空を見上げると忌々しげに呟いた。AA-12を持った淡い金髪の少女──いや、私と同じ人形だ。
「うえ...最悪。もう降ってきた...予報じゃ夜まで降らないって話だったのに。」
彼女はそう言うと、手を摩りながら息をほう...っと吐きかけ始めた。そんな彼女を見て私はからかうような口調で話しかける。
「ずいぶん寒そうね、『AA-12』。その手袋、新しく卸したばかりって言ってなかったかしら?」
そう声をかけられると彼女...AA-12は、目を細めながら眉をひそめてこちらを睨みつけ、無言の抗議を送ってきた。明らかに不機嫌そうだ。私は肩をすくめると再び周りに視線を向け、周囲を警戒するふりをすることにした。
彼女と私は別に仲が悪いということはない。むしろいい方だ。現にAA-12もさっきのことなど気にせずに辺りを見回している。ではなぜ彼女にあんな言葉をかけたのか。それはこのマンハッタンが置かれている現状に起因する。
事の発端はブラックフライデーにまでさかのぼる。何のことはない。どこの誰がやったのかは知らないが、年末のセール目当てに人々がごった返す時期を狙ってウイルスをばらまいたのだ。
問題はそのばらまかれたウイルスが天然痘の未知の変異型であり、異常なまでの感染力の高さと致死性を持っていたことに起因する。そのウイルス...拡散にドル紙幣が使われたことが分かってから『ドルインフル』、あるいは『グリーンポイズン』と呼ばれるそれは急速に感染を広げ、瞬く間にニューヨーク市内のインフラ停止や治安の悪化といった状況を招いた。
俗に言う、『始まる前から終わっていた』というやつだろう。医療機関や政府がその感染力の強さ、致死性の高さに気づいた頃には...セントラルパークは巨大な集団墓地と化し、ミッドタウンマンハッタンには『ダークゾーン』と呼ばれる巨大な隔離エリアが築かれていたのだった。
さて、インフラが停止し治安を維持する能力が失われ、オマケにそこら中に致死性のウイルスがあるかもしれない...そんな状況で冷静に過ごすことのできる人間は少ない。食料や水などの生活必需品の入手が困難になったうえで、だ。そうなってくるとまず人々を襲うのは漠然とした死の恐怖...そしてそんな人々の一部が次にとる行動は他人から奪うこと、すなわち強盗だ。いつしか街中にはそんなゴロツキと化した人々が溢れるようになった。ただこの状況をチャンスと見て街中を荒らしたり、暴れるものもいた。そういった連中は総称として『暴徒』と呼ばれ、生存者の脅威となっていった。
それだけで済めばよかったのだが、悪いことは続くものだ。元は市の清掃業者や一部の消防士たちがウイルスの汚染を根絶すると言い、ゴミ収集車や消防車で街を回りウイルスを焼き払うための組織『クリーナーズ』とやらを組織した。なるほど、確かに理念は素晴らしい。汚染区域や街中に残された死体や物品にはウイルスが残っているし、放置すれば新たな感染源となる。問題なのは彼らがまだ生きている感染者や濃厚接触者、果ては【ウイルスに感染しているかもしれない】という理由だけで人々にその炎を向けたことだ。感染確認をすることもなく「かもしれない」と理由だけで人々を焼き払うこの狂人たちもまた、ニューヨークの治安の悪化の理由の一つになっていた。
そのほかにもどこからかやってきた脱獄囚たちなど、市内の治安はだれがどう見ても最悪の状態だった。市内には暴徒や脱獄囚が跋扈していて、2ブロック先のビルに無事たどり着けるかもわからない状況だ。結局事態の収拾がつかなくなったため、様々な面で状況の改善に協力するために私達ディビジョンが派遣された...そういうわけだ。
そんな訳で今は物資の搬送ルートの確認兼、パトロール中なわけだが今歩いているこの通りもいつ誰が襲ってくるのか分からない。タチの悪いことにそう言った犯罪者連中は裏ルート、正規ルートを問わずにどこからか銃火器を集めて武装しており、『JTF』と呼ばれる警察や州軍の統合部隊を襲っては更に武器を手に入れていた。そのためいくら訓練を積んでいて優れた装備を支給されているとは言っても多勢に無勢、不意を突かれて襲われたらタダでは済まない。そのため常に警戒するに越したことはないのだ。
「なぁ『AK-12』、今日のパトロールってどこまでだっけ?」
ふと前から声をかけられる。私は視線を外さずに答えた。
「発電所まで。あと10分もかからないわよ。何も起こらなければね。」
「げ、ヤなこと聞いた。あそこのゲート、いっつも開くの遅いじゃん。」
「そ、だから私達はこの雪の中頑張ってパトロールした後、お役所仕事に耐えないといけないってワケ。」
「頭痛くなってきた...。」
そういうと彼女はがっくりと肩を落とし、本日何度目かのため息をついた。
さて、彼女の『AA-12』や私の『AK-12』といった呼び名だが、当然本名ではない。SHDに採用され与えられた、所謂コールサインだ。しかし普通の人間のエージェントに与えられるコールサインは通常1つだけだが、私達自立人形のエージェントは皆、コールサインを2つ与えられる決まりになっている。
簡単に説明すると、人形のモデルごと識別用の名前と個人識別用の名前だ。前者は私達があくまで、『人形』であることに起因する。要は同じ顔、同じ声の同型機が多くはないが私の他にもいるのだ。SHDのリクルーター連中はまずそういった人形の型番ごとにリンクさせる銃を統一し、それをそのまま第一のコールサインとした。これで殆どの場合は通用するし識別には困らない。私の場合はAK-12だったというわけだ。
ではもし同型機のエージェントが任務中に出会ったらどうするのか?そういったときに第二のコールサインの出番というわけだ。こちらは人間のエージェントと同じように個人ごとに被らないよう割り振られるため、同型機の中でも個人を特定するということが可能というわけだ。なるほどよく考えられている。
「こら、AK-12。あんまりAA-12をからかってやるなよ。」
そう言って隣から黒人の男性が私を諫めてきた。そんな彼こそ私達四人の部隊のリーダーであり、第一波における人形のエージェントの指揮官だ。指揮官が自ら現場に出てもいいのか、とは思うがSHDは相当人手不足らしい。彼自身が任務開始時にそう自虐していた。
「はいはい指揮官。でも別に私はからかったりしてないわよ。それに私、嘘は嫌いなの。」
「まったく。第一にJTFも大変なのはわかるだろ?それに、今回はスムーズに開けてくれるかもしれないだろうに。」
「そうだそうだ指揮官!AK-12なんか言い負かしちゃえ!」
「でも指揮官も私と考えてることは同じでしょ?」
「いや、まあ、それを言われちゃうとぐうの音しか出ないけどな。」
「指揮官弱すぎじゃん...。」
そんな他愛もない会話をしているうちに私達はスタイタウンの住宅地を無事抜け、JTFがたむろしている発電所のゲート前にまでたどり着いた。相も変わらず重厚なゲートとてっぺんに有刺鉄線が敷かれた高い外壁が外からの来訪者を拒み、ゲート前に築かれた土嚢と立ち入り禁止看板が、ここが重要拠点であることをありありと示していた。
無事にたどり着くことはできた。あとはすんなり入れてくれるか、だ。
ハーメルンでは初投稿になります。山蛙です。
ドールズフロントライン×Divisionネタは既に2度形にして世に出しましたが、書きたい世界観が合同誌じゃ書ききれねぇ!ということでハーメルンで新しく書き下ろしていくことにいたしました。
どうしても書き方的に状況説明の描写が多くなってしまいがちなので、読みにくかったら教えていただけると幸いです...!
あ、あともし出してほしい人形とかいれば(自分が既に配役決めしてる子じゃなければ)出していきたいと思っておりますのでリクエストお待ちしてます。